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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第一章 再会
7/85

血濡れた逃走劇

 ソラとマリは緊張の面持ちで基地内部へと目を凝らす。中での追跡劇は相賀に任せており、二人の役目はノックダウンした魔術師の確保と外へ出た魔術師への追撃だ。


「彼女の可憐さは……この世の物に例えられない……」

「向こうがこいつにぞっこんなら人質にも使えそうだけど、期待はできなさそうね」


 マリが真っ赤に腫れた顔の少年に目を落としながら呟く。ソラはそうとも限らないよ、と自分の推測を言い聞かせる。


「だって、この人がこんなに惚れてるんだよ? 相思相愛に違いないよ!」

「この男を囮に使った奴よ? どうせ、ただの駒よ。だって私ならそうするもの」

「そんな夢のないこと言っちゃダメだよ!」

「あなたは夢を見過ぎなのよ。恋愛経験がないからだわ。ブリュンヒルデにふさわしいロマンチストね」

「そ、その言い方だとマリが恋愛したことあるような……」


 ソラがごくりと息をのみながらマリを見る。ソラの記憶では、校内でマリは異性はおろか同性ともあまり会話をしていなかったが、マリは工作員。映画で見るようなスパイだったりアサシンである。もしかすると、ソラの知らないアダルティックな恋愛に手を染めてるのではあるまいか。


「私はないけど、姉さんが――」


 とマリが言いかけた瞬間、基地の入り口から二人の魔術少女が駆けてきた。


「おお、僕の焦がれるウグイスよ!」

「出てきた!」

「行くわよ、ソラ!」


 剣と銃を構え、ソラとマリは迎撃態勢。カリカも杖をソラたちへと向ける。だが、ソラとマリは攻撃体勢から一転、回避運動を取った。後から追いついた相賀が警告をしたからだ。


「避けろ! そいつの魔術は人を動物に変える!」

「チッ!」「うえッ!?」


 マリは完璧な、ソラはぎこちない動作で魔術を躱したが、寝転んでいた少年には直撃した。次の瞬間には、少年は豚となっている……しかも、ただの豚ではなかった。


「翼の生えた豚さんよ! 羽のない豚はただの豚、翼が生えたら空飛ぶた!」

「翼のついた豚さん!?」

「くそ、逃げられる――」


 豚を銃で撃つべきか否か、マリが迷った隙をついて、豚は上空へと羽ばたいた。なかなかにファンタジックな光景に、防衛軍も手をこまねいている。マリですら判断に迷う展開を、ソラがどうにかできるわけがなかった。空飛ぶ豚というシュールな絵面を目視している間に、今度は二人のドルイドが撤退しようとする。


「あっ、ごめん、まだお家には帰せないよ!」


 ソラは逃走を図るリュースとカリカへと手を伸ばしたが、逆に向こうから手を掴まれて目を見開いた。リュースはソラを気遣うような表情で、


「お前もいっしょに来い!」

「……えっ!? そんな……うわっ!!」


 敵を捕まえるはずが、逆に囚われた――。ソラはドルイドの駆る箒の上へと引きずり込まれてしまう。

 抵抗するソラだが、リュースは何としても抑え込もうとする。ソラも本気で攻撃しようとするのだが、リュースの心配する表情が気になって手出しができない。

 なぜリュースがソラの身を案じるのか、ソラにはわからない。意味不明だった。ソラには敵意がないが、だとしても防衛軍の一員であり人間であることには変わりない。


「離してッ! 私は!」

「お前が魔術師でないことは知ってる! でも、このままではお前は利用される! 殺されるぞ! お前は自分がどれだけ複雑な立場にいるか全然わかってない!」

「複雑な立場――!?」

「お前の上司だかなんだか知らないあの男……相賀だったか? そいつはお前にも魔術師に対してもある程度の理解はあるらしい。だが、他の人間はどうだ? お前が魔術を使って戦ってると知って黙っていられるか? それだけじゃない、お前は魔術師にも恨まれるようになる! 魔術師じゃないのに、裏切り者の魔術師として扱われる! 防衛軍にも教会にも居場所がなくなって――ひとりぼっちになる!」


 リュースは真摯にそう告げた。わかりやすい説明のおかげでソラにもはっきりと状況が理解できる。

 リュースの言葉はある意味真実だ。確かにヴァルキリーシステムは公式には科学の力で動く機械の鎧となっている。実際に科学の力も使われているのだろう。それはソラにも理論はわからないが、わかる。しかし、魔術で動いてることも明らかなのだ。

 リュースの危惧は起こり得る。ソラが防衛軍にも魔術教会にも敵と認識され、双方から追われる可能性は高い。

 体のいい生贄として利用され、抹殺される。ブリュンヒルデには、ヴァルキリーにはその価値がある。大人たちが勝手に始めた戦争に巻き込まれて、都合の良い様に殺され道端に捨てられる。


「…………」


 ソラは抵抗を止めて、俯いた。兜の影になってその表情は窺えない。


「観念したか? 大丈夫だ。じいさんは賢者だ。マスターアレックもいる。私たちは穏健派だ。戦争を早期に集結するため和平交渉を――」

「……ごめん」


 ソラの身を案じ、流暢に説明を述べていくリュースの手を、ソラは籠手で叩く。もう抗わないとばかり思っていたソラの思わぬ反撃に、リュースは手を離してしまう。ソラが離れたことでマリが援護射撃を開始。リュースとカリカはもうソラに接近できなくなった。


「なぜッ! お前は魔術師を嫌ってないはずだ!!」

「嫌ってないよ! 魔術師さんは好き! でも私は人間も好きなの! どっちもひっくるめて好きなんだ! 友達を放っておいていけないよ!!」


 魔術教会と防衛軍の戦力差は歴然だが、ソラが、ブリュンヒルデが現われたことで両者間のパワーバランスは変わりつつある。無知なソラと言えども、復讐の炎に心を燃やすあまり大事な物が見えなくなり、無関係な人間を血祭にあげようとする凶暴な魔術師がいることは知っている。今、何の考えなしにソラがいなくなれば、人間風情が魔術を行使した罪などという名目で魔術師が暴走しかねないことは明白だった。

 それではダメだ。手綱基地が壊滅すれば、メグミやホノカが、相賀やマリが、学校のみんなが、殺されてしまう。

 ソラは戦争に振り回されてきた。人の心の善い面も悪い面も、年端のいかぬ少女ながらも知っている。ソラの身近でさえそうなのだ。大きな外の世界ならば、ソラが想像もできない非道な行いも起きているはず。

 もう遅い。全てが手遅れた。ソラは既に、運命に呑み込まれている。運命に翻弄されている。

 ブリュンヒルデを身に着けたあの時から。

 大事な友達と別れてしまったあの時から。


「くそったれ、そこまで再現するな! お前はブリュンヒルデを身に纏っているが、ブリュンヒルデ本人ではないはずだ! くそ、どう説明すればいい!! あいつに――」


 だが、リュースの言葉はもうソラには届かない。マリの精確な銃撃に阻まれてしまう。カリカは横に並んだ豚に行くわよ、と指示を出し、箒の出力を最大限まで引き上げた。


「気持ちは嬉しかったよ、リュースさん」


 地面へと降り立ち、繋いでくれた手に目を落とす。直後に変身が解除され、左手の薬指にはめられた指輪が目に入った。

 この指輪をしていなければ、ソラは魔術師の元へと向かったかもしれない。でも、ダメだった。そんな無責任なことをソラの性格は許容できない。


「何かされなかった? ソラ、大丈夫?」

「大丈夫。リュースさんはいいひとだったよ。彼女みたいな人がいるなら、和平も近いかも」

「いい人、ねぇ。どうしても私は魔術師をいい人間だとは思えない」

「そっか」


 相槌を打ちながら、ソラはマリも見る。マリも性格が気難しいが、“いいひと”である。そして、リュースも“いいひと”。 たぶん、防衛軍に所属するほとんどの人間もいいひと。魔術教会の魔術師たちもいいひと。

 “いいひと”たちが、ソラの前で、血みどろの戦争をしている。なぜ戦うのか、その理由にソラは理解を示せる。しかし、肯定はできなかった。

 どちらもいい人間なのだ。どうして戦ってしまうのか。止めるという選択肢は本当に存在しないのか。


「……リュースさん、もしかして私のこと知ってたのかな」


 リュースの言動はまるで、ソラのことを知っていたかのようなものだった。ソラの記憶にリュースはいないが、どこかですれ違ったか、それとも記憶の薄い、ほんの小さな頃にでも遊んだことがあったのか。

 記憶の引き出しを開けてみても、ソラの脳内データベースには、リュースの存在は知覚できなかった。単純に優しい人だったから同情したのか、もしくは、ソラのことを人伝に聞いたのか。


(まさかね……)


 一瞬期待して、すぐにそうでないと思い返す。いくらなんでもあの子がリュースの知り合いであるという偶然は万に一つもありはしないはずだ。


(でも、もし、もし本当にクリスタルがあの子の知り合いだったら……?)


 その時は一体、どうなってしまうのだろう。ソラにはよくわからない。



 ※※※



「全く、あのヴァルキリーがへなちょこで、私の箒テクが天才的だったから無事だったようなものよ? 感謝しなさい! 森に帰ったら私の分の宿り木を、文句ひとつ言わずに回収するのよ、聞いてる?」


 カリカが後ろに乗るリュースに声を掛けても、リュースはぶつぶつと独り言を言いながら答えない。その様子があまりにも必死だったので、さしものカリカもそれ以上の話を躊躇してしまう。


「くそ、あいつになんて説明する? お前の友達は防衛軍の生贄に利用されて、今にも死にかけてるとでも言うか……くそっ」


 ぶひぶひ、と豚が何かを言いかけるように鳴いて、カリカにはよく内容が聞き取れない。ちょっと、豚、黙りなさい! とカリカは大声を出して、


「何か相談事があるなら、頼れるお姉さんである私が相談に乗ってあげるわよ? 私は史上最高のドルイドだもの!」

「……お前が史上最高だったら、私は今頃神だな。でも、相談はさせてくれ」


 普段のリュースだったら、皮肉か嫌味を呟いて、そこで止まる。真摯に相談内容を口にするということが、どれだけ事態が重大であるかを物語っていた。

 言ってみなさい、と静かに囁く。風が唸り、雨が降り始めている。


「実は、あのヴァルキリーは――」

「敵に捕らわれ、情けなく逃げ帰った恥さらしよ。言葉を遺すことなく果てるがよい」


 ほんの、一瞬だった。カリカもリュースも、反応すらできなかった。

 唯一、豚となっていたケランが二人を庇う。突如放たれた斬撃に箒は真っ二つにへとへし折られ、リュースと豚が紅い血をまき散らした。


「な――ッ」

「人に触れた汚物まみれの魔術師を、我らが聖地へと踏み入らせるわけにはいかん」

「あなたは……! このッ!」


 宙に浮かぶ甲冑の騎士を目撃し、カリカは変身術を行使する。だが、剣に弾かれる。敵の魔術防護が彼女の魔術よりもはるかに上なのだ。


「く、リュース――」


 重傷を負ったケランが、それでも必死に羽をはためかせ、リュースの身体を背負っている。リュースはぐったりとした様子で、今にも死にかけていた。

 今この場で戦えるのはカリカしかいない。無論、逃げることはできる。カリカの変身術なら、例え戦闘力の高い騎士でさえも欺けるだろう。

 しかし――。


「リュースには私の宿り木を回収してもらわなきゃいけないの!」


 カリカは再び杖を騎士へと向ける。箒が壊れた今、空に浮かぶのもやっとのことだが、一発見舞うくらいの魔力量はある。


「愚かな。お前も死ぬがよい」

「……ああ、私を救うバラの騎士様はまだなの!?」


 泣き言を言いながら、カリカは術を発動する。が、騎士の方が速かった。騎士が迫る。カリカの術式は間に合わない。

 カリカは反射的に目を瞑り……しばらく経っても痛みがないことに驚く。


「誰の許可を得て、儂の弟子を傷付けておる? 下級の騎士風情が」

「ああ、じいさん!」


 ドルイドの持つ高位魔術の一つ、空間湾曲によって現れたハルフィスが、憤怒の表情で騎士を睨んでいる。大賢者たるドルイド長の出現に、流石の騎士もたじろいだ。しかし、まだ闘志を喪ったわけではない。


「ハルフィス殿。そのような汚物を我らが聖地に――」

「汚物? 儂には自慢の弟子しか目に入らんな。ああ、ようやく理解した。これでも一応ドルイドの長である儂は、賢者であるはずなのじゃがな。そうか、そうか……汚物とは、お主のことであったか」


 ハルフィスは杖を騎士に向けた。騎士が怖じる。激昂するハルフィスは、一方的に判決を述べていく。


「儂の独断によって、お主を死刑に処することにしよう。議論の余地はない。どうやらお主は防衛軍に肩入れをする諜報員のようじゃから、みんなの同意も得られるであろう」

「バカな、気が狂ったか! 私は円卓の騎士の命令で――」

「ん? すまんの、歳のせいで……耳がよく聞こえんな」


 雷撃が天空から降り注ぐ。騎士には防ぐ手立てがない。雷を直撃した騎士は、焼け焦げ、跡形もなく消失した。


「じ、じいさん。ありがとう……助けてくれて」

「今はよい。お説教はまた後じゃ。……必ず、二人揃って説教してくれる。ほれ、そこの豚も来い」


 ハルフィスは空間を湾曲させ、あらゆる地点をパイプでつなぎ合わせる。幾重にも渡るゲートを通り、カリカたちはマスターアレックの屋敷に辿りついた。


「無事か、ハルフィス。空間湾曲の連続使用は――」

「アレック、儂のことはいい。薬じゃ。弟子はパナケアを持ってきたか?」

「届いている。私の弟子にも回復術に長けたものがいる。協力させよう」


 カリカの前で、リュースが運ばれていく。心配そうにみんなが運ばれるリュースを視線で追って行く最中、カリカは隣でぶひぶひと苦しそうに鳴く豚を、元の少年の姿に戻して上げた。


「うう、僕の愛しいウグイス……無事かい」

「無事よ、おかげさまでね。ほら、パナケア。私お手製の万能薬よ、ありがたく飲みなさい」

「あ、ありがとう……うく」


 ケランは瓶に入っていたパナケアを飲み干すと、カリカにもたれかかって気絶してしまった。今は、怒らない。彼の身体を支えて、カリカはケランを寝室まで連れていく。


「ほら、全く、しっかりしなさいよ。……私のお友達」


 ケランがベッドの上に横たえる。カリカを命懸けで守った時点で、ケランは赤の他人から、命を救ってくれた友達へと昇華していた。



 ※※※



「く、私のせいね……」

「そういう風に考え込むのはよくないよ。リュースちゃんに怒られちゃうよ」


 リビングの周りをせわしく歩きながら自責の念に駆られるクリスタルを、魔法少女であるきらりが窘める。


「またしょうもない協定やら取り決め、風習で、友達が傷付けられた! このまま黙ってなんていられない……」

「そうやって報復することこそ、連中の思うつぼだとわたくしは思うのです。クリスタル。彼らはわたくしたちを排除したくて仕方がないのですから」


 次に声を上げたのは、シスターの風貌のレミュ。レミュは如何にも回復魔術を使う風体だが、リュース治療班の中に混じってはいない。


「過激派たちは、今、戦後のことを考えて頭がいっぱいです。彼らの敵は防衛軍ではなく、仲間の魔術師。いや、あえて同類と言い換えましょうか。もはやこれは戦争ではなく、競争なのです。如何にして勝ち馬に乗るか。人間を駆逐せしめた後、どれだけの領土を確保し、財産を手にするか……。ゆえに、我らが有利であるはずの戦局は延びに延び、いつまで経っても終わらないのです」


 レミュの言葉は真実である。高位の魔術師の敵は同じ上級魔術師だ。防衛軍は倒すべき敵ではなく、点数稼ぎをするためのポイントでしかない。様々な取り決めやルールを決めて、どうやってポイントを入手し王者になるか、彼らはしのぎを削っている。

 もちろん、下で戦う者は義務感や復讐心、正義感から戦っている。しかし、駒が何を思おうと、プレイヤー側の思惑は変わらない。


「大人の都合で振り回されるのはもううんざり! これじゃあ、いつまで経っても……!」


 ヒステリックにクリスタルは叫ぶ。もう我慢の限界だった。アレックの導きが正しいことは理性で理解しているが、感情の方は制御できない。

 例えまた戒められても、今度こそは出撃しよう。ブリュンヒルデさえ倒せば全て終わるのだから。クリスタルは心に決めて、きらりとレミュの顔を交互に見つめる。


「付き合ってくれる?」

「もちろん、きらりはみんなの魔法少女だからね!」

「円卓の騎士の取り決めでは、魔術師は単独で動くべきと定められています。ですが――今さらですね」


 きらりとレミュは頼もしく首肯し、三人は戦準備のため地下室へと下って行った。



 ※※※



 敵に逃亡を許してしまったが、無事敵を撃退したソラたちは、相賀に呼び出されて第七独立遊撃隊の作戦室へと足を運んだ。扉の前から、ホノカの黄色い声が聞こえて、それに呼応してメグミの悲鳴も響いてくる。不思議に思いながらも、二人は扉の中へと入り、


「へ?」「は?」


 と同時に疑問の声音を漏らし、絶句した。

 二人の前には、奇妙な生命体がいた。間違いなく、地球に存在する生命ではない。しかし、ソラはそれを見たことがあった。恐らく、マリも同じだろう。


「にゃ、にゃあ」


 という鳴き声をし、ふりふりと尻尾を振るう。そして、頭部につく二つの、黒い三角の耳。手には柔らかな肉球。

 その姿はまさに――猫のコスプレをした人間だった。


「ネコ娘!? えっ、どういうこと!?」


 事態が把握できず、ソラが驚きの声を叫ぶ。ホノカがカワイイと言って抱き着くのは、中途半端な、ある意味いかがわしいと取られても仕方のないネコのコスプレをしたメグミだった。


「コスプレ趣味でも持ってたの?」


 呆れがちにマリが訊く。メグミはホノカを振りほどき、涙目になって言い返した。


「コスプレじゃにゃい! あう……」


 ながにゃと変換されて、メグミが顔を赤らめる。後頭部を掻く相賀がため息を吐きながら説明した。


「魔術師の逃走経路にたまたまいて、魔術を掛けられたんだ。俺を足止めするためにな」

「へぇ、それで大尉はこの子のあられもない姿を目視して、見事に足止めされた、と」


 マリが冷たい視線を相賀に注ぐ。ソラも何とも言えない表情で相賀を見た。


「仕方ないだろう。流石に裸のまま……」

「うみゃ、うみゃあああ! それ以上は言わにゃいで!!」


 黒猫娘の姿のメグミは顔を赤く染め上げて、相賀の説明を中断させた。ドルイドの二人と鉢合わせたメグミは、ネコ耳とネコハンド、尻尾を生やしたネコ娘へと変身させられ、最悪なことに全裸のまま通路の真ん中に放置されたのだ。

 そのため、相賀も放置するわけにもいかず、上着を彼女へ手渡す時間を取られてしまった、というわけだった。


「すまんにゃ、ソラ。私のせいで敵をにゃがしちまった……。申し訳にゃい」

「謝ってるつもりなんだろうけど、全然申し訳なさそうな感じがしない……」


 メグミは真面目に頭を下げているので、本気で謝罪しているようだが、な行がにゃに変換されてしまうため、全く誠意を感じられない。ドルイドの魔術は口調にも影響をきたしているようで、魔術を受けなくて良かった、とソラは心の底から安堵する。

 ショックを受けたように俯いたメグミに、ソラは慌ててフォローの言葉を投げかけた。


「で、でもほら、メグミのネコ耳姿は可愛いよ! ね、マリ!」

「ええ、可愛らしいわ。とても、とてもね」


 冷笑を浮かべながら、マリは携帯を取り出して、カメラをメグミへと向ける。マリの意図を察したメグミは撮るにゃあ! と怒鳴ったが、マリはずっと携帯を構えたまま何もしない。


「流石のマリも写真撮ったりはしないよ……ね?」


 メグミを不憫に思い、同意を求めてソラは訊く。マリはその通りと頷いた。ホッとしたソラとメグミだが、その後付け加えられた彼女の言葉に戦慄する。


「だって、動画モードだもの。静止画は撮影してないから安心して」

「安心できるかぁ! 寄越せ! 寄越しやがれ!」

「あら、可愛らしいにゃ、はどうしたの? ほら、な行を積極的に使いなさいよ」

「誰が使うか! 今すぐお前をぶんにゃぐって――ハッ!」

「ぶんにゃぐる。ええ、ぶんにゃぐるね。どうぞ、ぶんにゃぐってみなさいな。その可愛らしいネコの手で、立派なネコパンチを繰り出してごらんなさい」

「む、むにゃあああああ!!」


 沸騰したように頭に血を昇らせ、マリにネコパンチを繰り出そうとしたメグミを、ソラは止めようとする。だが、柔らかなネコパンチに頭を叩かれて、はうっ!? と情けない声を漏らすはめとなった。


「ダメよー、メグミちゃん。私とよろしく遊びましょ?」

「ホニョカ! ああ、くそ、何でお前のにゃまえにゃ行が入ってるんだよ、くっそ!」

「ほらほらーおいでー」

「はにゃせ! はにゃせよ! ソラ、手を貸してくれ!」

「残念だけど、あなたのお友達はネコパンチを食らって茫然自失としているわ。ふふ、マタタビでも買って来ようかしら」

「あまり遊ぶなよ、マリ」


 と相賀が窘めようとするが、逆にマリから冷ややかな視線を返されて、


「あら、相賀大尉。姉さんの妹である私に手を出すならまだしも、年端のいかない少女に足止めを喰らわされたあなたに、そんなこと言う資格があるんですか?」


 マリの反論は相賀の痛いところを突いているようで、彼は押し黙ってしまう。


「こにょー! ぶっ飛ばす、ぶっ飛ばしてやる!」

「メグミちゃんー、私の部屋で遊びましょ、おいで」

「うふふ、今日は私も混ぜてもらうわ」

「はにゃせー! 止めろ、撮るにゃあ! うう、くそ――!!」


 メグミは魂の叫びを上げながら、ホノカとマリという天敵に連れられて行ってしまった。


「あは、あはははは」


 乾いた笑い声をだし、苦笑しながら三人を見送ったソラは、念のため、メグミの状態について質問してみた。


「メグミは元に戻るんですか?」

「ああ、そうらしい。リュースがそう告げて逃げたそうだ。二日もすれば戻るんだと」

「二日もあの状態なんですか……」


 当初こそ驚いたソラも、メグミに同情を禁じ得ない。二日も二人にからかわれなければならないのだ。かく思う自分もメグミに飛び掛かりたくてうずうずしている。ああ、本当に当たらなくて良かった。


「……リュースに何か言われたな」

「はい、言われました」


 相賀の問いにソラは正直に答える。嘘を吐いてもしょうがない。素直に、リュースに言われたセリフを打ち明けた。

 このままでは、ソラが防衛軍の生贄の羊となるかもしれない、という彼女の危険視も。


「魔術師は私のことを裏切り者と認識し、防衛軍は魔術師だと罵るかもしれない。そう彼女は言ってました」

「……一理ある。否定はできない。君はかなり危険な立場にいる。連合政府にはもうとっくに目を付けられている。どうするか、鋭意対応中と言ったところか。近いうちに俺は呼び出されるはずだ」


 立場が危ういのはソラだけではなかった。相賀も、ブリュンヒルデを擁する第七独立遊撃隊も、政府や上層部から睨まれている。

 ソラにヴァルキリーシステムを相賀が手渡したのは、彼の独断であると聞き及んでいた。軍上層部にヴァルキリーを使う意思が見られなかったことも。それだけではなく、無意味に戦争を長引かせている節が窺えることも。

 具体的な理由も、意図も、まだわからないという。降伏すべきタイミングをとっくに逃し、勝ち目のない戦いに興じている理由を、相賀は知り得ない。そして、ソラも。


「魔術師が凶暴だから、泣く泣く防衛戦争に及んでいる……そんな単純な話じゃない。連中には独自の思惑があって、その間にたくさんの人間が死んでいく。俺は君に、魔術師を倒して戦争に勝利してくれとお願いしているんじゃない。俺と仲間たちが上層部の狙いを探る時間を稼いで欲しいんだ。もちろん、知っての通り……」

「強制ではなく、止めたくなったら止めていい。わかってますよ。戦争が単純な出来事ではなく、複雑な問題が絡み合うってことも」


 戦争の起因が人間と魔術師の誤解であることは確実だ。しかし、何やら別の、運命なようなモノにソラは絡み取られている。全員が全員、操り人形で、どこか別の場所にいる操り手に動かされているような気分だった。

 古代、中世、近世、近代、現代。時代の変化と共に戦い方も戦争も変わり、今は全く未知の逃走劇へと世界は突入している。

 ソラの希望は和平で、魔術師と人間が仲良く過ごすこと。しかし、そう上手くいく可能性は低い。


「それでも、私は戦います。……早く、平和になって欲しいですから」


 ソラは笑顔で相賀に告げる。だが、その笑顔には一抹の寂しさが混じっていた。

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