戦い〔1〕
「あ、やべっ、敵か?」
咄嗟の事に驚いて固まった私に対し、瞳は音も無く木から飛び降りると私の手を引いた。
「行くよっ」
「え?あ、うん。」
完璧に戸惑っている私。手を引かれるがままに走る。
「あ、ちょ、ストップ。」
息が切れそうになった頃、急に止まれと命じられる。
言われるがままに止まると、そこは先程洗い物をした、すぐ傍の場所だった。
「敵は七人。楓はもう戦ってるな。お、あと五人ってとこか?」
目を凝らすと、楓が鞭で一人の男をふっ飛ばしているところだった。
飛び道具も同時にこなしているのか、派手な金属音が耳に障る。
「ふぅ〜ん。楽勝ってとこか?飛鳥、いける?」
「え?は?敵と戦えって事?」
「大丈夫。俺が援助するし。」
「…分かった。」
不思議と高鳴っていた心臓は、冷静になっていた。
それどころか早く武器を試せるという感覚から、恐さは全く無かった。…私、狂人?
「いけっ。」
背中を思いがけない力で押される。
もうやけくそ状態で敵に向かっていく。
今日調整してもらったばかりの球を手に握ると、不覚にも笑みが浮かんでくる。
「ちっ、まだいたかっ。」
敵は男。すでに二人は意識がないようだ。
一人の若い男が私に気づき、舌打ちをする。
「お前、そんなボールで俺に勝てると思う?」
「あんたには勿体無いかもねっ」
挑発されたのが悔しくもあり、力任せに球を投げる。
球は狙い通りに飛んでいき、相手の右耳に命中する。
まさか本当に攻撃されるとは思ってなかったらしく、完全に戸惑っている。
「いてっ。くそっ!舐めんなっ。」
「負け犬は黙っとけ。」
今ので完璧にキレたのか、本気で向かってきた男。
目で確認できない素早い動きで飛び道具を投げられ、固まってしまう。
――――やばい。
「うぐっ。」
刺されたらどれほど痛いかを考えていた私の目は、目の前で倒れていく男を捉えた。
誰が倒したか‥‥。そんなのは分かりきっている。
「瞳、ナイス、援助。」
「お、今のでやる気出たぜ。」
「瞳っ!ちょ!こっち頼む。」
声がした方を見ると、残っている四人の全てが沙理を囲んでいる。
海実と楓は、攻撃したら沙理を容赦なく殺すといわれ、舌打ちと睨みをしたまま、武器を地面に置く。
「おい、そこのガキ。お前も武器を捨てろ。」
「は?俺?」
「他に誰がいるのか。おぉ〜っと、その隣にいる嬢ちゃんも武器、置いてもらおうか。」
なんで俺はガキで、飛鳥はお嬢様なんだよ…。
瞳のつぶやき。頬を膨らまして、飛び道具を地面に投げつけている。
私も、捨てなくちゃ。じゃなければ、沙理が…。
「早くっ、俺は気が短いんだぜ?この女、殺すぞ?」
「この卑怯者。」
楓のアルト声。そんなの、卑怯だ。最低な事をすんじゃねぇよ…。
声にならない憎しみまでもがこちらに伝わってくる。
「本当だし。全く、落ちぶれたおっさん達だね。」
唇を尖らせた瞳の文句。
その後、小さな声でついでに俺はガキじゃないと付け加えようとするのが分かる。
しかし、それは言葉として口から出ることはなかった。
「無駄な話はやめろ。とりあえず、そっちの二人」
私と瞳を指差す。
「こちらに来い。抵抗したらこの女、殺す。」
ほんと、うっさい野郎だ…。瞳のわざとらしい溜息と共にでる愚痴。
しかし、何故か余裕な、感情が浮かんでいない笑みを浮かべながら、瞳が前方を歩く。
私はその後をついていくしかない。
……どうする?
武器の球は地面。とりにいって攻撃するには距離がありすぎる。
良い方法が思い浮かばず、唇をかみ締める。
何もできない。
無力だ。
嫌になるほど無力だ。
こんな卑怯な手をとられ、そいつらに逆らえもしない…。
己の弱さを突きつけられた気がする。
こんなにも抵抗できないとは、思ってもみなかった。
楓と海実と、四人組の男のいる場所までむかうと、そこで立っていろと命じられる。
そのまま無言の時間がすぎ、いつの間にか倒れたはずの男が二人、仲間に支えられてきた。
その内の一人は先程私と罵声を浴びせ合い、瞳の一発殴りで地面に叩きつけられた男だった。
「生意気な奴等め‥‥。後でやばいことになるぜ?」
もう一人、気を失っていない方の男が顔を歪ませながらこちらを睨む。
「いや、お前の顔の方がやばいぜ?」
げらげらと瞳が笑う。同感だったので内心頷く。
馬鹿にされたと感じた男は、怒りを露にし、なぜか私を殴ろうと右手で大きく振り被る。
私は無意識に地面に転がると、大きなサイズの石を顔面めがけて投げつける。
「げほっ」
――見事命中!
「ナイスっ!」
男が再び地面に倒れるのと、楓が素早く武器を拾い上げたのは全く同時だった。
それがまるで合図かのように海実と瞳が音も無く動く。
数分後。目の前に広がっていたのは男の体と血痕。そして、呼吸を整えた私達五人だった。