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9-2.酒と本音と男と女

 夜がふけていき、人がだんだんと少なくなっていく。エイムも「なんかどっと疲れた」と言い残してヒビキと一緒に帰ってしまった。ハンも体を休めるためか、既に帰宅済みだ。

 ジョーはほぼ無人のカウンターで一人、酒を飲んでいた。その横にグラス片手に座った人物がいる。


「よっ。飲んでる?」

「人並みにな」


 ジョーはグラスを揺らし、その人物、ネムを見つめた。


「話し相手を探してるのかい?」


 適度に薄暗くなった照明が非常にアダルティである。ここから先はお子様お断りの時間、とでもいいたげな雰囲気が室内にはただよっていた。


「ま、そういうことだね」


 エイム達と話していた時とは打って変わってネムが酔っ払っている様子はない。もう酔いが冷めたのか、それともあれは演技だったのか。

 ジョーがウィンクを決める。


「なら、どうだい今夜。ベッドの上でたっぷりと」


 懲りない男である。ネムはからっと笑うと、手を振った。


「アンタのことは好きだけど、タイプじゃないね」

「そりゃ残念」


 ネムは微かに口角を上げると、カウンターに肘をついた。


「思ってもない癖に」


 どういう意味だろうか。ジョーは呆気にとられている。


「アンタってさ、本気で口説こうなんて思っちゃいないだろ」

「……馬鹿言え。いつだって俺はマジだぜ」


 ジョーの声が若干震える。どうやら図星だったようだ。ということは女性を見る度に口説いてきた今までの事は全て本気ではなく遊びだったということに! ……なにやらどっちもどっちなのは気のせいか。

 ジョーはすました顔で酒を飲む。だが、酒を口にする回数はあからさまに増えていた。


「隠さなくていいのに。あーあ、こりゃ苦労するわ」


 ヒヒ、と小さくネムが意地悪そうに笑う。そして続けた。


「アタシって、女しか愛せないの。男は友達」


 ポイズン・ミスト! ヒール・レスラー! ジョーが見事に酒を吹いた。とんでもなく脈絡のない発言だ!


「い、いきなり何カミングアウトしてんだッ!!」

「お、焦った? なかなか、良い顔してるじゃないか」


 ネムがカラカラと笑う。かなりのセンシティブな内容を唐突に暴露したわりに、彼女は冷静そのものである。


「悪いね。コソコソ話すのも嫌いでさ。まぁ、そういうわけで自分も本音を隠して生きてる一人なわけ」

「俺にも隠せ。お前との付き合い方を考え直すレベルの爆弾発言だぜ……」

「だから嘘っていうか本当のこと言ってない奴って何となくわかんだよね。納得した?」

「説得力は十分だ。あぁ、ほんと、マジで」


 あまりの衝撃に、まるで酔いつぶれるような視界のブレを感じたジョーは思わず頭を抱える。

 ネムが笑いながらジョーの背中を叩いた。


「安心しな!エイムちゃんを狙ったりなんかしないよ!」

「どうしてアイツが出てくる」

「もう故郷に待たせている人がいるんだ。これでも一途でね」

「そりゃ意外なことで」


 ジョーはいまいち反応が鈍い。

 エイムが「どっと疲れた」と言って帰った理由がよくわかる。彼女は会話のキャッチボールなどさらさらする気はない。彼女がするのはボールを持った手で殴り合うガチファイト。

 ジョーは完全にノックアウトされてしまったのだ。恐ろしい。



 しばらく面白おかしく自分の身の上を語っていたネムだったが、その表情がふいに真剣味を帯びた。


「私はこのままじゃ駄目なんだ。それこそ、世界がひっくり返るくらいの奇跡が必要なのさ。それが叶うならエルドラドだろうが何だろうが見つけ出してやる。アタシが『渡り』をやっているのはそういうワケさ」

「ひっくり返る?」

「なんだって叶う。生まれ持った運命の壁だって越えられるかもしれない」


 しばし黙った後、ジョーがため息をつく。力強い言葉にネムの本気が滲んでいた。彼女が抗おうとしているものの大きさに言葉が出ない。一方でどうしてそれを自分に話すのか、ジョーは不思議に思った。


「なかなかにヘビーな話だな。いいのかい?」


 ネムは再びカウンターに肘をついて、ニンマリと笑った。


「夢を語れなくなったら、プロテクターは終わり。でしょ?」


 プロテクターを目指す少年、ショウに向けた自分の言葉。それを言われては返す言葉がない。


「……違いない」

「それにアンタの話も聞きたくてね。ただ聞くだけってのはフェアじゃないだろ?」


 ジョーはそういうことか、と納得した。上辺じゃない。腹を割って話そうということらしい。だからまずは自分の腹を割ってみせた。なかなか出来ることではない。


「そっちの話に釣り合うことをお聞かせできればいいんだがね」

「機械の体を手に入れるって?また変わってるね」


 ジョーの表情が若干強張る。誰にも言ったことのない『本音』、それを彼は少しだけ話そうとしていた。ネムの気概に応えるために。


「……ネム。『渡り』なら、聞いたことはないか。俺と同じことを言っている奴を」


 ネムがしばらく考え込む。そして首を振った。


「聞いたことないね」


 ジョーは緊張が解けたように小さくため息をついた。


「口では偉そうに言ったが、俺のは純粋な夢じゃない。復讐混じりの歪なもんさ」

「復讐?」

「自分の子を捨てるようなクソ野郎へのな」


 吐き捨てるように言う。しかし、彼の眼差しはどこか寂し気であった。


「元々はそのクソ野郎の夢。それを奪うのが俺の夢。どうだい? 歪だろ?」


 どこかすっきりとしたようにジョーは語る。取り繕うのもここまで面倒になると、逆にすがすがしいものだ、とジョーは思った。

 ネムは眉根を潜める。


「アンタも色々ありそうだね」


 そして一拍。彼女の声がワントーン下がった。


「なぁ、『ビッグ・ガン・ジョー』」



 ジョーの時が止まる。

 ビッグ・ガン・ジョー。

 それは彼が一人でプロテクターをしていた時の通り名であり、エイムと行動を共にしてから……そう、一年前から呼ばれることもなくなった『忘れられた名』だった。


「知ってたのか」

「知ってたというか、途中で気づいたというか。まぁ、あんなの見りゃね」

「隠してもいないがね」


 ジョーが首を竦める。ブラックレパードとの決着を思い出す。あれだけ派手にぶっ放せば、知っている者なら当然思い当たるだろう。例え一年の時を隔てようとも。

 ネムはグラスの液体に視線を落としている。


「『ビッグ・ガン・ジョー』。数々の大型コーマを打ち倒した逸話がありながら……」


 そして、ジョーを見つめた。


「ヌル・バンカーの加工技師を殺した犯人って噂もある、疑惑のヒーロー」

「よくご存じで。話ってのはそういうことかい?」


 ジョーは否定しない。加工技師を殺す。それはバンカーを滅ぼすとほぼ同義である。そんな噂があるだけでも、全てのバンカーから追い出されるレベルのとんでもない罪だ。極悪! 非道! その極地と言ってもよいだろう。

 ネムは首を小さく振る。


「別におどそうってわけじゃない。単純に聞きたいだけさ。犯人なの? 本当に?」

「違うって言ったら?」

「信じるよ。付き合いは短いが、それくらい分かる。むしろ「そうだ」って言われたらどうしようかと思ってたところさ」

「嬉しいね。涙が出る。まぁ、ありゃ事故だ。多分」

「多分?」

「そいつを追ってたら、爆発が起きて、そいつが死んでた」

「なるほどね。アンタもよくわからんってことか」


 ネムは頷いた。


「一年前から話も聞かなくなったからてっきり死んだと思ってたよ」

「ところがどっこい、こうして生きてる」

「まぁ、アンタってより『あの』コーマ・アームの方が有名だったからね。それが『あぁ』なっちまえば、噂も立たないってわけか」

「手厳しいね」


 ぴしゃりと言われたジョーは、それ以上は特に言い返すこともなく首を竦めただけだった。たまたま強力なコーマ・アームを手に入れたお調子者のプロテクター。それが自分に対する妥当な評価であることを彼は理解していた。

 ネムはグラスに残った酒を一気にあおる。ダン、とカウンターに空のグラスが叩きつけられる。そして、ずいっとジョーの方につめ寄った。その顔は少しニヤけている。


「最後。エイムちゃんのこと聞かせな。あんな可愛い子どこで引っ掛けたんだい?」

「引っ掛けたとは人聞きが悪いね。件の加工技師の娘さ。言わばもう一人の被害者だな」

「なんだって!!」

「あの腕は親父がやったって話だ。俺から盗んだ『ワン・ショット・キル』を使ってな。事故はそれが原因らしい」

「なんだって!?」


 ネムが考え込むように頭を押さえる。


「確かにつじつまは合うね」

「で、聞かせろと言われてもアイツのことは俺もよう知らん。勝手についてきたんだ」

「知らない!? あんな馴染みな感じなのに!?」


 ネムが言っていた『ヌル・バンカーの加工技師』とはエイムの父親『ユヅル・ニシノ』のことである。

 ジョーは一年前、そのバンカーで酒に飲まれて潰れている間に、愛用のコーマ・アーム『ワン・ショット・キル』を『ユヅル・ニシノ』に盗まれた。それを追って加工所の中にジョーが踏みこんだ瞬間、爆発事故が起った。その事故で『ユヅル・ニシノ』は死亡。そして『ワン・ショット・キル』を両腕に宿した少女、エイムと出会ったのだ。

 彼は全て真実を語っている。エイムのことをよく知らないのも含めて。

 ネムが茫然とジョーを見やる。


「よくわかんない関係だね、アンタ達」

「そうでもない」


 ジョーの口元には皮肉めいた笑みが浮かぶ。


「ただの最高の相棒。それだけだ。口と食い意地は悪いがな」

「……ひっどい男」

「知ってんだろ?」

「知ってる」


 しばらく二人は黙り込む。心地の良い沈黙。気だるげな満足感が二人を満たしていた。

 ふいにジョーは空になったグラスを持って、ネムの方に差し出した。


「とにかく、見つかった遺跡が本当に『エルドラド』だとすれば、俺達の夢が叶うってわけだ」

「そうだね。お互いの夢のために。まずは遺跡攻略、頑張ろうじゃないか」


 ネムも空のグラスを差し出し、彼のグラスにチン、と軽く当てた。


【酒と本音と男と女 終わり】

次回予告!(担当:エイム)


試合には勝ったけど、私は負け犬だった。

雨に濡れそぼった、憐れなアンダードッグ……

家に帰り、旦那を待つ。もう、別れるしかないの?


次回 第10話 雨。それぞれの一日


あなたのハート、狙い撃ち!



【超メモ】

・ジョーはモテない

 読者諸氏の中では不思議に思う人もいるかもしれない。筋肉質で顔もそこそこハンサム、性格が少し軽い以外大方問題の無いジョーがどうしてモテないの? と。

 結論から言おう。それは『渡り』だからである。『渡り』とはバンカーを次から次へと渡り歩くもの。彼と付き合うなら、すぐに別れになる覚悟か、自分も『渡り』となる覚悟のどちらかが必要なのだ。

 ジョーがその覚悟に足る人間か。女性を見ればすぐに軽い口調で口説きはじめ、おまけに関係がよくわからないコブ付き。どうだろう? イヤじゃなかろうか。地に足のついた考え方を持つ女性ならばまず相手にしないだろう。

 実は彼も、そこのところは分かっている。つまり、『わざとフラれる(フリやすい)ような振舞いをしている』。だから同じ『渡り』のネムに「本気じゃない」と突っ込まれているのだ。何故彼がそうした態度を取るのか。それはまた別の機会に語ることになるだろう。

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