10-2.雨。それぞれの一日
エイムの場合
「どう?」
エイムがシャッとカーテンを開ける。その姿は1920年代のアメリカを彷彿とさせるヒラヒラした婦人服に身を包んでいる。
「可愛い! かっこ可愛い!」
その姿を見て喜び、手を叩いているのはシン・バンカーの少女ヒビキである。エイムがシン・バンカーを襲った悪漢から彼女を救ったのをきっかけに二人は友達になったのだ。
シャッとカーテンが閉まる。
「どう?」
再びエイムがシャッとカーテンを開ける。その姿は凄腕のドロボーを彷彿とさせる黒いキャットスーツに身を包んでいる。
「セクシー! すっごいセクシー!」
ヒビキはその姿を見て、大喜びで手を叩いた。
二人が来ているのはシン・バンカーの『マーケット』。ここでは食料や日用品を買うことができる、バンカーの商業施設複合体である。本日は生憎の雨であるが、それでも買い物をする人々で賑わっていた。
先の戦いで服を一着台無しにしたエイムは、ヒビキと一緒にファッションショーめいたことをしながら、服を選んでいるのだ。
「えっへっへ。ねぇ、ヒビキ。どれが良かったかな?」
エイムは元の恰好に戻ると、大量の服を抱えて試着室から出てきた。
ヒビキの反応が良いからつい色々とためしてしまった。ジョーではこうはいかない。あの男は何を見ても「よし! それで行こう!」と指を弾いて言うだけなのだ。まぁ結局は上から砂除けのマントで覆い隠してしまうから、ジョーの反応も理解は出来るが、寂しいのだ。エイムは久々に買い物が楽しいと感じていた。
ヒビキは「うーん」と唸る。
「エイムちゃんの場合はやっぱり動きやすい方がいいよね。それで腕の変形もあるから袖は無い方が良くて……」
ヒビキはゴソゴソと服の山を探る。ちなみにヒビキはエイムの事情はある程度知っている。先日の夜……祝勝会の帰りに、エイムがヒビキに打ち明けたのだ。それを聞いたヒビキは少しだけ驚いていたものの、優しくエイムを抱きしめた。美しき友情である。詳しくはこの後の間話にてされるだろう。
ヒビキはニコリとそばかすがキュートな笑顔を見せる。
「色は当然純白!」
「でも、それ汚れが目立たない?」
「オシャレでそれは気にしちゃ駄目だよ! エイムちゃんは白じゃなきゃ!」
エイムは自分の今の服を見る。元からこの色だったのか、汚れてこうなったのかよくわからないベージュのような長袖のシャツだ。最近は色なんて気にしたことなかったが、言われてみれば色って大事な気がしてきた。ってかこれダサい? すごくダサくない? 知らず知らずの内に自分の感性が死んでいたことにエイムは今更気がつく。それもこれもあのテンガロンハットを何とも思わないような男とずっと一緒にいたせいである。
「ヒビキ、もしかして、私ってダサい?」
とりあえず確認してみる。この質問、聞かれた方はたまったものではないだろう。案の定、ヒビキは苦笑いを浮かべるだけだ。
「えぇと、大丈夫! うん、大丈夫……」
何が大丈夫なのか。その答えでエイムは大体察した。
よし、ヒビキが選んだ服と同じ奴を何着か買っておこう。
エイムはそう決心した。
「どう?」
エイムがシャッとカーテンを開ける。その姿は袖の無い白いワンピースの下に灰色の七分丈のレギンスという感じの出で立ちであった。
「思った通り! すっごい綺麗!」
ヒビキは大きく満足そうに頷く。エイムも満足気だ。
「ありがと!」
エイムは膝上くらいまでの少しヒラヒラしたスカートを掴み上げる。
「スカートの下にこういうの履くって発想なかったわ。動きやすいし、イイ感じ!」
そう言って笑うエイムは年相応の少女そのものであった。
数時間後。
遊び疲れたのか二人はマーケット内に設置された白いベンチに腰かけていた。傍らには服を始めとした色々なものを詰め込んだ大きな紙袋が二つほどある。エイムは足と口を大きく開き、「ふぁー」と伸びをする。はしたない!
「あぁ、今日は楽しかった!」
「ふふ」
ヒビキは嬉しくて笑った。エイムはいつだって本音しか言わない。そんな彼女がヒビキは好きだった。
エイムは口をへの字に結ぶ。自分の豪快な欠伸が笑われたのだとでも思ったのだろう。
「何で笑うのよー」
「ううん。私もすっごく楽しかった。エイムちゃんがあんまりにも大声で言うから、なんかおかしくって」
「そんなに大きかった?」
「大きかったよ」
二人は笑い合う。
「ねぇ、ヒビキ。手を出してもらえる?」
不意にエイムがそう切り出した。ヒビキは不思議に思いながらも左手を差し出す。その指さきは、若干ささくれ立ち、荒れている。苦労を知る手であった。
エイムは自分の銀髪を二本、ピンと引き抜いた。すわ自傷行為!? ヒビキが狼狽える。
「え、エイムちゃん!?」
「大丈夫。もうちょっとそのままでね」
安心させるようにエイムはほほ笑むと、引き抜いた髪をヒビキの左手薬指に何重にも巻く。そして、自分の両手でヒビキの左手を包み込んだ。エイムの手はヒンヤリと冷たかったが、ヒビキは薬指だけがほんのりと温かくなるのを感じた。
「お礼だよ」
エイムがそっと手を離す。
「えぇっ、こ、これ」
そこにあったのは銀色の……そう、エイムの髪と同じ色の指輪であった。巻かれた髪が指輪へと変化したのだ。その美しさにヒビキはしばらく見惚れていた。
「離れていても繋がっている。それはその証」
「え……」
「多分、もうすぐお別れだから」
エイムの言葉にヒビキが息を詰まらせる。
エイムは『渡り』であるのだ。いつまでもこのバンカーにいるわけではない。それはヒビキにも分かっていた。でも別れを言うにはあまりにも早い。そんな心の準備は全く出来ていなかった。
唇を固く結び、ヒビキは必死に耐えるが、出てくる涙を止めることは出来ない。
そんな彼女をエイムがそっと抱きしめる。
大丈夫。私達はずっと友達だよ。
はっきりと聞こえる、小さな、でも力強いエイムの声。ヒビキは何度も、何度も頷いた。
外の雨は既に止んでいた。
*
次の日。
外は快晴、まさしく冒険日和。
シン・バンカーの入り口に5人の人影が集まっている。
「遺跡のこと、頼んだぞ」
グラトンが言う。
「バンカーの守りは任せておけぃ」
ハンが自分の胸を叩いた。ハンとグラトンはシン・バンカーに所属しているプロテクターである。今回は前に留守中にバンカーが襲われたこともあって、バンカーの方に残るようだ。
つまり、遺跡攻略は残りの三人。ジョーとエイムとネム、『渡り』の三人組によって行われる。
ジョーは首を竦める。
「この遺跡荒らしのジョーにかかれば、エルドラドだろうと丸裸だぜ。まぁ、せいぜい期待してな」
「ぬかしよる」
ハンとジョーは拳を突き合わせた。
「さっさと行くよ! ジョー!」
ネムが叫ぶ。他の二人はフローターバイクに跨り、もう準備万端といった様子だ。
ジョーは振り返ると、後ろのハン達に向けてか。大きくサムズアップをしてみせた。
【雨。それぞれの一日 終わり】
次回予告!(担当:エイム)
失意の中で外を歩く私の腕を引く、謎の男!
え、強引なナンパ!? ではなく誘拐だ!
残念だったわね。これでも私はプロレスラー……野郎、ぶっ殺してやる!
次回 第11話 突入! そして、別れ!?
あなたのハート、狙い撃ち!
【超メモ】
・ジョー達の恰好
賢明な読者諸氏はお気づきだろう。実はこの物語において、彼等の『恰好』というものについてはあまり触れていないことに。何故なら基本的には読む方の想像にお任せしたいからである。ただ、一応「こんな服装だろう」くらいの設定はあるので、ここに記載しておく。これからも恰好についての記載はほとんど無いので、この設定は基本無視で構わない。
ジョー…
フロンティアスピリッツ溢れる、白TシャツとGパン。彼の鍛えられた肉体こそ最大の装飾品である!
(余談だが、被っている帽子はテンガロンハットではなく、キャトルマンといった方が正しいようだ。カウボーイが被っている帽子は全部テンガロンハットだと思っていた作者の知識不足である。ウェスタンハットとかカウボーイハットみたいな表記にすればよかったと少し後悔している)
エイム…
長袖のシャツとフリース。下はジャージ(少し大きめ)。ヤンキースタイル。ヒビキにコーディネートされた後は記載の通り。
ネム…
ビキニにブラウス? を胸前で結んでいる。下はホットパンツ。セクシーダイナマイッ!
後は皆、これに砂除けのマントを羽織っている。以上、何かのお役に立てたなら幸いである。