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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
65/85

修行を終えて

「…………」

「マスターさん?」


 突然立ち止まったファナムに対して、ブリュンヒルデを身に纏うソラは問いかける。今は今まで培った修行のおさらいをしている最中だった。


「さんはいらん。続けるぞ」


 そう言ってファナムは剣を構える。ソラも剣を握り絞めて、純粋な剣技のみで師と戦う。

 何千年も使われてきた修練場に、剣戟が響き渡る。魔術剣士の基本は躍動感のある剣術だった。

 人間の剣技は魔術剣士に言わせれば、ゆっくりとしたものだ。速度も火力も、人間のそれは魔術剣士に遠く及ばない。

 無論、それ自体が劣っているという意味ではない。しかし魔術剣士には不要なものだ。もっと柔軟に、素早く、あらゆる技を持って敵を討ち果たす。それが魔術剣士の剣術だ。


「この地球そのものが魔術剣士の味方だ。さらにお前は死者の想いすら味方につけている。全力を出せ。全力で敵を倒せ。それこそがお前が目指すべき道だ」

「全力で、敵を、ッと!」


 ファナムはステップを踏んでソラの懐へ踏み込んできた。ソラは剣で師の剣を受け止めつばぜり合いとなる。


「お前は常に手加減をしている。躊躇するな。殺さぬと決めたのなら、全力で敵を殺さねばいい」

「そ、そんな、つもりは、うわッ!」


 空いた左手から放たれた魔動波で、ソラは吹き飛ばされてしまう。ソラは空中で体勢を取り直し、地面へ着地。回転で勢いをつけながら横切りを見舞う。そして、防がれた瞬間にその反動を利用して逆回転からの斬撃。ファナムは満足げな表情でソラの剣を防御した。


「そうだ、それでいい。身体をよく使え。様々な力を受け流し、己のものとしろ」

「はい、マスター!」


 ファナムによる横切りを予期して、ソラは宙返り。空気を踏んで、飛び斬りを放った。


「あらゆる物質は、魔術剣士にとっての足場と成り得る。常識に縛られるな。柔軟な発想で、使えそうな物を利用しろ」


 ソラは剣に炎を纏わせて、範囲を設定。炎の斬撃による空間爆発を引き起こした。それをファナムは斬撃で防ぎ、剣を投擲。ソラはそれを弾くが、剣の柄にはマーキングが施してあった。弾かれた剣の先にファナムは瞬間移動して、風の上を駆けながらソラに剣を振るう。

 ソラは動じずに魔動波で剣を掴み取って止める。初めて見た技なので、多少の驚きはあったが。


「……今の技、何です?」

「滅多に使う機会はないが、こういう技も使えることを覚えておけ」

「わかりました!」


 威勢よく返事をした瞬間、ファナムが魔動波を使って剣の拘束を破壊。雷を飛ばしながらソラに接近してくる。今ソラが使っている剣は退魔剣ではないため、魔術を撃ち消すことができない。ゆえに、雷を弾きながら肉薄。再び斬り合いとなった。

 だが、やはり師であるファナムの方が技量は上だ。剣が弾かれ、飛ばされてしまう。ソラは咄嗟に氷結魔術を使って、氷の剣を創り出し次撃を防いだ。


「そうだ。非常事態には自分で武器を創り出せ。お前にはオーロラドライブ、無限に近い魔力があるのだ。利用しない手はない」

「はい!」


 とはいえ、即席の剣ではやはり斬り壊されてしまう。ソラは後方の木に突き刺さっている剣へ手を向けて、魔動波で取り戻そうと考えた。しかし、ファナムによる魔動波の上書きでキャンセルされてしまう。首元に剣が突きつけられてう、と敗北の声を漏らした。


「甘いぞ。今は風を用いるべき場面だった。風で剣を誘導させ、自身は眼前の敵に集中するべきだった」

「ごめんなさい……」

「これが正規の修行だったら喝を入れたのだがな。生憎、時間がない。怒る時間すら惜しい。続けるぞ」


 ファナムは剣を構え直し、ソラも導師に倣う。マスターの言う通り、一刻の猶予も残されていない。ソラは剣を握り直し、魔術剣士の戦い方を復習し続けた。



 修行を終えると、ソラはファナムと共に家へと戻り、休息を取った。修行を始めてからしばらくは訓練後すぐに眠りこけていたが、今のソラの体力ならいつも通りの生活を過ごすことができる。これもまた修行の成果だった。体力が上がっただけではなく、身体の回復力も上昇している。自然や周囲に散らばる魔力と同調したため、様々な恩恵を受けられるようになっていた。

 暖炉の灯りを見つめながら、ソラはソファーに座っていた。手には紅茶入りカップ。ファナムも椅子に座って剣を膝の上に置いていた。


「……今の私なら、メグミときらりさんを取り戻せるかな」

「そんな考えでは無理だ。絶対に取り戻すのだ。そうだろう?」


 曖昧な考えをファナムはきっぱりと否定して、剣の手入れを始める。ルーンが刻まれた剣だ。ファナムもまたルーン魔術に長けている。ファナムはクリスタルの師であるアレックに、ルーンの扱い方を教えたこともあるのだという。

 武器を扱う上で、ルーンを用いるのは魔術剣士や魔術銃士にとって常識らしい。ゆえに、ソラもほんの少しだけルーンというものがどんなものなのかを学んだ。未だに全てを諳んじるのは難しいし、ルーン文字の解読も無理だが。


「そうですね。取り戻すんです、友達を」

「そして、他の連中も救う。……尋常な精神では不可能だ。ソラ、お前は世界を変えるつもりで戦え」

「世界を、変える……? そんなことをするつもりは」

「なくてもやれ。お前のしようとしていることはそれほどのことだ。歴史を変える、世界を変える、運命を変える。恐れを知らない者として、世界の命運を変え破滅から救うのだ。それは今のお前しかできないことだ。……ヴィンセントのことだ、生半可な攻撃や戦法では打ち破れない奇策を取ってくるだろう。今の不殺戦略も奴はとうの昔に予想済みのはずだ。人を殺さぬのならば、奴の予想を超える方法を用いなければならない」

「そんなこと、できるのでしょうか」


 ソラは弱音を吐いて、手に持つカップへ顔を俯かせる。自分の顔が水面に映っている。一瞬、自分の座るソファーの横にセレネがいたような気がしたが、気のせいだった。


「弱音を吐くな。お前は既に方法を手に入れている。絶大な力をな。お前にはみんながついている。後はお前の意志の問題だ」

「意志、ですか」


 ソラが顔を上げると、ファナムは剣にルーンを刻む終えたらしい。ついて来い、と言って外に出る。

 ソラは紅茶を一気飲みしてファナムに言われた通りにする。空には満点の星空が広がっている。綺麗なお月様も。


「綺麗……」

「セレネはこの景色が大好きだった。……比較する訳ではないが、お前もそうなんだろう?」

「はい、綺麗です。綺麗なものが嫌いな人はいませんよ」


 特別好きかどうかはさておいて、綺麗な景色が大っ嫌いだ、などと広言する人はほとんどいない。だから、みんな地球が大好きで取り合った。戦争をした。地球があんまりにも綺麗だから、独占したかったのだ。

 共有できれば良かったのに、と思わずにいられない。実際には様々な理由があって戦争をしているが、その根源はとてもシンプルなのだ。人を守りたい、生活を安定させたい、豊かな暮らしをしたい。そんな温かい気持ちから始まって、血みどろの殺戮を繰り返してしまう。

 原初の気持ちを皆一様に忘れてしまう。それが人の仕組みであり歴史だ。


「この景色を忘れるな。魔術剣士は皆、この景色を見て育った。中には、裏切った者もいる。志半ばで死んでしまった者もいる。だが、如何に心乱され、嘆くこと、怒ることがあろうとも、俺たちは魔術剣士。人を守り、導き、他者のための剣となり、世界のために剣を執るのだ。例え、間違いが繰り返されようとも」

「はい。――あ、オーロラ」


 季節はもう冬なので、オーロラが視えても不思議ではない。だとしても、驚きを隠せなかった。

 幻想的に空が彩られている。この光景を忘れるな、などと言われなくとも心の中に刻まれた。何が起きても、ソラはこの景色に帰って来れる。原初の気持ちを忘れないでいれる。

 ソラの感激する様子を見て、ファナムは微笑んだ。そして、手に持っていた剣を差し出す。


「これが晴れて魔術剣士となった証だ。受け取れ」

「え? いいんですか?」

「いいとも。なぜダメなのだ。期間は短かったが、お前は立派な魔術剣士になってみせた。未熟な部分も多いが、それはこれから学べばいい」


 ソラは銀色の剣を受け取った。敵のルーンが記された銀素材の剣は、魔術を乱す効果があるが、きちんと調整すれば術者の魔術だけに円滑な作用をする剣となる。

 この剣はソラのためにファナムが用意した剣だった。ソラは嬉しさを隠しきれず、興奮した状態で剣を手に取って抜く。

 オーロラが反射して、剣が幻想的な輝きを放っていた。


「すごい……。まるで、私の身体の一部のように」

「もうその剣はお前の身体そのものだ。大事にしろ。代わりは創ってやれないからな」

「もちろんです! きちんと手入れします!」


 ソラは剣を鞘に仕舞い、ファナムに笑みを見せる。そして、当然のように二の句を継いだ。


「まだまだ鍛えてくださいね、マスター!」

「……、そうだな」


 ファナムの顔が陰る。どうしたんです? とソラは訊き返す。


「フレイヤさんのところに来てくれるんでしょう? みんな、あなたのこと待ってますよ。メローラさんやアテナさん、モルドレッドさんも」

「わかってる。ちゃんとフレイヤの元に行く」


 ソラはその答えを聞いて安心し、再び空見を始める。オーロラがヴェールのように夜空を包んで、散りばめられる星と月がより美しく、綺麗に見えていた。

 そんな彼女を見つめながら、ファナムは全てをやり遂げた表情をしていた。

 無知だったソラは知らない。北欧神話においてフレイヤの元に行く、という言い回しは、死にに行くのと同義だということを。



 ※※※



「あー! ナポちゃん!」

「おぉ、ジャンヌか! ふはは、我輩は神を味方につけている!!」


 ヴァルハラ宮殿の広間では、豪快に笑うナポレオンとジャンヌが抱擁を交わし、再会を喜んでいる。その姿を見てミシュエルはやっぱり、と嘆息した。


「どちらもフランスの英雄で、自己愛主義者。類は友を呼ぶ、とはまさにこのこと」

「ナポちゃんはね、フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトを再現した近代魔術の使い手で、優秀な支援魔術師なの! これであなたも戦力強化されるわよ!」

「……私が?」


 ジャンヌに嬉々として言われ、ミシュエルが首をかしげる。横に立つツウリはムッとした表情でそっぽを向いていた。

 理解できない彼女に、ナポレオンはふんぞり返って告げる。


「我輩は砲術指揮官ゆえな、砲撃の錬金術師である貴君を支援してやろう! 我輩直々のご使命だ、昇天するほどに嬉しかろう! ふはははは」

「いいえ、全然」

「何? 人生で一番うれしい瞬間だったと? そうとも、我輩に出会えたこと自体が奇跡であり神の御業なのだ。我輩は世界の救世主だからな!」

「人の話を聞いてくれない……」


 どうやら何を言っても彼女の中で都合の良い様に改変されてしまうようだ。ミシュエルは呆れたが、心強くもあった。支援魔術師が増えれば増えるほど、ヴァルハラ軍の戦闘力はプラスされる。メローラが考えていた通り、これからは支援魔術師の時代だった。

 彼女は父親に出し抜かれたとして気落ちしていたが、確かに先見の明があったのだ。


「しかし、また鬱陶しい奴が出てきたな」


 広間に響き渡った大声につられてドルイドのリュースが現われる。彼女は眉を顰めてナポレオンを自称する少女を見つめた。


「史実再現として問題ないのか? どう見たって女じゃないか」

「モルドレッドがいると聞いたぞ? 奴は女になっていると言うではないか。何の不都合があるというのだ? 知らぬのか、皆の者たち。我輩の辞書に不可能という――」

「ふん、だから見事に負けちまったんだろ」


 ナポレオンの有名なセリフを中途半端に聞いて、ツウリが素っ気なく言う。だが、ナポレオンは難聴という素晴らしい技能を用いて、ツウリの言葉を無視した。


「言葉はない! それに、愚者は過去を語るとも言う!」

「あ、やっぱり聞こえてはいたんだ」

「我輩が来たからには、ヴァルハラ軍の勝利は約束される! 我輩を褒めよ、崇めよ、讃えよ! ぬははは!」

「また男装趣味の変態が増えちゃったみたいね。全く、ここには私以外キチガイしかいないわね!」


 はきはきとした調子でカリカが言う。全員に睨まれたが彼女は図太く、恋もできない女なんて生きた化石よ、天然記念物よ! などと言っている。

 そこでミシュエルはもはや隠す気もなく、自分のお気に入りであるソラへの想いを言い放った。


「私はソラちゃんに恋してるよ。ソラちゃん、可愛いもの」

「あのバカのどこがいいのかしら。クリスタルも八年も片想い中だし! 同性愛を否定する気はないけれど、やっぱり男との恋愛はいいものよ!」

「私はいつも疑問なんだが、本当にお前らは付き合ってるのか?」


 召使のように侍るケランを見つめながら、リュースが訊ねる。当然でしょ! とカリカは胸を張るが、ケランはぎこちない笑みをみせていた。女性は見た目だけではない、とカリカを通じて学んでいるのかもしれない。


「後一か月ぐらいか」

「ん? どういう意味よ、リュース! わかっているわ、僻んでるんでしょう! そんな腐りきった根性をしてると彼岸花に変えちゃうわよ?」

「よせ、よせ! 杖を無闇やたらと人に向けるな!」

「……カリカ、ちょっといい」


 カリカの杖を見てドルイドの変身魔術について想いを馳せたミシュエルが、ふと思い立って訊く。何よ? とカリカは訊き返し、ミシュエルは突発的アイデアを躊躇うことなく口にした。


「それって性別変更できるの?」

「っ!?」


 驚愕が一同に伝播する。この年若い錬金術師が何を考えているかわかったからだ。

 まず最初に声を荒げたのはツウリだった。止めろよ! と大声で叫ぶ。


「一体何をする気だよ! ミシュエル!」

「え? ソラちゃんを男の子にしちゃおうかなって」

「そっちかよ! ダメだろ!」


 ツウリの突っ込み。ミシュエルはきょとんとして、困惑するみんなを見回した。


「どうして? 何がいけないの?」

「ダメなもんはダメだ!」


 ツウリが叫ぶが、ミシュエルは純粋な眼で訊き返した。


「どうして? 何でダメなの? 理由を教えてよ」

「え、う、それは……」


 ツウリが言葉に詰まる。全員が目配せをしていた。ダメだ、とは言える。が具体的になぜダメなのか、とは誰も言えない。単純にソラの意志を尊重しなければダメだ、と誰かが思いつけばいいのだが、もはや誰もソラの意志など気にしていなかった。ちょうどそのころ、ファナムと共にブレックファストを楽しんでいたソラが寒気を感じたのは言うまでもない。


「問題ないでしょ? だって、魔術を使えば安全に性別変更できる。手術のリスクを冒さずに、性転換することができる。嫌だったらいつでも戻れるし、少し試すだけなら問題ないでしょ?」

「……ま、まぁ確かにそうかもね」

「いいのか? いいのかもしれないのか? これは」


 ジャンヌとリュースが困り切った顔で呟く。ミシュエルはなかなかの頑固者であり、こうと決めたら頑として譲らない。それを知っているツウリは、ため息を吐いて、ちょっとだけだぞ、折れた父親のような発言をした。


「やっぱりツウリは私の親友。私のしたいことをいつも赦してくれる」

「まぁ、あなたがいいならそれでいいわ! じゃあ、ソラが帰ってきたらさっそく――」

「あなたたち! 一体何の話をしているの!」

「クリスタル」


 遠くで話を聞いつけたらしいクリスタルが、憤慨した様子で歩いてきた。カリカは平然とした顔つきでミシュエルの提案を口に出す。


「あなたの愛しいソラを男の子にするって話よ! 何か不満でも?」

「大ありよ! というかそもそも私とソラはそういう関係じゃない! 人の親友の性別を勝手に変えようだなんて……! それに、ソラの同意は得たの?」

「あ、忘れてた」

「一番忘れちゃいけないところ! 全く」


 クリスタルはまるでソラの保護者役のように怒って回る。ミシュエルたちは委縮して、項垂れた。


「ソラは繊細なのよ? 大切に扱わないとすぐ泣き出しちゃうんだから」

「……それは、昔のソラちゃん。今のソラちゃんは違う。とっても優しいし、たぶん私が頼めば男の子にもなってくれる」


 物知り顔で語るクリスタルに反抗して、ミシュエルは自分の知り得るソラ像を話した。すると、クリスタルが不機嫌になる。周囲の人間は全員がほぼ同時に肩をすくめた。やれやれ、またかと。

 二人のソラ論がヒートアップする前にリュースが先手を打ち、二人の感心を逸らした。


「はい待った! なぁ、ソラは今何をしてると思う? もう修行に出てから結構時間が経ったよな?」

「と宿り木回収は言うけど、普通の魔術師の修行に比べたら、こんな短期間じゃ修行したうちに入らないわよ」


 カリカが少し嫌そうな顔をして呟く。その気持ちもまた、全員が共有できるものだ。修行は大切であるが、非常に面倒くさいのだ。飛ばせるものなら飛ばしたい、という想いは魔術師であれば誰でも一度はもったことのある想いだろう。

 しかし、修行で養えるのは技量だけではなく、忍耐力や精神力もだ。技術だけが如何に優れていても、そういった面が成長してなければ最高の魔術師ではない。心技体の内、重要なのは心なのだ。


「あのバカのことだから、どうせ強くなって帰ってくるわ」


 タオルを肩にかけたマリが近づいてくる。入浴してリラックスしたようだ。ジャンヌ以外の皆が、それなりの驚きをみせる。マリの髪が紫色に変化していた。

 マリ自身はその反応を訝ることもなく平然と答える。


「ああ、これね。あなたたちと同じようなものよ」

「動じないのね。初めて髪の毛と色彩が変わった時って、結構びっくりするものなのに」

「アホみたいに慄くバカどもを間近で見てたしね。クリスタル、あなたは何か連絡貰ってないの?」


 マリが期待の眼差しをクリスタルに向ける。ミシュエルも幾ばくかの期待を寄せたが、クリスタルは首を横に振った。セキュリティ上の問題で、無用な連絡は原則禁止である。下手に通信をすれば、ソラやヴァルハラ宮殿の位置が特定されてしまう恐れがある。


「そろそろ帰ってきてもいい頃だとは思うんだけど……」

「そうね。アーサーとヴィンセントもそろそろ動き出す頃合い。あのバカには期待してるし、早く帰ってきてもらわないと」

「……ソラに頼る気?」

「共に戦うならあてにしたい。ソラの強さを知ってるでしょ? メグミを取り返すためにはあの子の力が必要不可欠なの。もちろん、こっちも努力は怠らないけどね」

「……そうね。ソラは仲間だもの」


 クリスタルはもやもやしたものが吹き飛んだように身を引いた。その話を聞いて、再びミシュエルの脳内にアイデアが降ってくる。


「そっか、私が活躍すれば、ソラちゃんも喜んでくれる。そしたら、私のお願いを聞いてくれるかも」

「あなたね……。だから」

「ソラちゃんは優しいもの。よし、訓練をしよう。ナポレオン、連携するんでしょ、手伝って。ツウリも」

「ええ? 私はやだなぁ……。って、待てよ、ミシュエル!」


 ミシュエルはなははは、と無駄に高笑いをするナポレオンと不機嫌なツウリを連れて訓練場へと赴いた。やる気を出してしまった以上、クリスタルは彼女の行動を止めることができない。残った者たちもそれぞれの想いを胸に秘め、自分のやるべきことをするために戻っていった。



 ※※※



「よし、準備終わり! じゃあ、行きましょう!」

「……そうだな」


 帰宅準備を整えたソラは、ファナムを連れて転移した地点へと移動しようとしていた。魔術剣士の聖域内では転移魔術を使うことができない。ゆえに、少し離れた場所に転移しなければならないのだ。

 だが、ファナムはあまり乗り気ではない。どうしてだろう? とソラは首を傾げる。


「もしかして、メローラさんたちのことをまだ……」

「そうではない。生意気な奴らだが、認めている。問題はアーサーだ」


 ファナムは何かを警戒し、付いて来てくれない。なおさらソラは理解できなかった。アーサーが危険だと言うのなら、さっさとヴァルハラ宮殿に転移するべきだと思うのだが……。


「だったら早く行きましょうよ、マスター!」

「……いや、ダメだ。ひとりで行け。俺は後で追いつく」

「どうしてですか!?」

「――既に私がここにいるからだ」


 声を掛けられて、ソラは初めて気付いた。ファナムも感じ取れてなかったらしく、ほんの僅かに目を見開く。

 アーサーは甲冑と豪奢な赤いマントを身に纏い、貴族のような立ち振る舞いで木々の間を歩んでくる。


「薄々勘付いていたが、ここまで接近してるとは思わなかった。そんな顔だな、マスター」

「ここまで強くなっているとは予想外だったな」

「嘘を吐くな、マスター。弟子は師を超えるもの。お前のことだ、とうに予測済みだっただろう。だからブリュンヒルデに希望を託した。相変わらず、肝心な時に無力な男だ」


 師をバカにされソラが反論しようとしたが、ファナムが手で制した。臆することなく彼はアーサーに言い返す。


「否定はせんよ。俺の人生は過ちの連続だった。お前の存在も俺の罪の一つだ。だが、弟子たちに罪はない。今まで犯した過ちを、清算するべき時がきたようだ」

「威勢がいいな。そうとも、お前には保険がある。……青木ソラ。私はお前を知ってるぞ。お前の人生を崩壊させた戦争は、私がゴディアックに指示したものだ。つまり、全ての元凶は私にある。どうだ? 復讐してみないか」


 安易な勧誘だった。恐らく、無意味だとアーサー自身が知っているのだろう。

 ソラは当然のように回答をする。彼らの期待通りに。


「しませんよ、復讐なんて。その手には乗りません」

「だろうな。惜しい。お前が復讐者なら、生かしておいたものを。復讐者は都合の良い道具だ。お前の親友の滝中メグミもなかなかの逸材だ。彼女は復讐心に囚われて、自分が操られていることにすら気付いていない」

「……」

「動じぬか。ファナムに随分と鍛えられたようだな。しかし、ファナムを殺せばどうだ?」

「させませんよ、そんなこと」

「そうかな。我らがマスターは最初から死ぬつもりのようだが」


 アーサーは酷薄な笑みを浮かべながら言う。彼を警戒しながらもソラがファナムが見ると、彼は肯定とも否定とも取れない複雑な表情をしていた。

 マスター? と問いかける。ファナムは応えずに剣を執った。


「自らがまさっていると知りながら、部下を連れてきたのかアーサー。狡猾な男だ」

「私はどのような相手に対しても全力で応じる所存だ。だが、安心しろ。彼らはソラの実力を測るために連れてきたにすぎん。お前を殺すのは私だ、マスター」

「ならば俺もお前を殺すとしよう、バカ弟子が!」


 ファナムとアーサーは同時に剣を抜き、消えた。すぐさま、少し離れた場所で剣戟の音が響き渡る。二人の斬り合いに加勢しようとしたソラだが、アーサーが連れてきた下級騎士達に阻まれてすぐには近づけない。

 ソラはブリュンヒルデを身に纏い、ファナムから貰った銀の剣を握りしめた。魔術剣士用に調整された剣で、行く手を阻む敵へ勇む。


「退いて!」


 ソラは剣の強度を向上させて、前に立つ騎士の武装だけを破壊する。武器を失った敵は戦意を喪失し、怯えて後ずさった。そこへアーサーがファナムとの攻防の合間に、ナイフを投擲する。ナイフは脅える騎士の頭に突き刺さり、くぐもった断末魔を上げて騎士が絶命した。


「……ッ!」


 敵を生かしても、敵に殺されてしまう。ソラは歯噛みしながらも、次に邪魔をする敵の武装を破壊しようとする。

 強化型アサルトライフルを構えて並列射撃をしようとする敵の一団に、ソラは手を翳す。銃の中身を凍らせて一気に発射不能とした。だが、やはりそこにもアーサーは光の斬撃を飛ばして、敵兵士たちを抹殺しようとする。


「いけないッ!」


 ソラは兵士たちと閃光の間に割って入り、兵士を救う。だが、彼らが恩義を感じるはずもなく、ソラに向けてナイフを振りかざしてきた。ソラは魔動波を使って刃向かう者たちを吹き飛ばす。奇妙で困難な戦いを強いられている。

 このままでは、ソラはファナムの援護に行けない。別フォームへの切り替えを思考に乗せたソラだが、


「何をしている、行け!」


 ファナムはアーサーと剣を交差させつつソラへ叫んだ。嫌です! とソラも叫び返す。


「あなたを置いていけません!」

「自分の重要性を思い出せ! お前はヴァルハラ軍を導かねばならん!」

「とマスターはおっしゃっているが、如何にする?」


 アーサーは笑みを湛えながら、ファナムの左腕を斬りつけた。ぐ、と小さな呻きを漏らしながらもファナムは反撃に転じる。魔動波でアーサーを後退させて、彼に火炎放射を浴びせた。


「行け! ソラ! お前は世界の希望だ!」

「で、でもマスター! くッ!」


 騎士たちがソラの邪魔立てをする。邪魔をしないで、と怒鳴りながら、ソラは敵の剣と銃を剣で斬り落とした。そして、地面を隆起させ、彼らの足部を拘束する。が、ファナムの元に駆け寄ろうとしたソラに彼らは抱き着いて、動きを止めてきた。


「放して!」

「我らの王に栄光あれ! 永遠に続く祝福あれ!」


 そして、騎士たちは自爆する。咄嗟に防護魔術を展開したソラだが、やはり直に爆発を喰らえばただでは済まない。

 怪我を負ってしまった。左腕が血だらけで、自然治癒を獲得した今のソラでも回復に時間が掛かる。


「その怪我では加勢も難しそうだ。己の無力さを思い知るんだな」

「今のお前では勝てん。人々を守るのがお前の使命だ! 俺を守ることじゃない!」

「でも、私はあなたも救いたい――!」


 ファナムはアーサーと鍔迫り合いになり、振りかえって笑った。


「案ずるな、ソラ。俺はもう救われている」

「では、この世に未練はないな」


 エクスカリバーがファナムの脇腹に突き刺さる。ソラが悲鳴を上げて、視界が真っ白になった。


「マスター!!」

「行け、お前は世界を救うのだ。魔術剣士として、平和を夢見る、ひとりの少女として」


 ファナムが結界を解除したため、ノアが強制的にソラを送還する。ソラはマスターを呼びながら、ヴァルハラ宮殿へと転移させられた。



 ※※※


 ソラが去ってからも、ファナムはまだ生きていた。日光が差す森の中、アーサーはファナムの脇腹に剣を突き立てながら、余裕の表情で話し始める。


「……お前はいい師だった、マスター。お前が良い師であればあるほど、弟子である私も強くなる。おかげで、私も導師となり弟子を取った。私なりの解釈で魔術剣士を継いだ」

「まさかお前がオフィビムの遺志を継ごうとは思ってもなかった。奴は、聖地エルサレムを手にして世界を支配しようとした愚か者だ」

「それでも何もしないお前よりはマシだったぞ、マスター」


 血反吐を吐きながら、ファナムはアーサーを睨み付ける。全盛期だったらもう少し粘ることができただろうが、今のファナムではアーサーに及ばない。

 老いとは恐ろしいな、とつくづく思う。不老の術を手にしても、精神的、技術的老化は避けられない。


「マシは所詮マシだろう。奴もくそ野郎には変わりない」

「それでも現状よりは良い。人は救いを求めている。私が彼らを救う救世主になってやろうというのだ」

「そんなことをしても無駄だ。彼らを救うことなどできない。彼らは既に救われているからだ。救われている存在を、もう一度救うことなどできない」

「見解の相違だな」

「そうだ、いつもそうだった……。バカ弟子め。人の意見はバラバラだ。それでいいのだ。違いを許容しろ。全ての人間の意思を統一してはならない」


 アーサーは剣をねじる。ファナムが苦悶の声を漏らした。


「例え傀儡でも、生きている方が良いだろう。意志など人には不要なものだ。彼らの意志を剥奪し、私が楽園へと彼らを導く」

「……子どもたちに殺されることになってもか。そのような考えでは破滅するぞ」

「無論だ。破滅を恐れて虐殺などできん」


 アーサーが覚悟を口にすると、ファナムもまた意を決して剣を動かした。アーサーの左胸、心臓目がけて剣を突く。アーサーは一瞬驚愕に顔を染めて、すぐに笑みを浮かべた。


「殺す程度では、死なん」

「……ッ!」


 ファナムは傷付いた左手でアーサーの腰に提げられる鞘へ手を伸ばす。だが、後一歩と言うところでエクスカリバーに身体を切り裂かれた。大量の血が地面とアーサーの甲冑を濡らす。


「おぉ……ッ!」

「無駄だと知れ、マスター。永遠の眠りにつくがいい」

「……鞘のおかげだぞ……アーサー」


 あらゆる内臓を裂かれたファナムは恨み言を呟いて、崩れ落ちる。だが、その表情はとても安らかなものだった。

 何の憂いもない。若者に希望は託された。ならば、老人は死に逝いて、消えるだけだ。

 アーサーは師の亡骸を一瞥した後、剣を抜き捨て兵士を率いてソラが転移した場所へ移動する。

 そして、何もない空間に手を伸ばし光を掴み取った。満足げにほくそ笑む。


「最後の断片を入手した。これより攻撃を仕掛けるぞ」


 アーサーは、座標が記された光の欠片を握りつぶした。

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