戦支度
戦闘機の編隊が、大空を駆けている。どれも魔術的改造を加えられたペガサスの発展機、ペガサスⅡだ。
雲を裂きながら飛行を続けていると、敵機の部隊を捕捉。そのまま空戦へと移行する。
「各機、柔軟な発想で交戦しろ。旧来の戦闘術に縛られるな」
『は、はい! うわッ!』
不慣れなパイロットたちからは悲鳴が飛ぶ。相賀の指示を忘れ、旧来のドッグファイトに興じる者も何名か混ざっていた。
しかし、相手は訓練が徹底されている。敵の戦闘機は機体全体に障壁を張ってこちらの銃撃を防ぐと、突然前方から消失。相賀の後ろへと転移した。
そのため、相賀は機体上部に設置されている可動式レールガンを稼働させ、敵機を狙う。レールガンを使って敵の障壁ごと射抜いた。
『うわッ、相賀大尉! 助けてください! 後ろに!』
「落ち着け。テレポートしろ。ペガサスⅡの性能を思い出せ」
『了解しました!』
パイロットたちのほとんどがペガサスⅡの使い方をマスターできていない。対応策がそこにあるのに、存在しないものとして見落としてしまう。下手に戦闘機の操縦方法を習っていると、昔の癖に引っ張られてしまうのだ。ベテランのパイロットほどその傾向が強い。下手に事前知識がない新米の方が、順応速度は早かった。
「お前らならできるはずだぞ? これよりももっと難しいのを操縦してたんだ」
相賀は喝を入れる。ペガサスⅡは魔術の補助とノアが操縦システムと構築したOSで操作性が格段に上がっている。子どもや未経験者でも順応できれば使いこなせる。戦闘機が、子どもでも撃てる銃と同じくらいへ敷居が下がったのだ。
(もっとも、子どもに使わせる気はないがな)
そんなことを考えながら、パニックを起こした部下を援護する。特にトラブルなく撃墜。敵機の一団を破壊しつくしたところで、ノアが無線で呼びかけた。
『シミュレーションを終了します。お疲れ様でした』
魔術とVRを使って行われる戦闘シミュレーションが終了した。彼女曰く、死の痛みまで再現できるらしいのだが、相賀は丁重にお断りした。そんなものは一度経験するだけで十分だ。
『あまり芳しくありませんね。もう少し、慣れていただかないと』
「彼らなりに頑張っているんだがな。今までの経験がほとんど役に立たないとなると、やはり厳しいだろ」
戦闘機という体ではあるが、やっていることはトンデモSFの航空戦と同じだ。バリアを剥がさなければ敵にダメージを与えられないし、後ろを取られても転移できる。ケツを取った、と思った瞬間には自分のケツが取られてるなど当たり前だ。
さらに光学迷彩を使って放たれる視えない弾丸や砲弾、ミサイル。今まで必死に追いかけていた敵が実は幻影だった、なんてこともざらだ。近接武器を装備して、斬撃を喰らわせてくる機体もいる。
「柔軟な対応力が必要だ。俺のコレクションでも貸すか?」
「ケラフィス。……SF映画はあるか?」
「残念だな。俺はスパイ映画しか見ない」
「空戦のどこにスパイ要素があるんだよ」
相賀は呆れる。ケラフィスは休憩のついでに相賀たちの訓練を観戦していたようだ。
隊員たちの訓練模様を見て、彼も難色を示している。
「敵が戦闘機だけだったら今のままでも何とかなるだろうが、実際にはより小さな人間サイズの魔術師とも戦闘しなくちゃいけない。大丈夫か、この調子で」
「やるしかないだろう、無理でも。今は背水の陣だ。戦わなければ殺される。しかし」
「殺しても殺される。これがこの戦争における最大の難点だな」
人を生かすことは殺すよりもはるかに難しい。それを優秀な人間以外にも強いらなければならないのだ。
向こうは勝っても負けてもいい。誰かが死ねばそれでいい。生贄には、どちらの所属であるかなど些末な問題だ。死は平等に扱われる。彼らはいつでも原初の本に辿りつけるが、邪魔をされると困るからこちらと戦争をしているのだ。戦争になった時点で最初から負けていたようなものだ。
しかし、勝つことは無理でも引き分けぐらいには持って行く。高望みはせずに、今できることをする。それがこの戦争に勝利するための秘策だった。破滅さえ避けられれば最低条件はクリアだ。例え、傍から見れば敗北だったとしても。
「とにかく、死ななければそれでいい。彼らが失敗を重ねる分、俺たちがカバーすりゃいいだけの話だ」
「そうだな」
ケラフィスの考えに同意した後、相賀はマニュアルの熟読を部下に指示して休憩を取った。
部屋に帰り、一番初めに目につく天音の写真を一瞥する。
「お前がいてくれれば助かったんだがな」
彼女ほど優れた副隊長を相賀は知らない。彼女の妹であるマリは天音とは性格が違うし、そもそも姉妹の比較をする気もさらさらなかった。
現状、同じ目的を持つ者たちが集うヴァルハラ軍だが、関係性はいいとは言えない。今まで戦争を繰り広げていた相手と仲良くしろ、と突然言われても戸惑いを隠せない者も多い。
無論、味方に危害を加える恐れのある者は隔離してある。この場にいて訓練を受ける者は心理適性をパスした者たちだ。
とはいえ、やはり協調性に不安が残る。航空部隊が魔術師に援護を要請した時、彼らは本当に応えてくれるのか。
「敵の思うつぼ、か」
相賀は戒めるように呟いた。そうやって不信感を煽るのが敵のやり口である。敵を倒すのに、直接的な手段を取る必要はない。内側から瓦解させたところを一気に攻め入ればいいのだ。
例え戦力が少なくとも、内部抗争を引き起こせればあっという間に掌握できる。リスクも少なく旨みが多い。さらに、今回に至っては敵自体が強大である。直接的な手段でも十分倒せるところに、この戦略。油断すると、一瞬で全滅させられかねない。
「お前ならどうするんだ、天音」
と問いかけてみたものの、返事はないし、答えも知っている。
話し合えばいい、わかり合えばいいのだ。例え難しくても。不可能と言って諦めることは簡単だ。しかし、それはつまり世界の破滅を意味している。どれだけ困難でも諦めるわけにはいかない。
「しかしな。俺の言葉にはあまり説得力がないよなぁ」
苦笑しながら天音に語りかける。
相賀は天音の復讐をしようとしている最中である。そんな男に、かつての敵と手を取り合えなどと言われて彼らが納得してくれるかどうか。
――とにかく、やってみる。それが一番です。やらずに後悔より、やって後悔! その方が例え失敗したとしても、ダメージが少ないですよ。
「……そうだな」
過去の幻影が放った言葉に頷いて、相賀は部屋を立つ。ペガサスⅡの戦術見直しのため、格納庫へと戻っていった。
※※※
「フリョーズが現われたそうだ。如何にする?」
「なぜ私に訊く」
浮き島の端で黄昏ていたヘルヴァルドは、問いを投げるランスロットを睨み付けた。
ランスロットは笑いながら、勝手に話を進める。
「かつてお前が殺した相手だ。此度もまた、お前が殺すのではないか、と思ってな」
「……なぜ私が殺さねばならない」
「そういう運命ゆえ、な」
ランスロットはヘルヴァルドの隣に並んで、不快な視線を彼女に注ぐ。ヘルヴァルドは忌々しそうな顔つきとなると、魔剣の柄に手を乗せた。
「果たすべき任務があるだろう。さっさと行け」
「向こうはお前に執着しているはずだ、ヘルヴァルド。運命からは逃れられん、と常々言っているそうではないか。我らが主も、お前がフリョーズを討ち取ると期待しているぞ」
「無用な期待だ。私は私を襲いに来る敵を始末する。それだけだ。特定の者に執着することなどない」
「嘘を吐くな、ヘルヴァルド。相賀祥次をいつまで生かす? 奴は強力な兵士だ。お前が殺さぬと言うのなら、私が殺そう」
「好きにしろ。殺せるものならな」
相賀はただでさえ尋常ではない腕前のエースパイロットだ。今まで劣等品を使い、それでもなお自分に食らいついてきた男だ。それほどの強者が、一級品を手に帰ってきた。よもや生きているとは思わなかったが、自分が殺されるとすれば相賀だろうという予感がヘルヴァルドにはある。
ランスロットの言葉通り、そういう運命なのだ。フリョーズを始末した瞬間から、この宿命は始まった。世界の理に因果が刻まれたのだ。
「その言葉、忘れるな」
「忘れぬとも」
ランスロットがアーサーの命令を果たしに去っていく。時は黄昏時。もうすぐ闇が来る。
闇が来ると、闇の属性色である紫の髪を持った女を思い出す。奴は敵である自分でさえも救おうとした。
だから、足を掬われた。入らぬ世話をしようとして、呪いを受けてしまったのだ。
「余計なことをしなければ良かったのだ、フリョーズ。……美木多天音。お前には家族がいたのだろう? 私にはそんなものはいなかった。死しても誰も悲しまなかったというのに。なのに、お前は愚か者だ」
反政府軍の入隊試験で自分の家族は自分自身の手にかかって死んだ。生まれついての罪人、死んでも問題ない人間だ。だというのに、あの女は笑って自分に手を伸ばした。未だに彼女の考えを理解できない。
「妹の方は愚者でないことを祈る。この世には死ぬべき人間と生きるべき人間がいる。その選定を誤るな」
だが、ヴァルキリーを装備してしまった以上、彼女も姉と同じ轍を踏む可能性が残っている。
運命とは、皮肉な物だ。ヘルヴァルドは独りごちて、森の中へ入っていった。
※※※
大量の敵兵が気絶するサッカースタジアムの中、怯える市民たちの前で戦闘による剣戟が響き渡っていた。ホノカは可変式杖を構えながら、少し離れたところでその様子を見守っている。
「戦争の女神に戦で勝てると本気で思う? 潔く降伏しなさい!」
そう叫びながら、アテナが下っ端兵士を剣で打ち負かした。敵は魔術剣士と戦争の女神、どちらの能力も会得しているアテナの技量に慄き、武器を捨てて戦意すらも放り投げる。
「魔術師でもない甘ちゃんに負けた奴がよく言うわね」
「あの時の私は本気を出してなかったのよ。手加減してあげてたの!」
メローラの突っ込みに、アテナは顔を真っ赤にして反論する。戦士である彼女にとって、侮辱は耐えがたい屈辱なのだ。例え事実だったとしても。
「まぁまぁー。今は協力して敵さんを倒してるんだしー。仲良く倒そうよー」
「そうだぞ、ホノカの言う通りだ。お前たちはどうせ全員仲良くオレの物になるのだから」
「うわ、気持ち悪」
モルドレッドの発言に、支援をしていたジャンヌが顔を引きつらせる。まだアテナだけなら良かったものの、モルドレッドは妹ですら対象に見ている節があるので、余計に女性の敵を作りやすい。
しかし、ホノカは彼もしくは彼女をいい兄であり姉である、と思っていた。何だかんだ言って面倒見のいい兄貴分、または姉貴分である。男なのか女なのかはっきりしないのが困りどころだが。
「しかもさっきからサボってるし。情けないお兄様」
「お前たち二人で十分だろう? それとも何か? オレの助けが必要だと言うのなら、喜んで手を貸すが。その時は昔のように、お兄ちゃん助けてーと泣きながら――おっと。はは、可愛い妹だ」
妹に投げナイフを投げられても強者であるモルドレットは涼しい顔でそれを掴み取る。愛すべき妹からのプレゼントだ、などと言ってそのナイフを大事に懐へと仕舞った。
「死ねばいいのに」
「本当ね」
「誰かあの人殺してくれないかなー」
「みんな、結構酷いこと言うねー」
平気で物騒なことを言う彼女たちだが、ホノカはソラのように動じたりしない。彼女たちはモルドレッドを信頼しているのだ。そのような悪口を言ったところで仲違いする関係性ではないし、モルドレットの変態チックな話を吹っ掛けられても、文句を言いながらも裏切りはしない。
兄も姉もいないホノカとしてはメローラが少し羨ましい。今度ソラちゃん相手に真似しようかなーなどと素で思っていた。
「いいなー。今度、私もソラちゃんに死ねとか言ってみよーっと。きっと笑って受け入れてくれるよー」
「それは止めた方がいいと思うわよ?」
ジャンヌが助言を口にしたが、ホノカは疑問符を浮かべどうしてー? と間延びした口調で問いかける。
理由を説明しようと普段の調子で近づいたジャンヌだが、突然身体が動かなくなって悲鳴を上げた。
「きゃ、きゃあ!! 何!?」
「今は戦争中だガキ共め! こいつを殺されたくなければ投降するんだな!」
隠密行動に長けた敵がジャンヌを背後から拘束し、姿を現した。彼女の側頭部に拳銃を突きつけている。デジャブだねーとホノカは声を漏らし、そんなこと言ってないで助けて! とジャンヌが必死に助けを求めた。
「でもそいつで最後よ」
「ならさくっと倒しちゃいましょう」
メローラとアテナが槍と剣を片手に近づく。脅し文句を言った敵兵が興奮した様子で叫んだ。
「テメエら! これが見えねえのか! それ以上近づくとコイツを」
「どうぞ、ご自由に。正直、足引っ張ってばかりで使えないし」
「メローラ!?」
さも平然とした口調で放たれた自身の死刑宣告に、ジャンヌは顔を真っ青に染め上げてメローラの名前を呼ぶ。アテナもメローラに同意して、喧しいから一発で仕留めなさいよ? などと煽る。
「く、くそ! 殺すぞ! 本気で殺すぞ!」
「はいはい、早く早く。あたし、お家に帰ってシャワーを浴びたいの」
「この――ッ!」
「や、止め――!」
ジャンヌの叫びも虚しく、敵は自暴自棄になって引き金を引く。銃口が弾丸から迸り、ジャンヌの脳漿をぐちゃぐちゃにかき混ぜる――前に、銃弾は銃身の中から出ることができなかった。
自動拳銃の銃身を見事にナイフが貫通し、弾丸の出口を塞いでいた。通常の物理法則では大惨事になったかもしれないが、魔術剣士の投げたナイフだ。常識などあってないようなもの。
「ど、どうなって――ぐわッ!」
「これで仕事はしたな」
モルドレッドに蹴り飛ばされて、敵は宙を舞う。彼は妹に向かって笑みを見せた。
「……ふん」
メローラが鼻を鳴らす。解放されたジャンヌがふらり、とモルドレッドへ倒れこんだ。彼は敵の接近に気付いており、わざと見逃していたのだ。気の抜けたジャンヌに寄り掛かられるためだけに。
徹底してるなぁ、とモルドレッドの正直さにホノカが感心している間に、アテナがてきぱきと敵兵を回収し、メローラは救出した市民たちの誘導を始めている。
「私も手伝うよー」
ホノカが新しい友達たちへ手伝いを申し出る。その後ろでは、自身の状況に気付いたジャンヌが女性的な悲鳴を上げて、リボルバーをぶっ放した。
「……奇妙ね」
「いつも通りでしょー? ジャンヌさんって、銃が好きなんだよねー?」
「違うわ。こんな雑魚が市民を誘拐して閉じ込めていた意味よ。どうせ殺すんならさっさと殺しちゃえばいいじゃない」
物騒なことを言い放ったメローラが、顎に手を当てて思索する。確かに集め終わった後に敵を殺した方が効率的かもしれないが、このような邪魔が入ったせいで、結局彼らの儀式は台無しとなった。
ホノカとしてはハッピーでいいと思うのだが、メローラは違うらしい。複雑な表情となって自身の考えを吐露する。
「やっぱり不自然よ。お父様は一度に幾重もの作戦を連ねて、どの方向に転がっても問題ないように制御する。この無意味となった作戦にも何かしらの意味があるはずだわ」
「負けても問題ない戦略。……オレならば、まずヴァルハラ軍を叩くが」
「そのための足掛かりね。座標の収集を行ってるのよ」
メローラとモルドレッドの会話に入ったアテナが結論付けると、ジャンヌが不安の面持ちで訊いた。
「ノアかフレイヤに知らせた方がいいんじゃない? 敵の思惑通りに行動している訳でしょ?」
「でも、こうするしかないのが現状だろう。市民をみすみす殺されるわけにはいかんのでな。それに」
「ええ。どうせ、フレイヤは気付いている。知りながらも放置してる」
「対策の取り様がないからじゃないのー? どう頑張っても、痕跡は完全に消せないんでしょ?」
話が怪しい雲行きになってきたので、ホノカが場を取り持った。メローラは肩をすくめて、
「そうね、そういうことにしておきましょう」
と話を打ち切ってくれた。ホノカは怪我をしている子がいると、市民に呼ばれて治癒をしに向かう。
「――狙いはマスターファナム。引いてはソラ。……どうしようもないのがもどかしいわ」
彼女の苦りきった声を、耳に入れることもなく。
※※※
「斬撃の錬金術師とは私のことだ! どうしたどうしたかかってこい!」
ツウリが大声で敵軍を煽り、戦車隊の注意を引いた。
森の木々を蹂躙していた伐採カッター付きの戦車隊がツウリへと砲身を向け、一斉射撃。何と、その砲撃は味方と木々をすり抜けて飛来した。敵は並列射撃だけでなく、縦列射撃すら透過魔術を用いて可能にしたのだ。
「う、うわッ! 聞いてねぇ!」
「だからダメなの、ツウリは。私に任せて」
と言って砲撃の魔術師であるミシュエルが空気大砲を量産。一斉に砲撃を放ち――空気弾が突然拡散して瞠目する。
「え? おかしい。聞いてない」
「ミシュエルもダメじゃん!」
「ち、違う。ソラちゃんがいれば私の戦闘力は数十倍に――」
「私の存在を力に変えろよ! くそー!」
「お二人とも、大丈夫ですか? 勝利のエンチャントを今――」
後方で支援を行っていたニケが念を行う。すると、ミシュエルの空気砲が、攻撃無効化概念を打ち破り、敵へ着弾するようになった。
二人がホッとしたのも束の間、戦車がロケットエンジンを使って急速接近。あまりの素早さに悲鳴を上げるしかない二人の間に割って入ったのは、師であるマスターレオナルドだった。
「下ががら空きだ!」
と言ってレオナルドは地面を錬金。落とし穴を出現させて、先頭を駆ける戦車たちを転落させる。が、背後に転移した戦車は引っ掛からなかった。戦車は突然轟音を立てて変形し二足歩行兵器に変化。ツウリの子ども心を刺激する。
「なにあれかっけえ!」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
「……いや、言っても構わん」
レオナルドはさして驚きもせずに剣を両手に錬成し、戦車ロボへと接近。やすやすと切断した。無論、操縦者は存命である。
だが、そこへ光学迷彩を使用していた戦車が砲撃を喰らわせた。レオナルドは空気の強度を上げて壁を作り攻撃を遮断。遠隔錬成によって戦車をぐにゃぐにゃの軟体へ変えた。
「流石ししょー! 敵なしだ!」
「……シャークに一度不覚を取ったが、一度だけだ。二度目はないぞ」
「言い訳しなかったらカッコいいのに」
ミシュエルがぼそりと毒を吐いたが、レオナルドには聞こえていない。
彼は錬金術を使って次々と敵をスクラップにし、可変式戦車を一台だけ弟子への贈り物とした。
「これをやるぞツウリ。これは錬金術を使っている。教本として最適だ」
「やった! 嬉しいよししょー! 後はきらりさえいりゃあ、魔法少女きらり第二クール四十四話、撃滅、戦車ウォーの再現ができる!」
飛び跳ねて喜ぶツウリに、私も何か欲しい、と甘えるミシュエル。ミシュエルの希望はソラなので、さしものマスターと言えども無理な相談である。
敵を倒し終えた錬金術師チームとニケは、近くの洞窟に隠れている民間人と防衛軍の生き残りを救助へ向かった。
不思議なことに、そこの一団はひとりの少女によって希望を喪わずに楽観視していた。そのリーダー格である少女が、十八世紀を思わせる格好でふんぞり返る。
「我輩の言った通り、我々は救われた! 我輩を褒めよ崇めよ敬いたまえ!」
「なんかどっかで見たことある格好」
「ああ、あれじゃないか? ナポリタン」
ミシュエルに応えたツウリだが、唐突に軍服の少女が憤慨して肩を震わせる。
「ナポレオンだ無学者め! ジャパニーズパスタではない! なんというバカだ。貴様は世界で一番頭が悪い女だ! 断言する! 我輩の眼に間違いはない!」
ナポレオンが自国民へのプロパガンダ用に作った肖像画の恰好をする少女に痛烈な罵倒を食らって、ツウリはムッとする。一触即発な空気になったところを、レオナルドがそれどころではないと仲裁した。
「ヴァルハラ軍へ招待しよう。事情があるゆえ、有無は言わせん」
「誰も反対などせぬぞ。皆、我輩を慕う優秀な戦士たち、革命戦士たちだ! いずれ我輩の英雄譚は本となり、世界中のスタンダードとして広まるのだ。ふはは、ははははは!」
「私こいつのこと嫌いだ」
ツウリが正直な感想を漏らす。その横で、ミシュエルが首を傾げた。
「なんか……誰かに似てる?」
具体的にどこがとは言えないが、自分好きっぽいところがどこかの誰かに似ている――。
そう思いながら、ミシュエルはレオナルドの指示で避難民たちを誘導し始めた。
※※※
『ようやく捕捉できました。あなたの言った通りの場所です』
「魔術剣士の修行に最適な場所は限られている。やはりな」
部下の報告を聞き、アーサーは椅子から立ち上がった。準備は必要ない。既にできている。後は現地に赴くだけだ。
「ファナムめ。奴は無意味に歳を重ねすぎたな。我が始末してくれよう」
「いや、止せ。ミルドリア。奴は私が殺すと決めている」
名乗りを上げたミルドリアを制し、アーサーは部下に出撃準備を命じる。
師と直接対峙するのは自分と心に決めているが、ブリュンヒルデもできれば逃がしたくなかった。正直なところ、アーサーはファナムよりもブリュンヒルデの方を重要視している。師が弟子に勝てぬのは道理だ。彼の教えを全て吸収したアーサーは既に師を超えている。問題は、弟子の方だ。
(上手く立ち回れればそれに越したことはないが……片方は確実に息の根を止める)
部下はすぐさま戦支度を整えた。アーサーは執務室を後にする。
「そろそろ引退するべき時だ、マスター」
アーサーは部下の待つ格納庫まで黙々と進んでいく。古い因縁を解消するために。