7-1.決戦! ブラックレパード
前回のあらすじ!
帰ってきた三人を待っていたのはなんと傷だらけのグラトンさんでした!
グラトンさんは遺跡調査に行っていたプロテクターの一人で、そっちは何だかとっても大変なことになっているとか。三人とも帰って早々現場に急行! エイムちゃん頑張って!
駆け付けた三人は現場に残って戦っていたハンおじ様を見事に救出! めでたしめでたし……とはいかず、まだまだ一波乱ありそうで……? わわっ! 何だか強そうなのが出てきちゃった!
以上、恋する乙女ヒビキがお送りしました。
私のことが気になる方は間話1を読んでね!
第7話 決戦! ブラックレパード
ジョー達が倒した猫型コーマの亡骸を踏み砕き現れた黒き獣、その正体は真っ黒なボディを持った別の猫型のコーマ ――しかし、その大きさは普通の猫型コーマと比べると二倍ほどもある―― だった。
「あいつじゃ。あいつにグラトンは……」
ハンが忌々しげに吐き捨てる。ネムは大柄な黒い猫型コーマ……呼びづらいのでブラックレパードと命名しよう。このコーマは大柄だが猫型より凶悪な顔つきとスラリとした四肢を持つのでぴったりだ。
ネムはブラックレパードから目を離さずに答える。
「安心しな。グラトンは無事だよ」
「それを聞いてひとまず安心したわい」
「ただ、アタシ達が無事に帰れるかは、まだわかんないみたいだけどね」
ネムの頬を一筋の汗がしたたり落ちる。目前の敵が発する強者のオーラに若干気圧され気味だ!
そんな二人とは対照的にエイムは目を輝かせていた。
「ねぇねぇ、アレって強いの?」
ジョーが頷く。
「強いぜ。ありゃレアコーマって奴だな」
「レア!?」
エイムの目が一層輝く。まるで人参を目の前に下げられた馬さながらの興奮具合だ。今にも飛び出していきそうである。
ジョーがそこらへんに転がる猫型を指さす。
「そいつらと同じ猫っぽいが、あいつは黒くてデカくて、テカってやがる。ワオ、それだけで強そうだぜ! でももちろんそれで終わりじゃない。レアコーマは何かしらの『特殊能力』を持っているのさ。『硬化』だったり、『放電』だったりな」
「それって何かコーマ・アームっぽいわね」
ジョーがバチンとウィンクして、陽気にサムズアップする。
「正解! コーマ・アームってのは『レアコーマのコア』を元に出来てんのさ!」
「そうなんだぁ! じゃあ私の腕も元は何かのレアコーマなのね。知らなかった!」
ハンを担いだまま、じりじりと下がっていたネムがため息をつく。
「授業なら後でしてくれよ! ちなみにフローターバイクとかバンカーで使ってるエネルギーパックとかは普通のコーマのコアがベースに作られてるのさ」
「へぇぇ! コーマって便利なのね!」
ネムからも補足が炸裂だ! その豆知識にエイムはしきりに頷いていた。いい生徒である。
もうほとんど説明されてしまったが、ここで説明しよう!
散々引っ張ってきたバンカーの加工所で物を作るために使われる『あるもの』、それこそが『コーマのコア』である! コアは万能素材とも呼ばれ、コアと必要分の材料を加工所にある『加工機』と呼ばれるものにかければ正に『ほとんど何でも』作れてしまうのだ。少し話が脱線するが、この『加工機』があるから加工所と呼ばれ、『加工機』を使える者を加工技師と呼ぶのである。
ただし、コーマ・アームだけは特別で、作成には『レアコーマのコア』が必要になる。最もレアコーマのコアは別の使い道もあるが……
何故そうなるのか、原理・理論・技術は文明崩壊と共に逸失しており、加工技師ですら加工機の『使い方』を知っているだけである。加工機自体も『文明崩壊前の遺物』の一つであるのは言うまでもない。
つまり、コーマとは人類の天敵であるが、コーマ無しには人々の生活は成り立たない、何とも捻じれた関係になっているのだ。
強敵を前になんとも気の抜けたやり取りをする三人にハンは頭を押さえる。
「お主まで……こいつら大丈夫か?」
「この緊張感の無さがこの二人のいいところさ」
「確かにの。何だか負ける気せんわ」
「だから、アンタはここで休憩してな」
そう言ってネムはハンを下ろした。ハンはフローターバイクにもたれかかり、顔を上げる。
「気をつけろ。奴の防御は生半可ではないぞ……」
「あぁ、任せな」
ネムはちょっと迷った後、恥ずかしそうにサムズアップした。
*
「それにしても、あの黒いの、全然襲い掛かってこないね」
エイムがフン、と鼻を鳴らす。あれだけ長々と話していたにも関わらず、ブラックレパードは三人から一定の距離を保ったまま動こうとしなかった。
「美女を前にして固くなっちゃったのかしら」
「お先にどうぞってことだろうな。うかつに飛び込むのは危険そうだ」
ジョーがテンガロンハットを押さえ、慎重にチェーン・ソードを構える。
エイムの美しい銀の長髪がにわかに逆立つ。眉間に皺をよせ、口元が歪む。犬歯を剥き出しにした、とても凶暴な笑みになっていく! 恐ろしい!
「それじゃ、それを突破すれば大チャンスってことね」
地面が爆ぜる! ゴウと風が舞う! ジョーの隣にいたはずのエイムが忽然と姿を消した!
「ま、お前ならそういくよな」
ジョーがため息をつく。なんとエイムは敢えて正面からブラックレパードに向かって突進したのだ! それはまるで銀色の弾丸だ!
「グルルォォォ!!」
待ってましたとばかりにブラックレパードが吠える。それと同時に草むらに潜んでいた猫型コーマがエイムの両脇から飛び出してきた! 狡猾なトラップだ!
先に行ってしまったエイムを追いかける恰好になった二人が驚きの声を上げる。
「アイツ! コーマを統率してる!」
「リーダータイプか。猫型がやたら群れてたのはこいつが原因で間違いないな」
「そんなことよりエイムちゃん助けないと!」
そう、突出したエイムは恰好の餌食! その白い肌に食らいつかんと猫型の牙がエイムに迫る! 危ない!
そして、エイムは。
「せこい手ね」
その牙を『両腕』に敢えて受けた。
「!?!?」
食らいついた猫型が困惑する。牙が全く通らないのだ! それもそのはず、エイムの両腕は生身ではなく『コーマ・アーム』そのものなのである。中型程度の噛みつきでは傷の一つすらつけることは不可能!
普通なら引き倒されダウンするような状況でも、エイムのスピードは全くゆるまない。両腕に猫型を噛みつかせたまま、引きずり突進していく。
「ガルル」
ブラックレパードがそのシャープな四肢をしならせ、跳躍の態勢を取る。だが、遅い! そこはもうエイムの射程……そう! エイムは手に入れていたのだ! 両腕に、コーマという名の武器を!
「男なら拳一つで勝負なさい!!」
エイムは気合いの雄叫び ――ちなみに今の戦いの場で性別上男に分類されるものはジョーだけである―― と共にその若き肉体を躍動させ、コーマを一体ぶん投げる。慌てて跳躍し、それを躱すブラックレパード! しかしその態勢は崩れている!
「もう一丁!!」
さらにアンダースロー気味に振りぬかれた腕からもう一体のコーマが放たれる!
「ガゥ!!?」
「ビンゴ!」
見事直撃! 空中でコーマと衝突したブラックレパードは更に態勢を崩し、地面に情けなく衝突する! いくら猫とはいえ、ここまでされたら上手く着地など出来るはずもない。
「エイムちゃん流石!」
遅れてきたネムが飛び出す! 振り上げられた右手のサンダーレオはバチバチと帯電している!
「行けッサンダーレオ!」
放たれたイカヅチがブラックレパードを襲った!
「ガァ!」
だが倒れていたブラックレパードが身をよじりながら吠えると、なんとその体の周りをプリズムの輝きを放つ薄い膜が覆う! そのプリズム膜で直撃かと思われたイカヅチが全て弾かれてしまっていた!
「嘘!?」
「それがアンタの『特殊能力』ね」
右手を握りしめ、距離を詰めたエイムが舌なめずり。
「なら、これはどう!?」
殺人級のチョッピングライト!! プリズム膜を飴細工のごとくぶち割り、ブラックレパードの顔面に直撃だ! あまりの衝撃に辺りの草花が揺れる! これは勝負あったか!?
「!? かったい!」
だが、困惑の声を上げたのはエイムの方であった。それもそのはず、相手の首をもぎ取るつもりで殴ったにも関わらず、ブラックレパードの表層をわずかにへこます程度にしかならなかったからだ! これは全てをその剛腕で打ち砕いてきたエイムにとってかなり予想外の出来事であった!
「ぐぇっ!?」
その驚きがエイムの次の動きを鈍らせた! ブラックレパードが真横に薙ぎ払った腕が脇腹へと直撃し、エイムの体がすっ飛ぶ! そして脇に片づけてあったハン達のキャンプキットに豪快に突っ込んだ! 小柄に見えるが、エイムの体重はジョーより重い。それをここまで易々と飛ばすとはなんというパワー!
「エイムちゃん!」
ネムが叫ぶ。そして、嫌な想像で顔面を蒼白にする。自分があれを食らったら、自分ならまず……そうでなくても肋骨は粉砕され、もう戦うことのできる状態ではない。その思いがエイムの最悪の結末を想像させるのは決して無理のない話ではなかった。ハンの言った生半可ではない防御というものを甘く見すぎていたことを後悔する。この結果は自分のせいだ、とネムは思った。
「よそ見するな!」
ジョーのチェーン・ソードがネムのサンダーレオに巻き付く。ジョーはそのまま強く自身に向かって引き寄せた。
「な!?」
いつの間にかブラックレパードは態勢を立て直していたのだ! 近くにいたネムに最速の突進をしかけたところを、紙一重でジョーが救ってみせた!
「あ、ありがとう」
「なぁに。礼は勝利にキッスでもくれればいいさ」
「こんな時に冗談言ってんじゃないよ!」
「それにしても参ったね。相棒のパンチであれじゃ、コイツだと傷一つつかなそうだ」
ジョーがチェーン・ソードを物憂げに見る。
「ちょっとアンタ、エイムちゃんが心配じゃないのかい!?」
「全然」
「ッ」
ネムがジョーの胸倉を掴む。相棒のエイムがやられたにも関わらず、まるで心配する様子が無い。これでは軽薄な冷酷人間と思われても仕方がないだろう。
「俺達が喧嘩してる場合じゃないだろう」
「そうだけど、アンタがそんな冷たい奴だとは思わなかったよ!」
掴まれた胸倉が乱暴に離される。
「グルルォ!」
ブラックレパードが吠え、新たに三体の猫型コーマがどこからともなく現れる。そして自身は様子を観戦するようにその場にしゃがみこんだ。
「やっこさん、全く効いてないってわけじゃなさそうだ」
「そうみたいだね。エイムちゃんが作ってくれた最後のチャンス、絶対にモノにしてみせる」
ジョーが思わずといった様子で噴き出す。
「何がおかしいんだい!?」
「ネム、一つ教えてやる」
ジョーはパチンと指を弾いた。
「アイツは『この程度で』どうにかなっちまうようなタマじゃない」
そう、ジョーはエイムを『心配しない』のではない。
『信頼』しているのだ。