四神国 弐
噂
「聞きました?会談で異国見聞者を作ることが決まったそうよ。」
「誰の提案で?」
「それが春姫様だって!」
「春姫様!?あの一番掟に対して厳格だったお 方が?」
「秋姫様は黙って同意したのかしら?」
「これはあまり大きな声で言えないんだけど、や っぱり会談中ピリピリしてたらしいわよぉ〜!」
「やっぱり〜?でもどこで聞いたの?そのお話。」
「ほら、お隣の娘さんがお宮で女中してらっしゃるから〜。」
「昔は仲良くしてらしたのにねぇ、秋姫様と春姫様。あの一件以来、ずっと仲が悪くって。」
「ああ。あの五年前の。」
「東の国に入ってきた異国者達を、春姫様が子供共々全員処刑したっていう?」
「あれ以来、仲悪くなったわよねぇ。春姫様は国の掟に従っただけなのに。」
「秋姫様は、せめて子供は解放してあげたかったんじゃないかって話よね。」
「秋姫様の気持ちも分かるけど、春姫様もしょうがない事よね。」
「そういえば、子供の骨は処分場に送られなかったって話じゃない?」
「違うわよ〜。異国人は成長が早いから、子供といえど大人と大きさが変わらなかったそうよ。」
「ええ?私は連れてた猿を子供と間違えたって聞いたわよ?」
「まぁ〜、たかが噂よねえ。」
そう。たかが噂だ。だから俺が助かったのは、猿と間違われたからじゃないはずだ…。
「おい、聞いたか?お前猿と間違われたんだって?ははっ!」
「うるさいよハツ。まさに今そうじゃないって自己暗示してたところだよ…。」
「今まで色んな噂が流れたが、猿と間違われてたとは初めて聞いたなぁ!」
「ゲンさんまで…まあでも、俺も初めて聞いた。」
最初の頃は、こんな噂を聞くたんびに泣き出して、ゲンさんに慰められてたな。最近では笑い話にできる程になった。人間慣れるもんだ。俺はふと、隣ので笑うゲンさんを見上げた。 ゲンさんは、俺がこの四神国に来てから面倒を見てくれてる四十代半ばのおじさんだ。ごつい筋肉と強面の持ち主だが、話しやすさと人当たりの良さ、大きな声でよく笑う事が特徴のとても良い人だ。なにより優しい。その隣にいる若者がハツだ。ゲンさんの一人息子で、性格はゲンさんとそっくりだ。ただ顔立ちはゲンさんの奥さん、つまりハツの母親のテンさんに似ていて、中性的だが活発な顔立ちをしている。それでもゲンさんの立派な体格は受け継いでいるようだ。俺よりは筋肉の付きが良い。でもそこまでゴツくもない。
「そういやギン、お前いくつになった?ハツが今23なら、15か?」
「そうだよ。」
「若っけぇなあ!てか俺もう23かよ!俺が産まれたときの親父の歳とかわんねぇじゃねえか!」
「そうじゃないか!お前、いつまで親の脛かじってるつもりだ馬鹿野郎!」
「うるさいよあんたたち!お店のお客さん逃げるじゃないか!!」
「お袋が一番声でけえよ…」
今、二人に向かって怒鳴り散らしたこの人がテンさんだ。いつも眉間に皺を寄せたような表情で、怒っているように見える。綺麗な顔立ちなのだが、その表情が玉に傷だ。
「ギン!」
「はい!?」
いきなりテンさんに呼ばれてびくついた。
「お前、もう15らしいじゃないか。いい加減自分で生計立てたらどうなんだ。うちだって裕福じゃないからね。いつまでも居てもらっちゃ困るんだよ。」
「はい…。」
ゲンさん、テンさん、ハツの家族は、ここで雑貨屋を営んでいる。この家で面倒になり始めた時から、俺はこの店の手伝いと家事手伝いをしている。その頃から、テンさんは俺に冷たく、早く出ていって欲しいという気持ちを剥き出しに接してくる。平気ではないが、五年もすれば慣れてくる。
「そういや、今日大広場で春姫様から直々に報告があるそうじゃないか。ギン、お前聞いてこいよ。」
ハツに言われた。確かに、今日は俺がするような仕事もほとんどない。客足も通常通りで忙しくもなさそうだ。ちらっと、テンさんの方を確認する。テンさんはこっちに気付くと、勝手にしろというように少し睨んでふいっと向こうを向いた。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「おう!行ってらっしゃーい。」
ハツとゲンさんに見送られ、大広場へと向かった。大広場へは、店の前の街道を城に向かって歩けばいい。というより、どの道も城へ向かって歩けば大広場へと繋がっているのだ。大広場は、城の大門の下に位置しており、大門広場から大広場を見下ろせる様な造りになっている。山の高低差を利用した造りだ。大広場に着くと、既に人はいっぱいだった。
「しまった。何刻からあるのか確認し忘れた。」
と思ったその時、大門広場に人影が現れた。気づいた人から続々と上を見上げる。
「姫様よ!」
「春姫様だ!」
次々と歓喜の声が上がる。
『静まれ!!』
姫の従者であろう男の声が響きわたると、しん、と大広場は静かになった。暫くして、若く、透き通る声が聞こえて来た。
「集まり感謝する。我が国民よ。」
大広場からさらに見える位置に、人影が移動した。現れたのは、美しく、薄紅色の衣をまとった少女。この東の国を治める、春姫こと白桜だ。そして、俺の家族を殺した、この世で一番憎む相手だ。