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1-1.エイムとジョー

 ある時、世界の文明は滅びた。

 しかし、人類は滅亡したわけではなかった。

 そして、絶望もしなかった。

 世界が人類の天敵と言える「コーマ」に支配されようと。

 人類の生息圏が草も育たぬ荒野に押し込まれようと。

 夢・希望・ロマン。それらを人々の心から消し去ることは不可能なのだ!

 これは荒廃した世界で生き抜く、一人の男と一人の少女の物語である。

第1話 エイムとジョー


 錆びたカウンターを挟んで二人の男が口論している。

 一人は髭、もう一人も髭だ。


「これでカルチ・パン2つだぁ!? 冗談きついぜ、おっさん!」


 口の周りを無精髭が覆っている男が大声を張り上げる。無理もない、男が持ち込んだ鉄くずは ――ここは、くず鉄所だ。外のうすら汚れた看板にそう書いてある。そして、もう一人の髭はちょび髭で、恐らくこの店の店主だろう―― 相場なら3つないし4つは固い。

 ちょび髭の店主がため息交じりに答える。


「あんた、タイミングが悪かったなぁ。今はこれで勘弁してくれ」


 無精髭……いや、見るべきところはもっとある。例えば無精髭の方はいかついゴーグルをしている。例えば無精髭の方は使い込まれたマントを羽織っている。例えば無精髭の方は筋骨隆々でそこそこ大柄だ。例えば ――これが一番わかりやすい―― 無精髭の方はテンガロンハットをかぶっている。


「タイミングってのはどういうこった?」

「今はバンカーのプロテクターは全員出払ってて」

「どうでもいいが、そりゃ珍しいな。で、そいつぁ俺のお宝がカルチ・パン2つなのと関係ある話なのかい?」

「せっかくわかりやすく説明しようとしてんだ。30秒くらいおとなしく聞いとくれんか」

「はいはい、わかりましたよ」


 テンガロンハットの男はカウンターにもたれかかった。

 店主は咳払いを一つする。


「プロテクターが総出で行っているのは、エルド……なんとかに関わる遺跡が発見されたのどうだのって話でな」

「おっさん、たった今カルチ・パンのことはどうでもよくなったぜ」


 テンガロンハットの男がゴーグルをグイっと首元まで下げる。現れた瞳はギラギラと好奇心で燃えていた。


「遺跡の話、もっと詳しく」

「いや、重要なのはそこじゃなくて」


 店主が言いよどんだ。同時にそれは起こった!

 辺りを威嚇するような耳障りなモーター音! そして、絹を裂くような女性の悲鳴! 外では明らかな異常が起きていた!


「ほんとうにタイミングが悪いな、あんた」


 店主が震え声でいう。プロテクターが出払ったこのタイミングを狙って悪党の一味がこのバンカーを襲ったのだ、と。残った住人では太刀打ちが出来ず、今はいいなりになっているのだ、と。


「わしは店の地下に避難する。あんたも一緒にくるか?」


 焦る店主にテンガロンハットの男は笑う。


「気にすんな。なんせ外には『相棒』がいるからな」



 一方、少し戻って外でのことである。

 フローターバイクの集団が土煙を上げながらバンカーへと侵入してきたところだ。


「ヒャッハーッ!! ゲドー様のお通りだぁぁ!!」


 先頭にいるスキンヘッドの男が叫びを上げる。ならず者達が我がもの顔でバンカーを所狭しと駆け巡る。その数は10にも上ろうか。住民達は怯え、蜘蛛の子を散らすように近場の建物へと避難する。

 だが、一人の女の子がならず者達の行く手先で転んでしまった! 足がもつれたのか何かに躓いたのかは定かではないがとにかく転んでしまったのだ! 砂埃を上げ突進してくるフローターバイクの群れ! あるいは、転んでもすぐに起き上ればまだ避難できたかもしれない。ただ、彼女はバイクが猛スピードで迫っている事実に恐怖し、身が竦み、動けなくなってしまっていた!


「キャー!!」


 そして彼女が出来る唯一のこと、悲鳴を上げた。

 もう助からない。誰もかれもが見ていることしかできない。なんたる光景だ。一人の尊い命が散りそうになっても誰も動けない。相手は強力な力を持つ悪党、『マリグナンシー』なのだ。そして、今このバンカーにはそれに対抗する力を持つ『プロテクター』が一人もいない。卑劣! 卑劣である! 誰もかれもが見ている。悪党を許せぬと正義の心を持って見ているのだ! 力がないために見ているしかできないのだ! 誰もかれもが思っている。私に力があれば! 私に力があれば彼女の前に飛び出して彼女を救えるのに! あぁ、だが、しかし、このバンカーのプロテクターは一人もいない。

 そう、『このバンカーのプロテクター』は。

 一つの影が飛び出した。それは目にも止まらぬ速さで女の子を抱き上げ、見ていた皆が思っていた通りに颯爽と救ってみせた。


 彼女は驚いた。自分の命が助かったことに。

 彼女は驚いた。自分を救ったその手があまりにも『華奢』であったことに。


「大丈夫?」


 彼女は驚いた。まだあどけなさの残るその声に。

 顔までマントで覆っていてよく見えないが、間違いない。自分を救ってくれたのは、自分と同じ位の ――彼女は16才の、とても親思いのいい子である―― 少女だ。その事実に彼女は四度目の驚きを迎えた。このような短時間の内にこれだけ驚くことは今後生涯無いであろう。


「ここでいいかな」


 マントの少女はそういうと、建物の軒先に女の子を下ろした。息が詰まり、感謝の言葉も出ない彼女はただ頷くしかできない。

 少女は身を翻し、ゆっくりと歩く。その先にはならず者の集団がいた。侮るようにニヤニヤとそれぞれが笑みを浮かべている。


「……い、行っちゃ、駄目……!」


 か細く、しかし精一杯の声を彼女は上げる。

 無理だ、一人で、ましてや少女があの野蛮な男達に勝てるわけがない!

 その心配を払拭するようにマントの少女はサムズアップを返してみせた。


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