10-1.雨。それぞれの一日
前回のあらすじ!
エイムちゃん達がハンさんをシン・バンカーに連れて帰ってきて、バンカー中はもう大騒ぎ! 彼を助け出した三人を英雄と称え、バーでは盛大な祝宴会が開かれました。もちろん私もそこに参加。何気にバー初体験です。そして、何か、何かとんでもない目に。いろんな意味で忘れられない夜になってしまいました……
夜も更けていき、人がだんだん少なくなると、ジョーさんの元にネムさんが。何やらアダルティな雰囲気……にはならず、まるで友人同士が話し合うように、自分のことを語り合います。そして、お互いの夢のために頑張ろうと、空のグラスで乾杯をするのでした。次に乾杯するときには祝杯だと言わんばかりに。
こういうの見ると、なんかお酒が飲めるっていいなって思っちゃいます。でもやっぱりおいしくないので、私はこの大人の渋さをお水飲みながら出せるように努力します!
以上、恋する乙女ヒビキがお送りしました。
前回から引き続き、私登場! 風がキてる!
第10話 雨。それぞれの一日
雨である。
祝勝会から一夜明けたバンカーにしとしとと降りつけるそれは、荒れた大地へと到着すると同時に地面へと染み込んでいく。水たまりなど作る隙はない。
雨水の行く先を少しばかり追ってみよう。バンカーの地中には木の根のように細いパイプが張り巡らされている。染み込んだ雨水の大半はそのパイプによって吸い取られているようだ。パイプの行きつく先は、どうやら総合事務所の地下 ――文明崩壊時に使われたシェルターの一部―― である。
そこでは浄水システムが常時作動しており、雨水はそのシステムにより浄化され、バンカーで使われる生活水や飲み水になっていた。なんとハイテックな!
地下を見渡せば、他にもカルチ品を作る培養プラント、アルコール製造システム、加えてまだまだよくわからない複雑な機械類が配備されている。そこは地上とはまるで別世界であった。全ては旧文明の遺物であるが、当時の文明はどこまでハイテックであったのだろうか……? それを気にするものは今やほとんどいない。
さて、気にしない筆頭のジョーとエイム、そしてネムはどうしているだろうか? 三人は遺跡に行ったわけではなく、今日はそれぞれが思い思いに別行動をしていた。
遺跡攻略前の準備を兼ねた一休みである。雨ということもあるが、あれだけ飲んで騒いだ後だ。一日ぐらいゆっくり過ごしてもバチは当たらないであろう。
元来休日とはかくあるべきものである。休日に行われる社内イベントなどという唾棄すべきものがある企業が多くあるが、頭がおかしいとしか思えない。休日は休む日と書くのだ。会社の人間と一緒にいて何が休まるというのか。相互理解を深める? チームワークを深める? そんなものが必要だというなら業務中にやればよかろう! 強制参加でやらせたところで深まるのはヘイトと疲れだけだ! ファック!
……いささかノイズが混じったようだ。
では、気を取り直して三人それぞれの過ごし方を少しだけ覗いてみよう。
*
ネムの場合
ネムはとある廃墟の中にいた。だだっ広い灰色世界の中心で彼女は瞳を閉じて静かにたたずんでいる。どうやら彼女は一人らしい。
「スー……」
息を吸う。
息を止める。
辺りは静まり返り、廃墟を打つ雨音だけがそっと忍び込んでくる。
息を止める。
更に止める。
からの……オープンアイズ! 眼光鋭く目の前の缶 ――高さ15cm程度の円筒形で金属製である―― を睨み付ける! よく見れば彼女の周りには似たようなたくさんの缶がばらばらと配置されているではないか!
「ハッ!」
マントをうしろに払い、右手を突き出す! 装着された爪状コーマ・アーム『サンダーレオ』を、いや、サンダーレオなのか!? 確かに爪状だか、『サンダーレオ』よりごつく、黒光りをしている! 便宜上ここではブラックタスクと呼ぼう!
ブラックタスクから一直線にイカヅチが走る! 缶に直撃! 弾け、舞い上がる! ワッツ!? 物理作用!?
「もう一丁!」
舞い上がった缶に再度のイカヅチ! 直撃! 弾ける! なんたる精度!
「ゴー!」
ネムはその場でブラックタスクを横に向け、イカヅチを放つ! イカヅチは二股に分かれて飛び、地面におかれた5m先の缶二つを同時に蹴散らした。ブラボー!
「まだまだぁ!」
ブラックタスクからの放電は止まらない! イカヅチは集束していき、まるで長大な光の剣のような様相へ変貌する! ネムがそれを鞭のように振るうと、バチバチと音を立てながらアスファルトを焦がし、ネムの真後ろに位置した缶を薙ぎ払う。
「いけ!」
振り向き、連射! 連射! 連射!! ブラックタスクから断続的なイカヅチが放たれ、次々と缶を弾き飛ばす!
「ラスト!」
6発目! 当然缶に直撃……はせず、その直前でイカヅチは掻き消えてしまった。
「7mか……」
ネムは呟き、ブラックタスクをゆっくりと下ろす。7m。それはネムと直撃しなかった缶との距離である。つまりここまでがイカヅチの射程範囲であるようだ。サンダーレオと比較するまでもないロングレンジである。
「『サンダーレオ・スティル』。必ず使いこなしてみせる」
呟いた名は『サンダーレオ・スティル』。それが彼女の新しい、いや、アップグレードしたコーマ・アームの名である! ブラックタスクのことは今すぐ忘れろ!
復習と説明の時間を取らせて頂こう。
前々回、レアコーマ『ブラックレパード』との死闘を制し、そのコアを手に入れたジョー達は、ネムのサンダーレオとコアが共鳴していることに気づいた。
共鳴が起こったレアコーマのコアを使うことでコーマ・アームは進化する! 具体的には加工所にその二つを渡すだけ。とても簡単。その実例が現在の黒光りするごつい爪状コーマ・アーム『サンダーレオ・スティル』というわけである。
サンダーレオの特性は『放電』であったが、スティルでは更に『指向性』『範囲絞り込み』を持ち、おまけにイカヅチの特性も若干変化しているようだ。ファンタジー!
イカヅチの強さ自体はそこまで変わらないが、絞り込みを行うことで集束し強力になり、かつ遠距離まで届くようになっている。最大射程はネムが呟いたように7mほど。言うまでもないが、めちゃ強である。
ネムは己のコーマ・アームを見つめる。
思い出すのはブラックレパードとの戦い。焦燥、諦め。すぐ背後にまで迫った死の足音。恐怖と無力感。ブザマだった。たかだか負ける程度のことで折れた自分の心が許せなかった。己の夢はそんな簡単に諦められるようなものだったのか?
いや、そんなわけはない。もう二度とあんな姿はさらさない。みっともなく最後まで足掻け。足掻いて足掻いて足掻きぬいて死ね。ネムは自分にそう言い聞かせる。
「強くなってみせる……もっと!」
己の夢をこの手に掴むため。決意を胸に、ネムは特訓を続ける。
ゲット・オーバー・イット。自分の弱さ、脆さを知った上で乗り越えんとする彼女は強くなるだろう。どこまでも、どこまでも、遥かな高みへ。
驚くなかれ、彼女は主人公ではない。
*
ジョーの場合
ジョーは一人、加工所に来ていた。
「よぉ、『モンじぃ』。調子はどうだい?」
ジョーはピカピカのカウンターに片肘を付き、フランクに加工所の主人に話しかける。
『モンじぃ』と呼ばれた主人はその豊かすぎる髭をいじりながら、静かにジョーを睨んだ。怖い。
「……その呼び方は孫以外にはさせてねぇ」
「あらら。悪いね、ネムからそう聞いたもんで。じゃあ、今まで通りおやっさんでいいか?」
「それでいい。それかモントリオールだ」
加工所の主人の名は『モントリオール・ゴメス』である。彼は孫が三人おり、その三人からは『モンじぃ』と呼ばれているようだ。
「用事は?」
モントリオールはジョーにそれだけ聞く。彼はその頑固親父らしい風貌通り、口数の少ない男である。客と世間話を楽しむような性質ではないのだ。
ジョーはチェーン・ソードをカウンターに置いた。
「まだ、あのレアコーマの素材あるんだろ? それでこいつをちょいと補強してもらいたくてね」
モントリオールはチェーン・ソードを手に取り、隅々まで眺める。そして、太い指を三本ジョーに見せた。
「代金はコレだ」
「一本減らせない?」
「……」
「あーわかった。オーケー。それでいい。おやっさん、人との駆け引きってのも人生楽しむ一つのコツだぜ?」
モントリオールはフンと鼻を鳴らすと、チェーン・ソードを持ってカウンターの奥へと引っ込んでいった。
奥から「ウィンウィン」とけたたましい機械音が響いてくる。それからはまるでオーケストラのように大小高低様々な音のセッションだったのだが、それを事細やかに表現しようとすると、やはり1ページでは済まないため割愛させていただく。
音が止み、しばらくすると、モントリオールが若干刃の部分が黒がかったチェーン・ソードを手に持って出てきた。ジョーはパチンと指を鳴らす。
「グッド! 相変わらずいい腕してるぜ」
「具合は実戦で確かめな」
モントリオールはジョーにチェーン・ソードを返す。それを受け取ると、ジョーは無精髭をいじりながら思案にふけった。
「……おやっさん、まだ素材はあまってるか?」
「何がしたい?」
「相棒に土産をな」
ジョーが言葉を2,3モントリオールに伝える。モントリオールは顔をしかめ、訝しるようにジョーを見た。
「使い捨て程度のモンしか出来ねぇぞ? 割に合わんと思うが」
「いいんだ。実のところ金も時間も持て余してるもんでね。やってくれ」
ジョーは悪びれもせず答える。さっき値切ろうとした男の発言とは思えない。
そう、別に金が惜しくて彼は値切ったわけではない。彼はケチであることは間違いないが、それは自身への報酬に対してのことだ。支払いに対してはその限りではない。実際、『渡り』にとっては金をケチる意味はほとんどないのである。
ジョーは……暇だった。とにかく暇だったのだ。
驚くなかれ、彼は主人公である。