Wコンプレックス
高田馬場に住んで、寂しさを持て余していた”あたし”の話。
今から10年以上前の話だから、とっくにカビが生えてるんだけど、聞いてもらいたい話がある。
東京の池袋と新宿の間にどうにも垢抜けない街がある、自意識にまみれた若者たちが週末ごとに飲めない酒を無理して飲んで、わかったようなことを語り合う、そんな街。あたしは生まれた時からつい去年までそこに住んでた。
あたしは、はじめ田舎からその街に出てくる若者たちをどうしても好きになれなかった。特にある大学の生徒達を嫌悪した。けっこう有名な大学で、彼等はあたしたちの街を肩で風を切って歩いた。あたしの縄張りを我が物顔で歩くんじゃねぇよ、そんな気持ちがあったのかな。
同郷のあたしの友人たちも同じ気持を抱えていたのかもしれない。みんなそいつらが嫌いだった。あたしの幼なじみ達は不思議な事に誰もその大学に通わなかった。目と鼻の先にあるのに。中には頭のいい子だっていたはずなのに。その大学はけっこう有名なほうだったから誰かしら入りたがったり、実際に入学しても良さそうなものなのに。
あたしの敬愛する作家はその大学をギリギリ8年で卒業した。8年てところがいいと思った。あまり価値を置いてないみたいに思える。
幼なじみのうちの一人に、親に無理矢理その大学に入るよう強要された男の子がいた。彼はけっこう頭もよくってスポーツもできて、さらにハンサムだった。だけど、その学校を受験する前になると(その学校には中学、高校にも入り口がある)ノイローゼ気味になったり、高熱を出したりした。結局大学は受験しなかった。あたしから見てって話だけど、彼にしては少し物足りない大学に進んで、大学時代もあまり楽しそうには見えなかった。
金曜日の夜から日曜の夜まで若者たちは安居酒屋で酒を飲んで馬鹿騒ぎをした。小学生のあたしが塾から帰る途中その中の一人が絡んできたからおもいっきり睨んでやった。
25くらいのときに若作りのあたしをみてそいつらがナンパをしてきた。簡単そうに見えたのか。
あたしもその頃はお酒を少し飲んでいた。例によって悪酔いしていた。途中まで普通に話をしていたんだけどだんだん怒りがこみ上げてきて、早稲田大学だからって人生成功したとこ思って我が物顔で歩いてんじゃねーよ、気持わりーんだよ、おまえらの人生が成功するって決まったわけじゃねーんだぞ、と暴言を吐き出して自分で自分にびっくりした。もちろん相手はもっとびっくりして、というか引いて、スーッといなくなった。
月曜日の朝、高校生だったあたしが憂鬱な気持ちで学校に向かう道中には、そこら中に吐瀉物が巻き散らかされていた。自分の中の毒素を街中に吐き散らかすそいつらをさらに軽蔑した。カラスがそれをついばむために集まってきて、不気味だった。心の底から彼等を軽蔑した。
だけど不思議なことにあたし自身が4流大学に通うようになったとき、心の支えとなった高校の同級生は、その大学の第一文学部に通っていた。今は図書館で司書をしてる、結婚して、幸せかどうかは知らないけど、なんとかやっているみたいだ。
その同級生は高校時代、大げさでなく天使だった。握りつぶせそうな儚い美しさを持っていた。学年で一番目立つ男の子と付き合った。今ではそいつみたいな子供だけは産みたくないと言ってる。そういうところもあたしの趣味に合った。それにあたしは彼女がその男と付き合う前からなんとなくその男が嫌いだった。
まぁとにかく彼女は素敵だった。女の子でも彼女といるとドキドキするというくらい。
一度下校途中の黄色い電車で向かい合わせに座ったんだけど、今でもそのときの光景の細部までよく覚えてる。夏が始まる少し前だった。
彼女の肩の下がり具合とか、指で前髪を整える仕草とか。時間が妙にゆっくり流れていくみたいだった。そのときあたしのその友人は、黒い髪の毛にパーマをあててた。透明みたいな白い肌と、赤とピンクに高潮した頬の色を覚えている。制服の白いブラウスから細い腕が覗いた。
冬のはじめには彼女は長く伸ばした髪の毛をまっすぐにして、ほんのりオレンジ色に染めた。そして厚い前髪を作って登校して来た朝はちょっとしたニュースになった。とびきりにかわいかった。彼女は小柄だったからモデルみたいではなかったけれど、みんな彼女を見ないわけには行かなかったんだと思う。もちろんあたしも。そのときちょうど先述のつまらい男と付き合い出した。男の方は髪の毛を金髪にしていた。悔しいけれど似合っていた。何が悔しいのかよくわからないけれど。二人でディズニーランドに行ったらしい。ミッキーマウスとミニーマウスよりも二人が並んで歩いているところを見たかった。
かわいい女の子が好きです。
好きになるのは男の子。