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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第十章 鎮魂
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加速する破滅

 ニャルラトテップと戦闘していたソラたちは、その変化を直に感じ取った。メグミによるもう何度目かわからない打撃を喰らった闇に吼えるものが、再生せずに身悶えたからだ。


「おい、もしかして」

「ようやくやったのね。全く、遅すぎるわ」


 メグミの推測にマリが同意。ホノカも疲れ切った笑顔を浮かべた。


「これで逆転かなー」

「うん。そうだね。逆転だ」


 ソラはニャルラトテップを見据える。息を吐き出しながら。

 ニャルラトテップは表情が存在しない顔をこちらに向けて、称賛を口にした。


「やるではないか、人間」

「あなたは神様かもしれないけれど、人間の力を侮らない方がいいです」

「もはや神に近しいお前が言うべき言葉ではないな」

「……え?」


 ニャルラトテップは意味深な言葉を吐いたが、説明はしなかった。聖杖を回転させて、攻撃態勢を取る。


「では、最後の戦いへと興じよう。私が勝つか、お前が勝つか。見物だな」

「望むところです!」


 ソラはオーロラの輝きを放出しながら、ニャルラトテップに肉薄。もう何度行ったかわからない近接戦を始めた。剣と杖のぶつけ合いだが、既に混沌の攻撃パターンは見切っている。それは相手も同様で、ソラとニャルラトテップは互いの攻撃タイミングと方法の探り合いを、剣戟の中で実行する。

 しかし、苦戦するのは知能が高い顔のない男であるニャルラトテップのみで、知能の低い闇に吼えるものは、戦術を完全に見切られていた。メグミ、ホノカ、マリによる連携プレイにより、闇に吼えるものは肉片を辺りに散らす。


「デカいだけの雑魚だぜ、テメエは! 私らの敵じゃねえ!」


 メグミがナックルダスターで内部から破壊していく。その隣で、マリはスタンナイフを左腕に投擲し電撃を浴びせた。


「この脳筋さんに同意。もうこの怪物の攻撃はわかりきってる」

「ちょっと居た堪れないよねー」


 ホノカも余裕の表情で、ムチによる斬打を喰らわせた。無数に伸びる触手が全て綺麗に切り裂かれる。


「護衛が倒される、か」


 ニャルラトテップは聖杖を振るい、闇に吼えるものの援護をしようとする。そこへ、ソラは先回りしてオーロラを纏う銀剣を突きつけた。


「邪魔はさせません!」

「ならこれはどうだ?」


 瞬間、ソラは空間の魔力消失を各地で感じた。何かが時空転移をした証拠だ。何もなかったところに突然現れると、そこに漂っていた魔力の残滓を喪失させる。その感覚をソラは感じ取れた。

 ゆえに、背後を見なくとも対応できた。後ろから奇襲しようとした混沌の従者を剣で切り裂く。


「無駄です!」

「なるほど。流石だ、ブリュンヒルデ」


 ニャルラトテップが褒め称えた瞬間、闇に吼えるものが断末魔を上げた。浮き島を揺るがす咆哮が異形の死を戦乙女たちに知らせる。

 ニャルラトテップの前に集ったヴァルキリーチームは、それぞれの武器を構え直した。


「諦めてください。終わりです!」

「それはどうかな、人間」


 余裕の感じられる音声をニャルラトテップは放つ。皆が怪訝を抱く中、ソラの心に嫌な予感が充満した。


「――まさか!!」


 ニャルラトテップが杖を回した。瞬時に次の行為を予期したソラが焦った突撃。だが、その剣は届かない。ニャルラトテップは忽然と姿を消した。


「そんな、嘘だ!」


 狼狽するソラに、困惑するメグミたち。そこへニャルラトテップが音声を送り届けた。


『お前たちは失念していたな。そもそも私の役目は非殺傷概念の適用を阻止すること。わざわざお前たちと戦う必要は、最初から存在していなかったのだ。こうして存在しているだけで、私の目的は達成される。驕ったな、人間』

「……ッ、追いかけないと!」

「待てよソラ!」


 追跡しようとしたソラをメグミが止める。どうして!? と訊き返した彼女にマリが窘めるように応えた。


「闇雲に追いかけても仕方ないでしょ」

「でも急がないとみんなが!」

「まずどこに逃げたかわかるのー?」


 ホノカが質問を投げる。ソラは首肯した。例えどこにいようとも、ソラはニャルラトテップの転移を感じ取れる。魔力の喪失によって。


「……浮き島の外。日本、だ……」

「日本だって!? ここから向かうのか!?」


 メグミが驚愕する。浮き島の位置は北米大陸だ。いくらヴァルキリーの浮遊能力を使ってもすぐには辿りつけない。それに――ソラは浮き島全体を覆う防護フィールドへ目を向ける。


「あれも壊さないといけない」

「まさか外に逃げるとは思わなかったから、誰も壊してないようね」


 今はどのチームもマーナガルムとの戦闘で手一杯なはずだ。こういう時こそ遊撃隊としての本領が発揮されるが、後手に回ったことは否めない。

 こうしている間にも、大勢の仲間の命が散っていく。ソラは心を抉られながらも防御フィールド発生装置を破壊するべく飛翔する。


 ――あなたもあの人みたいにせっかちね。他人を頼ることを覚えなさい。


「姉さん……!」


 マリが驚いた瞬間に、防護フィールドが消滅した。別働隊の誰かが破壊工作を行っていたのだ。


「誰か知らねえが助かった! とにかく行く――何だッ!?」


 メグミが喝を入れた瞬間に、どこかから魔弾が放たれた。ぎりぎりのところで回避して、ソラたちは撃ち放った相手を垣間見る。

 緊張が全員に奔った。茶髪の男が杖を構えながら接近してくる。威風堂々とした立ち振る舞いで。


「混沌は我々に必要だ。やらせはせん」

「ヴィンセントさん……!」

「黒幕のお出ましね」


 マリがナイフを逆手に持った。メグミがナックルダスターを強く握る。ホノカも杖を散弾銃モードへ変更した。


「コイツを倒せば全て終わる!」

「そうだねー。それに、たぶん逃がしてはくれないかも……」

「その通りだ。ヴァルキリーよ。私は貴様たちを殺して、世界を滅ぼそう」

「そんなことはさせません!」


 もう何度、このセリフを吐いたかわからない。

 それでもソラは何度でも言う。何度でも、止める。そうすることが使命だと、魂が訴えかける。

 ゆえにソラは剣を握り、ヴィンセントと対峙した。


「やってみろ、ブリュンヒルデ」

「やります! あなたを止めます!」


 ヴィンセントが魔術を行使し、ヴァルキリーが飛翔する。ヴァルハラ宮殿から出撃した勇者エインヘルヤルを先導する、戦乙女のように。



 ※※※



 ソラがヴィンセントと戦闘を始める少し前、ツウリとミシュエルは師であるレオナルドと同僚であるナポレオンの砲兵部隊と共に、防御装置を破壊するべく行動していた。


「全然敵いないなー」


 ツウリが施設内の敵を斬撃で昏倒させながら言う。ミシュエルもつまらなそうに、眼前の敵を空気砲で吹き飛ばした。


「本当。誰も守ってない。はずれ。ナポレオンのミス」


 ――この施設を落とすことで我輩たちの手柄とする。そう提案したのはナポレオンだった。実際には空中に浮かぶ敵戦闘機やシャンタク鳥を撃墜するだけでは功績を得られないと急いたがための苦肉の策であり、要は見栄のための作戦である。それでもレオナルドは念のため、彼女の提案に同意していた。


「放置するには危険だ。何があるかはわからんしな」

「虚しさがたくさん落ちてるよ。戦車持ってくれば良かったなー」


 フィールド発生装置が設置されているのは屋内なので、可変戦車は使えない。スカスカの施設内を通り敵をあっさり撃退したところで、ようやく件の装置へと辿りついた。


「ヤイトの手伝いに行った方が良かったんじゃ」

「この装置の破壊を、我輩たちの手柄とする! みんな喜べ! 喝采せよ!」

「あ、ちょっと」


 我先にとナポレオンは近づき、装置に触れた。そして、唐突に響く施設内アナウンス。


『起爆装置が作動しました。爆発まで残り六十秒』

「な、何だとっ」


 ナポレオンが愕然とし、彼女の忠実な部下たちからの歓声が一気に失せた。


「余計なことすんなよ! どうすんだよ!」

「ちょっとまずいかも……」


 ミシュエルが空弾を壁に砲撃したがびくともしない。魔術的に強化された内壁だ。レオナルドも床を錬成したが、受け付けない。概念的に補強されているようだ。


「いかんぞ、これは……。全員撤退!」

「あ、う……」

「ちょっと、急いで」


 皆が急いで撤退する最中、ナポレオンは床に座って動かない。ミシュエルが促すと、彼女は涙目で訴えた。帽子がずれて、その姿は情けない。


「腰が、抜けた……」

「嘘でしょ……」


 ミシュエルが驚愕し、ツウリと共にナポレオンを立ち上がらせようと支え出す。そこへレオナルドが声を掛けたが、扉の外へと出た仲間たちが戻ってくる前に扉は閉じる。何らかの機能で三人は締め出されてしまった。


「冗談だろ! なぁ!」


 ツウリが焦る。レオナルドも反対側からドアを破壊しようと試みるが、壁と同じように扉はびくともしない。


「ええい、こんな惨めな終わり方ができるか。我輩を置いて先に行け……。我輩の屍を越えろ」

「だから出れないんだって! どうするんだ、ミシュエル!!」

「私に言われても……」


 今この瞬間も刻々と終わりの時は近づいている。かといって、現状の戦力では打開できそうにない。三人が悲観にくれたその時、突然轟音は響き渡った。何者かが物理運動を駆使して天井をぶち破る。

 その巨体には見覚えがある。マーナガルムの決戦兵器ゴーレムだ。しかし外部スピーカーから聞こえてきたのは錬金術師の二人にとってなじみ深い声だった。


『おー、生きてるか? 二人とも』

「ポロア兄さん!?」

『良かった良かった。しばらくぶりだ。何でこんなことになっているかは説明が難しいんだが、聞くか? まずなぁ、俺は』


 と悠長に今までの経緯を話そうとするポロアに向かって、二人は全力で保護を要請した。


「何でもいいから助けてくれ! このままじゃ爆発に巻き込まれちゃう!」

「ツウリに同じく! ヘルプ、兄さん!」

『何だよ、せっかくいいところだってのに』


 ポロアは巨兵を巧みに操って、三人を救出するとコックピットの中へ乗り込ませた。全長三十メートルを誇る巨体だけのことはあり、コックピットも四人がゆったりと座れるほどに広い。前の座席には黒髪の青年が座っていた。髪はぼさぼさ。趣味は世界の探求という風変わりな男である。


「ようこそ、俺のスーパーメカに。偶然拾っただけなんだけどな」

「何でもいい。早く離れて!」

「へいへい」


 ポロアは操縦桿を握りしめると、施設から離れた。すぐ後に大爆発が起こる。仲間たちの安全を不安視した二人だが、マスターレオナルドは難なく脱出を果たしていた。同僚の錬金術師たちと砲兵隊の面々も無事だ。

 こういう時にうるさくなるはずのナポレオンは隅っこの方で縮こまっていた。何気なく視線を移し、ミシュエルがぼそりと一言。


「泣いてるの?」

「泣いてなどは、いない!」

「まぁ、泣くなよ。別に恨んでないし」

「恨まれる道理はない! そもそも泣いてない!」


 目を真っ赤にして言い返すナポレオンに説得力は皆無だ。二人は小さく笑った後、全方位モニターで周辺の戦闘状況をチェックする。


「勝っているのか? これ。それとも負けてる?」

「何とも言えないな」


 ポロアはスキャン結果を見つめて複雑な顔色をみせる。


「ヴァルハラ軍とマーナガルムだったか? どちらも死者多数だ。聖杯には魂が集いまくっているだろう。聖杯を破壊しに行ったチームも苦戦しているらしい。それにヴァルキリーたちも……変な奴が出てきた」


 画面に映し出された相手を見て、ツウリとミシュエルは息を呑む。ナポレオンも興味を惹かれて顔を上げた。


「ヴィンセント! 敵の大将が出てきたのか」

「ソラちゃん、大丈夫かな……」


 ミシュエルが不安に駆られて呟く。


「あのバカなら大丈夫だって。いくらこいつだって、ヴィンセントには敵わないだろうし」


 意外とまともな分析を述べ、ミシュエルとポロア、ナポレオンがツウリを驚きの眼で見つめる。何だその顔は! と憤慨するツウリを後目に、ポロアは巨体を移動させ始めた。


「だったら、目につく敵を潰しにいくか。まずは――ん?」


 モニターが魔術剣士率いるフギンチームを捉えて、全員の注意を惹いた。特にナポレオンの反応は大きい。メローラ、モルドレッド、アテナと剣を交えるアーサーの熾烈な剣戟もさることながら、それよりも大きくコックピットの注目を集めたのは息絶え絶えのジャンヌだった。


「大変……」

「やばいぞ、あれ。どうにかしないと!」

「とは言ってもなぁ。さっきと矛盾してるぜ? あそこにいるのマーナガルムのツートップだろ。ヴィンセントって奴と遜色ない強さだ。はっきり言うが、俺は勝てないぞ」


 ポロアの発言は的を射ている。この場にいる者全員が、アーサーには戦闘力で及ばなかった。下手にちょっかいを出せば、重傷者がひとりで済んだところを増やしかねない。いや、怪我人を増やすだけにとどまるならばまだマシだ。死人が出る可能性も否めない。


「……行かせてもらえないだろうか」


 そのリスクを承知で声を上げたのは、ナポレオンだった。彼女は目元の涙を拭うと、トレードマークである軍帽を被り直す。


「ジャンヌは我輩の親友。一度は見捨てたが、二度目はない。我輩に、名誉を挽回するチャンスをくれ」


 勇気を振り絞って放たれたその願いに、錬金術師は顔を見合わせる。そして、師がそうであるように、すぐさま彼女の頼みに応じてみせた。


「いいぜ。あの金髪に一泡吹かせてやれ!」

「待って。あそこにいるのは全員金髪」


 ミシュエルの冷静なツッコミに、ああそうだった、とツウリは気恥ずかしそうに笑みをみせる。


「あの傲慢な男にスーパーパンチだ! ロケットパンチを喰らわせてやれ!」

「おいおい、こいつにそんな機能は――。待てよ、そうだな。そうだ。ツウリ、お前は天才だな!」


 突然兄貴分に褒められてツウリは照れる。どういうこと、と淡々とミシュエルが訊く。

 ポロアは後ろへ振り返りながら応えた。視線は主に、ナポレオンを射抜いている。


「君、砲撃手だろ? 俺に作戦があるんだ。ちょっと手を貸してくれないか」



 ※※※



 その頃、メローラはモルドレッド、アテナの二人と息を合わせてアーサーに剣技を放っていた。しかし、どれも防がれる。三人の実力を足しても、父親には届かない。

 加えて、父親は優位な立場だった。ジャンヌの存在だ。アーサーは事あるごとに彼女へ投げナイフを放ち、メローラは攻撃タイミングを崩されてしまう。


「く――」

「私に勝つのなら、彼女を見捨てるべきだ。そうだろう?」

「そんなことはしない! 何度もそう言ってる!」


 メローラはガラティーンに魔力を注ぎ込み、発火させる。ガウェインは炎の魔術が得意だった。伝説上のガウェインではなくマーナガルムに属していたガウェインの方だ。

 ゆえに、彼用に調整されたガラティーンは炎魔術と相性がいいように改良されている。メローラは炎の剣を叩きつけたが、アーサーに小手先の技は通じない。見事、エクスカリバーで防がれる。


「部下の戦い方は頭に叩き込んでいる」

「では、息子の戦い方はどうだ? 父上」


 モルドレッドが背後から父親と奇襲。そこまでは先程と相違ないが、彼は二刀流を行っていた。元々持っていた銀の剣と、王殺しの剣クラレント。二刀流でオフィビムの不意を衝いたソラのように、同じ流派のアーサーに対しても効果があるのではと踏んだのだ。

 果たして、その斬撃は無意味だった。アーサーもまたエクスカリバーをもう一本取り出して、メローラの相手をしながらモルドレッドとも斬り合いへ勇む。


「バカな……!」

「エクスカリバーは二本ある。岩の剣と、湖の乙女から授かった剣だ」


 文献によっても様々だが、アーサー王は二度、エクスカリバーという名の剣を授かっている。一度目は王位継承権を得るために引き抜いた岩に刺さった選定の剣。そして、二番目はその剣が折れた後、湖の乙女が与えた剣もまたエクスカリバーなのだ。

 単純な神話や伝説として考えると、アーサーが同じ剣を複数同時に所持することは有り得ない。だが、そういう都合のいい解釈ができるのもまた神話再現という魔術の優れた点である。

 実際に二振りの剣を行使しているのだから、文句を言ってもしょうがない。メローラは歯噛みしつつ、アテナへと目配せした。


「エクスカリバーを何本持っていようと、戦争の女神には勝てないわ!」


 アテナはゼウスの雷霆ケラウノスを槍状へ変化させ、アーサーへと走る。恐れを知らない者シグルズの魔剣グラムは、その父親であるシグムンドがオーディンと相対した時にへし折られた。北欧神話の主神が魔剣を折ることができるなら、ギリシャ神話の主神が、ケルトの神話縁の英雄の剣を折ったとしても不思議ではないはず。

 そう予測を立てて、アテナは槍を振るう。メローラの仕込んだ作戦の一つだ。如何に父親が強敵でも、エクスカリバーを喪えば、アーサー王としての力は半減する。

 仮にエクスカリバーによる防御を行わなくても、ケラウノスはまさに神のいかずちだ。当たれば無傷では済まない。魔法の鞘による治癒能力で復活する前に、鞘を奪ってしまえばいい。当初、復讐に乗り気でなかったアテナはこの戦法を使用することに反対していた。だが、ジャンヌが死にかけたことでなりふり構っていられなくなったのだ。


「どうする? お父様。万事休す、ではないかしら」


 メローラは口元に笑みを浮かべながら告げる。しかし、アーサーの表情もまた酷薄に笑う。


「忘れてるようだな、子どもたちよ。アーサーはエクスカリバーを使い――四百七十人を同時に屠ったのだぞ」

「……ッ、アテナ!」


 エクスカリバーが怪しく発光し、メローラはアテナに警告する。だが、アテナは危険を承知でケラウノスを振りかざした。剣を抑えるメローラとモルドレッドを助太刀すべく、アテナがアーサーへ槍を突く――。

 瞬間、何かが起きた。あまりにも速く、自らが倒れているということさえ理解するのに数秒を擁した。


「何が……」


 白煙が立ち込める視界の中で、メローラは目を凝らす。モルドレッドの声が響いた。


「逃げろ、メローラ。父上はオレが――」

「何言って……ッ!!」


 煙が晴れて、目の当たりにする。仲間が皆、地に伏している現状を。

 モルドレッドは軽傷だが、苦悶している。ジャンヌに関しては先程と同様。目を見張るのは、アテナだ。彼女は鎧を縦に斬られて、半壊した鎧から大量の血を流している。


「アテナ!」

「く、セレネとの約束、は……」


 気力を振り絞り立とうとするが、血をまき散らすのが精々だった。メローラは憤怒の形相となり、父親を探す。

 アーサーは左手に持つ折れたエクスカリバーを投げ捨て、再び聖剣を構えた。


「やるようになった。剣を折られたのは初めてだ」

「……ッ!」

「止せ、メローラ。怒りでは私は倒せん。私は他者の嘆きや怒り、絶望を力へと変えてきた。お前の憎悪や復讐心は私に力を与えるだけだ」


 父親の忠告は身に染みてわかっている。メローラは怒りを力に変えるタイプではない。

 もしそうならば既に勝っている。仲間がひとりずつ倒れる姿を無様に眺めたりはしてないはずだ。


「アーサーの言う通り……。勝てないのよ、私たちでは。後はソラに……セレネと同じ気持ちを共有するあの子に任せないと」


 アテナは声を振り絞ってメローラに訴える。しかし、メローラは聞く耳を持たない。

 絶対に父親は自分で倒す。意固地なまでの決意。ある種、反抗期の娘のようにも見える。

 だが、この状況下では微笑ましく思うはずもなく、アテナもモルドレッドもひたすら痛みと恐れの前に顔を歪めるのみ。


「仲間の助言は聞くべきだ、メローラ」

「今更父親みたいに言わないで」


 言葉を交わしながら、メローラは頭をフル回転させる。どうやって父親を倒す? 何を使えばいい。どんな方法で、どういう戦法で、一体どうやって……。

 メローラはジャンヌを後ろ目で見る。次にアテナ。苦痛に呻くモルドレッド。

 答えは彼らに……いや、既に持っている。眼を逸らしていただけだ。きちんとそれを直視していれば、こうはならずに済んだのに、愚かにもこうなるまで目を背け続けていた。

 だが、もうそれは終わりだ。終わらすべきだ。

 前にセレネの幻影が現われて、問う。――あなたはなぜ戦うの?

 メローラはもう目を逸らすことなく、凛然として答えた。


「みんなを守るため。セレネの遺志を継ぐためよ」


 ――それでいいの。メローラ。あなたはもう、復讐には囚われない。だから――。


 強く美しく、輝き続ける。

 メローラの雰囲気が変わったことを見て取ったアーサーは、余裕の表情から一転、眉を顰めた。


「本懐を得たな」

「ええ。今度こそ負けないわ」


 メローラは静かに言い放つ。アーサーへの対応策。普通の殺しを伴う剣技では、アーサーの予想を超えられない。間合いに踏み込んだところで、惨殺されるのが末路である。

 しかし、殺意のない剣術ならば、アーサーの予想を上回れる。アーサーは殺意のない相手と本気で戦ったことがない。

 娘の覇気から殺意が消滅したことを把握したアーサーは、先程よりも警戒を強めた。慎重に切っ先をメローラへと向け、一気に加速する。

 そして――メローラは、狙いが自分ではなく後ろで倒れるジャンヌであることに気付く。まさかいきなり彼女を狙いに行くとは予期せず、メローラも反応が遅れてしまった。


「しまった!」

「娘に構っている暇はない。残念だが、戦意を狩らせてもらう」

「ジャンヌ!!」

「っ、ここまで、ね……」


 ジャンヌは諦観したように呟いた。駆けるアーサー。追うメローラ。

 だがどうしようもなく力が足りない。メローラが絶叫を上げたその時。


「――ッ! 砲撃か」


 アーサーの元へ砲弾が着弾。剣で巧みに防ぎながら、進路変更を余儀なくされる。

 メローラは失速し、砲撃元へと振り返った。そこには巨体が佇んでいる。左手には本来搭載された武装ではなく、大量の大砲が急設で取り付けられていた。


『救世主の登場だ! こいつを喰らえ!』


 ツウリの声が外部音声出力装置から放たれると同時に、恐らくナポレオンのものである砲弾が穿たれる。それらはアーサーをジャンヌの元から引き剥がし、彼の注意を引いた。


「奪取されたか。だが……」


 アーサーは難なく砲撃を回避しつつゴーレムへ接近。ゴーレムは搭載された武装と大砲を撃ちまくるが、どれもアーサーを捉えられない。跳躍したアーサーを巨人は左拳で迎撃するが、剣に切り裂かれた。


「この程度では。む?」


 が、それもゴーレムの搭乗者たちは予想済みだったらしい。腕が切断された瞬間錬金術によって再構成され、斬り落とされた付け根から業火が吹き荒れる。言い表すにはロケットパンチという単語しか思いつかない。それをアーサーにぶつけて時間を稼ぐ間に、ゴーレムはメローラたちへ高速移動。右手を開いて、ジャンヌとアテナを回収した。


『肉を切らせて骨を断つ戦法って感じか?』

『全ては我輩の采配――ま、まずい!』


 ナポレオンの呻きと同時に、アーサーがゴーレムの左肩に着地した。エクスカリバーで機体を一刀両断しようとするが、またもや砲撃に遮られる。此度は、空気でできた砲弾。砲撃の錬金術師であるミシュエルの得意技だ。


『やった……!』

『それはやってないフラグだ……ほらぁ!』


 空気弾が命中しようと、アーサーは平然としている。いつ返り討ちにされてもおかしくない状況だった。


「援護しないと……!」


 メローラは周囲を見回すが、辺りに使えそうな物はない。とは言え、破れかぶれの特攻は論外だ。

 どうすればいい、と思案して、いつの間にか隣に立っていた兄に肩を叩かれる。


「信じればいい。アテナはいい女だぞ」

「……そうね」


 モルドレッドの女癖には辟易していたが、たまには頼りになることもある。

 ゴーレムの手の中で保護されていたアテナは、再度ケラウノスを撃ち放ち、アーサーをゴーレムから叩き落した。そこへメローラとモルドレッドは手を翳し、魔動力で絡み取る。ほんの一瞬、アーサーの行動が封じられた。その隙にゴーレムは脱出を果たす。


「上手くいった!」

「そのようだな」


 喜びの声を上げたメローラにモルドレッドは同意。またもや剣を執り、父と子による戦闘へ赴こうとするが、


「三度目はない。モルドレッド!」

「何――ッ!」

「お兄様!」


 急激加速したアーサーのエクスカリバーに、その左胸を突き刺される。



 ※※※



 ヴァルハラ軍が各地で交戦を続ける最中、ミュラはタブレット端末を用いて戦場を俯瞰していた。主に、自分の世話役であるセバスの戦いぶりを。ミニガンを装備したゾンビによる猛烈な射撃は、破壊者デストロイヤーたちを軒並み戦闘不能に陥らせた。

 さらに、そこへハルフィスも合流し、悪い魔女であるミルドリアは大ピンチ、という構図である。


「やった! これで私たちの勝ちですね!」

「もちろんよ、ユーリット。なんたってセバスは私の召使いよ」


 自分の手柄ではないのに得意げになるミュラ。ユーリットははしゃぎ、ユリシアも喜んでいる。ただひとり、ハルだけは不安を隠せていない。何を考えているのかわかったミュラは、彼女の手を握ってあげた。


「大丈夫よ。セバスも強いけど、ヤイト君もなかなか強いし」

「そう、だよね。うん……。帰ってくるって、約束したし」


 ミュラがハルを励ますとその横でユリシアが何かに気付く。画面を指さして、問い質した。


「あれって……イソギンと同じ……」

「混沌の従者……あ!」


 外で戦闘するエデルカたちの周りに、混沌の従者が召喚される。逆転したと思われた形成は元に戻り、ミルドリアの邪悪な高笑いが響いた。

 どうしよう、と困惑するミュラたちだが、すぐにその暇はなくなる。背後に嫌な視線を感じ、振り向くと――。


「あ、何だ。イソギン」


 ミュラはホッと一息をつく。音もなく後ろに立っていたのは、混沌の従者ながら優しい心を持つ白い少女だ。イソギンの愛称を持つ少女を象った存在は、しかし悲しそうな顔となっている。

 ユーリットが口を開いて、イソギンを案じる。


「どうしましたか? イソギン。何か悲しいことでも……きゃっ!」


 轟音がして、全員が驚く。音の発生源である天井を見上げると、そこにはいつぞやと同じように混沌の従者が触手を伸ばして張り付いていた。



 ※※※



 シャークの追撃を逃れ、小部屋に隠れたヤイトは苦痛に呻いた。左手は裂傷と銃創から零れた血で真っ赤に染まっている。急いで決着をつけなければならなかったが、状況はこちらに不利。


(スワローのフライトシステム喪失。左手にはナイフによる刺し傷。腹部には銃創。アーマー耐久値も減少。次で決めないとまずい。持久戦は――ッ!)


 足音がして、咄嗟に身構える。が、敵はヤイトの視線先にあるドアからではなく、寄り掛かっていた壁から攻撃を加えてきた。首を後ろから捕まれて、壁を突き破る。ぐっ、と苦悶を漏らすヤイトの前に、ご機嫌なシャークの顔が現われた。

 銃を構えるが、銃身を掴んだシャークに手首をねじられてあっさり奪われる。武装解除の初歩技だ。


「おじさんと鬼ごっこする時は痕跡を残しちゃダメだ。一応、途中から血痕を消してたみたいだが、俺には血の匂いが嗅ぎ取れる。鮫は血の臭いに敏感だ。どんなに薄めても、どれほど距離が離れてようとも、正確に嗅ぎ分ける!」


 床に叩きつけられて、空気を無理やり吐かされる。短い悲鳴を漏らしたヤイトの頭を、シャークはマシンガンの銃口で小突いた。


「終わりだ、ヤイト君。さようなら」


 銃声が通路内に反響する。



 ※※※



「人はいい。滅ぼすのが口惜しいぐらいだ」


 ニャルラトテップは湖を傍観し、独りごちる。ヴィンセントが参戦したため、自分に追手が掛かることはない。例え追手が現われたとしても、時空魔術で地球の反対側まで逃げられる。何なら、月に飛んでもいい。端から、破滅は避けられない運命だったのだ。ひとりの少女が抗ったところで、この世の定めは変えられない。


「恐れを知らない者に、恐怖をくれてやろう。恐怖し絶望し、壊れるがいい」


 顔のない男は音声だけで嗤う。だが、何者かの接近を感じ、嘲笑を止めた。

 近づいてきた男は銃を構えた。年季を感じさせるハットを被り、古めかしいコートに身を包んでいる。


「ノルンの予言通りだな」


 振り返り、感心交じりの驚きを放つ。


「ほう? お前は。死んだと聞いていたが」


 男は問いに応えない。銃弾を撃ち込んだ。――ルーンが刻まれたフリントロックピストルで。


「……ハハ、まだ抗うか人間。どうなるか、楽しみだ」


 ニャルラトテップが消失。敵の消滅を確認した後、男は終末戦争が行われる浮き島を見上げた。


「後は任せたぞ、クリスタル。……青木ソラ」

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