過去
「えっとですね。一言でまとめるとリーダーに惹かれたんです。」
無表情な夜人。
真剣な流司。
「詳しくいいますとね、普通よりも少し‥‥いや、何倍もの貧乏な家庭に生まれ、母親しか生存していなかった環境の中に俺はいたんです。
んで、十歳の時。急に母親がいなくなってしまって。
居場所を失った俺は、どこか知らない森の中にいつの間にかいたんです。
そこで出会ったのがリーダーなんです。
まず正直、見た目に惹かれ、襲われそうになった俺を助けてくれた勇気に惹かれ…。
一生ついていこうって思ったんです。
同行を許可してもらうのはすごく大変だったけど…。
っなんとかここまで来たって感じです。」
この話は、どう聞いたって軽々しく言える事情ではないだろう思った。
軽々しく聞けるような事情でもない。
十歳というすごく若い年で居場所をなくし、森で彷徨った時はどんな心情だったか。
それに、襲われたって…。え?
「ちょっと、襲われたって…、誰に?」
「なんか俺、その年では、しょっちゅう女の子に間違えられて。
確かに髪の毛は伸ばしたままでしたから。
ん〜、腰よりも長かったと思います。顔はどうだったか知りませんけどね。」
きっと可愛いかったよ、うん。
「…それで?」
「それでですね、なんか飢えてたっぽい男が二人いて。
目は虚ろで、今でもはっきりと思い出せますね。
そいつらに、急に、後ろから抱きつかれて…。」
一気に話したのが疲れたのか、呼吸を一度整える流司。
その間に夜人がぼそっと補足をする。
「真面目に、やばい奴等だった。
このままじゃあのチビ玩具扱いされると思ったんだよ。
てか、本当に流司、可愛いかったんだよなあ。俺も最初女かと思ったぜ?
最初は無視しようかと思ったけど、そこまで冷酷人間じゃねぇから助けてやった。」
「そう、だったんだ。」
過去の事だから、と切り捨てているのだろうか。
流司は最後まで表所を崩さなかった。
聞いているこっちが涙しそうな事情だった。
―――その時、私は何をしていただろう?
いつものように規則正しい生活を送っていた。
あまりにも次元が違いすぎる。
同じ地球上、同じ国内で生きていて、何故こんなにも違うのか。
何故、こんなにも与えられた試練が違いすぎるのか。
小さい頃、神等いないと教わった。
表面上分かりましたと頷いていたが、実はいると思ってた。
冷酷な存在。人の命なんてゲームの駒以下としか思っておらず、気分屋で。
何でも執着を持たない。
やろうと思えば何人もの人間を有頂天にも出来るし、更に地獄に落とす事ができる。
恐ろしく、この世の中で一番厄介な存在。
それが神だと幼い頃から思っていた。今もその考えを持ち続けている。
「ちょ、沙理さん、また、」
慌てたような流司の声。
見ると、沙理の目が妙に光っている。と思いきや透明な雫が、少し高潮している沙理の頬を伝う。
沈みかけた陽に反射して、このうえなく綺麗に輝く。
こんなに美しい涙を私は今まで見た事がなかった。
こんなに美しい雫を流している人を、私は今まで見た事なかった。
「え。あ、すいませんっ」
「そんなに感動します?」
いや、感動とは違うだろと声に出して突っ込めるほど、私は大物ではない。
「二回も、こんな、見苦しい姿。すいません、」
本当に申し訳なさそうに、肩を縮めて誤る沙理。
「俺の為なんかに泣いても良い事ないよ?」
「いえ、あの、本当、」
二人は自覚がないだろうけど、この甘い空気。
やっぱり入ってこない方が良かったのかもしれない。
「行くか、飛鳥。」
「‥‥うん。」
呼び捨てにされているのにも気付かず、そっとその場を離れる私と夜人。
あとがどうなるかなんて最後まで見たいとも思わない。
何を見せ付けられるか分かったものじゃないもんね。
しかも‥‥二人とも自覚無しなのが更に見ていられない。
「お、ただいまっ」
食事が運ばれる場所へと足を運ぶと、先着がいた。タオルで滴る汗を拭っている。
「おかえり。」
「どうも。」
「どうもって、変じゃね?あ、てか俺瞳ね。よろしく。」
「俺、夜人っす。」
「飛鳥はまだ渡さなんぜよ〜。まだあげないぞよ〜。」
「げっ、ばれた?」
「ふっふっふっ、お前みたいな美貌にはもったいない!」
「それは、おっ」
付いていけない会話に目粉るしさを感じ、妨害する。
このまま意味の分からないことを目の前で話されても困る。
「ちょっと、まった。ストップ。大体何が渡すだよ。
しかも何?もったいないの使い方違うしっ。」
「仕方ない〜、しょうがない〜、はい、御一緒にっ」
「仕方ない〜、しょ」
「うっさい!」
再び異世界に行こうとする二人を引き止める。
瞳ワールドに巻き込まれそうになった夜人は、はっと口元を押さえる。
「何にが、仕方ない〜、しょうがない〜、だよ。馬鹿…。」
「本当は一緒にやりたかったの?なんだ、先に言ってくれればよ」
軽く爪先で相手を小突く。
避けるのも造作ないだろうに、瞳はわざとらしく仰け反った。
――聞いてみても良いだろうか?
「ねぇ瞳‥‥?」
「ぁいよ?なんですかぃいい?」
口調程ふざけていない顔。むしろ真剣にこちらを伺っている。
「瞳はさ、どうして忍者に‥‥「飯。出来た。」
単語を組み合わせた言葉。とても低音で、なぜか落ち着く海実の声。
一瞬気になった事を、声に出さず押し込む。
だって。
‥‥だって。
「瞳はさ、どうして忍者になったの?」
なんて。
まだ聞くべきじゃない。
瞳は、きっと言いたい事が分かったはず。
だから。
だから。
あんなにも顔を曇らせたんだ。
だから。
あんな顔をしたんだ。