新人騎士
ロンダーヴ王国には王都バシルカの他に都市がいくつかあるが、それぞれの都市には聖女がいて結界を張って街と民を守っている。本来バシルカには聖女が二人いて守りを固めているのだが今はライカだけだ。ライカが聖女として習熟するのを心待ちにしていた聖女は、長年一人で王都を護っていたがライカが就任する前に亡くなってしまった。
聖女は世界的に稀有な存在であり、生まれつき聖女の力を持つ者、ライカの様に後天的に目覚める者と色々あるらしい。俺の所属するロンダーヴ王国聖女護衛騎士団はそんな聖女を、結果的には国と民を守る為に存在している。故にその名誉ある仕事に憧れ騎士を目指す者は多く、志願者は後を絶たない。まぁそれだけが理由ではなく単に給料が多く王都で暮らせるという点だけでも人気なのだ。
「それではこれよりロンダーヴ王国聖女護衛騎士団、一次試験を開始する!」
試験官の発した声が会場内に響き渡る。試験会場は騎士団が普段使っている訓練場で行われ、今日集まった受験者は百名程だ。一次試験、二次試験とあり、一次試験は模擬戦形式で行われ負けても試合内容が良ければ通過になる場合もある。今回は半分ぐらい取る予定らしい。
俺は隊長として審査を任されていて、二階の審査員席に腰を下ろしていた。俺の他には別の隊の隊長と団長である父・ロベルトが、やる気に溢れている受験者達を見下ろしていた。
「懐かしいですね、自分が志願しに来た時も丁度このくらいの人数でしたよ」
そう言いながら受験者リストを眺めるのは、バシルカの出入り口である街門を守る隊の隊長、バーン・ヘイルウッドだ。彼は田舎の出身で数年前に騎士に志願しにバシルカを訪れ、見事隊長まで上り詰めた。根が真面目で、貴族であり年下のアルバートにも敬意を持って接してくる好漢だと、アルバートは思っている。
「バーンは他の受験者とは頭一つ抜けてたからな、良く覚えているよ」
俺が褒めるとバーンは照れたようでゴツく大きな手で頭を掻きながら笑った。
「よしてくださいよアルバート様、自分はただ出稼ぎに来ただけの運の良い男です」
アルバートやロベルトを含め、貴族は割と地方出身者を田舎でノウノウと畑を耕しているだけの楽天家と卑下にしがちだ。逆に地方の平民は贅沢を貪る貴族共と思っている者達もいる。なかなか相容れない物なのだ。
「そんな男が一部隊の隊長になんか成れはしないさ。現に私と団長はお前の腕を買っている」
そう聞いた父上は目を伏せ鼻で少し笑うと、丁度一階で一組目の受験者が向かい合っていた。
「おしゃべりはその辺りにしておけ二人共、そろそろ始まるようだ」
父上にたしなめられ俺達は姿勢を正し、改めて一階を見下ろした。
一試合の制限時間は五分程だ。途中休憩を挟んで大体五時間は掛かるだろう。少々疲れそうだが、ないがしろにする訳にはいかないので我慢だ。
しばしの間受験者達の健闘を見守り半分以上を消化しただろうか、今年はなかなか豊作じゃないかと考えていた時だった。次の組み合わせが始まる。
「レクス・レクタリア! 前へ!」
試験官に呼ばれ出て、剣を抜く青年。試合開始の声と共に両者の距離が縮まり打ち合いが始まる。数回の打ち合いを見ていると、俺達三人の誰からとも知れず感嘆の声が漏れた。
「ほぉ、あの青年……良いではないか」
父上がつい口にしてしまう程、青年の剣の腕は群を抜いていた。相対していた受験者は青年の剣を凌ぐので精一杯の様子で、しばらくすると剣を落としてしまった。
「勝者、レクス・レクタリア!」
試験官が判定を下すまでもない、見事な試合だった。あの受験者には少々同情するがこればかりは仕方のないことだ。しかし、レクスというあの青年、何者だろうか?
気になり受験者リストを見てみる。レクス・レクタリア 十八歳の地方出身者で騎士を目指しバシルカへ、という特筆すべきこともない普通の青年だった。十八歳であの剣術、一体どのような鍛錬をしたのだろうか。
「とんでもない新人が現れたもんですな……、自分なんかすぐに抜かれてしまいそうです」
バーンは唸りつつも妙に嬉しそうな顔をしていた。そう思ってしまうのも無理はない、それほど一方的な試合内容だった。
「まだ採用するかはわからんさ、気を抜かずに残りを審査しよう」
二次試験は模擬戦を勝ち残った受験者と審査員が直接向き合い、人となりを判断する。いくら強かろうとも性格が破綻していては聖女と国と民を守れはしない。
その後も残りの試合を審査し、一次試験が終了する。数人程腕の立つ者がいたが、あの強さを除いても妙にレクスのことが気になってしまったのだった。そのまま三人で一次試験採用者を審査し、その日はお開きとなった。ちなみに三人一致でレクスは通過となった。
続いて翌日、二次試験の面談の場所は王都中央、王城のそばに構えられている我らが聖女護衛騎士団本部だ。一次試験通過者は予定通り半分ほどとなり、面談順に午前中から集められていた。
バシルカは中央に王城、大陸側に向かって聖堂が二つ、そして街門というような立地であり、王城の背後にはロンダーヴを支える大きな港がある。街門はこれも二つあり一つは山岳方面へ、もう一つは広大な草原方面へ繋がっていた。聖堂一つに一人、聖女がいるはずだが今は草原側の街門から近い聖堂にライカがいるだけである。
「アルバート様! おはようございます。例の青年、楽しみですね。」
俺が本部の廊下を歩いていると、後ろからバーンが大柄な体を揺らしながら声を掛けてきた。相変わらず巨体に相応のデカい声だ。
「おはようバーン。平等に審査せねばと思うが、どうしてもな……」
俺が苦笑交じりに返すと、バーンは共感が得られたことが嬉しかったのか笑顔で頷いた。この様子では彼の中ではもう合格が決まっているのだろう。普段なら注意する所だが、俺も人の事が言えないのであった。
そのまま二人で面談に使う部屋へ向かう。中は既に準備が済んでおり、いつでも始められる状態だ。しばらくすると父上が姿を現し、面談開始の時間になった。
面談もまた、五分程の質疑応答で行われる。五十名程いるのでこれもまた中々骨が折れるが、受験者の様子を見ていると意外と気分が良い。受験者のほとんどは気力に満ちたとか、活きが良いとか、そういう言葉が似合う様な者達だ。騎士というのは確かに稼ぎが良いが仕事内容は割りと地味だし規則も厳しいし身の危険もある。そんな仕事を選ぶ様な人間はどれも似たような性格をしていたりするものだった。滞りなく面談が進み、いよいよ例の青年、レクスの番となった。
「レクス・レクタリアです。よろしくお願いします」
緊張した素振りも見せず、レクスは頭を下げた。昨日は遠目からしか見なかったが、背はあまり高くなく、体格もがっしりとせず、しかし華奢に見えるわけでもなかった。綺麗な金髪と碧眼、中性的に見える整った顔立ちが目を引いた。
「掛けなさい、ふむ……」
父上が着席を促し、一、二度履歴書とレクスを交互に見た。俺達と同じくやはり気になっていたようだ。
それから素性や経歴、出身や動機などいくつかの質疑応答がなされる。どれも普通で問題もなかったが、堪えきれなくなったバーンがレクスに問いかけた。
「昨日の模擬戦、君は非常に秀でた技を見せてくれたがどこで身につけたんだい?」
少し前のめりになりつつ興味津々そうなバーン。父上も気になるのか青年をじっと見つめていた。
「あれは……大したことはないですよ。俺、いえ自分の故郷はよく魔物が出るような田舎だったので自然と身に着けた物です」
慣れない一人称に躓きつつ、謙遜を入れて応えるレクス。確かに地方の山奥などは魔物が出たりすることがあるらしいが、実戦経験まであるのか。
「謙遜することはない! なるほど、そういうことなら納得だ」
満足そうに頷くバーン。おいおい、そんなあっさり満足して良いのか? 人を疑わないのは彼の長所であり短所だな……。しょうがない、と思い今度は俺が問いかける。
「率直に聞くが、対人経験は?」
目を見据えて様子を伺うと、彼はしっかりと俺の目を見返しながら動揺することなく応えた。
「あります。盗賊が出ることもあったので」
この世界で戦闘が行われるとしたら、先程レクスが言ったように魔物を討伐する時、次に魔族と相対した時、最後に悪意のある人間と相対した時だ。魔物は野生動物がなんらかの影響を受けて凶暴化した物で魔族が従えていることもある。しかし人間と戦闘をするというのは、魔族と戦争をしている現状では結構稀である。貧しさのあまり強盗を行うか、それが助長して盗賊に堕ちるか、もしくは精神に異常を来たし好き好んで人を傷つけるかだ。自己研鑽や腕試しのために他者と闘いたがる者も少なくないが、それはまた別だろう。
しかし、対人経験も済ましているとなると、これはいよいよ見過ごせなくなってきた。いざ実戦となった時に動けなくなってしまう新人騎士は珍しくない。正直に言うと、即採用物だ。
「そうか、ありがとう。団長、バーン隊長、他になにか質問することはありますか?」
聞きたいことは恐らくないと思うが、念のために二人に促す。案の定なかったようでレクスの面談はそのまま終了となった。
「ふむ……しかし驚いたな、逸材と言っても過言ではない」
レクスが退出し次の面談者を呼ぶ前に父上が難しい顔で、それでいて少し嬉しそうな声色で呟いた。気持ちは分からないでもない。
「自分も同感です! いやぁこれは期待の新人だ!」
バーンは興奮したように鼻息を荒くしていた。今朝も思ったが早とちりが過ぎる。
「落ち着けバーン、気持ちは分かるがまだ決まったわけではないぞ。では次の者!」
バーンをたしなめながら次の面談者を呼ぶ。そのまま時間は過ぎ、昨日と同じく三人で合格者を選ぶ。レクスの合否はあえて言うまでもあるまい。
合格者発表をし、次いで騎士任命式が行われる。国王と聖女の眼前で、新人騎士達はその身を懸けることを宣誓するのである。新人代表騎士が宣誓を行うのだが、当然というか悩むことなく代表騎士はレクスに決まった。
「ちょっと前の事なのになんだか懐かしいね。あの時はアル君が私に誓ってくれたよね」
そう言いながら懐かしむように目を細めるライカ。俺が騎士になった時に代表を担ったのは確かだが、言葉に語弊がある。
「私はライカ様個人にではなく、陛下と聖女、国と民に誓ったのです。」
呆れながら言葉を正す。俺の訂正にライカは聞こえてない様子だ。まったく…… しかし悪い気はしないと思ってしまっている時点で俺も駄目だな。
「そろそろ始まるね。それじゃまた後でね、頭の固いアル君」
しっかり聞こえていたようで、俺をからかいながら用意された席に向かうライカ。緊張などまるでないようでなによりだ。
任命式会場は国王と聖女が新人騎士達を見下ろす形になっていて、聖女が演出も兼ねて祈祷を披露した後に宣誓が行われる。団長を含めた幹部達はそれを横で眺める。
任命式が始まり、第十五代国王であるニコラス・ロンダーヴが新人騎士へ直々に言葉を授け、次に聖女の祈祷が始まる。省略された簡単な祈祷だが、マナが反応し光り輝き神秘的な光景が広がる。その光景に会場の新人騎士達は思わず声を漏らす。聖女の近辺を護衛する俺は割と見慣れた光景だが、いつ見ても美しさは変わらなかった。
「代表騎士宣誓! レクス・レクタリア、前へ!」
マナの輝きが残る中、レクスが呼ばれ前に出る。剣を胸の前に構え、臆することなくキレのある声で宣誓を始める。
「我らは剣、国と民とそれらを愛寵し守護する聖女に殉ずる尖鋭で牢乎な剣である! 一同、剣を掲げよ!」
レクスの宣誓に俺を含め会場にいた全騎士が剣を頭上に掲げる。心地の良い緊張感が張り詰める中、ライカがレクスに向かって祈祷杖を向ける。――――のだが何か様子がおかしい。
ライカは祈祷杖をレクスに向かって振りかざそうとしている途中で固まってしまっていた。表情はあまり良く見えないが驚いている様だ。聖女の様子に会場が少しざわつく。
「――っあ、す、すみません! それでは加護を与えます」
顔を赤くし慌てて祈祷杖を振るい加護を与えるライカ。レクスを含め騎士達は少々気が抜けてしまっていた。いや、レクスも少し様子がおかしいか?こちらも同様に驚いているようだ。
結局しまらない空気のまま宣誓が終わり任命式は終了した。各方面へひたすら頭を下げて回るライカ、国王も気にすることはないと笑っているから大丈夫だとは思うが、一体どうしたのだろうか?
俺はライカの様子が無性に気になるのであった。