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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第九章 反抗
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異形の従者

 クリスタルたちがきらりを拿捕する少し前、箱船の外でソラはマリやホノカといっしょにメグミを囲んでいた。既にブラックホールに関しては対処済み。

 メグミは罠にはまったと言うのに嬉しそうな表情をし、鉤爪を展開する。


「いいなぁ、この状況。私の獲物がのこのこネギを背負ってやってきたって訳か」

「それはこっちのセリフよ。三対一で勝てると思ってるの?」


 マリの問いかけをメグミは一蹴する。当然だ、と勝気な表情で、


「むしろ、三人しかいねえのか? この戦力で本当に私を殺せると思ってるのかよ」

「ううん、思ってないよ? 元々、殺すつもりはないからね」


 ソラが正直に気持ちを伝えると、メグミは嫌悪感を露わにする。


「そういうのは吐き気がする。戦争は人が死んでなんぼなんだよ」

「昔のメグミちゃんだったら絶対そんなことは言わなかったよー」


 ホノカが悲しげに言った。メグミはうんざりしたように呟く。


「だったら大人になったってことだろ」

「はぁ? あなたは今も昔もガキのまんまよ。むしろ今の方が子どもクサい。昔のあなたは八つ当たりもせずにきちんと我慢できていた。でも、今はただ自分が嫌なことを否定して、他人を殴ることで快楽を得ようとする乱暴者。意見が違う者に暴力を振るって、自分の思い通りに世界を染め上げようとするガキ大将。ガキの中のガキ、とはあなたのことよ」

「言うじゃねえかよ、おい」


 マリの罵倒にメグミは素直に怒ってみせる。感情の制御ができていない。マーナガルムにとって丁度良い傀儡。駒として一番優秀なのは、従順で物事を素直に聞く者たちではない。自由に振る舞い、自己中心的に生きる者こそコントロールは容易いのだ。特に暴力傾向の高い者ならエサを目の前にぶら下げておけば勝手に役目を果たしてくれる。

 ゆえにアーサーは第一段階として、人間と魔術師双方に働きかけ戦争を引き起こした。憎悪で動く者ほど操りやすい奴隷はいない。人も魔術師もアーサーの思惑通りに、何の罪もない相手を恨んで憎んで虐殺を繰り返してきた。

 そのことをメグミは知っている。なのに、忘れてしまっている。一度死んだことで、原初の気持ちを忘却してしまっている。

 ずっといっしょだったソラには、よほど死という経験が辛かっただろうと推察できた。メグミほど優しい子がこれほど憎しみを滾らせている。とても痛く、恐ろしかったのだろう。生前の自分を否定してしまってもいいほどの苛烈な悪夢だったのだ。

 ソラが想いを馳せながらメグミを見つめていると、彼女の怒りは倍増した。何だその目は。苛立った調子で言葉を返す。


「そういう視線は一番嫌いだ。同情してんじゃねえよ。同情するなら死んでくれ。私の痛みを、共有してくれッ!」


 メグミは鉤爪を振り上げながら突撃を敢行してきたが、ソラは顔を俯かせたまま動かない。

 そのソラのリアクションが、メグミの神経を逆なでする。さらにソラは、油に火を注いだ。


「……ごめん」


 一言、謝る。それがメグミを激情させ、攻撃をより鋭くする。


「何だってんだよそれはッ!!」


 爪の刺突がソラに直撃する刹那、ソラは銀の剣を引き抜いて受け止める。顔は俯いたままだ。このッ! とメグミは憎悪の眼差しでソラを射抜く。


「何だよ、ふざけんな! 最終形態を使いやがれ! 舐めてんのか、私を!」

「……私はさ、いつもメグミに励まされてきたんだ」

「――死ね!」


 メグミが鉤爪を剣から離し、蹴りを見舞う。鋼鉄製のブーツによるキックは強烈だが、それすらもソラはあっさり回避してみせた。何でだ? とメグミは驚愕する。避けられるはずがない。そう思っているのだろう。

 だが、ソラは避けられるし、防御できる。ホノカも同様だ。今のメグミは直情的に動き、アーサーたちに仕込まれた殺人拳法を使っていない。身体にしみ込んだ、親から教わった拳術を用いている。何度も共に訓練を重ねたソラたちには、手の内は全てわかっているのだ。


「有り得んだろ、こんなこと! シグルーンは強い! 私は強い! 前回だってお前を、私は!」

「ただのまぐれ勝ちよ、そんなの。……それにあなたはおかしいと思わなかったの? いくらヘルヴァルドを連れているからって、たった三人でヴァルハラ軍とまともにやり合えるわけがないじゃない。使い捨てよ、今のあなたたちは。ソラがレクイエムを奏でられるようになった以上、大した実力もなく裏切る可能性のあるあなたたちを処分したかったんでしょうね」


 マリが非情な言葉を吐き捨てる。メグミは舌打ちしながらマリに狙いを変えた。が、その間にホノカが割って入り、またもや自分の拳が避けられることに瞠目する。


「何だよ、何でッ!!」

「だって、メグミちゃん。たくさん鍛えてくれたもの。私より強くなくちゃ敵に殺されちまうだろって、いっぱいいっぱい、訓練してくれたもの。その経験を私たちは無駄にしてない」

「私に半殺しにされたお前が言うセリフか!!」


 メグミは散々指摘された後に、攻撃方法を殺意を伴うものへと戻した。流石にこれをホノカは避けられない。なので、そこにはマリが割り込み、ナイフで鉤爪を弾いていく。


「こそこそ隠れることしかできない暗殺者風情が!」

「残念、不殺者よ。それに、ちょっと付け焼刃で殺人術を学んだあなたに私が後れを取ると思ってるの? あなたが私に致命傷を与えられたのはただの一度だけ。それも不意打ちで、よ。まともに交戦できるなら、私があなたに負けるはずがないでしょう? 元々、ゲームでは私の方が上だったんだし」

「何言ってやがる! 私はお前に――ッ!?」


 メグミは自身の発言に驚き、固まった。自分がマリとしょうもないバトルを繰り広げていた記憶が脳裏の片隅から出てきたのだ。その記憶には、原初の気持ちがセットになっている。かつての自分がどういう人間で何が好きだったのか、なぜ自らが死を選んでまで友達を守ろうとしたのかまで、付随している。


「くそ、まやかし、だ……。私は人殺しがしたい、殺人者だよ……」

「いいえ。何だかんだ言って、あなたは一人も殺せていない。結局、あなたの肉体は死んでも、精神は生きていたのよ」


 そう言いながら、マリはナイフを仕舞った。そして拳を握る。頭を押さえながら、メグミは彼女の行動を訝しんだ。


「何してる、殺せよ」

「あなたこそ何してるの? 拳と拳の勝負をしましょう。前はぼこぼこにやられたけど、今度はそうはいかない。借りはきっちり返す主義よ」

「私に拳で勝てると本気で思ってんのか?」

「本気よ、本気。ガチでありマジ」

「コンチクショウがッ!」


 メグミは挑発に乗って鉤爪を収納し、拳でマリに殴りかかる。ソラはホノカと共にその喧嘩を見守っていた。


「大丈夫そうだね……。よかっ……た?」

「ソラちゃん……?」


 突然、ぐしゃりという血が噴き出る音がした。肉と鎧を何かが貫く音も。

 その発生源をソラとホノカは眼で追った。殴り合いに興じていた二人もだ。


「あ、れ……? うそ」


 ソラはまともに驚けない。誰よりも驚かなければいけない自分が、理解できていない。

 ソラの腹からフルートが突き出ていた。――背中から真っ直ぐ、貫通している。


「あ、ぁ……」

「ソラちゃん!!」


 ようやく事態を把握したホノカが、杖を可変させてソラの背後に浮かぶ包帯を顔面に巻く男へ銃撃を加える。が、男は突然消失すると、今度はホノカの目の前に現れた。フルートを器用に片手で回しながら、容赦なく突き刺す。


「あぐ……ッ!? そん、な……」

「ソラ! ホノカ!!」


 マリは仲間を案じながら、メグミとの喧嘩を中止し謎の男への迎撃を開始する。が、背後からメグミに殴られて態勢を崩した。あなた、まだ!? と慄いたマリだが、自分のいた場所に振り下ろされるフルートを見て安堵する。


「……お前らは私の獲物だ。ぽっと出の奴に奪われてたまるか」

「相変わらずツンデレなんだから」


 マリはメグミと共闘を行い、謎の男と交戦する。


「レクイエムフォームにならないと……く。自然回復……」


 ソラはふらふらと浮きながらホノカを抱える。出血が激しく、魔術剣士の自然治癒も遅れている。


「ソラちゃん……たぶん、あれ、魔笛だよ。ただのフルートじゃない……」

「魔笛……?」


 ソラはホノカと共に箱船の甲板に移動しながら訊き返す。


「クトゥルフ神話……外なる神たちが連れている従者……。気を付けないと、発狂する」

「発狂……く」


 ソラはホノカと共に甲板の上に寝転んだ。早くレクイエムフォームにならなければという焦燥感に駆られつつ。



 ※※※



「な、何が起こったの? エデルカちゃん!」

「ちゃん付けは止めてください! これは恐らく――」


 コルネットとエデルカは、状況把握のためそれぞれの入力機械を巧みに操作している。ノアの箱船の艦橋では、数名のオペレーターが慌ただしく作業していた。外部だけならばまだしも、内部にまで敵の侵入を許している。それも、こちらから招き入れたわけではなく何の反応もない状態で、だ。

 通常ならば有り得ることではない。例え転移魔術を使ったとしても警告が発せられるように設計されているためだ。万が一不法侵入を許しても、すぐに気付けるはずだった。


「ふむ、とうとう向こうも本腰を入れてきた、ということか」

「まずいですね。たった二体、ということはないでしょうし」


 フレイヤがモニターを俯瞰し、その隣ではノアが携帯端末を操作している。艦内の兵士たちに戦闘態勢を徹底したところだった。

 だが、次の瞬間にはブリッジにも悲鳴が響き渡る。包帯男が音も予兆もなく箱船の頭脳に侵入を果たしていた。


「殲滅ヲ実行――」

「え、エデルカちゃん! 助けて!」

「わ、私は戦闘魔術は得意では……! あ、アレックどうか救いを……!!」


 コルネットとエデルカが太鼓のばちで撲殺されようとした瞬間、ヴァルキリーゲンドゥルとなったフレイヤが防いで斬り返した。すぐに消失、背後に転移するがそれすらも防ぐ。


「ふむ、邪神の類だな」

「――」


 男は太鼓を取り出して、突然不協和音を奏で始めた。オペレーターたちが耳を塞ぎ、エデルカが即興で防音魔術を発動させる。フレイヤの剣術に押され始めた男はまたもや予兆なく転移した。


「時空魔術、ですね」

「そうだ。よもや総帥や主神を呼び出したとも思えん。代行者の従者だな。全員に通達しろ。油断するな。時空魔術は観測できない」


 フレイヤは剣を鞘に納めると、戦場の俯瞰を再開する。艦内では従者たちとヴァルハラ軍との戦闘が続々と開始されたところだった。



 ※※※



「クリスタル!! 大丈夫ですか!!」


 レミュがクリスタルの手を引っ張って従者から距離を取る。が、クリスタルは右眼を右手で押さえていた。手が真っ赤に染まっている。


「クリスタル!」

「右眼をやられた。大丈夫。治療はできるから――」


 ――生きてさえいれば、とは口に出さない。生きて帰るつもりだった。レミュときらり、三人で。

 だが、何の前触れもなく現れた男の戦闘力は非常に高いと一目で見抜いた。例えレギンレイヴを装着していたとしても油断をすれば死を免れない。それほど強力な男だ。


「コイツは、一体……?」

「……混沌が連れてきた者たち。闇に最も近い付き人」

「きらり……?」

旧支配者グレート・オールド・ワンは外なる神から生まれ、世界を混沌に染め上げていた。しかし、旧神との戦いに敗れ封印を施された邪神たちは、復活の時を待ち続けている。代行者は封印を逃れた神の一人。大いなる者が目覚めしその時、世界は混沌に包まれ創造と破滅が繰り返される――」

「クトゥルフ系、ですか。ではこの強さも納得できますね」


 レミュはクリスタルを構えながら苦々しげに呟く。クリスタルも苦悶の表情を浮かべていた。

 今、前で魔笛を構えるこの男は人ではなく、神でもない。不規則な形を持つ異形である。


「どうする、か」


 クリスタルはドローンの武装を換装させる。発射態勢になったドローンたちだが、レーザーを撃ち放った瞬間には男は消えている。何の痕跡も残さない。例え従者だとしても、一体一体が侮れない戦闘力を保持しているのだ。

 これを自分の導師が狩っていたという話をクリスタルは信じられなくなった。アレックの強大さが身に染みてわかる。


「後ろです!」

「くッ――」


 マシンガンを構えて穿つが凄まじいスピードで男は避けていく。弾丸の間を縫って迫る男に負傷しているクリスタルはまともに対応できない。懐に潜り込まれた刹那、レミュがメイスで応戦したが男は難なく彼女を吹き飛ばした。


「レミュ! あっ――」


 魔笛が叩きつけられる。一瞬だった。走馬灯を見る時間さえ残されていない。

 それもそのはず。きらりが男に闇弾を撃ち放ち、クリスタルは危機を逃れていた。


「きらり……」

「混沌は闇と敵対する者。あなたたちを殺すより、混沌を殺す方が面倒くさい。だから」

「全く、昔のあなたの方が素直で良かったですよ」


 床に転がっていたレミュが立ち上がり、二人の横に並ぶ。完全とは言い難いが、かつてのトリオが復活を果たした。


「まずはコイツを黙らせる。行くわよ!」

「了解です、クリスタル」

「指図しないで」


 クリスタルは後衛、レミュは前衛、そしてきらりは中衛。三位一体の攻撃で、混沌の従者と交戦する。



 ※※※



 マズルフラッシュと銃声が響き渡る通路の後方に、ジャンヌは陣取っていた。隣にはナポレオンがダブルバレルフリントロックピストルを片手に緊張の面持ちを浮かべている。

 前に並ぶ銃と杖を持ったヴァルハラ軍の兵士たちが現われるであろう敵を待ち構えていた。大量の従者がノアの箱船内に出現しており、それぞれのチームが対応に当たっている。支援魔術師とは言え、悠長に構えている暇はない。


「来るぞ! 撃て!」


 部隊長が声を上げ、全員が通路の隔壁を破って現れた包帯の男に射撃を加えた。が、当たる直前に男が消え、隊員たちが困惑の声を上げる。


「ど、どこ行ったの?」


 ジャンヌも戸惑いながら前を見る。直線的な通路なので、見つからないということは有り得ないはずなのだが……。

 ナポレオンも同じように辺りを見回して、隊員の異変に気付いた。ひとりが妙な声を漏らしながら、徐々に膨らみ始めている。


「ま、ままさか! その男の中に――ひぃ!」


 悲鳴が通路に轟く。男を食い破りながら、おぞましい異形が正体を現した。軟体生物であるソレは、一見スライムのようにも見えるが、手らしき複数の触手がフルートを掴んでいる。足のようなものが無数に生えて蠢くが如く移動しながら、近くの隊員に危害を与え始めた。


「怯むな! 撃て、撃て!」


 飛び交う銃弾と魔術。だが、化け物には大した効果がない。ひとり、ひとりと兵士たちが異形に撲殺され、刺殺されていく。

 ジャンヌは驚きを隠せない。この場にいる隊員たちは自分の支援魔術である英雄鼓舞を施されている。全員が、身体能力を強化されているはずなのだ。なのに、誰一人、まともに反撃することなく蹂躙されている。


「え、エンチャントが、意味ない!?」

「ほ、砲撃! 砲撃を放て!」


 ナポレオンが自分の足元に大砲を召喚し、撃て――! と気合の指令を飛ばした。煙が立ち、次第に晴れる。そこにあったのは、死屍累々の数々。大量の仲間たちの死体だ。


「な、なんてこった……! 撤退! 撤退するぞジャンヌ!」

「あ、う、あ……」

「何してるの!」

「こ、腰が……抜けた……」


 ナポレオンが横に立っていたはずのジャンヌを見ると、彼女はすっかり腰が砕け、床にへばり込んでいた。顔は青ざめ、歯をがたがたと鳴らしている。ただでさえ見た目が怖ろしい怪物だ。あれほどの恐怖体験をしたとあっては、聖処女ラ・ピュセルと言えども恐怖で気が狂いそうになってしまう。


「こんな時に冗談でしょう! 早く立って!」

「む、ムリ……助けてナポちゃん……」


 ジャンヌは必死にナポレオンの整ったズボンにしがみ付くが、ナポレオンと言えども恐ろしさでどうにかなってしまいそうな状況なのだ。ナポレオンは物は試しと従者に銃撃。無効化されたことを知ると、古式銃を投げ捨てて背を向けた。


「さらば勇敢なる友よ!  高潔なるオルレアンの乙女よ! 地獄で会おう!」

「え、嘘、うそうそ! 待って、待ってよナポちゃん!! 置いてっちゃやぁ!!」


 ジャンヌ・ダルクはフランスに売られた英雄。その史実を再現するかのように、ナポレオンは一目散に逃走した。

 残されたジャンヌは涙をボロボロ流しながらリボルバーを引き抜くのみ。撃鉄を下ろして引き金を引くが、従者はもはや避けようともしない。軟体生物としての柔軟性を発揮して銃弾を呑み込むだけだ。


「いや……! こんなのに、殺されちゃうの……?」


 引き金をがむしゃらに引くが、とうに弾は切れている。リボルバーはかちかちと無情な音を響かせるだけだ。

 従者はジャンヌの前で停止し、無数に生える触手を伸ばす。そのうちの一本が頭を撫でるように這い、ジャンヌは頭がどうにかなってしまいそうだった。神の加護を受けているジャンヌ・ダルクだが、もはや神に祈る猶予も与えられていない。


「あ、や、止め……! やめて……殺さないで……」


 ジャンヌの頭から何かを読み取り目的を果たした従者は、ジャンヌの命乞いを聞くこともなくフルートを振り上げる。

 そして、大量の血が降り注いだ。緑色だ。赤くはない。

 ――従者の触手が斬り落とされている。


「大丈夫か、ジャンヌ? 処女は散らしていないだろうな」

「も、モルドレッド……!」


 最悪の発言を放ちながら、最良のタイミングで騎士は参上した。銀の剣を構えながら、従者との戦闘を開始。魔術剣士の実力を怪物に見せつける。


「魔術剣士は最強の魔術師だ。ソラやクリスタルの不意を衝き、いい気になっているようだが……。これまでだぞ」

「―――-!!」


 怪物は人間では理解できない言葉を吐きながら、モルドレッドに触手を伸ばす。巧みに刺突を避けるが鎧の一部を破損した。モルドレッドは感心しながら触手を斬り落としていく。


「ほう? やるではないか。そうこなくてはな」


 少女の姿をする男の騎士は、巧みな剣技で怪物を圧倒。劣勢と判断した従者が逃げ出そうとしたところを魔動波で捕らえ一刀両断にした。緑の血が噴出し、通路を染め上げる。


「残念だったな。人型ならばまだ楽しめたものを」

「も、モルドレッドぉ! 怖かったー!!」


 ジャンヌはモルドレッドに抱擁を交わし、モルドレッドはまんざらでもない表情をする。

 ジャンヌは緑に染まった顔でモルドレッドを見上げどうして勝てたの? と問い、彼は彼女に付着した血をハンカチでぬぐいながら応えた。


「触手については詳しいからな」

「……? は、はぁ!? 何言ってるのこの変態!!」


 ようやく彼の発言の意味に気付き、嫌悪感を丸出しにする。無事で良かったではないか、とモルドレッドは王子ながら異形を一瞥。その後に、周囲に斃れるヴァルハラ軍の死体を見つめる。


「してやられたか。親父殿に」

「ま、待って! 一人にしないでよ!」


 悔恨するように呟いて、別の従者を討伐しに歩き出す。ジャンヌも立ち上がって彼の後に続いた。



 ※※※



「はぁキモい。キモい奴と戦いたくない。やだなぁ、やだやだ」

「つべこべ言ってないで、右の奴を頼んだわよ」


 アテナは抜剣しながら眼前の従者と対峙する。従者は既に真の姿を晒し、アテナを殺さんと殺気立っていた。

 メローラは嘆息しながらも槍を構える。ロンギヌスではなくゲイ・ボルグ。聖人殺しの槍では異形を狩ることはできない。怪物から創られた槍こそ、怪物を屠るのにふさわしい。


「僕が援護するから、君たちはその隙を衝いてくれ」


 その後ろでは、兵士たちを下がらせてヤイトが狙撃銃を構えている。別の部屋ではレオナルドが弟子と共に異形たちと交戦中だった。そちらにはアテナの親友である支援魔術師ニケが付いているので、こちらはこちらの問題を片づけるだけである。


「SAN値がやばいよ、全く」

「いいからさっさと!」


 メローラははーい、と気怠い返事をしながらも槍を巧みに操って触手を切断。アテナも魔術剣士流の躍動感溢れる剣術を用いて、ヒット&アウェイを繰り返しながらじわじわとダメージを与えていく。


「戦争の女神に勝てると思うの? 醜い化け物共め」

「そんなこと言ってると慰み者に――うおっと!?」

「メローラ!?」


 どうやら伏兵が潜んでいたらしく、メローラの後方に従者が出現し彼女を逆さづりにしていた。流石のメローラも焦って槍を振るうが、触手に奪い取られてしまう。


「くッ、このッ! 冗談じゃないって!!」

「メローラ! 待ってて!」


 アテナは早急に目の前の従者を倒そうとするが、そう簡単に倒せる相手ではない。メローラの身体を大量の触手が包み込もうとしたその時、援護射撃をしたのはヤイトだった。

 数発の弾丸が軟体上の身体に吸い込まれる。想定内だ、とヤイトは呟き、直後爆発が起きた。


「――銃撃が無効化されるなら炸裂弾を使えばいい。軟体上の身体では内部からの爆発は防ぎきれない。予想通りだ」

「助かったわ。触手プレイなんてのはジャンヌにやってればいいよ」


 安堵の息を吐きながら、メローラは身体を再生しようとする従者に槍を突き刺す。三十もの槍が放たれて従者はズタズタに貫かれた。触手のほとんどを爆発で持ってかれた従者は、大した抵抗もできずに死滅しかない。


「遅いよ? アテナ」

「そっちはいいとこ取りしただけでしょう! ハッ!」


 少し遅れてアテナは従者を真っ二つにする。これで大丈夫ね、と安心した彼女だが、ヤイトの言葉に眉を顰めた。


「いや……まだ彼らの手の内だ。こちらにも死傷者が出てるし、僕の推測では、彼らの狙いはヴァルハラ軍じゃない。ヴァルハラ軍が捕らえた捕虜たちだ」

「ならうかうかしてられないわ。行きましょう」


 メローラが槍を片手に先導する。アテナもそれに倣ったが、ヤイトは端末をチェックして止まる。どうしたのよ? とメローラが問うと、ヤイトは苦々しげに答えた。


「ハル……!」


 ヤイトの端末にはハルたちがいる教室に従者が進行する様子が映し出されている。ここからでは、援護が間に合わない。



 ※※※



「一体どうなったの?」

「さぁ? 隠れてろ、とは言われたけど」


 ハルはミュラと不安そうに目を合わせる。ユーリットもユリシアを抱いて縮こまっていた。今は非常事態だから隠れているのじゃ。そう言って、リーンは教室の外に出て行った。

 何も知らされず、セバスと共に四人は隠れている。外からは時折戦闘音のようなものが聞こえていた。普段なら張られている防音魔術が切られていることも、余計に少女たちの不安を煽る。


「ヤイト君……」


 しかし、ハルの心配は自分のことよりもヤイトに向けられていた。恐らく、今この瞬間もヤイトは戦っている。そう考えると、ハルは不安でたまらなくなる。

 そんな彼女の様子を察したのか、ミュラが大丈夫よ、とハルを励ました。セバスもいるし、と彼女は彼へ目線を上げる。セバスは声にならない声を出して、ハルたちを元気づけた。


「……そうだよね」

「大丈夫ですよ。ソラさんなら、みんなを守ってくれます」


 ユーリットが笑みを見せる。ユリシアも姉の意見に同意した。


「うん、ソラちゃん大好き!」


 ユリシアが自分の姉を救ってくれた救世主の名前を読んだ瞬間、突然ドアが吹き飛んだ。

 何の前触れもない轟音の前に四人は身体を寄せ合い、壊れたドアの先を見る。そこには触手を携えた異形が蠢き、粘膜系特有の不気味な移動音を立てていた。


「何、あれ……?」

「こっちに来ます!」


 ハルとユーリットが声を荒げる。魔術的知識に長けているミュラだけがその正体に気付いた。


「まさか、外なる神の従者……!?」


 従者は幼い少女たちを始末するべく、床を這い寄り進んでいく。

 彼女たちにその進行を食い止める術はない。ただ慄いて、見つめるだけだ。



 ※※※



「そろそろ私も行くべきか」


 杖を手に持つ男が地上から空を見上げている。空中には大規模な魔術的カモフラージュが施されているが、ヴァルハラ軍の拠点であるノアの箱船が浮いていた。

 男は漆黒のコートとハットを被り、戦場を見つめ続けている。が、目らしきものはどこにもない。それどころか顔がなかった。肌の色も人間のそれとはかけ離れた漆黒。黒人すらも上回る黒さだ。

 顔のない男は、逆に言えば千の顔を持つ者だとも言える。男は変幻自在に姿形を変えることができ、この姿もまた仮の姿の一つだった。

 漆黒の手で杖を掴み、男は帽子に手を当てる。そして、誰に言うのでもなく独りごちた。


「――全ては総帥の御心のままに。代行者としての役目を果たすため、ニャルラトテップが推参する」


 男が顔に当たる部分から声を放つと、異形の泣き声が辺りに響いた。男を空へと送るため、馬の顔を持ち全身を鱗で包んでいる鳥が姿を現す。その名をシャンタク鳥。這い寄る混沌の従者である。

 ニャルラトテップはシャンタク鳥の背に乗ると聖杖を片手にノアの箱船へと赴く。全ては、この世に破滅をもたらすためだけに。

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