終戦祭:1
キャラ紹介:四英雄
・ 『英雄王』ブライアン・エイブラムス:チート
・ 『王の剣』フレデリック・レイフィールド:チート
・ 『王の槍』エレノア・ミルズ:チート
・ 『王の盾』メイソン・ワイズマン:チート
ブレスティア王立学院。名前からして想像できるように、ブレスティア王国で最大の学院である。
ブレスティアは古くから『人材に勝る資源なし』の方針を掲げ、教育には力を入れてきた。全ての王立学院は試験に合格すれば入学でき、そこに家柄だの何だのは関係ない。学費もタダ。学生寮もある(こちらは有料ではあるが、非常に安い)。基本的に普通科、兵士科、騎士科、魔術科があり、学院によっては他の学科もある。
俺ことハロルド・キースが所属するのは、ブレスティア王立学院の騎士科だ。騎士科は文字通り騎士を目指す者たちのための学科であり、基本科目の他に武術、馬術、魔術などの実技を学べるが、裏を返せばこれら全てにおいて一定の成績を収めなければ進学できず、留年するか他科に移ることになる。が、難易度が高い分見返りは大きく、卒業すればそのまま騎士見習いとなれるのだ。
そんなエリートコースの象徴とも言える騎士科であるが、学生は飽くまで学生。まだまだ遊びたい盛りの子どもだ。春の長期休暇、そして終戦祭。このイベントを逃す者はそういない。自習や鍛錬に励む時間を確保しつつ、多くの騎士科生たちが街へと繰り出した。
「ハル、君も来ないか?」
「……わお」
その様子を学生寮二階の自室の窓から眺めていたら、下から声がかけられた。クラスメイトのジェローム・ジェンセンの声だった。
どこぞの貴族の三男坊であるらしい彼は、貴族らしからぬ嫌みのない少年だ。誰とでも気さくに接しすぐに仲良くなるその性格は、俺には正直うっとうしい。
「誘う奴なら他にいくらでもいるだろ」
呆れながら、眼下で俺を見上げる琥珀色の髪の少年に返す。
俺は先の大戦における戦災孤児だ。親が由緒ある貴族だとか高名な騎士だとか宮廷魔術師だとかいうことは一切ない、純然たる平民である。別にそれ自体は騎士科においても珍しくはないが、彼らと俺では明らかに違う点がひとつある。必死さだ。
戦災孤児には生活するうえで十分な保障がある。環境の整った王立の孤児院だってあるし、先も述べた通り王立の学院は基本タダだ。そんな立場の子どもは大体、腐るか一層奮起するかの二通り。難関の王立学院に属する者はほぼ全て後者であり、騎士科ともなれば尚更だ。
俺は違う。少なくとも見かけの上では。そんな俺に対するクラスメイトの視線は総じて冷たい。俺自身は全く気にしていないが、どういうわけか眼下の馬鹿は気にしている。マジうっとうしい。
「いいじゃん、年に一度のお祭りだよ? 一緒に行こうぜ!」
「……わお」
と思っていたら、馬鹿が増えた。瑠璃色の髪と眼を持つ、同じくクラスメイトの少女、リオウ・アーレント。そう、少女だ。
『王の槍』エレノア・ミルズの活躍によって騎士科を受ける少女はかなり増えたらしいが、実際に合格する者は珍しい。単純に、女は体格や筋力で男に劣ることが多いからだ。魔術で強化するにしても元の筋力は大きく影響するし、体格は言わずもがな。厳しい騎士科試験を突破するにはその不利を補えるだけの何かが要る。つまりこいつは、その何かを持っているわけだ。
「部屋に閉じ篭もっててもつまんないだろ? 春の休みなんてすぐに終わっちまうぞ、今のうちに楽しまないと!」
だがこの少女は馬鹿だった。座学の成績はむしろ良い方なのだが、恐ろしいことにその悪くない筈の頭を積極的に使おうとしないのだ。今もこうして、路上に落ちた鳥の糞でも見るように見下ろされているというのに、楽しそうな笑顔で見上げてきている。
「ちっ……」
無視したいところではあるのだが、そうすると最悪、リオウは窓から侵入してくる。繰り返すがここは二階だ。しかしリオウは空気を読まないので、そのようなことは考慮すらしないだろう。一足で跳び上がり、俺を引きずり下ろす様が目に見えるようだ。俺は悲しくなった。
「わかったよ。少し待ってろ」
二人に敗北し、気は進まないが祭りに行くことにした。壁に掛けたままの騎士科の白い制服を取り、袖を通す。一番簡単で明確な身分証明だ。下の二人も制服だったので、合わせたほうが色々と都合が良い。
特にこれという予定があったわけではないので、祭りに行くのは構わない。行くつもりがなかったのは、去年も行ったのだから今年も行く必要はない、という程度の極々つまらない個人的な理由からだ。
まあ、何か変わってるところはあるかもな。そう考えながら寮を出た俺を、二人は揃って笑顔で迎えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
終戦祭は毎日、王城正面の大通りから開始される。まず英雄王ブライアンが大戦の犠牲者を悼んだり今の平和に感謝したりその平和を末永く続けるための決意を語ったりと、ありがたくも退屈なお話がある。
その後、大戦の英雄として『王の剣』フレデリック、『王の槍』エレノア、『王の盾』メイソンが紹介される。豪奢に飾り立てた馬車に乗った彼らは大通りの左右に並ぶ国民たちの歓声に手を振って応えながら、騎士を引き連れいくつかの通りを練り歩く。
このパレードこそが終戦祭の目玉であり、四英雄が並び立つ様を一目見ようと、国境付近の街から王都まで遠出する者も多い。パレードの通りに面する家々では、そこそこの金を取って見物客を迎え入れるボロい商売が大流行だ。
「はーっ、すっげえ!」
「どれくらい来てるんだろう……七日合わせたら、人口の半分くらいは集まるんじゃないかな」
学生であり資金に限りのある俺たちには、そんなことに金を払う余裕はない。魔術により身体能力を強化し、屋根の上に跳び上がった。見渡せば心得のある者が結構な数、同じように屋根の上にいる。クラスメイトや魔術科の生徒も多い。お互いの存在に気付くたび、ジェロームとリオウは手を振り合っている。
「お、見ろよハル! パレードだ!」
「そーね」
「くぅーっ、格好いいよなあ、ミルズ様! 全騎士科女子の憧れだよ! 私もあの人みたいになりたいぜ、なあ!」
「そーね、頑張ってね」
隣に立つリオウが手を額に当てて通りの先を眺めながら、もう片方の手で俺の肩をバシバシと叩く。痛い。
「良く見えるなあ、二人とも……僕には顔まではとても見えないよ」
反対側に立つジェロームは両手で目の周りを囲って視力を集中させているが、リオウほどの遠見はできないようだ。得意分野の違いだ。
「……しかしなんでわざわざ、こんな遠くに。こっち来るまで結構待つぞ」
「馬っ鹿だなー、その待つ間も楽しいんじゃん!」
「近くだと、屋根の上も埋まっちゃっててよく見えないしね。ここならまだ空いてるし」
「ふうん」
元々パレードにあまり興味もないので、そんなもんかね、程度にしか思えなかった。だが二人にとっては重要なことなのだろう。両側で騒ぐ級友を無視して空を見上げる。
抜けるように青い空。天候が安定している王都周辺は今日も今日とて快晴だ。柔らかい陽気と僅かに冷たさの残る風が心地良い。静かな草原に寝転がれば熟睡できるだろう。だがここは屋根の上、周囲は絶えることのない喧騒。首も疲れるので、大人しく視線を落とす。
「……うん?」
すると、少し気になるものが視界に入った。
建物の前、パレードの順路から外れる通りには露店がこれでもかと犇めき、ある店では割高な食べ物を売り、ある店では蔵に眠っていた掘り出し物と思しき品々が並べられている。祭りで高揚した民の財布は緩く、明らかに値段と釣り合わない量と質の菓子やいまいち何に使うのかわからないような代物が、そこそこの頻度で売れている。
露店の主も客も笑顔。通りの先を指差し走る子どももその後に続く親も笑顔。友人同士で連み歩いているどこぞの学生たちも笑顔。そんな人の流れの中に、随分と険しい顔がひとつ。
(はて、なんだろね)
その男は王国ではありふれた服装をしていて、体格や顔立ちもそう目立つものではない、いくらでもいそうな中年だった。それが一層、浮かぶ表情の違和感を強めていた。
祭りには似つかわしくない、負の感情。
「どうした?」
「……あの男」
「ん?」
俺の様子に気付いたリオウが声をかけてきたので、その男を指で示してやる。ジェロームも気付いて指先を追い、男を見付ける。
「誰かわかるか?」
「わかるわけないだろ」
「だよな」
「どうしたんだろうね。あんな……」
二人の顔が変わる。祭りを楽しむ子どもの顔から、騎士を志す者の顔へ。
男はキョロキョロと周囲を窺ってから、通りを外れ路地へ入る。あそこは確か行き止まりだ。露店を開けるほど広くもなく、あんな所に入って行くのは建物に用事があるか迷い込んだ時くらいのものだ。
「……」
通りを行き交う人々は祭りに夢中で誰も気にとめていないが、上から見るといかにも怪しかった。あの男には何かある。何がある?
「あ、リオウ!」
「……ちっ」
ジェロームが慌てて声を掛ける。リオウが屋根を蹴り、男が消えた路地に向かって飛び降りていた。思い切りが良すぎる。放って置くと何をやらかすかわかったものではないので、俺たちも続いて飛び降りる。リオウは既に駆け出していた。
「あの、馬鹿」
呟きを聞いてジェロームが苦笑する。幼馴染みと呼べるほどリオウとの付き合いが古いらしいジェロームは、俺よりもよほど多く振り回されてきたのだろう。もう慣れた、というより、とっくに諦めたような表情だった。
人通りの頭上を飛び越え、一度壁を中継地点にしてから路地に着地。ちらと後ろを確認する。誰かに見られた様子はない。路地を進み、角をひとつ曲がる。リオウが男に追いついたところだった。
「こんにちは。どうかしましたか?」
リオウに呼び掛けられた男はびくりと肩をすくませ、振り返る。騎士科の制服に身を包む少女、その後ろに更に二人の騎士科生。男の顔に明らかな狼狽が浮かんだ。
騎士科生は騎士見習いですらないため、平時には何ら権限を持たない。だが非常事態に直面した際には、民を守る義務とそのための措置を執るに必要な権限が与えられる。言わば臨時の衛兵だ。リオウがこれからしようとしている事は明らかに越権行為だが、詳しくない一般人に見分けはつくまい。
「どうか……とは?」
男は愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとする。もう遅い。俺たちの疑惑は確信に変わった。
「いえ、何かお困りの……というより、鬼気迫るご様子でしたので」
「っ……!」
男が息をのむ。リオウが僅かに身を沈める。怪しい動きを見せれば即座に跳びかかる構え。男が懐に手を入れる。リオウが走る。男が球形の何かを取り出す。
「目を閉じろ!」
カッ! 小さな炸裂音に一瞬遅れて、強烈な光が溢れ出す。手をかざして目を守る。
……光が収まると、男は姿を消し、リオウは尻餅をついていた。ジェロームが慌てて駆け寄る。
「リオウ、大丈夫!?」
「う、あ……なんだよ、もー……」
リオウはぼやきながら目を覆っているが、どうやら深刻なダメージはないらしい。光を間近で受けたにも関わらずその程度で済むとは、見た目ほどの光量はなかったのか、それともこの馬鹿は目まで頑丈なのか。
「閃光弾だ。どこで手に入れたんだか」
閃光弾は一昔前に開発された、強烈な光で周囲の目を眩ませたり怯ませたりするための道具だ。殺傷力こそ小さいものの危険物に変わりはなく、その製法は一般人には伝わっていない。間違っても市井に出回るような代物ではない。同盟のスパイかとも考えたが、それにしては何もかもがお粗末過ぎる。
「どうしよう。衛兵を呼ぼうか」
「どう説明する。男は逃がした。閃光弾の跡だって花火のそれと見分けがつかないぞ」
「それでも、一応は伝えておこう。そうすれば、何かあった時に対応しやすいよ」
「……どうかな」
ジェロームの言うことは正しい。俺たちは所詮学生の身、これ以上は越権行為では済まない可能性が高い。正規の衛兵に報告し、引き継ぐべきだ。
だが、それには多少の時間がかかる。先の男の様子を思い浮かべる。あれは急いでいたと言うより……逸っていた。何かが起きるとすれば、それは目前に迫っているように思える。
「とにかくさ、この辺りを調べてみようぜ」
「……わお」
リオウが立ち上がり、服についた埃を払いながら言った。回復が早すぎる。化け物かこいつ。
「リオウ、もう平気なの?」
「ああ、どうってことないよ。なあ、光ってたのはそんな長い時間じゃなかっただろ? ましてやここは行き止まりだぜ、逃げられるわけない。なら、隠れたんだ」
「隠し扉の類か」
だとすれば、結構な大事である。城や砦ならともかく、こんな街中の路地裏に、元々隠し扉があったとは考えにくい。家を買って改造したのだ。何のために? 表からの出入りを見られないために決まっている。つまりは何らかの目的を果たすための拠点だ。そんなものを準備するには時間も人手も金もかかる。それだけの手間を掛けて実行する計画が、悪戯程度である筈がない。
「探すか」
「扉ってことは、開け閉めには音がするよね。急いでたのなら尚更。でも、そんな音は聞こえなかった」
「魔術で隠してるんじゃないか?」
「だとしたら、扉自体に魔術がかかってる筈だ。奴は魔術師には見えなかった」
「なら、任せて」
ジェロームはそう言って、ポケットから小瓶を取り出す。蓋を開けて中身の透明な液体を撒くと、自身は両手を石畳に着いて意識を集中し始めた。
『──探せ』
一言呟くと、液体は主の命に従い四方に散る。ジェロームが得意とする探査の魔術だ。間を置かず、液体は魔術の痕跡を探り当てた。葉脈を四角く切り取ったように発光して、そこにある異物を主に伝える。
「見つけたよ」
「お見事」
本人は騎士向きの魔術ではないと言うが、それは使い方次第だろう。現にこうして役立っている。応用すれば実戦でも罠や伏兵の発見に使えるかもしれないし、それが可能なら大きな優位だ。
それはさておき、隠し扉である。見たところただの石壁であり、扉があるとは知っていなければ気付かないだろう。
「どう開ける?」
「……そこまでは」
隠し扉の常だが、開けるには特殊な手順や条件が要る。普通に取っ手やドアノブを付けたら隠し扉にならないからだ。あの男が極めて短い時間で中に入ったことを考えると、複雑な手順が設定されているわけではないだろう。恐らく、予め登録してある特定の個人にのみ反応して開くタイプだとは思うが……
「よっしゃ、任せろ」
「……わお」
声に振り向くと、馬鹿が既に準備に入っていた。両腕の肘から先に、制服の上からでもはっきりとわかるほど、青々と輝く紋様が浮かび上がっている。
『収束、結合──』
リオウが構える両手の間に、魔力の収束が見てとれる。雪の結晶を思わせる紋様は輝きを増し、周囲に冷気が漂い、ビキビキと音が鳴る。
俺たちが慌てて飛び退くと、射線上の障害物がなくなったリオウはニヤリと笑う。
『──破城ノ槌!』
言霊と共に突き出された両腕から、白銀の氷塊が放たれた。矢のような速さで飛ぶ氷塊は、結構な厚みがあったらしい扉をベニヤ板のようにぶち破った。
「……おいおい」
「にっひひ……開かない門は破ればいいってお爺様が言ってたぜ!」
「わあすごい」
あまりにもあんまりな破壊の有様に、ジェロームが苦笑する。
「どうすんだよこれ」
「どーせ悪党の家だろ。いいじゃん別に」
「……そーね」
能天気に笑う馬鹿は気にしないことにして、壁ごとなくなった扉を抜けて中に入る。そこには様々な器具や書類、そして恐怖と怒りと憎しみの表情を浮かべた、件の男がいた。