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鎧探しと大砦の生活


 俺はギャストンと別れた後、賑わい始めた砦内をあちらこちらと探したが結局鎧は見つからず、先程やっと顔を出したと思っていた太陽は気づけば天辺を過ぎていた。それに気づくと同時に朝食を取っていなかった事を思い出し、仕方がないと朝食兼昼食を取ることにした。そういえば、今朝の様な見回りは当番制なのだろうか? その辺りも明確にしておかねばまた枕元を蹴り上げられかねない。


 一度駐屯所に戻り、仕事について色々聞いた。どうやら当番制というのは当たっていたらしく、今週はギャストンと俺が朝に駆り出されるようだ。今朝の一連の様子を思い出し一抹の不安を覚えるが、新人の俺がなにか言える立場ではないだろうし、言った所でエルミルダ所長を困らせるだけだろう。鎧を紛失した事を報告しようと考えたがやめておいた。まだ探していない所もあるし、配属早々問題を起こすのもまずい。昼食を取ったら必ず見つけ出してやろう。再び駐屯所を後にし、どこで食事を取ろうかと少し歩いたが結局昨日訪れた簡易酒場で手早く済ませた。昨日は濃く感じた味付けが、今朝の仕事と鎧探しで疲れた体には不思議と美味しく感じられた。


 さて、腹ごなしも済んだことだし鎧探しを続行しよう。午前中はそれぞれの門周辺を探したので午後は鍛冶屋や雑貨屋のある市場の方を探すことにする。騎士団駐屯所がそばにあるというのに市場に騎士団の鎧が売りに出されるとは考えにくいが、まさかという事もある。ここで見つからなかった場合は外に持ち出されてしまった可能性が高いので、その時は諦めて紛失届を出すほかあるまい。出来れば避けたいところだ……。


 簡易酒場から少し歩くと、一区画程にも渡って続く市場通りがある。地方から様々な商人が集まるこの砦は食料から雑貨品、武器や防具、服や装飾品を売る店まであり、もはや街と言っても過言ではない賑わいを見せている。この人混みの中、鎧を探すのかと思うと気が遠くなるようだがやるしかあるまい。防具を取り扱っている店だけ覗いていこう。そう考えつつ俺は人の波の中に紛れて行った。



(やはりというか、見つからないか……)


 日は沈み始め空が茜色に染まりだした頃、俺は簡易酒場の近くに戻ってきていた。あの後、人混みに揉まれつつ鎧を探したが見つからなかった。しかし武器や防具を取り扱っている店の品揃えを見る限り、出処不明な怪しい品がちらほらとあったので可能性が無くなったわけではないと思う。これはしばらく根気が必要だなと己に言い聞かせつつ、この後の予定を考えた。明日の朝も見回りがあるのなら少し早いが夕食を取ってしまおう。昼食を取ってからあまり時間は経っていないが、散々探し歩いたので良く食べられそうだった。


 三食続けてあの簡易酒場というのも味気ないので少し歩いてみることにする。市場通りから少し離れると、石造りの家屋が並ぶ通りがあった。大砦は魔族と戦争をし始めた頃からあるらしいが、定住している者がいるとは……。本当に街のようだ。家屋のいくつかにちらほらと看板を出している所があり、様子を見るとやはり食堂や酒場を経営しているようだった。日も落ちきってしまっていたこともあり、夕食はこの辺りで取ることにした。なんとなくで入る店を決め扉をくぐると、少し暗めの照明で落ち着いた雰囲気の店内だった。混んでいるわけではないが、かといってガラガラに空いているといった事もない感じで躊躇なく入ることが出来た。


(一日歩き通しで流石に疲れたな……。初日からこの調子では本当に先が思いやられるぞ)


 カウンター席に腰をかけ、とりあえず一息つけつつ今後の不安に頭を悩ませる。そういえば、俺が配属された部隊員とは顔合わせはするのだろうか? 俺を含めて十人ほどいるらしいがそういった話は聞いていなかった。明日の朝、ギャストンに聞いてみるとしよう。注文を忘れて思案していると、そばに人の気配を感じてそちらを見る。三角頭巾にエプロン姿のウェイトレスと思わしき少女がおぼんを握りしめて立っていた。


「……ご注文は?」


 ジーっとこちらを見た後、沈んだ声でそう呟いた。こちらを見る目はどこか怯えたような、幸の薄そうな印象を与える。この様子で接客が務まるのだろうか……?


「…………ッ」


 つい俺が黙って見つめ返してしまっていた為、少女の視線が少し鋭くなった気がした。


「あ、あぁすまない。じゃあ野うさぎのシチューと、パンを3つ頂きたい」


 我に返り注文をすると少女はサラサラとメモを取り、ペコッとお辞儀をすると厨房へ歩いていった。気の荒い客に絡まれたりしないのだろうか……? つい余計な心配をしてしまいそうになる。しばらく待つと、少女が料理を運んできた。サッと料理を起き、またペコッとお辞儀をするとスタスタと去ってしまった。他の客の時も似たような感じだったのでこの店ではあれが普通なのだろう。あまり気にしないようにしよう。


 さて、運ばれてきた料理だが既に良い匂いが鼻をくすぐっていたる。これは期待できそうだと思いつつ口に含むと、案の定スプーンが進む美味しさだ。途中でパンを挟みつつ上機嫌で食べていると、ふと聞き覚えのある声がした気がした。辺りを見ると、店の奥のテーブル席にギャストンの姿があった。向かい合わせに男と話しているようで、しばらくすると俺の視線に気がつきしかめっ面を返してきた。ギャストンの様子に向かい合っていた男が不思議に思い、俺を見てきた。すると、男は立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。


「へぇ、あんたが噂の元隊長さんか。ギャスから話は聞いてるぜ?」


 男性は俺の隣の席へ座ると頬杖をつきながらニヤっとした笑みを浮かべた。歳は俺と同じぐらいだろうか? 長い黒髪と細身で高めの身長、長髪も相まって一見女性と思えるほどの美形だ。左腰に反りのある剣を提げている。


「俺はライオネル、あんたと同じ部隊だぜ。ようこそグラスター大砦へ」


 ライオネルと名乗った男は軽い調子でそう言った。ギャストンから聞いているだろうが名乗られたからにはこちらも答えなければならないだろう。そういえば今朝、ギャストンには名乗り返すのは忘れてしまったか……。


「聞いているかもしれないが、俺はアルバート・ジェラルドという。来たばかりで右も左も分からないがよろしく頼む」


 そう返しながら握手をしようと手を出すと、ライオネルは一瞬きょとんとしたがすぐに握手を返しまたニヤリとした笑みを浮かべた。


「あんた変わってんな。普通、貴族様って奴は平民に軽口を叩かれたらギャーギャー騒ぐもんだぜ?」


 どうやらこちらを試していたようだ。ギャストンやエルミルダ所長の言った事は本当で、貴族と知っていてこの態度か。今朝のギャストンにしたように一言言ってやろうとも考えたが、時間の無駄を感じたのでやめておいた。


「騒いでも無駄だとこの身で知らされているのでね、彼や所長から忠告も受けたので気にしない事にしている。それで、俺に何か用でも?」


 皮肉を混ぜて返すと、ライオネルは俺がどういう扱いを受けたのか察したようで困り気味に笑った。


「あ~、まぁそんな身構えんなよ。俺は割とあんたの第一印象は悪くないと思ったぜ? ギャスの事は許してやってくれ。不器用なんだよ、あのおっさん。」


 二人してギャストンの方を伺うと、地獄耳なのか既に俺達を睨んでいた。ライオネルは意に介さないようで少し笑った。


「特に用はないんだが、丁度あんたの話を聞いていたんでな。そうだ、お近づきの印に一杯奢るぜ?」


 そう言いながらビールを注文しようとするライオネル。好意は嬉しいが実は俺はあまり酒が得意ではないので制止する。


「すまない、酒はあまりやらないんだ。明日の朝も見回りがある」


 俺の制止にライオネルは少し眉をひそめつつ、つまらなそうに俺を見た。


「なるほどな、こりゃギャスと反りが合わない訳だ。もうちょっと肩の力を抜いたほうが良いぜ? そうだな……、このあと時間あるか?」


 ライオネルは腕組みをしつつ少し思案した後、またニヤっとした笑みを浮かべてそう言った。普通なら嫌気が差しそうな笑い方だが、美形は色々と得をするようだ。


「特にはないが……、少し市場通りを見ても大丈夫だろうか?」


 時間的にほとんどの商人は店じまいをしていそうだが、そう簡単に鎧を諦める訳にはいかない。俺の問いかけにライオネルは少し怪訝そうな顔をしたが、軽い調子で了承した。


「ああ、いいぜ。こっちに来て一日しか経ってないなら色々見て経験した方が良いもんな。色々……、な」


 含みのある言い方をしたような気もするが、大丈夫なんだろうか……? 少し不安を覚えるが彼が俺の印象を良く覚えたように、俺も不思議と親しみやすく感じていたのだった。


 シチューとパンを平らげ、あの暗い雰囲気の少女に会計を済ませると、ライオネルの姿は既に店内になかった。ついでにギャストンの姿もなく、とりあえず外に出てみると二人が店の前で話していた。俺が近づく前にギャストンは背を向けて歩いていってしまった。


「お、出てきたな。この店、中々良いだろ? 料理は美味いし騒がしくないからな」


 常連なのか、少し得意気にライオネルは言った。確かに、あのウェイトレスの少女の接客はどうかと思うがシチューは絶品だった。値段も高くもなく安くもないといった感じだし、また来ることになるだろう。そう思いつつ店の看板を見上げると、グロッタ・アズーラという文字が掲げられていた。店内の雰囲気といいシャレた名前だ。


「さて、それじゃあ行くとしますか。まずは市場通りだったよな? まぁこの時間だとほとんど開いてないけどな」


 ライオネルの言葉を聞き、やはりかと少し気落ちするがまぁあまり期待していなかったのも事実だ。


「ああ、少し見てみるだけだからそれで大丈夫だ。付き合わせてしまってすまないな」


 俺が謝罪を交えてそう言うと、ライオネルは歩き出しながら軽く笑った。


「気にすんなよ、非番だったから暇だったんだよ。行こうぜ」


 市場通りまで雑談しつつ二人で歩いたが、ライオネルは会って間もないというのに調子良く会話を合わせてきた。軽い性格を思わせていたが、意外としっかりとした人物なのかもしれない。



 市場通りを一通り見たが、やはりほとんど店じまいをしていたので成果はなかった。俺の鎧はどこにいってしまったのだろうか……。


「何か探してたみたいだけど、その様子じゃ見つからなかったみたいだな。まぁそう気を落とすなよ」


 自分では気付かなかったが、割と顔に出ていたようだ。気を取り直して、ライオネルの用事を聞いてみるとしよう。


「すまない。それで、君の用事というのは何なんだ?」


 俺がそう聞くと、またあのニヤリとした笑みを浮かべた。会って間もないが既に何度も見ているな。


「用事ってわけじゃあないんだけどな? 酒が駄目なら他になんかないかって思ったんだよ。まぁついてこいよ」


 ニヤけた笑みを浮かべつつ歩き出すライオネル。もったいぶらずに教えて欲しいものだが、ここは彼に任せてみよう。そのまま二人で市場通りを抜け、しばらく歩いた。ん……? なんだか辺りの雰囲気が妙な気が……。


「お、気付いたか? まぁ傭兵稼業やってる連中相手にはこういう場所がウケるんだよな」


 ライオネルは相変わらずニヤリと笑って辺りを見渡す。つられて見渡すとなんというか……、これは? やたら露出の高い若い女性が出歩いているような? その女性が男達にしきりに声を掛けている。


「さーて、今日はどうすっかなー? お、よう、久しぶりだな」


 俺が状況を認識し始めている間にライオネルは顔見知りが居たようで声を掛けていた。その女性も、やはり目のやり場に困る格好をしていた。


「おい! ここは風俗街なのか!? って何してるんだ!」


 思考がやっと追いつき慌ててライオネルを問いただそうとしたが、当の本人は先程の女性と足を絡ませて抱き合っていた。あぁもう、見るに耐えない!


「ん? 何って、そりゃこれからナニをするんだよ。まさか童貞って訳でもないんだろ? グラスター大砦に来たらまずはここを楽しむのが通ってやつだぜ」


 軽い調子でそう言ってのけるライオネル。まさか風俗まであるとは……、衛生管理とか大丈夫なんだろうな!?


「そんなことはどうでも良い! 俺は帰らせてもらう!」


 風俗の必要性というのは理解できなくもないが、利用するかどうかは個人の自由だ。俺はまだ必要と感じはしなかった。


「おいおい、本当に帰っちまうのか? 可愛い子いるとこ紹介するぜ?」


 女性と抱き合いつつ眉をひそめて俺を止める。声色的に信じられないといった感じが伝わるが、それはこちらのセリフだ。


「結構だ! 明日も早いので失礼する!」


 付き合いきれないのと、周囲の雰囲気に耐えられそうもないので早々に帰らせてもらう。一度意識すると色々まずい。


「あらら、そら残念だ。まぁこれからよろしく頼むよ、アル」


 俺が踵を返して足早に歩き出すと、後ろからそう聞こえた。その呼び方を許すのは考えものだが、いかんせん状況的に訂正する気にはなれなかった。



 市場通りまで早足で戻りつつ、なんとか冷静さを取り戻してきた。風俗まであるとは本当にこの砦には驚かされる。しかし、みっともなく取り乱してしまったな……。何が俺をあんなに慌てさせたのだろうか?


(……俺は未だに彼女への想いを引きずっているのか)


 少し考えれば分かることだった。長年の恋がそう簡単に忘れられるはずがないということで、俺は意味もない操を立てているだけであった。これではまるで道化のようだ。かといって見も知らぬ女性に金を払ってそういう行為をするなんて考えられず、こうやって夜道を一人で歩いている訳だ。


(ここに来て一日しか経っていないというのに、身も心もドッと疲れた……)


 帰路を歩きつつ、俺は未練がましい己の心が上げる悲鳴に嫌気が指すのを感じた。あ、鎧探しに気を取られ過ぎていて革鎧の件を失念していた。明日の朝、またギャストンのしかめっ面を考えるとさらに気分が落ち込むのであった。

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