魔力を持つ者
「マスター……!」
転移した先、ヴァルハラ宮殿の中でソラは膝をついた。ファナムの死。自分を鍛えてくれた導師の師。
何度味わっても、この感覚は慣れるものではない。ブリュンヒルデの鎧がオーロラに包まれて、ソラは青い軍服へと戻った。だが、容姿が変わろうとも衝撃は変わらない。
「ソラ……」
ソラの帰還の知らせを受けたクリスタルがソラの傍に駆け寄る。気遣うように彼女に寄り添った。
大丈夫とは聞かない。クリスタルはソラが耐えられると知っている。
「泣いてる暇は……ないよね。敵はすぐに来る」
「ええ、行きましょう」
ソラは少し漏れ出た涙を袖で拭うと、皆が待つ広間へと足を運んだ。宮殿内にいるヴァルハラ軍の兵士たちが全員揃って整列し、フレイヤの演説に耳を傾けている。
「座標を特定された。連中は我々を異界から引きずり出すだろう。避難民の誘導は既に済んでいる。君たちには、これより敵の軍勢を迎え撃ってもらうことになる。敵の戦力は強大であり、我々の戦力は貧弱だ。しかし、怖じることはない。怖じても、この戦いで敗北すれば世界は滅ぶ。決死の覚悟ではなく、決生の覚悟で任務に当たれ。それこそが世界を救う唯一の方法だ」
「決生の覚悟……」
ソラは噛み締めるように言葉を復唱する。敵と相討ちなどでは、届かない。敵も味方も生かして勝たなければ何の意味もないのだ。
特攻作戦など愚の骨頂である。敵の予想を上回り、誰も殺さない戦争を行わなければ。
「総力戦となることは間違いありませんが、あまり無茶はしないように。最終決戦ではありませんからね」
フレイヤの脇に立つノアが補足。端末を操作して、空間に作戦概要を投影した。
「フレイヤが言った通り、あなたたちは敵を撃退してください。可能な限り。もし無理な場合は、撤退も視野に入れます。単純に言って、敵はこちらの二倍三倍、四倍程度の戦力を保持していると考えられますので、危険だと判断したらすぐ逃げてください。死なれたら困りますので」
死ぬぐらいだったら戦わない方がマシ。それがヴァルハラ軍の戦闘方針である。ノアは全員を見渡して、決死の覚悟を抱いている足手まといがいないかを確認し終えた後、満足げに頷いた。
「皆さん、きちんと理解できているようですね。安心しました。意外と多いんですよ。死んでも敵を殺すなどと言っちゃう愚かな人が。ヴァルハラ軍ではそんな甘い考えは通用しませんので、どんな時でも心に留めておいてください」
死してなお敵に勝つ、という話は美徳であるが、ヴァルハラ軍ではそうはいかない。
ノアはヴァルハラ宮殿の全体像を空間に投影し、話を進める。
「ヴァルハラ宮殿は形式上、守りやすく攻めにくい構造にはなっています。が、敵はそれを百も承知の上でしょう。幾重に張った結界を破壊して、自軍の有利な構造に創り変えようとしているはずです。それだけは何としても阻止してください。出なければ、せっかく施した改造が無意味になってしまいますので」
「改造……?」
ソラを含め何名かが疑問の声を上げたが、ノアは取り合わなかった。彼女はヴァルキリーたちに視線を向けて指示を出す。
「ヴァルキリーチームは遊撃隊ですね。あなたたちは柔軟に、どの部隊の応援要請にも応えてください。他の部隊は、それぞれに与えられた役目を果たしてくれれば結構です。航空部隊は敵航空部隊と交戦し、制空権の確保。砲撃部隊は敵の撃破及び地上部隊の支援。地上部隊は白兵戦による敵の撃退。そう難しいことじゃありませんよ。実行は困難ですが、目標はシンプルです」
「いざとなれば秘策がある。諦めるな。敵を倒せなくとも、諦めなければそれでいい」
フレイヤはノアの言葉を引き継いで、そう締めくくった。集会を解散させて、それぞれの部隊が準備を始める。
「遊撃隊……」
と不安になるソラだが、マリの一言で元気を取り戻す。
「いつも通りってことよ」
「そうか、そうだよね」
「ソラちゃんには難しいことなんて求めないよー。バカだなー」
「ば、バカ……え? ホノカ?」
滅多に悪口を言わないホノカによる唐突な罵倒に、ソラは眼を白黒させる。あれ? 反応が違う、と首を傾げるホノカの横でクリスタルとマリが打ち合わせをし出した。
「私は後方支援、主に狙撃で」
「私が敵の裏を掻く。ホノカは回復、ソラは修行の成果を発揮して暴れ回る」
二人の戦略は一致していた。同時に、抱く危機もまた同じだった。
「問題は……敵のヴァルキリーね」
「スクルドは厄介だし、シグルーンもどうにかしないと」
マリとクリスタルが考え込む。しかし、どちらのヴァルキリーもクリスタルが一度撃退した機体だ。大丈夫なんじゃ? と口を挟んだソラにクリスタルは首を横に振る。
「無理よ。敵は対策を取ってくるはず。二度目はないわ」
レギンレイヴによる一斉射撃と制圧射撃によって、スクルドとシグルーンは完封された。圧倒的だったからこそ、敵も対応策を必死に考える。敵の油断を誘うためには、ぎりぎりのラインで勝利しなければいけなかったのだ。
しかし、クリスタルのおかげで助かったので誰も不満を言わない。こちらも敵の対策を上回る対応力を行使すればいいだけである。
「私は魔術剣士だからね。未来が視られているとしても、彼女たちの予想を上回ってみせるよ」
「あら、後から入って来た新参のくせに言うじゃない」
「メローラさん」
部隊内での作戦会議を終えたメローラが、青きマントを振る撒いて近づいて来ていた。お父様と交戦したんでしょ? とソラに質問を投げかける。
「はい。直接ではないですけど」
「どう? 強かった?」
「はい」
ソラは正直に答える。アーサー、メローラの父親はとてつもなく強かった。
メローラはソラの返事を聞いても平然としていた。むしろ強く滾っている。
「敵として不足なし、ってことね。わかっていたことだけど」
「でも、メローラさん、本当に……」
「大丈夫よ。お父様は始末しないとダメ。改心なんて有り得ない人だから」
メローラははっきりと言い放つ。アーサーは殺すべき相手だと。
しかし、ソラは師を殺されながらも、自分の考えを曲げなかった。やはり殺さない方がいいのではないか、と思っている。ヴァルキリーシステムのせいでも、ヴァルハラ軍の戦闘指針からでもない。純粋に自分の気持ちとして、アーサーは殺すべきではないと考えている。例え、世界に戦争を巻き起こした極悪人だったとしても。
「でも、私は――」
「別にあなたに殺人を強要したりはしないから安心して。あの男はあたしが倒す。これはあたしの問題よ」
「オレの問題でもあるな、メローラ」
モルドレッドが妹の後を追ってやってきた。ふん、とメローラは鼻を鳴らして持ち場へと戻っていく。
「ふむ、つくづく可愛らしい妹だ」
「そこは可愛げのないって言うんじゃあ」
「おや? お前は我が妹の可愛らしさをわからんのか?」
素で問い返されてソラは言葉に詰まる。メローラは容姿こそ可愛いとは思うが、性格はソラの苦手なタイプである。ちょうど、マリと同じような。
ソラのちらりとした目線に反応し、マリが訝しんだ声を出す。
「何か妙な視線を感じるわね」
「う、ううん! 何でもない何でもないよ!?」
「全く、お気楽な人たち。でも、それくらいじゃないと。連中の闇に呑まれてはダメ」
マリが戒めるように呟く。暗く、恐怖し、不安を思い浮かべることこそ連中の狙いである。不謹慎と思われようとも、自分のペースを乱されてはいけない。
恨まず、憎まず、怒らずに、冷静な心で敵と戦わなければならない。
モルドレッドもまた、挨拶を交わして部隊の元へ戻っていく。ソラたちも先程の会話に戻ろうとしたところ、宮殿内にノアの放送が響き渡った。
『急激かつ強力な魔力の波動を感知しました。宮殿が強制転移されますよ』
と言われた瞬間に、宮殿内が光に包まれる。転移した先で、ソラは息を呑んだ。
「海……?」
目の前には大海が広がっている。宮殿は海の真ん中に浮かんでいた。ノアの通信で、ここが太平洋の真ん中であることがわかる。
つまり、逃げ場なし。航空部隊ならいざ知らず、ジェットパックも装備していない地上部隊の大半は逃げられない。
――敵を確実に狩れると知った狩人はどうするか? 敵が逃げられないよう狩場を設定し、幾重にも罠を張り巡らせて獲物を狩るのだ。
『敵が来ます。総員、戦闘態勢を取ってください』
ヴァルキリーチームはそれぞれのヴァルキリーへ変身を果たした。左腰に提げられる二本の剣の内、ファナムから貰った銀の剣を片手に外へ出ると突発的な冷気に襲われる。
宮殿の前に広がる海が魔術によって凍りついていた。その上を騎馬隊と歩兵が駆けてくる。
「来たわよ!」
マリが叫んで、スタンナイフを引き抜く。クリスタルはチャージライフルを構えて狙撃態勢。ホノカも可変杖を取り出し、ソラは空中へ跳び上がって敵の一団を強襲した。
「やぁ!」
気合の掛け声と共に、敵の武装を破壊。空いた左手に銃槍を取り出して、正確な射撃で敵の装備だけを撃ち抜く。魔術剣士には盾など必要ない。全ての攻撃は、魔動力で防げる。
「グラーネ!」
ソラはグラーネを部分展開で呼び出すと、ブリュンヒルデのまま馬の上に騎乗した。グラーネフォームを使うにはまだ早い。銀の剣を鞘に仕舞って、槍による打撃を繰り返す。
その後方には、メローラとモルドレッド、ケラフィスの率いる地上部隊が迫ってきていた。彼らはソラの取りこぼしを戦闘不能にして、それぞれの武器を片手に突撃していく。その上では、ホノカが油断なく戦場を俯瞰していた。味方が負傷した瞬間に、速やかな治癒を行う算段だ。
「砲兵隊、構えー!」
後方では、新しく参戦したナポレオンが砲撃部隊の指揮を執っている。ほとんどが魔術的仕掛けを施した大砲による支援砲撃だが、中には戦車が混じっていた。その上に、ミシュエルが乗っている。
「ほら、マニュアルは熟読したんでしょ? 早く撃って」
『うっせえ、まだよくわかんねーんだよ……これか?』
一人で戦車を操縦するツウリが、適当なボタンを押した。すると、轟音を立てて戦車が変形し、ミシュエルが氷の上に叩きつけられる。
「痛い! 何してるの!」
「あ、わりぃ。でも、この際構わねえか。このままぶちかましちまえ!」
肩部に移動していた砲身から砲弾が放たれる。非殺傷弾に換装されていた魔砲弾が炸裂し、ソラの前方に立つ敵兵たちを吹っ飛ばした。そこを、ソラがグラーネと共に駆ける。銃剣付アサルトライフルを構えていた敵を鋭い斬撃で蹴散らした。
「ありがとう、ツウリちゃん!」
『どういたしまして!』
ソラが敵陣を猪突猛進の勢いでなぎ倒していると、遠くに狙撃銃を構えている魔術師が視えた。しかし、ソラは気にせずに押し進む。予想通り、クリスタルによる援護射撃で、狙撃手たちは気絶させられた。
ソラはありがとう、などと無線を飛ばさない。クリスタルには礼など必要ない。言葉を交わさなくとも、心は通じ合っている。
「あまり獲物を奪わないで欲しいわね」
と呟きながら、マリが左方の敵の背後に音もなく姿を現した。影の間を縫って移動していたのである。隠密技能に長けたマリの不意打ちにより、敵部隊は地上部隊と交戦する前にやられてしまった。
後方に控えるメローラたちが不満げな顔を漏らす。まぁいいではないですか、と主を諭すブリトマート。
「ほとんどヴァルキリーに敵を倒されてるわ。あたしたちは用無しかしら」
しかしメローラはブリトマートに応えずぼやいた。
「戦わないで勝つのはいいこと、何だけどやはり物足りないわね」
アテナがメローラのぼやきに同調する。ソラは苦笑しながら、騎兵と斬り合い、武装だけを破壊した。気絶すら伴わない攻撃は直接対峙した敵以外の戦意にすら影響を与える。ソラの技量には敵わないと、何人かの敵兵も五体満足のまま逃走を図った。
戦闘音は地上だけではなく、上空でも爆発と轟音が響いている。相賀率いる航空部隊が敵戦闘機部隊と交戦を開始していた。
『シミュレーション通りにやれ。柔軟にな』
『了解!』
魔術により様変わりした航空戦が繰り広げられていた。部隊員たちは訓練の成果を余すところなく発揮して、敵部隊の技術を上回っている。相賀も相賀で多くの敵機を撃墜していた。浮遊魔術と防護魔術を併用しているため、例え敵を撃墜しても、彼らは緊急脱出する必要もなく生存できる。
「この調子なら!」
ソラは騎兵たちを優先して撃破していく。騎兵は中世において最強の兵力だった。騎士の技量もさることながら、馬の速度と火力、重装甲による防御力を兼ね備えた強敵だ。それらを、ソラはいとも容易く斬り倒していく。
ヴァルハラ軍が敵を圧倒している。安堵するソラだが、ヤイトが異論を呈した。
『いいや、まだ敵の本隊が到着していない』
「ヤイトの考えに賛成」
と言いながら、マリは眼前の敵を気絶させる。敵集団にワイヤーを飛ばして、電撃を流した。
「スクルドも、メグミも、魔法少女も、円卓の騎士だってまだ来ていない」
『それに、シャークもだ』
ヤイトが苦々しげに呟く。と、脳裏に嫌な予感が奔り、咄嗟にソラは全員へ向けて叫んでいた。
「いけないッ! 全員防御を!」
「何……」
「早くッ!」
ソラの危機感を感じさせる叫びで全員が戦闘を中断し、防護態勢に移行する。障壁を張れる者は障壁を、防護魔術が使えない者は使える者の傍に寄り添った。
次の瞬間、ソラの警告が正しかったことを全員が知る。
矢の雨が降り注いでいた。ソラたちが交戦していた敵兵が防御もままならず虐殺される。味方の何名かの防護魔術よりも敵の火力が上回り、ホノカが治療に急いだ。
瞠目するソラたちの耳に巨大な足音が轟く。突如現れた光の中から、大量のゴーレムと各種地上用ビークル、魔術と科学の良い部分を合わせた兵器を扱う歩兵が出現していた。
「あは、防がれちゃった。でも、これからが本番だよ?」
ゴーレムの肩にはスクルドが座っていた。ゴーレムが腕をソラたちの方へ向け腕部ガトリング砲を連射する。
『防御が……できない!』
「――ッ!」
味方の兵士の悲鳴が響いた。一度は展開できた障壁がなぜか使用不能になっている。
ソラは近くの氷地に刺さっていた矢を見て気付く。矢は銀でできていた。銀は魔術の発生を阻害する効果がある。矢の効果で、友軍は魔術を発動できなかったのだ。
「ああ、ごめんごめん、言ってなかった。アーサーが言うには、その矢、防がれてもいいみたいだよ? むしろ、防いでくれなきゃ困るって言ってたよ?」
「いけないッ!!」
ソラはグラーネフォームへ変化を果たし、薄い青色の鎧を振りまきながら近くにいた味方の近くに落ちている矢を破壊していく。カチカチという不気味な音がなっていた矢が次々と破損した。ソラの意図に気付いたクリスタルもレーザードローンを巧みに操って矢を破壊。マリやメローラたち地上部隊も対応を急ぐ。
だが、全てを壊すことは不可能。タイマー音が鳴っていた矢が小規模な爆発を起こして、味方部隊から悲鳴と鮮血が飛び散る。
「あはは、そうそう。矢で障壁展開不能ーぐらいだったら対策されちゃうしね。きちんと爆発もセットにしないと。これがサービス精神というものだよ」
「ふざけないで!」
マリがスクルドの背後を取り、スタンナイフを突き立てようとする。が、刺さる直前に腕を掴まれた。スクルドは立ち上がり、ゴーレムの肩の上でマリとにらみ合う。
「旧型、旧型。プロトタイプじゃ古い古い」
「く――このッ!」
マリはワイヤーでスクルドの足を掬おうとしたが、スクルドは見もせずにちょっとしたジャンプをして避ける。
運命の女神による未来予知。スクルドは全ての攻撃を予期できる。
「甘いよ、甘い。ソフトクリームぐらいに甘いよ!」
マリは蹴飛ばされて、敵陣の真ん中に落ちる――直前に、空中で態勢を取り戻した。しかし、スクルドはそれを予定通りと言わんばかりの笑顔で見守る。声を掛けられて、マリも遠くから眺めていたソラもやっと気づいた。
「よぉ、マリ」
「メグミ!? くぅ!!」
「マリ!」
鉤爪でマリは背中を切り裂かれる。フリョーズのアーマーは易々と貫かれ、鮮血が敵兵たちに降り注いだ。
「あは、あははは! 友達なんでしょ? あなたたちお得意の説得をして、映画の感動シーンのようにお涙ちょうだいしてみなよ。まぁ、あなたたちの実力じゃ、三流映画にすら及ばないけどね!」
スクルドはマリに狙いを絞り、挟み撃ちしようとする。が、クリスタルに狙撃をされて不機嫌となった。以前、クリスタルに撃墜されたことを根に持っているのだ。
「いたよ、いたいた。裏切り者め」
「このッ!」
クリスタルは以前と同じように一斉射撃を撃ち放ち、案の定防がれる。ゴーレムを盾にしてクリスタルの射撃を防いでいた。
「くッ」
「もう同じ手は喰らわないよ。まぐれで当てたのに、実力だと勘違いしてる痛い子ちゃん。そんな子には、相応の罰を与えないとね!」
スクルドが指を鳴らし、他のノルンが現われる。三体のノルンは、追加装甲のようなものを全身に施していた。対レギンレイヴ用の装甲であることは明らかだ。
「防御力を強化したよ」「この装甲はとても軽い。移動力すらも強化する」「つまり、重装甲になったから、遅くなるなんてことはない」
「くッ」
クリスタルは歯噛みして、レーザードローンを周囲に展開。肩部レーザーキャノンと脚部拡散ミサイルの照準を合わせて、チャージライフルを消失させた。
そして、古めかしいマスケット銃を取り出す。連発式のライフルだ。ペッパーボックスと同じように六つの銃身が円状に並んでいる。
「その程度じゃアレック流の銃撃を防げない!」
武具を劣化させる敵のルーンが刻まれたマスケットを、クリスタルはスクルドたちに穿つ。さしものスクルドたちも驚いた様子だったが、すぐにソラはそれが演技だと言うことに気付いた。闇属性の魔弾がクリスタルの元に降り注ぐ。
「暗黒の力を思い知ろうか」
「く、きらり!」
「ほら、あなたの大切なお友達だよ? さぁ、バンバン撃って傷付けちゃおう。キズモノにしちゃおう?」
きらりの妨害によって、本命であるフリントロックの銃弾の狙いが外れ命中することがなかった。クリスタルはきらりへの対応に追われてしまったので、ソラがスクルドたちと対峙する。
「どうしても戦うんですか!」
「うわ、以前にも増してクサくなって戻って来たね、ブリュンヒルデ!」
ソラの実力があがったことを予期したスクルドたちは、三機でソラに対応した。ソラは魔術剣士としての技能を発揮して、四大属性と魔動波を巧みに操る。
「私には炎」
長女であるウルズが笑みを浮かべて放射状の炎を避ける。
「私には氷」
次女のヴェルもまた、ソラの攻撃を予期して躱した。ソラはしかし気にも留めない。
「で、私が本命なんでしょ? まず魔動波を飛ばして――」
――スクルドを拘束する。魔動波は訓練を積んだ魔術剣士、もしくはシグルドリーヴァの観測眼帯でしか軌道を読むことができない。いくら未来が視えるノルンと言えども、攻撃が視えなければ回避は困難。見事に拘束されたスクルドだが、やはり顔には笑みが張り付いている。
「ふふ、わかってるよね?」
「わかってます!」
ソラはスクルド――ではなく、他の二体を迎撃する。直線的な考えでは、ノルンたちを出し抜くことなどできない。スクルドはあえて拘束されたのだ。彼女の掌で戦うことだけは避けなければ。空中機動を使って、ソラは二人のノルンと空戦を行う。
グラーネフォームの速度を生かし、騎兵槍でヴェルへと刺突。だが、これも紙一重で避けられる。狼形態へと変化したグラーネがウルズと交戦しているが、グラーネもたった一撃すら喰らわせることができない。
だが、これでいい。ソラはそう考えながら槍を振るう。ソラは今、マリの援護をしているのだ。マリが挟み撃ちにさえならなければそれでいい。
「――ってな感じのこと考えているようだけど、大丈夫なのかな? かなかな? だってさ、今からランスロット卿とガウェインおじちゃんが来るよ? ついでに――」
「私も出陣する」
と言って不意に出現したのは、敵の親玉であるはずのヴィンセントだった。茶髪に黒衣を身に纏い、右手には魔術的装飾が施された杖を持っている。
ソラの大好きな青空を背景に、敵の大将は不敵な笑みをみせた。
「アーサーはきちんと仕事を果たしている。ならば私も、それなりの成果を挙げるとしよう」
「嘘……ぐッ!?」
ソラは拘束から逃れたスクルドに蹴飛ばされた。ちっちっちっ、と人差し指を左右に振って彼女は笑う。
「余所見は厳禁、だよ?」
「ブリュンヒルデ。強くなったようだが……強さは勝利を確約するものではない」
と言いながらヴィンセントは杖を地上部隊に向ける。強力かつ凶悪な魔術の気配をソラは感じた。
危機感を抱いた相賀率いる航空部隊が彼の行動を制するために機銃を撃ち放って先手を打つ。
『させるか!』
「――それは私のセリフだ」
相賀の言葉を奪って銃撃を斬り落としたのは真紅の魔剣であるヘルヴァルド。好敵手の前触れもなしの出現に、相賀は苦り切った声を無線に乗せた。
『くそ! まずい!』
「私が相殺してみせるわ!」
神具を片手に名乗りを上げたのは、戦争の女神を再現するアテナだ。手には彼女最大の武装であるゼウスの雷霆が握られている。隣にはニケが駆け寄っていた。勝利の女神と戦争の女神の合わせ技を用いれば、いくらヴィンセントの攻撃と言えども、防ぐことができるはず。
アテナの宣言を聞いたヴィンセントはふむ、と杖に眼を写し、
「では、砲撃部隊を始末しよう」
と言って、あっさりと狙いを変えた。
「何!? あ、あれヤバそうだよジャンヌ! どうしよ!」
指揮官であるナポレオンが焦って副官であるジャンヌに助けを求める。焦燥のあまり口調すら素に戻っていた。やばいよナポちゃん! とジャンヌもジャンヌでまともに答えられない。
「まずい!」
ソラはヴィンセントに突撃しようとするが、行動を予期するノルンたちに阻まれる。遊撃隊であるはずのヴァルキリーチームはそれぞれが敵の妨害を受け、支援が困難な状況に陥っていた。
『どうにか……!』
『させるかってんだよぉ!』
さらに、狙撃をしようとしたヤイトにシャークがランチャーによる射撃を加える。流れ者の傭兵は既知の存在である少年に笑みをみせて、戦闘を開始した。
スクルドは連携すらとれなくなったヴァルハラ軍を見回して嘲笑する。
「あなたたち、バカすぎ。そんな寄せ集めで、ずっと昔から準備してきたノルンたちをどうにかできると思っていたの? 脳内お花畑にもほどがあるよ」
「だ、ダメ! みんなを殺させたりはしない!」
「ダメじゃない。絶対にするの」
グラーネフォームは機動力こそ優れているが、やはりノルンに対して効果的な攻撃を加えられない。一度ブリュンヒルデへと戻ったソラは、銀の剣と退魔剣を同時に抜き取る。二刀流で、手数を増やした連撃。初めてスクルドは防御してソラの斬撃に対応した。
「流石に全ては見切れないね。すごいよ、ソラちゃん! でもね、ヴィンセントのチャージは終わったみたいだよ。これぞまさにチェックメイト。将棋で言うなら詰み、だね」
「――ダメッ!!」
「吹き飛べ」
ソラが驚愕する上方で、ヴィンセントは特に感慨もなく大規模魔術を放つ。
砲撃部隊の絶叫が響き渡る――が、高密度の魔力弾は魔術によって難なく防がれた。
しかし、予想通りと言うばかりにヴィンセントは特段驚いた反応を起こさない。だが、ソラも、ヴァルハラ軍の軍勢も、防御を行った人物に瞠目していた。
「やっと出てきたな」
ヴィンセントの言葉を受けて、その人物は静かに応答する。
「……会いたかったぞ、ヴィンセント。殺したいほどにな」
『ヴァルキリーゲンドゥル、出力良好。標的をヴィンセントに設定。可及的速やかな抹殺を推奨します』
ヴィンセントの魔術を防いだのはフレイヤだった。自分用に創り上げた黄金色のヴァルキリーを装備して、仇敵であり家族であるはずのヴィンセントを見上げる。
「フレイヤ、さん!? どうして……!」
「あははは、出てきた、出てきた。ちなみにヴィンセントは、フレイヤをこの場に引っ張り出したかっただけでした。今のところ、ヴァルハラ軍はノルンたちの予想通りに動いてまぁす! どぉ? びっくりしたー?」
「ッ、させない!」
「させないをさせない!」
ソラを小馬鹿にしながら、ノルンたちはソラを弄ぶ。負けはしないが勝てもしない。運命の女神を相手に、ソラは苦戦を強いられている。魔術剣士の技も、運命の力には抗えないのか。
ヴァルキリーとヴァルハラ軍が敵部隊と激戦を繰り広げている上空で、フレイヤとヴィンセントは睨み合っていた。轟音が響き合う戦場の真ん中で、再会した家族は言葉を交わす。
「お前も憎んでいるだろう? この世界を。大切な家族を奪った人々を。……人間は愚かだ。そんな汚物が蔓延るこんな汚らしい世界は、滅んでしまっていいとは思わんか?」
フレイヤは即答する。静かな怒りを滾らせながら。
「いいや、思わん。私の家族が愛した世界だ。死者の想いを踏みにじり、破滅を引き起こそうとするとは。ヴィンセント、貴様は万死に値する」
「そのヴァルキリーは独自の調整済みのようだな。不殺ではなく必殺か、よろしい。……既知の間柄だ。本気の出さぬお前を殺すというのも、あまり気乗りしないのでな」
フレイヤは黄金色の剣を抜く。ヴィンセントは杖を構え直した。
両軍の総司令官が味方の命運を賭けて、死線に身を投じる。