間話1.シン・バンカーへようこそ
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話をはじめる前に説明をさせていただく。間話とは話と話の『幕間』である。特にストーリーの進展上で重要なことは一つもない。そのため、特に読まなくても問題はない。お急ぎの方は飛ばすと良いだろう。
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ジョー達 ――もちろん、くず鉄屋の店主も含めて―― はゲドー・ゲヘナを始めとした、ならず者達を片っ端から縛り上げ、一息つく。
「さぁて、このバンカー案内してくれないか? おっさん」
「来たばっかりで何も知らないの。正直滞在の予定なんてなかったし。そういえば、何で?」
「状況の変化ってやつだ。あとで教えるさ」
ジョーがバチンとウィンクをする。エイムは呆れたようにため息をついた。こういった時は大抵ジョーの気まぐれ ――ただ、今回は割とちゃんとした理由がある―― だからだ。
店主は肩で息をしながら答える。
「それはいいが、ちょっと、休憩させて、ほしいんだが」
彼はそこそこの老体に鞭うって、ジョー達の中では一番精力的に働いていたのだ。疲れ果ててもしょうがない。
「おいおい、運動不足かい? そんなんじゃ長生きできないぜ?」
「ぬかせ……」
店主がぐいっと伸びをした。
「あの」
そこに割り込む人物がいた。
「あ!」
エイムが手を大きく振る。その人物は髪 ――軽くパーマがかかっていて肩までかかる程度のダークブラウンの色をしている―― を揺らして手を控えめに振り返す。そしてそばかすがキュートなはにかんだ笑顔を浮かべた。
エイムがならず者達から助けた、16才で親思いのあの少女である。
「案内なら私がやります。やらせて下さい」
「是非ともそうしてくれんか。わしはちょっと寝てくる」
あいたた、と腰をいたわりながら、店主はくず鉄所の方に歩いていった。
「悪いね、可愛いお嬢さん。えぇと」
「ヒビキです。ヒビキ・ナンバ」
「ヒビキちゃんか。いい名前だ。ジョーで、こっちが」
「エイムさんですよね。よろしくお願いします」
ヒビキが行儀よくお辞儀をする。
エイムが二人の間に割り込んだ。
「さっきは危なかったね。怪我とかしてない?」
「おかげさまで怪我一つしませんでした。ありがとうございます」
「本当? よかった」
エイムがヒビキの顔を覗き込むと、ヒビキは目を逸らした。
この少女の反応! 別にやましい気持ちがあったわけではないことはすぐに分かるだろう。なにせ耳まで紅潮させているのを俯くことで必死に隠そうとしている。これは、恋! それも初恋のそれである! ジョーは気づいたがエイムは気づかなかった!
「?」
「ほほー」
「で、では早速行きましょうか」
誤魔化すようにヒビキは二人を促した。
*
「ここがマーケットです」
まずヒビキが連れてきてくれたのは『チケット』や『キャッシュ』を食料や生活品などと交換してくれるマーケットであった。ここが無ければ住人達の生活は立ちいかない、バンカーの生命線である。
チケットには交換できる品物が明記されている言わば『交換券』であり、キャッシュは色々なことに使える『お金』である。もちろん、キャッシュでチケットを買うことも可能だ。
「おっと、ちょっと待っててくれる?」
ジョーはそういうと、角ばった形をしたマーケットへと入っていった。
しばらくして出てくる。その手にはカルチ・パンを三つ ――どうやらくず鉄屋の店主との交渉結果は折衷案である三つ分のチケットになったようだ―― 抱えていた。
「案内のお礼さ」
そう言ってその内の一つをヒビキに渡す。
「いいんですか?」
「奇数じゃコイツと取り合いになるんでね」
エイムは機嫌悪そうに頬を膨らませる。
「そこまで食い意地張ってないわよ!」
「おう、俺の秘蔵のナチュル・プリンを勝手に食った口がそういうか?」
「おいしかったよ!」
「そうかい。そりゃあ……よかったなぁ」
そのやり取りを聞いてヒビキは控えめに笑うと、パンを受け取った。
「ありがとうございます。母と一緒に食べさせていただきます」
*
次に訪れたのは『寝療所』である。
バンカー外の人間が寝泊まりするホテルであり、怪我や病気を備え付けられている『医療カプセル』で治すこともできる治療施設でもある。
その外観を見て、ジョーがため息を漏らした。
「なんというか、随分ぼろっちぃな」
「あんまり外から人が来ませんから。今も使っている人は一人とかだったかな……あ、でも医療カプセルはちゃんと動きますから安心してください! クレジットの場合は1回1クレジットです!」
「へぇ、詳しいね」
「ふふ、私ここで偶に受付してるんですよ」
ヒビキが胸を張ると、ジョーは彼女に向かってウィンクをした。
「なら、カプセル使うときにはまけてくれるかな」
「当然! 駄目です」
ジョーはガックリと肩を落とした。
*
三か所目は『加工所』。
ここはバンカーがバンカー足り得る要の場所である。詳しくは語らないが、くず鉄所から下ろした材料と『あるもの』を元に様々なものを製造 ――例としてはゲドーが使っていたフローターバイクやチェーン・ソードなどもそうである―― している場所になる。ここが無くなってしまうとあっという間にバンカーのありとあらゆるライフラインが止まることとなるだろう。
ヒビキは「プロテクターの方達がいないので今ならお仕事選び放題です」と付け加えてくれた。
*
ヒビキがジョーに頼まれてきたのが、『バー』である。
バーは地下にあるようで、入り口の階段の前に全員立っていた。
「私はお酒飲めないから中の様子は知らないんですが……」
ヒビキが申しわけなさそうに言った。ジョーは特に気にしてないという素振りで手を振り上げる。
「後で実際に来るからだーいじょーぶ」
エイムが腰に手を当てて、ジョーをすがめる。
「あっきれた。あれだけのことやらかしてまだ懲りてないの?」
「酒はプロテクターの動力源さ。やめろってのが無理な話だ」
「えっ、なにかあったんですか?」
「こいつねぇ……」
「ノー、ノー!! お嬢さん、男の秘密は探るもんじゃないぜ? 深みにはまりたくなければな」
意味深な含みがあるようにジョーは言ったが、酒での失敗など大体が情けない代物である。ただ単に聞かれるのが恥ずかしいだけだろう。
今までの話からも分かるように、バーはお酒が飲めるところだ。それ以上でもそれ以下でもない。
*
「それで、ここがバンカー長のいる総合事務所です」
最後に訪れたのはバンカーの中心に位置するドーム型の建物だ。
「レッド・リストの報酬等はここで受け取ってください。もちろん、あの悪漢達を倒したお礼もここで貰えるはずですよ」
ヒビキは振り返ると、二人に頭を下げた。
「以上で案内は終わりです。そして……」
ヒビキは姿勢を戻すと、あのはにかんだ笑顔になった。
「ようこそ、『シン・バンカー』へ!」
「助かったぜ。また今度どうだい? バー初体験」
ジョーがグラスを傾ける仕草をする。
「はい、遠慮しておきます」
「あらら、振られたか」
「お酒なんておいしくないもんね。しかもこんなおっさんと飲みたくないんでしょ」
「俺はまだ20代だ!」
しかめ面のジョーを無視して、エイムがヒビキの前に立つ。
「それより、私と遊ぼうよ。同じ位の歳、あぁ、私は17才なんだけどね。その位の女の子に会ったのって久々だから。このバンカーの流行りとか教えてほしいな」
「あ、あの、は、はい……」
ヒビキは顔を真っ赤にして俯く。
「次からはそんなかしこまらなくていいから! 私もこれからはヒビキって呼ぶし。いい?」
「う、うん。え……エイム、ちゃん」
ジョーはテンガロンハットで目元を隠す。
「おうおう、初初しいねぇ。眩しすぎておっさんの目は潰れそうだ」
「何馬鹿言ってんの。女の子同士が出会ったら友達になる。この世の常識でしょ」
「気をつけろよ、ヒビキちゃん。こいつ割と下品だから」
そう言ってジョーは大きく笑った。
【間話 シン・バンカーへようこそ 終わり】
【超メモ】
・バンカーとは
文明崩壊後に出来た人々が集まって暮らす集落のこと。規模は100人程度のところから千を超えるところも。
基本的には旧文明の首都跡地に作られる。大部分が砂に埋もれているが、わずかに残っている建物などを再利用すれば比較的容易に建屋の確保が可能なのと、発掘作業を進めていけばバンカーの拡大 ――人々にとって有用なものが掘り出されることも多い―― も可能なため。人が住んでいない旧文明の跡地は『遺跡』と呼ばれる。
また、首都跡地には文明崩壊時に人々が避難したシェルターが残っており、そこに生きていくために遺された機材等が揃っていることも非常に重要。ジョー達が訪れたシン・バンカーではそのシェルターは総合事務所へと姿を変えているようだ。