表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第十章 鎮魂
74/85

ラグナロク作戦

 これよりラグナロク作戦を立案する。そう命令を受けて、ヴァルハラ軍は広間に集められた。

 壇上にはフレイヤが立ち、横にはノアが付き添っている。空間には浮き島が投影されて、エデルカがノアと協力して解析した敵最重要拠点のスペックが並べられていた。島のほとんどが機械化され、大量の罠が仕掛けられているだろうことも容易に推測できる有様だ。


「これが浮き島……マーナガルムの拠点です。敵の本拠地ですね」


 ノアの解説に、クリスタルを始め浮き島に住んでいた魔術師たちが息を呑む。


「まるで別物……」

「本当に要塞化していたのですね」


 クリスタルに続いてレミュが驚きの声を上げ、きらりも悲しそうに目を伏せた。


「前の浮き島、好きだったのになー」

「私はいい傾向だと思うぜ。宿り木回収もせずに済むし。だが……私の家もぶっ壊しただろうな、連中。家には積んでる本がたくさんあったのに」

「ドルイドの森がないと……恋の薬が……。ケランと仲直りできない」


 皆とは少し違う方向でショックを受けるドルイドの二人。その隣では、魔術剣士たちが深刻そうな表情を浮かべていた。


「私がパトロールしてた時とまるで違う。これじゃあ、今までのルートは使えないわ」

「むしろ、お父様のことだからあえて似たルートを残してるかもしれない。私たちをかく乱するためにね」


 メローラとアテナが会話する後ろで、モルドレッドは黙っている。近くで黙考しているヤイトへと目を移し、彼と目配せした。

 ニケもお家が、と落胆している。いくら敵の中に落ちたとはいえ、自分の家が無断で壊されれば、やはりショックは免れない。

 多くの魔術師にとっての帰る場所が、浮き島だった。だが、今はかつての原型をとどめておらず、敵を殲滅するための要塞へと姿を変えている。各種砲台が下界を睨み、さらに魔術的防護フィールドに覆われた浮き島は、戦島と形容して然るべき新しい兵器だった。

 

「皆さんも薄々勘付いていると思いますが、浮き島は外部攻撃では破壊できません。仮に破壊できたとしても、ニャルラトテップがいる以上、非殺傷概念は使えない。よって、レクイエム砲による一撃破壊は不可能、と考えてください」


 そのことに異論を挟む者はいない。誰も殺さない戦いがヴァルハラ軍の前提戦略だ。もし浮き島を壊滅できたとしても、それはレクイエムフォームによる非殺傷概念が適用される前提で行うべき行為であり、敵を殺傷する可能性があるのなら、こちらの攻撃手段は限られてしまう。

 だが、逆に言えば、防護フィールド発生装置を止め、ニャルラトテップを倒せば一撃で敵を全滅させられるということだ。絶望ではなく希望的観測を抱いて、皆は話を聞いている。


「察する通り、目下の障害はニャルラトテップです。あれがあると、ミスソラのレクイエムフォームの真価が発揮できない。ですが、ご存じの通り通常の戦力では混沌を倒すことは困難です。航空部隊、地上部隊共に彼の相手は極力避けるように。敵いませんので」


 ノアの言葉は真実だ。こちらも誰かが異論を唱えることはない。

 だが、手を挙げる者はいた。モルドレッドが挙手をして、ノアが名指しする。


「何でしょう、ミスター、もしくはミスモルドレッド」

「オレが奴を倒そう」

「……推奨できません」


 ノアが顔をしかめ、メローラも兄を訝しむ。しかし、モルドレッドは父親と同じように自信に満ち溢れた表情で、自分の意見を述べていく。


「魔術剣士ならばニャルラトテップに引けを取らん」

「ならば、なおさら魔術剣士であるミスソラが当たればいい、とボクは考えます」

「しかし奴はソラの弱点を突く。奴は人を発狂させるのを愉しむ邪神。……ソラの戦闘力ならば、あの男と戦うに申し分ない。だが、それよりは弱点のないオレが――」

「いいや、君には明確な弱点がある。……ノアさんの言う通りだ。ここはソラさんに任せよう」


 ヤイトはモルドレッドの意見をあしらい、ノアの提案に乗っかった。ソラが驚いて二人を見る。

 モルドレッドは何か言おうとしたが、メローラに目を移して口を閉ざした。自分の弱点が何なのかを理解し、参ったように笑みを作る。

 メローラは不機嫌そうに顔を背けるだけだ。彼女もまた、モルドレッドの弱点が何であるか即座にわかったようだ。


「私なら大丈夫だよ。みんながいるしね」


 ソラが皆に了承の意を伝える。レクイエムフォームならニャルラトテップと互角の戦いを繰り広げることができる。が、不安点も山ほどあることは事実で、マリが口を開いた。

 ニャルラトテップについて説明を加える。


「奴は様々な化身を持っているわ。あの顔のない男の姿だけじゃなく、色んな姿になれるの。どの姿もニャルラトテップ。複数の化身が同時に存在できるとも言われている。顔のない男だけを倒しても、それが勝利とは限らないわ」

「大丈夫。私にはみんながついているから」


 そのみんなとはヴァルハラ軍の仲間たちだけではない。平和を望む死者たちもソラの味方だ。さらに、世界に散らばる魔力残滓、世界の声もソラの力となってくれる。魔術剣士としての修行の成果、死者とシンクロできる能力、そしてヴァルハラ軍のみんな。ソラは今、これ以上にない力をその身に宿している。


「ニャルラトテップ……さんは任せて!」

「敵にさん付けする奴に任せろって言われてもね」


 メローラが肩を竦める。が、すぐに信頼の眼差しをソラに向けた。

 反対意見は出ずに、ソラ及びヴァルキリーチームの最優先排除対象はニャルラトテップに決定した。無論、ヴァルキリーチームの本質は遊撃隊なので、戦況によって柔軟に対処する。

 地上部隊の作戦も、予想通りのものだった。浮き島に乗り込んで制圧する。単純だが困難な作戦。


「ま、そうするしかないな。頭を取らなきゃ、身体はいつまでも自由に動き続ける」

「異論はない。が、決死隊になる……。や、失礼した。決生隊だったな」


 ケラフィスに続いて声を出したブリトマートが訂正した。メローラが納得いったように首を縦に振る。

 死んではならない。例え困難な状況でも。死ねば、世界が滅んでしまう。世界を救うためには生きなければならない。


「その通りだ。原初の本は過ちを修正するためのシステムでもある。ゆえに、ヴィンセントとアーサーは、自ら率先して過ちを犯すことを選んだ。歴史で人々が無意味に思える虐殺に奔ったのは破滅装置カタストロフィ・プログラムによる影響も大きい。システムであり、プログラムだ。大勢の人間が戦争で死ねば、それを帳消しにできると人の遺伝子は覚えている。だから人は無自覚に虐殺や暴力、殺人に奔りやすい」


 その本は本来、人が過ちを積み重ねていった先に現れる救済システムのはずだった。ある意味、ノアの箱船の伝承に近い。ノアは神の不興を買った人間を神が殲滅するための選定をした際に残った人間だった。その後生き残ったノアは、洪水によって滅んだ人々を再生する。原初の本も、生き残った人間が自暴自棄になることなく、世界を元通りにするための最終手段なのだ。本当ならば。

 しかし、ヴィンセントはその仕組みを逆手に取ることを選んだ。世界を救済できるなら、破滅させることもまた可能。その理論を振りまいて、世界に戦争を巻き起こした。

 フレイヤの話を受け、ケラフィスが同調しながら案を口にする。重要ターゲットは二人の敵首領と儀式用の聖杯だ。


「フレイヤの言う通りだ。俺たちは無理せず敵地に潜入して防御装置を破壊し、敵の頭及び聖杯を取った後に撤退する」

「ざっくりしてるな、ケラフィス」

「作戦ってのはそれぐらいがちょうどいい。下手に理詰めで考えると計画が狂った時にパニックに陥る」


 メローラが不満そうに鼻を鳴らした。予定した作戦の通りに動いてくれる相手なら、ケラフィスももっとまともな作戦を考案した事だろう。だが、相手はそうではない。こちらの予想を上回った作戦を展開してくることは火を見るより明らかだ。

 ゆえに、その状況にあった戦略を、適時考えていくしかない。

 メローラは既に一度父親に出し抜かれているので、反論を口にしない。地上部隊の大まかな方針はそれで決まった。

 問題は航空部隊と支援部隊。

 相賀率いるペガサスⅡ部隊の執るべき戦略も至極単純なものだった。敵もこちらの本陣である箱船を狙ってくる。航空部隊は船の護衛と敵航空戦力の撃退だ。制空権を確保し、余計な邪魔が入らないようにする。敵の迎撃装置を破壊するのも戦闘機の役目だ。

 だが、そう簡単にはいかないだろうという見立てを相賀は呟いた。


「ヘルヴァルドが来る。確実にな。それにシャンタク鳥や空戦の得意な魔術師も妨害してくるだろう。大量の砲台も難点の一つだ。それに、防護フィールドを先に破壊してもらわないと接近できない」

「最初の撃破対象がフィールド発生装置だ。これを破壊して、内部への接近を可能とする。手始めにレクイエム砲を発射し、一時的に防護フィールドを無効化。その隙に地上部隊及び支援部隊は浮き島へ上陸を果たし、ヴァルキリーチームと協力しながら発生装置を破壊。フィールドが無効化されたのを確認し、航空部隊は拠点へ空爆を開始する」

「間違ってこっちを爆撃したりしないでしょうね」

「余計なことを言うな、カリカ。お主は黙って聞いていればよい」


 フレイヤの作戦概要を聞き、カリカが不安がったところを師であるハルフィスに窘められる。

 相賀も案ずるなよ、と彼女を気遣うと、砲兵隊を率いるナポレオンが挙手をした。


「我輩の部隊はどうする?」

「支援部隊はその通り支援です。前回とは違い、戦場は空ですので地上からの砲撃に大した有用性は見出せません。あなた方も浮き島へ上陸し、後方支援を担当してもらいます。幸い、こちらには名高いエンチャンターが三人ほどいらっしゃいますので」


 ノアがジャンヌ、ナポレオン、ニケに目を向ける。ジャンヌとナポレオンはまんざらでもない表情をし、ニケは気恥ずかしそうに会釈した。

 同じ支援部隊所属のツウリとミシュエルが含みのある視線をナポレオンに注ぐ。そんな目で我輩を見るな、照れるだろう? と無駄にドヤ顔を振りまくナポレオンを前に、二人は疑念を声にした。


「コイツが今回も私たちの指揮官なのか?」

「敵前逃亡……」

「あれは戦略的撤退である!」

「戦略的……」「撤退?」


 ニケとジャンヌが分担してナポレオンのセリフを復唱する。ナポレオンはヒートアップして、史実の英雄が述べた名言を言い放った。あまりの勢いに被っていた軍帽が脱げる。


「生きている兵卒の方が、死んだ皇帝よりも価値があるのだ!」

「だったら友達を見殺しにしてもいいってこと? ナポちゃん……」

「あ、いや、ちが……。別にジャンヌを見殺しにしようとしたわけでは……」


 ジャンヌが悲しそうに目を伏せるとナポレオンはあわあわし出す。被り直した帽子が曲がっており、なおさらその姿は滑稽だった。ナポレオンからは見えないが、ジャンヌは小さく笑みを浮かべているので本気で言ってる訳はない。ヴァルハラ軍にも、彼女を責め立てる者はいない。だが、やはり指揮官としては不適格である、とノアは判断を下した。


「今回のリーダーはマスターレオナルドに一任しようかと考えています。いざという時に彼らを守護し、錬金術によって的確な支援を行える。副官はマスターハルフィスです。ドルイドもまた、支援魔術に長けています。強力な天候操作に加えて、パナケアによる治癒も期待できますから」

「マスタークラスなら……異議を唱えずこの座を譲ろう」


 ナポレオンがしょんぼりした。打って変わってツウリとミシュエルは大喜びだ。しかし、次に放たれたレオナルドの一言で呆れる。


「あの忌々しい傭兵に一泡吹かせてやる」

「あー。まだ気にしてんのか、ししょー」

「そういうところを直すべきだって言ってるのに」


 大方の配役は決まり、大まかな流れも決定した。後は準備を整えて実行する段階まで来ている。


「作戦概要は以上だ。詳細は端末に送信してある。後は諸君たちで決めるがいい」


 フレイヤはこの場を立ち去ろうとする。がその前にソラが気になって訊ねた。


「待ってください。どうしてこの作戦名なんですか?」


 ソラの問いに同意の声がいくつか漏れた。ラグナロク。終末戦争。神々の黄昏。あまり縁起のいい名前ではない。アース親族と巨人族の戦いは、世界が滅びることで終わるからだ。主神オーディン、雷神トール、豊穣神フレイ、白いアースヘイムダル……。勇者エインヘルヤルの軍勢は元より彼らを導いたヴァルキリーたちもその例外ではなく、ラグナロクでは相討ちに終わってしまうのだ。

 フレイヤはソラよりもそのことをよく理解している。フレイヤは彼女を見据えてこう言った。


「これ以上にふさわしい作戦名はあるまい。お前ならよくわかるだろう?」

「戦争の後に世界は新しく生まれ変わり、平穏が訪れる……からですか?」

「そうだとも。世界の形は変わりつつある。こうしている今もな。ここにいる全員がその証人であり証拠だ」


 何人かは納得しがたい様子だったが、ソラは周囲を見渡してフレイヤの意見に理解を示した。確かに、ヴァルハラ軍は今までの世界の在り方を踏まえると全く異質な存在だ。人間と魔術師がこれほどの規模で共闘するのは世界で初めてだろう。

 世界は新しいステージに踏み出しつつある。それはまさに、新しい世界の創生とも言えるのではないだろうか。フレイヤは暗にそう告げているのだ。


「滅んではないけど、滅ぶ。……新しい世界が希望を紡ぐ」

「それを頭に留めておけ、ブリュンヒルデ。青木ソラ。お前は世界の最後の希望であり、同時に最初の希望にもなるのだから」


 フレイヤは去っていく。ソラは一人黙々と考え込む。

 それをクリスタルが複雑な眼差しで見つめていた。作戦会議は終了し、一同はそれぞれの持ち場に帰っていく。




 いくら魔力で無尽蔵に飛行できるとはいえ、やはり地上での休息は必要不可欠だった。そのため、箱船はかつてフレイヤたちが使用していた隠し拠点の一つである無人島に着陸し、最終作戦への準備を進めている。

 今回失敗すれば後はない。今までのような迎撃作戦ではなく、突撃作戦。大規模な戦いを予期し、皆の気持ちは高ぶっていた。

 しかし、ソラは誰に手伝いを申し出ても邪険にされた。いや、語弊がある。気遣われている。ヴァルキリーの責務は他の部隊よりも多い。責任も重大になってくる。ソラたちの失敗がヴァルハラ軍の敗北へ繋がるのだ。

 それにフレイヤは明言しなかったが、ソラは自分がニャルラトテップの後ヴィンセントと連戦することになると考えている。もしくは、ヴィンセントの後に混沌が相手か。最悪なパターンは二体同時に攻めてくることだ。

 ヴァルハラ軍の総指揮官はフレイヤで、彼女はギリギリの局面まで出撃できない。彼女はヴァルハラ軍の脳であり、いわばソラが心臓だった。脳がやられても、心臓が殺されても、ヴァルハラ軍の息の根は止まってしまう。

 その重責を意識すると、日々成長しているはずのソラでさえ、重荷を感じ始めてしまう。外に出て、大きな空を見上げているのだが何の感想も浮かばなかった。いつもなら、何かしらの想いが心を巡ったはずなのに。

 ソラが無言で空見を続けていると、誰かが近づいてきた。感覚的に誰だか理解できる。果たして、親友のクリスタルだった。


「大丈夫? ソラ」

「だいじょう……」

「ぶって言う時は、だいたい大丈夫じゃないのよね。もうわかったわ」


 そう言って、クリスタルは隣に座る。そんなことないよ、と言ったが顔はぎこちない。昔の頼りない自分が表出していることを、ソラは意識した。


「なんかごめん……。覚悟はできてるつもりなんだけど」

「つもりなんかじゃない。覚悟はできてるわ。それは私が保証する。だからこそあなたは悩んで不安に駆られているのよ」

「隊長に任命されたんだから、もっとしっかりしなきゃって思うんだけど」

「そこがあなたの悪いところ」


 唐突に指摘したクリスタルは、ソラの額にデコピンをした。いたっ、とソラが小さな悲鳴。


「クリスタル?」

「私たちは……。私は、自然体のあなたを求めてるの。畏まった軍人然とした、立派な青木ソラじゃない。いつもの、笑顔をみんなにおすそ分けをするソラを求めてるのよ。だから、変に気張らなくて大丈夫」

「そうなの……?」

「そうそう。それ以外は誰も求めてない。私たちは軍人だけど、正規の軍人とは違う。任意協力者、みたいなものよ。だから大人たちは子どもが嫌だと言ったらすぐに従う。強制力はないの。手伝ってやっている、ぐらいに思えばいいのよ。何なら、逃げ出したって誰も文句は言わない。そこが魔術教会とも、人類防衛軍とも違うところ。幸いにも、私の師もあなたたちの隊長もいい人だったようだけど、世界規模で見れば二つの組織は子どもを強制的に徴兵して、戦争を強要してた」


 すっかり昔のように思えるが、確かにそうだった。ソラは記憶を手繰り寄せる。相賀の指揮する第七独立遊撃隊は無理やりソラにヴァルキリーの起動因子であるニーベルングの指輪を送ったが、あくまでもソラの同意がなければ徴兵しないという心構えをみせていた。マリに関しては、半ば強制的だったような気がしないでもないが。

 ソラは自分の左手の薬指にはまる指環に目を落とす。全てはこの指環から始まった。クリスタルに会いたいと願い、空見を続けていた自分は、友達と再会できる力を手に入れた。様々な出来事が起こり、多くの誤解や悲劇も起きてしまったが、今クリスタルは隣にいる。そのことを嬉しい以外の言葉で表現できない。


「奇跡、だね」


 ソラは噛み締めるように呟く。誰がこうなることを予想できたと言うのだろう。少なくとも、ソラはこんな風に世界が転がるなんて予想できていなかった。気付いたら戦争がはじまり、友達と離ればなれになり……いつの間にか、その友達といっしょにこうして隣り合っている。

 だが、クリスタルは間髪入れずに否定した。ソラの言葉を引用して。


「違うわ。必然よ。奇跡でも運命でもない。あなたが実現させたこと。……あなたは運命のくびきから脱したんでしょ? 全て、ソラの力が成し遂げたことよ」

「そう、かな?」

「そうよ。神様がドヤ顔で儂の采配じゃとか言ってきても、私のフリントロックピストルが火を噴くだけよ」

「それは止めた方がいいと思う……」


 苦笑しながら応じて、そっか、と同調する。自分の力。ヴァルキリーシステムというアドバンテージは確かにあったが、それでもここまで来れたのはみんなの助けと自分の力。

 気付くと心に重く沈みこんでいた重責はどこかに吹き飛び、やる気が漲ってきた。ソラは唐突にブリュンヒルデへと変身し、立ち上がるとクリスタルに手を伸ばす。


「どうしたの? ソラ」


 ソラは自信に満ち溢れた表情で答える。


「模擬戦しよっか。修行の成果をみせてあげるよ!」

「望むところよ」


 クリスタルもまた、自信を振りまいてその手を取った。


「私が勝つよ! マスターファナム直伝の魔術剣術があるからね!」

「いいえ、勝つのは私よ、ソラ。私は常々世間の認識は間違ってると考えていたの。最強はアレックが教える魔術銃術。魔術師において最強なのは、魔術剣士ではなく魔術銃士よ」


 クリスタルはレギンレイヴの鎧を身に纏う。彼女の銀髪と同じ白銀の鎧。とてもきらきら輝いて見える。

 だがソラは不敵さを捨てなかった。今日こそクリスタルを超える。いや、もう超えているはずだ。

 八年前、たくさん引っ張ってもらった分を、今度は自分がお返しするのだ。

 しかし、クリスタルも似た気持ちでいるようで、彼女も勝気な表情で銃を構えた。

 フリントロックピストルではない。現代式、未来式の銃。パルス弾を撃ち放つマシンピストル。

 それにソラは銀の剣の先端を突きつける。

 分析結果自体は以前、意図せず再会し戦うはめになった時と変わらない。ソラは近接戦闘が得意で、クリスタルは射撃戦が上手だ。距離を詰めるか、離れるか。試合は距離の取り合いが主となる。

 しかし一点だけ違う点がある。どちらも以前に増してパワーアップしているという部分だ。

 お互いに武器を構え、やる気を漲らせ、自信の溢れる顔を突き合わせる。

 先にクリスタルが口火を切った。


「じゃあ、証明を始めようか」

「そうだねッ!」


 ソラが瞬発的に加速。一気にクリスタルの懐へ突撃する。

 クリスタルも負けじと銃の狙いを研ぎ澄ませる。

 銃撃と剣戟に混じり、気合の入った叫びと楽しそうな笑声が無人島に響き渡った。



 

 結果から先に言えば、二人の戦いは引き分けに終わった。

 ソラはクリスタルを捉え切れず、クリスタルもソラにまともなダメージを与えられなかった。魔術剣士として鍛えられたソラは剣で銃弾を斬り落とせたのだ。クリスタルとしてはたまったものではない。せっかくの銃術も当たらなければ意味がないからだ。

 しかしソラの方もまた本命を当てることはできなかった。クリスタルの射撃術は彼女の言った通り凄まじく、防御するのに手一杯だったのである。魔動力を使って念力や衝撃波の紛い物を飛ばしたり、周囲の風を味方に付けたり、炎の雨を降らしたりもした。雷撃と水を組み合わせた複合魔術を放ったりもしたが、どれも迎撃されるか避けられるかで決定打とはなり得なかった。


「……何で当たらないの。どうして当たっても防ぐのよ」

「攻撃のチャンスがなかった……はぁ」


 時はすっかり夕方となり、ソラもクリスタルも疲れ果て、肩で息をしながら座っている。ヴァルキリーシステムはとうに解除し、心地よい疲労感が身を包んでいた。

 ある意味これで良かったかもしれない、とソラは考えている。たぶんクリスタルも同じように思っているな、とも。


「最強なのは魔術剣士であり……」

「……魔術銃士だね。つまり、二人が力を合わせれば無敵だってことだよ」


 ソラの予想を裏打ちするようにクリスタルが言い、ソラが言葉を引き継いだ。どちらがではなくどちらも強い。ならば、敵対するのではなく協力すればいい。そうすれば、最強の組み合わせが誕生する。

 ファナムとアレックも互いの存在を知りながら敵対しなかったのは、彼ら個人が人格者だったからではない。協力した方がより優れた戦法を取れると知っていたのだ。だから、協力せずとも敵対はしなかった。


「マスターアレックの修行を受けてた時に聞いたんだけど、マスターは、魔術剣士と共闘したいと考えていたそうよ。でも、マスターファナムの方はあまり乗り気じゃなかったって」

「マスターは一時期人助けを止めてたからね。自分が関わったところで状況は改善しないって。でも――」


 ソラは空を見上げる。大きな月が浮かんでいる。三日月だ。ファナムが原初の想いを取り戻したセレネ


「重要なのは過去じゃなくて、現在。そして未来よ。私たちが共闘したいって思ったなら、マスターも赦してくれると思うわ」

「そうだね。……でも、私は剣の方がいいと思うなぁ」


 と言ってソラはクリスタルへ振り向く。すると、やはりクリスタルはちょっと不満をみせた。今度は腰のフリントロックピストルを執り出して、掲げる。


「こっちの方が素晴らしいわ。そっちはただの剣。斬ることしかできない無骨な武器よ」

「えー? 突くこともできるし、魔術剣なら魔術の媒体としても使えるよ?」

「それは魔銃も同じよ。そっちには発動手順に二、三の遅延が見られるけど、こっちはあらかじめ術式を刻めば無用な術式思念をすることなく発動できるわ」

「周囲の魔力残滓を取り込めば、大雑把なイメージでも魔術を固着できるよ」

「スマートじゃないわね。最低限の魔力で、最良の結果を導き出すのが最善よ」


 その後も、でも、だが、しかし、と脱線する議論は続く。二人はしばらく言い合って、唐突に笑い出した。


「やっぱりどちらがじゃなくてどちらも、だね」

「そもそもヴァルキリーは槍使いなんだから、銃だの、剣だの、ナンセンスよね」


 しかし魔術師というものは厄介なもので、自分が学んだ魔術が最高だという認識をそう簡単に覆さない。遠い昔、魔術の歴史では、魔術を侮辱された報復として一つの国が滅んだこともあったという。

 ソラたちは無論、そんな些細な違いで争ったりはしない。だが、戦争というのは実際にはそんな些細な出来事から始まるのかもしれない。ちょっとした誤解や言い合いから派生してしまった悲劇というのも存在するはずだ。

 ソラは空見をしながら想いを馳せる。

 ヴィンセントはどうして戦争を起こしたのか。なぜ破滅を求めるのか。

 そして、その破滅を求めた理由は本当に――。


(セレネはどうして、救われるべきだと言ったんだろう)


 ソラは少し考えて、止めた。今はわからない。

 なら、後で直接本人に聞けばいい。そのためにここにいるのだから。

 ソラが思考を放棄すると、クリスタルが何か思いついたように顔を上へ向けた。


「星の見方、昔はわからなかったけど今はわかるわ。教えてあげる」


 星がぽつぽつと出てきた夜空を見てクリスタルが言う。ソラは飛び上がるほどの勢いで喜び、


「ホント!? ありがとう!! ……ぁ」


 腹の音が鳴って顔を赤らめた。夕日が沈んだということは夕食の時間である。いくら修行の積んだ魔術剣士と言えども、空腹からは逃れられない。


「夕飯を食べてからにしましょう……。あ、そう言えば、座標も考慮しないといけないんだった……」

「クリスタル? 早く行こうよ」

「え、ええもちろん! ……ああ言った手前、完璧に覚えとかないと恥ずかしいわ……」


 ぼそぼそと小さく呟くクリスタルを不思議に思いながら、ソラは野営地まで歩いていく。浮足立って。

 おいしい食事を食べた後は、クリスタルとの空見だ。これ以上に楽しいことが人生にあるのだろうか。

 いいや、ある。絶対に。だからソラはこれからも、クリスタルといっしょにそれを知っていくのだ。

 生まれ変わる世界の中で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ