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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第十章 鎮魂
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スィッズとスェヴェリスの物語

 フレイヤはただ黙して戦場を眺めていた。眼下ではモニターに映し出されるあらゆる地点での戦闘と、ブリッジの外で見える箱船の護衛部隊とマーナガルムの精鋭部隊である破壊者デストロイヤーの交戦模様が窺える。

 そこへ手出しはしない。下手にここを離れればヴィンセントに狙い撃ちにされる。


「射角が足りなくて主砲が使い物にならない!」


 コルネットが悲鳴を上げる。横に滑り込むようにして内部に侵入した箱船は左側面の砲塔しか使い物にならなかった。だが、かといって右側の砲手を迎撃に当たらせるわけにもいかない。敵に回り込まれた時の対策が取れなくなってしまう。

 フレイヤは黙したまま、オペレーターやクルーの叫び声を聞いている。指示を出す必要性を感じていなかった。彼らは全員ベストを尽くしてくれている。必要な時に必要な言葉だけを放てばいい。


「提案があります、フレイヤ」

「何だ、エデルカ」


 ずっと思索に励んでいたエデルカが声を上げた。彼女の視線の先にはミルドリアがいた。凶暴化した子どもたちに囲まれて、箱船への猛攻を見守っている。


「ハルフィスたちの到着も遅れています。このままでは箱船は陥落するかと。あなたが出撃すれば別ですが、あなたはヴィンセントを警戒して動けない。だからと言って、代わりの戦力がいるわけでもない。総力戦ですから、戦闘力の高い兵士は外に出払っている」

「その通りです、ミスエデルカ。ボクたちは窮地に立たされています」


 ノアが危機感をあまり感じさせない口調で応える。事実なのだから焦ってもしょうがないという考えからだと推測できた。

 エデルカは眉を顰めながらも、それでも言葉は止めなかった。自身の考えを述べていく。


「子どもの身体強化にはミルドリアが関わっています。動けるマスターは私だけ。私が彼女と対峙するべきでしょう」

「戦闘に秀でていない君がか」

「四の五の言っている場合ではない、と考えます。それに、私はアレックから多少の手ほどきを受けましたので」


 エデルカはフリントロックピストルを執り出しながら言った。それでも不安はぬぐえない。だが、自分は動けない。

 フレイヤは彼女の提案を受け入れることにした。コルネットが連絡を行う。


「エデルカちゃんが出撃! 皆さんは彼女を中心に戦力を立て直してください!」

「では、行きます」

「……死なないでね、エデルカちゃん」


 コルネットがエデルカを案じる。エデルカは怒ったような表情を浮かべた。


「あなたには山ほど文句があります。全て言い終わるまでは死にません」

「わぁ、怖い。今から備えとかなきゃ」

「私の説教は長いです。アレックほどではありませんが、そのように」


 エデルカは去り際に微笑を浮かべ、ブリッジを後にする。

 それを見送った後、ノアが質問してきた。


「歯がゆいですか、フレイヤ」

「そんなことはない。全て予定通りだ。全てな」


 フレイヤは戦場を見据える。機会が訪れるその時まで、座して待つ。



 ※※※



「リーンでもハルフィスでも、ましてやレオナルドですらない。お前が我の相手か」

「ご不満ですか、ミルドリア。あなたとはあまり仲がよくなかった、と存じてますが」


 若い女性の姿のミルドリアが、嫌悪感を丸出しにした視線を少女の姿をしたエデルカに注ぐ。彼女は破壊者デストロイヤーに守護されていた。エデルカも護衛部隊に守られているので、構図は同じだ。ただし、戦力の質が違う。エデルカの分析では、ミルドリアたちの方が上手だ。

 それは相手も承知の上だった。ふん、と鼻を鳴らしてミルドリアは嘲笑う。


「以前にも増して若くなったようだが……それで我に敵うと? 驕ったな、エデルカ。お前は我よりも数倍劣る」

「知識では負けません。戦力差を、私の知識で補いましょう。みなさん、戦闘準備。……以前は感情を隔離していたので抑えられてましたが、今ははらわたが煮えくり返りそうです。このような年増の嫉妬に私はずっと晒されていたのですか。耐えがたい屈辱です」

「……言ってはならないことを言ったな、このガキめ!」


 ミルドリアがあからさまな挑発に乗った。いや、エデルカとしても本心を吐露したのだが、それが功を奏した。感情の乗せられた魔術は暴風ではあるが、制御するには容易い。エデルカは魔導の記し手の異名の通り魔導書を片手に携え、ミルドリアから放たれた火炎魔術を打ち消した。


「いくら強力な魔術だろうと分解されればどうしようもありません。……無駄な抵抗はやめてください」

「無駄だと? 味方に守られている状況下でよく言う。遠距離なら防げるが近距離ならば分解できないだろう? お前の弱点は心得ているぞ。我にお前は勝てない。たかだが百年程度生きたガキではな!」


 ミルドリアによって処置を施された子どもたちが、驚異的身体能力で護衛部隊へと突撃していく。素早く恐れもない防御を度外視した攻撃。反政府組織やテロリストが子ども兵士を欲しがるのは死の恐怖を知らずに無邪気で純粋な戦闘を行うからだ。加えて、子どもの殺害はまともな軍人への精神攻撃にもなる。敵を殺しても、敵に殺されても敵にダメージを負わせることができる。だが、それはそもそも敵を殺さない戦いを行うヴァルハラ軍には効果がない。

 しかし、躊躇いなく撃てるはずの仲間たちは子ども相手に苦戦していた。純粋に強い。それにエデルカは子どもたちの身体がボロボロになっていくのを見て取った。害悪魔術マレフィキウム、精神状態に影響を及ぼす軟膏。古代魔術のそれも最悪な部類の魔術が仕掛けられている。

 ただでさえ復讐心や怒り、憎悪を利用されている子どもたちだ。それをさらに強化され、狂化しているのであれば、もはや彼らは狂戦士バーサーカーと形容する他ない。熊へと変身せず同士討ちもしない都合のいい狂戦士バーサーカー。一度暴れれば冷静さを取り戻すまで暴走し続ける。そして、暴走が終われば死を迎えるのだ。


(あれへの対処は解毒剤。パナケアが使えます。しかし、ハルフィスはまだ到着しない。かといって、私はミルドリアへの対応で手一杯です。どうすれば……)


 エデルカは苦心しながら、ミルドリアが放つ荒天術を防いでいく。火、雷、土、水。それらが分解されて消え失せる。だが、敵の魔術はどんどん強大になり、ミルドリアが笑みを浮かべるごとにエデルカは苦りきった表情となった。

 ギリギリで保たれていた均衡は数の暴力で押されることとなる。エデルカとミルドリアが創生と分解を繰り返す間に、護衛がひとりずつ倒れていった。アサルトライフルを撃つ兵士に子どもが飛び掛かり、その喉元を掻っ切る。杖で詠唱を行っていた魔術師が、子どもによる自爆で木端微塵となった。

 周囲に散らばる血と肉。味方が死ぬたびにミルドリアの火力は上がる。

 エデルカは即座にミルドリアの火力上昇のトリックに気付いた。


「まさか、彼らを生贄に利用して――!」

「気付くのが遅いぞ、ガキめ!」


 雷鳴が轟く。エデルカの周囲に発生した雷雲が、彼女に強力な電撃を撃ち放った。



 ※※※



「まだ辿りつかないのか。空間湾曲は使えないのか? じいさん」

「そうよそうよ! わざわざ道を足でべたべた歩くより転移した方が早いに決まってるわ!」

「そんなことは儂とてわかっておる! 使えないからこうして歩いているのだ! それともお前たちはわざわざ飛んで空に浮かぶ敵の鉄鳥に撃ち落とされたいか? ドラゴンもいるのだぞ?」


 我儘を漏らした弟子に師匠が怒鳴る。リュースとカリカはうんざりした様子でその説教を聞いていた。

 今は箱船が墜落した地点へ急行している最中だった。これならば最初から乗ってればよかったんだ、とリュースは思っていたが口には出さない。言えば、また新しく説教が追加されるだけだ。

 隣ではふん! と鼻を鳴らしてカリカが怒っている。いつものはきはきとした口調で。

 カリカは速く戦闘を終わらせたくてしょうがないのだ。こうしている合間にもケランの心が自分から離れていくと思っている。戦争などしている暇はない。カリカの恋愛がどうなろうと知ったことではないが、その点についてはリュースも同意だった。

 箒があるのに使わないのは、制空権が確保できてないせいらしかった。それに、箱船が不時着した場所は地下である。歩いていくのは道理……とわかってはいるのだが、やはりリュースも納得できない。


「アイツら支援しなくて大丈夫なのか?」


 彼女は上を見上げるが、空の戦闘は芳しくない。ヴァルハラ軍の戦闘機は次々と破壊され、ドラゴンが咆哮し、シャンタク鳥は奇妙な姿で飛行中。マーナガルムの戦闘機や戦闘ヘリは同僚の怪物を刺激しないよう注意しながら、ペガサスⅡのケツを取って撃墜を繰り返している。

 頼みの綱である相賀はヘルヴァルドにかかりっきりだ。私の雷を避けたくせに、とリュースは初めてブリュンヒルデと交戦した時を思い出し悪態を吐く。


「どうやって支援するのだ? ドルイドにもできることとできないことがあるのだぞ」

「いや、そりゃあ、私の雷で」

「お前の雷では出力が足りん! 何度言ったらわかるのだ」

「わかった、悪かったよじいさん。そう怒るなって」


 リュースは謝って、じっと空を観察するカリカを先に促そうとする。だが、カリカは閃いたわ! と大声を出し、ハルフィスの血圧を上げた。


「どうせろくでもないことだろう! 急いで箱船の援護に」

「ドラゴンの倒し方よ! 私にしかできない方法だわ! リュース、行きましょう! 私を守るのよ!」

「え? いや、彼氏を見返すために命を張らなくても」

「何言ってるの! 私は私にしかできないことをするだけ! 早く戦争を終わらせて、ケランとデートに行くのよ!」


 カリカはペースを乱さない。反面、リュースは露骨に嫌な顔となる。


「死亡フラグみたいで付き合うの嫌なんだが」

「いいから!」


 ここまで強く言われると、リュースとしても同意せざるを得ない。癇癪を起こすハルフィスに謝罪しながら、リュースとカリカは一本の箒に跨った。リュースが操縦。カリカは何やら杖を携え、瞑想をしている。


「行くぞ、カリカ」

「ええ! 狙いはドラゴンよ! 二体まとめて倒してやるわ!」


 ドルイドの少女たちは飛翔する。片方は明確に、片方は曖昧に。

 ドラゴンの倒し方とやらを実践するために。



 ※※※



 ソラに頼まれたクリスタルはレギンレイヴの観測機能を使って、森林地帯を捜索していた。その地点は思いの他すぐに発見できた。むしろ、どうして設計図に記されていなかったのかわからないぐらいだ。

 もしかすると、あの地図は完全なものではなかったのかもしれない。クリスタルはそう考えながらレミュたちと連絡を取ろうとしたが繋がらない。


「降りるしかないわね」


 クリスタルは降下し、森の中が騒がしいことに気付いた。戦闘音と悲鳴。交戦している。


「ソラに詳細を聞けばよかったかしら。いや――」


 クリスタルはレーザーピストルとパルスマシンピストルの二丁拳銃となり、単発と連発拳銃を巧みに使い分けながら、森の中で活動する敵兵士を射撃。軍人や魔術師、剣士を難なく打ち倒していく。


「目を瞑っても当たるわ。……彼らにマスターリーンが苦戦するとは思えない」


 何か強敵が潜んでいる。クリスタルはそう見立てを立てて森を進む。木の影や茂みの中からあらゆる職業の敵が奇襲を仕掛けてきたが、クリスタルは倒せない。木々がたくさんある以上、ドローンと鎧に仕込まれている強力な火砲は使えないが、これらは森を破壊する時に役立つはずだ。


「――やッ!」

「わッ!!」


 木の上から何かが強襲してきて、さしものクリスタルも反応が遅れた。が、原因は不意を衝かれたからではなく、上から落ちてきたのがレミュだったからだ。彼女も新調したモーニングスターを振り下ろす直前で気が付いた。


「あ……!? クリスタル!?」

「仲間かどうか確認してよ、全く」


 倒れたクリスタルはため息を吐く。すみません、としおらしく謝るレミュ。珍しいことだった。レミュがここまで冷静さを失うことは滅多にない。それほどの事態がこのンガイの森で起きている。

 クリスタルは起き上がりながら、もうひとりの親友について訊ねた。


「きらりはどうしたの?」

「マスターフィリックと……交戦中です」

「マスターフィリック!? でも彼は……」


 レミュは言いづらそうに目を逸らした。


食屍鬼グールへと変化しました。何らかの変身術でしょう」

「そんな……ミュラを――」

「連れてくればよかった、と言ったのはマスターリーンも同じです。急いで援護へ。敵の増援に囲まれて、ミーミルはバラバラになりました」

「わかった」


 二つ返事で了承し、レミュと共に森を駆ける。クリスタルが後衛、レミュが前衛。ここに、あともうひとりが必要だ。


「コンビネーションで倒せば楽勝よ」

「ええ、そうですね……」


 レミュが肯定しながらも、止まる。息苦しそうに胸に手を当てた。

 心配してクリスタルが顔色を窺う。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。急ぎましょう。こちらです……」


 そう言ってレミュはクリスタルを誘う。クリスタルは頷くと彼女の背中に付いて行った。



 ※※※



「ええい、やるのぅ!」


 リーンがグールと化したフィリックの打撃を防御しながら忌々しそうに吐き捨てる。きらりはそれを独自の魔法で援護しながらレミュの身を案じていた。彼女は敵と交戦中にどこかへ行ってしまったのだ。


「カオスポイズン!」

「その技名は何とかならんのかのぅ!」


 リーンが叫ぶがそこは文句を言われてもどうしようもない。きらりの魔法は魔法少女きらりの再現なのだ。むしろリーンが受け入れてくれなければ、きらりの術式威力は落ちる。ゆえに、きらりは言い返すことなく毒の沼を召喚した。

 毒沼であると同時に底なし沼。ビースト形態のフィリックはリーンを狙おうとして見事に嵌まり、もがき苦しみ始めた。


「その毒はまさに、この世の混沌! 一度嵌まれば抜け出せないよッ! この毒には強力な酸も含まれてるからね! あなたはぐずぐず溶けて二度と陽の目を見ることは――」

「殺してはならんことを理解しているかの」

「ああ、大丈夫です。実際には死にませんから。死ぬほど苦しいだけなんです。発狂するレベルで」

「それはそれで何とも言えぬな……」


 リーンが複雑な表情を浮かべている横で、周辺の敵の掃討を終えた仲間たちが集まってきた。何名か負傷しているが、敵は早々に撤退したため死者はいない。敵の狙いはよくわからなかった。ただ、不思議な感覚をきらりは感じている。


「どうして全力で来なかったんだろう?」

「奇妙ではあるな。……ところでレミュはどうした? 誰か見ておらぬのか?」

「先程、敵の魔術師と揉み合いになっていました」

「あ、エルさん」


 エデルカの弟子のエル。彼女は戦線に出ることを選んでいた。かつての師と同じように感情を排斥しているエルは、冷静に敵の弱点を分析できる解析官だ。


「資料を使って調べていました。ミュラのような専門家ではないので時間が掛かってしまいましたが」

「大丈夫だよ。で、どうだった?」

「実際にグールへと変身できる画家がいたようですね。生憎、対処法まではわかりませんでしたが、異形化した人間を戻す処方は世界に複数存在します。そちらを使うのがよろしいかと」

「やっぱりそれが一番じゃな。さて、レミュを探しに――む?」


 リーンが部隊に指示を出そうとすると茂みががさこそと鳴った。全員が警戒し、非戦闘員であるエルが下がる。きらりはレジェンドきらりとしての実力を発揮するため、イグニッションフルバーストを発動しようとするが、


「待って! お待ちください! わたくしです」

「あ、レミュ! 危ない危ない」

「それはこっちのセリフです、わたくしを吹き飛ばそうとするなんて」


 誤射しようとしたきらりがホッと一息、仲間たちも警戒を解く。きらりはレミュの後方を見て、安全かどうかを確認した。


「レミュ? ひとり?」

「ええ。敵魔術師と殴り合いになりましたが、わたくしの力に恐れをなして逃げました」


 レミュは得意げに言う。きらりは安堵し、リーンも索敵を止め、毒沼で苦悶する対処方法を全員で考え始めた。

 きらりは毒沼の周囲を歩いて、フィリックが最初に倒れていた平石のところに行く。


「結局これって何なのかな……?」


 よくわからないまま、平石へと手を触れた。――特に何も起こらない。



 ※※※



「まだつかないの? レミュ」

「ええ。結構距離があるのです」


 レミュは正確に位置を把握しているように先を進む。時折止まっては、すぐに進路方向を確認し、あちらです! と道を指し示す。移動中、クリスタルはもどかしい気持ちに駆られていた。こうしている合間にもソラたちはニャルラトテップと戦っている。無限の再生力を持つ相手に劣勢を強いられている。

 破壊しなければならない森には、まだ仲間たちがいる。味方の位置が確認できないうちに攻撃するのは避けたかった。合流し、退避してもらわなければならない。


「本当にまだ?」

「ええ、まだですよ、まだ」


 そう言ってレミュは森の中を縦横無尽に走り回る。まるでずっと同じ場所をぐるぐるしているような気がしてきた。焦燥感に苛まれる。黙っていた不安が、声を上げ始める。


(いけない。焦ってはダメ。心を落ち着かせないと)


 こういう時は、日常と遜色ない会話をすればいい。今までの経験から学んでいる。

 クリスタルはレミュを茶化すことにした。真面目な友軍が同行していれば窘められるだろうが、レミュはクリスタルの親友だ。苦笑することはあれど、怒ることはないはずだ。


「ところで、その白髪は大丈夫なの? ストレスで真っ白になっちゃってるけど」


 小さな笑みをこぼしながら訊く。彼女の反応が手に取るようにわかる。これは地毛ですよ、と勢いよく言い返して――。


「ええ、大丈夫ですよ。後で黒く染めますから。変色してしまったものは仕方ないですし」

「……え?」


 違和感を感じて、クリスタルは止まる。レミュが不思議そうに訊き返す。


「どうかしましたか?」

「……ねぇ、レミュ」

「はい、何か?」


 クリスタルはまさか、と思いつつ質問をする。二丁拳銃の銃杷を固く握りしめながら。


「きらりの嫌いな物はピーマンだよね?」

「……いいえ。彼女の大好物――なッ!」

「カマをかけて正解だった!」


 クリスタルは引き金を引いてレミュに、レミュの姿をした者に制圧射撃を行った。YESと答えれば正解である問いを、彼女は深読みして馬脚を現した。クリスタルに疑われたのだと思ったのだろう。

 既に一度、アレックに化けたミルドリアにクリスタルは出し抜かれたことがある。兆候さえ感じ取れればもう同じ手には引っ掛からない。


「チッ、どうしてばれた!」

「きらりはピーマン大っ嫌いよ! なのに大好きだって言った!」

「このガキ!」


 魔術師はモーニングスターを闇雲に振り回す。だが、レミュの打撃には遠く及ばない。メイスは主に聖職者や魔女狩りの騎士が好んだ武装だ。魔術師とは本来相性が悪い物。いくら誰でも扱える手軽な武器とは言えど、素人の打撃は練度を積んだ者に届かない。

 レミュとの訓練で、鈍器の恐ろしさは身に染みてわかっている。

 ゆえに、クリスタルは苦戦することなく、魔術師を撃ち抜くことができた。女魔術師が正体を現す。


「くそ……ガキ……」

「ガキに負ける奴に言われたくないわよ」

「ふん。だが、わかってるだろ? 私は時間稼ぎだ。ハハ、お前たちは負ける。アハハハッ!」

「くッ! わかってるわ!」


 クリスタルは来た道と逆方向へ移動し始めた。敵の狙いが時間稼ぎなら、意図せぬ邂逅を避けるためにも逆方向へ行くはずだ。そう踏まえて、浮遊機能を使い木を撃ち倒しながらミーミルチームの元へと急ぐ。



 ※※※



「まだソラたちはニャルラトテップを倒せないか……!」


 相賀は下方で繰り広げられる戦闘に見やりながらも、援護できない状況に歯噛みした。航空部隊であるスレイプニールチームとグルファクシチームはどちらも劣勢に立たされている。死傷者は刻一刻と増加し、味方の数は凄まじい早さで減少中。

 相賀が苦心している瞬間にも一機、ドラゴンに呑み込まれた。だが、相賀は支援できない。ヘルヴァルドと戦うので精一杯だった。


「他者に頼るなどお前のやり方ではないだろう。自分の戦いを行え!」

「言われなくとも!」


 ヘルヴァルドの斬撃を、相賀はテレポートで避ける。が避けた先を予期してヘルヴァルドは投げナイフの投擲を行い、左翼の下部に設置されている小型ミサイルコンテナに命中した。急いで修理プログラムを奔らせて、相賀は小型ミサイルの発射を行う。


「いらないか、これは」


 すぐさまコンテナを射出。役目を果たしたコンテナは浮き島に吸い込まれていった。右側のコンテナも動揺に射撃する。小さなミサイルを何発撃ったところで意味はない。重要なのはその横に搭載されている四

発の大型ミサイルだ。こちらが破壊されないように留意しながら相賀は機銃と機体上部のレールガンを穿つ。


『隊長! ドラゴンが暴れて手を付けられません』

「頑張れ!」

『そんな、命令、命令を……ッ!』


 命令を求められてもどうしようもない。相賀はドラゴンへ対抗できないのだ。ウィークポイントは既に示してあるが、そこへ当てられなければ意味がなかった。相賀は歯噛みする。昔、天音を救えなかったのと似たような状況に立たされている。


 ――何でも一人でやろうとしなくていいんですよ。あなたには仲間がついてるんですから。


「天音か?」

「フリョーズの声……!」


 相賀の動きが止まると同時にヘルヴァルドも止まった。しばしの間睨み合う。そこへ、場違いな乱入者たちが登場した。魔術師が使う古い箒に跨り、二人の少女が二頭のドラゴンへ空を切っている。


「リュースとカリカか? 一体何してる?」

「ドルイドか。やらせん」


 ヘルヴァルドが剣の投擲をしようとする。そこへ相賀がレールガンを撃ち放った。ヘルヴァルドは難なく音速弾を剣で斬り落とす。そして、それがただの弾ではなかったことを悟った。


「凍結弾……」

「右手が凍って投げられないだろ?」


 相賀の思考と融和したペガサスⅡのオペレーティングシステムは、彼が望む機能を彼が望むタイミングで発動してくれる。右腕が凍ったヘルヴァルドは左手で難なくその氷を破壊し、相賀へと向き直る。


「そうだな。お前の相手は私だ」

「思い出してくれて何よりだ」


 相賀はレールガンの照準を再びヘルヴァルドへ向けて、戦闘を続行する。


「頼むぞ、お嬢ちゃんたち」


 自分ではどうしようもならない事象を、少女たちが解決してくれると信じて。



 ※※※



「危険なんてもんじゃない。そこらじゅうに弾丸が飛び交ってる」

「じゃあ、指をくわえて見てろって言うの! それじゃ、ケランにいいところ見せられないじゃない!」

「おいお前さっきと言ってること違うだろ! ッ、まずい!」


 ただでさえ悪目立ちする二人乗りの箒は、不幸なことにシャンタク鳥に目を付けられた。飛んで火に入る夏の虫、と言わんばかりに馬の顔をした異形の鳥はリュースとカリカを食せんと風を裂く。


「何してるの! 速く逃げなさいよ!」

「逃げてんだよ、これでも!」

『こちらグルファクシ2-3! 君たちは何をしてる!?』

「ドラゴンを倒すらしい! ってかお前が通信に応えろ! 私は操縦に集中するから!」


 味方の無線と、後ろで喚くカリカに怒鳴りながらリュースは箒の操縦に専念した。

 シャンタク鳥は素早く好戦的。おまけに気持ち悪いときている。どうせ死ぬなら強敵に殺されて死にたい。あんな馬の顔をした鳥に食い殺されるなんてごめんだ。

 リュースはそう考えて、必死に箒を動かした。上へ下へ、右へ左へ。

 リュースの操作技巧の賜物か、それともただの偶然か。リュースはドラゴンと鉢合わせた。青ざめつつも狙い通りだとして、カリカに声を掛ける。


「おい、上手い具合に――おい!」


 しかしカリカは前を見ていない。顔を真っ青にして恋人に遺言めいた謝罪を口にしている。


「ごめんね、ケラン。悪気はなかったの。少し調子に乗ってしまったのよ。今度からは優しくするから……今度があればだけど」


「ふざけんなよ生きろ!」

「生きるわ! 吊り橋効果が狙いよ!」

「ドキドキしてんのは私たちだけだ! 何とかしろ!」


 赤い竜が迫る。リュースは悲鳴を上げることしかできない。

 しかし、カリカは杖を取り出し、巨体へ向けた。意を決して魔術を行使する。


「羽あるトカゲは巨大なドラゴン! ブリテンの竜は――」

「なんだ!」

「ただの豚!」


 カリカが変身魔術を撃ち放つ。いくらドラゴンとは言え至近距離からの呪いを避けられるはずもなく、巨大な豚が爆誕し、なす術もなく地上へ落ちて気絶した。どよめく通信が四方から聞こえてくる。

 その中から、カリカはまず前方で戸惑いを隠せないリュースの問いに答えた。


「一体どういうことだ? どうして豚にできた。格が違い過ぎて無理だろ?」

「赤い竜と白い竜はね、疲れると豚になるの。知らなかった?」


 言われてリュースも思い出した。赤竜と白竜は戦いの末疲れ果て、豚となった後にハチミツ酒で眠らされるという逸話があることを。カリカはそれを利用して、本来ならば変身させることのできない格上の存在さえも豚にしてみせた。感心する反面、どうでもいい想いが胸中を巡る。


「どうでもいいけど、お前……」

「何よ?」

「豚好き過ぎだろ」


 すると、カリカは首を傾げて、


「豚は可愛いでしょう?」

「まぁ、そうだな……」


 リュースは応じると、まだ健在である白竜の方へ箒を向ける。カリカはちゃんと仕事をした。ならば、今度は自分の番である。そう強く思いながら。



 ※※※



「く――ッ」


 エデルカは蹴散らされた護衛部隊と共に倒れていた。目の前にはミルドリアの憎たらしい顔が見える。エデルカは咄嗟に、アレックから譲り受けたピストルを執り出した。だが、それもあっさりと叩き落とされてしまう。


「弱いな、エデルカ。これが我とお前の差だ」

「勝てないのですか、私は……ッ」


 泣く気はなかったが、かつてのようには冷静さを保てない。感情はエデルカの想いと裏腹に、勝手に作用する。

 涙をこぼすエデルカを、ミルドリアは嘲笑う。情けないな、と言いながら、落ちたピストルを掴み取る。


「アレック。奴は生意気なガキだ。我の手で葬りたかったところだ。ヴィンセントが始末しなければ」

「彼は高潔な魔術師でした! あなたとは違う!」

「高潔などと。ふん、お前の師もお前と同じように愚かだった。不遜だ。書き手、記し手は。知恵を書物に書き込めば、人々が制御できると慢心した。人は弱いぞ。愚かだ。我が世界の主となれば、世界はすぐにでも平和となるのだ」

「ヴィンセントは世界を破滅させます! なぜそのことに気付かないのですか!」

「お前こそフレイヤの世迷言に惑わされているだけだ。愚か者め」


 ミルドリアはエデルカの言葉に取り合わない。アレックのピストルの銃口をエデルカの頭へ向ける。


「さらばだ。エデルカ」

「――ッ!」


 銃声が空間内にこだました。


「えい、何だ!」


 ミルドリアは身を翻し、自分に撃ち込まれた銃撃を回避する。

 エデルカは瞑った目を見開き、誰が自分を救ったのかを確認した。


「セバス……?」


 ミュラの世話役だったゾンビが、箱船から出てきていた。重装備を携えて。


「オォォウ」


 魔力で編まれた鎧に加え、ロケットランチャーを背中に背負っている。が、一番目につくのは両手で構える武装だろう。本来はヘリコプターの武装であるはずのミニガンを構えて、セバスはミルドリアと破壊者デストロイヤーたちに射撃を加える。

 エデルカが呆然としていると、ミュラが上機嫌で通信を送ってきた。


『だから言ったのよ? 援護したいって』

「そういうことなら先に言ってください……」


 エデルカは息を吐いて、ミルドリアが落としたアレックのピストルを掴む。

 ――マーナガルムのターンは終了した。これからはヴァルハラ軍の反撃だ。

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