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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第九章 反抗
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ヴァルハラの宴

 辛くもソラとクリスタル発案の救出大作戦は成功した。メグミの生存の報告を受け、デブリーフィングを行っていたメンバーたちは全員安堵の息を漏らした。フレイヤとノアはずっと鉄面皮のままだったが。


「正確には転生ですけどね。まぁ、カーラの歌は喪われた文献ですので、きちんと作用するか不安であったことは否定しません。そもそも転生事態、完全的なシステムとは言えませんので」

「……なぜそこで私を見るのです。私が失敗したと言いたいのですか」


 実際に転生したのはメグミを除いてエデルカしかいないので、例えとして彼女を見たのが癇に障ったらしい。本当に彼女はマスターなのかという疑問を心の中に追いやって、相賀は質問を出した。


「まぁ、メグミが復活したのはいいニュースだ。だが、悪いニュースもある。ニャルラトテップ、這い寄る混沌だ。あれに対抗できるメンバーは限られてる。はっきり言うが、俺は無理だ」


 素直に相賀は白状した。戦闘機では、少なくとも人型の化身相手に対応できない。ただでさえヘルヴァルドという難敵が自分にはいるのだ。そこにニャルラトテップの相手までさせられては、少ない勝ち目もなくなってしまう。

 相賀の悪いニュースに、全員が顔を見合わせる。ニャルラトテップは別次元の相手であるため、自分なら勝てると自信を持って言えるものがいないためだ。ここにウルフがいなかったことが悔やまれる。彼なら、魔術すら使わずに勝てると二つ返事で豪語したことだろう。


「そいつの対応策は後回しじゃ。それよりも新しいニュースについて伝えねばの」

「何かあるのかのう? リーン」

「何の役にも立たないジジイとは違ってのう、わらわは重要な情報を握っているのじゃ。入ってまいれ」


 リーンが呼びかけると作戦室に異物が入り込んでいた。人ではあるが人ではない不思議な少女。化身だけが人の形を象っている。泥人形の風貌の少女はにこりと微笑んでリーンの傍に寄った。


「混沌の従者か。ふむ」


 フレイヤが考え込むように少女を見据える。少女は微笑んだまま、笑顔を崩さない。

 しかし、ハルフィスは難色を示していた。いつ暴れるかわからない、と危惧している。


「危険ではないのじゃろうか。今無害でも、今後いつ有害になるか――」

「だからお前はクソジジイだと言っておる」

「ふむ、否定はできんな。そこは認めよう」


 ハルフィスは自分の否を認め、これ以上異論を挟まなかった。自らの見識が狭いと即座に理解したのだ。


「わらわとてその危険性は理解しておる。だが、物事は危険性だけで判断すればいいというものでもない。安全性と利便性。片方を疎かにした者を愚か者と言う」

「失礼、マスターリーン。手早く本題に入って欲しいのだが……」


 ケラフィスが先を促すと、リーンは咳払いして同意した。


「ふむ、そうじゃな。如何せん歳を取ると話が回りくどくなる。……これじゃ」


 リーンはイソギンなる愛称を付けられた混沌の従者に手を翳し、世界地図を空間に投影した。北米大陸付近にマーキングが施されている。


「もしやこれは。浮き島の所在地、ですか」

「その通りじゃ。これはフィリックからのメッセージ。どうやら奴もアーサーに利用されているようじゃが……完全には操られていないようじゃ。奴は一体の従者に意思を与え希望を託した。それがこの少女じゃ」

「他のデータはありますか?」


 エデルカが関心を示し、宙に浮かんだ羊皮紙に自動筆記を走らせる。しゃかしゃかとペンが音を立てる横でイソギンは新たなる情報を提示した。マーナガルムによって改変された浮き島の詳細データが映し出される。


「なるほど。これは良い収穫です。これで弱点を突くことができる。さっそく解析を始めましょう」

「それが良い。しかし、問題は浮き島の現時点での居場所じゃ。北米に隠れていることはわかったが、このままでは範囲が広すぎる。もっと絞らねば――」

「それについては俺にお任せを。打って付けの人材が部下にいますので」


 相賀は浮き島探しを請け負った。探し物を注文するのに、あの男ほど優れた探索者は存在しない。


「一匹狼だな、相賀。いい部下を持ったもんだ」


 ケラフィスが羨ましそうに言う。相賀は笑いながら首を横に振った。


「実際、アイツは部下って感じがしない。群れるのが嫌いだからな。だがそれは集団の足を引っ張るという意味じゃない」


 アメリカ育ちの軍人は、優れた魔術師すら凌駕する。相賀はコルネットに端末で指示を飛ばし、座標データをウルフに送信させた。すぐに了解の二文字が返ってくる。こちらは問題ありません、と相賀は言った。


「助かるの。では、儂も一肌脱ぐとしよう。そろそろ役に立たないとやっておれん」

「私も箱船の強化を進めよう。錬金術ならば、浮き島に引けを取らない高性能艦に変化させることができる」


 ドルイドと錬金術師が席を立つ。書き手もでは、と断りを入れて立ち上がった。


「私も解析を始めます。この場で私以上の解析者はいないでしょうから」

「ボクもお手伝いしましょう。ではこれにて」


 エデルカとノアが室内から後にする。ケラフィスも移動し始め、相賀もそれに倣った。

 すると、フレイヤが問いかけてくる。


「ヘルヴァルドについては問題ないんだな、相賀」

「……ええ、もちろん。俺以上に、奴と戦い慣れた者はいませんから」


 フレイヤに二つ返事で答えると、相賀は自動ドアを潜り抜けた。やることは山積している。まずはペガサスⅡを強化しなくては。



 ※※※



 世界は戦乱の真っただ中だ。だからこそ、暗く生真面目に仕事をする時間よりも、パーッとはしゃいで遊ぶ時間がより重要になってくる。気張っていては、肝心な時に役目が果たせない。息抜きの重要性は、戦前よりも上がっていた。

 ゆえに、今。ソラは適当に見繕ったパーティ会場で、主賓が気恥ずかしそうにしているのを笑顔で見守っている。


「い、いやあの、なんていうか、その」

「メグミちゃーん! せっかくあなたたちのおかえり会なんだよー? もっとちゃんとしなきゃダメだよー」


 いくつも並んだ長テーブルの先にある檀上に立つ二人は、メグミときらり。救出大作戦を経てようやく取り戻したソラとクリスタルの親友だ。周りにいるのはほぼ全員が子どもで、大人は子どもが息抜きする間、敵に対処する準備を進めている。

 そう考えると申し訳ない気持ちになり、ソラは相賀に手伝いを申し出たが逆に怒られてしまった。休む時はしっかり休め。遊びも任務のうちだ。相賀以外のヴァルハラ軍人たちにも似たような文句で突き返された。

 今はエデルカの手伝いをしているというノアも後で合流する予定だ。リーンは確実に大人の区分であり、エデルカに関しては微妙だったが、彼女も私は大人ですよ! と憤慨していたため誘うことを諦めている。

 意外にも、言いだしっぺはホノカだった。パーッと発散しないとねー。そう言って彼女はあっという間に同年代から年下、年上まで二十歳未満の未成年たちを招集した。


「ホノカはいつの間にコミュ力が上がったんだろう」

「人見知りのソラにはできない芸当ね」

「なっ! 今の私は人見知りを改善したよ!」


 クリスタルに言われてソラは腕を組む。昔は確かにクリスタルの背中にくっついてばかりだったが、今は違う。積極的に色んな人と話すようにしていたし、なんたって高校では頼れるお姉さんだったのだ。悲しいことに、他称ではなく自称であるのだが。

 そっぽを向いてソラが答えると、クリスタルはくすくす笑ってごめんごめんと謝ってくる。以前はソラのことをからかったりすることがあまりなかったのに、クリスタルもきちんと性格が変わっていた。

 寂しいような、嬉しいような。ソラは複雑な気持ちに駆られながら、主賓である二人に視線を戻した。

 相変わらずメグミはもじもじとしている。その粗暴な口調から、真面目な不良と言われていたこともあり、変に優等生なのだ。口調と胸と真面目さを取り除けば完璧なのに、という男子のぼやきを聞いたこともある。残念なことに、そのぼやきはメグミ本人の耳にも入っており、怒れるネコのように彼女は怒った。


「ど、どうすりゃいい? おい、きらり。お前はこういうの得意そうだろ?」

「……どうしても思い出しちゃうんだ。私の黒歴史! ああ、恥ずかしい! 何が闇の力なんだよー! 私は愛と正義の魔法少女なのに、ダークサイドに堕ちちゃうなんて!」

「今でも十分恥ずかしいから大丈夫だろ! なんかすごく面白いこと言えよ!」

「無茶振りだよメグミちゃんー!」


 そのやり取りで十分笑いは取れているので、大丈夫だとソラは思う。が、彼女たちは違うらしい。自分の不甲斐なさを挽回するため、メグミは本気でみんなを楽しませようと努力しているが、実際はみんな明るく振る舞いたいだけなのだ。メグミときらりがそこまで気負う必要はない。


「ハハッ。見た? あの狼狽っぷり。さんざん苦労かけたんだし、相応の報いを受けてもらわなきゃね」

「全く、きらりはもう少しちゃんとして欲しいものです。……それに、ここに出ている料理、全般的にカロリーが高くないですか? まさか、わたくしを太らせるための陰謀では」


 マリが冷ややかな笑みをみせ、レミュが豪華な料理の数々に眉を顰めている。ソラは試しに手近なアップルパイを食してみたが、とても美味しかった。月並みな感想だが、それ以上の褒め言葉を思いつかないほどの絶品だ。


「クリスタルも食べよ? おいしいよ?」

「はいはい。ほら、ほっぺに食べかすがついてるわよ」

「ん、ごめん」


 昔のように、クリスタルはナプキンでソラの顔に付着したパイの欠片を拭き取ってくれる。懐かしさを感じほっこりしたが、すぐに恥ずかしさが追いかけてきた。頼れるお姉さんにならなければ、と改めて自分を戒める。

 と、そのやり取りの間に壇上で変化が起きた。カリカがテンションの上がった状態で昇ってくる。心なしか、顔が赤いのは気のせいだろうか。


「はいはーい! スーパーマジシャンカリカ様のマジックショーよ! 種も仕掛けもないわ! だって本物の魔術だもの!」

「お、おいおいいきなり出てくんなよ! 話はまだ――」

「とりあえず、この赤毛ポニテを変身させるわ! 何かリクエストがある人!」

「何だと!?」


 困惑するメグミにさらなる苦難が襲いかかる。カリカはリクエストを聞いたにも関わらずんーやっぱりいいや! と勝手に募集を締め切り、本人の承諾もなしにドルイドの変身術を行使した。

 赤い毛を持つケットシー。それが、ソラが抱いた最初の感想だ。

 メグミはネコ娘どころか本物のネコに変身させられてしまった。毛を逆立たせフーッ、フーッ! とネコ語で必死に捲し立ててるが誰も聞き取れない。むしろ、カリカとギャラリーたちを喜ばしてしまっている。


「あはははっ! 最高っ! 最高ねっ!! 普通のネコはただのネコ! 赤いネコは化けネコよ!」

「ちょっとカリカ、一体どうしたのよ?」

「……奴はケランと仲違いして、ヤケになっちまったんだよ」

「リュースさん……?」


 クリスタルの問いかけに答えたリュースは、二人の反対側に座りため息を吐いた。だからもうちょっと気遣ってやれって言ったのに、とリュースは呆れがちに呟く。


「ケランはカリカの横暴っぷりに嫌気がさしたんだ。まぁ、別に振られたわけじゃなくて喧嘩してるってだけなんだけど」

「なるほど」


 とクリスタルは相槌を打ちながら、近くのジョッキを仰ぐ。そして、顔をしかめた。


「まさかこれの影響じゃ……」

「どうしたの?」


 ソラも気になって黄金色の液体を口に含んだ。甘い香りが広がるが、何か違和感がある。ハチミツ味のジュースかとも思ったが、少し違うようだ。初めて味わう、苦みのような物が混ざっている。


「ん? これ……。身体がポカポカするけど何?」

「あまり飲まない方がいいわ。ハチミツ酒よ」

「お酒!? 何で!?」

「アルコールが入っていようが、魔術を使って分解できる。影響は気分の高揚だけで、例え一気飲みしたって中毒死は有り得ない。だから、誰かがおふざけ半分で混ぜたんじゃないか? ドロイド足るわらしなら、酔うことだってにゃいし……」

「リュース、あなたも酔ってるわよ」


 呆れがちに言うクリスタル。リュースはほんの少し飲んだだけでろれつが回らなくなり、顔は紅潮していた。気付けば、回りのみんなも心なしか顔が赤い。


「まずいんじゃないの? これ。身体的に問題がなくても、精神的には大ダメージなような……」

「かもしれないわね。あ、マリさんが泣いてる」

「あ、ホントだ……」


 普段からクールなマリはハチミツ酒のジョッキを片手に泣き崩れ、きらりに介抱されていた。レミュは何が面白いのかそんなきらりを指さして大爆笑している。そこへ現れたメグミネコが何か文句を言うように鳴いたが、マリに抱き着かれてフギャー! と悲鳴を上げた。


「大惨事……」

「地獄絵図ね。あっち見て」


 クリスタルの視線を辿ると、ジャンヌがナポレオンの前で二丁のリボルバーによるジャグリングを披露している。どうやらとてもご立腹の様子で、ナポレオンは青ざめたままそれを眺めていた。


「私を置いて、逃げた! 腰抜け皇帝! 臭いフェチ! ナルシシスト! チビ!」

「な、ナポレオンはチビじゃない! 周りの護衛のがデカかっただけ――うっ!!」

「じゃあ、ロシアンルーレット、しましょうよ? ね? ナポちゃん先行で」

「全弾装填されてる! されてるからぁ!! 誰か我輩を救出せよ! せよせよ!」


 ナポレオンの悲痛な叫びに応える者は誰もおらず、助けた方がいいかな? と腰を浮かせたソラだがクリスタルに制された。


「どうせ当たっても大丈夫な奴よ。……殺す気がなければ」

「やっぱり危険なんじゃ……」

「下手に動くと厄介なトラブルに巻き込まれるわ。あれを見て」


 今度はメローラたちだった。アテナは一人黙々とハチミツ酒を煽り、前にある空間に愚痴をこぼしている。ニケはそれをあわあわしながら見つめて、その横ではメローラが兄であり姉とも取れるモルドレッドに甘えていた。お兄ちゃんなどと呼称を変えて、いつもの調子からは考えられない甘えっぷりだ。


「ホノカと策略を巡らせた甲斐があったというものだ。願わくば、誰か服でも脱いでくれると嬉しいのだが」


 とんでもない発言をして、ソラとクリスタルは引きつった笑みを浮かべた。策略の片棒を担った相手が特定された。もう片方の黒幕は、にこにこと会場内の大騒乱を楽しんでいる。酔っている雰囲気はない。ソラはますますホノカという人物がわからなくなってしまった。


「なんですか、このバカ騒ぎは」

「あ、ノアさん」


 仕事を中断したノアが、会場に入ってきていた。理性的であるソラとクリスタルを見咎め、その横に座ってくる。二人の対面席では、リュースが雷を飛ばして、ビスケットを破壊しまわっていた。

 ノアは席についてすぐに事態の原因を把握した。置いてあったハチミツ酒を興味深そうに見つめる。


「ふむ、飲酒、ですか。まぁ、ボクもそれ自体を止めはしません。魔術的処置を行えば、未成年で飲酒したとしても問題ありませんから。ですが、こんなジョッキ一つで酔っ払うようでは、敵に利用されるとも限りません。早急に対策を取らなければ」


 と言って取っ手を持つ。え? 飲むの!? というソラの静止も聞かずに一口。


「味はにゃかにゃかです。でしゅが、やはり、アルコールへのたいしゃくを……」


 一瞬でできあがってしまった。ソラとしては、苦い笑いを漏らすことしかできない。


「ハチミツ酒は普通のお酒よりも強いの。ドワーフがよく飲んでいるお酒、って言えばわかるかしら。ヴァルハラ宮殿でヴァルキリーが給仕する飲み物の一つね」


 クリスタルの解説を聞いていると、


「ボクは、別に、パパのことが好きではありません。本当です、ボクは、ふぁざーこんぷれっくちゅなどでは……」


 ノアが言い訳するように、聞いてもいないことを話し出した。以前、父親について感情的に感じられたことをソラは思い出す。やはり、ノアにとって亡き父親は大切な人だったのだ。

 話を聞きたいという欲求と同時に、こんな状態の彼女から聞いてもいいのだろうか、という葛藤を抱く。と、突然、ソラが名指しで誰かに呼ばれた。


「おい! ソラ! 給仕係!」

「え? 私?」


 呼んでいたのはツウリだった。彼女も例外なく顔を赤く染め上げている。クリスタルの眼を困ったように覗くが、彼女は行ってらっしゃいと手をひらひら振るだけだった。変なことに巻き込まれませんようにと祈りながら、ツウリの元へと進む。背中に、ノアの独り言を受けながら。


「そうです、パパはボクにとっての憧れです……。この一人称も、パパへの憧れから来たものです……。片眼鏡もパパの遺品です。ボクが今扱うものは全て、パパから引き継いだものです。これで満足ですか? 満足なんですか? 満足してしまったのですか!! 酷い、あんまりです!!」


 なぜかノアは腹を立てている。たはは、と苦笑しながらツウリたちの席へ着くと、ツウリは隣で突っ伏しているミシュエルに頬杖をつきながら、空のジョッキを差し出した。


「知ってるぞ! ヴァルキリーはヴァルハラ宮殿における給仕係だ! なら、貴様が私にハチミツ酒を注ぐのである!」

「口調が変わってるよ、ツウリちゃん……」

「む、ソラちゃん……?」


 ミシュエルが目を覚まして、ツウリがひっくり返った。どんがらがっしゃん、漫画のような音が響く。

 起きたミシュエルはソラを見つめると、突然抱き着いてあろうことかキスしようとしてきた。魔術剣士として鍛えられた条件反射でそれを避けると、今度は背後から首を掴まれる。


「ソラ! 私への扱いがぞんざい! いくら忘却のルーンで騙したとはいえ、私にとってあなたは初めてのお友達なのよ!」

「え? ミュラ!? ちょっと待って! 今は……!」

「わ、楽しそうですね、ソラさん。私も混ぜてください」

「ゆ、ユーリットさ、く、首が締まる……」


 なぜか顔の赤いユーリットも混ざってきて、ソラは三人の重みに埋もれる。本気で意識を手放しそうになったので、申し訳なく思いながらもブリュンヒルデへと変身を果たした。そして、魔動波で加減しながら吹き飛ばす。


「たーっ、危なかった……。あ、ごめん、みんな……」


 注目が一気に自分へ集まってると知り、ソラは謝罪を口にする。てっきり、せっかくの宴会をぶち壊してしまったと思ったのだ。だが、ソラが魔術を行使したのを見て取ると、魔術師は皆、それぞれ得意の魔術を自慢し始めた。にこにこしていたホノカも、いつの間にかエイルに変身を果たしている。


「怪我がないように、私が見てあげるねー。じゃあ、レッツゴー!」

「え? 待って、ホノカ。何がレッツでゴーなの……? うわぁ!!」


 自分に飛んでくる魔術。瞬間、ソラは理解する。パーティーの催しは隠し技披露へと移行した。自分はその威力を誇示するための的である、と。


「うわぁ、ストップストップ! 誰か助けて、クリスタル!!」


 と自分の親友にエマージェンシーを発するが、なぜか彼女もハチミツ酒を飲んでいた。ソラは私の親友なのに、などという独り言が聞こえてくる。


「ええっ!? 何でクリスタルも飲んでるの!?」

「……ルーン魔術には面白いものがあるのよ、ソラ。今、教えてあげましょう。これが、心変わりをなくす貞操のルーン!」

「何でそんなものを私に撃つの!?」


 酔いとはこれほど人を変えるものなのかと、ソラは走り回りながら思い知ることとなる。魔術剣士の修行がこんなところで役に立つとは思っても見なかった。ルーンについての知識は多少あるので、こういう時こそ宥めのルーンが使えれば、と強く感じたことはない。

 後でクリスタルに教えてもらおう、と考えながら跳躍し、雷を避ける。着地した先にヤイトとハル、ユリシアがいた。


「ヤイト君! ヘルプ!」

「ソラさん。今、ハルが眠ったところなんだ。もう少し静かにしてもらえないかな」

「しーっ、です。ソラさん、しーっ」


 ハルはヤイトに寄り掛かりながら寝ている。ユリシアは可愛らしく、口の前で人差し指を立てた。

 だが、どんなに愛嬌あるしぐさも、今のソラには手助けにならない。


「私じゃなくてみんなに言ってよ! おおっと!」


 ソラは宙返りをして空気の砲弾を躱す。射線上にいたヤイトは、首を傾けるだけで簡単に避けてみせた。

 振り返って会場を見渡すと、ほぼ全員が自分の魔術の素晴らしさをソラを使って披露しようとうずうずしている。

 なぜなのか、とソラは問いたい。なぜみんな、そんなににやにやしているのか、と。

 ソラがひとり戦々恐々としている最中、マリが席を離れてどこかに行くのが見えた。だが、声を掛ける余裕はない。皆が皆、一様に魔術を発動したからだ。渾身の叫び声をソラは喉から捻り出す。


「わ、私は! みんなの、頼れるお姉さん、だぁああッ!!」


 魔術師たちの総攻撃を受け、ソラはなす術もなく撃沈した。



 ※※※



「こんなとこだろ」


 ペガサスⅡの回収作業を終えて、相賀は息を吐く。会心の出来だった。今度こそ、復讐を果たすことができるだろう。そう思って、満足げな笑顔をみせる。こんこん、と軽く機体の装甲を叩いた。


「……誰だ?」


 しかし、足音を聞き咎め、相賀は質問を投げる。対象者は応えない。相賀は肩を竦めて、点検作業へと移った。機体横に設置されている端末を動かす。と、不意に背中に柔らかい感触。


「マリ、か。どうした? みんなと遊んでるんじゃなかったのか」


 その正体に勘付きながらも、相賀は少し驚いていた。まるで、昔みたいだ、というのが率直な感想だ。

 天音が死んでからは、マリは他人を寄せ付けない性格となってしまった。こんな風に抱き着いてくることなど滅多にない。姉の死は、彼女を姉を慕う幼い妹から姉の仇を討つ一人前の戦士に変えた。そして、さらなる変化が加わり、復讐を止めてひとりの少女へと戻っている。そのことを、相賀は喜ばしく思っていた。


「……泣いてるのか」

「もう、復讐しなくていいです……。相賀さん」


 マリが背中から離れる。相賀は彼女に向き直り、どうやら酔っていることを把握した。今度はため息を吐く。誰かが宴会の席に酒を持ち込んだのだろう。まさに、若気の至り、という奴だ。


(若さゆえの過ちか……。さて)


 相賀はマリの肩へ手を置く。一体どうして? と訊き返す。


「私のせい、です。相賀さんが復讐するの」

「……そうでもない。復讐なんてものは自己満足だ。お前もわかってるだろ」


 何せ、彼女自身復讐者だったのだ――。マリは頷きながらも、首を横に振る。理性的な判断を喪失していた。思えば、天音も酔っぱらうとマリと似たような状態に陥っていた。相賀は懐かしい気持ちに駆られながら、そうだな、と同意する。


「確かに、お前の言う通りだ。もはや、俺に復讐をする意味は残ってないかもしれない」

「だったら……!」

「だが、ヘルヴァルドは放っておけない。俺は奴を知り過ぎたし、奴も俺のことを知り過ぎた」


 相賀は思い返す。天音が死んで以降、何度も交戦してきた相手。それがヘルヴァルドだった。

 何度あの血濡れた鎧を目にしたことか。毎回、相賀は敗北を喫していた。優れた魔術師であるヘルヴァルドに、防衛軍時代の兵器では太刀打ちできなかったのだ。

 だが、魔術的改造を加えたペガサスⅡなら勝利をもぎ取れる。いや、勝てるから戦うのではない。戦うべくして戦うのだ。


「あなたも復讐に憑りつかれて……」

「断じてそれはない。神に誓ってもいい。神様って奴は多すぎて、どの神に誓えばいいかわからないが」


 相賀は冗談を口にする。しかし、マリは笑わない。


「復讐するにしろしないにしろ、俺は奴と戦う必要がある。……どういう結果に終わろうと避けられない戦いだ。だが、お前がどういう考えをしているかは、頭に留めておく。そろそろ寝ろ。送ってやるから」


 マリが言われるまま身体を預けてきたので、相賀は抱えて寝室へと運んでいく。

 軽いが、重い。命の重さだ。彼女たちひとりひとりがとても重く、尊ぶべき存在だ。

 それを、ヴィンセントとアーサー率いるマーナガルムは壊すと言う。それにヘルヴァルドは協力している。本意かどうかは不明であるが。

 ならば、自分の役目は決まっている。


「お前ならどうするかな……天音」


 問わなくてもわかっている問いを虚空に放ちながら、相賀はマリをベッドまで運んで行った。



 ※※※



 迷彩服を着る一匹狼は、敵に気取られることなく北米大陸へ侵入を果たした。もはやかつての原型をとどめていない虫食い状態のアメリカで、ウルフは双眼鏡を覗いている。

 そして、大気の揺らぎを発見した。淡々と独りごちる。


「あれだな。見つけたぞ」


 ウルフは腕時計型端末を操作して、浮き島捕捉の報告を行う。

 だが、何かに気付いて操作を中断。背後へ振り返った。そして、ソレの名を口に出す。


「顔のない男。いや、千の顔を持つ男。ニャルラトテップ」

「気付くか、人間。素晴らしい。だが、ここで終いだ。高潔なる狼よ!」


 聖杖が振りかざされて、風が切り裂かれる音が荒野に響いた。

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