迷子
「ちょ、ちょっと、待って。話を整理するから。」
「どぉぞぉ♪」
「まず、お前は……」
「ストォ〜プ!俺、お前じゃないのぉ!瞳っていう名前ついてるの〜。」
「……まず、瞳は、えぇっっと。女忍なんだっけ……?」
「うんっ」
「っありえない。」
「うんってアレ?何でありえないのぉ?」
目の前でニコニコとしている少女を、私はまじまじと見つめた。
身長は平均的な私よりも十センチ弱低いが、なんとなく同い年だろうという事は分かった。
黒に近い青の服を着ており、それよりも真っ黒な髪の毛が肩よりも短い位置で跳ねている。
寝癖なのか天辺の髪一房がピーンと立っているのがどうしようもなく気になる。
日に焼けた健康そうな頬に、よく見ないと分からない位の小さなほくろが左に一つ。
緩やかなカーブを描いている輪郭。大きくて黒目勝ちな奥二重の目に、影が出来るほど長いまつげ。特徴のない鼻、小さめの唇。
「オレ、そんなに見つめられると照れちゃうなぁ〜♪」
私はふとそこで、疑問を感じた。
………痛みを感じないのだろうか?
今の、私の時代…。少なくとも日本に生きている人類全てにおいて、『安全』の保障がついている。
小さな子供には小さな傷一つ無いし、大人でさえ皆瘡蓋や傷の無い綺麗な手足をしている。
そんなもんだから、良い年した大人が少しでも傷を作ると大体は泣くかパニック状態におちいる。
なのに……この少女、瞳は……。
うんと高い天井についている天窓から落ち、思い切り体を打ちつけたようだが痛そうな表情は一切見せなかった。
「あのぉ〜♪飛鳥ちゅわぁん♪」
「え?あ、なによっ。」
話しかけられるのを恐れていたかのように体が反応する。
「話し整理できたぁ?」
「えっ。っとそうだった。まずお前は、」
「ひ・と・みぃ」
「っ。瞳は女忍。信じてないけどっ。で、ある宝を探していて……。
リーダーに危険な旅になるだろうから、一緒に仲間を探そうと……。」
「そうそう。一緒にね。」
「しかし、方向音痴な瞳は………」
「うわ、失礼だなぁ。」
「女忍仲間と逸れてしまった。つまり、迷子。」
「うわぁ〜何コレ〜。フカフカっ♪」
「そんで………って瞳っ!勝手に人のベット乗ってんじゃねぇよっ!」
「……………ZZZZZZ」
「しかも寝るなよっ!」
「飛鳥嬢、何かございましたか……?」
背後の扉から声。人間ではない、ロボットの冷たい声。
「何もないっ!」
言った方が良いだろうか?一瞬そんな思いが胸をよぎる。しかし、考えてる間も無く、咄嗟に応えていた。
「はぁ………。」
大きな溜息。ドレスなのにも構わず、その場であぐらをかく。
「お前!じゃなかった。瞳!起きろっ!」
「ん〜。おじゃ〜ら〜♪」
微かに唇が歪む。噴出しそうになるのを堪え、怒鳴る。
「おじゃ〜ら〜♪っじゃねぇよっ!」
「はぁ…?ん。あ、そうそう!」
急に真剣な顔になると、瞳は飛鳥の目を捉える。
「飛鳥。おぬしを女忍メンバー、『呪われしき宝石頂戴グループ』に任命する。」
声色を年取った老人のように変え、瞳が話す。私はその事に呆気を取られ、内容は理解できなかった。
「って事でよろしゅぅ〜♪俺まだ眠いんだぁ〜♪」
やっと正常に脳が動き出した。………ん?え?は?
「?ん?私、女忍。メンバー……?任命?呪われた、宝石ぃ?はっ?嘘!」
やっと、やっとの事で理解した私は思わず叫ぶ。
「ぎょぇぇぇぇーーーーーーーーーー」
「ん?なぁに、起こさないでよぉ〜。」
「嫌。無理。断固拒否。」
「決定した事はぁ♪変えられないのぉ♪」
「決定許可なんてした覚えねぇっ!大体ね!瞳!よぉ〜く聞いて。」
「聞いてるって。」
「私は宝魚島のお嬢。生まれたときからお嬢様になるための教育を受けてきたっ。」
まくしたてる。相手に隙を与えてはならない。少しでも口調を緩めたら簡単に入り込まれる。
「それにねぇ、小さい頃から顔だって可愛い、頭も良い。
もう、完璧にお嬢様ねっ。といわれ続け育ってきた。
外の世界に関心を持つことなく、この、この狭い城の中で全てを学んで生きてきた。
瞳、分かった?私はこの城でこれからも生き続けるの。
そんな冗談もう、付き合ってらんない。早く家に帰って!
良い加減にしないと、家来よぶから。」
どうにか噛まずに言えた……。もう十分だろう。このおかしな少女、瞳は帰るはず。
変な冗談はこれで終わり。ただでさえ疲れている体に更に疲労が溜まる。
「家来ぃ?呼べばぁ?」
……何を言っているんだろう?
瞳は、自分が発した言葉の意味を分かって言っているのだろうか?
「家来の百匹や二百匹、どぉってことないさぁ♪」
異常な頭痛がする。
「だってさぁ♪楽勝だもん♪自信あるしぃ♪」
ニヤリと笑う瞳を見て、私は背筋に寒気がした。
きっと風邪を引いたから…なんて単純な理由ではないだろう。
『異常事態発生。ただちに対応せよ。異常事態……』
耳に鳴り響くブザー。私は自分で無意識に押していた事に気づいた。右手の人差し指が、微かに震えている。
「あちゃぁ〜。本当に呼んだのかよぉ。ま、いっか。」
「………。」
「いくよぉ〜いっせいのぉ」
「?」
「せぇっ!」
「飛鳥嬢様っ!」
扉から現れた大量の家来とロボット。
それらをかけ離すように瞳は私を軽々と抱え、頑丈な窓を突き破り、外に飛び出した。
私は、こんな有り得なさすぎる出来事に対応できるような体じゃなかった。
全体重を瞳に預け、初めて失神を体験する事となった。