作戦開始
箱船は順調に浮き島へと航行している。大空という大海を。
ソラは展望室でその様子をクリスタルと眺めていた。作戦を整え、装備も点検し終えた。準備万端。後はその時が来るまで座して待つのみ。
ファナムなら、気持ちを落ち着けるために瞑想をしたかもしれない。正座か座禅を組んで、世界の息吹を感じる。そうすれば、心身ともにリラックスした状態で戦に臨める。
だが、ソラはそれよりも自身が昔から行っていたリラックス方法を取ることにした。親友との空見。ただ空を見つめるだけで、ソラは万全な状態へと移行することができる。
「みんなも準備が整ったみたい。数時間後には戦闘」
「そうだね」
ソラは受け答えをするが、どこか上の空。先程から何か話題を探しているのだが、いい話は何も思い浮かばない。
ようやく、全てを終わりにする時が来た。戦争を終わらせる時が。八年も待ち望んだ瞬間。今までの苦労が報われる時。
だというのに嬉しさはあまりない。ただどうしてこうなってしまったのだろうという虚しさだけが、ソラの心に浮かんで自由気ままに泳ぎ回っている。
「悲しいの?」
「どうだろう。もっと仲良くできればいいのにね」
「……人が仲良くという言葉を誤解している限りは無理ね」
「クリスタル?」
ソラは空からクリスタルへ目を移す。クリスタルは微笑して、自分の考えを吐露した。
「全員が手を繋がなくてもいい。それはソラもわかってるわよね。たまに、敵対する魔術師に向かって説教してたし」
「説教なんてそんなこと。ただ、私は……」
「いいのよ。当然だもの。わからず屋には例え年上だろうと言葉をぶつけなきゃね。それに、あなたは自分の考えが全てではないと理解できている。なら、何も言うことはないわ。心配ではあるけど」
「クリスタル……」
「共存、共生。ただ横にいる権利を認めてあげればいいだけ。わかり合わずとも敵対し合わず。でもそれができない人もいる。そして、それを赦せない人もいる。皆が皆、あなたのように心が広くない。そこが重要なの。マスターアレックは、人はまだ未熟な赤ん坊だと言っていた。もちろん、魔術師もね。まだまだ成長途中。お母さんのおなかの中から産まれて、ぎゃーぎゃー喚く赤子なの。だから、耐えられることも耐えられない。余計なことをしてしまう。お母さんを取り合って、争ったりもする」
「お母さん……地球」
いくら賢くないと言われるソラでもクリスタルの話はとてもわかりやすかった。昔のようにクリスタルは考えを述べてくれている。
「そう、地球。綺麗だし、食べ物もいっぱいあるし、手に入れられれば色々できる。昔の人にとっての原初の本が、地球だったのよ。これさえ手に入れられれば。手中に収めることができれば。そう考えて、本来そこまで必要ではない領地争いへと奔った。もちろん、食糧難に陥って仕方なく、という場合もあるでしょうけど、違う時の方が多かった。わざわざ海を越えて支配しようとした。何でもできる。ただそう信じて」
ソラは自分の指環に目を落とした。この力があれば戦争を止められるかもしれない。ソラはそう思ったことがある。その時の気持ちと、昔侵略や略奪を行った人たちの想いはさして違わないだろう。理由は違えど、目指した景色は似ていたはずだ。
この戦いに勝てば楽ができる。この略奪を成功させれば幸せになれる。この海を渡れば栄光が手に入る。
自分のためであり、家族のためであり、国のため。これらのために戦うこと自体は悪いことではない。
だが、方法が間違っていた。歴史ではよくあることだ。目的は正しい。信念も誇らしい。しかしやり方が致命的に誤っていた。
ソラ自身、今、後世の歴史家からみれば過ちの連続なのかもしれない。ヴァルハラ軍の行った戦いは、恥ずべき歴史だとして闇に葬り去られる可能性もゼロではない。
「それでも私はやり通すよ、クリスタル」
ふと想いが口を衝いて出た。そうね、とクリスタルはすぐさま同意してくれる。
「正しいか間違ってるかなんて、実際にやってみなきゃわからない。先人たちは間違ってくれたの。自分の後に生きる人々のためにね。失敗したのなら、次に失敗しないように努力しなきゃ。それでもまた失敗したのなら、努力の方向性を見直すか、さらにいっそうの努力を積み重ねる。赤ん坊はやがて成長し、大人になるのよ。私たちは、赤子を生かさなくちゃいけない。仲良くするってことは、その赤ん坊を議論を重ねながら一生懸命育てること。間違ったり、成功を重ねたりしながらね」
「私たちみんながお父さんであり、お母さんだね」
ソラが話をまとめる。が、クリスタルは彼女の発言を聞いて笑みをこぼした。
「ソラがお母さん、か。想像できないわ」
「えー? あ、うん、まだぴちぴちの女子高生だから確かに。私は頼れるお姉さん!」
「無理無理。あなたは一生妹キャラよ」
「ええー?」
ソラとクリスタルはひとしきり笑う。昔と遜色ない笑みを浮かべて。その後で、クリスタルはソラの首から下がるペンダントへと手を伸ばした。懐かしい、思い出の品に。
「このペンダントはあなたを守ってくれたのかな。あなたを不幸にしてしまった気がする」
「そんなことないよ? いろいろ大変ではあったけど」
ソラはペンダントを取り外して、摘まんだ。
このペンダントのせいで、ソラは髪と目の色素が変化して煙たがられた。
しかし、おかげだとも言える。ペンダントのおかげでソラは転校し、メグミとホノカに出会えた。マリにニーベルングの指環を渡され、人類防衛軍第七独立遊撃隊に配属された。クリスタルとの意図せぬ戦場での再会。メグミとホノカのヴァルキリー装着。幾度にも渡る戦い。徐々に姿を現し始めた真の敵。
最終的にソラは今まで戦った敵とヴァルハラ軍を結成し、こうしてクリスタルと寝食を共にしている。最悪ではあるが、最高でもある。
全て、このペンダントのせいでありおかげだ。
「これのおかげで私はクリスタルの隣にいるんだよ」
「でも、やっぱり効果は心配よね。無知な時の私が作ったジェムだから」
クリスタルはソラからペンダントを取って、何やら鋭利な針のようなものを取り出す。そして、おもむろにペンダントを傷付け始めた。クリスタル!? と驚愕するソラだが、クリスタルに口元へ指を当てられ押し黙る。
「しーっ。落ち着いて。私に任せて」
ソラを落ち着かせて、クリスタルは作業を続行する。小さな宝石に文字が彫られて、ソラはあっと声を漏らした。ファナムのところで学んだルーン文字だ。
「盾のルーン?」
「そ。戦士に勇気を与えて、戦場から帰還させるルーン。本当はもっといろいろ書きたいんだけど、私が一番望むのは、ソラが無事に帰ることだから」
クリスタルははにかむ。ソラも釣られて笑顔を浮かべたが、どこかぎこちない。
本当は感謝の念を伝えたかったが、上手く言葉にできない。油断すると泣き出してしまいそうだったので、ソラは気丈に耐える。泣き虫とはおさらばした。そう自分に言い聞かせて。
「耐えてるつもり? ふふ」
「……泣かないもん」
「泣いてもいいのよ? でも、そうね。泣くのは全てが終わってからにしましょう」
クリスタルは全てを見通したかのようにそう言って、ソラにペンダントを手渡した。
しばらくソラはクリスタルと見つめ合う。そして想いを口にする。
「もちろん、クリスタルもだよ? クリスタルもいっしょに帰ってそれで泣くの」
「急に幼くなったわね、ソラ。残念だけどその提案は受け入れられないかな」
「えっ!?」
「ああ、誤解しないで。いっしょに帰るのは当然。だけど、私は泣くんじゃなくて笑い合いたいのよ」
困惑するソラにクリスタルは優しく語る。
ソラは安堵した表情となる。ペンダントを自分の首にかけて、摘まんだ。新しい加護が掛けられたジェムは、ソラにさらなる勇気を与えてくれる。心なしか、力がみなぎってくる感じがする。
「そうだね、うん。帰ったらいろいろしたいしね」
「やりたいことリストは山積みよ。消化作業が大変」
新しく想いを共有したソラとクリスタルは再び笑顔を見せ合った。そして、直後に響き渡ったアナウンスで真面目な顔つきに戻る。
エデルカが浮き島へもう少しで到達する、という知らせを伝達したからだ。
「行こうか、ソラ!」
「うん、クリスタル!」
ソラとクリスタルは立ち上がり、第一出撃ハッチへと通路を駆けて行った。
第一出撃ハッチには命令を受けたヴァルハラ軍の仲間たちがそれぞれの持ち場についていた。
たくさんの輸送機が出撃準備を整えている。箱船の前方であるこのハッチからヴァルキリーチームと割り当てられた地上部隊が出撃するのだ。
「遅いぞ、バカソラ」
「ごめん、メグミ!」
ハッチへ到達すると、開口一番メグミに怒られる。だが、ソラの後にクリスタルにもちゃんとした謝罪をぶつけられ、メグミは困り果てた。
「わ、私は別にソラを注意しただけで……」
「バカな奴。どうせまだ出撃しないんだから」
マリが呆れて、メグミが反射的に言い返す。
「こういうのは心がけが大切なんだよ! い、いや本気で怒鳴るつもりは……」
クリスタルとメグミはまだぎくしゃくした関係らしい。だがそれでも心の底では信頼しているとソラは信じている。クリスタルもメグミもいい人でありソラにとっては大切な友人なのだ。
「仲良くしようよ、メグミ」
「お前のせいだろ! いや、睨むなよ、おい……」
メグミがいつもの調子でソラに文句を飛ばすと少しクリスタルが不機嫌になる。メグミの顔にはやり辛いという感情が乗せられていた。ソラも確かに、と心の中では思う。
クリスタルが間に入ったことで、以前とはヴァルキリーチームの雰囲気が違う。いや、メグミが戻ってきてくれたから、と言うべきか。
だがそれをソラはいいことだと考えている。ソラはメグミのちょっと理不尽なくらいの感情暴発が好きだった。これがないと本調子が出ないのだ。
「メグミが帰ってきてくれたし、部隊の戦闘力は大幅向上だよ! これで向かうところ敵なし!」
「油断は禁物よ? 敵も優秀なんだから。まぁ、私たちも強力かつ有能だけどね」
マリが不敵な笑みをみせる。ホノカもマリちゃんの言う通りー、と手を挙げた。
「ひとりじゃ勝てないかもだけどー、みんなで力を合わせれば絶対に勝てるよー」
「その通りね、ホノカさん。ヴィンセントやアーサーは、敵に集結されることを恐れてた。確かに、相手は何重にも罠を張り巡らせる策士だけど、私たちも負けてない」
クリスタルがそう言い、ソラも同意しようとする。が、メグミがああっ! と声を上げて遮られた。何事かと目を向けると、顔を真っ赤にして何かを見ている。視線を辿るとヤイトにハルが抱き着いていた。
「い、いけないだろ! これから作戦なんだぞ!」
「これだから恋愛脳は嫌なのよ。別にあれくらい普通でしょ?」
過剰とも言えるメグミの反応にマリが肩を竦めたが、すぐ後に起きた出来事に彼女もおっ、と驚いた。
ハルがヤイトの頬にキスしていた。これにはみんなが驚いて、少し顔を赤らめている。メグミに関しては、沸騰したやかんのようにしゅーしゅー音を立てていた。
「わー、素敵だねー」
「そ、そうだね、あはは」
平然と呟くホノカに、ちょっと困ったような笑みをソラが浮かべていると、事の中心人物であるヤイトがライフルを背負いながらやってきた。
「何かあった? 様子がおかしいけど」
「だ、だっておま、おままま」
彼の問いかけにメグミがまともに応対できない。代わりにマリが発言する。
「何でもないわ。まぁ、ハルと良い雰囲気みたいね」
「……海外では普通じゃないかな?」
ヤイトは自覚がないようで首を傾げる。マリが嘆息する。
「相変わらずね、ヤイト」
「マリは変わったね。いい傾向だ」
「そういう意味で言ったんじゃないけどね」
マリが苦笑しながらも、ずっと共に戦っていた同僚に信頼の眼差しを向ける。二人はそれ以上言葉を交わさずに、ヤイトは輸送機の方へ歩いて行った。
「何か言わなくて良かったの?」
「言う必要はないわ。何だかんだ言って、あのいけ好かない野郎とは長い付き合いだし」
「そうだね」
「そういうあなたはそうだね、しか言ってないでしょ? 他に何か言うことは?」
マリに指摘されて、ソラは思案する。が、あまり良い言葉が思い浮かばない。
なので、ありきたりな言葉を喋る。
「とにかく、頑張ろう!」
しかし、ソラの予想に反した応じ方をマリ、ホノカ、メグミは口にした。
「大丈夫かしらね」
「大丈夫じゃないかなー」
「大丈夫じゃないか? たぶんだけど」
三者三様の応え。どれにも疑いが含まれている。
ええ、と戸惑うソラ。隣に立つクリスタルがフォローする。
「大丈夫よ、絶対に」
クリスタルが断言すると皆がクリスタルが言うなら、と同調。
ソラは部隊長は私なのに、と少ししょげながらもそれで良しとした。
「まぁ、みんなそのままの私がいいって言ってたし、これでいいんだよ!」
「そうよソラ。あなたはそれでいいの。……そろそろね」
辺りの喧騒が静まり返っている。地上部隊のほとんどが輸送機付近に集合し、それぞれの指揮官の話を聞いている。中には不安に駆られてぶつぶつ独り言を呟く者もいるが、別の者が励まし合っている。
これがヴァルハラ軍のカタチ。マーナガルムでは使えない者は容赦なく切り捨てる。死ぬことにこそ意義がある。
だが、ヴァルハラ軍は違う。生きることに意味がある。何が起こっても死を選んではいけないのだ。
『……これより本艦は浮き島への攻撃を開始する。覚悟はいいな?』
スピーカーと念話で放たれたのはフレイヤの声だった。フレイヤは思念魔術を使って心理状態に異常がある者をサーチしている。が、すぐに満足したように声を改めた。
『よし。出撃準備。これよりラグナロク作戦を開始する』
「行くよ、みんな!」
フレイヤの言葉を受けてソラが仲間たちに指示を出す。全員が首肯し、ニーベルングの指環に思念を送った。
オーロラの輝きがハッチの一角に広がり、それぞれの鎧が装着されていく。
右腕、右足、胴体、左足、左腕、頭部に装備される羽根つき兜。青と白の身体にぴったりとフィットする
鎧が、ソラの身体と同化した。
脳裏にヴァルキリーシステムの声が響く。
『装着完了。――ヴァルキリーブリュンヒルデ』
轟音を立てて、ハッチが開放される。ソラは隊長として無線に言葉を乗せた。
「こちらヴァルキリーチーム! 敵地に向けて飛翔します!」
『了解! ソラちゃんたち、頑張ってね!』
「――行きます!」
改めて号令を口にし、戦乙女が天を翔ける。
勇者を選定するように、ブリュンヒルデ、レギンレイヴ、カーラ、スヴァーヴァ、エイルのヴァルキリーが天を舞う。
その後を追うように上部ハッチから出撃したペガサスⅡの編隊と、輸送用のカーゴが続く。ヴァルキリーは前衛だ。
「浮き島が見えたわ」
ソラの後ろを飛ぶクリスタルが報告する。前方には雲が広がり、レギンレイヴの高性能センサーでなければ捉えられない。
しかし、すぐに雲が晴れた。いや、切り裂かれたというべきか。
「――ッ!?」
突然光線が雲を裂き、箱船へ向かって直進する。エデルカとコルネットが回避行動を取ったようだが、箱船にレーザーが命中してしまった。
しかし、爆発も何も起きない。ただ浮き島へ向かって当初の予定通り航行を続けている。
「大丈夫ですか!?」
『大丈夫、と言いたいところですが!』
『引き寄せられてる……!?』
エデルカとコルネットの焦り声が響く。作戦ではレクイエム砲を発射して浮き島を保護するフィールドを破壊する手筈だった。しかし、一瞬で段取りが崩れてしまった。
『このままでは激突しますね。どうしましょう』
ノアが淡々と指示を仰ぐ。フレイヤは一瞬黙り込み、すぐに追加の命令を出した。
『予定は変わらない。引きずり込むと言うのなら、相手の思惑に乗ってやろう。レクイエム砲発射だ』
『しかし!』
『いいから撃て、エデルカ。蒸発したいのか?』
反論したエデルカだが、すぐに思い直したようにコールを始める。レクイエム砲発射準備十秒前、とカウントが始まる。
まだ浮き島に接近できないソラたちは黙って箱船の動向を窺うしかない。浮き島の砲台を警戒しながら、そのカウントを聞いていく。
『五、四、三、二、一……発射』
先程のお返しと言わんばかりに、虹色のレーザーが浮き島に奔る。空が割れ、雲が裂かれる。浮き島の防護フィールドに命中し、障壁が消滅した。ソラはみんなと目を合わせ、浮き島への接近を再開する。
「行こう!」
※※※
アーサーとヴィンセントは、キャメロット城の窓から浮き島の外で繰り広げられる戦闘模様を観測していた。
「そういう方策に出たか、アーサー」
「お前の裏切りは予期できていたのでな。来ると言うのなら、こちらに招きよせよう」
アーサーは淡々と告げる。ヴィンセントも特に動じない。
まだ互いに抹殺する段階ではないからだ。両者が両者とも相手に利用価値があると考えている。
「ニャルラトテップは任務を果たせるか?」
「果たせるとも。奴にとっても破滅は本望だ」
「ならばよい。総力戦となる。こちらの全戦力を投入し、奴らの目論見を叩き潰すとする」
アーサーは執務室から出ていこうとする。そこへヴィンセントが問いかけた。酷薄な笑みを浮かべている。アーサーと遜色ない笑みだ。
「貴様も出るのか?」
「当然だとも。総力戦だと言っただろう」
「なるほど。私もそろそろ本腰を入れよう」
ヴィンセントは転移して何処かへと消えた。アーサーはヴィンセントがいた場所を一瞥した後、通信で部下に指示を出しながら退室する。
※※※
『砲台の数が多い。まずはあれを潰すぞ!』
相賀の通信を受け、航空部隊の面々が了承の意を返答する。ソラも了解と返事をして、ヴァルキリーチームは砲台の破壊を始めた。
とにかく輸送機の通路を確保しなければならない。本来ならば制空権を確保し安全が維持できる状況で出撃させるのがセオリーだが、先程の攻撃を鑑みるにフレイヤの判断は正しかったようだ。
こうしている合間にも箱船は加速を続け不本意な接近を強いられている。ソラたちは、輸送機だけではなく箱船の護衛もしなければならなかった。
「グラーネ、おいで!」
ソラは精霊に呼び掛ける。グラーネが召喚され、グラーネフォームへと変化を果たす。右手に騎兵槍、左手に円盾を持ち、薄い青色へ変色しながら馬の精霊の背中に乗った。
レクイエムフォームは使うには早い。下手に使えばニャルラトテップを呼び寄せる恐れがある。
ゆえに機動力に特化した形態へ切り替えて、ソラは浮き島に無数に設置される砲台へ攻撃を行う。
「やっ!」
ソラは馬を巧みに操り、凄まじいスピードで浮き島に肉薄。上部、中部、下部の砲台に手当たり次第散弾を命中させ、槍を突く。想定していたよりもあっさりと砲台は壊せた。近くで同じようにガトリング砲を殴り壊したメグミが訝しむ。
「何かおかしくねえか?」
メグミの疑問に、ライフルで砲台を狙撃し、レーザードローンで輸送機を守護していたクリスタルも声を上げた。
「そうね。ビークルも出てこないし、この動きは恐らく」
「自動化された砲台。当たる方が難しいほど、機械的な動きよ」
投げナイフを投擲したマリが捕捉。相賀からも同意の声が送信された。
『奴らは浮き島で決着をつける気らしいな。よほど自信があるに違いない』
『お父様の策略の上で転がされるのは癪だけど、近づくしかないのは確かね』
輸送機からメローラの無線。ケラフィスたちもそれぞれの考えを述べる。
『ある意味予想できたことだしな。空中で撃墜されるよりはマシだ』
『何があろうともするべきことは変わらない。ヴァルキリーは我々を守ってくれ』
ブリトマートに頼まれて、ソラはわかりました、と応じる。手近な砲台に槍投げをしながら。
盾はどうやら不要そうなので、左手に銃槍を執り出す。騎兵槍を回収し、散弾と機銃のコラボレーション射撃を実施しつつ、砲台を鉄くずへと変えていく。が、突然機械音が鳴り響き、大型砲塔が上部に出現した。
銃撃を加えるが、効果がない。接近したホノカが散弾を穿ったが同様だ。
「これ硬いよー! クリスタルちゃん!」
「……ッ、ダメ! マリさん!」
クリスタルの一斉射撃も無効化されたため、マリに援護を請う。マリはナイフを突き立てたが歯が立たない。
「メグミ!」
「わーってる! って、いだッ!」
殴ったが、強度はカーラのナックルダスターよりも砲塔の方が上だった。ソラはグラーネから降り、火力特化のシグルドリーヴァフォームへと変化する。
濃い青色の鎧を身に着け魔剣グラムを握りしめ、気合の叫びと共に叩きつける。喧しい金属音が鳴り響き、砲塔が真っ二つに折れた。
「やった――ッ!?」
喜んだのも束の間、ソラは後方の光景に目を見開く。箱船の加速速度が急激に上昇し、浮き島へ激突しようとしていた。
「フレイヤさん! ノアさん!!」
『対処不能。コントロールを喪いました』
『仕方あるまい。総員、衝撃に備えろ』
フレイヤは慄くことなく粛々と指示を飛ばす。
ソラたちが驚愕する目の前で箱船は浮き島へと激突。島の外壁が崩れ巨大な穴が開き、そこへ箱船は呑み込まれてしまった。
※※※
「問題はあるか?」
「大あり、です! しっかりしてください!」
「うぅ……」
フレイヤにエデルカはふらつきながら応える。床に転倒したコルネットを立ち上がらせながら。
強烈な衝撃だったと言うのに、フレイヤは先程と同じ位置で戦況を観測していた。眉一つ動かさない。一見非情にも見えるが、ここまでどっしり構えられてはエデルカも危機を危機だと言い出せない。むしろ好機であるかのような気がしてくるのだから不思議である。
「迎撃態勢を取れ。敵の部隊が攻めてくる。護衛に周囲の安全を確保させろ。ここを臨時拠点として利用する。全軍に通達を急げ」
「は、はい!」
エデルカが承諾すると、ダメージを負っていたクルーたちもそれぞれの役目を果たし始める。コルネットも起き上がり、キーボードを叩き始めた。エデルカは箱船の無事を知らせ、緊急時にはこちらに退避するよう伝令を行った。
すると、ミュラが援護を申し出てきたが、エデルカは取り合うことなく却下する。そうしている合間にもコルネットが周囲をスキャンし、変かも! と声を濁した。
「変とはどういうことですか?」
「そもそもさ、何で私たちは無事な訳? コントロールを取り返そうと必死に操作したけど間に合わなかったから、意図して部屋があるところに不時着したって訳じゃない。それに、辺りに生体反応がごろごろしてるの。たぶん……」
「罠ですか。まずいですね。フレイヤ」
ノアがフレイヤを見上げる。自然と、ブリッジ内の視線がフレイヤに集う。フレイヤは臆することなく命令を下した。
「方針は変わらない。迎撃開始。砲門を開け」
フレイヤが命じたと同時に、辺りから子どもたちが現われる。まるで獣のような俊敏さの少年少女兵の群れに砲手たちがどよめいた。すかさずフレイヤが冷静さを取り戻させる。
「動じるな。非殺傷弾だ。当たっても死にはしない」
言われるがまま、迎撃が開始される。エデルカは緊張の面持ちで、その様子を見守った。
そして、正体に気付く。仕掛けた相手の正体も。
「まさか、ミルドリアの仕業ですか。子どもに改造処置を……!」
「ガウェインに施されていたのと同じ魔術刻印か」
フレイヤは敵の術式を見破ってなお動じない。エデルカは記し手としての知識を生かし、独自に対応策を思案し始める。
※※※
「どうしよう。援護に行った方がいいかな?」
浮き島へと上陸を果たしたソラは、不安そうに呟く。が、すぐにクリスタルに諭された。
案じるというよりは、戒める、という意味で。
「そんな暇はないみたいよ。前」
「……ニャルラトテップ!!」
道の先から杖を片手にニャルラトテップが現われる。ソラは槍を構え、ヴァルキリーチームもそれぞれの武器を執った。
だが、ニャルラトテップは首を横に振る。直後にソラは何かを感じ取り回避命令を出した。
「みんな避けて! 早く!」
ソラの指示を疑うことなく全員が飛び立つ。そこへ、何かが落ちてきた。
「何だコイツはッ!?」
メグミが着地したソレを見て声を荒げる。おぞましく、巨大な生命体だった。
四足歩行ではあるが、不安定。軟体生物のような柔軟性を秘め、手は鉤爪のように鋭い。弛緩した腕をだらりと垂らして、ソラたちを見つめている。口しかない顔で――。
「闇に吼えるもの!?」
「名前など何でもよい。が、名で人に恐怖を与えられるのならば、利用しない手立てはない」
ホノカが名を叫び、ニャルラトテップが余裕を持って応える。
ソラは歯噛みしながら二体のニャルラトテップを見据えた。化身が同時に存在できるとは話に聞いている。とはいえ、これほど強力な化身を出してくるとは予想していなかった。
「使うがいい。最強の形態を。でなければ、世界は滅ぶぞ」
「……そうですね」
ソラは眼を閉じる。ソラが最終形態へと移行する間、クリスタルたちが周囲の防御を固めた。
しかしニャルラトテップは何もしない。闇に吼えるものでさえ、じっと時を待っている。
「案ずるな。つまらんだろう……? 何もないうちに始末しては。戦いとは快楽なのだ。予定調和の戦いほど退屈なものはない」
「くそったれが」
メグミが吐き捨てる。そうこうしているうちにソラの準備が整った。
オーロラが輝き、ブリュンヒルデに変化が起きる。鎧が虹色に染まり、背中からは翼が生える。
戦争を嘆く少女に解決策を示した大天使のように。
世界の声とシンクロし、死者の魂と適合する。死の魔術を司るヴァルキリーの最終形態にして奥儀。
『――レクイエムフォーム起動。非殺傷概念を空間に適用。オーロラフィールドを使用します』
「変身、完了」
ソラは眼を開けて、敵を見る。敵は眼のない顔から視線を返した。
「美しい。素晴らしいぞ、人間。綺麗なものはいい。私は綺麗なものを見つけると、無残な姿に変えるため、蹂躙したくなるのだ」
「そんなこと、させません!」
ソラが銀の剣を引き抜く。グングニールの使用も念頭に置いている。だが、相手が時空を操る混沌である以上、何が起こるかわからない。必殺技は最終手段として、二体のニャルラトテップへの対抗策を模索する。
「そうこなくては。そうでなくては面白くない」
ニャルラトテップが聖杖を構える。クリスタル、メグミ、マリ、ホノカも戦闘態勢を取る。
ソラの剣にオーロラが纏われ、剣の威力が強化される。
「行くぞ、ブリュンヒルデ。恐れを知らない少女よ!」
ニャルラトテップの宣言と同時に、島を揺るがすほどの咆哮が轟いた。