二章 夕闇怪談
「はーい。じゃあ、トップバッターは言いだしっぺのあ、た、し、竹宮桃花がお話しまーす。あまりの怖さにおしっこちびっちゃうかもよ。これ、西中に通っていたときに部の先輩から聞いた話なんだけど……」
一話目 青い目の眠り姫
幼いころから絵を描くのが好きだった永子は、中学に入学するのと同時に美術部に入部した。
ある日の放課後。
永子は一人で美術室に残り、寄贈されたばかりの絵画を眺めていた。
それは、一人の美女を描いた一枚の油絵だった。
なんでも無名の画家が描いたものらしいが、とてもそうは思えないほどすばらしい出来栄えだった。
絵画の美女は本当に美しく、まるで生きているかのようになまなましく、写実的だ。
ほっそりとした肢体をまとっているのは、深海を思わせるほどに青いドレス。シンプルなデザインが、ゆえに品のよさを感じさせる。
扇状に広がった、細く、長い、白銀の髪。
透けるように白い、磁器の肌。
弧を描いた、赤い唇。
なにもかもひとめを引くにはじゅうぶんすぎる要素だが、しかしいちばん印象的なのはその瞳だった。
濃く長い銀色のまつげに縁どられた切れ長の瞳は、ゾッとするくらい深い、青。
ほぉ……と、永子はため息をついた。
本当に、吸いこまれそうに深い、青い瞳。
永子は絵画の美女に魅入られていた。
だから彼女は気づかなかったのだ。
何者かが美術室のドアを開け、自分に近づいてきていることに――。
ぽん、と、肩をたたかれた。
「きゃあっ」
永子は悲鳴をあげて飛びあがった。
びっくりした顔でふり返ると、背後には同じくらい驚いた顔をしたクラスメイトが立っていた。
「なんて声出すのよ。待ち合わせ場所になかなかこないから迎えにきただけなのに」
「ごっめーん」
永子は両手を合わせて頭をさげた。
「寄贈されたばかりの絵画を見ていたら、ついつい見惚れちゃってさ」
「それってこの絵?」
クラスメイトは永子のとなりに立つと、絵画をまじまじと眺めた。
「ほんとだ。きれいなお姫さま。眠り姫ね」
「は?」永子は目と口をまんまるくさせた。
「こんなにもぱっちりと青い目を開けているのに、なんで眠り姫なの?」
今度はクラスメイトが目と口を丸くさせる番だった。
彼女は永子へと視線を向けると、
「これのどこが目を開けているの?」
永子はクラスメイトから絵画へと視線を移した。
途端。
全身の血が一瞬で凍りついた。
絵画の美女は、まるで眠っているかのように、あるいは死んでいるかのように、まぶたを閉じていたからだ。
「ねえ永子」
クラスメイトは怪訝げに訊いた。
「目を閉じているのに、なんでこの人の目が青いってわかるの?」
「それでね、この話にはつづきがあって、絵画の美女のおめめを見てしまった女子生徒はその三日後、変死体となって発見されたんですって。なんでも、全身の血を抜きとられていたらしくて、まるでミイラみたいに干からびた姿で美術室で倒れていたそうよ」
一話目 終了
「つぎは僕、栗森日向がお話するね。これは図書委員から聞いた話なんだけれど……」
二話目 黒い本
学校の近くにある古本屋。
道に面したガラス戸の前に段ボール箱が置いてあり、その中に、ほこりをかぶった本が山のように積まれていた。
いつものように古本屋の前を通りかかった良夫は、山積みにされた本の真上に置かれた一冊の書物に視線を止めた。
それは黒一色で装丁された本だった。
手にとると、ずしりと重く、息を吹きかけほこりを払うと、赤インクで書かれたタイトルが姿をあらわした。
何語だろうか。見たこともない文字だ。英語でないのだけはたしかだな。そう思いながら良夫はぱらりとページをめくった。
目に飛びこんできたのはやはり、見たこともない異国の文字。
そして、大きく描かれた、奇怪な紋様。
魔方陣だ。つまりこれは魔術書というやつだ。だったら得体の知れない文字で書かれていてもおかしくはない。
ごく普通の男子高生である良夫には魔術書などなんの用もないシロモノだ。だが――。
良夫は従兄弟の育夫のことを思い出した。
育夫ならこの本を欲しがるかもしれない。この文字も読めるかもしれない。ごく普通の公立校に通う良夫と違い、育夫はマギアマグスに通う魔術師の卵なのだから。
段ボール箱には大きく一冊百円と書かれている。百円くらいなら、たとえ育夫にいらないと言われても損はしないだろう。
黒い本を手に、良夫はガラス戸を開けた。
その日の深夜。
ぐっすりと眠っていた良夫は、奇怪な音に起こされた。
ぎぃっ、
ぎぃっ、
ぎぃっ、
という、実に耳ざわりな音が室内に響いている。
良夫は起きあがると、窓のほうを向いた。
誰かが窓をひっかいている。
さては近所の悪ガキどものしわざだな。
……いや、そんなはずはない。
なぜならこの部屋は、マンションの九階にあるのだから。
すずめやカラスのひっかき音にしてはでかすぎるし……。
良夫は意をけっすると、いきおいよくカーテンを引いた。
直後。
良夫の視界に飛びこんできたのは、子牛ほどもある怪鳥だった。
しかもその怪鳥は、人間の女の顔をしていた。
ヒスを起こした女そのものの顔で窓をひっかきつづける化け鳥。
それを目にした瞬間、良夫は意識を手放した。
「これはハーピーの爪痕だね」
窓についた無数のひっかき傷を調べながら育夫は言った。
「ハーピー?」
「うん。神話に出てくる、女の顔と鳥の姿をした魔物の名前だよ。けっこう有名な魔物だと思うんだけど、良夫くん知らないの?」
「知らん」良夫は即答した。
「で? その神話の魔物がなんで真夜中に俺の部屋をおとずれたんだ? 遊びにきたのか?」
「まさか。この本に引き寄せられたんだよ」
育夫は、勉強机の上に置いてある黒い書物を持ちあげた。
「あ、その本、昨日、古本屋で買ったやつだ。お前にプレゼントしようと思ってさ」
「ありがと」育夫は顔をほころばせた。
「僕のために、こんな貴重な書物を購入してくれて」
「貴重な書物? ただの百円の古本だぞ」
「なに言ってんだよ。これ、本物の黒魔術の書だよ」
「黒魔術の書……ってたしか、悪魔を呼び出す方法が書かれている本だよな」
「そうだよ。しかもこの本にはかなり強力な魔方陣が描かれているみたいだね」
「なんでそんなことがわかるんだ? まだ本をひらいてもいないのに」
「中を見なくてもわかるさ。書物から、下級の魔物くらいなら引き寄せて消し去ってしまうほどの魔力が漏れているんだから」
「育夫が死んだ?」
学校から帰ってきた良夫を待っていたのは、従兄弟・育夫の死の報せだった。
「そうなのよ。なんでも、真夜中に学校の裏山で魔術の実験をおこなっているさいちゅう、精霊たちが暴走して、育夫くんをズタズタに引き裂いてしまったそうよ。魔術師になるのも命がけなのね」
「もちろん、育夫くんを殺したのは精霊じゃない。書物に引き寄せられた悪魔さ。これは僕の憶測だけど、育夫くんは書物を利用して、悪魔を召喚し、使役しようとしたんじゃないかな。でも、力およばず、悪魔に殺されてしまった。と、僕は思っているんだ。あ、その黒魔術の書だけど、いまは学園の図書室の地下に保管されているよ。もう二度と哀れな被害者を出さないように、ほかの呪われた書物たちとともに、幾重にもはられた結界の中で眠っているよ」
二話目 終了
「それでは三話目はわたし、梅田小梅がお話するわね。これは数ある西中怪談の一つなんだけど……」
三話目 鏡の中の……
「鏡は異世界への入り口」
「なによそれ」
「鏡に関する神話よ。古来より鏡はわたしたちの世界と異世界とをつなぐ魔法の道具と言われていたそうよ」
「ふーん。はじめて聞いた。それで?」
「それでね。うちの学校にも異世界に通じている魔法の鏡があるそうなのよ」
「うちの学校に? ほんと?」
「うん。ほんと。なんでも、二階から三階へと通じている階段の踊り場に設置してある鏡がそうらしいよ」
「そんなのはじめて聞いた」
「そう? けっこう有名な怪談だと思うけど」
「それで? どうすれば異世界に行けるの?」
「んーとたしか、深夜零時に鏡の前に立つだけで行けるらしいよ。簡単でしょ」
「深夜零時に鏡の前に立つこと自体、簡単じゃないよ。そんなのためした人いるの?」
「いるよ。昔、一人の女子生徒が遅くなるまで学校に残っていたんだって。なんでも文化祭の準備に追われて下校時間が過ぎているのにも気づかなかったんだって。でも、さすがに零時近くになるとヤバイと思いはじめ、急いで帰るしたくをしたんだって。それでその子、三年生だったんで、さっき言った鏡の前を通ったんだって。ちょうど零時ぴったりにね。そしたらその子、鏡の前で足を止めたのよ。……視線を感じたから。あたりにはもちろん、誰もいない。それなのに刺すような視線を感じる。その子は立ち止まったまま、あたりを見まわした。そして気がついた。視線は鏡から発せられていることに。その子は鏡を見た。鏡にはもちろん、自分が映っている。けどおかしい。いま自分の顔は恐怖に引きつっているはず。それなのになぜ、鏡の中のわたしは笑っているのだろう? その子は石になったように硬直した。そんな彼女を鏡の中の彼女はあざ笑う。そして――。
鏡の中の女子生徒は腕を伸ばした。鏡が水面のように歪む。二本の腕が鏡を通過し、女子生徒の腕をつかんだ。鏡の中の自分に捕らわれた女子生徒の悲鳴が深夜の校内に響き渡る。その後、その女子生徒を見た人はいないそうよ」
「その話、おかしくない? 深夜の学校で、誰がその怪異を目撃したのよ。その女の子も行方不明になったんでしょ」
「そうね。でも、この出来事は本当にあったことなのよ。この学校に、異世界へとつづく魔法の鏡があるのも事実なのよ」
「なんでそんなことがわかるの?」
「それは……そうね。ためしてみればわかることよ」
「さすがにこんな時間に家を抜け出すのは大変だったわ」
「家の人には見つからなかったでしょうね」
「もちろんよ。ていうか、見つかっていたらいまここにはいないでしょうが。それにしても、夜の学校ってはじめてだけど、ほんと、不気味ね。一人だったら絶対に来れなかったわ」
「そう? わたしは来れたけど」
「え? あんた、一人で夜の学校に来たことあるの?」
「あるわよ。鏡のうわさをたしかめるためにね」
「え? え? じゃあ、今夜ためさなくても、鏡のうわさが嘘だって知ってるってこと?」
「嘘……って、なんで決めつけるのよ」
「だって、あんた生きてるじゃん。鏡のうわさが本当だったら、いまごろあんた、鏡の中の自分につかまって、異世界に拉致されているはずでしょう」
「あ、ごめんなさい。あのうわさ、半分は本当だけど、半分は嘘なのよ」
「うそ?」
「うん。昼間話した女子生徒の行方不明事件は実際にあったことなんだけど、でも、この鏡が異世界に通じているというのは嘘なのよ。本当はね、この鏡には悪魔が住んでいるの」
「悪魔?」
「そう。この鏡の中には悪魔が住んでいて、その悪魔は深夜零時にのみあらわれて、鏡の前に立った人物を鏡の中に引きずりこんで食べてしまうんですって」
「いやいやいや。その話もおかしいわよ。だったらなんであんたは食べられていないのよ」
「それはね、鏡の中の悪魔と契約を交わしたからなの。わたしにとって邪魔な人間を深夜零時に鏡の前につれてくるから、そいつを食べて、てね」
「邪魔な人間……て、まさか……」
「今度の演劇コンクール、先生はあんたのほうがヒロインにふさわしいって言ったけど、そんなの間違いよ。絶対にわたしのほうが舞台映えするはずよ」
「な、なに言ってんのよ。やだっ、ちょっと、手を離してよ!」
「あんたさえいなければ、わたしがヒロインに選ばれるのよ!」
「うそっ、なんで鏡の中から手が出てくるの? やだっ、引きずりこまないで! 誰か助けてーーーーっ!」
三話目 終了
「みんな、けっこう怖い話を知っているのね。あたしも負けてられないな。これは、学園の宝物庫に封印されている指輪にまつわる話なんだけど……」
四話目 呪いの指輪
「となりのクラスの安奈さん、亡くなったんですって」
「うそ」
「ほんと。なんでも、学校の帰りに通り魔に刺されたそうよ。ひとけのない場所で襲われたらしくて、いまだに犯人は捕まっていないんですって」
「かわいそう……でも、ちょっといい気味よね」
「あんたなに言ってんのよ!」
「あら、あんたもほんとはそう思ってるんでしょ。だってあの子、大病院の院長の娘だかなんだか知らないけど、いっつも学校に高価なものを持ってきていたじゃない」
「そ、それは……そうだけど……」
「財布も腕時計もハンカチにいたるまで身につけている品はすべてブランドでさ。しかもあの子、ちかごろは超高価な指輪をはめて学校に来ていたじゃない。アクセサリー類のたぐいは持ってくるの禁止されているのに」
「ああ、あの指輪ね。あたしも見せてもらったことがあるわ。あれ、間違いなく本物のダイヤよね。目がくらむって、あーゆー宝石のことを言うのね。うちのお母さんが持っている結婚指輪がちゃっちな偽者に見えたわ。同じダイヤなのにね」
「あのね、サラリーマンの給料三ヶ月分と、プールつきの豪邸が買える指輪が同じなわけないでしょうが」
「うわっ、あの指輪、そんなに高価なの!? そりゃ犯人も盗んでいくわけだ。いやひょっとしたら、無差別じゃなく、指輪ほしさに安奈さんは殺されたのかもね」
「え? なに? あの指輪、盗まれたの?」
「そうらしいよ」
「じゃあやっぱり指輪目当ての犯行か。自業自得とはいえかわいそうね」
「あら、あたしは、犯人のほうに同情しちゃうな」
「は? なんで犯人に?」
「だってあの指輪、呪われてるんですもの」
「呪われてる!?」
「うん。安奈さんから聞いたのよ。あの指輪の前の持ち主は大財閥のご令嬢だったんですって。ところがそのご令嬢、誕生日パーティの夜、カクテルの飲みすぎで火照った身体を冷まそうと庭に向かう途中、階段を踏み外して首の骨を折って死んじゃったんですって」
「まあ。でもそれって、ただの不幸な事故でしょ?」
「そうね。でも、さらにその前の持ち主である財閥夫人は、破産の末の一家心中」
「それもよくある不幸だと思うけど」
「さらにその前の持ち主である銀行家は交通事故死」
「それもよくある不幸ね」
「さらにその前の持ち主である貴族は家督を狙う親族に毒殺され、さらにその前の持ち主である王族の愛妾はクーデターに巻きこまれ処刑」
「…………」
「さらにその前の持ち主である商人は盗賊に殺され、さらにその前の持ち主である僧侶は戦に巻きこまれ焼死」
「うわっ、悲惨」
「そして安奈さんも悲惨な最期を遂げた。呪われた指輪のせいで……」
「だったらつぎは……」
「指輪を盗んだ犯人の番ね」
「どんな悲惨な運命が待っているのかしら? やっぱ、殺人罪で死刑?」
「それはそのまんまでしょうが」
放課後の教室に、女子生徒二人の笑い声がこだまする。
「知り合いが殺されたというのに、なんて不謹慎な女の子たち! でも、彼女たちの言葉は数日後、現実のものとなってしまったわ。殺害された安奈さんのクラスメイトの女の子が、自室で首を吊って死んでいるのが発見されたのよ。ええ、正真正銘自殺よ。女子生徒は数日前からノイローゼ状態で、学校にも行かずにずっと部屋にひきこもっていて、心配したご両親が娘の部屋をのぞくと、女子生徒は首を吊って死んでおり、彼女の指には、燦然ときらめく大粒のダイヤの指輪がはめられていたそうよ。そう、安奈さんを殺し、指輪を盗んだのは、自殺したクラスメイトだったというわけ。え? なんで彼女は自殺したのかって? それはやっぱり、罪悪感でしょうね。ダイヤに目がくらんで安奈さんを殺害したものの、罪の意識と警察の靴音におびえ、夜も眠れず外にも出れず、そして最後は首をくくってジ・エンド。たしかに、自業自得とはいえ悲惨な最期ね。で、そのすべての元凶たる指輪は冒頭でも述べたように、いまは学園の宝物庫におさめられているわ。幾重にもはられた結界の中で、ほかの呪われた宝飾品たちとともに、まるでこの世の穢れなど知らないかのようにきらめきながら、静かに眠っているわ」
四話目 終了
「……つぎは俺の番か。これは実際に俺が体験した話なのだが……」
五話目 放課後の教室で
あの日、掃除当番だった俺は、もう一人の掃除当番であるA・Rとともに教室に残り、ホウキで床を掃いたり、雑巾で窓を拭いたりしていた。
太陽はすでにかたむき、血のように赤い夕陽が窓から射しこんでいたのを覚えている。
今日の授業の復習と明日の授業の予習をしたいので、早く掃除を終わらせて帰ろう。そう思いながら窓を拭いていると、ホウキで床を掃いていたA・Rが俺にいちゃもんをつけてきた。ま、いつものことだがな。
あいつの言いがかりを無視できるほど俺も大人ではなく、俺はぞうきんを投げ捨てると、あいつの挑発に乗った。
向かい合い、仇のごとくねめつけ合い、そろって呪文の詠唱に入る。
爆ぜる二つの言霊が、周囲の空気をはりつめたものへと変える。
だが、無念。
先に詠唱を終えたのはA・Rのほうだった。
A・Rの足もとに炎の蛇が生まれ、すさまじい速さで俺に向かってきた。
間一髪。俺は炎の蛇をよけた。が、
俺の背後には、教壇が置いてあったんだ。
教壇は、炎の蛇の直撃を受け、燃えあがり、またたく間に木炭と化してしまった。
「お前、教室であんな凶悪な攻撃魔法を放っていいと思っているのか?」
「ばかやろう! お前がよけなければよかったんだろうが!」
炭と化した教壇の前で、俺とA・Rが不毛な争いをくり広げていると、扉のほうからものすさまじい殺気を感じた。
それはまさに、命の危機を感じるほどの殺気だった。
俺とA・Rは同時に扉のほうを向いた。
扉の前に立っていたのは、
黄金の長髪を炎のようにゆらめかせ、
黄金の双眸に憤怒の色をたぎらせた、
我らが敬愛する担当教官、黄龍雷矢教官その人だった。
教官の手のひらには黄金色した雷球が、バチッ、バチッ、と、放電しながら浮かんでいた……。
「ん? それのどこが怖い話なのかって? なにを言っている。俺もA・Rも、あのときほど命の危機を感じたことはなかったぞ。事実、あのあと教室は半壊してしまったのだからな。あのときのことを思い出すと……いまでも恐怖に身が震える」
五話目 終了
「最後は幹事であるわたしが締めくくるわね。
かつて西中に一人の女子生徒が在籍していたの。仮にK・Kと呼びましょうか。K・Kは生まれつき内向的な性格だったんだけど、両親の不仲がさらに拍車をかけ、おどおどとした、いつも人の顔色をうかがっているような、そんな陰気な女の子に成長してしまったのよ。そんな子は得てしてイジメの対象にされてしまうもので、K・Kも例に漏れず、クラスの女子たちからひどいイジメを受けていたの。とくにひどいイジメをおこなっていたのは三人の女子生徒だったわ。顔もかわいく頭もいいはずなのに、やっていいことと悪いことの区別もつかなかったのかしらね。毎日、毎日、陰湿きわまりないイジメを受けつづけたK・Kは、親にも教師にも相談することはできず、日に日にノイローゼになっていったの。ねえ、そんな子は、なにに救いをもとめると思う? わからないかしら。弱者が強者に勝つための最後の手段。それは黒魔術よ。そう。K・Kは、悪魔に救いをもとめたのよ。弱者が強者に勝つには、たとえこの世のことわりに反したモノにであろうと、すがるしかないのだから。
K・Kは、悪魔に魂を売り渡し、魔女になって、自分をイジメ抜いた三人に復讐することに決めたのよ。
……それでどうしたのかって? さあ? まだわからないわ。だって、K・Kの復讐劇は、まだはじまったばかりなんですもの……ふふふ」
六話目 終了
怪談話が終わるころ、空はすでに茜色から藍色へと移り変わっていた。
夕食時の喧騒に包まれた住宅街を歩きながら、朔夜以外の五人が互いの怪談話の感想をのべあっていると、そういえば、と、桜子が思い出したかのようにつぶやいた。
「そういえば知ってます? 半年前西中で、女子生徒が屋上から飛び降りて死んだんですよ」
瞬間。
桃花と小梅の表情が静止した。
「知ってる。ニュースで見たよ」
日向がつぶやきに応じた。
「たしか両親の離婚でノイローゼ状態だったんだよね、その女子生徒」
「ええ。表向きは、ね」
『表向き?』日向と夕華の声がハモル。
「たしかに彼女は両親の離婚に心を痛めていました。でも、違う。自殺の原因は親じゃない。彼女を死にまで追いやったのは」
「着いたぞ。あれだろ。西中は」
桜子の話を朔夜の声がさえぎった。
五人は足を止めると、前方を向いた。
藍に黒をまぶしたような空を背景に、コの字型した四階建ての校舎はそびえ立っていた。
「まだ中に人がいるみたいだね」日向が校舎を見あげながら言うと、
「そりゃそうでしょ。部活中の生徒や教師陣は残ってるんだから」夕華は桜子のほうを向き、「桜子さん、どうする?」
「大丈夫です。時間をつぶす場所はちゃんと用意してありますから」
「そういえば、桜子の家はこの近くだったわね」
小梅が思い出したように言うと、桜子はにっこりとほほ笑んだ。
「母がケーキを用意して待っているはずなので、みなさん来てください」