19.5-1.アルバム・メモリーズ
19.5話 アルバム・メモリーズ
シャッターを切る。その行動の目的は何だろうか。
それは多くの場合、良い思い出を残すためではなかろうか。
今からのお話はシオンとジョー、二人の心のシャッターが切られた、そんな日常の一幕達。
【シオンの疑問】
ある日の朝食中のこと。
「おい、クソガキ」
「ぬん?」
豪快に犬食いをする少年、ジョーがシオンの言葉に顔を上げる。頬はリスのごとくパンパンに膨らみ、かつ、肌には何らかの野菜くずが付着している。
ジョーが喉をならしながら頬につまったものを胃に流し込む。
「なんだよ、クソババァ」
不遜! このトゲトゲしい態度、そして、ジョーの幼い姿恰好からして、シオンがジョーを拾ってから間もない頃のようだ。
「一つ、気になっていたことがあってね」
そう言うシオンは既に食事を終えている。かきこまんばかりに豪快に食べるジョーに対して落ち着いて優雅に食べるシオンであるが、食事を終えるのが早いのはなぜかシオン。二人が食べる量に差異はなさそうなのだが……ミステリーである。
「お前さん、私のこと『魔女』って呼んでいたろう? ありゃ、一体どうしてだい?」
シオンが言っているのはジョーとのファースト・コンタクトのことであろう。一人『森』をさ迷っていた彼は、シオンとの遭遇時、彼女を『魔女』と糾弾。あまつさえ、棒で殴りかかり顔面に一撃加えた。とても初対面の人間にしていい態度ではない。
ジョーは「あぁ……」と頷くと、頬についた野菜くずをペロリと舐めとった。
「ウワサだよ」
「噂?」
「うん。さいごにいたバンカーで、ウワサがあったんだ。この『森』には20年以上姿の変わらない『マジョ』がすんでるって」
「なんだって!?」
シオンは目を丸くする。そして、ため息と共に頭を抱えた。
ジョーはその様子を見て、なんとなく気分がよくなり、意地の悪い笑顔を浮かべた。クソガキである。
「ほかにもあるぜ。森で『コーマ』におそわれないのは、『コーマ』のテサキだからだ、とか。ジュミョウをのばすために、子供をさらって食べてるだとか!」
ジョーの言葉を遮るように、シオンが右手を突き出す。
「あぁー、あぁ、もういい。わかったから」
「はっはっはっ! 気にしてんのかよ!」
「当たり前だろ。お前さん、まさかだけど、まだ信じちゃいないだろうね」
「どうだろうなぁ」
「マジで食べちまうよ!」
シオンはテーブルに肘をつき、粘りつくような目つきでジョーを睨みつける。これは恐ろしい魔女の眼光! だが、そんなものはどこ吹く風と、ジョーは笑い続けた。
「でも、マジなところ、アンタいくつだよ? ほんとに20年前からここにいるわけ?」
ジョーが笑うのを止め、ふと疑問を投げかける。
魔女、いや、シオンは首を振る。
「根も葉もない噂だよ。私がそんなトシいっているように見えるかい?」
「うん。それで、いくつ?」
「うん。じゃない! レディーにしつこく年齢を聞くな! モテないよ!」
「モテる必要なんてないもんね!」
「あぁ!? このクソガキ!」
「やるか!? クソババァ!」
ギャアギャアと朝っぱらから喚きたてる二人。この後は取っ組み合いが始まり、最後にはジョーの脳天にチョップが落ちるのが大体の流れである。
そんな、思い出の一ページ。煌めく在りし日の一幕。
【ジョーの疑問】
シオン宅。庭。
ジョーが己の身の丈に若干不釣り合いな洋斧を振り上げながら、目前を睨みつける。
「デヤーッ!」
そして、斧を真っすぐに……振り下ろせなかった。
ガッ。
「いっ!」
洋斧のヘッドの重さのせいで若干ふらついたか。へにゃっとした軌道で切り株の上に立てられた木に斧が打ち込まれる。木は割れず、斧に弾かれ地面にごろごろと転がった。
それによって、どうやらジョーは手首をしたたかに捻ったようだ。
「……てぇ……」
ジョーは苦悶の表情を浮かべ、屈みこんで自分の手首を摩る。
「ジョー。薪割りは腰ですんだ。腰で」
別の切り株に座ってその様子を眺めるシオンが笑いながら茶々を入れる。1920年代のアメリカを彷彿とさせるヒラヒラとした婦人服に身を包んだ彼女は、スカートの中で足を組み替えながら、豊かな胸を張り、「うーん」と伸びをした。外は快晴、ぽかぽか陽気。陽光の元で昼寝をすればさぞ気持ちが良いことだろう。
「さっさとやらないと、陽が暮れちまうよ」
「わかってる!」
ジョーはムッとしながらも転がった木を拾い、再び切り株の上に立てる。
斧が振り上げられる。
「こし……こし……」
シオンのアドバイスをうわ言のように呟きながら、ジョーは目の前の木に集中する。
「デヤーッ!」
ガッ。
弾かれた木は無慈悲に地面へと転がった。
シオンがジョーを拾ってから一か月。もう約束は無くなったが、シオンが最初に提示していた『タダ働き期間』が丁度終わろうとしていた時のことであった。
*
「なぁ、シオン」
慣れぬ薪割に疲れ、木陰で休憩するジョーが、手本を見せつけるようにスコンスコンと薪を割るシオンに声をかける。
「うん?」
振り下ろされる洋斧。
スコーン。
ブルズアイ! 見事な真っ二つ! 薪の束を積み上げながら、生返事をするシオンにジョーは声を張り上げる。
「『森』って『コーマ』がたくさんいて人は住めないって聞いたことあるけど、なんでシオンは平気でここに住んでんだ? 一回も『コーマ』が出てきたことないし」
「あぁ、それね」
読者諸氏の皆様は覚えているだろうか。『森』とは人間の天敵である金属生命体『コーマ』の支配地域であると説明したことを。だが、それを真っ向から否定するように、シオンは『森』に住み着き、しかも随分と自由気ままに過ごしている。ジョーの疑問は尤もである。
シオンは手を止めると、ジョーへと向き直った。そして、笑いながら、自分のスカートの上から右太ももをパンパンと叩く。
「秘密はこれ」
「は? 足? 逃げ足ってこと?」
ジョーは首を捻った。シオンは眉を潜める。
「馬鹿、違うよ。『コーマ・アーム』さ」
「『コーマ・アーム』? 何かカンケーあんの?」
「おや、知らないのかい?」
『コーマ・アーム』。人の精神と直結することによって、物理法則すら超える強力無比な兵器。だが、幼いジョーにとってはただのめっちゃ強い武器くらいの意味合いでしか理解していなかった。
「知らん」
ジョーは素直に答える。
シオンは頷く。
「いいかい。コーマ・アームってのはただの武器じゃない。それぞれが特別で強力な『特性』を持っているのさ」
「トクセイ?」
「風を操ったり、火を吹いたり、はては雷を産んだりね! どうだい!」
「す、すげぇ! マジ!?」
目を輝かせるジョー! 正にトランペットを前にしたハングリー・ボーイである!
そうなると次に気になるのは当然、
「なら、シオンの奴はどんな『トクセイ』なんだ!?」
これだ。
「ハン。よくぞ聞いてくれたね。私のコーマ・アーム『イッツ・ワンダフル・ライフ』はそんじょそこらのとはワケが違う。正に無敵の『特性』さ!」
「ムテキ!?」
さらにジョーの目が輝く! 無敵なんて言われてしまったら少年としてはテンション爆上がりであろう!
「その『特性』とは」
「そのトクセイとは……?」
ごくり。ジョーが唾を飲みこむ。
「『コーマ・プロテクション』。一定の範囲内にコーマを近づけさせない特性さ!」
「は? 近づけさせない?」
スゥ、とでもいう擬音が聞こえてきそうなほど、ジョーの瞳から急速に輝きが失われていった。
「ムテキっていうから……なんつーか、セコイ『トクセイ』だな」
ジョーはため息をつく。思っていたのと違う。彼の心境を現すならば、この一言が最適であろう。
シオンは小馬鹿にしたように肩をすくめ、やれやれと首を振った。
「これの強さがわからないから、お前さんはクソガキなのさ」
「なにぃ!」
「『戦わずして勝つ』という先人の言葉がある。最初から争いのテーブルにさえつかせない、この力がどれだけ強力か」
「はぁ!? ハデに相手をぶちのめしてこそ、強いブキだろ!」
「わからんガキだね!」
ギャアギャアと昼でも喚きたてる二人。この後は取っ組み合いが始まり、最後にはジョーの脳天にチョップが落ちるのが大体の流れである。
そんな、思い出の一ページ。煌めく在りし日の一幕。
【呼び方】
ある日の夕暮れ。
「ジョー」
「なんだよ」
シオンの呼びかけに、畑で土いじりをしていたジョーが顔を上げる。シオンはジョーの顔をじぃっと見つめる。ジョーは気恥ずかしくなり、手で鼻をこすった。土で鼻頭が黒く汚れる。それでも見続けられたので、ジョーはおずおずと口を開く。
「な……なんだよ、シオン」
「それ! それだよ!」
シオンが指さし声を張り上げる! ビクリと肩を震わすジョー。
「いきなり大声出すんじゃねぇよ!」
「いやいや、お前さん、私のこと名前で呼ぶようにはなったけど、あれ以来全然あの呼び方してくれないじゃないか」
「はぁ?」
何のことやらわからぬジョーは眉を潜めた。シオンは両手を大仰に広げ、力説しだす。
「ね・え・ちゃ・ん! 『シオン姉ちゃん』って呼んでほしいんだよ! 私は!」
ジョーの顔が赤くなっていく。夕焼けの中でもはっきりとわかるほどの赤さ!
「はぁ? はぁぁ!? くっだらねぇ!」
ジョーはシオンから顔をそむけ、土いじりを再開した。だが、その手元は覚束ない。『シオン姉ちゃん』。一度だけジョーはシオンをそう呼んだことがある。一度だけだ。
「大事なことさ! ほら、私を見て言ってみ!」
シオンはジョーの元へとズカズカ歩み寄ると、ジョーの頬を両手で挟みこむ。そして、自分の方へと強引に顔を向けさせた。
「や、ヤメロォー! 離せ、クソババァ!」
「あぁ!? なんだとクソガキ! キスすっぞコラァ!」
シオンが口をタコのようにして顔を近づける! ジョーは暴れてシオンの手から逃れ、逃げだした!
ジョーが『シオン姉ちゃん』と呼ばないのには理由がある。それは、そう呼んだがいいが……滅茶苦茶恥ずかしかったのだ。恥ずかしさで悶え死にそうになった彼は、もうその呼び方はやめようと心に誓った。単純にそれだけの理由だ。
つまり、彼はびっくりするほどのシャイ・ボーイなのである。
「待たんかい! ジョー!」
「くるんじゃねぇ!」
夕焼けの中、二人は庭でぐるぐると追いかけっこをする。
そんな、思い出の一ページ。煌めく在りし日の一幕。




