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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第十章 鎮魂
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箱船出航

 ヴァルキリーレギンレイヴの点検を終え、次に古式銃の仕込みを始めていたクリスタルは突然きらりの部屋に呼び出された。

 何の用事か想像しながら、ドアを叩く。はーい、という返事が聞こえて戸を開けた。


「じゃじゃーん! きらりちゃんの最終決戦仕様だよー!」


 大声と共に目に入ったのは、無駄にきらきらした衣装に身を包むきらりである。ピンクゴールドで無駄にてかてかした髪色とドレスはあまり目に優しくなく、クリスタルはどんよりした視線を似たような表情で椅子に座っていたレミュに向けた。


「……ねぇ、レミュ」

「何も言わないでください。必要なことです、クリスタル。創作再現の認識強化のためですから」


 再現魔術は認知度が重要である。神話再現や古い伝承、メジャーな物語の再現であれば特に細工することなくすんなりと再現でき威力も保障される。だが、創作されたのが最近である物語の場合――例えばきらりが再現するテレビアニメ魔法少女きらり――は周囲にこういうものが存在し、それを再現していると認知させておかなければ十分な性能を発揮できない。

 ダークきらりの戦闘力が異常だったのはアーサーが特別な仕掛けを施したからだと推測されている。通常のきらりに戻った今、きらりの認知強化は必要不可欠なことだった。


「これは一体何なの? きらり」

「魔法少女きらり二期最終話のレジェンドきらりの衣装だよ! この形態なら地球を指ぱっちんで破壊できるほどの威力を有し、敵の攻撃を全て無効化するほどの堅牢さを兼ね備えているんだ! そして、太古より眠りし伝説のロッドを用いて暗黒皇帝アザトッスを――」


 べらべらと熱心にきらりは解説しているが、クリスタルは死んだ目で聞き流している。レミュも似たような瞳だった。視線だけで、耐えてくださいという想いが乗せられる。

 クリスタルもわかってるわ、という肯定の念を眼差しに乗せ、とりあえずレミュの横に座る。対面に置かれるテレビには魔法少女きらりのアニメが流れ、テーブルの上にはブルーレイボックスが山積みにされている。厄介なことに、ツウリが選定時に店から発見したものをきらりに貸したらしい。


「でね! この形態のすごいところは、きらりに刃向かう者は強制的に精神を捻じ曲げられて戦意を喪失してしまうところなの! 暗黒皇帝もこれには驚いてやるな! そうではなくはつまらん! と褒め称えたぐらいに――」

(……準備は終えたの? レミュ)

(もちろんですよ、クリスタル。メイスの他にモーニングスターを用意しました。打撃武器は強固な装甲を持つ騎士を屠り、誰でも手軽に扱える世界で最もバランスの取れた近接武器ですから)


 きらりの話が延々続きそうなので、念話を使ってレミュと会話する。こういう時、自分が魔術師で良かったと心の底からクリスタルは思える。普通の人間ならば耐え忍んで話を聞くしかないが、魔術師は念話を使って口を閉ざしたまま他者と会話できる。

 無論、クリスタルもレミュも通信魔術には長けていないので、接続できる距離は限られてしまうのだが。


(また凶悪な代物を増やしたようね)

(非殺傷概念の適用が待ち遠しいです。オーロラの輝きが世界を包む時は、何をしたって誰も死にませんからね。問題は、それを妨害する混沌を如何に早く倒すかですが)

(それについては問題ないわ。私がソラと連携してあいつを倒す。アレックがクトゥルフ系のモンスターを素知らぬ顔で狩っていたのなら、弟子である私ができないはずがないし)

「ちょっと、二人とも聞いてる? じーっと見つめ合っちゃって」


 きらりが眉を顰める。もちろん、と二人同時に答えるときらりは饒舌に話を続けた。

 暗黒皇帝、魔法少女、世界の歌、終わりなき平和、という物騒なのかそうではないのかよくわからない単語が飛びまくる中、クリスタルはレミュと密談を進める。


(マスターエデルカがコルネットさんと共にオペレーターを担当するようです)

(聞いたわ。でも、エデルカさんは大丈夫なの? 情緒不安定に思える)

(それは……皆の見解が一致する事柄かと。しかし、何だかんだ言ってコルネットさんと相性は良いようなので的確なオペレートをしてくれるはずですよ)


 レミュはそう言うが、クリスタルの脳裏に浮かぶのは癇癪を起こしているエデルカだけである。パニックを起こすことはないだろうが、以前の凛とした女性に戻って欲しいというのが本音だ。とはいえ、そんなことを口にすれば怒りを爆発させてしまうことは明白ではあるが。

 とクリスタルが自分を鍛えた師の一人であるエデルカに想いを馳せ終えた時、同時にきらりの解説も終了した。


「――っていうことなの! どぅゆーあんだすたん!?」

「ええ、理解したわ。とってもよくね。……あなたも地上部隊に配属されたのよね」

「もちろん! 今までの失敗を払拭するよ! きらりにお任せ、きらりーん!」


 きらりは笑顔に決めポーズ。だが、次に放たれたクリスタルの言葉で拍子抜けする。


「そこまで気張らなくていいわ。少なくとも、私たちがニャルラトテップを倒すまではね」


 クリスタルはきらりを心配そうに見つめる。きらりは黒歴史、などと今までの自分の行いを形容していたが、実際にはかなり責任を感じているはずだった。きらりは根っからのいい子なのである。

 きっと無茶をしてしまう。以前、自分を助けようと一人で突っ走ったと同じように。

 案の定、きらりは困ったように言い返した。


「えーでも、きらりちゃんはー」

「きらりはみんなの魔法少女なんでしょ? そんな子が怪我でもしたら士気も下がるわ」

「んー……そうかな?」

「そうですよ、きらり。魔法少女きらりは魔術師の必須バイブル、なんでしょう? お手本がボロボロでは皆に示しがつきませんよ」


 レミュが同調し、きらりはそっかーと納得する。クリスタルが安堵したのも束の間、がちゃ、と再び扉が開いてうるさい声を上げながらツウリが入室してきた。後ろには不満を隠そうともしないミシュエルの姿が見える。


「あー、きらり! 見終わっちゃったのか!?」

「私は別に見たくない……」


 ツウリの問いかけを聞きミシュエルの小言をスルーして、きらりはテーブルに積み上がるディスクケースの一つを掲げた。


「大丈夫だよ! なんたってブルーレイだからね!」

「そっか! だったら大丈夫だな!」


 何が大丈夫なのか教えて欲しい、と声を上げる暇もない。クリスタルはそそくさと立ち上がりお暇しようとしたが、ツウリに捕まってしまった。逃げようと画策するミシュエルも同じように捕縛される。


「ほら、これから鑑賞会するんだぞ!」

「だから帰りたい……」

「私も概要を聞いたから十分よ。失礼させてもらう」

わたくしも右に同じです、ツウリ」


 レミュもどうにかして場を脱しようと試行錯誤している。が、次にツウリが発した発言にクリスタルとミシュエルの興味が引かれた。


「えー。ソラの奴も呼んだのにー」

「ソラちゃん!?」

「……ソラ?」


 ミシュエルが明らかに食いつき、クリスタルも表情には出さない(つもり)で振り返る。レミュだけが、二人とも!? と愕然としているが時すでに遅し。ミシュエルは一変してうきうきと、クリスタルはまんざらでもない表情を浮かべてクイックターンを行った。


「ソラちゃんが来るなら見る!」

「まぁ、きらりの術式を強化するためだし仕方ないわよね」

わたくしは先程拝見しました……! 同じものをこんな短時間で二度も!? そんな、後生です! あ、ああああっ!!」


 レミュの叫びも虚しく、扉は無慈悲にも閉じられる。ソラが部屋を訪れて、レミュの死んだ魚のような瞳に驚いたのはそのすぐ後だった。



 ※※※



 武器を使うのはナンセンスだ。そうメグミは常々考えてきた。

 親に教わった拳法こそが最強で、自分はそれを極めるのだと。

 だが、ヘルヴァルドに敗北を喫し、クリスタルにもやられて、ニャルラトテップにも殺されてしまった。

 ゆえに、メグミは武器の重要性を実感し、新たに新装備を装着することにした。


「やッ、はッ、ほッ!」


 訓練場に気合の入った叫びがこだまする。幻影VRシステムによる疑似バトルフィールドでメグミはヴァルキリーカーラを装着し、新武器で仮想敵を殴り倒していた。

 荒れ狂う者、の名を持つヴァルキリーの真価を余すことなく発揮し、一定数撃破したところでシステムは強制終了する。


「……ナックルダスター、いい調子じゃねえか」


 メグミは拳に嵌めて打撃力を向上させる赤いナックルダスターへ目を落とす。本来、下手に利用すると相手ではなく自分の指の骨を折る危険性がある武器とされるそれは、メグミの戦闘スタイルに合わせ戦闘力を強化する目的でヴァルキリーシステムが提案した装備だ。

 そのため、本末転倒な状況に陥ることはない。拳の戦い方に関して、メグミは玄人なのだ。


「でも結局打撃なのね。脳筋のあなたらしいわ」

「うるせえよ、手鞠野郎。私にはこれが一番だ。鉤爪なんていうムズかゆいものよりはな」


 マリが呆れながら近づいてくる。武器こそ新調したものの、基本的な戦闘スタイルはヘルヴァルドに指摘された当時のままだ。ヘルヴァルドはメグミと相対した時、それは魔術師用の拳ではないと指摘してきた。

 そうとも、これは魔術師用の拳術ではない。メグミは開き直る。


「これは、友達を守るための拳だ。文句が言うなら私に勝ってからにしろってんだ」

「ヘルヴァルドにはぼこぼこにされてたと思うけど?」

「だからうるせえって」


 メグミはマリを軽くあしらい、ヴァルキリーシステムを解く。裸になるようなへまはしない。もう二度と、友達を裏切るような真似も。

 メグミはマリが投げてきたタオルをキャッチして、身体から染み出る汗を拭きとる。そして、少し気恥ずかしそうに口を開いた。


「その、悪いな。付き合ってもらって」

「だってあなた友達いないんだもの」

「いるぞ! ソラとかホノカとか――……お前とか」

「あら、どうも」


 勢いに任せて照れくさいことを言ってしまい、微妙な空気が場を流れる。

 こういう時はいつもソラかホノカがフォローしてくれたのだ。だが、今二人はそれぞれ新しい友達と作戦を練るか戦の準備を進めている。ならば自分も、新しくできた親友とそれなりの会話をするべきだ。

 メグミはそう考えて、言葉を探す。そして、言いそびれていた謝罪を口にした。


「……本当にすまなかった」

「は? 礼ならさっき……」

「背中斬りつけたろ。シグルーンの時に」


 申し訳なさそうに、メグミが謝罪する。シグルーンとしてマーナガルムの手先、破壊者デストロイヤーとして暴れていた時、メグミはマリの背中を鉤爪で思いっきり斬りつけたのだ。魔術による治癒のおかげでその傷跡は残っていない。だが、その時の記憶はメグミの中にわだかまりとして残っていた。


「……そんなこと」


 マリがスポーツドリンクを取り出し、放り投げる。メグミがそれを難なくキャッチ。


「しょうがないでしょ。精神操作されてたんだから」

「だとしても、私の気が済まねえんだよ。いくらお前がいいって言ってもな」

「自己中な奴。被害者が大丈夫って言ってるのに、加害者がうじうじ謝るの? ……ま、その気持ちはわかるけどね。復讐も似たようなものだし」


 マリがメグミの横に座る。訓練場は広いが殺風景だ。少し離れた場所にあるコンソールで訓練内容を指定し、幻影として空間に表示させる。実体を伴った幻として。やろうと思えば、かつての戦場を再現することもできる。一度負けた相手の戦法を分析し、何度も学習し倒すことだって可能だ。


「でもあなたは私に、復讐以外の道を提示してくれた。だから、おあいこよ。それに、あなたはクリスタルに謝られても私と同じ言葉を口にしたんでしょ」

「む、それは確かに」


 メグミは自分を殺したクリスタルに謝られたが、今マリと行ったのと遜色ないやり取りをして不問にした。精神操作されてたんだから、仕方がねえよ。話したセリフも似通っている。


「なら、自分の謝罪だけ有効とかいう思い上がりは捨てることね」

「……これって思い上がりなのか? 違うと思うんだが」

「だからあなたはバカなのよ」

「バカって言った方がバカだろ」

「じゃあ二回バカって言ったあなたの方がバカね」

「いや、それならお前も今三回バカって……あ」


 何てアホな会話をしているんだ、とメグミは気付く。マリも同じで、二人揃ってくすくす笑った。


「こんなバカらしい会話、できるとは思ってもみなかったわ」

「確かにな。家族が殺された時は、復讐しか眼中になかった」


 だがその想いも今となっては虚しいものだ。それらは全て復讐心を抱かさせるための、アーサーとヴィンセントによる策略だったのだから。復讐は新たなる復讐と憎悪を産む。だから、奴らは積極的に人々を理不尽に虐げた。戦争の火を拡散させた。原初の本へ至るため、その方が都合が良かったから。

 メグミもマリも哀れなピエロでしかなかった。いや、マリはまだマシだ。メグミは結局敵の道具としても利用されてしまった。


「情けなさを払拭するためには、敵をぶっ飛ばすしかねえよな」

「そんなの期待してないわ。……元のあなたに戻ってもらっただけでも儲けものよ」

「そりゃどうも。でも私が――いや、これは無意味だな」


 先程と似たような話を繰り返すところで、メグミが話を中断する。そうだとも、気張る必要はない。むしろ下手に気合を入れれば、また同じ過ちを繰り返すかもしれない。

 なら、自分にできることはこいつらと協力することだ。自分のベストを尽くし、仲間を信頼し、世界を平和にする。それだけのこと。物事はいつだってシンプルだ。人が勝手に事態を複雑化させるだけだ。


「やってやる。またパフェ食いたいしな」

「とか言って、死ぬ気じゃないでしょうね?」

「死なないのは当たり前だろ?」


 にやっとメグミは笑みを浮かべる。マリも笑った。

 互いの拳と拳を打ち合わせ、連携方法の確認を始める。



 ※※※



 メグミがマリと連携について議論を交わす頃、ホノカも支援をより円滑に行うべくジャンヌたちの元を訪れていた。複数人に治癒を掛けられるようになったのは僥倖だが、その程度では間に合わないかもしれない。もっと大規模な回復魔術を行う仕組みのようなものが必要だった。


「で、我輩を頼ると。そういうことだな!」

「私を頼ってきたのよね、ホノカ!」

「んー、どちらかというとニケちゃんかなー」


 期待の眼差しを注いだナポレオンとジャンヌががっかりする。紅茶を淹れていたニケが驚いてホノカを見た。


「私ですか?」

「勝利のエンチャント。概念系の支援魔術はソラちゃんの非殺傷概念と相性がいいと思うんだよねー。そこに治癒をどうにかねじ込めないかなーって」

「そうですねぇ。正直、私だけでは何とも言えません。アテナを呼びましょうか?」

「あーそれならミュラちゃんを呼んであるから大丈夫だよー」

「その通り。これでも私は魔術博士よ」


 と胸を張りながらミュラが入室してくる。だがセバスはおらず、ニケが不思議そうな顔をした。


「セバスさんはどこです?」

「セバスは改造中。……詳細はトップシークレットよ」

「はぁ」

「魔術と魔術を繋げる作業には、互いの絆を深めることが重要よ。魔術にはイメージが大切だから、お互いのイメージに齟齬があると上手く発動できないの」


 ミュラが解説を始めるが、離れたところで聞いてるナポレオンは神妙な顔つきとなる。既に知っていることをさも初心者のように説明を受けていると言わんばかりの顔だ。


「うむむ、その程度のこと魔術の知識がある我々ならわかり切ってることなのだが」

「しっ。ミュラはずっと外に出てなかったから常識知らずなの。そっとしてあげよう」


 ジャンヌが小さな声でナポレオンを諭す。その視線の先では、ミュラが笑顔で持論を振りかざしている。


「で、問題はどうやって相手のイメージに合わせるか。全員で照らし合わせるのも一つの手だけど、イメージは常に変化するもの。あらかじめ示し合わせても、少しでも思い違いをしたら一気に効果は半減するわ」

「その方法を今模索してるところなのですが……」


 ニケが困った風に言う。ホノカは相変わらずにこにこしたままミュラの話に耳を傾ける。


「そうね。私が思うに、変に繋ぎ合わせようとするから問題が起こるの。繋ぐんじゃなくて、最初から一つの大規模術式を発動するべきなのよ。全員の支援魔術を含めた魔術をね」

「全員で……」

「合わせるだと?」


 ジャンヌとナポレオンが驚く中、ホノカはぱちぱちと拍手し、ニケも困惑気味だ。魔術師同士が手を組んで魔術を発動することはあるが、複数の支援魔術を一緒くたにして展開するなどということは魔術の歴史でも滅多にあることではない。


「そうよ。ヴァルハラ軍ならではのやり方ね。普通、支援魔術師同士が組もうとしても」

「プライドが邪魔して滅多にできませんね。私も率先してやろうと思ったことはないです」


 ニケの言葉に同意するようにジャンヌとナポレオンは頷く。だが、ジャンヌに関してはミュラの意見にも賛同気味だった。


「私はこのやり方いいと思うわ。元々支援魔術自体不憫な待遇を強いられてきたし。浮き島にいた頃は一対一での戦闘が魔術師の戦い方であるとかいう教えのせいで、私はお払い箱だったから。まぁルールぶっちぎって部下を率いて出陣しちゃったけどね。私はオルレアンの乙女なのだし」

「ふむ、我輩が浮き島を去った後も悪習は続いていたのだな。しかし如何なる障害も、私の中に強い決意を生み出すだけだ。我輩は見事、狼が率いる羊の群れに合流できたのだからな。いくら連中が大量の狼を引きつれていようと、リーダーが羊では勝てる戦いにも勝ち目はない」

「アーサーとヴィンセントが羊だとも思えないけどねー」


 史実のナポレオンの名言を連発するナポにホノカは一言入れながら、改めて三人を見直す。そして、全員が賛成の立場となったことを確認し、提案をしたミュラへと視線を戻した。ミュラはこほん、と咳払いをしてそれぞれの支援術式を確かめていく。


「ジャンヌが英雄鼓舞。旗を使った史実に自分で創った支援魔術を織り込んだ術式ね。効果は友軍の攻撃力と機動力、防御力を全般的に上昇させるオールラウンダー。ナポレオンが革命指揮で、主に友軍の火力と行動力にボーナスを与える。で、ニケは勝利のエンチャント。概念的に味方を勝利に導く優れもの。アドバンテージは大幅に上昇する機動力と概念的勝利の保障。攻撃力と防御力はそれぞれの味方に任せるタイプ。で、ホノカが取り入れたいのが……」

「守りと治癒、だねー」


 ホノカの希望を聞いたミュラがうん! と大きく頷く。ホノカ以外のみんなも改めて自身の魔術を見直して上手くいくと理解できたらしい。ホノカの支援魔術を取り入れれば、それぞれのステータスが軽く見積もっても二倍となるのだ。

 今まではそれぞれが個別に支援魔術を掛けていたため、効果同士で相殺してしまう場合も多かった。しかし、今回合わせることで効率よく支援を行うことができる。加えて、ホノカは支援魔術を発動しながら戦闘にも積極的に参加することができるようになる。それは他のエンチャンターたちも同じだ。


「私はあまり戦いが得意ではありませんが、アテナの傍でアシストできるようになりますね」

「私も戦いは得意じゃないわ。でも、射撃の腕前は確かよ」


 ニケが嬉しそうに笑みをこぼし、ジャンヌがご自慢のリボルバーを引き抜いた。そして、ナポレオンが仰々しい咳払いをし、我輩が戦列に参加すれば――と自分が戦闘に加わった場合のビジョンを口にする。

 が、ジャンヌに見られて言葉に詰まった。ホノカはその様子をにこにこしながら眺めて、再びミュラに視線を戻す。


「具体的にどうすればいいのかなー?」

「任せなさい! 要は同時に魔術を発動すればいいのよ。四人の魔力を使ってね。その時に、イメージを共有する。で、後はオーロラドライブの無尽蔵な魔術に任せればいいの。こうすれば、むしろエンチャンターなんて無用の長物になるわ。浮き島で行われていたという誓約と同じ。あなたたちなら誰かわかるんじゃない? 誓約を守っている限り、常に加護がその身に宿る。術者が直接魔術を発動しなくてもね。それほどの規模の加護を発動するには大掛かりな魔術装置が必要だけど、幸いなことに私たちにはオーロラドライブがある。こいつがあれば、普通なら考えられない規模でのご都合主義満載な誓約を構築することができる!」

「ご都合主義、ですか?」

「そう、ご都合主義! オーロラドライブの無尽蔵な魔力もさることながら、ニケの概念魔術は例えヴィンセントの力でも覆すことはできないわ!」

「忘れてはいないか? 奴らは負けたところで問題ないはずだ」


 ナポレオンが問題点を指摘する。と、ミュラは少し不機嫌となりナポレオンを睨み返した。


「だったら何? 負ける?」

「いや、そういう訳ではなくてな。それに、確かに貴君の提示する案は素晴らしいが、完全自動化は術式が不安定になると予測される。誰か一人、制御する役が必要だな」

「なら、ニケが最適だと思う。いいわよね?」


 ジャンヌがニケに尋ねると、ニケは二つ返事で了承した。


「その方がいいですね。アテナの近くで戦うと足手まといになってしまうかもしれませんし」

「いいわ。その案で行きましょう。敵だけじゃなく友軍すらもあっと言わせる最強の支援魔術を構築しましょう!」

「おー!」


 ホノカたちは全員で腕を振り上げた。特にホノカは心の底から安堵した表情を浮かべている。

 いつも自分だけ大して役に立っていないような気がしていた。必要な時には皆が傷つき死にかけている。だがこれで、案ずることはない。みんなと同じ土台で、いっしょに戦える。

 ホノカはおっとりした口調ながら覚悟を秘めた瞳で、無駄がなく円滑に支援を進めるための準備を開始した。



 ※※※



 フレイヤはブリッジ上部から大空を眺めていた。サポート役であるノアが後方で端末を操作し報告をする。


「箱船の整備は完了したようです。作戦に関してもほとんどの部隊が賛同済み。それぞれ、各々の戦闘スタイルに合った割り当てを行い、準備を進めているようです」

「頃合いだな。エデルカ、コルネット」

「了解です!」「了解しました」


 コンピュータとタイプライターという異色の機械を操作するオペレーターたちがそれぞれの得意分野で箱船を制御していく。箱船は空中戦艦ながらまともな操舵手がいない。全て二人が管理し、その補佐を優秀なヴァルハラ軍のサブオペレーターたちが行う。

 緊急時にはフレイヤが思念で箱船を動かす手筈だった。魔術と科学の結晶体は、常識では計り知れない理論で空を浮かんでいる。


「全速前進。目標地点は浮き島。マーナガルム本拠地だ」

「これよりヴァルハラ軍は敵陣へ進行します。しばらく時間が掛かるので、その間に皆さんは準備を整えるように」

「っていうエデルカちゃんの解説の通りだから、みんな準備頑張ってねー! あ、でも、気合入れ過ぎてガチガチにはならないように!」


 エデルカが凛とした真面目な艦内アナウンスを行い、コルネットが茶化す。何をしているんですか、とエデルカにコルネットは怒られるが彼女はまともに取り合わない。同じ言い方してもしょうがないでしょ? とウインクを飛ばしますますエデルカの不興を買っている。


「少々オペレーティングに不安が残るような気もしますが」

「いや、このくらいがちょうどいい。兵士たちは余裕を持てるし、緊張感がある方が良いのならエデルカにナビゲートを頼めばいい」


 フレイヤは特に不満を漏らさず、ただ空を見つめている。真っ青な空を。

 ノアは、そうですかと相槌を打って作業に戻った。

 その直後、箱船が動き出す。魔術師であるフレイヤには、船がどういう風に敵本拠地へ近づいてくのか手に取るようにイメージできる。


「ようやく来たぞ、この時が」


 フレイヤは期待の眼差しを遥か前方に浮かんでいるはずの浮き島へ注ぐ。ずっと待ち望んでいた時が刻一刻と近づきつつある。そんな予感を胸に抱きながら。

 執念を含む瞳で、空を見据え続ける。

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