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間話2.走れ! ショウ!

 ショウは激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のマリグナンシーを除かねばならぬと決意した。

 ショウ・レイドはシン・バンカーに住む少年である。バンカーの周辺で『屑拾い』をして日々暮らしてきた。けれども将来は正義のプロテクターを目指している彼は、邪悪に対しては人一倍敏感であった。ショウは14才で素朴な父と母とで暮らしていた。

 これはバンカーの人々を救うために決死の覚悟で助けを求めに走った少年の話である。



「いいのかよ!このままで!」


 少年は怒声を上げた。それを受けたバンカー長があからさまに表情を渋くする。


「あと4日の辛抱だ。それで我等のプロテクターが戻ってくる」

「4日も待てない! 昨日だって、オイラ達の一日のメシを奪っていきやがった! 今日だってくるし、明日だってきっとくる! アイツ等が捕まったって、メシは戻ってこないし、4日も食えなかったら死んじまうよ!」

「食料はプラントの稼働率を上げてなんとかする。耐えるんだ、ショウ」


 諭すようにバンカー長が言った。それでも少年の怒りは収まることはない。


「食べ物だけじゃない! あんな馬鹿達のいいなりになってたら、誰かイタズラされちゃうかもしれないだろ! おっぱい揉んだりとか、そういう、アレだよアレ!」


 少年は自分の言ったことをちょっと想像してしまい、微妙に前かがみになる。そう、少年は腰は引けているがいきり立っていた!


「とにかく許せねぇ!」


 バンカー長は真剣な面持ちで少年の肩をしっかりと掴んだ。


「その気持ちはバンカーを代表するものとして、非常に喜ばしいよ。だが、現実を見るんだ。頼りのプロテクター達はここからフローターバイクを飛ばしても2時間はかかる遺跡にいる。ただ、知っていると思うが、あの悪党共に足になるものは全て奪われるか壊されるかしてしまった。助けを呼びに行く手段が無いんだ。分かるだろう? 今はお父さんお母さんの所へお帰り。きっと心配している」

「わかんねぇよ!」


 少年はバンカー長の手を弾いた。


「足ならあるだろ! ここに!」


 少年は自分の足を指し示す。


「オレが助けを呼んできてやるよ! くそったれ! 腰抜けハゲめ!」

「無理だ! どれほどの距離が」

「知るかバーカ!」

「ショウ!」


 制止するバンカー長の言葉も聞かず、少年は走り出した。

 これがショウにとって長い一日の始まりであった。



 シン・バンカーの入り口でこそこそしている一つの影がある。

 ショウ・レイドであった。ショウは悪党達が全員バンカー内に侵入したのを見て、外へと走る。一番危険なのは外に出て、この悪党共にうっかり出会ってしまうことだ。行くならこのタイミングしかなかった。


「みんな、必ず助けを呼んでくる!」


 だから、それまでは耐えてくれ! ショウは歯を食いしばって、バンカーを後にした。


 なお、この後すぐ、一人の少女によって悪党共は完膚なきまでに叩きのめされることになるのだが、ショウがそのことを知るのはもう少し後になる。



 2時間後。

 ショウはまだまだ元気であった。彼には自負があった。バンカー内でのトップクラスの逃げ足の速さとスタミナの多さに。事実、14才という若さでありながら、『屑拾い』では大人も顔負けの成果をいつも上げてきた。

 ちなみに『屑拾い』とはバンカーの外で木材や金属、石材などの素材を拾ってきて、くず鉄所に卸す仕事である。外で活動する以上、『コーマ』と遭遇する危険は少なからずあり、決して楽ではない仕事だ。


「ちょっと休憩しよう」


 照りつける太陽に水分を奪われ続けた彼は、誰にでもなくそう宣言すると、近くの手頃な石に腰かけ、背負ったリュックサックの中から水袋を取り出した。

 この調子なら日が暮れる前には到着できるさ。

 ショウは眩しそうにギラギラと光る太陽を眺めた。



 4時間後。

 ショウは後悔し始めた。

 行けども行けども目的の場所につく気がしない。しかも、もう走り続けるのも限界に近付いていた。太陽はいまだにギラギラと照り付け、ショウの水袋の中身同様に残り少ない体力をじわじわと削っていく。水はいっそのこと全部飲んでしまおうと何回思ったかわからない。その誘惑を不屈の心で何度も跳ね除けていた。

 しかし、現実は無情である。その直後、彼の不屈の心を挫く出来事が起こった。


「嘘……だろ……」


 見覚えのある廃墟の壁から飛び出た折れ曲がった鉄の棒。その先には赤い布が巻いてある。

 間違いない。あれは遺跡までの半分の目印 ――最近、プロテクターのキャンプ場に機材を運ぶ手伝いをした時にショウは教えてもらっていた―― だ。

 見ないなと思っていた。見逃しただけで、もうとっくに過ぎていると思った。


 まだあと半分あるの?


 ショウは膝から崩れ落ちた。

 しばらくその恰好のまま彼は動かなくなってしまった。


 だが、もうここまで来てしまったのだ。もう行くも帰るも同じことだ。


 ショウは拳を握りしめる。そして、歯を食いしばり、立ち上がった。

 全ては今も苦しんでいるみんなのために。

 漢だ。漢である! 苦しむ皆のため、自分の全てをかけるこの姿こそ、ヒーローと呼ぶにふさわしい! 彼ならきっとなれるであろう、正義の心をもったプロテクターに! ただ、今は、走れ。走れ! ショー!



 8時間後。

 日が暮れ始めた。

 もうとっくに水袋の中はすっからかんになった。少しでも荷物を軽くするため、道中でリュックごと捨てた。


「ヒュー……ヒュー……」


 ショウの口から出るのは掠れた吐息だけだ。

 ショウは足元に目を落とす。地面には草がまばらに生え始めていた。ここからは『コーマ』に会う可能性も高くなる、超危険領域だ。

 しかし、ショウは躊躇なくそこに踏み込んだ。彼は『屑拾い』を生業にしているため、『コーマ避け』の装置を持つ。しかし、それが効くのは本当に弱い『小型』だけだ。普段なら、慎重に慎重を重ねただろう。ただ、今はそんな余裕などなかったのだ。むしろ、もう殺すなら殺せの境地に立っていた。



 11時間後。

 完全に日が落ちた。



 12時間後。

 日が落ちてからの1時間はショウにとって、今までの人生全てに匹敵するくらい長かった。何せ勘だけを頼りに地面を這うように手探りで進んでいたからだ。明かりをつけたくても、『コーマ』に見つかってしまう恐怖から出来なかった。

 だが、ついに、ついに彼は見つけた。


 遠くに見えるぼんやりとした光。

 こんな危険地帯で明かりを使う胆力、実力をもったものは……そう! プロテクターだけなのだ!

 彼は辿り着いた! 大人ですら不可能とも思える行程を見事に走り切ったのだ!


「や、や……」


 彼は言葉にならない歓声を上げ、最後の力を振り絞って進む。


「来てくれ! 子供が倒れてるよ!!」

「ショウじゃないか! こんなところまで一体どうやって?」

「酷く衰弱しておるようだ……すぐにテントに連れて行くぞ」


 話し声が聞こえる。しかし、ショウはもう意識を保つことが出来なかった。

 安らかで、暖かい温もりに包まれながらショウは眠りについた。



 次の日、目覚めたショウは大慌てでプロテクターの一人と帰ったものの、もう事件が解決済みであることを知り、大変なショックを受ける ――ぶったまげすぎて、思わずすっころんだ―― のだが、それはまた別の話である。


【間話 走れ! ショウ!  終わり】

【超メモ】

・医療カプセル

 この世界には医者と呼べるほど、医術に精通している人間はそうはいない。何故なら、この医療カプセルが存在するからである。崩壊前の文明の遺物の一つであり、シェルターにも必ず設けられていた。一人用であり、複数人で同時に入っても作動しないようになっている。

 この中に入れば、ある程度の傷や病気 ――骨折、風邪くらい―― なら、ほんの数時間で治ってしまう。人の回復機能を極限にまで高めて治療するため、ほとんどの症例に効果を発揮するのだ。こんな便利なものがあっては医者などお役御免であろう。

 プロテクターが遺跡を発掘する際に、優先して見つけ出す遺物の一つである。

 ただ、命にかかわるような重い病気やケガを救い出せるほどの効果はない。そんな場合は潔く諦めるのだ。死ぬときは死ぬ。それがこの世界での死生観である。

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