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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第十章 鎮魂
80/85

激戦死闘

 荒い息を吐き出しながら武器を構える。銀でできた剣は折れることなく輝きを保っている。

 そしてそれは、相手も同じだった。異形の怪物は何度斬れど撃てども原型を保ち、修復される。


「休む暇はあるか? 人間」

「くッ!」


 ニャルラトテップがソラの眼前に転移して聖杖を振るってきた。ソラはそれを剣で巧みに防ぐ。敵が一体だけならば、どうとでもなった。しかし、ソラが邪神と剣と杖をぶつけ合う横で、もう一体の化身が仲間たちに攻撃を加え始める。


「せっかくの連携技でもダメなのかよ!」


 メグミが文句を言いながら闇に吼えるものに突貫。彼女の拳に向かって怪物は触手を放つが、それをマリがアンカーを飛ばして受け止めた。

 カーラの拳が炸裂。肉の内側がぐちゃぐちゃになる音がする。確かな手ごたえ。だからこそ、闇に吼えるものは停止しない。


「クリスタルちゃんはまだかな!」


 ホノカが遠くで戦うクリスタルに想いを馳せながら、ソラの援護に入った。散弾を撃ちながらエンチャントを行う。元々レクイエムフォームと支援複合魔術によって回復力が大幅に増幅していたソラは物の一瞬で全回復した。疲労した身体に力が漲る。

 敵も味方も即座に回復できる不毛な戦場。しかし、ニャルラトテップの目的はソラを抹殺することではない。

 時間を稼ぎたいのだ。彼がこの場に存在し続ける限り、人は死に続ける。ヴァルハラ軍もマーナガルムも関係なしに。


(急がないと……!)

「焦りが見えるぞ、人間」

「焦ってなんか――!」


 ソラはオーロラを纏わせた剣で、ニャルラトテップに縦切りを見舞う。鍔迫り合いとなり、至近距離で混沌と見つめ合った。顔のない男の視線を強く感じる。


「わかるぞ、人間。お前は怖がっている。人が死ぬのがそんなに恐ろしいか?」

「……ッ、くッ!」

「恐れを知らない者シグルズは、炎の檻の中へと飛び込んで、ブリュンヒルデを目覚めさせた。だがそれは破滅の始まりだ。シグルズはブリュンヒルデと関わったせいで、彼女に殺される。それが例え誤解の果てだとしても、哀れな結末ではないか」

「私は!」


 ソラが踏み込んでニャルラトテップを弾き飛ばす。が、彼はその反動を利用して、空間転移しソラの後方から強力な打撃を見舞った。空間把握で跳んだ先を予期したソラが振り向きざまに防御する。


「お前の言葉を借りるなら、シグルズもブリュンヒルデも悪人ではない。彼らは恋人同士だったのだ。互いを愛し合っていた。だが、愛は憎しみへと変化する。シグルズが意図的に記憶を消されたとは知らないブリュンヒルデは彼を恨み、その背中に槍を刺した。全ては人の欲の果てだ。やはり人間は愚かしい」

「愚かなだけが人じゃない!」


 ソラが魔動波でニャルラトテップを吹き飛ばす。その通りだぜ、と同意してメグミが飛んできたニャルラトテップにナックルダスターによる打撃をぶつけた。そこへマリの投げナイフ。ニャルラトテップはもはや防御の手間すら惜しみ、頭に刺さったナイフを左手で引き抜いた。嘲笑交じりに。


「お前ほど愚かな人間もいまい。人を信じ切っている。お前は例え拒絶されたとしても、人を救おうと努力を重ねるのだろう。お前は知るまい。想像もしまい。仮にこの戦争がお前たちの勝利で終わったとしよう。その後、人々はどうすると思う? 平和を享受し、日常に帰るか? いや、違う。再び争うのだよ。原初の本を求めてな」

「そんなこと!」


 ソラはホノカと連携。ソラが鞭をニャルラトテップに放った瞬間、魔動力でその身体を掴み取った。ホノカに目配せして、投げる方向を調整してもらう。投擲場所は行動不能状態の闇に吼えるもの。上空ではマリが影縫いを発動するため待機している。

 やッ! という掛け声と共に投げ飛ばす。闇の吼えるものの陰に入った混沌は影縫いによって怪物もろとも行動不能になった。

 しかし、ニャルラトテップは気にしない。ただ淡々と言葉を続ける。


「いいや、争う。そしてお前は知るのだ。自らの行いに、何の意味もなかったことを。いくら一握りの英雄が高潔な行いをしても、理解する者の格が足りない。一定以上の学と理性がなければ、他人が何をしているかすら理解できないのが人間だ。だからこそ愛おしい。彼らほど愛すべき生物は世界になかなかいない。動物ですら学習するのに……人間は何も学ばない」

「あなたは人の悪い面しか見ていません! 人にはいい部分もあるんです!」

「それは多くの人間に言うべき言葉だ、人間。人は悪い面しか見ない。だから愉快なのだ」


 ソラの言葉を一蹴し、ニャルラトテップは転移する。闇に吼えるものも彼と共にソラたちの前方へ移動した。マリの影縫いがあっさり無効化される。

 ニャルラトテップは杖を構え直し、再び闇に吼えるものが咆哮した。


「振り出しに戻ったな。さて、いつまで持つ? 魂を鎮める戦乙女たちよ」

「あなたを止めるまでです!」


 ソラは威勢よく叫び、再度攻撃態勢を取る。クリスタルが頑張っているのだ。自分がここで折れるわけにはいかない。そう強く念を入れて。



 ※※※



 メローラの目の前で仲間がまたひとり、首を刎ねられた。血が宙を舞い、メローラの青い鎧に付着する。


「よくも……!」

「感情的になる暇はあるまい」


 アーサーは剣についた血を払いながら忠告する。既にメローラの部隊であるフギンは四人しか生き残っていなかった。メローラ、モルドレッド、アテナ、ジャンヌの四名だ。その他は全て、アーサーに殺されてしまった。


「私を殺したいのなら、非常に徹するべきだ。他者を気に掛ける余裕などない」

「……冗談。あたしはあなたとは違う!」


 メローラは父親を睨みながら応じる。アーサーは目的のためなら何であれ利用した。家族、友人、敵でさえも。

 しかしメローラは違う。父親とは違う。例えどんな状況下でも仲間を見捨てることなく勝利してみせる。

 そう決意しながら、メローラはロンギヌスとゲイ・ボルグの二槍を両手に取った。


「ディルムッドの真似事か? 愚策だな」

「あたし流の槍術よ」


 答えながらタイミングを見極める。ロンギヌスはメローラの象徴的武装の一つだが、正直なところ大した効果を含んでいない。聖人殺しの槍と言えば聞こえはいいが、逆に言えば聖人以外は殺せない武器だ。アーサーは聖人ではない。となれば、ロンギヌスは普遍的な槍と変わらない性能となってしまう。


(そもそも本当に聖人殺しかどうかも怪しいパチモンだし)


 メローラは二振りの槍を見据えながら戦力を立てる。アーサーは待ちに徹している。この程度の相手ならば自ら攻勢に出なくとも勝てる、と奢っているのだ。その油断が命取りになる。数的有利はこちらにある。


「メローラ、無茶をするな」

「わかっているわ、お兄様!」


 兄に諭されながらも、メローラは行動を開始した。動きを見ただけで、モルドレッドとアテナは合わせられる。ファナムのもとで長年積んだ修行の成果だ。アーサーが如何に強力な剣士だとしても、こちらだって負けていない。

 メローラはまず突進しながらロンギヌスの槍を投げた。ただの槍に意味はない。それを難なくアーサーは剣で叩き落とす。

 その隙に肉薄し、メローラは魔動波を至近距離で放った。アーサーは左手で同じ能力を放ち相殺しながら、右手では両横から加勢に走るモルドレッドとアテナの剣技を防いでいる。正面の防御が疎かになった。

 メローラはゲイ・ボルグを両手で掴んで思いっきり付く。アーサーは左手で防御しようとしたが間に合わない。三十もの槍が突き刺さった腹部から放たれて、彼の身体をズタズタに引き裂いた。


「やった!」


 後方で様子を見守るジャンヌが歓喜する。が、前線で剣を振るう三人の顔は険しい。

 メローラがアーサーの左腰にある鞘へ手を伸ばすが、アーサーは身体から無数に槍を貫かれた状態で、その腕を掴み止めた。


「ふむ、この程度では折れないか」

「当たり前でしょう? お父様。あなたがどういう相手なのかを理解したうえで、勝負を挑んでるのよ」


 強気に言い返しながらも、メローラは心の中で舌打ちしている。父親がこうもあっさり槍に突かれるはずがない。わざと刺されたのだ。自分たちの心を折るために。

 アーサーの宝具であるエクスカリバーと、圧倒的治癒能力を誇る魔法の鞘。そしてそれを扱う使い手の技量も高い。やられる時はわざとなのだ。油断が命取りになるのは、メローラたちも同じだ。


「ならば、愚かだと言っておこう。戦力差を知りながらも挑んでくるとは」

「譲れないものがある、からね!」


 メローラはアーサーの拘束から脱しようとするが、手は固く掴まれている。メローラは右腕を引っ張りながら、アーサーの聖剣に目を奪われていた。エクスカリバー。勝利の剣。

 メローラは右手が不自由だが、父親の右手は自由だ。いつでも殺せる。なのに殺さない。


「メローラ! こいつを食らいなさい!」


 アテナが最終奥儀であるケラウノスを発動した。ゼウスの雷霆は宇宙すら破壊する。しかし、実際に宇宙を破壊はできない。そんなことをすれば、今までの努力が無駄になる。

 アテナは火力を一本の稲妻に収束させてアーサーへと撃ち放った。だが、アーサーはエクスカリバーで難なく防ぐ。いくら神話上の威力が上でも、実際に再現する魔術師の力量が下ならば抗いようがない。


「ならばこれはどうだ!」


 モルドレッドが背後から剣の中の王者クラレントで斬りつける。それすらもアーサーは難なく片手で凌ぐ。メローラは逃れるのを諦めて、相討ち覚悟の反撃に転じた。左腰に差してあるエクスカリバーの姉妹剣であるガラティーンで逆手切りを行う。

 そして、エクスカリバーの刃と刃がぶつかったことを見て取った。


「未熟な腕では私に勝てん。この世を統べるのは力だ。私はアーサー王として生まれるべくして生まれた。だが、お前はどうだ? 後付けでメローラとして再現されたにすぎん。端から結果は見えていたのだ」

「くッ、うッ――!」


 剣が押される。同じ格の剣を使っているので、武器が劣っているわけではない。純粋な技量の差だ。数的有利はこちらにあるのだ。状況的に有利でも、実力的に負けていた。

 今までメローラは、技量が劣っても頭の使い方次第で切り抜けられると信じていた。しかし、無理だ、と確信する。相手の頭が悪ければ、有用だったかもしれないが、相手の頭脳すら自分よりも優れているのなら、どうあっても抵抗することはできない。


「……ぁ」

「剣よりも先に心が折れたか? 復讐などに駆られるからだ、メローラ。復讐心で目が曇ったな」

「あたしは……」


 耐えられなくなって剣が落ちる。アーサーが彼女の右手を解放し、魔動波で突き飛ばした。

 地面を転がる。仰向けになる。そこへ、モルドレッドとアテナを片手でいなしながら、父親が近づいてくる。槍は既に抜き取っていた。何事もなかったかのように。


「復讐は何も生まないと人は言う。だが、実際には様々な事象を誘発させる。この戦争がその一つだ。復讐は破滅を呼び込む。その結果がお前だ」

「……セレネ、あたしは……」


 昼間なのに月が見える。青い空の中にぽっかりと異物のように浮かんでいる。

 セレネの大好きだった月。だが彼女はもういない――。


 ――私はいつでもここにいるよ。


「……ッ」


 セレネがアーサーの横に立っていた。悲しそうな顔をしている。

 なぜ彼女が悲しんでいるのかメローラはわかっていた。復讐しようとしたからだ。父親と娘が殺し合っているからだ。

 だとしてもやはりメローラは赦せない。セレネが何を訴えても、セレネの殺人に手を貸したこの男を赦すことができない。

 メローラの闘志が再燃した。右手を地面に刺さるガラティーンへ向ける。


「くおおおお――ッ!?」


 メローラが魔動力で剣を引き寄せたが、遠く、遅い。それよりも早くエクスカリバーの切っ先が喉元に突きつけられた。モルドレッドとアテナが救おうと剣を振りかざしたが、アーサーによって吹き飛ばされてしまった。


「諦めろ」

「く……あたしは! まだ……ッ!!」


 娘が悔しさを滲ませるが、父親は無表情のままだ。すぐにでもメローラの首を斬り落とそうとして来る。


「諦めて!」


 そこへジャンヌが叫んだ。手にはご自慢のリボルバーが握られて、アーサーの後頭部に狙いをつけている。しかし、そのような武器で止められる相手ではない。


「剣を捨てて! 頭を撃ち抜くわよ!!」

「何してるのッ!! 逃げて!!」

「うるさい! 人を散々小馬鹿にしてきたんだから、たまには私の想い通りにやらせてよ!」


 そう言い放つジャンヌの必死の形相からは彼女の想いがありありと伝わった。ゆえに、メローラは本心から逃げてくれ、と思う。

 敵わない。例え殺せたとしてもその程度では止まらない男なのだ。逃げてくれ。お願いだから。

 だがメローラが懇願するよりも早く、アーサーは動いた。ジャンヌへ一瞬で距離を詰めると、瞠目する彼女の腹へ剣を突き刺す。


「え……う?」

「ジャンヌ!! あああああッ!!」


 メローラはガラティーンを引き寄せて、アーサーへ斬りかかった。アーサーはジャンヌから剣を抜き取り、メローラの剣を受け流す。


「また復讐か? メローラ。復讐では私を倒せん」

「うるさい! 黙れ、黙れ! またあたしから大切な人を奪った!! 何なの! あなたはあたしの父親でしょ! なのに、何で、お母様も、セレネも、ジャンヌまでも! 何でぇ!!」

「私はお前の父親である前に、戦士だからだ!」


 剣圧に押されて、メローラが後退させられた。剣を構え直し、メローラは血を吐いて倒れるジャンヌに目を落とす。

 彼女は苦悶の表情を浮かべながらも、側頭部を指でとんとんと叩いた。何を言わんとしているかがわかる。

 頭を使えと、言っている。


(頭を使わないと。冷静でなければ勝てない。怒りでがむしゃらに戦ったところで、相手はその怒りを利用するだけ……)

「メローラ、ジャンヌ! 大丈夫!?」


 復帰したアテナが戻ってきて、ジャンヌ側へと駆け寄った。ジャンヌはか細い声で大丈夫だからと応じて、息と血を吐く。が、メローラの眼から見ても彼女が大丈夫なようには思えなかった。ソラのオーロラフィールドの効果である治癒と、ジャンヌがホノカたちと編み出した複合術式によってかろうじで生きている状態だ。いつ死んでもおかしくない瀕死の重傷。なのに、彼女はメローラを気遣っている。

 ならば、メローラがするべきことは決まっていた。


「……大丈夫よ」


 メローラは気丈に答える。ここでうじうじしていても何も解決しない。


「そのようだな。どうする? メローラ」


 モルドレッドもやってきて、妹に指示を仰ぐ。メローラは頷いて、二人に指示を出した。


「そうね。もう小細工はなし。魔術剣士としての戦いをするわ。行くわよッ!」


 三人の魔術剣士は剣を煌めかせ、敵対する流派のマスターへと躍動感のある剣術を繰り出した。



 ※※※



 あらかじめセッティングされた戦場での銃撃戦は、一種のゲームであるかのような錯覚をプレイヤーに及ぼす。

 だが、ヤイトはそれで思慮が乱されるほど共感的な人間ではない。冷静に、自分の位置を客観的に把握して、ライフルでシャークがいる位置へと威嚇射撃を加えた。


(反撃がない。射撃戦を行うつもりはないのか)


 ヤイトはシャークが隠れた廃車を改めて見直す。本来、車は銃弾を貫通するが、最近では防弾仕様の車も多く存在している。あまりにも戦争が長引いたためだ。魔術師相手には大した効果がないものの、弾丸を防ぐ盾ぐらいにはなってくれる。

 シャークはただの障害物を、戦いを盛り上げるためのアクセサリーとして設置したのだろう。他にも迷路のように入り組んでいる箇所や遭遇戦に陥りやすいように設計された施設もある。

 ヤイトにとっては命懸けの戦いだが、シャークにとっては愉快なゲームなのだ。人殺しを快楽に変えることができるのがあの男だ。ふざけた態度ながらも、遊びがために全力で行う。油断ならない大敵。

 父親を殺した仇でもある。ウルフと互角な戦いをする強敵ですらある。次の奴の行動はなんだ?

 ヤイトが予測を加速させた瞬間に、鮫のコードネームを持つ男は強襲を仕掛けてきた。


「銃もいいがナイフもいいだろッ!」

「……ッ!」


 シャークは光学迷彩を使ってヤイトの真上まで移動していた。ヤイトならば射撃を行うべきタイミングで、シャークは近接戦闘を仕掛けてくる。理由は愉しいから、それだけだ。

 ヤイトは咄嗟に拳銃を引き抜いて銃撃を加えたが、シャークは器用にナイフで弾丸を斬り落とした。科学の最先端であるパワードスーツと物理法則を簡単に歪める魔術の結晶だからこそできる神業だ。


「地の利は俺にあるぞ? 忘れるなよ!」

「チッ!」


 引き金を引きながら、左手でグレネードを取り出す。シャークへと放り投げて、ヤイトは照準を宙を舞う手投げ弾へと合わせた。銃弾が命中し、グレネードが炸裂。シャークが爆炎に包まれたが、


「もうちっと刺激的な奴をくれよォ!」

「くそッ!」


 シャークは気にもせず炎の中を突っ切る。パワードスーツがダメージを負っているが気にしない。攻撃を受けることを愉しんでいる。長らく死線に身を投じた者は、平和な日常に退屈するようになってしまう。シャークもその類だった。自分がいつ死ぬかわからない極限の緊張感が、奴の活力なのだ。

 シャークの接近を許したヤイトは、ナイフを引き抜き近接戦闘に移行。だが、ヤイトの見立て通り、シャークの技量の方が上だった。シャークは思い切りがある。死ぬことを恐れていない。むしろ、死に場所を探しているようにも思える。

 しかし、ヤイトの方はどうか。確かに昔は死んでもいいと思っていた。自分が死ぬことであの子が助かるなら、この命は投げ出してもいいと。

 だが、今は。今死ねば――ハルが悲しんでしまう。


「どうした、どうしたッ! 以前のような安全性を度外視した戦い方はどうしたよ? 女を救って腑抜けたか!?」

「しまった!」


 ナイフが飛んで行った。ヤイトの近接武器が。シャークのナイフ捌きはヤイトとは別次元。このままでは喉を切り裂かれて終わる。ならば、どうするか。


「もう終わりかよッ!」

「まだだ!」


 シャークがナイフを突くが、ヤイトはそこへあえて手を伸ばした。左手でナイフを掴んで止める。シャークが驚きに目を見開いた瞬間、がむしゃらに拳銃を撃ち放つ。

 三発ほど撃ち込んで、シャークは距離を取った。血が舞う。ヤイトとシャークの血液。


「いいぞ。最高だ」


 シャークは笑みを作る。ヤイトは苦りきった顔で自分の左手へ目を落とした。

 以前と同じ轍を踏まないように、解析が自動で行われる。魔術及び科学的異常は検知されなかった。


「毒も手品もない。純粋な殺し合いだ。その方が楽しいだろ?」

「僕は楽しいとは思わない」


 治癒が働き始めたが、遅い。大勢の人間を対象にしているため、軽傷では優先順位が低いのだと結論付ける。つまり、こうしている間にも誰かが死にかけている、ということだ。

 ヤイトは銃杷を握りしめる。そして、痛みを堪えながら左手でスモークグレネードを投擲した。


「煙幕か? 逃げるのか? 一応念のため言っておくが、ここからは逃げるなよ? もし逃げたら、俺がお前の女を犯しに行く――おっと」


 無言の射撃が煙幕から放たれる。シャークは左手で弾丸を掴み取って、上機嫌になった。


「そうこなくっちゃ」


 ヤイトはシャークの動きを予測しながら、気取られぬように移動する。目指すは壁で四方を囲まれた巨大迷路だ。

 迷路に入り、至るところに罠を仕掛けながら走る。周囲のスキャンも忘れない。ヤイトが進めば進む分まで周辺の地図はインプットされ作戦が立てやすくなる。

 迷路全体を把握し終えた時、待ち伏せに丁度良さそうな場所を見つけた。鋼鉄製のゴミ箱だ。そして、すぐ隣にはゴミ箱を狙撃するのに最適な藁山も。


「…………」


 ヤイトはしばし黙考し、身を潜ませた。その直後、シャークが大声を出しながら近づいてきた。


「迷路は愉しいよな。すごい迷うが、正解は一つだけ。正しいルートさえ導き出せばそれで終わる。でも、戦場はそうはいかない。敵を殺す方法は山ほどあって、俺はいつも迷うんだ。こいつは銃殺するべきか? それとも殴殺? 刺殺? 絞殺? あえて軽傷を付けて、そのまま放置するべきか? それとも餓死させるべきか? 食事に毒でも混ぜる? 高所から突き落とす? 絶望させて、自殺させる? より取り見取りだ。アーサーはそこに、身近な人間に殺させるという新しい方法を提示してくれた。新鮮だったよ。今までは手間がかかったからな。洗脳した子どもに親を殺させても味気なかった。何せ、身も心も俺たちに捧げる決心がついてるからな。嘆くのは親だけで、子どもの心は傷付かない」


 シャークの演説は続く。ヤイトは息を潜ませて、時を待つ。


「だからな、お前をハルってガキに撃たせた時は最高だった。自分を救いに来た王子様を、お姫様の手で殺させる……素晴らしい。残念だったのは、結果的にお前は生きて、あのガキも心が砕かれなかったことだ。だからよ、俺はお前たちの心を徹底的にへし折るつもりだ――お? いいゴミ箱だな」


 通路を進み、シャークがT字路に差しかかった。右側には待ち伏せに最適なゴミ箱。左側には、奇襲に適した藁山。シャークは笑みを浮かべて、右に進む。


「俺だったらゴミ箱に隠れて、怖い怖いおじちゃんを待つ――が、お前はそっちだろ!」


 シャークは突然振り返り、反対側の藁山にランチャーを放った。藁山が吹き飛んで、藁とライフルが宙を舞う。


「ハハハ、ちょっと物足りないが――あ?」


 シャークは残骸を目にして、疑問の声を上げる。――死体がない。そう彼が知覚した瞬間に、ヤイトはゴミ箱の中から姿を現した。


「想定通りだ」


 火薬庫から召喚していたサブマシンガンで連射。シャークは防御したが、左側頭部に一発命中した。頭部が剥き出しになったのが仇となったが、シャークは嬉しそうに笑みを張り付けている。


「そうだ! それでいい!」


 シャークは拳銃を撃ちながら、左手でマシンガンを構えた。左側から血を流しながら、涼しい表情で機関銃の片手撃ち。ヤイトはゴミ箱から飛び出してスワローのジェットパックを使い迷路から撤退したが、逃げる最中に背中のパックに着弾してしまう。パックが故障し、CQBエリアへ落下。呻き声を漏らして、

脇腹を押さえた。


「く……」


 ジェットパックを貫通した弾丸が、左脇腹を抜けている。血で左手は真っ赤だが、止血している暇はない。施設内へと駆けていく。

 その後を、シャークが追いかける。血が滴る頭を手で拭い、血の痕跡が残る床を眺めながら。


「重傷じゃないか、ヤイト君。このままだと死んじゃうぞ」


 口笛を吹いて、ヤイトの追跡を再開する。



 ※※※



「マスタリーン! レミュ! きらり!」


 森の中を駆け、ようやくミーミルチームの元へ辿りついたクリスタルが三人の名前を呼ぶ。驚いたレミュときらりが声を荒げた。


「クリスタル!?」「どうしてここに!?」

「説明してる暇はないの! ンガイの森なの、ここは! ニャルラトテップの再生能力の源! 急いで破壊しないとみんなが危ない!」

「悠長に構えている暇はないようじゃの。じゃが……」


 リーンが毒沼へと目を落とす。食屍鬼グールと化したフィリックが暴れている。彼は底なし沼に嵌まってなお、まだ戦意を失っていない。


「ニセレミュの話は本当だったのね……」

「何のことですか? クリスタル」


 レミュが気になって訊いたが、後でと一言付け加えると、彼女は素直に引き下がってくれた。


「急いで森から撤退しないと。マスターフィリックをどうにかできますか?」

「どうにかしないとならんじゃろう。じゃが、一筋縄ではいかんぞ」


 リーンが沼から目を離して答えた。クリスタルが焦る。


「私が昏倒させます。ですから――」

「そちらではない。後ろを見ろ」


 言われるがまま後ろを振り向く。そして、大量の敵魔術師の反応をレギンレイヴのレーダーが確認した。


「まさか……!」

「そのまさかじゃ。お主はこの森を焼かねばならんのじゃろう。だから、我々に避難を命じた。しかし、奴らが巻き込まれても困る。そう見越して奴らは一度退却したのじゃ」

「急がないとソラたちが……!」

「うむ、ゆえに急ぐぞ!」


 リーンが拳を構えてレミュときらりも武装する。クリスタルは二丁拳銃を構えながら頭を回した。


(味方も敵も避難させないと……! でも、時間が掛かり過ぎる! ただ気絶させるだけじゃ火災に巻き込まれてしまうし、転移も結界が張られているせいで使えない! どうすれば……!)


 こういう時、あの子ならどうするだろうか。クリスタルはソラのことを考える。

 ソラなら、どうする? 彼女が困った時、どんな行動を起こすのか……。

 そこまで考えて、クリスタルは自虐した。簡単なことではないか。何を悩んでいたのだろう。


「きらり、何かわからない? レミュも。私を助けて!」


 クリスタルは親友に助けを求める。ひとりではどうしようもない時に、ソラがクリスタルを頼ったのと同じように。

 すると、きらりがあっ! と何かを思い出した。


「平石! あれ、何か重要な物なんじゃないかな!」

「平石……?」


 クリスタルが視線を凝らす。台座の上に平石が置かれている。意味深に。


「森自体が邪神の再生を促すのだとすると、制御するための装置が必要なはずです! 森全体を焼かなくても、あれを壊せばどうにかなるのでは……!」


 レミュが思い付きを口に出すと、きらりが後方で本をめくっているエルに叫んだ。


「どう思う!? エルさん!!」

「その推測は的確です。この森自体がニャルラトテップ用の術式だとは思わず失念していました。流石ですね」


 エルに褒められてきらりは満更でもない顔をする。三人は顔を見合わせると、平石を破壊するべく動き出した。

 リーンが前方で襲いかかってくる敵魔術師を殴り倒しながら命令を下す。


「クリスタルたちを援護せよ! 妨害させるでない!」


 ミーミルチームはクリスタルたちを守護するべく敵魔術師に立ち塞がった。クリスタルは安堵の表情を浮かべる。前方に敵はなく近くにある毒沼だけ。すぐに平石を破壊できる――。


「グオオオッ!」

「クリスタル、危ない!」


 きらりがクリスタルを突き飛ばす。そこへ毒沼から脱出を果たしたフィリックが飛び掛かってきた。きらりは魔法を使おうとしたが、間に合わずに殴打を喰らう。木に激突して呻き声を上げた。


「きらり! よくも!」

「待って、レミュ! 私がこいつを引きつける!」


 フィリックへと向かおうとしたレミュを制し、彼女の前へ出る。レミュはしかし、と異論を果たしたが、クリスタルの正論で納得してくれた。


「石を壊すのは得意でしょ!」

「……そうですね!」


 レミュが平石へと走り、クリスタルは彼女を守るようにして単発と連射を交互に放つ。が、フィリックはダメージを食らいながら強引に突進し、クリスタルへ体当たりを加えた。強打され、苦悶の声を漏らす。武装制限されているレギンレイヴでは、近接戦闘は分が悪い。

 だが、負けてなるものか。クリスタルは屈強な意志で食い下がり、ピストルを投げ捨ててフィリックにしがみ付いた。フィリックを抑え込む。


「きらり! お願い!」

「……イグニッションバースト!!」


 きらりが仰向けの体勢で、レジェンドきらりの魔法攻撃を放つ。散々アニメ鑑賞に付き合ったクリスタルには、それがどういう魔法かわかった。端的に言えば魔法砲。強力な閃光で敵を概念的に消滅させる伝説的究極魔法。

 もちろん、ヴァルハラ軍用に死なない程度に改良されている。あくまで、死ぬほど痛いだけ。


「……レミュ!」


 直撃する寸前でフィリックから離れたクリスタルはもうひとりの親友の名を叫ぶ。


「わかってます! やあああ!」


 その声を受けて、台座へと辿りついたレミュが思いっきりモーニングスターを振り下ろした。平石が砕け散る。

 術式が解除されて、ニャルラトテップの再生能力が失われた。クリスタルたちは歓喜して、敵魔術師と相対する。


「ソラたちの元へ戻るわ。その前に……」

「こいつらを片付けましょうか。クリスタル、きらり」

「うん! 私たちは無敵だよ!」


 クリスタルはミーミルチームに手を貸して、狼狽する魔術師たちを一人ずつ倒していく。三位一体の攻撃に敵う相手は誰もいない。

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