春の御前試合:2
御前試合のルールは実に簡単だ。甲冑を身に着け盾を持ち、鉄板に柄と鍔をつけただけの訓練用の剣を使う。胴か頭を剣で打つか攻撃性の魔術を当てれば勝ちだ。
騎士科生たちは、雲の上の存在である王国騎士団将軍たちに己の実力を示すべく必死に戦う。魔力の矢を放ち、それを盾で防がれている隙に間合いを詰め、剣で斬り掛かる。剣術を得意とする者は近づき、魔術を得意とする者は離れ、両方を扱う者は相手の苦手な距離で戦う。
稚拙で未熟な、それ故の若さと荒々しさに満ちた戦いを、歴戦の猛者である将軍たちは懐かしむように見る。彼らは実のところ、試合の結果そのものにはあまり興味がなかった。少年の時期に優れた能力を持っていても早々に頭打ちとなった者、逆に青年期も半ばになってから才能を開花させ急に伸び始めた者、どちらも大勢見てきたからだ。
だがそれでも、この御前試合の時には既に圧倒的な、それこそ将軍たちにも匹敵するほどの実力を持ち注目せざるを得ない者はごく稀に現れた。最も、彼らは今や四英雄と呼ばれているので、例外中の例外と言えるが。
「ほ、ほ……今年は中々の粒揃いですな」
「いや、まったくです。これほどの若者たちが育っているのであれば、私も憂いなく隠居できます」
「何を仰いますやら。ギャレット卿はまだまだ前線でも戦えましょう?」
「はっはっは……流石にもう、若い時のようには動けませぬよ」
将軍たちが見るのは、個々の勝敗よりも全体の練度だ。一人二人飛び抜けた者がいても、ほとんどの場合意味がない。それよりも全体の質が良い方が、軍を率いる者としては安心できる。
それは大戦の折に南の国境に就き、かの英雄王の副官としてアルヴェッタ共和国と戦った老将軍、ダリス・ギャレットとて同じであった。
「それに今年は、終戦祭での事件……あれを解決した騎士科生たちも参加しているとか」
「おお、彼らが……それは楽しみですな」
ダリスも簡単にではあるが、終戦祭の事件の報告は受けていた。功労者である若き英雄たちがパレードに参列する姿は是非とも見たかったが、その時は別の任に就いていたため王都に戻るわけには行かなかった。その者たちが御前試合に出るとは。ダリスは僅かに頬を緩めた。
「確か、名は……リオウ・アーレント、ジェローム・ジェンセン……そしてハロルド・キース」
「ほう! もしや、アーレント家の?」
「ええ、御息女とのことです。もう一人はジェンセン家の御子息でしょう。それにキースという者は平民のようですが……平民からもそれほど優秀な若者が出るとは、喜ぶべきなのでしょうなあ」
「ほほう、平民で……む? ハロルド・キース……?」
はて、と。ダリスの記憶に何か引っかかる物があった。ハロルド・キース。以前、聞いたことがあるような気がする。
(いつ……どこでだ……? そう昔ではなかったように思うが……むう、歳は取りたくないものだ)
鍛錬を欠かさず勉学を怠らず任務を休まなくても、歳を取れば人は衰える。時の流れは残酷なまでに平等だ。だからこそ、未来ある若者たちの姿は老将軍に老いを受け入れさせる。
『……第四試合、東、ハロルド・キース。西、ロイド・マーカス……』
「おお、噂をすれば」
隣に座る、古い付き合いの将軍が読み上げられた名に反応して身を乗り出す。彼もまた、若き英雄の姿は早く見たかったようだ。
「どれ、お手並み拝見といきますかな……」
ダリスもまた、待ち遠しかった一戦を前に、乾き始めた口を湿らせようと茶を含む。
呼ばれた騎士科生が二名、円形に設けられた試合場に進み出る。西のロイド・マーカスは闘志に燃え、剣を盾に荒々しく打ち付け、相手にその剛腕を見せつけた。
対する東のハロルド・キースは冷静に、剣はまだ腰に差したまま、兜を右手に提げ相手を観察していた。本人にその気は全くなかったが、周囲は都合良く、歴戦の騎士のような風格を感じ取った。
(む……? あの顔は……?)
そのハロルドの顔を、老いてなお健在のダリスの視力が捉える。記憶が刺激される。茶入りの器を傾けていた手が止まる。
そう、あの顔は、確か──
「……っ!? ぶふぉぁ、がは、ごはあっ!!」
「い、如何なされましたギャレット卿!?」
「がは、はあ、いえ、ごふっ、何でもございませぬ……!」
(思い出したっ……!)
そう、あれは。あの顔は。
大戦の折、一度だけ見たあの顔は。
黒衣に隠され僅かにしか窺えなかったが、あの顔は、確かに。
(『王の短剣』……!)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(ったく。それじゃあ騎士って言うよりヴァイキングじゃねえか)
目の前で剣を盾に叩きつけている大柄な少年に小さく溜め息を吐き、手に持った兜を持ち上げ指先でクルクルと回して重さと重心を確かめる。俺には必要ないどころか邪魔でしかないが、ルールで着用は義務付けられているので仕方ない。
そもそも、俺は盾や甲冑というのが好きではない。剣はまだいい。陛下から賜った短剣に比べれば軽いし、長さだって気になるほどじゃない。だが盾と甲冑は防御前提の装備であり、重さに関係なく動きを阻害される。攻撃は防ぐのではなく避けるもの、という俺の信条に反するのだ。
内心で愚痴をこぼしながら、兜を被る。視界が制限されるのもうっとうしい。腰に差した剣を抜いて、構える。盾を前に半身になり、剣は自然体で。騎士科で教わる王国騎士団の剣術の構え。
「始めっ!!」
審判の声と同時、相手──ロイドが飛びかかってくる。
ロイド・マーカス。こいつは騎士科生の間ではそれなりに有名だ。恵まれた体格に鍛え上げた筋力。わかりやすいパワーファイターで、片手剣くらいなら小枝のように振り回す。魔術が得意な者にとってはデカい的でしかないが、剣術で対応するにはある程度技術が必要だ。それがない者は、パワーによるごり押しで潰される。
つまり、俺にとってはカモである。
「おおおおっ!!」
猪のように突っ込んで来たロイドは、剣を思い切り振り下ろした。一歩退がって避ける。ただの鉄板である筈の刀身が半ばまで地面に突き刺さった。
「殺す気かよ」
「おおおおっ!!」
ロイドはそれを力ずくで引き抜き、同時に土を巻き上げる。目潰しにしては随分豪快だ。土を盾で払い除けて、横に一歩。大きく踏み込んで斬り掛かったロイドが、目の前で盛大に空振りする。
剣は再び土に突き刺さった。どうせさっきと同じようなことをしてくるのだろうが、そこまで付き合ってやる義理はない。がら空きになった首に軽く剣を振り下ろす。
「おおおおっ!!」
「おっと」
剣は確実に首を捉えたが、ロイドはまだ攻撃してきた。やはりさっきと同じ攻撃を、同じように受ける。
「なんだよ、お前死んだろ今ので。死体は大人しくしてろよ」
「舐めるなァ!!」
審判を見る。首を横に振ってきた。どうやら浅いという判定らしい。加減が過ぎたか? 頸動脈を狙ったんで、真剣なら間違いなく死んでたが。
「そうかい。ならもうちょいわかりやすくやりますか」
「うおおおおっ!!」
ロイド、再び突進。芸が無い。俺はすれ違うように、ロイドの左側、盾で死角になっている方向から背後に回る。ロイドはすぐに振り返ろうとする。その、重心が動いて不安定になっているところで、背中を盾で突き飛ばした。
「うおっ!?」
さしもの巨漢も見事に倒れ、盾と剣で塞がった両手では受け身も取れず、顔から地面に激突する。兜があってもこれは効く。
ロイドは慌てて起き上がろうとして、手をつき膝をつき顔を上げる。その顔をもう一発、盾でぶん殴ってやった。
今度は仰向けに倒れ、しかも目眩がするのか動きが鈍い。無防備な首に剣を添えてやり、審判の方を見た。審判もこれには頷き、試合終了と俺の勝利を宣言した。
「まずは一勝」
さて。ジェロームとリオウは大丈夫かね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジェロームは内心の安堵を顔に出さないよう努めながら、試合開始の合図を待った。彼の相手、トーマス・ブレットがあからさまに魔術を得意としていたからだ。
無論、騎士科生である以上、剣術の腕も一定の基準には達しているだろう。だが魔術を戦法の主軸に置いている時点で、ジェロームにとって相性の良い相手だった。
「始めっ!!」
『我が炉に眠る薪よ──』
(やっぱり!)
開始と同時に、トーマスは大きく距離を取って盾を構え詠唱に入る。典型的な魔術重点の戦い方。ジェロームは盾を構えながら突進する。これもまた、魔術師相手の典型的な戦い方のひとつ。魔術を盾で防ぎ、距離を詰めて近接攻撃という芸のないものだが、そこそこ有効で何より簡単だ。
ジェロームの突進を見て、トーマスは兜の下で浮かべた笑みを盾で隠す。思惑通りに事が進んでいるが故の笑みを。掌の上で踊らされているとも知らずに。
ジェロームは魔術の式を『視る』。精密で繊細で丁寧な探査魔術を駆使し、相手が使う魔術がどのような性質のものか、どのように放たれるかを事前に丸裸にする。そうとも知らず、トーマスは剣を持つ手の指先に魔力を集め、魔術を組み上げていく。
『──ここに目覚め、火を灯せ!』
「っ!」
完成した魔術が指先から放たれる。拳大の溶鉄のような火球が、ジェロームではなく、その足下を目がけ飛ぶ。火球が地に着くと、その周囲が油をぶちまけ火をつけたように燃え上がる。盾を構えていようが関係なく、そこへ足を踏み入れれば瞬く間に炎が全身に燃え移るだろう。無論、そのままではジェロームが焼け死んでしまうので、すぐに消化するための魔術も既に用意してある。
火球の効果範囲にジェロームは居ないので、なんの意味もなかったが。
「なに!?」
ジェロームは魔術が放たれる直前、回避するには手遅れになる直前に横に跳んでいた。それはまるで、魔術がいつ放たれるのか、どこを狙っているのか、効果範囲はどれほどかを全て知っていたかのような動きであり、事実その通りであった。
『我が手に──』
「遅いっ!」
再び魔術の詠唱に入ろうとするトーマスに、盾を構えたまま体当たりを仕掛ける。更に距離を取ろうとしていたトーマスは簡単に弾き飛ばされ、詠唱も中断される。
「ぐっ……」
「僕の勝ちだ!」
倒れたトーマスの鼻先に剣を突き付けたジェロームは、自らの勝利を宣言した。異を唱える者は誰も居なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うーっし! やるぞー!」
リオウ・アーレントは気合い十分に、対戦相手のカール・フォレストと対面した。
対戦の組み合わせについては抽選で決まる。カールは己の不運を呪った。リオウの実力は有名であり、カールにとっては格上の相手だ。
頭の回る者であれば、実力と同じく有名な脳筋ぶりにつけ込んで立ち回れるのだろうが、カールはそう言った策が練られるタイプではなかった。
(……まあ、やれるだけやってみるさ)
それでも騎士を目指す者として、戦う前から諦めるわけにはいかない。カールは盾を構えて腰を落とし、攻撃に備えた。リオウは初手から全力で来るだろうと考えたのだ。
「始めっ!」
『収束、伸長──』
「っ!」
予想通り、リオウは右腕に青く輝く紋様を浮かび上がらせ、魔力を収束させた。その手に剣を逆手に持ち、高々と掲げる。
『地ヲ這ウ茨!』
剣を地面に突き立てると、そこから地面を割り裂きながら、白銀の氷の棘が無数に伸びる。棘はカールを包囲するように伸び、もし足を取られればどうなるか、想像もしたくなかった。
「ちぃっ!」
カールは棘の包囲から逃れるため大きく跳ぶ。そこには魔術を放った直後に跳んでいたリオウが、剣を全力で振りかぶっていた。
「せえぇい!」
リオウの跳躍はカールのそれよりも速く高く、上を取られたカールは為す術なく叩き落とされた。当然落ちる先には、無数の氷の棘が待ち構えている。
「う、おっ……!」
「それまでっ!」
審判が慌てて制止し、リオウは魔術を解除する。途端に氷は砕けて溶け、カールは荒らされた地面に落ちる。魔術を解除しなければどうなっていたかは明らかであり、そうでなくても背中から勢い良く落ちたカールはしばらく立ち上がれそうになかった。
「っしゃー!」
リオウは剣を掲げて勝ち鬨を上げ、自身の勝利とその喜びを全身で表した。審判は冷静に、少々の呆れを含んだ声でリオウの勝利を宣言した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
友人たちが順調に勝ち進んでいる声を聞きながら、ハロルドは廊下の物陰に佇んでいた。王国騎士団の将軍に呼び出されたからだ。彼にとっては面倒なことこの上なかったが、騎士科生の身で将軍の呼び出しを無視するわけにもいかなかった。
少しすると、歳に似合わぬ力強い足取りで、王国騎士団の将軍ダリスが現れた。ハロルドは恭しく、騎士の礼を執る。
「……待たせて済まぬ」
「いえいえ、貴重な休憩時間はまだ少しだけ残ってますから」
恐れを知らぬ物言いに、ハロルドを呼び出したダリスは、怒りよりも恐れを抱いた。目の前に居る気怠げな少年が得体の知れない怪物に見えた。
「確認したいことがあってな」
「はて、なんでしょう。私のような学生がかのギャレット卿にお教えできることなどないように思いますが」
ダリスは深呼吸する。自分の疑問は、疑問のままにしておくべき事なのではないかと思った。知るべきではない事なのではないかと思った。だが人生の大半を国と王に捧げた身として、知りたいと思ったのだ。
「3年前、大戦の趨勢が決まり、和平交渉に入ろうかという頃のことだ。私は貴公と会ったことがある」
「人違いでしょう」
ハロルドは即座に否定した。不気味な笑みを浮かべながら。
「ある日、陛下がおわす野営地に、何を血迷ったかアルヴェッタが暗殺者の一団を差し向けた」
「そりゃまた随分とまあ愚かなことを」
「もし成功すれば、大戦は少なくともアルヴェッタが滅ぶまでは続いていただろう。奴らが何を意図してそのような凶行に及んだかはわからぬが……ともかく、その暗殺者たちは手練れだった。野営地の誰にも気づかれず、陛下の天幕まで辿り着いた。私はその時偶然、陛下に伝えねばならぬ事があり、天幕を訪ね……それを見た」
「……何をです?」
ハロルドは目を細める。事実を隠す気があるのかないのか、ダリスにはわからなかった。
「……不穏な気配を感じ、私が天幕を開けた時、まさに暗殺者どもが陛下に襲い掛かる瞬間だった。咄嗟に止めようとしたが、とても間に合いそうになかった。私はな」
「……」
ハロルドは肩を振るわせる。ダリスは話を続ける。
「一体どこに居たのか。黒衣に身を包んだ男が現れ、暗殺者を鏖殺した。……一瞬だった。気がついた時には天幕は血塗れで、無傷の陛下と、呆ける私と、短剣を持つ黒衣の男だけが居た。男はすぐに、どうやってか姿を消したが……一瞬だけ、私は彼の顔を見た」
「ヒ、ヒ」
ハロルドはついに声に出して笑った。ダリスの背に怖気が走った。
「一瞬だったが、あの顔は確かに……! 教えてくれ、貴公は──」
「時間切れですなあ、閣下」
ハロルドは酷く灼けた嗄れ声で、ダリスを遮った。遠くから、ハロルドの試合が間近であることを告げる声がした。
「もし本当に知りたいのでしたら、続きは陛下に伺ってみるのがよろしいでしょう。答えていただけるかはわかりかねますが」
「……貴公は……」
「それでは、失礼いたします。またいずれお会いする機会もありましょう。何せ私は騎士科生ですからね、ヒ、ヒ」
人気のない廊下に不気味な笑い声を残して、ハロルドは立ち去った。ダリスはしばらく、その場を動くことができなかった。