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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第九章 反抗
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這い寄る混沌

 敵を撃退したヴァルハラ軍はノアの箱船の中に集い、休息や準備を進めている。そんな中、ソラはフレイヤとノアに呼び出されブリッジへと訪れた。

 ブリッジでは、大型モニターと様々なコンピュータが整列している。ソラが入室すると、端末を操作するコルネットが手を振った。その隣に座るエデルカも、魔術的分野のサポートを行っているようだ。

 選抜された少数精鋭のオペレーターがキーボードやタイプライターを叩いたり、無線で指示を飛ばしている。


「ようやく覚醒したな、ソラ」

「……はい。みんなのおかげです」


 ソラはフレイヤにそう応える。比喩でも何でもない。正真正銘、みんなのおかげだった。死者の力と生者の力。その二つの力が、ソラの実力の根底だ。ソラ自身は彼らの力を出力するための器なのだ。


「まぁ予定通りではありますね、この数値ならば」


 ノアはパネル型デバイスに目を落としながら呟く。そして、最終形態へと言及し始めた。


「レクイエムフォームはヴァルキリーシステムの真骨頂です。敵が人を生贄にするため戦争をするならば、人が死なない戦場を創り上げてしまえばいい。不殺の覚悟をしても、覚悟だけではやはり限界があります。でも、オーロラフィールドさえ展開してしまえばこっちのもの」

「とは言え、まだ油断はできんが」


 フレイヤは今後を憂いながら言う。彼女の言う通りだとソラも考えていた。

 ガウェインは死んでしまったが、察するにガウェインの死も敵の予想通りだ。ヴァルキリースクルドの離反すら、敵は予測していたかもしれない。敵は敗北しても問題ないように動いている。負けたら終わりのこちらとは物量が違うのだ。


「ノルンさんたちは大丈夫かな……」

「敵の心配ですか? ……、どうでしょうね。確かにヴァルキリースクルドには未来予知の機能が備わってます。でも、それは敵も知っていますし。未来が視えるというのなら、例え予期できたとしても防げない攻撃をしてしまえばいい。それだけのことですから」


 ノアは淡々と機械的に回答する。ソラは悲しげに目を逸らした。

 自分の判断が間違っていたのではないか、とすら思う。あの場で無理やりにでも気絶させて連れ帰るべきだったのではないか。

 ソラが葛藤していると、ノアがそうそう、と思い出したかのように話題を出す。


「敵と言えば、敵という呼び名だけじゃ面倒ですよね。だから、名称をつけることにしました」

「名称……?」


 確かに自軍はヴァルハラ軍という呼び方があってわかりやすいが、敵は敵のままでは何かと不自由だ。ゆえに、ノアはパネルを操作して大画面に表示させた。


「彼らのことは――マーナガルム、と」

「マーナガルム……」


 マーナガルムとは北欧神話に登場する神話生物で、フェンリルと同じ一族の狼だ。この狼は主神オーディンを呑み込んだフェンリルよりも格上とされ、太陽と月を呑み込む恐ろしい獣だとされている。


太陽あまねセレネを呑み込んだヴィンセントが率いる軍隊としてはふさわしかろう」

「でも、名前だけ聞くと、とても強そうです……」


 そもそもラグナロクとなぞらえるのが不吉なのだ。神々の黄昏や終末戦争と称されるラグナロクが起きる北欧神話では、アース親族と巨人族が相討ちとなって世界は滅ぶ。破滅をもたらしたいヴィンセントの策略通りに事が進んでいる気になってくる。


「君は勝つつもりもなく、負けるつもりもないのだろう」

「そう、でした。そうですね」


 ソラは納得して言葉を止めた。名前が如何に強そうでも、やることは変わらない。

 それに、いくら相手が太陽と月を呑み込むほど巨大でも、空はそれよりも大きいのだ。逆に呑み返してやる、と意気込む。


「そうとも。我々に敗北はない。君の言葉を借りるなら、勝利もな」

「はい。……?」


 フレイヤの言葉を肯定したソラは違和感を感じて彼女を凝視する。どうした? と問われて、何でもありませんと言い返す。

 不思議な感覚だ。何かが違うと心のどこかが訴えている。ソラは話題を変えた。


「そう言えば、幻影のフレイヤさんを見ました。ヴァルキリーゲンドゥルにはそのような力が?」

「……恐らく、私の妹だろう。元々、ヴァルキリーシステムは妹の願いに着目して発案したシステムだ。妹……ミレインは、人と魔術師の共存を望んでいた。ゆえに、両者の力を合わせればよいのではないか、と思いついたのだ。皮肉にも、ヴィンセントに利用されてしまったが、今はこうして君たちの元に渡った。ノアの父親も喜んでいるだろう」

「どうでしょうか。父は理想主義者でしたからね。それに……ボクには父親の記憶があまりないので」


 冷徹な返答だが、逆に感情的なようにソラは感じた。ノアは素っ気ない態度を抱いているが、父親に関心がある。そんな風に感じる。


(なんか、エスパーさんみたいになっちゃったな、私)


 ソラは苦笑しながら考えを止める。油断すると、周囲に散らばる死者の遺志に呑み込まれてしまいそうだった。ソラが世界に呑み込まれる。魔術剣士の修行がなければ、自分の魂すらも死者に上書きされてしまっていたかもしれない。


「ちょっと休んでいいですか? 何か疲れちゃった」

「いいとも。しばらくは待機だ。導師たちによる逆探知は失敗してしまったからな。手探りで、浮き島の位置を探さなければならない」

「その言い方、私たちが無能と言いたいようですね。気になります」


 タイプライターで情報入力をしていたエデルカが声を荒げた。たはは、と苦笑しながら、ソラはブリッジを後にする。

 そして、通路に出た瞬間、よろめく。


「……っ。ノルンさんたち……!」


 自分が見逃した敵の危機を感じて苦悶の表情になる。しかし、ここからでは援護が間に合わない。



 ※※※



「ランスロット! どうして追ってくるの!?」

「生かしておく理由がない、とのお達しだ」


 ノルンたちはランスロットに追われ、森の中を必死に逃げ回っていた。ランスロットに追撃されることを、ノルンたちは予測できていたのだ。例え未来予知がなくとも、ヴァルキリーシステムとオーロラドライブの回収にかつての同志たちの追手が来ることは予想済みだった。

 その予想すらも上回り、予知する程度では回避できない進路を取って、ランスロットは裏切り者を抹殺に現われたのだ。


「もうノルンたちを放っておいてよ!」

「解放してやる、と言っている。この世から、永久にな!」


 ランスロットは疾走しながら、アロンダイトを引き抜く。湖の騎士の異名を持つ騎士の神髄を。

 ケラウノスすら弾き返したかの剣は、エクスカリバーにすら匹敵する最強に近しい剣。運命が視えたとしてもその太刀筋は躱せない。躱せるような甘い攻撃を、ランスロットは放たない。


「スクルド、しっかり!」

「……いいよ、お姉ちゃんたち。もう死んだって、いいよ……」

「スクルド!?」


 末っ子であるスクルドは無気力に、二人の姉に支えられている。もはや生きている理由すら見いだせない、生きる屍だった。ある意味、ソラは彼女の気力全てを奪ってしまったに等しい。

 だが、スクルドはソラを恨むこともせず、ただただ虚無の中を彷徨っている。ようやく彼女は学習したのだ。

 この世にはどうしようもない事柄が存在すると。憎んでも恨んでも、怒ったとしても、解消しようのない事実があると。


「私は捨ててっていいよ。どうせ、生きてる理由なんてないし」

「り、理由がない……って、私たちのことはどうするの!」

「だから、だよ。だから捨ててってよ。正直、私のこと面倒くさい奴って思ってるでしょ? 死んだって誰も悲しまないし――」

「私とヴェルのことはどうでもよくなったの!?」

「だから違う――」

「お喋りはそこまでだ。そろそろ決着をつけよう。私にはまだ、やるべきことが山積しているのでな!」

「――きゃあッ!!」


 まずやられたのは長女であるウルズだった。身体を斜めに斬られた。次に、次女であるヴェル。彼女は心臓を一突き。

 最後はスクルドだ。姉が斬られたことで仰向けに転がった彼女の首筋に、アロンダイトの輝きが映える。


「終わりだ。裏切り者め」

「……」


 スクルドは眼を瞑って死を受け入れる。その瞬間、自分を生かそうとした少女の顔がフラッシュバックする。

 自分が殺される瀬戸際にようやく、スクルドは自分の愚かさに気付いた。

 結局利用されっぱなしの人生だったのだ。最初から最後まで、アーサーの策略の通りに演じてきた。

 スクルドの身に降りかかったのは不幸な偶然などではない。仕組まれた必然だ。

 ようやく、己の滑稽さ、哀れさに気付く。こんなザマでは、あの青臭いのに哀れ見られて当然である。


「く、くそ。……けんな」

「……遺言か? 聞いてやろう」

「ふざけんな――ぐッ!?」


 しかし、今更足掻いたところで、実力差は歴然。スクルドは反撃すらできずに喉元を掻き切られた。


「哀れな傀儡よ。次の世界の贄となるがいい」


 ランスロットは剣を鞘に戻すと、転移して浮き島へと戻っていく。

 スクルドは今際の際で、夜空を見上げた。星がきらきらと輝いている。捨てられた四つ子にとって、自然は絶好の遊び場だった。

 あの頃に戻りたい。そう切に願う。だが、不可能だ。未来が視えても、過去に戻ることはできない。

 それだけでなく、未来すら喪われてしまった。結局この世には、絶望しか存在しないのだ。


「……」


 意識が朦朧とするスクルドの顔を、謎の男が無言で覗き込む。どこかで見覚えのある顔。だが、既知ではない。初対面だということだけはわかる。どこで見たのか。浮き島にあった資料の中か。


「……か、ふ」


 声を出そうとしたが、代わりに息が漏れ出るだけだ。

 スクルドの意識はそこで断絶する。最期に、男の腰に差してある古めかしいピストルが見えた。



 ※※※



「……ノルンさんたち!」


 ノルンたちの気が消失した。この魔力の喪失は、間違いなく死の感触。

 ソラは苦心の表情で壁に寄り掛かる。そのまま頭を壁に当てた。


「救えなかった……!」


 ソラの胸中は後悔と懺悔で満ちていた。やはり、判断を誤っていたのだ。

 あそこで無理やりにでも連れ帰るべきだった。例え世界に恨まれても、世界を救うと決めたのに。

 たった三人の少女でさえ、自分は救うことができないのか。


「……っ。私は」


 しかしノルンたちの死を嘆いている暇はない。本当に死者を想うのならば、その時間を有効活用して、もっと多くの人を救わなければ。

 ソラはそう考えながら、心の中で別のことを想っていた。

 命に多いも少ないもない。そう思いながら、足を動かし通路を進む。

 しばらく進むと、愉しそうな喧騒が聞こえてきた。部屋を覗くと、クリスタルたちが楽しそうに会話している。一番最初にソラに気付いたのはクリスタルではなくミシュエルだ。あ、ソラちゃん! と嬉々とした声を上げる。


「みんな……」


 ソラは笑みを浮かべたが、どこかぎこちない。普段の調子だと誤解しているミシュエルは饒舌に話を続けようとしたが、その前に異変を見て取ったクリスタルが制した。


「ちょっと、行こうか。ほら」

「う、うん……?」


 クリスタルはそそくさと、ソラの背中を押して通路へと出ていく。ミシュエルが不満げな声を出したが、ツウリが茶々を入れて注意を逸らした。

 その話し声を背中に受けながら、ソラはクリスタルと歩いて行く。


「どこへ、クリスタル……」

「元気が出る場所。ここよ」


 と言ってクリスタルがドアを開けると、見晴らしのいい景色が目の前に広がった。空見の絶好ポイント。あらかじめクリスタルは、ソラよりも素早くソラが一番望む場所を見つけていたのだ。

 魔術的防護が施された窓によって空間が構築されている。上や前はもちろん、下も透けている。展望室の中に、ソラとクリスタルは立っていた。


「クリスタル、ここどうやって……?」

「散歩してたら偶然見つけたのよ」


 クリスタルはおもむろに腰かける。ソラもその隣に座った。まるで大空の中で座っているような不思議な感覚だ。

 その青空の美しさにソラは惹かれ、気付くとまだ胸に残っていたわだかまりは吹き飛んでいた。うじうじしていた自分とさよならをして、冷静に物事を考えられる。

 クリスタルはソラと言葉を交わすことなく、ソラの苦悩を解消してみせた。やっぱりクリスタルには敵わないや、と心の中で思って、ソラは空見を続ける。


「一人で溜め込む必要はないよ。昔のように、私を頼っていいんだから」

「でも、そういう自分とはお別れしようって」

「あなたは欠点だと思ってたかもしれないけど、むしろ、そこはいいところだったのよ。困った時、どうしようもない時、辛い時は……人に頼ってもいい。ソラは一人じゃないんだから」

「うん、そうだね……」


 ソラは相槌を打つ。もはやそうすることしかできない。

 やはりクリスタルは大切な幼馴染であり、頼れるお姉さんでもあるのだ。自分も彼女と同じくらい頼りがいのある人になってみようと奮闘したが、やっぱりクリスタルには敵わない。

 ほんの少し落ち込んだソラだが、次に放たれた一言で表情が一変する。


「頼りにしてるんだから、ちゃんとしてね?」

「……っ!? ホント!?」


 カッと目を見開いて、クリスタルの顔をまじまじと見る。急な反応にクリスタルは首を傾げて、


「どうしたの? 一体」

「今の言葉、本当!? クリスタルが私を頼ってくれてるの!?」


 ぶつかる勢いで詰問されて、クリスタルはしまった、と言わんばかりに目を逸らす。若干引きながら、ソラに回答。


「え、ええそうね。頼りにしてるわよ、ソラ」

「やった、やったー! 念願叶ったよ!」


 ソラははしゃいで、飛び回り、ふと何気なく下を向いて落ちるのではないかという有り得ない恐怖感に駆られる。物理的にも魔術的にも防護された安心安全設計のノアの箱船だが、やはり地面が目視できないくらい高い距離から下方を覗くというのは心臓に悪い。例え、高所恐怖症ではないとしても。

 ひぃ、と情けない声を上げて、気付くとクリスタルに抱き着いている。クリスタルは苦笑して、大丈夫よとソラの肩に手を置いた。


「落ちないから安心して。それに、落ちたとしても大丈夫でしょう? あなたにはヴァルキリーがあるんだし」

「ヴァルキリーがあっても怖いものは怖いんだよ」

「恐れを知らない者じゃなかったの?」


 揚げ足を取って、くすくすとクリスタルは笑う。ソラは頬を膨らましたが、反論する前にドンと押されて悲鳴を上げる。


「ちょっと、クリスタル!」

「うふふ、ソラはやっぱり臆病ね」


 ソラは地上から空を見上げて、ずっとクリスタルのことを想ってきた。浮き島から青空と地上を見下ろしてきたクリスタルとは、高所への対応力が違う。

 そろそろ本気で青ざめて腰を抜かしそうな勢いだったので、クリスタルはフリントロックピストルを取り出し、魔法の杖のように下の窓に魔術を掛けた。窓に色がついて通路と一体化する。そして、ソラがホッと息を吐いた瞬間に不意打ちで床を元に戻した。


「わぁ!? く、クリスタル――!!」

「ふふ、うふふふ」


 歳相応の無邪気さで、ソラとクリスタルはしばらくこの恐怖アトラクションめいた遊びを楽しんだ。しばらく遊んだ後は、昔のように並んで座ってお喋り。これがソラとクリスタルにとっての定番だった。二人の関係性は身体と精神が成長しても、世界の在り方が変わったとしても変わらない。


「やっぱり、空は綺麗ね」

「うん」


 ありきたりな、何の変哲もない会話。そのくだらないやり取りをできることが何よりも嬉しい。

 だが、だからこそ現状では満足していられない。ソラはようやくクリスタルと再会できたというのに、まだ不満を抱いている。それはきっとクリスタルも同じだ。

 まだだ。まだ足りない。世界を平和にしてそこで初めて、ソラたちは満足するのだ。


「次はどうする?」


 ソラは空に心を奪われながらも、クリスタルに今後の方針を訊ねる。

 と言っても、形式的なものだった。ソラは次に自分が何をしたいかを決めている。

 クリスタルもまた、決まっていた。すぐにソラの問いへ返答する。


「まずは、メグミさんときらりを救出する」

「そうだね。まずは二人を助けることが先決だよね」


 ソラとクリスタルは目的を共有し、漠然と二人を救出する手筈を考える。



 ※※※



「ねえ、どうするの?」

「……何だよ」


 メグミは突然の問いかけに素っ気なく応対した。浮き島の森の中で、メグミは憂さ晴らしに木々を殴り倒していたところだ。

 そこへ、ほとんど無口の闇魔法少女が話掛けてきた。知り合いでも何でもない、ただの同僚。メグミは以前なら考えられないほどの無関心な態度できらりに答える。


「敵を殺す。単純なことだろ」

「だから、誰を殺すか聞いてるの」


 メグミは正拳突きを止めて、きらりに向き直る。嫌悪感を丸出しにし、鼻を鳴らしながら応じた。


「あれだよ、ブリュンヒルデ。ついでにスヴァーヴァ。それとエイル」

「ヴァルキリーの半数を倒しちゃうの? ……倒せるの?」

「言葉を間違えるな。倒すんじゃねえ、殺すんだ。私を見殺しにしやがったあいつらに復讐してやる」

「でも、あなたはクリスタルに殺されたんじゃなかったっけ?」


 きらりが不思議そうに訊く。至極真っ当な質問だった。自分を殺した当事者ではなく、自分が捨て身で守ったはずの仲間たちに牙をむく。そこが不思議でしょうがないのだろう。

 しかしメグミは、質問に質問で返した。


「だったらよ、どうしてお前もレギンレイヴをつけ狙うんだ?」


 すると、きらりは顎に手を当ててそれっぽい答えを思案する。


「ん、私の弱い部分、だから? 闇に染まる私にとって、一番要らない、どうでもいい部分だから」

「ふん、どうでもいいならそもそも気にも留めないだろ。気になるってことは、どうでもよくない証だぜ」


 メグミが正論を述べると、きらりはムッとした表情となる。いい顔をするじゃねえか、とメグミが笑みを見せ、それがますますきらりの神経を逆なでする。


「下手なこと言ったら殺す」

「いいぜ? 返り討ちにしてやる」


 メグミは両手に鉤爪を召喚し、きらりもダークロッドを構える。が、実際に殺し合いはしなかった。心情的判断ではない。理性的判断だ。


「残念だが、私が最初に殺すのはソラって決めてる。あれを殺した後に殺してやるよ」

「私も初めてはクリスタルにとってあるから」


 きらりは微笑を浮かべて、必殺の杖に目を向ける。暗黒の力でパワーを増したロッドには、光属性の力など無力に等しい。

 だが、すぐにきらりは眉根を顰めた。すぐにメグミも気づく。

 忌々しい魔術について想いを馳せたのだ。殺人を不可能にする、オーロラの輝きを。


「レクイエムフォーム、だったか。邪魔だな」

「あれのせいで人を殺せない」


 二人にとって目下の障害は、オーロラフィールドそれ一点のみ。レクイエムフォーム自体はさして問題視していない。強敵がより強くなって現れた。好戦的な状態となっている二人にとっては、僥倖以外の何物でもない。戦闘狂にとって、強い敵の存在は悲報ではなく朗報なのだ。


「なら、順序良く行くしかないのか? まずはオーロラフィールドを停止させる」

「どうやって?」

「ソラを殺せば消えるだろ」


 メグミはさも当然とばかりに言う。ソラがオーロラフィールドの発生源なのだ。レクイエムフォームに至るまでヴァルキリーとシンクロしている装着者は他にいない。まずソラを潰せば、世界は悲劇に戻る。希望に満ち溢れた青い惑星を、絶望ばかりの血濡れた赤い星に染めることができるようになる。

 この世で最も美しい色は、空の青ではない。血の赤だ。虹も光も、この世にはいらない。

 暗黒で、漆黒に、無限の闇の力で染めてしまえばいいのだ。


「お前の思考回路がちょっと移っちまったな。しかし、主人公の癖に闇落ちとは、魔法少女きらりも大した奴じゃねえな」


 メグミがきらりの術式元に言及すると、きらりは肯定し頷いた。


「そう。人を救うなんて臭いことを言っていたきらりは、とても弱かった。人は救うものではなく殺すもの。破壊者デストロイヤーとしての役目を果たすだけ」

「あの鬱陶しい三つ子共の後任は私だ。他の破壊者たちは何やらミルドリアとフィリップに改造されているらしいが、私にはそんなもの必要ねえ。ディースの力に絶望させてやる。北欧神話の神々は、自分の欲望に奔るだけのくそ野郎揃いだってことを、あの能天気共に教えてやらなきゃな」

「所詮、ノルンは運命を読み取って対応するだけの弱者だった。ガウェインも、結局は刻印施術を施していた愚者。ここからは強者による真っ当な戦争。それを、ふざけた光で邪魔させたりなんてしない」


 マーナガルム、とヴァルハラ軍に命名された軍隊の関心は、ほとんどブリュンヒルデに向いている。全員、彼女の存在を恨んでいる。自分たちから殺しという救いを取り上げた悪魔を。

 天使のような笑顔をみせるソラは、マーナガルムにとっては憎悪の対象でしかない。偽善者、独善者、そして、愚者。

 ソラは世界を救おうとして、他ならぬ世界に殺されるのだ。


「奴をこの手で八つ裂きにする瞬間が楽しみだ。心配するな、ソラ。お前の親友である私が、お前の想いを踏みにじって蹂躙して、じっくりと甚振ってやるから、よ!」


 メグミはサンドバッグにしていた木に向かって拳を突く。木が根元から折れて、別の木を巻き添えにしながら倒れていく。

 ハハハッ、と快活な笑い声を漏らし、きらりも微笑を浮かべたが、二人の笑顔がどこか不自然なことに当人たちは気付かない。

 原初の想いを忘却したまま、少女たちは欲望の通りに自分の親友たちに牙をむく。



 ※※※



「ダメだ、一体何をするつもりなんだ! そんなことをすれば世界はほろ――」

「一度、滅ぼす予定なのだ。何も問題はあるまい」


 反抗するフィリックに、ヴィンセントは杖を突きつけた。さっさと作業を続けろ、と彼に強要する。その隣では、長年の研究の成果を子どもたちに施しているミルドリアが、つまらなそうにそのやり取りを眺めている。

 暗い研究室の中で、フィリックは歯噛みするしかない。ここで拒否しても、アーサーに精神操作されてしまう。意識がない中で取り返しのつかないことをしてしまうよりは、意識を維持したまま機会を待った方がいい。


「本当に使う気なのか、外宇宙の存在を。なら、僕と交信したことのある者たちにしてくれ! 彼らなら制御することが――ぐッ!」

「呼ぶのは、代行者だ。例え恐れを知らない者だとしても、あれには敵うまい」

「本気なのか! 君だってただでは済まない」

「私を侮るな」


 そう突きかえされ、フィリックは言葉に詰まる。ヴィンセントの力ならば有り得なくはなかった。アレックでさえ負けてしまったのだ。フィリックは彼以上の味方を知らない。自分の研究対象を悪意を伴って利用しようとした魔術師たちの討伐を、フィリックはよくアレックに依頼していた。アレックは怖じない。閃光の魔弾の異名をつつがなく発揮して、恐るべき異形たちすらも平然と屠ってきた男だ。


「そこまでして世界を破滅させたいのか……ヴィンセント」

「クトゥルフ神話でも、いずれ破滅が予期されているのだろう? ならば、良いではないか。どうせ滅ぶのなら、早い方に越したことはない。そうは思わんか? ミルドリア」

「そうだな。しかし、我はあまり乗り気ではない。おぞましい者どもだ。しかも、ここ最近生まれたばかりの魔術に過ぎん」

「使えるものは使う。全てはより良き再生のためだ。そうだろう、ミルドリア」

「おうとも。世界は滅びを迎えて、我々のような優れた魔術師に統治されるのだ」


 と、ミルドリアは笑う。ヴィンセントもほくそ笑んでいる。

 しかし、フィリックは気付いている。ヴィンセントは世界を再生させるつもりなど毛頭ない。

 それを知りながらも、フィリックには何もすることができない。アーサーも知っているはずなのだが、放置している。

 なぜだい、アーサー。君の目的は滅びではないはずなのに。そう思いながらも、フィリックは言われるままに、召喚の儀式を続けるしかなかった。


神々の黄昏ラグナロク。その時は近い。奴らの反抗などささやかな物でしかないのだからな」


 ヴィンセントは笑っている。酷薄な笑みで、世界の終末を待ち望んでいる。

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