第三話 死因って
「あっ! キャンピングカー」
そうだよ、俺キャンピングカーを買ったんだよ。マンションを買うつもりで貯めてた金で小型バスをベースにしたやつを。あー思い出してきたぞ。
「確か休みを取って国内一周しようとして……パーティを開いてもらって車をお披露目……あれ?」
「思い出してしまいましたか」
男を見上げると、困ったような顔をしている。
「前世の記憶を残しているので思い出しやすいんですよね」
「どういうことです?」
「前世の記憶はすべて覚えているわけではないんです」
「というと?」
「知り合いの名前や人間関係などは忘れているはずです」
そう言われれば、親兄弟の顔も名前も出てこない。
「覚えていることで苦しい思いをする記憶は意図的に消しています」
「苦しい思い?」
「強く感情を揺さぶられる相手とかですね。例えばあなたにとても好きだった相手がいたとして、その人のことを忘れられないと辛いですよね」
なるほど、思い当たる相手はいないが、そうかもしれない。
「他にも死因に繋がる記憶とかも消しています」
「死因ですか」
「例えば溺れ死んだ記憶を持ったままだと水が苦手になりますから」
なるほどそりゃもっともな話だ。あれ、そうすると?
「キャンピングカーが死因に関わっていると?」
「ブレーキが緩んでたんでしょうね」
「それって、……自分のキャンピングカーに轢かれて死んだってことですか?」
「記憶を消しましょうか?」
「いや、ちょっと待ってください。あの車ここに出せますか?」
「辛いかもしれないですよ?」
「何て言うか、心残りがあります」
「ふむ。では、そちらに」
男が指さす方に俺のキャンピングカーがあった。
「ああー、これだよこいつだ。俺がデザインしたんだ。窓も二重にして。そうそう、階段で屋根に上れるようにしたんだ」
タラップを上ると手すりと水のタンクが見えた。
「手すりは折り畳み式にしたんだよなー。ここに望遠鏡を置いて星を見るとか言って」
周りを見渡しても白い世界が続くばかりだったけれど。
「中も見ていいですか?」
「どうぞ」
トイレ一体型のシャワー室。電子レンジに結構大きな冷蔵庫。割を食って小さくなったシンク。コンロはシンクの上で使う様にしたんだっけ。
「あー、一番こだわったソファーベッドだ!」
背もたれを跳ね上げると二段ベッドになるんだよ。そして座席の下には……。
「あったー! 俺のバイク!」
座席を跳ね上げると、半年ほど通勤で使ってた電動式のオフロードバイクが顔を覗かせていた。デジャヴの原因はこれか。
「なんかすごい懐かしい気がする。死んでからどのくらい時間が経ったのか知らんけど。あれ、これって……」
「パーティ用の料理ですね」
バイクに気が行ってて目に入らなかったけれど、折り畳み式のテーブルの上には某ファーストフードのチキンやピザなどが並んでいた。床には缶ビールのケースとおつまみですか。何人呼んでパーティ開こうとしてたんだ俺?
「あなたが亡くなった日のままですよ」
そっか、パーティを開く前に死んだのかな? てことは。
「俺、結局この車で旅に出られなかったんですね……」
随分、楽しみにしてたんだけどな。2年分の有休を溜め込んで……はは涙が。
「持ち込みます?」
「え?」
「この車を新しい世界に持ち込みますか?」
「え? だって中のアイテムは凄い量ですよ? 技術だってとんでもなく進んでるだろうし」
「大差ないですよ」
いやいや、あるだろう。電子レンジなんて数百年進んだ技術だろうし、この車にどれだけの新技術が詰め込まれていることか。文化汚染してしまう可能性が高いだろう。
「どうせ再現できませんから」
「へ?」
「あなたが生きている間は複製品が使えるでしょうけど、あなたが死んでしまったら、誰もメンテできなくて朽ちていくだけですよ」
「そ、そうなんですか?」
そうなんだろうか。だって現物があるんだから、誰かが作っちゃうのでは?
「LSIの工場を作れるとでも? 合成ゴムは? 正確な金型やプレス機、純度の高い製鉄技術、希少金属の抽出方法など、あなたが指導できるんですか?」
「……無理です」
「なら現物があっても作れないでしょ」
なるほど、材料の生産技術さえ持たない文明だと現物があっても無理なのか。
前の世界でも宇宙人の円盤を渡されても作るのは無理ってことだな。
「じゃ、じゃあこれを持って行っても……」
「ずいぶん思い入れもあるようですから許可しましょう」
「あ、ありがとうございます」
何度も、何度も頭を下げる俺。他に感謝を示す方法がない。
「でも相当目立ちますから、人眼には注意した方がいいと思いますよ」
「と言いますと?」
「見る人が見れば、転生者だとすぐばれます」
「なるほど」
そりゃこんなのに乗ってたら一発だよね。
「あと、本当の文化汚染と言うのは物ではなく、新しい価値観を伝えることです」
「ほへ?」
「奴隷制度を無くそうとか身分制度を無くそう、と言うのは文化汚染の最たるものですね」
「え、でもいいことですよね?」
「いいこととは? 誰にとって? 何をもってです?」
うーん、深く考えたわけじゃないけど、人は平等って普通じゃないのかな。
「産業革命が起こっていない世界で、奴隷を無くして世の中がうまく回ると思います? 奴隷がやっていた仕事を誰がやるんです? コストはだれが負担します? 解放された奴隷は誰が面倒みるんです? 元犯罪奴隷は全員処刑するんですか?」
あわわわ、いきなりそんな突っ込まれても。ここは素直に謝るしかないな。
「すいません、考えてません」
「影響を考えずに他所の世界の価値観を押し付けるのが文化汚染です」
「な、なるほど……」
「途中経過をすっ飛ばして結果だけを真似ても、うまくいきません。社会が混乱し多くの人が死ぬことになるでしょう。あなたが武器を使って100万人を殺しても構いませんが、価値観を広める際には十分に注意してくださいね」
「わ、わかりました」
いや、本当はよくわかってないけど……。
お願い
・この展開は不自然
・これは理屈に合わない
・この設定は無茶
・誤字脱字
等々ありましたらご指摘いただけるとありがたいです。
ご指摘いただいた点をすべて修正できるとは限りませんので
その点ご了承ください。