終戦祭:2
キャラ紹介:騎士科
・ ハロルド・キース:性格が悪い
・ ジェローム・ジェンセン:扱いが悪い
・ リオウ・アーレント:頭が悪い
・ レインズ教諭:胃が悪い
部屋の中は、なるほどリオウの言う通り悪党の家と言った様相を呈していた。微妙に暗い灯り、いかにも悪巧みしてますと言わんばかりの品の数々、そして怪しい中年男。
「どーも。ブレスティア王立学院騎士科、ハロルド・キースです」
「同じく、リオウ・アーレントです!」
「同じく、ジェローム・ジェンセンです」
ふてぶてしく名乗るガキ三人に、男の顔は険しさを増す。部屋を見回してこの男一人しか居ないことを確認し、中に入る。罠の類はないようだ。あったとしても、リオウの氷塊で既に発動した後か、そうでなければまとめて吹き飛ばされたのだろう。
「んで……お宅では何を企んでるんです?」
「この……悪魔どもめ……!」
「あン?」
随分とまあ憎しみが籠もった声である。俺が何かしただろうか。やったのはリオウなんだが。
「はて。そこまで言われる理由は思い当たらないんですが」
「く……で、出て行け! ここは私の家だ!」
「もう少し上手い誤魔化しかたはできないもんですかね」
呆れのあまり頭痛がしてきた。この状況でそう言われて、はいそうですかと出て行く者が居るわけがない。
「見たところ、錬金術の器具やレシピなんかが揃ってるみたいですが」
レシピの内容や器具、材料を見る限り……爆薬、か。物騒に過ぎる。男は錬金術師にはとても見えない。材料はともかくとして、器具やレシピは錬金術師以外が手に入れる機会などそうあるものではない。ましてやこの量となると、有り得ないと言ってもいい。
「……どうやって手に入れた?」
態度を豹変させた俺に、男は一瞬怯む。だがすぐに気を取り直し、睨み返して来た。
「答えるとでも……」
「これだけの数を揃えるなんて、一般人にはとても無理だ。器具もそうだし、レシピに至っては秘中の秘。特に爆薬なんて危険物のはな」
錬金術の研究には金がかかる。完成したレシピは独占するか国や豪商に高額で売り払うかしないと、とても元手は取れない。加えて、錬金術には危険が伴う。専門知識のない者が下手に扱えば事故の元だ。他にもいくつかの理由はあるが、とにかく一門以外には滅多に出回らない。
「自力で集めたわけじゃないだろう。依頼されたか。それも物からして、目的はテロか?」
「ぐっ……」
「図星かよ。依頼主は人選を誤ったな」
終戦祭の日に、怪しい男が、拠点に改造された家で、爆弾を作っている。これだけ状況が揃っていれば、察するなと言うほうが無理がある。
問題は、完成している筈の爆弾が見当たらないこと。
「……どこに仕掛けた?」
「答えるとでも……」
「どこに仕掛けた?」
「こ、答え」
「どこに仕掛けた?」
問いながら近付く。男は懐に手を入れようとする。手近な卓上にあったナイフを取り、投げる。男の手に突き刺さる。不様な悲鳴な響く。
「ひ、ぃぃいいっ!!」
「なあ、おっさん。年長者としてさ、若者の素朴な疑問にくらい、快く答えてくれよ」
突き刺さったナイフの柄に蹴りを入れると、手の肉と骨がいくらか千切れ飛んだ。後ろで息をのむ音。無視する。
「ぎゃっ、」
「答えろ」
髪を掴んで床に叩きつける。気を失わない程度に手加減して。
「爆弾、作ったんだろ? 作っただけで終わりだなんて、そんな話はねえよな? どこに仕掛けた?」
「あ、が……あ、悪魔め……悪魔どもめっ!」
「またそれかよ」
いい加減うんざりだ。さっさと吐いてくれればいいのに。
「聖職者でもあるまいに。俺が悪魔に見えるか? 俺は純度100パーセントの人間だよ」
「黙れ! 貴様らブレスティア人は皆悪魔だっ!」
「……同盟国の人間か」
ブレスティアは多数の人種が入り混じる国だ。人種で国民かどうかを見分けるのは難しい……というより、実質不可能と言える。
「どこだ? ……いや、大分薄いが、その訛り、アルヴェッタか」
アルヴェッタ共和国。ブレスティア王国の南に位置する、同盟四ヶ国のひとつ。大戦では最も手酷くやられた国だ。
「貴様らのせいで私の息子は死んだ! 貴様らが殺した! まだ若かった……親思いの良い子だった……私と国を守るために兵士になった、自慢の息子だった! それを貴様らは殺した!」
「なるほど、復讐かい」
「……ろうが」
後ろから声。この男に劣らない怒りに満ちた。
「お前たちから仕掛けた戦争だろうが! それで負けたから復讐だと!? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!!」
「リオウ、落ち着いて!」
「死んだのがお前の息子だけだとでも思ってんのか!? ブレスティアの人間は誰も死んでねえとでも思ってんのか! そんな馬鹿なことあるか、大勢死んでるんだよ! 戦争のせいで、今も大勢苦しんでるんだよっ!!」
「何言ったって無駄さ。こういう手合いはな、どんな事実も現実も、てめえの頭ん中で都合の良いようにねじ曲げてんのさ」
いまだみっともなく呪詛を吐き続ける男を見下ろす。怒りと憎しみに淀んだ眼。だが、それは。
「薄いなあ。薄っぺらのすっからかんだよ、それ」
この男の憎悪は本物ではない。悲しみから目を逸らし、自分を誤魔化すための虚飾に過ぎない。だから受け付けない。都合の悪いことは。
そんなモノは、容易く剥がれる。
「こっちはてめえの事情なんざどうだっていいんだよ。そんなことよりさっさと答えろ。爆弾をどこに仕掛けた?」
「誰が、貴様らなんぞに──」
ざくり、と。もう一本取っていたナイフを、無事な手の指に突き刺す。爪を縦に裂くように。
「ぎゃあああああっ!? あ、ああああ!!」
「うるせえなあ。泣き喚けなんて言ったか俺?」
「貴様、ぎ、ああああっ!!」
もう一度。それから、血に塗れたナイフを男の眼前の床に突き刺す。
「さて。そろそろ教えてもらいたいんだが」
男の目が見開かれる。そこには先ほどまでの怒りも憎しみも、それどころか痛みもなかった。
「爆弾、どこに仕掛けた?」
あるのはただひとつ。あらゆる感情は、元を辿れば最終的に全てそこから来ている。
男は恐怖に顔を歪め、震える声といまいち要領を得ない言葉で色々と教えてくれた。
捕まれば死刑確定の事をやろうとしていたクセに。扱いを誤れば死ぬような代物を作っていたクセに。何をそこまで恐がるのやら。
……まあ。きっと、俺の眼でも見たんだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「場所は覚えたか?」
「ああ」
「おう!」
「……」
何か不安を感じたので、ひとつしかない地図はリオウに渡す。
「確認するぞ。仕掛けられた爆弾は三つ、どれも時限式で、パレードが終わった直後に爆発する」
その威力については、縛って部屋の隅に転がしてある、仕掛けた本人である男も正確には把握していなかった。ふざけた話だ。レシピを読み込めば推測できるだろうが、そんな時間はなく意味も薄い。
「衛兵の協力を仰ぎたいところだが時間が足りない。俺たちで解除するしかない」
「でも、どうやって?」
「設定された時間になると、宝石に込められた魔力が流れ出す仕組みになっている。この宝石には魔具が取り付けられていて、紐で爆薬と繋がっている。この紐が魔力を爆薬に伝え、起爆する」
「じゃあ、その紐を全部切ればいいのか?」
「いや、切る順番が決められている。間違えると宝石の魔術が即時起動し爆発する。ジェローム、お前なら探査魔術でその順番を調べられる筈だ」
「……魔力で爆発する爆弾に、魔術を使うのかあ……」
「気を付けろよ。魔力が少しでも爆薬に流れたら、ドカンだ」
「おい、私はどうするんだよ」
「爆薬を凍らせろ。細かいことは省くが、爆薬ってのは凍ってる間は爆発しない」
「本当かよ……」
「信じろ。後で俺が解体しに行く」
「できるのか?」
「爆弾の設計図を持っていく。これがあれば、なんとかな」
「なんでそんなことが……まあいいや、とにかく、できるんだな?」
「……信じるしかないね」
「爆弾は木箱に偽装されている。他の荷物に紛れているかもしれんが、真新しいものを探せ。衛兵を呼ばれないよう気を付けろ、事情を説明する時間はないからな」
二人の顔を見る。実戦は未経験だが、騎士を志す者としての覚悟は決まっているようだ。緊張こそあれ、怯えて腰が引けるような様子はない。
「先に周りの人たちだけでも逃がせないか?」
「こいつの依頼者か、その協力者が見張っている可能性がある。騒ぎが起きれば遠隔起爆されるかもしれん」
「……彼の他にも、爆弾を仕掛けている可能性は?」
「否定できないが、そうだとしたらどうやったって間に合わん。祈るしかない」
しかし、その可能性は低いと見ている。こんな素人をわざわざ雇うくらいだ、依頼主にそう人手はない。それにテロが成功し、その実行犯がアルヴェッタ人と知れれば、今の和平は間違いなく瓦解する。同盟四ヶ国の中にもそれを望む者は多くない筈。
「失敗すれば、死ぬのは俺たちだけじゃ済まん。だがそれ自体は、騎士になればいずれ体験することだ。気合い入れろよ」
「おう!」
「ああ!」
「よし、行くぞ」
部屋を飛び出し、屋根の上に跳び上がる。ひとつ頷き合い、それぞれが担当する場所へと向かう。パレードはとうに通り過ぎ、王城前に着くまでそう時間はない。
「……くそったれめ」
爆弾の場所は、三つの英雄広場。大戦の英雄たちを讃え、王城を中心にそれぞれが守護した国境方向に作られた場所だ。爆発の時間は、パレードを見終え帰る前に寄る者たちでごった返す頃。
「どうせなら、王城を狙うくらいしてみせろや、半端者め」
四英雄のうち、アルヴェッタと直接矛を交えたのは英雄王だ。それを無視して他を狙うなど中途半端にも程がある。
「……急がなきゃな」
俺が向かうのは東の広場。その中央には、『王の槍』エレノア・ミルズの像が槍を掲げ、誇らしげに立っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
まず、青。続いて赤、緑、黄。設計図と見比べながら、抱えるほどの大きさがある爆弾を解体する。
爆弾の隠し方は雑で、見付けるのは簡単だった。問題は、人目が多いこと。一応物陰に移して作業してはいるが、人に見付かるのは時間の問題だ。誰かが衛兵を呼んだとして、到着するまでには僅かにかかるだろう。しかし酔漢にでも見付かって絡まれでもしたら面倒になる。何事もなければ、少々の余裕をもって解体を終えられるだろうが。
紫、橙、緋。万一爆発した場合、その被害は如何ほどか。爆薬の材料までは不明なので、正確には推し量れない。だがこの大きさだ、最低でも広場丸ごと吹き飛ばすには十分足りる。
白、黒、灰。間違えないよう慎重に、だが素早く。残りは何本だ? 数えるだけ無駄。最終的には、全て切らなければならないのだから。
「……ちっ」
だが残り二本となったところで、手が止まる。残る二本。金と銀。設計図には載っていない。
「……保険、か」
依頼主も、この事態は想定していたらしい。当然か、あの男の手際で誰にも気取られることなく最後まで仕事を遂行できるとは、相当の楽天家でもない限り思えない。むしろここまで露見せず事が進んだほうが奇跡と言える。
しかし、困った。俺には設計図なしに正解の紐を導き出せるほどの知識はないし、二分の一の確率に命を賭けられるほど運に自信はない。
「……どうするかね」
金か銀か。どちらかを選ばなければならない。このまま時間が過ぎれば、どうあろうと爆発する。切らねばならない。どちらかを。だが、どちらを?
「貴様、何をしている」
突然の声。危うく金の紐を切ってしまうところだった。いっそそれでも良かったのかもしれんが、それで爆発しようものなら死んでも死に切れん。
声の主を見上げる。物陰には、傾きかけた日の光は届かない。それでも十分だ。俺は夜目が効くし、そうでなくとも、この女を見間違える者はこの街には居ない。
それ自体が光を放っているかと見紛うほどに輝く金髪。
どんな宝石よりも深く澄み渡った蒼い瞳。
世界中の姫君が羨んで止まない、美しく整った相貌。
『王の槍』、エレノア・ミルズ。
「何をしているのか、と訊いている。ハロルド・キース」
「ちょうど良かった」
「なに?」
俺は知っている。この女は、呆れるほどに運が良い。幸運の女神の寵愛を受けていることは間違いない。その運がなくとも英雄になっていたであろう実力も備えているのがまた質が悪い。
「あんた、金の紐と銀の紐、切らなきゃならないとしたらどっちを切る?」
「うん? 銀だな」
「そうか」
返答を受けて、迷わず銀の紐を切る。爆弾は沈黙。爆発する様子はない。相変わらずだ。いつもは妬ましいばかりの幸運も、今度ばかりは助けられた。
「ありがとよ」
「やはり金色は、どうしても自分の髪を思い浮かべてしまうからな。母上から授かった髪だ、できるだけ大切にしたい。あまり伸ばすと邪魔になるのでまめに切ってはいるが、その時にも気を遣って──」
「それじゃ」
「む!? おい、待て!」
爆弾を抱え、近場の屋根上へ離脱する。話が長くなりそうだったからだ。彼女は追っては来れまい。『王の槍』の英雄広場に、『王の槍』本人が訪れる。事前に知らされていたイベントではないことも相まって、周囲の盛り上がりは異様なほどになるだろう。まさか姿だけチラリと見せてすぐに立ち去るなどということは許されまい。
振り返れば、案の定彼女は民に揉みくちゃにされていた。民にぎこちなく愛想を振りまきながら、時折こちらを憎々しげに見上げてくる。
(……こりゃあ、後で長いな)
先を思うとげんなりする。素直に残っていたほうがもしかすると短く済んだかもしれないが、しかし今は、取り敢えず行こう。時間を過ぎても爆発が起きていない以上、残りの爆弾も解体に成功したことは間違いないのだろうが。それでも、あの馬鹿二人の無事は確認しなければならないのだから。
……それに、リオウが凍らせた爆弾も解体しなくては。またあれをやるのか。逃げたくなったが、そうもいかないか。
溜め息を吐きながら、夕日に照らされる屋根の上を駆け抜けた。