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終戦祭:3

 爆弾解体後、テロリストの拠点に戻ると、二人は既に戻って来ていた。爆弾を抱えている俺を見て手を上げる。

「おー、やったかー……」

「お互いにな」

「いやあ、上手くいってよかったよ……」

 この二人も、流石に今回は肝が冷えたらしい。笑顔は疲れ果てていた。

「リオウ、俺のとジェロームの爆弾も凍らせておいてくれ」

「え、なんで?」

「解体したのは飽くまで起爆装置だ。爆薬自体はまだ生きてる。何かの拍子に爆発しないとも限らん」

「それを早く言えよっ!!」

 リオウはジェロームの爆弾に飛びつこうとして、はっとして踏みとどまり、一拍置いてからおそるおそる近付いた。爆弾に向け両手を翳すと、両腕に紋様が浮かび上がり、あっという間に爆弾が凍りつく。

 俺も爆弾を机に置くと、リオウは同じように凍らせた。その様をジェロームは蒼い顔で見ていた。

「いやー、はは……僕も先に教えてほしかったなあ……」

「気付いてるかと思ってたんだよ」

「ああ、うん……確かに気付いても良さそうなことだけどね……余裕なかったから……」

 爆弾を凍らせたリオウは、全部の爆弾をもう一度念入りに凍らせた。彼女にあるまじき慎重さだった。何か学ぶところでもあったのだろうか。

「こ、これで爆発しないんだな!?」

「凍ってるうちはな。ジェローム、衛兵を呼んで来てくれ。俺はリオウの爆弾を解体しておく」

「うん、わかった」

 ジェロームはなんとか椅子から立ち上がり、外へ出て行った。俺は設計図を取り出し、解体に取り掛かる。

「……あのさ、ハル」

「なんだ」

「凍ってるうちは、爆発しないんだろ?」

「そうだな」

「なら、その紐全部一気に切っちゃってもいいんじゃないか?」

「何事にも万が一ってあるだろ」

「……」

 リオウは俺から少し離れた。薄情な奴だ。

「ところでさ、このおっさんどうするんだ?」

「衛兵に突き出す。それ以外ないだろ」

「うん……そうだよ、な……」

 何やら歯切れが悪い。一体どうしたと言うのか。

「……なんだよ、らしくない」

「なあ。今回はさ、結果だけなら、何も被害は出なかったけど……私たちが失敗してたら、大惨事だったよな」

「そーね」

「このおっさんは、捕まったらやっぱり、裁判にかけられるかな」

「そーね」

「……そしたらさ。これだけのことだし、未遂でも……死刑、になったり、するのかな」

「……そうだな。可能性はあるだろうな」

「……そしたらさ。そしたら……私たちが、このおっさんを、殺したことになるのかな」

「……お前、本当にリオウかよ。難しいこと考えやがって」

「そんな言い方ないだろっ。私だって……私だって、考えることくらいあるんだ」

 なら普段はマジで何も考えてねえのか。その言葉は流石に呑み込んだ。

 確かに、リオウの言葉には一理ある。だが答えの出ない問題でもある。見方によっていくらでも変わってしまう。俺がどう考えているのか、答える必要があるとは思えなかった。

「お前、騎士になりたいんだろ。だったら今後いくらでも殺すことになるぞ。そんなことでいちいち悩んでて、大丈夫なのかよ」

「それは、まあ、そう、だけど……」

 騎士を目指していながら、王都を破壊し国を混乱に陥れようとした者の殺害を厭う。矛盾を孕むその悩みは、しかし全く理解が及ばないでもなかった。これから何度繰り返すにせよ、最初の一度は緊張するものだ。だが、何事も繰り返していれば次第に慣れてしまう。それはきっと、なんであろうと同じだろう。なんであろうと。

「……ハルは、何も思わないのか?」

「俺たちが何もしなきゃ大勢死んでた。おっさんをこのまま解放するわけにもいかない。なら考えたって仕方ないだろ」

「……うん……」

 俯くリオウの様子に苛立ちが募る。こっちがどう思っていようが、相手はこっちを殺しに来ているのだ。なら、殺さないと。割り切れないと死ぬ。簡単な話だ。理屈の上では。

「……そ、そういえばさ。ハル、お前すごいな! ちょっと見ただけでなんのレシピかわかったり、爆弾にも詳しいしさ!」

「ああ……家が錬金術師だったんだよ。もうないけど」

 大嘘だった。俺は錬金術師に負けず劣らず偏屈かもしれないが、彼らほど上品ではない。錬金術師は家系より門派を重んじるので、親が錬金術師だとかそういうのはあまり関係がないが、それでも才能の遺伝や幼い頃からの英才教育はある。それらは能力よりも振る舞いに現れるものだ。俺がそういった教育を受けていないだろうことは、少し注意すればわかりそうなものだ。

「あ、そ、そうなんだ」

 だがリオウは馬鹿なので信じた。「家がもうない」という点について、彼女なりに気を遣ったのかもしれないが。いやそれはないな。

「……ジェローム、早く戻ってこないかな」

「そーね」

 微妙な空気に耐えられないのか、リオウは応援を求めていた。それが到着するまでそう長くないだろうが、その後に待ち受けるのはとても面倒な事態であると、俺にはとうに予見できていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「此度の働き、真に大儀であった。未来ある騎士科の若者が、既にこれほどの知恵と勇気を備え、そして民を守らんとする気概に溢れておること、余にとり大いなる誇りである」

「「はっ! 勿体なきお言葉にございます!」」

「……」

 横目で、恭しく跪きお堅い言葉でシャキシャキと話す二人を見る。普段は何を考えているのかいまいちわからない細目の少年と、普段何も考えていないだろうことだけはわかる瑠璃色の目の少女。その二人が今はいっぱしの騎士科生のように見えるのだから驚きである。

 俺とジェロームとリオウの三人は、王城にて英雄王ブライアンに謁見していた。昨日、爆弾と爆弾男をジェロームが連れて来た衛兵に引き渡し、俺たちは寮に帰った。その時は「お、これで終わるかな?」と期待したのだが、見事に裏切られる。

 衛兵の報告を受けた騎士団は事態が極めて重大であったことを即座に理解したらしく、その内容をすぐさま王へと伝えた。王は配下に命じ、当事者の三人が所属するブレスティア王立学院に遣いを出した。遣いから話を聞いた学院長は大層な衝撃を受け、老いた心臓は危うく止まりかけたと言う。疲れからか早めに就寝していた三人は叩き起こされ、学院長直々に事情聴取され、翌朝には王城へと馳せ参ずることになった。

 かくして俺たちは、学院の礼服に身を包み、こうして王のありがたいお言葉を賜っているのである。

「本来であれば、そなたらの働きには城や領地を与え報いるべきなのであろうが……そなたらは未だ学生の身。そのような物は手に余ろう。そこで、そなたらに聖鐘翼章を授与することとした」

「え……」

「せ、聖鐘翼章……!?」

 二人が絶句する。聖鐘翼章は、「己の命を顧みず力を尽くし多くの国民を救った者」に送られる勲章だ。一般の民が一度の働きで得られるものの中では、その勲位は相当に高い。

「先に述べた通り、そなたらは学生の身であるゆえ、騎士に対する勲章ではないことが心苦しいが……」

「い、いえ! 身に余る光栄にございましゅ!」

 リオウが噛んだ。ジェロームはもう何が何やらわからないといった顔で固まっている。

「では、略式で済まぬが……」

「「「はっ!」」」

 王が手を挙げると、控えていた三人の英雄が豪奢な仕立ての箱を手に前へ出る。受勲者が三人、そして働きのあった場は英雄広場。それにちなんだのか、それぞれの広場に立つ像の英雄たちが手ずから勲章を授けることになったのだ。

 三人が箱を開けると、中から現れたのは鳥の翼が刻まれた鐘の意匠。見かけることすらなく生涯を終える者が大半の、憧れることすらまずないであろう、誉れ高き証。

「この度は、よくぞ王都と民を守ってくださいました。あなたと轡を並べる日を心よりお待ちしております」

「はっ! あ、あ、ありがたき幸せっ!! にございます!」

 リオウにはフレデリック・レイフィールド。実に紳士的な手つきで、礼服の胸に勲章を取り付ける。リオウはもう舌どころか頭も回っていなかった。厳格な騎士なら顔をしかめそうなトンチキな発音を、若き将軍は紳士的な笑顔で受け流す。

「お主は、ジェンセン殿のご子息であられたな。父君もさぞ鼻が高かろう。儂の孫に見習わせたいものだ」

「ももももも勿体なきお言葉っ!!」

 ジェロームにはメイソン・ワイズマン。どうやらジェロームの父親と知り合いらしく、老将はとても嬉しそうに少年の胸に勲章を取り付け、ポンと肩を叩いた。ジェロームは正気を保つのでやっとという様子だ。というか二人とも、さっきから同じようなことしか言っていない。

 そして俺には──

「……コ、今回ハヨク働イテクレタ。騎士科ノ出トシテコレホド誇ラシイコトハナイ……」

「おい無理すんな」

 見てて不安になるほど無理矢理に取り繕った笑顔に青筋を浮かばせながらカタカタと話す、エレノア・ミルズ。思わず小声でそう言ったが、彼女の顔は青筋が増えるばかりだ。なんか殺されそうな気がしてきた。

「今後モ、変ワラヌ活躍ヲ期待スル……」

「……」

 勲章を持つ震える手が無性に恐い。そんなに嫌なら変わってもらえば良かったろうに、王の手前そんなことはできなかったのだろう。その王は玉座で笑いを堪えているが。

 三組の勲章授与は何事もなく終わり、英雄たちが元の位置に戻ったのを見計らって、王は満足げに顎髭を撫でる。

「……うむ。そなたらのような若者がいる限り、我が国は安泰である。そなたらに騎士の位を授ける日を心待ちにしておるぞ」

「「はっ! ありがたき幸せにございますっ!!」」

「……」

 そして二人は最後まで、同じようなことしか言わなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……夢かな」

「夢だといいな」

「夢でいいのか?」

 緊張を通り越して悟ったような顔になった二人は、その実頭が全く追いついていないだけであった。

「……夢だな」

「夢だね」

「しっかりしろよ……」

 受勲を終え、俺たちはそのままパレードに参列した。それも英雄王と同じ馬車に乗って、だ。本来は初日と最終日以外のパレードに参列するのは王を除く三人の英雄だが、今日は若き英雄たちのお披露目といった意味があるのだろう。俺としては晒し首にされてる気分だが。

「そうとでも思わなきゃ発狂しそうなんだよ」

「同じく」

「勘弁してくれ」

 昨日、騎士科生が王都を吹き飛ばそうとしたテロを阻止し、王より勲章を授かった。今日はその受勲者が王と共にパレードに参列するらしい。この報は瞬く間に王都中に広がり、見物客は更に増えた。通りの左右には、勉学や鍛錬を切り上げて駆け付けたのだろう学院生の姿がチラホラ見える。その表情は同じ学院生として誇らしいやら先を行かれて悔しいやら様々だが、全体としては笑顔だ。

 なんとも表現し難い心持ちの俺は、取り敢えず参列者の義務として、笑顔を作り通りを見渡しながら手を振る。視線の先で歓声が上がる。死にたくなった。

(……ん?)

 ふと、見慣れた顔に目が留まる。眼鏡を掛けた壮年の男性。ブレスティア王立学院騎士科教諭のレインズだ。彼の家はパレードの順路に面している筈で、見るだけなら王城前まで出向く必要はない。つまり、わざわざ出向いて来たのだ。その理由がわからないほど鈍感ではないつもりだ。

(……どーも)

 心の中で挨拶し、レインズに向け騎士の礼を執る。彼は僅かに目を見開いたあと、呆れたように小さく笑い、礼を返した。仏頂面で知られるレインズの笑顔を見たのは初めてだった。

「……嬉しいもんなのかね、やっぱ」

「? 何か言った?」

「何も」

 この大歓声の中、小声で呟いたその言葉は、ジェロームには聞き取れなかったようだ。リオウは騎士の礼を執ったまま固まっている。

「どうにも、参った」

 馬車とそれを守る騎士たちの間で、楽団が奏でる祭りの曲。護国の四英雄と若き三人の英雄を讃える、民衆の大歓声。耳がどうにかなりそうだ。

 空を見上げれば、日はまだ高い。パレードが終わるにはもうしばらくかかりそうだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 パレードから解放された俺たちは、正面からでは民衆に取り囲まれるだろうと気を利かせた騎士により、庭園の一画から王城を出た。日はとうに沈み、招かれた晩餐会で饗された豪勢な料理の数々も腹に馴染んできた頃。ジェロームとリオウは寮へと戻り、俺は用事があると言って二人と別れた。

「おい」

「……もう少し休ませてくれてもいいと思うんだが」

 鈴の鳴るような美声に振り向くと、そこには見るからに不機嫌そうな顔をした女が立っていた。

「まさかあの程度で、疲れたなどと言うつもりか」

「疲れたよ。俺はあんたらと違って、人前に出るのが苦手なんだ」

 大陸最強の騎士。蒼眼の槍姫。金色の天馬。そして何より、『王の槍』。エレノア・ミルズ。

「それで? なんの御用で?」

 二人を先に帰し、一人こうして残ったのは、事前に何かを言われてのことではない。隠す気もない気配がついて来ていたからだ。彼女は決して暇ではない。貴重な時間を割いてわざわざ世間話をしに来たと思えるほど好かれてもいない。

「……」

「……いや、なんの用だよ」

 だが、エレノアは憮然とした顔をするだけで何も言わない。何やら考え事をしているようだが。

「……貴様の声は、もう少し耳障りだったと記憶している」

「ああ、これね……」

 言われてようやく思い至り、喉を撫でる。異物が引っかかっているような違和感が消え、呼吸も僅かに軽くなった。

「純粋な少年少女を驚かせちゃあいけないだろ? 俺なりに気を遣ってるのさ」

「また適当なことを……」

 声を誤魔化していた魔術が解除され、歳に合わない嗄れ声に戻った。自分で言ったクセに、エレノアが顔をしかめる。失礼な奴め。

「で、用は」

「陛下からの言伝だ。休めと言ったぞ、と」

「ははあ。そう言われてもね、ヒ、ヒ。今日呼び出したのはどちら様だったか」

「仕方ないだろう、信賞必罰は務めだ。受ける側にとってもな」

「罰と言えば、奴は?」

「洗い浚い、驚くほど簡単に吐いたそうだ。結果わかったのは、何も知らないということだけ。初めから捨て駒にするつもりだったのだろう」

「そりゃそうだ。あんな素人に託すにしてはデカすぎる望みだもの、本命は別だろ……やれやれ、どこのどいつが、一体何を企んでいるのやら」

 面倒なことになる。間違いなく。それも、途轍もなく面倒なことに。

「我ら皆、陛下と民のために。如何なる災厄が降りかかろうと、我が槍で打ち払うのみ」

「お気楽なこって」

「なんだと」

 同盟四ヶ国が再び攻め込んで来ようと、魔物の群れが大挙して押し寄せようと、こいつらが居れば確かに追い返せるだろう。四英雄は、わかりやすく強大な力の象徴だ。

 だが、危機というのは目に見えるものばかりではない。軍を率いる剣も、敵を穿つ槍も、矢を弾く盾も。それを支え操る者が、足下からちらと顔を覗かせる毒塗りの刃を踏んでしまえば、脆く崩れる。

 戦う前に地を掘り返して刃を除き、その持ち主を探し出し、元以上の猛毒を塗り付けて送り返す。それが俺の役目だ。

 俺は服の下に隠された色のない短剣でいい。無防備な背に突き立てる卑劣な切っ先でいい。甲冑の隙間にねじ込む猛毒の刃でいい。綺麗事は、綺麗な人間に任せておけばいい。

「帰っていいか。慣れないことしたもんで、眠い」

「……ああ」

「それじゃあ。いずれ、また」

 ブレスティアの夜はいつも、大きな月と満天の星々で明るい。だから嫌いだ。奴らはせっかくの隠し事を無遠慮に暴きたてる。何故隠しているのかを考えもせずに。

 後ろを振り返ると、その月星にも負けずに輝く無遠慮な女が、律儀にも俺を見送っていた。

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