戦乙女の歌
「……しかし、フレイヤを再現するとはな。フレイヤは勇者を創り上げるためだけに、百四十三年もの間、英雄たちを争わせた女神。何の罪もない少女たちを、自身の欲のため戦わせたお前にはふさわしいか」
「何とでも言え。世界の破滅を止めるためなら、私は何でもする。それが私の責務だ」
フレイヤはヴィンセントに肉薄して剣を振るう。が、ヴィンセントは堅牢な杖でその斬撃を防いだ。特に大技も扱わない、シンプルな戦闘だった。小手先の技で競い合う。実力があればあるほど、その戦闘は派手ではなく地味になる。
「その責任を果たせなくなりそうだ。お前は私には勝てん」
「だろうな。だが、私は勝つつもりなどない」
フレイヤとヴィンセントは剣と杖を交じり合わせて、親しみすら感じさせる会話を殺伐とした内容で繰り広げる。剣戟を鳴らしながら、フレイヤはノアの通信を聞いた。
『進行状況は六十パーセント、と言ったところでしょうか』
(遅いな)
ノアの報告を聞きながら、フレイヤは黙考する。ヴィンセントの打撃を裁きながら。
実力的に、フレイヤはヴィンセントに勝てない。それに、ヴィンセントに勝ったとしても、まだアーサーが残っている。敵は出し惜しみできる余裕があるが、ヴァルハラ軍にはない。ゆえに、総大将であるはずの自分が危険を承知の上で出撃したのである。
だが、勝ち目はなくとも希望はある。時間さえ稼げればいいのだ。フレイヤは視線を下方で戦闘を行うソラに移す。
(全ては君次第だ、ブリュンヒルデ)
フレイヤはそう思いながら、ヴィンセントとの殺し合いに興じていく。
※※※
「ほら、ほらほら。増援のお出ましだよ? 急がないと、みんな殺されちゃうよ?」
「こ、このッ!」
ソラが二刀流による剣技でスクルドを圧倒する。が、捉え切れない。肝心の一撃が当たらない。
ノルンたちは笑みを浮かべながら、ソラの攻撃を避け、防いでいた。反撃はしない。する必要がない。時間さえ稼げれば、彼女たちの勝利だ。ソラの視線の先ではマリとクリスタルが、それぞれの親友と激闘を繰り広げている。
下では、地上部隊が増援として現れたランスロットとガウェインに押されていた。アテナが先程充填したケラウノスによる雷撃を敵部隊に喰らわせたが、ランスロットの剣技に弾かれてしまう。歯噛みしたメローラがモルドレッドと共に、ランスロットとガウェインに斬撃を見舞った。
「ランス! 邪魔をしないで!!」
「メローラ殿。残念ながら、あなた方の剣技では我々には勝てぬ。ファナム流の魔術剣技では、圧倒的に力が足りない!」
そのすぐ近くでは、ヤイトがシャークに苦戦を強いられている。シャークは嬉々とした表情で武装を余すところなく使用して、実力差を誇示している。前線に出ているケラフィスやブリトマート、リュースやカリカなどのドルイドたち、レミュなどの魔術師部隊も、味方の支援に手一杯で、他の部隊に助太刀できないでいた。
そして、後方の上空では、相賀の部隊がヘルヴァルドと交戦中だった。ヘルヴァルドの実力はペガサスⅡの性能を持ってしても突破できず、こちらも劣勢に立たされている。
砲撃部隊もまた、効果的な支援をできないでいた。ゴーレムや戦車隊に邪魔をされて、まともに大砲を撃てないのだ。ナポレオンの支援魔術に加え、ツウリが駆る二足歩行型戦車やミシュエルの砲撃錬金を持ってしても、十体のゴーレムを突破することは難しい。
前回と同じ、いや、前の戦いよりも酷い。こちらの戦力が増強されたのを見込んで、敵は数倍近くの戦力を投入してきた。さらに、まだ敵は戦力を保持している。ヴァルハラ軍にとっては総力戦だが、敵にとっては何の変哲もないありふれた戦だった。
――どうする? 私に頼る?
「ディース……!」
自分の暗い内面が、自身に語りかけてくる。ソラはスクルドに縦切りを見舞い、斧で防御されるのを見ながら叫んだ。
「頼らない!」
――でも、そうしないとみんな、死んじゃうんじゃないかなぁ。
ソラがディースの誘惑を受け流すと、ノルンたちは笑みを浮かべて斧を動かす。
「独り言をぶつぶつぶつぶつ、気持ち悪いよ!」
「く、このッ! 邪魔をしないでください! 怒りを鎮めて、憎しみを捨てて!」
「キモいよソラちゃん! 今は絶賛戦争中! そんなこと言っちゃう頭おかしい子は、頭を切り裂いて緊急手術しないとね!」
ノルンたちが一斉に反撃に転じた。三人同時に繰り出される斧のスイングに、流石のソラも防ぎきれない。うあッ、と悲鳴を上げて後方に吹き飛ばされる。そこへスクルドは追い撃ち。斧を投擲してきた。
「――危ない!」
「ホノカ!! 下がってて!」
しかしホノカはソラの言葉を聞かずに、ソラの代わりに杖で斧を防ぐ。完全には防御できずに血が迸ったが、ホノカは笑っていた。
「大丈夫……痛いけど、エイルには治癒能力があ、る……?」
くらり、とホノカの身体が揺れる。スクルドは頭をとんとんと指で叩いて、
「忘れてた? 未来予知未来予知。その子が割って入ることも予想済みだったからねぇ、ノルンちゃんお手製の猛毒をたっぷり仕込んでいたのでした!」
「ホノカ!」
「そん……な……」
ホノカは一瞬で気を喪い、ソラが彼女を支えた。その間に、ノルンたちがソラの周囲を囲む。にこにこと極上の笑顔をみせてくる。
「友達がさ、衰弱して死ぬ様を間近でごらんよ」「そうすればさ、頭のおかしいソラちゃんも」「そのバカさ加減が治るんじゃないかな!」
「く――うおおお!」
ソラはホノカを支えながら、ファナムのくれた剣をがむしゃらに振るった。ただでさえ予知が使用可能なのに、無闇な攻撃ではノルンを捉えられない。無駄に体力を消耗するだけだった。
すぐにソラは理解する。この状況はもう詰みだと。例え最高武具であるグングニールを使用したとしても、挽回は不可能であると。
「そんな! ダメ、こんなことは――!!」
「受け入れられない? ダメだよ、ダメダメ。現実逃避しちゃいけないよ? しっかりと現実を見つめて、友達の死を受け入れないと。あぁ、でも? ソラちゃんにはディースシステムがあったね。やったね、ソラちゃん! ホノカを救えるよ! まぁでも、一番最初にぶち殺しちゃうかもしれないけど、それしか方法がないんだから仕方ないよね?」
ノルンのたわごとを聞きながら、ソラは必死に頭を回す。無駄だったのか。今までの努力は。人を守りたいという決意も覚悟も、絶望の前には、運命が相手では無力なのか。
――弱音を吐くな。
「マスター……!」
ソラはほんの短い期間で、ソラを一人前の魔術剣士にしてくれたファナムの言葉を思い出す。彼はソラにこう言っていた。お前は既に方法を手に入れている、と。
お前にはみんながついている。後はお前の意志の問題だ。そう師匠は言っていた。
ならば、どうすればいいか? 考えるまでもない。願えばいいのだ。想えばいい。みんなを救う方法を。
味方だけでなく敵までも、救済する方法を。
「――救う」
ソラは一言、呟いた。ノルンが眉根を寄せて訝しむ。
「はぁ? 何言っちゃって」
「私は救う! ホノカも、メグミも、マリも、クリスタルも! ヴァルハラ軍のみんなも、ノルンさんたちも!」
「……ちょっと冗談が過ぎるなぁ、ソラちゃん。それはノルンたちを本気で怒らせる言葉だよ」
ノルンが憤怒の形相となり、斧を掲げた。楽しみなど後回し。ソラをホノカごと両断しようとする。
が、急激に輝くオーロラの光に阻まれた。声を荒げて、ソラから離れる。
光は、ソラの内側から溢れていた。
「な、何!? 一体何が!」
『条件を達成。最終形態へと移行を開始』
「こ、これは……」
ソラも驚きながら、ブリュンヒルデの変化を見つめる。鎧の色が虹色、つまりオーロラ色となり背中には光の翼が生えた。自身の空間認識能力も強化される。ソラは戦場を全て把握できた。魔術剣士よりもまた別の力で、世界とシンクロしている。
――いずれ目覚めると思っていたよ。あなたは。
「セレネ……」
セレネの幻影が傍に浮かんでいた。その横にはマリの姉である天音もいる。
――君だからこそ、できることがある。自分の想う通りに頑張って。心赴くままに。
そして、もうひとり。なぜかフレイヤが幻影の中に混じって浮いていた。
――そうとも。お前の役目を果たすのだ、ソラよ。
『――レクイエムフォーム起動。非殺傷概念を空間に適用。オーロラフィールドを使用します』
そして世界はオーロラに包まれる。戦場がオーロラに染まり、一瞬であらゆる戦闘音が停止した。
「な、なにこれ?」
ノルンが慄いて、オーロラを見上げる。意味不明な状況に理解を放棄。すぐに激昂し、ソラに斧を投げつけた。
「何が何だか知らないけど……死んでよ!」
「……ッ!」
ソラは防げない。まともに斧を直撃する。
そして、自分は全く傷を受けていないことを知った。
「な、これは……そっか。そういうこと? この空間内なら――」
「何をごちゃごちゃ――なッ!?」
ソラは自分の左腕に突き刺さる斧を手に取り、何の躊躇いもなくノルンに投げ返した。よもや殺傷攻撃を返されるとは思っていなかったノルンも防御が間に合わない。斧が身体を貫通したノルンは悲鳴を上げて、自分が死なないことに驚く。
「な、な!? どうして」
「これがヴァルキリーの真の力……。誰も殺さない、殺させない力!」
ソラはブリュンヒルデの力を把握する。これが真の力。ヴァルキリーの最終形態、レクイエムフォーム。
鎮魂歌の意味を持つこの形態の最大の特徴は、このオーロラフィールドにある。オーロラが世界を包んだ時、生と死の境界が曖昧となり、敵味方の攻撃が全て非殺傷概念に変更される。誰も死なない戦場。例え銃で頭を撃ち抜かれたとしても、何事もなかったかのように平然としていられる。
これが魂を鎮める最大の方法。不殺を貫くヴァルキリーの最終奥儀。
「な、何だこれ。何なのこれ! 何だこのデタラメ魔術は!?」
「人を殺さない魔術だって言ってるんだ!」
ソラはノルンに怒鳴り返す。ノルンは歯ぎしりしながらホノカを庇うソラに斧を叩きつけた。無論、その攻撃も殺傷攻撃には成り得ない。痛みや気絶値は蓄積されるが、どのような方法を持ってしても相手を傷付けることは敵わない。
そのことがますますノルンたちの怒りを助長させた。ノルンは斧を構え直す。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな! これは戦争! 人と人が殺し合い、たくさんの人が死ぬ戦争!! それを、何だこの茶番は! 何が誰も死なないだ! 殺してやる!」
「……やってみればいいよ、ほら」
ソラはホノカを離して前に出る。ホノカは瞬く間に治癒され、オーロラの中で浮かんでいた。
その様子を目の当たりにしながらも、ノルンたちは現実を受け止められない。現実逃避するなと言っていた彼女たちが、この現象を受け止めようとしない。
「このッ! このッ! このッ!」「死ね! 死ね、死ね!」「砕け散れえ!」
三つ子が斧でソラに猛撃を繰り出す。ソラは眼を瞑って、その全てを回避する。未来予知し運命を司るノルン三姉妹の攻撃を視覚を遮断した状態で、避け続ける。
「なぜッ!? どうして!!」
「わかってるよね? 私はもう、運命のくびきから脱している。私の未来は私が決める!」
「そんな屁理屈で!」
「屁理屈じゃない! あなたたちにはもう、私が次に何をするのか視えない! 未来予知頼りだったあなたたちは、私に指一本触れることすらできないよ! 諦めて! その復讐心を鎮めて!」
「お前に、日和見主義者のお前如きに、私の、私たちの何が――!!」
ノルンは激しく怒り狂い、がむしゃらに斧を振り回す。ソラは眼を開き、居合切りで三つの斧を同時に斬り落とした。
そうして、告げる。信念の灯った眼で。
「私は確かに知らないよ、あなたたちのこと」
「く、だったら!」
「でもあなたの家族は知ってる」
とソラが応じた瞬間、ノルンたちの前に彼女たちと瓜二つの少女が現われる。ノルンたちの妹だ。ノルンになる前の彼女たちは四つ子だった。クリスタルと同じように新しき魔術師として生まれた彼女たちは、両親に捨てられたあげく、政府の魔術研究機関に売られた。
末っ子だった彼女が死んだところにアーサーが現れ、彼女たちを配下に加えたのだ。
「よ、よせ! そんなまやかし!」
――まやかしじゃないよ、姉さんたち。
幻影はノルンの一人、スクルドに近づいていく。
ノルンたちは余裕を喪い、必死の形相で幻影から離れていく。彼女たちは気付いていた。自分たちがアーサーの思惑通りに復讐へ奔ったのは、妹を思ってのことではない。単純に楽しかったのだ。復讐など動機ではなかった。ただ人を殺したいがための言い訳に過ぎなかったのだ。
だから、妹の純粋な眼に耐えられない。無害な亡霊に怯えている。
「来ないで、来ないで!」
――大丈夫。私は知ってるよ。姉さんたちがやってきたこと、全てを。それでも私は姉さんたちを受け入れる。だって、家族だもの。かけがいのない姉妹だもの
「く、くそ……なにこれ……! あは、あはははは!」
スクルドが大声で笑い出した。気が狂ってしまったのか、と気を揉んだソラだが、すぐにそうでないことがわかる。スクルドは自暴自棄となり、ソラへ突撃してきた。拳による打撃だ。とにかく、誰かを殴らないと気が済まないらしい。
だから、ソラは防御も回避も何一つしなかった。拳がソラの左頬に直撃する。
「ぐ……ッ」
「怒るなって!? 憎むなって!? ふざけんな!! ノルンたちは大人に酷い目に遭わされた! その仕返しをしちゃいけないって!? 冗談じゃない!!」
「……ッ」
「知ってるよ、私は知ってる! 私たちの妹が死んだのは、アーサーの策略!! ノルンはアーサーが都合のいい道具として創り上げた破壊者! 私たちは意図的に精神を破壊され、破滅へと堕ちた! でもそれでいいと思った!! だって、愉しかったから!! 人を傷付けることがすごい楽しかったんだ!! なのに、いきなり、それを取り上げて……救う!? 私たちが受け入れた快楽を否定する!? ふざけんな――!!」
「……怒るのはわかるよ。受け入れられない気持ちもわかる。でも、耐えなきゃいけないんだ」
ノルンの拳では、ソラの身体は傷付かない。だが、非殺傷攻撃は一定以上蓄積されると気絶する。死にはしないが痛いのだ。例え、外傷を伴わなくとも。身体には響く。身体と心が痛みを感じる。
それに、ノルンの怒りはソラの心を抉る。自分がどれだけ理不尽なことを告げているのかソラはわかっている。これは道理を曲げた行為だ。ノルンたちに我慢しろ、とソラは言っているのと同じだ。だが、人は理解しなければならない。踏み留まらなければいけない一線がこの世には存在すると。
ゆえに、ソラの心は折れない。世界に恨まれても、世界を救うと決めたのだ。
「耐えろって何だ! 何でノルンたちが耐えなきゃ――!」
「そういうものなんだよ、人生って。理不尽なことに巻き込まれたからといって、別の人に理不尽を与えちゃいけないんだ」
「あなたが言うの? それを。私たちから殺しを奪い、戦争を理不尽に否定するあなたが!!」
「自分が矛盾していることは、ずっと昔からわかってた。それでも私は自分の意志を貫く!」
ソラは拳を握りしめる。スクルドが怒りに任せて拳を突く。
ソラもノルンに合わせて拳を突き出す。クロスカウンターの要領で二人の頬には拳が突き刺さった。
「く……ッ」「ぁ……ああ」
後ろに吹き飛ばされたスクルドは、二人の姉に支えられた。いや、三人の家族だ。末っ子である彼女たちの妹も、スクルドの背中を支えている。
「ふぅ。……撤退するなら、敵軍には合流しないでください。理由は言わなくてもわかりますよね?」
「何でノルンがあなたの言うことを――」
「聞かなければならないのか。それもあなたたちはわかっているはずです。あなたたちは生きなきゃダメです。死んだら何もなくなっちゃうんですよ? 大切な思い出も、生きてきた証も。それって、悲しいことじゃないですか」
「意味が、わからない。なぜあなたがノルンたちの心配をするの……。酷いことをたくさんしたのに」
「わからなくてもいいです。理解が得られるとは思ってません。私は私のしたいことをしているだけ。我儘で欲張りなんです、私は」
ソラはノルンたちに、敵に向かって笑いかけた。ノルンたちが困惑し、顔を見合わせる。
そして、意識が混濁するスクルドを抱きかかえて逃げて行った。ソラは当然、追撃をしない。
「ソラちゃん……すごいね」
「ホノカ!?」
ホノカに呼びかけられて、ソラは振り向く。ホノカは傷が完治し、浮遊も問題なくできている。
「劣勢をいとも簡単に覆しちゃったねー」
「あ、そうだ! みんなは……」
と視線を周囲に移したソラは敵軍は困惑し、友軍が勢いづくのを見て取った。元々不殺戦闘を強いられてきたヴァルハラ軍にとって、この状況は好都合。端から殺す気がないのだ。全力を出しても死なないとなれば、思い切り攻撃することができる。
対して、ヴィンセント率いる敵部隊は、なす術もなく気絶させられていた。反抗しようとする者も何名かいたが、オーロラフィールド下で出現する亡霊たちにある者は救われ、ある者は怯えて戦意を喪失している。
戦わずして、勝つ。これが本来のヴァルキリーの戦い方だ。
「どうなってる、これは!?」
「あなたじゃ私を殺せないってことよ、ボケナス!」
「くッ、バカな!」
ソラの前方ではメグミが瞠目し、反撃をできないでいた。マリに押されて後退気味だ。そのすぐ近くではクリスタルもきらりを圧倒している。闇に落ちた魔法少女も自分の魔術を強制的に上書きする鎮魂歌に当惑を隠せない。
「なぜ……闇の力が負けている?」
「そうよ、きらり! 魔法少女きらりは、闇落ちしても光を取り戻すんでしょう? 正気に戻れ!」
クリスタルは説得しながらパルスマシンピストルの引き金を引く。メグミもきらりも、どちらも気絶させられそうな勢いだったが、緊急浮上したガウェインの妨害で阻まれた。剣から炎弾を飛ばし、二人の行動を制する。
「すごいな、お前ら。予想してなかったぞ、これは」
ガウェインは剣を構え直しながら、ソラたちを褒める。だがな、と口元を緩ませて。
「死ななくとも、やることは変わらん。ブリュンヒルデ、お前を倒しこの輝きを止めることができれば、世界は元の無情な姿へと戻る。まずはお前を――」
「引け、ガウェイン」
そこへ割って入ったのはヴィンセントだった。彼もまた、してやられた、という表情をしている。だが、悔恨も憤怒も感じられない。まだ隠し玉がある。ソラはそう感じた。
「これが切り札か? フレイヤ」
「いいや、まだ終わってない。ノア、準備は整ったか?」
『はい、箱船はもう出撃可能です』
ノアが通信を返し、ヴァルハラ宮殿に変化が現れる。宮殿は物理法則を無視した過程を踏んで変形を始めた。最終的に一本の長方形となり、ソラはそれが巨大空中戦艦であることに気付く。
ノアの箱船。神に救済されしノアが世界の滅びから逃れるために作った船。それを同じ名前を持つノアが、ヴァルハラ軍の移動拠点として改良したのがこの戦艦だ。戦艦の先端には、巨大な口を持つ砲身が搭載されていた。ノアは砲口を後退気味だった敵軍に向ける。
『オーロラフィールドのおかげで充填の手間が省けました。レクイエム砲で一気に壊滅させます』
「ふむ……それは避けねばな」
ヴィンセントは淡々と呟いて、自軍の重要人物を強制的に転移させる。ヤイトと交戦していたシャークが意味がわからねえ! と絶叫を上げながら転移し、ランスロットも嫌悪の表情のまま消失する。メグミもきらりも同様だ。
残ったのはヘルヴァルドとガウェイン、ヴィンセント。相賀はヘルヴァルドを、フレイヤはヴィンセントを、ソラはガウェインを見つめていた。
「逃げぬのか?」
「逃げるとも。ヘルヴァルド、ガウェイン」
フレイヤに問われて、ヴィンセントは二人に呼び掛ける。ヘルヴァルドは航空部隊から距離を取ってヴィンセントの横に浮かんだ。そしてヴァルキリーたちへ目を落とし、フリョーズに視線を送る。
「復讐をしないのか」
訊かれてマリは肩を竦めた。姉を殺した仇を、興味なさげな視線で見つめ返す。
「もう、止めたわ。復讐なんて」
「……愚かな。後悔するぞ、フリョーズ」
そう言ってヘルヴァルドも消える。ヴィンセントはガウェインにも転移魔術を施したようだが、彼はこの場から消えなかった。どうした? とヴィンセントが再び問いを投げ、ガウェインが進み出る。
「連中はこちらへ反攻作戦に出るでしょう。アーサー王に言伝を。気付いているはずですぜ、あんたも。ここにはマスターたちがいない。ハルフィス、レオナルド、リーン、エデルカ。総力戦を謳っておきながら、奴らは別働隊を使ってこちらの座標を特定しようとしている。ちょうど、俺たちが行ったのと同じように」
「ふむ……それが何か問題か?」
『充填終了。発射準備を開始します』
ヴィンセントとガウェインが会話を交わす合間にも、ノアは着実に準備を進める。
「誰かが足止めしなければ。奴らはこの箱船の火力を浮き島に放つつもりです。我らが主はこのような攻撃でやられるようなお方ではない。しかし、浮き島の兵士たちは違う」
「英断だ、ガウェイン。では心置きなく逃げるとしよう」
そう言い残してヴィンセントも転移した。一人残ったガウェインと、その後方に展開する敵部隊へレクイエム砲の狙いが移る。
ノアがカウントダウンを口ずさむと同時に、ガウェインが見捨てられた部隊を鼓舞した。
「行くぞ! 全ては我らが主のため! 世界のためだ!」
歓声が轟き、敵軍が特攻を始めた。しかし、彼らの攻撃が当たってもこちらが反撃を行っても、流血沙汰にはならない。誰も死なない優しい戦場。世界に鎮魂歌の旋律が流れていく。歌が世界に溶けていく。なのに、敵は止める気配をみせない。
「どうして止まらないんですか! もう無意味だと知っているでしょう!」
ソラは銀の剣を抜いて、ガウェインに肉薄した。空戦も可能なガウェインと鍔迫り合いになり、彼は笑いながら答える。
「例え負けるとわかっていても譲れないものが男にはあるんだぜ、お嬢ちゃん!」
「それは私も同じです!」
「だったらその覚悟、証明してみせろ!」
と言ってガウェインが剣に炎を纏わせた。業火の炎。非殺傷概念に呑まれながらもその炎はとても熱く、屈強な意志を感じさせる。ソラは勢いに押され、後ろに下がった。
「――くッ!」
「ソラ! あなたがやられたらまずいでしょ! 下がってなさい! もうすぐカウントが終わるんだから――!」
「ダメ! 私が決着をつける!」
ソラは危惧するマリに言い返す。地味な頑固さを発揮して、マリに有無を言わせない。
ガウェインの意志がソラの頭の中に響いてくる。何としても世界を壊し再生させる。全ては無残に焼き払われた故郷の人々を救うため。悲しい男だった、彼は。悪を全て根絶させるために、自らが悪に堕ちたのだ。そのことを、微塵たりとも後悔していない。例え死者に諭されようとも、彼は全く動じなかった。戦う理由は死者ではなく自分の意志。殺人を死者のせいにしない清々しい男だ。
「俺は俺のために戦っているだけだ。お前もそうだろ? ブリュンヒルデ!」
「そうです! だから、あなたを倒します!」
ガウェインの剣技は凄まじいものだったが、ファナムに鍛えられたソラも負けてはいない。地上部隊と航空部隊が時間に追われながら戦闘をする中心で、ソラとガウェインは斬り合っていた。モルドレッドとメローラ、アテナたち魔術剣士はその戦いを傍観するだけで助太刀をしない。クリスタルもまた同様だ。
剣と剣が奏でる音楽を聞きながら、ガウェインがソラに語りかける。諭すように。
「お前たちがいくら希望を謳おうが、世界は絶望で満ちている。お前も気づいているだろう? ヴァルキリーシステムは死者の力を転用する、などと大層なことを言っているが、実際に利用しているのは悪意のない善人たちの力を使っているだけだ。地獄に堕ちた連中の力を利用してはいない。なぜならば、彼らこそが世界に破滅をもたらす存在だからだ。だから、選り好みをする。結局お前たちは、現実から目を逸らしているだけなんだよ!」
「わかってます! 知ってます! 自分がどれだけ訳のわからないことを言っているのか、意味不明なことをしているのか、理解してます! それでもこれが、この道が正しいと信じました! だからやります! バカって言われても止まりません! だって私はバカだから!」
ソラは開き直りながら、ガウェイン相手に剣を鳴らす。当初は互角に見えた剣術だが、徐々にガウェイン側が圧倒され始めた。ソラが攻勢に出て、ガウェインは行動のほとんどを防御に費やしている。魔動波を使ってソラはガウェインを押し飛ばし、ガウェインは口角を上げた。
「いいぜ、お嬢ちゃん。美しい太刀筋だ。レクイエムフォームって言ったか? それは。なるほど、スペック上は我らが主やヴィンセント殿と遜色ない強さを発揮できるだろう。だが、いくら機体がよくても中身がダメじゃ無理だ。さぁ、どうする? あれが撃たれる前に、俺を倒せるか? それとも、他者の力に縋るのか? 選べ」
「断然、前者です!」
ソラは剣を構え直し、集中した。無線にノアのカウントダウンが響き渡る――。発射まで残り十秒。九、八……。ソラはカウントが終わる前に、ガウェインへと飛翔する。
物事を理性的に捉えるならば、この戦闘は無意味だ。たった十秒、時間を稼げばそれでいい。だがソラはあえてそうしなかった。ガウェインは試している。自分たちのやり方が正しいのか、それともソラが目指す世界が正しいのか。その選択をソラに委ねている。
ならば、きちんと答えを伝えなければならない。ソラは奔る。真っ直ぐに、一直線に。
ヴァルキリーシステムは、絶望を希望に変える力。何の憂いも、恐怖もありはしない。
「やぁああああッ!」
「……ぬッ!」
ソラとガウェインが一閃。空中で交差して、両者は一瞬停止する。次の瞬間、ガウェインが構えていた炎の剣が折れた。ガウェインは満足げな表情で呟く。
「やるな、ブリュンヒルデ。いい、覚悟だ……」
『――二、一、発射します』
その刹那に、ノアのカウントダウンも終わる。巨大戦艦に搭載された大型砲台から、眩い光が飛散。世界を眩い閃光が貫き、ソラとガウェインも包み込まれた。
「ソラ!!」
クリスタルが叫ぶ。光が消えて、オーロラが晴れた時、ソラだけが空に浮かんでいた。
「大丈夫だよ。レクイエム砲もオーロラと同じだから」
そう応じて、地上に倒れている敵軍へ目を落とす。巨兵も両腕を組む防御動作を行ったまま停止している。どれほど強固な装甲を持っていたとしても、鎮魂歌は防げない。これは殺意を静めて、世界を救う力なのだ。
「ガウェインさん……」
ソラは氷上に倒れているガウェインを見つけて降下した。彼は気絶していない。喜びすら、顔に浮かんでいた。
「いいぞ、ブリュンヒルデ。青木ソラって言ったかな。……俺が次に何をするか、わかっているだろう?」
ガウェインはそう言うや否や、間髪入れずに剣を振り上げる。そして、自らの心臓に躊躇いなく突き立てて、ソラに刃先を掴まれた。血は迸らない。誰も死なない戦場だ。
「ダメです。負けたんですから、勝者の言うことを聞いてください」
「まぁ、どっちにしろ無理な相談なんだがな」
「……どういうことですか?」
「これだよ」
と言ってガウェインは袖をまくりあげる。そこには、大量の魔術刻印が刻まれていた。
「あなた、自分の身体を限界まで……!」
目ざとく気付いたメローラが声を上げる。その通りだよ、とガウェイン。
「死ぬ覚悟は前々からできていた。人々を虐殺した俺が生き残り、幸せを享受するのもおかしな話だろう。そもそも、俺を前々から部下にしたがっていたモルドレッドやメローラならともかく、あんたは俺に接点がない。素性すら知らない、赤の他人のはずだ。そんな奴を無理して救おうとするな。破滅するぞ」
「私は破滅を恐れません。恐れ知らずの、わからず屋ですから」
悲しい声でソラが返すと、ガウェインはにやりと笑った。父親が娘に見せるような呆れと親しみが混じった顔だ。果たして、ガウェインの傍には娘の幻影が立っている。彼女はソラに頭を下げた。感謝の笑顔をみせている。
ガウェインは息を吐いて、娘の幻影に目を移して触れようとした。亡霊に手が触れる。触れられた、ということはガウェインの命も風前の灯だということだ。
「――もう少し、自分を大事にするんだな。……俺に勝てたということは、円卓の騎士にも勝てるということだ。俺は地獄で、お前が何を成すのか、見させてもらうと、する……っ」
ガウェインは急激に顔色が悪くなり、右腕が氷の上に落ちた。そのまま眠りにつく様に息を引き取る。
「……見ててください」
ソラは決意を呟くと、空を見上げる。ブリュンヒルデの変身が解けた。同時に、世界の色も元に戻る。
世界は黄昏に染まりつつあった。その暁を、ソラはずっと見つめ続ける。
敵を無事撃退したはずなのに、その夕日はとても赤く、悲壮感を含んでいた。
※※※
「ガウェインが死んだ」
早々に帰還を果たしたヴィンセントは、何の感慨もなく同志に告げる。
椅子に座り、執務机に置かれた水晶で戦場を俯瞰していたアーサーは、ヴィンセントの報告を聞いて断言した。
「わざと見殺しにしたな」
「当然だ。奴はもう長くはなかった。自身を強化するために施した大量の魔術刻印。戦闘に耐えられただけでも奇跡のようなものだ」
「強さを得るために必要な犠牲だ。魔術には常に代償が伴う」
「ならば何の異論はあるまい? 予想できたことだ。それよりもレクイエムフォームの方が問題だ。わかっているだろう」
「……まだカードは残っている。憂いは何一つない」
アーサーの答えを聞くと、ヴィンセントは頷いて部屋を出ていく。
その背中を視線で追った後、アーサーは独りごちた。
「――お前以外は、な」
アーサーは背もたれに寄り掛かる。窓からは黄昏の光が差し込んでいた。