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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第九章 反抗
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救出大作戦

 アーサーは執務机に置かれる水晶に地球を投影し俯瞰しながら、報告に現れたランスロットの話を聞いていた。


「――以上です。裏切り者の始末は滞りなく」

「なぜヴァルキリーシステムを回収しなかった」


 アーサーは疑惑の眼で問う。ランスロットは平静を保ちながら答えた。


「敵の気配がしたもので。それに、もはやヴァルキリーシステムの価値はないでしょう。ブリュンヒルデへの対抗策にもなり得ません。生贄を捧げるだけで十分かと」

「……」


 アーサーは黙して、銀の鎧に身を包む騎士を一瞥する。ランスロットもまた不動にし、主の発言を待っている。


「よろしい、下がれ」

「ハッ」


 ランスロットは言われるがままに退室する。小さな笑みを、主に見られないようにしながら。



 ※※※



「で、このふざけた作戦名はなんなの?」

「メグミ&きらり救出大作戦、だよ!」

「なかなかいい作戦名でしょ」


 と得意交じりに投影機を使い、壁へ映し出された作戦名を目の当たりにしてマリは嘆息する。隣に座るレミュも同じように呆れていた。


「クリスタルはソラと再会してから子どもっぽくなってしまいましたね。きらりといい勝負です」

「ソラもソラね。アホさに磨きがかかっているわ」

「ええ? そうかなぁ」「そんなことないわよ」


 ソラとクリスタルは二人仲良く、親友たちの意見を否定する。すっかり童心に帰ってしまった二人だが、全く気付く様子はない。

 したり顔で、自分たちで考え抜いた作戦内容を公表する。しかもその中身は、作戦と言うべきものでもなかった。


「私がマリと協力してメグミを説得、無理なら気絶させて」

「私もレミュと連携し、きらりと説得もしくは拿捕する」

「作戦(笑)ね」「悩みの種が増えました」


 頭を抱えるマリとレミュ。だが、その後ろで壁に寄り掛かり傾聴していたヤイトとメローラは、二人の意見を肯定していた。


「僕はいいと思う。下手に時間を掛ければ敵の術中に嵌まる恐れがあるから、短期決戦で決着をつけた方がいい」

「変に回りくどい作戦をして、そこのバカソラがミスったらおしまいだしね。あたしも賛成かな」


 結構酷いことを言われている気がしたが、賛成されているのでソラは良しとする。問題は、とソラはクリスタルに目を移し、クリスタルも困ったように眉根を寄せた。


「どうやって二人を捕捉するか。もしくは、誘き出すかなんだけど」


 クリスタルが問題点を提唱すると、マリとレミュは同タイミングで首を振った。観念したように。


「一番大事なところですよ、クリスタル。ああ、今のあなたをマスターが見たらどれほど失望するか」

「相賀大尉にも出席してもらえば良かったわ。または、ケラフィス」

「みんなで考えればきっと方法が見つかるよ! だからさ、ね」

「結局他力本願なのか。まぁ、あなたには期待してなかったからいいけどね」


 辛辣な一言を放ちながら、メローラが思案を進める。ソラの言葉で、作戦会議に出席しているメンバーたちがそれぞれの案を模索し始めた。

 まずはマリが、メグミの趣味嗜好を振り返りながら案を出す。


「スイーツで釣るとか」

「……マリさんはふざけてるの?」

「あなたに言われたくないんだけど」


 マリがクリスタルに言い返す横で、レミュもまた、きらりの好みを思い出しながら口を開いた。


「魔法少女きらりのブルーレイボックス特装版で呼び出したらいけるのでは」

「あ、うん、一応真面目な話だから……」

「私はいつでも真面目です! きらりがアニメを好きなだけですよ!」


 レミュが興奮した物言いでソラに言葉を返す。メグミもきらりも好みが偏っているので、至って真面目な会話なはずなのに緊張感に欠けてしまう。そのやり取りを後ろでにこにこ聞いていたホノカがはーい、と挙手をした。


「はい、ホノカ」

「たぶんだけどー、向こうからやってくるんじゃないかなー? 何か、因縁つけられていたような気もするしー」

「僕もホノカさんの話に賛成だ。彼女たちは精神操作の影響か、ソラさんたちのせいで自分たちが不幸になったと誤解している。恐らく、君たちを倒すことだけに念頭を置いてるはずだ」

「お父様の精神操作は、対象者の心を作り変えるものじゃない。そのまま、心の奥底にある深い闇へ影響を及ぼして、対象者の気を狂わすの。だから、普通の人間じゃ自分が操られていることもわからない」

「……ええ、そうね。身に染みてわかってる」


 実際にアーサーに操られたアテナが苦々しげに言う。本質的には操作ではなく強化であり狂化だ。だからこそ、操られていると自覚できないし、自覚したとしても抗えない。


「人は平等に、誰しもが殺意を持っている。憎しみも、恨みも、心の中に封じ込めている。アーサーは言わば、そのカギを開けただけに過ぎない。人は自分をコントロールしていると思い込んでいるだけで、実際には心の闇から目を背けている。直視すれば、発狂してしまうから」


 マリが自分に言い聞かせるように呟く。でも、とソラは言葉を引き継いだ。


「そういうものも受け入れなきゃダメなんです。眼を逸らしていたら、取り返しのつかないことになってしまう」

「まぁ、所詮は心の闇だから大丈夫。これがクトゥルフ系だったらどうしようもなかったけど」

「クトゥルフ?」


 メローラにソラが訊き返すと、端でリボルバーを弄っていたジャンヌが嫌悪感を丸出しにする。


「おぞましいものよ。元々、マスターフィリックが世界の謎を集めて、ある小説家といっしょに発展させていったものなんだけど」

「クトゥルフ神話曰く、この世界には旧支配者グレート・オールド・ワンと外なる神が存在して、宇宙的恐怖コズミックホラーがなんちゃらかんちゃらって奴。一部の大陸では信仰されていたみたいだけど、実際に魔術の仲間入りをしたのは百年程前ね」

「あー知ってるー。結構面白いよねー」


 ホノカは満面の笑顔を浮かべている。が、クリスタルたちは話が聞きたくなさそうに顔を背けた。


「好きじゃないわ、私は。大体が悲劇的な話だし、それに、神々のルックスが……」

「まぁ、ぶっちゃけちゃうとタコだね。軟体生物ばかり」

「タコさん? あ、デビルフィッシュ……」


 かつてイギリスでタコは悪魔の魚と呼ばれていた。その話をメグミとしたことがあったのを思い出して、ソラは若干気落ちする。メローラが解説を続けた。


「まぁ、あまり救いがある話ではないわね。その破滅的体系が人気を博した理由でもあるだろうけど。そういった意味では、北欧神話とも似ているかも」

「マスターアレックは、マスターフィリックの依頼を受けて、この神話を利用した邪教者たちを討伐してたらしいわ。詳しく話は聞かなかったけど……」


 歯切れの悪いクリスタルの言葉を最後に、場の空気が重くなる。ごめんごめん、とメローラは声を出して話題を元に戻そうとした。


「悪かったわね。ちょっと思案ついでに脱線しただけだから話を戻そうか。ホノカはクトゥルフ神話好きみたいだけど、まぁ普通の魔術師が好む話ではないしね」

「そうだね」


 ソラは頷き、本題に戻る。だが、メグミときらりを捕捉する具体案が出る気配は一向になかった。



 ※※※



「あ、ケラフィスさん!」

「お、よう」


 ケラフィスが片手を挙げた先では、ユリシアがケラフィス目掛けてダッシュしていた。飛び掛かる勢いで抱き着かれ、ケラフィスが嬉しげな笑みを浮かべる。そこへブリトマートが顔をしかめた。


「他意はないだろうな?」

「凄腕エージェントは無粋な真似はしないのさ。それ」


 傍に立つブリトマートに答えながら、ケラフィスはユリシアを床に降ろす。その後ろから現れたマスターリーンとマスターハルフィス、ユーリットやミュラとハルに会釈した。


「どうも、聖女様」

「ふん、そのような世辞はいい。浮き島は見つかったか?」

「生憎ながら……。今は一匹狼が独自に調査を進めてますゆえ」

「モホークの技術を扱う変わり者か。まぁよい。こちらも捜索しているが、如何せんドルイドの勘は当てにならなくてのぅ」

「儂を侮辱するのかババアめ。先日の戦闘で浮き島の位置を特定できなかった責任は我々全員にあるじゃろうて」


 カウンターとしてレクイエム砲を浮き島へと撃ち放ち一気に戦局を打開すると言うのは、フレイヤが一部の魔術師にしか通達していなかった極秘作戦だ。しかし、如何に情報管理を徹底しても、肝心の標的が見つからなければ意味がない。

 それに、ガウェインによって不意打ちは避けられてしまった。そろそろ向こうから何らかの反撃が来てもおかしくない頃合いである。


「相賀と相談しとくかね」

「私の主にも通達しておこう」


 ブリトマートはケラフィスに同調し、そう言えば、と何かを思い出した。


「捕虜たちの扱いはどうなさるおつもりで?」

「とりあえずこの箱船の牢に閉じこめてあるが……今後どうするつもりなのかのう? ミスルトは」

「フレイヤじゃ、ボケジジイ。……察するに、そのまま別空間に放り込むんじゃろ。死なないように幾重にも防護結界を張ってのう」

「だからマスターレオナルドはごいっしょではなかったのですか」

「うむ、奴はエデルカと共に作業しているのじゃ。ああいう工作事は二人が得意じゃからの」

「ふむ……」


 ケラフィスは黙考する。嫌な予感がしている。

 導師たちに不満がある訳ではなく、現状にも納得している。問題は捕虜たちだ。

 そもそも敵……マーナガルムの軍勢は、ヴァルハラ軍が敵を殺さないと知っていたはず。

 もし自分が敵だったらどうするか。そこまで考えて、ケラフィスはいても立ってもいられなくなった。


「失礼、少し牢屋の様子を見てきます」

「おい、待て!」


 ケラフィスはそそくさと牢屋に向けて足を運ぶ。その後ろをブリトマートが追いかけた。その背中を見て、無知な子どもたちは鬼ごっこしているの? と笑う。

 数千年も生きている二人の導師だけが、深刻さを携えている。




「相賀、いるか?」

『すまんな、外で哨戒任務中だ。……捕虜のことだろ?』

「そうだ。もう少し監視を強めた方がいい」

『一応コルネットには指示を出しているし、ヤイトにも定期的に見張らせている。モルドレッドって奴も自主的に警備に当たっていた。……ちょっと待て、連絡を取ってみる。ヤイト、今どこに――? ソラに呼び出されてる?』

「……まずいぞ。こういう時の勘は当たるんだ」

「一体何を言っているのだ? っと!」


 ケラフィスはブリトマートの手をいきなり掴んだ。突然の握手にブリトマートは息を呑む。


「念には念をだ、転移するぞ」

「っ、お、おい、は、離せ! 男と手を繋ぐなどと!」


 ケラフィスは有無を言わせず転移した。最悪の展開を回避するために。



 ※※※



「ふむ、チェスの続きができないではないか」


 モルドレッドは檻の中を眺めながら、椅子の上で退屈していた。モルドレッドは好敵手であるヤイトとチェスと将棋を変わり番子に差しながら監視を続けていたのだ。しかし、ヤイトは出払っている。そこら辺の衛兵では勝負にならない。


「なぜ女がここにいないんだ」


 モルドレッドは愚痴をこぼし、ため息を吐く。既に何人かの女性には声を掛けたが、戦時下ということもありなかなかいいムードまでいかない。これもまた、モルドレッドが戦争を好まない理由の一つだった。まともに女一人抱けないのなら、戦争などする理由は微塵もない。


「少し昔なら娼婦がいたものの。いや、やはり女は天然物に限るか」


 あどけない少女を垢抜けた大人に変えることこそ、自分の使命であり生きる理由である。だが、今のところこの話を共感してくれた者は誰一人いない。異性はもとより、同性であるはずのヤイトにでさえ否定されてしまった。

 まぁ、奴は既に女を一人囲ってるしな、と独り言を述べて、


「……面倒だな」


 異変に気が付いた。

 男の一人から魔力の波動を感じる。あまりにも微弱で、箱船に乗る数多の実力ある魔術師たちでも至近距離でなければ気付けなかっただろう。しかし、前以てその発動を予期し補足しようとしていたのなら地球上にいる限り感じ取ることができる。


「合図か。させんぞ」


 モルドレッドは手を翳し、サインを送ろうとした魔術師を魔動波で拘束した。だが、その瞬間、離れた場所で蹲っていた女が何かのスイッチを押した。


「発信機だと? なるほど、女には隠せる部分が多い!」


 モルドレッドは投げナイフを構える。が、投擲する前に銃声が鳴り響きその方向へ目を向けた。


「間に合ったか? いや、楽天的すぎるな」

「モルドレッド殿!」


 ケラフィスが拳銃を握りしめ、その後ろにはブリトマートが立っている。女スパイの手からは血が迸っていた。


「気付かれたか?」

「ああ、そう思って動いた方がいい」


 ケラフィスは拳銃を仕舞うと、牢屋の鍵を開けて男と女を外に連れ出す。二人とも笑みを顔に張り付けていた。狂った笑み。狂気の沙汰だ。いくら人殺しを好まないヴァルハラ軍とは言え、危険性があるなら躊躇なく始末することも厭わないと言うのに。


「死ぬ気満々の奴らだな」


 ケラフィスが所見を述べる横で、ブリトマートが槍を取り出す。


「二人はお下がりを。まだ何か隠し持っている可能性が」

「おいおい、こういう時こそ俺の出番だろう。レディファーストとはいかない」


 ケラフィスはオートマチックピストルを油断なく構えながら、二人の魔術師と人間を注視していく。そして、即座に気が付いた。すぐに防護魔術を発動する。


「防御しろ!」

「あは、あはははッ!」「新天地のために!」


 魔術と機械を合わせた複合装置で、男女一組が爆死する。死者は彼らだけ。その事実をモルドレッドが危惧した。


「先程の魔力と発信機は囮だな。この爆発こそが本命だろう」

「では、敵がこちらに?」

「……恐らくもうスタンバってるな。コルネット! フレイヤたちに連絡を頼む!」


 ケラフィスがオペレーターであるコルネットに指示を出す。コルネットは即座に了承し、紹介任務中の相賀に連絡を取った。



 ※※※



『――ということで、相賀大尉はそのまま索敵を行ってください』

「まぁ、仕方ないな。おい、行けるか?」


 コルネットの通信を聞いた相賀が僚機のパイロットに尋ねると、はい隊長! と自信ありげな声が無線に響く。哨戒には二機のペガサスⅡで当たっていた。相賀は目視と各種センサーを併用しながら、周囲の空を眺めていく。青い空。遠方に雲が一つあるだけの見晴らしのいい環境だ。不意を衝くのに、これほどやり辛い天候はないだろう。


『視界は良好です。怪しいものも見当たらず……』

「とすれば。このまま一気に戦闘を開始する。お前は一旦戦艦に戻って増援と共にこい」

『は? なぜです?』


 僚機の疑問はもっともだ。そもそも敵がいるかもわからぬ状況でいきなり交戦開始と口走った言動もさることながら、友軍を一度下がらす命令の意図もわからない。


「すぐに意味はわかる。下がってろ」


 相賀はそう指示を出して、前方に浮かぶ雲に一斉射撃をする。雲が割れたが、中からは何も姿を現さない。


『何もいませんが……』

「いないように見えるだけだ。早く行けッ!」

『は、了解しました!』


 言われるがまま僚機が離れていく。そして、悲鳴を上げることすらできずに撃墜された。


「くっそ、しまった……!」

「もう少し早く下がらせるべきだったぞ、相賀」


 光学迷彩を解除して深紅の魔剣が姿を現す。相賀は自分の後方に浮かぶ仇敵の存在を意識しながらも、攻撃は前方の空間に集中していた。すぐに、そちらも光が乱れる。小型の潜水艦のようなものが空中に浮かんでいた。


『潜水艦ならぬ、潜空艦だ。科学の計器にも、魔術の探知にも引っかからねえぞ』

「メグミか。くそ」


 潜空艦が突如爆散し、中から二体の敵影が脱出する。

 ヴァルキリーシグルーンとダークきらり。ソラとクリスタルの親友が、武器を構えて浮いている。


「三体だけか? 随分少ないようだが」

「驕るんじゃねえよ、おっさん。私はあんたの数倍は強い!」

「昔の方が可愛らしかったな!」


 相賀は機銃掃射を加えるが、いくら魔術的改造を加えた機体とは言えそう簡単にヴァルキリーは倒せない。さらに後方にはヘルヴァルド。前方にも魔法少女がいる。素直に応じていれば、じり貧になることは明白だった。

 だが、それでいいと相賀は戦闘を続行する。今は、味方が来るまでの時間稼ぎだ。


「時間稼ぎか。ふむ、ならばそれなりの対応をするとしよう」

「邪魔するなよ、全く」


 ヘルヴァルドが相賀の進路を阻む。相賀はテレポートを発動させたが、転移した先でもヘルヴァルドに出くわした。お前の戦術は既に見切っている。そんな顔を彼女は浮かべている。


「長い間戦い過ぎた。お前の戦法はわかり切っているぞ」

「冗談だろ!」


 相賀は画面をタップして、転移中に撃ち放っていたミサイルをヘルヴァルドの後方に出現させるが、ヘルヴァルドはそれを振り返らずに斬り落とした。だが、それも相賀は予想済み。ミサイルの中に混じっていた本命のステルスミサイルには、流石のヘルヴァルドもまともな迎撃をせざるを得なかった。


「これは流石に防ぎきれん、か。……だが、既に私は目的を達している。気付いているだろう?」


 涼しい顔をして、ヘルヴァルドはミサイルへと向き直り叩き切った。相賀が苦々しげに応じる。


「だろうな。抜かれたか。後は頼むぞ」


 相賀はノアの箱船へと直進する二人の少女を見ながら無線を飛ばす。後は味方の采配に任せるしかない。

 相賀は操縦桿を握り絞める。ヘルヴァルドが再び剣を構え直し、ぼやいた。


「できれば、強壮なる使者の配下が現われる前に片をつけたいものだ」

「何だと?」


 気掛かりな発言に後ろ髪を引かれながらも、相賀は交戦を開始する。



 ※※※



「どうするの? 対空砲火が来てるよ」

「んなもんは当たってもどうということはねえ。どうせ、死なない砲弾だ」

「でも、重力弾も混ざってる」


 きらりはノアの箱船に搭載された機関砲と対空砲の弾丸を魔術で防ぎながら指摘する。が、メグミはつまらなそうな声を出すだけだった。だからよ、と改めて説明する。


「それらをぶっ潰して、接近すりゃいいだけじゃねえか。というか、落ちたってかまいやしないぜ? 私らの狙いはヴァルキリーだ。ノアの箱船については、アーサーたちが対応してくれる」

「そっか、そうだね。でも、やっぱり砲台は邪魔だから」


 きらりは暗黒の力をロッドに充填し、インフィニティダークホールを使用。小規模のブラックホールが空間に出現し、ノアの箱船を引力で固定する。砲撃や銃撃を行おうと照準をつけていた砲台各種も狙いがまともに定まらない。

 引力の影響下にない二人はやすやすと箱船の甲板に取りつく。そこには発進をしようと試みていたペガサスⅡがブラックホールのせいで出撃できないでいた。


「ふふっ」


 きらりは愉しそうに笑みを漏らして、それらを次々と破壊していく。警備員は退避してしまったのでボーナス状態だ。敵の反撃を受けることなく、敵の艦載機を撃ち壊す。

 だが、メグミも同じように戦闘機を殴りながら腑に落ちない表情をしていた。奇妙だ、と言葉を漏らして、


「一旦離れるか。ちょっと迂闊すぎたな」

「……どうして?」

「正直に言うが、こんなブラックホールなんてちゃちなもんで足止めできるような相手じゃねえ。これは私たちを内部に引き込むための罠だ」

「闇の力を侮ってるの?」


 きらりが反感を抱く。かつての魔法少女きらりと違い、今のダークきらりには包容力の欠片もない。自身への侮辱は例え同志だとしても死刑に値する。


「そらそうよ。そもそも闇だなんだなんて痛い発言をしてる時点でな。何が闇の力だよ。そんな中二臭いもんに頼ってるからレギンレイヴに勝てないんだ」

「……死ね」


 敵地の真ん中で、ダークきらりとシグルーンは睨み合う。以前の二人ならばできた連携を全くしようとはせず、ムカつく奴は殺す理論で眼前の味方と殺し合おうとさえする。が、その一瞬の隙が仇となった。きらりは突然戦艦の中にすっぽりと落ち、メグミは戦艦から弾き飛ばされる。


「――何?」

「何だ? 一体」


 内と外で、二人は同時に疑問を呈す。その回答はすぐに放たれた。

 自分たちの親友たちから。


「こういうことですよ、きらり」


 きらりは戦艦内部でメイスを構えるレミュと再会を果たし――。


「こういうことよ、おバカさん」


 メグミは自分の背後でナイフを突きつけるマリと鉢合わせた。



 ※※※



「上手くいったみたいね」

「ええ、そうですね、クリスタル」


 既にレギンレイヴを装着し終えたクリスタルはフリントロックピストルを構えながら、レミュと笑みを見せ合う。きらりは突然開けた場所に移動させられ困惑の眼で周囲を見渡すのみだ。

 ここはノアの箱船の中ではあるが、空間を改変し独自に構築されたバトルフィールド。クリスタルに有利なよう、障害物は何もない開けた場所だ。きらりはまさに飛んで火に入る夏の虫だった。


「さっさと眠らせて正気に戻しましょうか」

「そうですね。ガツンと重い一撃を喰らわせましょう」


 クリスタルは眠りのルーンが刻まれたピストルできらりに狙いをつける。セオリー通り、クリスタルが後衛、レミュが前衛だ。本当は、中衛担当がきらりだった。クリスタルは悲しげな視線を覗かせる。


「あなたがいないと、連携が大変なのよ。私たちの組み合わせは最強だったんだから」

「そうですよ、きらり。早くまた、わたくしの頭痛の種になってください。あなたがいないと、献立の試行錯誤ができないんですよ」


 二人がそれぞれの想いを伝えると、きらりは憎悪を含む視線を返してきた。


「……今更友達面するんだ。私のこと、助けてくれなかったくせに」

「だから今、こうして助けてるのよ、あなたを。残念だけど、そう言った文句は正気に戻ったあなたから聞かせてもらう!」


 クリスタルは引き金を引く。きらりは簡単な動作でそれを躱すが、彼女は動じない。予定通りだからだ。その間にレミュは間合いを詰めて、メイスを一振り。きらりは闇の剣を創り上げて、レミュと攻防を繰り広げる。


「この程度の魔術」

「浅はかですね、きらり。忘れましたか?」

「……何を」


 訝しむきらりに、レミュは得意げな笑みを見せた。メイスを振り上げながら。


わたくしは光を扱う魔術師です!」

「……ッ!」


 レミュはメイスに光を乗せて、ダークきらりの闇の剣を叩き割る。光と闇は相性が良く、同時に悪くもある。光は闇が、闇は光が弱点なのだ。互いが苦手であり得意でもある不思議な属性関係である。


「だったら何!」


 しかし、剣を壊されたからといってきらりが負けたわけではない。ただの一撃、不意を衝かれただけだ。きらりは平然と次撃に映ろうとするが、レミュはずっと余裕を顔に張り付けている。


わたくし一人だけでは厳しかったでしょうが、わたくしたちはチームです!」

「いい具合よ、レミュ」


 クリスタルは再びピストルできらりに狙いをつけている。今度は本気で彼女に命中させるつもりで。

 周囲には光学迷彩を駆使して配置しておいたドローンが姿を現し、きらりに照準を合わせている。このドローンたちにも睡眠弾を装填しておいた。総数十一ものの銃口に晒されて、きらりが魔術を発動する――刹那、クリスタルが一斉射撃をし、レミュも格闘を行う。

 レミュによる捨て身の攻撃にきらりは動揺を隠せない。レミュは信頼を込めた視線できらりを射抜く。


「何を考え……!」

「何を躊躇する必要があるのでしょうか、きらり! クリスタルなら、同士討ちを避けて撃つことなんて造作もないでしょう! 本当に忘れてしまったのですか、きらり! 覚えてるはずです! あんなにたくさん練習したではないですか!」

「く、うッ!」


 きらりは闇弾を撃ってドローンを撃ち落としながら、レミュの打撃を紙一重で避けていく。だが、とうとう限界に達し、レミュのメイスをロッドで防いでしまった。クリスタルの射撃を防御できず、きらりは反射的に回避する。身体をほんの少しずらして避ける。まるで、銃弾の軌道をあらかじめ知っていたように。


「……よ、避けた。私が、避け……た?」


 避けた。避けれた。避けられてしまった。その事実にきらりが瞠目し、固まった。

 これこそが救出大作戦の本懐だ。きらりを倒すのではなく、きらり自身に自分の原初の気持ちを思い出させる。今は、忘れてしまっているだけなのだ。アーサーの策略によって狂わされているだけなのだ。

 ならば、正気を自分の力で取り戻させればいい。ただそれだけのことだ。


(これで私とソラの作戦がちゃんとしたものだって証明できたわね)


 クリスタルは近づいて、硬直しているきらりの眼を見る。困惑していた。苦悩していた。なら、後は手を伸ばせばいい。


「大丈夫よ、きらり。私たちは例えあなたが闇に落ちても、救い出して上げるから」

「そうです。友達ですからね、わたくしたちは」


 そう二人できらりに声を掛け、彼女が動き出すのを待っている。もちろん、油断はしない。アーサーはまだきらりの精神に罠を仕掛けているかもしれないからだ。

 だからきらりを見据えていた。しっかりと、目を離さなかった。


「わ、私は……」


 きらりは葛藤している。反撃する様子は見られない。クリスタルとレミュは安堵の息を吐き、


「執行ヲ開始ス」


 いつの間にか背後に立っていた包帯を顔に巻く男の存在にようやく気付く。


「――何ッ!? どうやって!!」

「クリスタル! 危ないッ!!」


 男は目にも留まらぬスピードで、フルートを振り上げる。鮮血が辺りに飛び散った。

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