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魔法、そして崩壊

 人にとって都合のいい奇跡なんて決して起こらない。

 それがこの世界の運命。

 それがこの世界の定め。


 ---------------------------------------


 日曜の暖かな日差しが心地いい、とある午後。

 それは突然だった。


「助けてくれ」

「こっちに来ないで」

「痛い。痛いよ」


 私たちの住む街が突然現れた獣によって蹂躙された。

 辺りは叫び声や助けを呼ぶ声で満ちている。

 人々は為す術なく、獣に牙や爪で傷つけられる。

 あれは獣だけど、獣じゃない。魔獣。動物が変異したもの。

 知っている。


 私は「魔法師」だから。



 私はまだ中学2年生のただの子供かもしれない。でも、見習いでも魔法師なんだ。だから、私があの人たちを助けないと。怖いけど、それでも私にしかできないことなら。


 右手の中指にはめた指輪に左手で触れる。これは魔法師の証。大丈夫。私なら。

 私は魔法師に助けてもらった。だから、今度は私がみんなを守るんだ。



 人々をかき分けながら力いっぱい走って、魔獣の前に飛び出した。

 そして目一杯声を張り上げた。


「みなさん逃げてください。私がこの獣を食い止めます」


 目の前には大きな熊型魔獣が1体。体長は3メートル程だろうか。


「そんな無茶な」

「何言ってるの、あなたこそ早く逃げなさい」


 近くにいた大人達がそんな言葉をかけてくる。それも仕方ない。私はどう見てもただの女の子にしか見えないのだから。でも、今は早く逃げて。


 目の前の魔獣は私を次の獲物としたようで、襲い掛かってくる。


「危ない!」


 そんな声が聞こえてくる。けど、大丈夫。


「シールド」


 右手を構え、トリガーワードを呟くと、魔獣と私を隔てる魔法の壁が生まれる。魔獣がシールドにぶつかり鈍い音を立てたけれど、この程度では壊れない。


 周りにいた人たちは唖然とした様子だったけれど、構っていられない。

 本当は攻撃魔法で仕留めたいところだけど、今使ったりしたら周りの人に被害が出る。それに、そもそも私の攻撃魔法で倒せるかもわからない。

 だから。


 シールドにぶつかって怯んだ魔獣の隙を見て次の魔法を発動させる。


「アースバインド」


 地面の煉瓦が盛り上がり、土がむき出しになる。そしてその土はツタのように魔獣の足に絡みついていく。異変に気付いた魔獣は拘束から抜け出そうとするが、もう遅い。土のツタは幾重にも魔獣の足に絡みつき、がっしりと固定する。


 魔獣が動けなくなったところで改めて周りに呼びかける。


「私がこの獣を食い止めます。皆さんは怪我人を連れて早く逃げてください」


 呼びかけに応じて、今度こそ残っていた人々が逃げ始める。


「君は一体?」


 そんな問いを投げかけられた。魔法師の存在は秘匿されている。だから私はこう答えた。


「私は人々を守るもの。ただ、それだけです」



 ------------------------------------------


「ご覧ください。街が獣に襲われており、人々は混乱状態にあります。負傷者が多く発生している模様です。只今入ってきた情報によりますと、10を超える市町村で同様の被害が発生しているようです。現地と中継がつながっています」

「こちら、A町X小学校避難所です。避難してきた方からお話を伺います。何が起こったのですか?」

「スーパーの買い物帰りに歩いていたら突然叫び声が聞こえてきたんです。そして振り向いたら、すぐ近くに大きな熊がいました。私もダメかなと思ったんですが、駆け付けてくれた女の子に助けられました」

「それはどのように?」

「目の前に立ち塞がった女の子が熊を食い止めたんです。熊との間に何かバリアのようなものがあった気がします。それで、私は助かったんです。あれは、まるで魔法みたいでした」

「現場からは以上です」

「ありがとうございました。このように魔法のようなものを目撃したという報告が多く寄せられております。SNSには実際にその光景が投稿もされており……」



 魔法局本部では、会議室で局長と幹部達が揃ってそのテレビ放送を見ていた。


「魔法の存在が公になってしまいましたね」

「もはや情報規制や情報操作も無意味でしょう」

「それならば、今為すべきは民間人の保護のみ」

「そうですね」


 本来魔法は秘匿されるべきものであり、今までの小規模の魔獣被害では隠蔽工作が上手くいっていた。しかし、ここまで大規模になるともはや隠蔽は不可能であった。


 魔獣は恐ろしい存在ではあるが、基本的には山の中からは出てこないはずであり、もし出てきたとしても少数だけのはずであった。このように大量の魔獣が一斉に街中に現れるのは異常事態である。


「職員から気になる投稿がネット上にあるとの情報が」

「見せてください」


 局長の答えに応じて、幹部の一人がモニターに映像を映す。

 動画投稿サイトに数分前に投稿されたその動画には、一人の初老の男が映っていた。


「私は緑川みどりかわ まもる。研究者だ」


 そこに映っていた男は、魔法研究の権威である緑川博士であった。

 彼はこう続けた。


「皆さんは今、東北地方を襲っている存在が何なのか。そして、その存在を食い止めている存在が何なのか気になっていることだろう。襲っている存在を魔獣、食い止めている存在を魔法師という。魔獣とは動物が魔法の元であるエーテルによって変化した存在、魔法師とは魔法を使う存在のことだ」

「この世界には魔法という存在が古くからあった。しかし、それは長い間秘匿されていた。しかし、私は魔法が広く世の中に広まるべきものであり、魔法師の価値を人々が認めるべきであると考えた」

「そのために私は魔獣を暴走させた。魔獣は魔法師でなければ倒すことも防ぐこともできない。君たちは魔法師の偉大さを知ることになるだろう」


 大体こんなことを動画内で彼は話していた。

 幹部達の中にどよめきが起こる。


「動画の削除は?」


 局長の問いに幹部が答える。


「既に元の動画は削除しましたが、ミラー動画が拡散されており、もはや抹消は不可能です」

「そうですか」


 そんな中においても局長は驚くほど冷静であった。


「彼がこんなことをするとは」


 局長は小さく呟いた。


 そして、すぐに彼女は指示を出した。


「魔法師の存在及び魔法局の存在を公表します。全国の魔法師を現地に派遣して、事態の鎮静化と民間人の救助を急ぎなさい」

「はっ」


 彼女の指示で幹部達は部屋を退出する。


 部屋に残った彼女はひとりごちる。


「これで世界は終わるわね。緑川くん」


 その呟きを聞くものは誰もいなかった。


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