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異国見聞記  作者: 白鳩
序章
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四神国

序章


森の中を、少年は歩いていた。この森には少年以外誰もこない。しかし荒れた様子はなく、獣たちの営みが、自然とこの森のバランスを整えていた。

天気が良い。風が少し強い。少年は、森の木漏れ日の中を静かに進んでいった。次第に、川のせせらぎが聞こえ、小川のほとりに出た。川沿いに遡ると、音は川幅と比例して大きくなり、やがでざあざあと水しぶきをあげる幅の広い滝が見えた。滝の裏にはぽっかりと口を開く洞穴があり、流れ落ちる水の裏にぼんやりと黒い物体があるように見える。少年は、湿った岩の上を歩き、滝の裏の洞穴へと入っていった。中は薄暗く、滝の細かい水しぶきが、空気に乗ってひんやりと肌にあたった。奥に、少年の腰ほどの高さの平らな岩があった。岩には茶筒ほどの穴が空いていて、その穴を跨ぐように、小さな鳥居があった。小さいが、丁寧な作りの朱色の鳥居だ。その鳥居に、二本の細い組紐が下がり、紐の先は岩の穴の中に続いていた。穴の中は、透き通った水で満たされている。少年は岩の前にしゃがみ、そっと、二本の組紐を掴んだ。紐の先に、何かがぶら下がる重みを感じる。少年は慎重な手つきでその紐を手繰り寄せていく。やがて、ポチャン、と音を立てて、紐の先にぶら下げられた物体が、小さな波紋をたてて引き上げられた。物体は円形で、銀色に輝く縁取りの中を透き通った水が薄く張っている。中央には白く光る小さな球体が浮かび、キラキラと輝いていた。少年はその白い光を見つめ、ため息をついた。そしてまた、組紐をゆっくりと岩の穴の中に垂らし、銀の物体を沈めていった。

……一体、いつになればこの場所を離れられるのか。


夕日の沈む街並みを、彼女は眺めていた。この城は切り立った岩山の上にあり、街を眺めるには最適だった。彼女の部屋は、城の東側。いつもは見られない夕日が見えるこの部屋に来れたのも、今日の会談のおかげだろうか。しかし「おかげ」というには、あまりに不服だった。

「失礼いたします。」

装飾の豪華に施された扉が、重い音をたてて開いた。

「そんなに窓を開けられては、お身体を冷やしましょう。」

彼女より少し背の高い、凛々しい姿の男が声をかける。

「既に卯月に入りました。心配は無用です。」

「しかし、今日は風が少し強うございます。せっか くの髪とお召し物が崩れます。」

「そうですね。それよりも、他の国の姫君は来られましたか。」

どこか拗ねた様な彼女の言い方に、男は慌てて答える。

「はい、その事でございますが、他三名の姫君らは皆、今日の会談には来られぬとの連絡が文烏によって伝えられました…」

すっ…と、彼女の表情が柔らかくなる。

「そうですか。やはり、今日の髪も召し物も、無駄だったようですね。」

「しかしながら、来られぬ代わりに水晶で出席したいと、どの国の姫君も申しておりました。今宵子の刻、水晶での会談を、この部屋にて行うつもりでございます。」

・・・驚いた。たとえ水晶による会談でも、四国の姫が集まるなどめったにない。

「・・・何ゆえ多忙な身、水晶が4つも揃えば上等でしょう。」

驚きを隠すように、彼女は言った。


会談


子の刻、西の部屋に四つの台座が準備された。台座にはそれぞれ水晶玉が置かれ、部屋の蝋燭の火でゆらゆらと光っていた。そしてそのうちの一つを、この城の主である彼女が手に取った。

「子の刻になりました。会談を始めます。」

すると彼女は、左手に水晶を乗せたまま右手を自らの心臓に添えた。

「春司る神々よ。我が声、四つの依代に繋ぎたまえ。夏、秋、冬を司る神々よ。汝らの声、我に届けよ。」

その瞬間、四つの水晶が同時に光った。白い光は徐々に薄れ、代わりに、それぞれの水晶に少女達が映し出された。

「お久しぶりです皆様。ご機嫌はいかがでしょう。」

「本当にお久しぶりなこと。特に夏姫殿は新年の挨拶もまともにされなかったのでは。」

色白で、黒髪の美しい少女が言う。

「それを言うなら冬姫殿、そちらも夏の催しにはなにも参加されなかったではございませぬか。ご自分の事は棚にあげられるので?」

「おやめください。この場にそんなことは関係ございませぬ。」

大きな瞳が印象的な少女が言い返すも、知的で上品な面持ちの少女にさとされた。

「これは秋姫殿。ご自分のお気持ちは何も語らないのでございますか?秋の方こそ、春の方にいささか言いたい事があるのではないでしょうか?」

夏姫が皮肉めいた言い方をする。

「それでは春姫殿、会談の内容を教えてくださいませ。」

・・・見事に無視した。そこに居た全員が感心した。

「ではお話しいたします。」

春姫は苦笑いを浮かべながら話し出した。

「まずは、今回の会談に四国の姫様全てにお集まり頂けたことを感謝いたします。早速でございますが、今回お話し合いたいのは 異国見聞者 についててございます。」

「異国…見聞でございますか?」

冬姫が深妙な面持ちで聞く。

「はい。我が東の国では、以前よりこの四神国の未来について議論しておりました。神々がこの地をお作りになって以来、我々は文化を生み、発展して参りました。しかし今尚、異国の文化を知りませぬ。異国から来た者もおりましたが、この国の政策として」

「殺しましたものね。」

秋姫が鋭く言い放った。その冷たく鋭い視線は、春姫を射抜いていた。

「…はい。そういったことを繰り返した結果、独自の文化を深め、異国の色に染まることなく今日まで過ごして参りました。しかしこのままでは、異国の者達がこの地を奪い取ろうとした時、成す術がございません。」

「確かに、今までこの国に赴いた人間が、誰1人生きて帰ってこないとあらば、放っては置かないやもしれません。」

「話し合いをしようにも、会話さえ成り立たなければお終いですね。」

「それで、異国見聞者をつくろうと。」

ここに居る姫達は、皆若くしてそれぞれ国を治める極めて優秀で聡明な者ばかりである。それゆえ話の理解も早い。中でも一際聡明なのが

「しかしそれでは、今までの国の政策を翻すものになるのでは?生じた国内の混乱をどう静めるのです。ただでさえ齢の少ない我らが、国を治める事に反対の者が居る中で、今までの政策を無視するとあらば、黙ってる者ばかりではないでしょう。してその見聞者の選定は?資金は?安全面は?どうなるというのです。」

秋姫が問い詰める。

「…それはまだ決められてはおりませぬ。先に皆様の同意をいただきたいと思う次第で…」

「なるほど。ここで同意を頂ければ、後に反対を受けたとしても、我らの名前を出し同意を受けたと言い張れば、ご自分一人だけの責任にはなりませぬものね。私は同意などいたしません。会談を終わらせましょう。」

秋姫は鋭い視線で春姫に言った。春姫と秋姫の間の空気が張り詰める中、夏姫と冬姫はうすら笑いを浮かべて居る。

「これは秋姫殿、なにをそこまで怒れるのです?見聞者を異国に送りでもしなければ、四国共々他の国に侵略され終末を迎えるやもしれないのですよ?」冬姫が問う。

「他の国の脅威に備えるとしても、もっとましな考えがあったはずでしょう。他の国の脅威については、今後四国揃って話し合えばよい事です。なにも今すぐ決めなくてもよろしいかと。」

「同意を求めておられるだけではありませぬか。春姫殿とて、その様に卑怯なお考えで申し上げた訳ではありますまい。秋姫殿こそ、私情を挟んで意を述べてらっしゃるのでは?」次は夏姫が言った。無視された事を、確実に根に持っている。

「その様な事は一切ございませぬ。皆様こそ、ご自分らが同意すると言うことが何を意味するかお考えになられた方がよろしいのでは。」

「そうですね。ならば私は同意いたします。」

冬姫の突然の同意に、夏姫は笑み、春姫は目を見張った。秋姫は、表情を崩さない。

「…。同意するのはご自由ですが、もちろん、真っ当な理由があっての事でしょう?」

「簡単な事です。このまま何もせず過ごすより、事を起こした方が良いでしょう。また、秋姫殿の言う通り、どこぞの者が反対した時、春姫殿が我らの同意を主張したとしましょう。しかしそれは真の事。同意したものは同意したのだと堂々としていれば良いではありませぬか。」

「私も同意いたします。」

冬姫が言った。

「夏姫殿の意見と同じでございます。他の者の評判を恐れて、行動を起こさないような一国の主には、私はなりたくありませぬ。」

「・・・。」

冬姫の言葉で、秋姫が黙り込んだ。全員の視線が、秋姫に向けられる。やがて、観念したように秋姫の口が動いた。

「・・・同意いたします。」

ここまで来たら、同意せざるを得ない。なぜなら、元より何らかの決定をするための会談では、事の決定が多数決されるというのがルールである。賛成の者が3人になった時点で、今回の異国見聞者の案は決定する。そして、決定案のその後を議論する際、同意していないものは一切の発言権を得られないのだ。もう既に決定してしまった案に意地を張って同意せず、その後の発言権を失うよりは、渋々同意する方が賢明な判断なのである。

「皆様の同意感謝いたします。では、異国見聞者の具体的な内容を決めましょう。」

春姫が進行を続ける。

「まず、異国見聞者の在り方として、この国出身だと言う素性を隠します。見聞者達には旅人として、見聞をして貰おうと考えています。理由はご察しの通り、この国に対する他の国の印象が全く分かりませぬ。最悪、この国出身という理由で命を落としかねませぬ。」

「すんなり殺されるよりも更に苦しい思いをする事になるやもしれませぬな。」

「夏姫殿のご発想は真に野蛮でございますなぁ。」

なぜか楽しそうに冬姫が言う。

「つまり、旅人を装うのだから、資金面はもちろん、安全面も必要最低限にすると言うことですね?」

「秋姫殿の言う通りでございます。資金面、安全面、その他の様々な面でも、旅人として不審に思われぬ程度の支援しか致しませぬ。」

「しかし、その程度の支援で旅の途中に命を落とされては、元も子もないではございませぬか。我々は異国に対する一切の知識がないのです。」

秋姫が問う。

「はい。ですので、異国に赴かせても大丈夫だという程の能力があるものを見聞者に選定するべきだと考えております。この者達の選定方法ですが、各国ニ名ずつ、代表を選ぶというのはいかがでしょう。そうすれば孤立する者も出にくく…「お待ちくだされ。」

秋姫に遮られた。

「…何か、妙ですね。」

春姫は唾を飲んだ。

「選定方法ですが、各国それぞれ代表を選ぶというのは賛成でございます。しかし、二名も必要なのですか?」

「…異国の見聞とあって、見聞者皆心細い思いをするのではないのでしょうか。同じ国の出身者がいれば、孤立する者も少なく、精神的に支えられるのではと考えたのです。」

春姫の近くにいた凛々しい男が、心配そうに春姫を見つめる。

「それはそれはお優しい心遣いですね。しかし、各国二名では全員で8名という大所帯。なんとまあ異様な旅人軍団でしょう。それこそ不審がられるのではないでしょうか?」

秋姫が皮肉めいた口調で言う。いつの間にか、夏姫と冬姫も不審な顔で春姫を見つめていた。

「…秋姫殿の仰る通りですね。では、各国一名ずつ、代表を決めるという事でいかがでしょうか。」

ここで反論しては、余計に不審がられる。他三名、皆同意した。

「では、選定方法ですが…「これも各国で決めましょう。」

「…っ!」

また秋姫に遮られてしまった。

「それぞれ旅に出せるという信頼する能力のある者を、各国自由な方法で選ぶのです。そちらの方が、皆様やりやすいのではありませぬか?自国の事は自国が一番分かってますから。」

恐ろしい程の優しい笑みを浮かべた秋姫が言う。この意見に、夏姫と冬姫も同意した。もう、引き返せない。

「…では、その様な選定方法で決定いたしましょう。

今回の会談はここまでとし、期日、見聞者の決定報告などは後日会談で話し合いましょう。」

「意外と早く決まりましたね。」

「秋姫殿の辛辣なお言葉あってこそですねぇ。」

夏姫と冬姫が空に向かって言う。

「では、これにて解散いたします。」

「失礼いたしまする。」

夏姫の姿が消えた。

「また次の会談で。」

冬姫の姿も消えた。部屋には、一瞬で表情を変えた鋭い視線の秋姫の水晶と、それに負けまいと目を合わせる春姫が残った。

「…春姫殿、同意は致しましたが、私の本心は別にある事をお忘れなき様。」

秋姫の姿が消えた。

瞬間、春姫は全身の力が抜けて地面にへたり込んだ。

女中達が慌てて体を支え、姫様姫様と心配している。答えようにも、声を出す気にもなれなかった。

紅葉…いや…秋姫。もう、貴方の事を友人だとは思わない。






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