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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
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騎士と姫

 フリョーズはヴァルキリーであると同時に偉大なる母である。ブリュンヒルデとシグルーンの恋人であるシグルズとヘルギは、実は異母兄弟なのだ。その父親であるシグムンドはヴォルスングという男とフリョーズの息子なのである。

 そういう経緯もあって、ヴァルキリーシステムのプロトタイプにフリョーズという名前はふさわしかった。

 フリョーズを使った戦闘は、とてもしっくりきている。この特殊な兵装は、常識では計り知れない不意打ちの機能をたくさん搭載している。

 マリは敵の影の中に入り込み、背後からスタンナイフを突き立てて感電させた。味方の異常に気付いた敵が杖を片手に駆けてくる。その男にワイヤーを飛ばし、身体に絡め、再び電撃。どうやらフリョーズは、スヴァーヴァのように荒々しい戦い方ではなく、スマートな戦法を取ることができるらしい。


「いいわね。最高よ」


 マリは性能に満足して、次に倒すべき敵を見定める。と、急に音が聞こえて反射的にその方角へと顔を向けた。


「銃声……?」


 そこまで不思議な音ではない。マリにとっては身近な音だった。

 ヤイトが対応している以上、特に問題もないだろう。そう頭で考える。

 が、しかし。


 ――急いで。


「姉さんの、声」


 姉の声が聞こえて、マリは方向を変えた。ヤイトの救出へと姿を消して駆けていく。



 ※※※



「……っ!」

「どうした?」


 ファナムが問いを投げるが、ソラは答えられない。嫌な感覚が頭を奔ったのだ。

 ファナムとの試合を終えて、今は基礎訓練に入ったところだ。ソラはブリュンヒルデを纏い、剣術と魔力のコントロールを並行して学んでいる。

 だが、今の感覚のせいで積み上げた訓練を忘却しかかった。ソラは冷や汗を拭う。


「嫌な感じです。仲間に、友達に……危機が迫っているような」

「……、修行を続けるぞ」

「で、でも!」

「お前には、悠長に構える時間があるのか? ……あると言うのなら、止めはせんが」


 ファナムに諭されて、ソラは俯いた。ファナムは問うている。修行を止めるか、続けるか。

 ここでソラが修行を中断し出ていけば、ソラは強くなれない。無駄にする時間はないのだ。例え仲間の危機だとしても。

 それに、傲慢でもある。自分の力を過信して、仲間への信頼を忘れている。ソラは己を戒めた。


「続けます。みんななら、大丈夫なはずですから」

「そうだ。仲間を信用しろ。お前の仲間たちはお前のために時間を稼いでくれている。無駄にするな」


 ファナムの言葉に頷く。それでも、焦燥感は消えはしない。

 ファナムはソラの焦りを見抜いたのか、何らかの精神魔術を掛けた。ソラの前に、ソラ自身の幻が現われる。


「己と戦え。修業とは、自分に打ち勝つものだ。他者ではなく、自分自身を超えるのだ」

「はい!」


 ソラは退魔剣を引き抜き、純粋な剣技で自分へ挑む。何にも頼らず己の意思で、自分自身に打ち勝つために。



 ※※※



 車椅子に座るハルと、幼い頃のヤイトはよく庭園を散歩していた。幼い二人にとってはそこが世界の全てだった。

 そのことに、何の不満も抱かなかった。ヤイトもハルも。しかし、いつの頃から、一つの欲望が芽生えた。


「もっと世界のこと、知りたい。お外の世界を見てみたい」


 ハルはヤイトにそう言った。何ら不思議ではない、当たり前の欲求だ。小さな箱庭ではなく、大きな世界を。様々な生き物が住み、生命の理が繰り返される大自然を、ハルは見たいと望んだのだ。

 その時、ヤイトにもまた欲望が生まれた。彼女を外の世界に連れていってあげたいと。

 その希望は、意図せず叶うことになる。最悪な形で。


「ぐ……ッ」

「ヤイト君! しっかりして!」


 ハルを抱えて屋敷の外に出たはいいが、体力の消耗が激しい。ヤイトは、庭園に倒れこんでしまった。満足に動くことができず、這いながらハルがヤイトを揺さぶる。悲しい顔になっている。彼女にそのような表情をさせてはいけないのに。


「ダメだ……僕のことはいい。君はマリ……僕の仲間に助けを求めるんだ」

「ダメだよ、ヤイト君を置いていけない!」

「我儘を言ってはいけない……」


 と諭しながらも、彼女に言うことを効かせるのは無理だとヤイトは悟っていた。以前、ヤイトを友達に変化させた時の顔に彼女はなっている。頑固で、可憐で、逞しさを感じさせる顔だ。

 しかし、ヤイトも譲れない。彼女を守るのが自分の人生だ。例え自分が死んでも、彼女だけは生かさなければならない。


「早く……。こうなったら」


 ヤイトは拳銃を取り出す。ハルを逃がすためには、自分の命が邪魔だ。なら、自分が死ねばいい。そうすれば、彼女はこの場を離れるしかなくなる。

 短絡的にそう考えて、ヤイトは寝そべりながら拳銃を自分の右側頭部に突きつける。ハルが悲鳴を上げた。


「何してるの!? ヤイト!!」


 知識に乏しい彼女でも、これがどういう行為かわかるらしい。こんな危険な物に対する知識を与えたはずはなかったのに。ヤイトは自分の過ちを悔いながら、躊躇いなく引き金を引いた。

 銃声が轟いて、ハルの身体がびくりと跳ねる。そして、ヤイトは瞠目しながら、


「おーおー、感動的シーンって奴だねぇ。無粋な真似してごめんな」


 と満足げに語るシャークの声を聞いた。彼が手に持つ拳銃の銃口からは煙が昇っている。ヤイトが拳銃自殺する前に、彼が拳銃を撃ち壊したのだ。


「シャーク……」

「すっかり忘れていたが、あの時のガキ共とは。人生ってのはわからないもんだな」

「あ、あの人って……」


 ハルが怯える。彼女も覚えていた。自分たちに対戦車ロケットランチャーを撃ち込んだ張本人の顔を。

 シャークは仰々しい態度で会釈する。これはこれはお嬢さん。お久しぶりです。演技の入り混じった態度で、邪悪な視線をハルに注いだ。


「てっきり死んだとばかり思ってたが、よもやこうして再びお会いできるとは。光栄ですね。……まぁ、邪魔だったお前たちの親は抹殺できたから、どうでもいいんだけどよ」

「お父様が……!」

「くっ、黙れ!」


 ヤイトは予備のピストルを取り出して撃ち放つ。シャークは簡易的な挙動でそれを避ける。いくら幼少期から訓練を受けたヤイトの腕前を持ってしても、重傷を負った状態で戦闘のエキスパートであるシャークを捉えることは難しい。


「お得意の頭脳戦、相手の裏を掻く戦法を取ってくれよ。できないか? 準備を怠っちまったか? おいおい、いくら大好きなご主人様を守るためとは言え、取り乱し過ぎだろうよ。これだから善人もどきはつまんねえ。少年兵ってのは、大人では思いつかない自由な発想で恐れ知らずな戦い方を取る。大人は死に恐怖を抱くが、子どもは違う。死の恐ろしさを知らない無邪気さで、敵を残酷な方法で殺しきる。だからよ、戦争における子供兵士の価値は素晴らしい。下手な大人より活躍して、敵である正規軍兵士が相手だと、たとえ負けても精神的ダメージを負わせられる。まともな社会で育ったお坊ちゃんお嬢ちゃんたちは、子どもを殺すと精神疾患にかかってくれるんだ。最高だろう? でもな、今のお前には思い切りが足りない。何を使っても、何をやっても生き残ろうとする貪欲さが足りない。所詮は日和見主義者の自衛隊上がりの兵士か」

「……僕の父は、僕を少年兵にするつもりなんてなかった」


 ヤイトはシャークの話に乗っかりつつ、次にするべき行動を考える。とりあえずスタングレネードをいつでも使えるよう片手で握り絞めているが、この程度の不意打ちではあの男の裏を掻けない。シャークはわざと油断して、ヤイトの次の一手を待っているのだ。彼は自分が不利であるほど興奮する。完璧な計画ほど、彼にとってつまらない計画はない。


「だから嫌なんだよ、先進国の人間ってのは。もっと殺せよ暴れろよ。嫌な目に遭った? 倍にしてやり返せ! 侮辱された? だったら殺せ! 人殺しなんて素手でできるんだぞ? タダで殺人できるんだぜ? なのに、どいつもこいつも度胸がない。情けない奴らだよ、全く」

「度胸がないんじゃない。むしろ、勇気を持っている。他者に八つ当たりしない精神力を彼らは備えているんだ」

「いいや、違う。法律が赦さないから殺さない。それだけさ。もし人殺しが合法化してみろ。彼らは悦んで人を殺す。人間なんてものはそんなもんだ。理想も信念も、信条もない。多くの人間は遺伝子に刻まれたコードを環境に適した状態で実行しているだけ。どいつもこいつもAIで、プログラムに過ぎん。もちろん、この俺もな。それでいいだろ。お前だってそこのお嬢さんとセックスしたかっただけだろ?」

「――違う!」


 ヤイトはスタングレネードを投擲。眩い閃光と音響が迸り、ハルが悲鳴を上げる。その隙にヤイトが彼女を抱きかかえ、シャークの傍から撤退。シャークはヤイトの姿を見失い、いいねいいね! と喜んだ。

 しかし全力で逃走を図りながらも、ヤイトの表情は苦しげだ。


「くそッ!」


 シャークならば、あれを回避できたはずなのだ。それをあえてしなかったということは、狩りを愉しむ算段なのだろう。ヤイトは見事逃げ果せたのではない。敵の策略の通りに行動しただけだ。

 さらに、不自然に戻った体調が再び悪化し始めている。先程の弾丸に、何らかの魔術が施されていたのは明白だ。


「みーつけた。足手まといがいると、逃げるのも一苦労だな」


 シャークは同情しながらも、ヤイトへの攻撃の手を緩めない。わざわざ銃ではなくナイフを引き抜いて、彼らを切り裂こうとしてきた。

 反応しようとしたヤイトだが、できない。そこへ突如何者かが割り込む。


「大丈夫!?」

「マリ……! 頼む、奴を僕たちから引き剥がしてくれ!」


 ヤイトはマリに救援要請。マリは口答えせずに了承すると、シャークとのナイフ戦を始める。

 その間に、ヤイトたちは距離を取る。死体と気絶した兵士がそこらじゅうに転がる山村を逃げて行った。


「いいぞ! ヴァルキリー! 報告にあった機体だ、目覚めたのか!」

「あなたがシャークね。殺しはしない、気絶してもらう!」


 マリはシャークとナイフで斬り合い、隙あらば彼を気絶させようとする。が、シャークのナイフ捌きに驚愕した。

 マリの方がパワーは上。しかし技術はシャークが上で、性能の有利さを技量で覆されている。


「そんな甘っちょろい考えで、俺を倒せると本気で思ってんのかよ!」

「コイツ!」


 ナイフが弾き飛ばされる。マリはバックステップで距離を取るとワイヤーを両腕から射出して、シャークの左足を絡め取る。そして、電撃を放つ――が、スタンショックが届く寸前に、ワイヤーが斬り落とされた。


「不慣れだな、お嬢ちゃん。復讐心を捨てるから、醜態をさらすはめになるんだよ!」


 シャークは叫びながらナイフを投げ捨てて、マリに向かって殴りかかった。マリは手甲に仕込まれた麻痺毒ブレードで応戦するものの、シャークはそれを躱しながら流れるように殴打を見舞う。圧倒的実力差の前に、マリは苦戦を強いられた。

 シャークは涼しい顔で、まるでスポーツに興じるように、対戦相手へと語りかける。


「でもよ、いいのか? 俺に気を取られてて」

「問題ない。ヤイトの実力なら――」

「ああ、違う違う。お前も奴の怪我、見たろ? あれ、俺が仕込んだ銃でな。ちょっと面白い細工をしてあるんだ。あの弾丸に刻まれた呪いは、特定人物から離れると、対象の命を奪い取る因果が組み込まれてるんだとよ。要約するとな、俺から離れすぎるとあのボウヤは死ぬ」

「……何を! ぐぁ!!」


 動揺したところを、なぐられた。マリはよろめきながらも反撃するが、その刺突もシャークに当たらない。


「まぁでも、構わないだろ? あいつは死ぬ覚悟ができてるみたいだし。覚悟だけは一人前。正規軍人よりも強い信念を持ってる。ああいう奴、俺は好きだぜ。殺すのは惜しいが、ああいう男の最期はさぞ美しいんだろうな」

「お前!」

「そうだよ、怒れよ! 仲間を殺される怒りを力に変えて、復讐しろ!」

「く――!」


 マリは苦りきった顔になりながらも、拳を緩めない。判断を誤らないで、そうヤイトに念を送りながら。



 ※※※



「はぁ、はぁ……」

「また具合が……!」


 体調が悪化し、ヤイトは座り込んでしまう。先程不自然な回復を果たした身体は、また強烈な痛みを発していた。ヤイトは何となく理論を理解する。

 シャークから離れると、この術式は発動する。左胸を撃ち抜かれながらも自分が息をしているのは、魔術によって生命力が補われているからだ。ヤイトはそう分析して、自分を案じるハルに平気だよ、と応えた。


「平気なわけ……ない!」

「大丈夫だ、問題ないんだ、僕は」


 別に死んでしまっても不都合がないのだから、どれだけ命の危険に晒されたところで無問題。

 ヤイトは痛みに耐えながら端末を操作し、転移の要請をノアに送った。ヤイトの予想通り、この周辺での魔術的妨害は行われていない。シャークは端からヤイトを転移させる予定だったのだろう。

 ノアが通信に応じ、すぐにヤイトの身体に仕込まれた術式へ言及してくる。


『異常が起きてますよ、ミスターヤイト』

「構わない。転移してくれ……僕ごと」

『死にますよ?』

「わかってる」


 ヤイトは反射的にそう答える。ヤイトを一人残して転移する、という手段はハルの同意が得られるはずもなく選択肢には含まれていない。ハルの安全を第一に考えるなら、ヤイトごとハルを異空間へ逃がす必要があった。


『でも、ミスフレイヤは難色を示しています。敵味方死なない戦いに興ずる。それがヴァルハラ軍の指針ですので』

「君はどう思うんだ? ここで三人が殺されるのと、僕一人の犠牲で済むのと、どっちが理想的か」

『断然、前者ですね。仕方ありませんか』


 ノアはあくまで機械的に対応する。ヤイトとしては助かった。

 死の吐息を吐き出して、涙でぐしゃぐしゃになったハルの顔を見つめる。


「もう大丈夫だよ」

「全然大丈夫じゃないよ!」


 ハルが叫ぶ。ヤイトは微笑してハルの頭を撫でた。


「いいんだ、これで」

「良くない……良くないよ……」


 ハルが泣く。確かに、良くはないとヤイトも思う。ハルを泣かせてしまった。あの時と同じように泣かせてしまった。


「そうだね。君を……泣かせてしまった」


 痛みに耐えて、声を捻り出す。謝らなければならない。ヤイトの心は罪悪感で満たされていた。


「ごめん、ハル」

「ちがう……そういうことじゃない……」


 どうやらまた、ハルの気持ちを読み間違ったらしい。こればかりは改善しようのない事柄だ。

 昔から、他人の気持ちを汲み取るのは苦手だった。他者が泣いて初めて、相手の気持ちに気付くのだ。


「ごめん……ごめん……」


 同じ謝罪を繰り返す。正直なところ、意識を保つので精一杯だった。魔弾はヤイトに強烈な痛みを与えている。痛覚倍増の魔術も組み込まれているようだ。

 しかし、それでも意識を保つ。ノアの知らせを待たなければならなかった。


『準備完了しましたよ、ミスターヤイト。本当によろしいのですね?』

「ああ、かまわな――」

『ふざけるな!!』


 無線に響き渡る怒声。マリの声だった。戦闘音に混ざり、マリの声が聞こえてくる。


『何してるの! 人に死ぬなと説教しておいて自分は死ぬ気!』

「それが……最善だ。ノアさん、早く」

『あなたが死ぬことは赦されない! ハルがあなたの死を望むわけがない!』


 マリは以前ヤイトが言ったのと同じセリフを通信に乗せる。ヤイトには返す言葉もない。

 ノアも、会話が終わるまで待機しているようだった。ヤイトが何と言っても、彼女は転移してくれない。


『自分の言ったことぐらい、自分で実践しなさいよ! この自己矛盾野郎!』

「言うね……マリ」


 マリはメグミの影響を色濃く受けている。以前の彼女なら、こんな熱いセリフを吐かずに、冷静に賛同してくれたはずだ。だが、その熱さは悪くない。悪くはないのだが、この世界はそこまで甘くない。


『わかったらさっさと――きゃあ!』

「マリ!」


 爆発音が聞こえたと同時に、悲鳴で通信が中断。紫色の何かが少し先に落ちてきた。

 ヴァルキリーフリョーズだ。マリが、シャークによる爆撃で吹き飛ばされていた。


「くそ、おかしいでしょ。何なのよ、この男……」

「サイコパスな戦闘狂で、狂戦士ってところか。まぁ、名称なんて何でもいいが。どうせなら、カッコいい呼び名をつけてくれよ」

「く!」


 ヤイトはナイフを引き抜いた。シャークがにやりと笑って、拳銃を取り出す。

 そして、ヤイトの方へ放り投げた。訝るヤイトにシャークは言う。


「お前、どっちなら死んでもいい?」

「何を」

「今俺の前で寝そべる女と、お前の横で恐怖に震える女。どっちなら殺されて構わない?」

「ふざける――」

「ふざけてなんかねえよ。大真面目だよ、俺は。どうしても平等にはいかねえよな。片方はずっと昔から守ってきた少女で、こっちは……ただの同僚か? どっちを選ぶべきか、選定するべきか……お前になら、わかるよな?」


 シャークが愉しそうに問いかけた。すると、マリがまず口を開く。観念したように。


「……いいわ。私が死ぬ」

「だ、ダメよ! ヤイト君の足を引っ張るぐらいなら私が!」

「二人とも何を言ってる!」


 ヤイトは必死で打開策を探す。この場で一番死ぬべきは自分だが、仮に自分が名乗りを上げてもシャークは二人を殺す。そもそも、片方を選択すればもう片方を生かしてくれるという保証もない。彼の提案に乗ることは論外だった。

 では、どうすればいい? ヤイトはナイフ片手に思案を続け、その答えが遠方に光って見えた。


「……ッ!」

「ヤイト!?」「ヤイト君!?」


 マリとハルが同時に叫ぶ。シャークも感心した表情をしていた。ヤイトはナイフによる突撃を選択。シャークの注意を自分に向ける。――それだけで、十分だった。

 銃声が鳴り響き、血が迸る。撃たれた張本人はまるでその狙撃を待ち望んでいたかのように嬉しそうな声を上げた。


「ウルフ! ウルフじゃないか! どうやってこんなに早く来たんだ?」

『……この男は俺が相手をする。ここからは大人同士の戦いだ』


 ウルフが近くに来ていたことを、ヤイトはスコープの反射で悟った。ゆえに、無策にも思える突撃を実行したのだ。

 ノアから通信が入り、別の地点で活動をしていたウルフを捕捉。この場に転移したのだと説明が入る。


『とにかく、銃創の処置をしなければミスターヤイトの命が危ぶまれます。ミスホノカをそちらに送りましょう』

「魔力量は大丈夫なの?」


 転移はかなりの魔力を必要とする重労働だ。逃走を図るマリがノアに訊ねたが、平気ですよ、とノアは涼しい顔で回答する。


「魔力炉の他に、未使用のオーロラドライブがありますので。あ、これはまだ内緒にしておいてください。もし他の誰かが拷問でもされて情報流出すると――」

「いいから早くホノカをこっちに寄越して!」


 マリがヤイトを支えながら怒鳴ると、ノアは呆れたように呟いた。


『怒鳴らなくても作業していますよ。はい、今送りました』


 ノアの宣言通り、光が三人の前に現れる。ホノカがエイルを身に纏い駆けてきた。大丈夫!? とヤイトの身を案じる。


「だいじょう」

「大丈夫じゃない!! 早く治して!」


 ヤイトのセリフを奪い取って、マリが治療を急かした。ホノカはすぐに治癒を掛ける。エイルにはどんな呪いも解除できる力がある。永続的でない限り、対処は可能だった。

 果たして、ヤイトの身体から呪いは消えた。次に、ホノカはヤイトの傷を治そうとするが、


「応急処置だけでいい。ハルの身体を診てあげてくれ。まだ何かしらの魔術が仕込まれているかもしれない」

「大丈夫だよー? 私だってパワーアップしてるんだー。解呪さえ終われば、三人同時に治せちゃうよー」


 ホノカはそう言って、三人を同時に診断、治癒を開始する。その間にも、後方では戦闘音が響いていた。主に銃声だが、時折ナイフによると思われる剣戟と、爆発音がする。ウルフとシャークの戦いは苛烈を極めていた。


「ウルフさんは大丈夫かなー?」

「ウルフなら大丈夫だ」


 ヤイトは即答。ウルフの戦闘力ならば、問題なくシャークに対応できる。

 ウルフの強みは弱さだ。弱いからこそ頭が回り、様々な手段を講じることができる。強者が思いつかない策を行使し、敵の裏を掻くことができる。弱さに裏打ちされた強さを、彼は兼ね備えていた。

 ゆえに、魔術を使わなくとも魔術師と対等に、いやそれ以上に戦える。何の不安もヤイトもマリも抱いていない。

 全員の治癒が完了する頃には、静寂が訪れていた。直後にウルフから通信。


『逃げられた。厄介な男だ』

「そうですか。でも、仕方ありません」


 ヤイトはそう返信する。結果的に見れば勝利にも見える。

 だが、シャークはきちんとノルマを達成したのだろう。敵ではなく、味方を殺すというやり方で。

 それに、シャークの狙いはヤイトたちに勝つことではなく、因縁をつけに来ただけだ、とヤイトは考えていた。


「奴は僕たちに殺されたがってる。そう、思いませんか?」

『そうだな。戦闘狂が望むのは、簡単に殺せる雑魚ではない。自分を殺せるほどの強敵だ。奴は命懸けの戦いがしたいんだろう』

「ふざけた奴」


 マリが忌々しそうに吐き捨てる。その横で、困惑したハルがようやく落ち着きを取り戻した。


「とにかく、良かったよ、ヤイト君!」


 そう言って抱き着いてきた。ヤイトはハルを受け止める。しかし、マリが変な目で見てきたため、どうしたのか訊ねた。


「どうしたの、マリ」

「いや、恋愛チックって思ってね。メグミなら頭が沸騰して爆発してるでしょう」

「あー確かにねー。メグミちゃん、こういうシチュエーション、大好きだもんねー」


 そう言われるが、ヤイトはよくわからない。ハルも恐らく理解できていない。

 ハルは八年前の友達同士のスキンシップとしてヤイトに抱き着いたのだ。ヤイトもヤイトで、当時と同じようにハルの身体を受け止めただけ。

 実際には年頃の男女が抱き合っているという光景なのだが、当人たちには自覚がない。


「お姫様に忠誠を誓った騎士。そんな感じね。全く、鈍感揃いだわ」


 マリがため息を吐く。と、ハルの視線が彷徨い出した。ホノカとマリの顔を交互に見つめている。


「ヤイト君の友達、ですか?」

「そうね、そんなところ」「私もそうだねー」


 マリはクールに、ホノカはにこにこと答える。すると、ハルが不機嫌そうな顔となった。


「女の子ばかり……。なんだろう、胸がもやもやする」

「ああー、それはねー」


 ホノカが応えようとしたが、マリが手で止めた。意地の悪い笑みを浮かべる。


「自分たちで答えを出しなさい」

「うーん、どういうこと? ヤイト君」

「さあ。……何か病気だったらいけない。ついさっき八年の眠りから覚めたばかりだ。急いで戻ろう」


 ヤイトはさっぱりわからないし、ハルも気づかない。

 単にただの嫉妬、ジェラシーなのだが、二人は深刻そうな顔つきでヴァルハラ宮殿へと転移する。

 マリとホノカもくすくす笑いながら、すぐにその後を追った。




 ヤイトはヴァルハラ宮殿に転移してすぐに、ハルをあてがわれた部屋へと運んだ。お姫様の要領で抱きかかえて進んでいくと、なぜか周囲の仲間たちに囃し立てられる。奇妙に思いながらも、扉を開けて、彼女をベッドに寝かせた。


「大丈夫かい、ハル」

「大丈夫……ヤイト君は?」

「僕は平気」


 ヤイトは椅子をベッドの横にずらして座る。ハルを落ち着けるにはこうするのが一番だ。


「本当に?」

「本当だよ」


 不安の眼差しを覗かせたハルを、ヤイトは安堵させる。

 良かった、と安心したハルはヤイトにもっとこっちに寄って、と頼みごとをしてきた。理由は不明だが、ハルの願を断る選択肢をヤイトは持ち合わせていない。傍まで身体を寄せて、少し驚いた。

 ハルはヤイトの頬に口づけをしていた。


「えへへ、いつもありがとうね、ヤイト君」

「……どういたしまして」


 ヤイトは穏やかな表情を浮かべて、彼女に応じる。

 想定とはかなり違ったが、無事に彼女を保護することができた。これ以上の喜びをヤイトは知らない。


「これからもよろしくね」

「もちろん」


 だが、もしかするとこれから、新しい喜びを知ることができるかもしれない。

 ハルの笑顔を見ながら、ヤイトはそう思った。

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