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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第一章 再会
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望まぬ再会

 空の色は目まぐるしく変わる。朝、昼、夕、夜。晴れの日でも四回変わる。

 好きなのは、朝と昼だった。出会いの時間だから。

 反対に、嫌いなのは夕方と夜だった。別れる時間だから。

 嫌いな時間になると、いつも泣きそうになる。でも先に泣くのはあの子の方だったから、ずっと自分は涙を隠していた。

 でも、もう隠す必要はなくなった。気丈に振る舞う意味も、お姉さんぶる必要もない。

 だから小さく泣きながら、夕日に照らされる黄昏の世界を、少女は歩いていた。帰り道は身体に染みついている。同じ道だと言うのに、行きと帰りでは感情が違う。

 なぜだろうと少女は思う。きっとあの子と別れるからだ、と少女は結論付ける。

 複雑な心境のまま銀髪の少女は家へと帰り、涙を拭いて、ただいまと告げた。


「ただいま。お別れしてきたよ……お父さん? お母さん?」


 奇妙だった。人の気配はするのに、返事がない。両親がいないはずはなかった。今日はとても大切な日だから、早めにお別れをして帰ってくるのよ。母親は何度もそう少女に言い聞かせていたし、父親も出かける前に荷物をまとめておきなさいと再三少女に言っていた。

 なのに、声は聞こえない。なぜだか寒気がして、少女は傘立てから傘を取った。不格好だが、武器となる。――特に少女が手に持てば。


「最終ターゲットを確認……。まだ子どもです」

「子ども? 関係ない。目的は全ターゲットの抹殺だ。始末しろ」


 知らない男の声がリビングから聞こえる。少女の中に嫌な予感が溢れ出た。そのまま逃げるという選択肢もあったかもしれない。しかし、少女はリビングに入ることを選択した。父親と母親が心配だった。いないということは有り得ない。不在ならば、自分たち特有の連絡方法で通告してきたはずだからだ。

 それがないということは、家にいるはずなのだ。家族を残して、自分だけは逃げられない。

 子どもゆえの無知と危機感のなさで少女はリビングの扉を開けた。そして、それを目の当たりにすることとなる。


「あ、あ……」


 大量の血で染まったカーペット。その横で斃れる父親と、


「やだ……なんで……」


 血塗れで、ソファーに眠るように寄り掛かる母親を。


「何でッ!!」


 慌てて両親の元へ駆けこもうとする。だが、行く手を阻まれた。アクション映画に出てくるようなタクティカルベストを着込んだ黒一色の兵士。基本的に特殊部隊は一部の例外を除いて黒色を好まない。黒は人が想像する以上に目立つからだ。黒い装備は、特殊作戦に従事していることを明白とし、敵にばれても問題ない時に使用される。

 マスクをしているため、顔は見えない。しかし、見えたところで関係ないのだろう。現代の死神。どこの部署に所属しているのか少女は知らない。この男たちが誰でどこの人間かもわからない。

 だが、確実にわかることもある。それは、この男たちが、両親を殺し、今自分すらも殺そうとしているであろうことだ。


「武器を捨てろ」

「……うッ」


 少女が持つのはただの傘だ。武器ではなく日用品。なのに、男たちの口調は本気だ。傘一本が凶器に成り得ると把握している。少女が何者かを調べた上で行動している。


「サンプルを確保しろとの通信が。どうしますか?」

「……意向が変わったのか。よし、お前、服を脱げ」

「ッ!?」


 突然裸になれと言い渡された。しかしこれが、性的な意味合いでないことは敵も少女も承知済みだ。

 例え子どもだとしても、危険なのだ。そのため、何か神秘的なものを秘匿していないか調べるのだ。だが、いくら敵方の事情を知ろうとも素直に裸になる同類はいない。少女も同じだった。


「い、いやです! 離してください!」

「殺さない。これだけでも十分な譲歩だ。黙って言うことを聞け。殺してもいいんだぞ? サンプルはまた新しく確保すればいい」


 男はまだ小学生である少女に無情な宣告をする。関係ないのだ、子どもだろうが大人だろうが。男たちは平等主義者。平等という言葉は甘く聞こえがちだが、場面によっては苦みにも辛みにもなってくる。


「ダメです、言うことを聞きません」


 隊員が少女の手を掴んで抑え込もうとしたが、少女はじたばたと抵抗した。今はそんなことをしている暇じゃないのに。早くお父さんとお母さんを助けなければならないのに。

 だがその行為が無意味であることを、その場にいる隊員も、他ならぬ少女自身も気づいている。もう両親は死んでいる。ならせめて、ちゃんと弔わせてほしいのに、自身の生存すら危ぶまれてる。


「そうか、だったら殺せ」

「ひッ!」


 隊員の一人が短機関銃を少女の頭に突きつけた。銃声が轟く。鮮血が少女に降りかかる。


「魔術師だ!!」


 隊員の一人が叫んだ。隣に立っていた兵士が頭を撃ち抜かれて斃れていた。少女を拘束していた男が手を離し、解放される。少女は顔面と綺麗な銀髪を血で赤く染めながら、台所の方へと逃げ込んだ。意味がわからない。どうしてこうなったのか、わからない。


「お父さん、お母さん……ソラ……!」


 しばらく続いたマズルフラッシュと銃撃音は、いつの間にか止んでいた。恐る恐るリビングを覗き込むと、兵士たちの死体が散乱している。吐き気がした。でも吐かなかった。正確には吐けなかった。たくさんのことが一斉に起こり過ぎて心が追い付かない。もはや涙すら出てこない。


「いるな、出てきなさい。私は味方だ。名前はアレック。聞き覚えはないか? 君の両親に頼まれていた。自分たちに何かあった場合、君を救って欲しいと――おっと」


 現代式ではなく古い方式のピストルを構える男に少女は走って抱き着いた。この人なら安心できると直感的に理解した。


「大丈夫か……名前は?」

「クリスタル、です……。お父さんとお母さんが……!!」


 再び涙が頬を伝って、血と混じる。それは幼い少女にとって、苛烈過ぎる経験だった――。



 ※※※



「――大丈夫ですか、クリスタル」

「ごめんなさい、寝てしまったみたいね」


 工房の作業台へ眠っていたクリスタルは、シスター姿のレミュの呼びかけに応えて身を起こした。隣にはフリントロックピストルが置いてある。この銃の傍で寝たから、あの時のことを夢で見てしまったのかもしれない。


「熱心なのはいいことですが、あまり根を詰めると身体に障ります。期待しすぎもよくないかと。例のヴァルキリーを倒したからと言って、戦争が終わると決まっているわけではありませんし」

「でもきっかけぐらいには、なる。私は早く……友達と会いたいのよ。だから銃を執るの。復讐のために戦うんじゃない。平和のために、戦うの」

「でも上が何を考えていることやら……。多くの魔術師たちには戦う動機があります。古き魔女や円卓の騎士はそれらの闘争心を利用しているだけにしか見えないのです。かつて多くの戦争がそうであったように」


 実際に武器を執って戦う兵士と、それを砦から見守る扇動者たちの目的の乖離はよくあることだ。クリスタルはそのことをよく理解しているからこそ、あえて戦火に身を投じる覚悟でいる。何かきっかけが必要なのだ。

 永遠に燃え盛る炎はない。炎は水を掛ければ消えるのだ。だが、燃える土台と燃料がある限り、いくら水を掛けようと火は再燃してしまう。


(だから、行動が必要。火を消したければ動かないと。平和は自分で勝ち取るものよ)


 他人に任せても、世界は一向に平和になる兆しがない。

 ならば、自分で戦わなければ。矛盾した行動だが、それで平和になるなら構わない。


「きらりは準備オーケー? 後はマスケットにルーンを刻むだけなんだけど」

「きらりは女の子らしからぬ寝相の悪さで毛布を蹴飛ばしています。お腹を冷やしていないといいのですが」


 きらりの寝相の悪さはアレックの弟子の中でも随一だ。クリスタルは苦りきった顔をみせる。


(そう言えば、あの子も寝相が悪かったな。今、どうしてるんだろう)


 別れし友のことを考えながら、クリスタルはマスケット銃の銃身にルーン文字を刻んでいく。



 ※※※



 睡眠とは、身体を休め、脳の働きをよくする人間には必要不可欠な時間である。

 ゆえに、ソラは安眠を謳歌していた……上から大量の水はぶちまけられるまでは。


「ふぐあああ溺れるッ!! 溺死するぅ!!」

「溺死なんてするものですか。訓練の時間よ」

「あ、朝の挨拶とぶれっくふぁすとが先だよう……」


 バケツを持ち、冷ややかな目を注ぐ鬼教官、もといマリ。何気なく時計へ目を向けると、まだ五時だったので流石のソラも不満げだ。


「おはようじゃないよ、おはやいだよ!」

「そうね、おはやい。訓練は速くてなんぼのものよ。今までの敵は律儀に昼間攻めてきてくれたけど、今度の敵はそうとは限らない。というか、今までのは敵としてカウントされないわ。あんなの、ただの茶番。本番はこれからよ」

「眠いよー、もう一眠りしたいよー」

「なら、私がお腹を思いっきり殴ってあげようか? きっと安らかな眠りにつくことができるわよ?」


 ぐーの構えになったマリを見て、ソラの目がばっちりと覚めた。


「え、遠慮しときます!」


 ソラはそそくさと早着替え。パジャマ姿でブリュンヒルデを身に纏うという裏技が存在するものの、それでは変身を解いた時にまたパジャマへと逆戻りとなる。いくら容姿に無頓着なソラと言えどもそれは恥ずかしい。

 マリの訓練は厳しかったが、ソラは段々とこなれてきた。剣の扱いも銃の撃ち方もあくまで最低限という前置きが付属するものの、絵にはなっている。私はやればできる子なんだよ! と無駄に威張って、訓練が追加されたのは苦い思い出である。


「まぁ、付け焼刃だけどないよりはマシね」


 訓練室でのソラの動きを見たマリが腕を組みながら感想を漏らす。付け焼刃なのはしょうがなし、とソラもマリを諦めていた。ソラは軍人ではない。普通の女子高生だったのだ。

 ただ、髪と眼の色がおかしいだけの普通の少女だったのだ。


「自衛はできるでしょう。可哀想だけど、あなたがどれだけ敵を敵と思わなくても、敵はあなたを敵と……裏切り者として認識している。ここはもうわかっているわね」

「うん。だから、私が頑張らないとダメなんだよね。人任せじゃダメ。自分の力で強くならないと」

「その意気込みはよし。でも、もしまた深紅の魔剣のような相手に襲われたら、自分のことだけを考えて逃げなさい」

「え……?」


 敵を殺したくないのなら、敵よりずっと強くなりなさい。マリはソラを認めてからと言うもの、そのような口癖で彼女を鍛えてきた。それなのに、相反する意見を口にして、目を背けている。


「でも、私がいないと……」

「あいつの相手はあなたじゃ無理よ。深紅の魔剣は物凄く強いの。私でさえ勝てるかわからない」


 そう言うマリの顔はとても悔しそうで。

 ソラは思わずマリの肩に手をポンと置いた。


「だったら、次もし似たような強さの相手が現われた時は、みんないっしょに逃げよっか」

「それ、我ながらとてもいい案だ、とか思ってる?」

「どうしてわかったの!?」


 ソラが仰々しく驚くと、マリはため息を吐いた。そして、小さく笑うと自分の本心を吐露した。


「あいつは……姉さんの仇なの。私がどうしても倒さなきゃならない相手よ」

「マリ……」


 ソラが不安そうな顔をみせる。なんて顔をしているの、とマリは呆れて言葉を続けた。


「でも、あなたの案はそこまで悪いものじゃない。どうしようもない時はそうするのも手ね。勝たなければならないんだから」

「マリ!」

「ほら、もう一訓練いくわよ。今度は逃走の訓練ね!」

「ええーまた!?」


 ソラは嫌がるように声を出す。しかし、顔は笑っていた。

 そうとも、敵を倒すよりも、自分が生きる方が大切だ。人を殺すよりも、人の命を守る方が尊いはずだ。

 だが、ソラ個人がそう思っても、敵はソラの気持ちを理解をしてくれない。人は誤解を積み重ねる生物だから、どうしても齟齬が発生してしまう。

 これまでも、そしてこれからも。どうしようもなく、ソラは運命の歯車に巻き込まれる。



 ※※※



 青空の元奔る、三本の箒。そのうちの一つの軌道はふらふらととても危うい。ピンクのツインテール、ひらひらのついた動きにくそうなドレスという如何にも魔法少女と言った風貌の少女が船を漕いでいるためだ。


「きーらりーちゃんはー、みんなの魔法少女ー」

「大変ですよ、クリスタル。きらりが箒に跨ったまま眠っています」


 レミュが焦ったように言う。シスター姿の彼女は箒に似つかわしくない。

 一番箒に乗るのが似合う古き魔法使いの恰好をするクリスタルは、フリントロックピストルの銃身を掴んで、銃杷による控えめな打撃できらりを叩き起こした。


「いだぁ! 暴力はいけないぞ!」

「居眠り運転もよくないわよ。そろそろ敵地につくから、戦闘準備を整えて」


 そう言うクリスタルもかなり緊張している。対人戦の経験はあるが、対魔術師戦闘は、訓練を除くと今回が初めてだ。しかも、相手は下級とは言え女神の力を持つ。カリカの話だとただのバカだったらしいが、無傷で済むとも思えない。


「どんな相手でしょう。ブリュンヒルデ……輝く戦いを意味する者」

「剣を使っていたけど、ヴァルキリーの主装備は槍のはず。きっと手を抜いてるんだわ」

「どんな敵でもきらりちゃんの魔法で一撃だよ! きらりーん!」


 目の横にピースをして、決めポーズをするきらり。なぜだか顔の脇に星が出現する彼女を無視して、クリスタルは戦術予測を推し進める。


「三人が相手ともなると、きっと本気を出してくるはず。ブリュンヒルデの投槍はかなりのもの。槍が出たら要注意よ」

「きらりちゃんならー」

「はい、わかりました。きらり、わたくしの言葉をよく聞くのです。あなたにもわかるように優しく丁寧に教えて差し上げますよ。まず、戦術は――」


 作戦がどういうものだったかをすっかり忘れているきらりに、レミュは懇切丁寧な説明をし始める。

 クリスタルはその説明を背中越しに聞く。何かが始まるという予感を胸に抱いて。



 ※※※



 ソラは無意味に空を眺めることがままある。空見は時間を潰す時、何か辛いことがあった時、これから何か大変なことが起きそうな時。様々なシチュエーションで役に立つ。

 シャワーを浴びて、朝食を摂ったソラは休憩中だった。芝生の上に座り込んで、雲一つない真っ青な空を見上げている。

 ソラが大好きな天候。しかし、遠くから忍び寄る黒い雲。


「荒れそうだね……」


 ソラは意識して独り言を呟く。とある迷信のためだ。ソラの別れた友達は、寂しい時に独り言を呟くと、近くに隠れている風の精霊が会いたい人へと言葉を届けてくれると言っていた。

 もちろん、この世界はそこまでファンタジーにはできていない。少なくとも、今のところは。魔術が出現してからも、世界の物理法則に変化はない。天地がひっくり返るような天変はまだ観測されていない。

 だが、有り得ないから……迷信だと知っているから、ソラはもう一度声を漏らす。

 友達から貰った青い宝石のついたペンダントに向けて。


「今、あなたは一体何をして……っ。何……?」


 妙な、鋭い感覚がソラの頭の中に奔った。頭の違和感に連動して、ソラは雲が迫りつつある方向を見上げる。


「……あれは」


 とても小さい、人の影。三つの人影が手綱基地へと急接近している。


「行かなきゃ……!」


 ソラは立ち上がり、マリたちの元へと走っていく。途中で走るのがまどろっこしくなって変身した。オーロラの輝きが彼女を包む。次々と装着されていく装甲たち。手、足、胴体、羽つきの兜。


『――装着完了。ヴァルキリーブリュンヒルデ』


 右手には銃槍ガンスピアを装備し、左手で中盾を装備する。


「ハッ!」


 青白の鎧を身に着けたソラは、大好きな空へと飛翔する。




「……オーロラの輝き。さらにコインが熱を持っています。あれが敵対象と見て間違いないでしょう」


 魔力を関知すると発熱するコインを仕舞いながらレミュが言う。遥か下、地面の方でオーロラの眩い輝きが見えていた。


「では手筈通りに」


 クリスタルはマスケット銃を魔術を使って召喚し、感知術式である鷹の眼を発動させた。


「やはり何かに干渉されてるわね。防護魔術かしら」

「コインの発熱にリズムがあるので、別々の魔術を同時に利用しているのかと」

「二つの魔術……私のようなやり方かしら。だとしたら厄介ね」


 マスケット銃でブリュンヒルデに狙いを付けるが、まだ有効射程外だ。クリスタルは射撃が得意。ブリュンヒルデは格闘戦が得意と彼女は分析済み。


「行くわよ!」

「はい!」

「りょうかーい!」


 クリスタルの号令できらりとレミュが動き出す。それぞれ箒は跨がない。銃とロッドとメイス。独自の得物を持ちながら、手綱基地へと侵攻を開始する。



 ※※※



『敵は三体。こっちは二体。各個撃破が望ましいけど、それは相手も同じこと。無理に深追いせず、敵を撃退することだけを考えて。お望みの防衛戦よ』


 既に黒色のパワードスーツに袖を通すマリは対魔術師用ライフルを構えて待機済みだった。セミオート、三点バースト、フルオートまでモード切替が可能の万能アサルトライフル。近距離、中距離、遠距離の全てに対応しなければならない状況で四苦八苦して生み出された防衛軍の最高傑作だ。


『私が後方から援護するから、まず――』


 と基地の滑走路へ姿を現し、銃を構えていたマリの目の前に、シスター姿の魔術師が着地する。


『……コイツを二人でどうにかするわよ』


 マリは手綱基地の戦力を頭数として数えない。彼らでは戦力不足だった。魔術師の戦闘力は常識では測りきれない。何度も基地に侵入を許しているのがその証拠だ。

 ソラは言われるままマリと魔術師と言うよりも聖職者と言うべきか悩む少女の前へ割って入る。ランスを構えて、銃形態。


「例のブリュンヒルデさん。なかなか可愛らしい顔をしていますね」


 素でありがとうと言いそうになって、慌てて言葉を呑み込む。この子なら話し合える気がほんの僅かにしたが、少女が取り出した凶悪な武器を見て気のせいだと考えを改める。


「言っておきますが、わたくしの戦闘方法にはあなたと違って可愛げは万に一つもありませんよ。中世で最も人気だった装備の一つに、メイスが含まれてることはご存知ですか?」


 そんなこと問われても、知らない――。そうソラが応える前に、少女はメイスを滑走路へと叩きつける。コンクリートがまるで砂のお城のようにあっさりと崩れ割れ、地面を伝って衝撃波がソラへと襲いかかる。ソラは横っ飛びで回避。ガンフォームであるランスのトリガーを引いて、非殺傷の弾丸を放出。


「ふむ、彼女の見立て通りですか。しかし、槍を投げるのではなく、槍に銃を搭載する。なるほど、考えましたね」


 猛特訓のおかげでソラは射撃を当てられるようになっている。少女は避けているが、それも時間の問題だ。オーロラドライブが稼働している限り無限に精製される魔弾の雨に、やり手であろう少女の回避も間に合わなくなっていく。

 今にも弾丸が命中する――というのに、なぜか少女は不敵な笑みを絶やさない。


わたくし一人であれば、確かに苦戦を強いられたでしょう。しかし、敵は私一人ではありませんよ。きらり!」

「はいはーい! きらりちゃんの出番だよーっ!」

「魔法少女きらり!?」


 目の前の敵に集中していたソラは、空中でロッドを構えるきらりに驚いた。驚愕するほどまんまである。今でこそ魔法や魔術を使うアニメや漫画は好まれないが、世界がまだ魔術師に寛容的だった頃、ソラがよく見ていた児童用の娯楽アニメが魔法少女きらりだ。小さな子供から大きなお友達まで、様々な層に愛され人気を博していた。

 その少女が画面を飛び出して、魔法のロッドをソラに向けている。


「創作魔術の一種よ! 気を付けなさい!」


 ソラがきらりに気取られている内に、少女が後退。これにはマリも文句を言わない。もし追撃していれば、分断されていた。敵はソラとマリを分断し、個別に撃破する算段でいる。


「あちゃー、後ろの子は賢いねぇ。でも、私の強さに痺れちゃえ!」

「このセリフを言ったってことうわぁ!」


 間一髪で回避。ソラのいた辺りには大量の雷撃が着弾している。その名もエタニティサンダーサークル。当たれば大ダメージと共に麻痺効果が付与されるきらりの十八番魔法の一つ。劇中では悪役のミラーシールドに跳ね返されてきらりは悪の組織に捕まってしまった。


「あっ、もしかして君、アニメ観てたぁ? やった、なら威力は倍増だね!」

「何でアニメなんか観てんのよ!」


 マリが銃を撃ちながら怒鳴る。現代流派の一つである創作魔術、創作再現は自分の好き勝手に魔術を構築でき応用が幅広いが、威力が極端に低いのが通例だ。しかし、いくつか例外が存在する。例えば、今回のように相手がオリジナルを知る場合である。


「何見たって、私の勝手――うわッ!」


 言い訳を述べながらも、努めてソラはきらりの記憶を頭の中から追い出そうと努力する。違う、あれは普通の女の子。ピンク色のツインテール。紅い宝石のはめられたロッドを持った、ふりふりのドレスを着ている痛いだけの子……。


「私の時代到来ー! やっぱりきらりちゃんはみんなの魔法少女ーッ!」

「ダメだー! どう見たってきらりだーっ! 再現度高すぎるよ!!」


 雷は躱し、エクストリームウォーターストーム、つまり水鉄砲はシールドで防ぐ。ガンランスの銃形態をめちゃくちゃに乱射して、きらりを追いつめようとするがきらりは射撃戦主体の魔法少女だ。銃で撃たれたところで素知らぬ顔だ。魔弾と魔法の応酬が続く。これが二対二であれば、このままでも良かったのだが。


『――自動回避運動』

「うわッ!」


 ブリュンヒルデがソラに向かって放たれた危険な一撃を自動で避ける。放たれたのはきらりより遥か後方からだ。

 遠距離からの狙撃で、ソラには魔術師が少女であることしかわからない。とても鋭かった。自動回避機能が備わってなければ命中していたことだろう。


「ソラッ! この二人は私が引き受ける! あなたはあいつを倒して!」

「で、でも敵の狙いは各個撃破――」

「私だったら耐えられる! 行きなさい!」


 必死に叫ばれるマリの指示を承諾し、ソラは飛行加速して上空に浮かぶ狙撃手へと飛来した。マリがその背中を見送りながらも冷や汗を掻く。いくら腕に覚えのあるマリとは言えど、魔術師を二体同時に相手するのは難しかった。

 だが、もしここでマリが死んでも、あそこまで離れれば、ソラは確実に逃げられる。


「甘ちゃんが過ぎるのよ、あなたは」


 マリは小さく呟いて、メイスを使い腕力に物を言わせる怪力少女と、痛いコスプレをした魔法少女に銃を穿つ。




「く――。機動性がいいわね」


 クリスタルは歯噛みしながら、マスケット銃の引き金を引き続ける。

 先込め式の銃であり、フリントロック式と言う古い方式で動くこのアンティークは、基本的に単発式であり、一度撃てば銃口から弾丸と火薬を装填し、火皿に火薬を載せなければならない。

 だが、勝利のルーンが刻まれしクリスタルのお手製マスケット銃は違う。銃身にはルーンだけでなく複写の魔法陣が描かれているため、銃を撃った瞬間にはもう装填が完了されている。これがわざわざ古い銃をクリスタルが利用する理由だった。それに、古式銃は魔術との相性がいい。


「でも、近くなれば近くなるほど、私の狙いも付けやすくなるわ」


 まだ見ぬブリュンヒルデに向けて、クリスタルはほくそ笑む。敵が近づければ近づくほど、クリスタルの射撃精度は向上していく。


「くッ。危ない……怖い人だ。放っておいたらマリが危険。急がないと」


 ソラもまだ見ぬ敵の鋭さに驚きながら、ガンランスを唸らせる。しかし、魔弾を放つ簡易式マシンガンは敵に当たる気配がない。敵は回避能力に長け、接近すればするほどソラの身は危険に晒される。


(でも、マリは私より危険。……大丈夫。私にはお守りがあるし――)


 昔の友達から貰った大切なペンダント。これさえあれば、怖いものはない。例え見ず知らずの強敵が相手でも。

 ソラは撃ち動き、クリスタルも動き撃つ。撃てど盾で防がれ回避され、放てど当たる様子は見られない。

 しかし、確実に両者は接近していた。ソラの加速は凄まじく、クリスタルの射撃も鋭さをみせる。


「――今だ!」


 クリスタルはマスケット銃を撃ちながら、腰に差してあるピストルを左手で抜き取った。刻まれるルーンはオーディンが使用していたと言われるルーン魔術の一種、敵のルーンだ。武器の効力を失わせる力があるその効果はあくまでオーディンが使った時にのみ最大効果を発揮し、クリスタルの魔力量では神話再現とまでは至らない。

 しかし、ほんの僅か、たった一瞬だけでいい。盾を盾として機能させなければ、それでいい。


「――ッ!?」


 ソラは瞠目し、自身の盾がマスケット銃で打ち砕かれたことを知った。仮にもブリュンヒルデの盾である。ソラは無根拠に、盾が壊されるはずがないと信じ切っていた。


「終わりよ!」


 矢を継ぐように放たれる二射。ソラは槍を盾代わりとして使用することにした。先程と同じ敵と勝利のルーンの連続射撃。槍がぼろぼろとなって砕け散るが、距離は詰められた。ぎりぎり剣なら届く距離。


「剣ならッ!!」

「そんなものは――!!」


 ソラが剣を引き抜き、クリスタルはマスケット銃をソラへと放り投げた。そして、またもやフリントロックピストルを右手で抜く。今度のは単発銃ではない。銃身が二つ、火皿とフリントも二つ備わるダブルバレルピストルだ。

 ソラが飛んできたマスケット銃を退魔剣で切り裂く。クリスタルがダブルバレルピストルを構える。

 そして。


「――え?」「何で……?」


 お互いの顔をようやく目視する。共に、目を見開いて。

 ソラは退魔剣を今にも振り下ろす瞬間で停止し、クリスタルは銃をソラの眉間へと向けて固まっていた。

 ずっと待ち望んでいた再会。長らく夢見てきた邂逅。それは無情にも、最悪な形で実現することとなる。


「ソラ……?」

「クリスタル」


 大人の事情に振り回され自分の意志で剣と銃を執った少女たちは、望んだ再会を望まぬ形で果たした。

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