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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
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魔術剣士への道

 休息を終えたソラたちは、選定のために準備をしていた。ヴァルキリーと適合しなければならないマリの手伝いをしようかとも思ったが、彼女は一人で大丈夫だと言い、ソラはホノカやクリスタルと共に、どこの人々を助け出すか協議中だ。


「ちょっといい、ソラ」

「メローラさん?」


 テーブルに敷かれた世界地図を眺めていると、メローラに声を掛けられた。彼女は後ろに追従するアテナとモルドレットに目配せした後、親指に針を刺して、地図に血を垂らした。血が滴り、波紋が広がる。


「アイスランド……。いつものとこに隠れてるみたいね」

「どういう……?」


 メローラに問うと、アテナが口を挟んできた。


「あなたは修行を受けるべきよ。素質があるのだから」

「何の? 訓練なら今でも――」

「普通の人間の修行じゃない。魔術剣士の戦い方。あなたは今でも十分強いけど、これからはもっと強力な敵がやってくる。今のままじゃ、勝てないかもしれない」


 アテナは剣を抜きながら言う。剣が突然発火して、炎の剣となった。


「まだ見せてなかったわね。魔術剣士はこういう芸当もできるの。あまり使いどころはないし、下手に使い過ぎると魔力切れを起こしちゃうけど」

「魔動力は魔術剣士の基本技。お父様がやっているように、精神を操れるようにも、念力を使うことも、対象を発火させたり凍らせたり。様々なことができるようになるのよ。魔術剣士とは自分自身が剣であり、魔道具なの」

「オレたちでは、魔力量に限りがあり全ての技を使うことができない。しかし、お前なら……」

「オーロラドライブを持つブリュンヒルデなら、全ての技を余すことなく使える……ってこと?」


 ソラが問い返し、三人が首肯する。セレネたちが会得した魔術剣士の剣技を、自分は学ぶ必要があるらしい。先日のガウェインの襲撃で、ソラは腕を斬り落とされた。クリスタルと相賀大尉が来てくれたおかげで九死に一生を得たが、本来なら殺されていても不思議ではない。

 強くなる必要があった。ディースシステムとは別の方向性で。

 人を守れる力を手にする必要が。


「でも、選定――」

「それは私たちに任せてー。それに、ヴァルキリーだけが選定者じゃないしねー」


 ホノカがメローラたちを見つめる。彼女は仕方ないわね、と満更でもない表情で応じた。


「ホノカには借りがあるしね」

「メローラちゃんと私は友達だからー。ソラちゃんは魔術剣士になって帰ってきてねー」

「そうだね、うん。じゃあ、後はお願いね……ホノカ、クリスタル。マリにも伝えておいて」


 ソラは地図から離れて、メローラが召喚してくれたゲートに進む。既にフレイヤはソラの脳内に直接許可する旨の内容を語りかけていた。


「じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 クリスタルたちに見送られ、ソラは魔術剣士の導師であるマスターファナムの元へ転移した。



 ※※※



「姉さん……」


 洗面台の鏡に映る自分を見て、マリは呟く。マリと天音は容姿が似ていた。

 しかし、雰囲気は似ていない。性格も正反対であるし、天音が絶対にしなかったであろう復讐へマリは奔った。

 姉には敵わない。姉はおっちょこちょいだったり、少し天然な部分があったが、それでも妹が姉に勝てるはずがないのだ。


「……勝ち負けじゃない、か」


 すぐに自分の過ちに気付き、マリは考えを改める。これは競争事ではない。競ってもしょうがないのだ。勝つか負けるかではなく、やるかやらぬかの問題だ。言い訳を述べていてもしょうがない。

 それに、メグミを救うためには自分がヴァルキリーになる必要がある。壊れかけ、死のうと思った自分を救ったメグミ。彼女には感謝してもしきれない。

 この借りをちゃらにするためには、同じことをしなくてはいけない。そのための力であり、方法だ。

 復讐ではなく、他者を救うために戦う。メグミのおかげでその心構えはできている。後はシスターコンプレックスを克服するだけだ。


「勝ち負けじゃない。勝つ必要はなく、同じことをする意味もない。自分がやりたいこと、したいことをがむしゃらに行う。義務でも責務でもなく、己の心に正直となり、自らの生きる理由を果たし――」


 ――理詰めで考えてるんじゃねーぞ。


「……メグミ」


 鏡にメグミの幻影が映っている。故人ですらないメグミの幻覚が視えるなど、何とバカらしいことか。そう思いながらも、マリはメグミの言葉を真摯に受け止めた。


 ――誰かを守りたい、救いたいって思った。大層な理由じゃなくても、それだけで十分じゃねえか。理由をつけて動かないよりは、理由もなしに動いた方がかっこいいだろ?


「そうね。確かに。情けない自分を見るよりかは、かっこつけた自分の方がいいわね」


 痛いかもしれないけれど、と呟く。

 理由もなく動く奴は、例外なく馬鹿者である。マリの考えは今も昔も変わらない。

 しかし、たまには自分もバカになってもいいかもしれない。そうも思っている。

 賢く他人を見捨てるよりも、バカでも他者を救う方がずっと性に合っている。そう、今までの経験から学んでいる。


「いいわ、あなたを救うためにバカになってあげる。借りは返さないといけないからね」


 マリが決心を呟くと、メグミの幻影が消え失せた。一瞬だけ、姉の笑みが視えたような気がした。



 ※※※



「これは、本当ですか」


 ヤイトはいつにも増して真剣な表情で、コルネットが提示したモニターを眺めている。地図には、日本の田舎町が表示されていた。戦略的拠点でもなく、住人も極端に少ない過疎地域。

 しかし、そこを攻撃する、と何者かが情報を流してきた。考えるまでもなく罠である。

 だが、ヤイトには放っておけない理由があった。


「三神村には、ハルが――」

「どうやら敵はハルの居場所を突き止めたようだな。わかってると思うが――」

「ええ、わかってます。これは明らかな罠。僕たちを誘い始末するつもりでしょう。……僕が単独で行きます。幸い、スワローの改修は終わってますし」

「バカ言うなよ、ヤイト。俺も行くぞ」


 相賀が当然の如く応える。しかし、ヤイトは首を横に振った。


「ダメです。相賀大尉にはパイロットの育成をしてもらう必要があります。でも、僕には今、何もすることがありません。救出任務に最適です」

「だったら私も同行しようかしら」

「……マリ」


 マリが清々しい表情で部屋に入ってきた。今まで溜まっていたものが吹っ切れた、未来を見据えている顔だ。それでいて、現在の問題にも目を瞑らない。自分のするべきことが何かを理解している。


「試運転もしなきゃいけないし、丁度いいわ。ヴァルキリーの仕事でもあるしね」

「……頼めるかな」


 ヤイトは素直に手伝いを頼み込む。ここで意地を張っても無駄だと知っていた。

 マリも即座に了承の意を伝え、ノアの名前を虚空に叫ぶ。すぐ彼女が魔術通信を使って返答した。


「わかってます。座標の設定は終了。気を付けてくださいね、何せ罠ですから」

「罠を仕掛けたことを後悔させてやるわ。行きましょう」

「うん、行こう」


 ゲートが様々な機器が置いてある部屋の真ん中に出現。ヤイトは腕輪型端末のボタンを押して、魔術改修済みのスワローを呼び出し即時装着。金の指輪を薬指に嵌めるマリと共にゲートをくぐった。


(ハル……)


 今回ばかりは心中穏やかではいられない。ハルはヤイトが守るべき少女だ。

 例えこの命に代えても、彼女を守り通さなければならない。



 ※※※



 ヤイトたちが転移したのと同時刻に、ソラも魔術剣士の導師がいると思われる地点へと転移を完了した。


「ここって……」


 初見なのに、既知。セレネの記憶で訪れた場所だ。

 神秘的な森の中は優しく透き通った空気で満たされており、葉っぱの間から木漏れ日が降り注ぐ。

 幻想的な空間を感嘆の息を吐きながら進んでいくと、一軒家に辿りついた。


「ここか。すみません、ファナムさん!」


 ソラがマスターファナムの名前を呼ぶ。しばらくして返事があった。

 しかし、それはあまり友好的とは思えない内容の返答だった。


『去れ。ここはお前のようなものが来るべき場所ではない』

「で、でもメローラさんに言われて」

『誰に言われようと関係ない。立ち去れ!』


 取りつく島もない。ファナムはよそ者を毛嫌いしているようだ。例え、身内の推薦でも、そう簡単に扉を開けてはくれないだろう、という予感がひしひしとしていた。


(時間がないのに……)


 あまりゆっくりとはしていられない。今すぐにでも修行を始めて、可及的速やかに強くなって帰る必要がある。

 ヴァルキリーはこの戦争の要、ヴァルハラ軍の主力なのだ。ソラの空いた穴を埋めるべく、皆が頑張ってくれている。そう簡単に引き下がるわけにはいかない。


「そこをなんとか!」


 しかし、無言の否定が返ってくる。

 どうしよう、と困り果てるとなぜかセレネの幻影が目の前に現れた。意思疎通の可能な死者の魂ではなく、過去の記憶だ。その幻影は意気込むと、どこかへと歩いて行く。


「セレネ……!」


 ソラはその背中を追って行く。すると、修練場のような場所に辿りついた。セレネは大声で家の方に向かって叫ぶ。


 ――私にも魔術剣士になる資格があるってことを、今から証明します!


 そういって、近くにあった木刀を取った。ソラも全く同じ言葉を叫んで、彼女と同じ動作で木刀を取る。

 後はそのまま彼女の行動をトレースするだけだった。藁人形に向かって一撃、二撃、三撃。敵を殺さないようにする戦い方で、人形に打撃を与えていく。


「やぁ、たぁ、はぁ!」


 威勢よく掛け声を出し、本気の剣技をぶつけていく。鈍い剣戟が鳴り響く最中、幻影のセレネが横へ視線を移す。突如金属音が混ざり、ソラも彼女と似たように真横へと視線を奔らせた。横から出された剣が、木刀を止めている。


「それ以上は止せ。人形が壊れる」

「あなたが――マスターファナム」


 白髪の老人という風貌だった。だが、その鋭い眼光と隙のない立ち振る舞いは老いを感じさせない。


「メローラに言われてきた。そう言ったな」

「はい。強くなる必要がある、と言われて」

「……あの子はセレネの真似を始めたのか」

「どういう意味です?」


 メローラがセレネと親友だったということは聞いている。しかし、セレネの真似をしている、ということについてはわからなかった。

 ファナムは苦々しげに呟く。


「あの子はセレネに紹介されてここに来た。元々兄の方は勝手に来て修行していたが、妹までもが来るとは予想していなかった。全てセレネの影響だ」

「セレネ……魔術剣士」

「お前の剣技を見て、修行を付けるのはやぶさかではなくなった。ゆえにまず問いたい。お前はなぜ剣を執る?」


 ファナムの問いを受け、ソラは逡巡なく本心を伝えた。


「みんなを守り、世界を平和にするため」

「その理由ではダメだ。帰れ」

「な、なぜですか!?」


 ソラは慌てて問い返す。ファナムは悔恨の念を感じさせる口調で答えた。


「そんな思想を魔術剣士は持つべきではない。魔術剣士は俗世に染まらず政治的問題に首を挟まない。例え、それが世界の危機だとしてもだ」

「で、でもセレネは――」

「セレネの過ちから学んだのだ。セレネは世界を救おうとして殺された。魔術剣士の領域外だ。世界の救済などは。そんなものは、他の魔術師に任せておけばいい。アレックなら――」

「マスターアレックは殺されました……。ヴィンセント、さんによって」

「ヴィンセントだと? ……アーサーではなかったか」

「知ってたんですか? アーサーさんが……」

「裏で糸を引いている、ぐらいはな。しかし、尻尾を出さぬのなら糾弾しようがない」


 ファナムの応答に、ソラはさらに問いを投げる。気になってしょうがない事柄がたくさんあった。


「じゃあ、セレネが殺されたことについては――」

「大方、な。あえて弟子たちには伝えなかった。復讐など魔術剣士に縁遠いものだ」

「でも、メローラさんは……。あなたの弟子たちは」

「ああ、そうだ。奴らはもう弟子でも何でもない。魔術剣士ですらない」


 ファナムは苦りきった顔をみせる。だが、この気難しい老人が弟子たちの身を案じているのは肌で感じられた。

 セレネの死を悔いていることも。ゆえに、ソラは怖じずに自分の意見をしっかりとぶつけていく。


「でも、私は魔術剣士になる必要があるんです!」

「諦めるんだな。他の者に鍛えてもらえ」


 ファナムはそう突き放して立ち去ろうとする。待ってください、とソラは叫んで彼の前に立ち塞がった。


「セレネはあなたのことを恨んでません!」

「……いきなり何を言う」


 と言ったファナムだが、明らかにソラの言葉が効いていた。彼はセレネの死を教訓にしたと言った。それはセレネと同じ過ちを繰り返させないと自分自身を戒めているようにも聞こえる。

 だから、唐突に思える発言でも、ソラはそのまま続けた。


「あなたは、セレネが自分の愚かさのせいで死んだ、と思っているんでしょう? 私はセレネの魂とシンクロして彼女の想いを知りました。セレネは、自分を殺した相手でさえ救おうとしたんです。なのになぜ、あなたを恨んだりすると思うんですか!?」

「セレネの遺志は関係ない。俺が俺を赦せない。それだけだ」


 そう言ってファナムはソラの言葉を突っぱねる。言い返そうとしたソラの前に苦笑交じりのセレネの霊体が現われた。

 師匠は頑固者だから。そう笑って、ソラに言うべき言葉を伝えてくれる。


「――なら、師匠が赦さない分だけ、私が赦しちゃいます。そうセレネは、言っていますよ」

「……何を、バカな」


 と言いながらも眼を見開き、その言葉の重みを噛み締めるようにファナムは眼を瞑る。

 そして、彼は意地を張るのを止めた。こうやって、セレネはファナムに無理強いしたのだろうな、と思い、暖かい気持ちに包まれる。


「ヴァルキリー……。死者と交信できるのか」

「そうみたいです」


 理論は説明できないが、現実としてそうである。だから、ソラは肯定した。

 ファナムはそれ以上言わずに、家へとソラを誘い、歩き出す。


「魔術剣士の修行は厳しいぞ」

「むしろ厳しいくらいが丁度いいです。生ぬるい訓練じゃ、これからの敵とは戦えません」

「……その覚悟や良し。ではまず、俺が直接お前の相手をしよう」

「いきなり!?」


 ソラは驚いて足を止める。しかし、ファナムは特に気にした様子もなく先を歩く。


「まず魔術剣士がどれほど強力かをお前に教えてやる。その実力差を知り、諦めてこの場を去るか。それとも知った上でこの道を歩むか……好きに決めろ。選択権は俺じゃなくお前自身にある」


 ファナムは条件を提示して、その選択を弟子に委ねるやり方を取るようだ。

 諦めるか、諦めないか。選択の自由が与えられている。しかしソラとしては、わざわざ訊かれるまでもないことだ。


「諦めませんよ、私は!」


 ソラが宣言したと同時に、過去の幻影であるセレネも全く同じ発言をした。



 ※※※



「まぁ何をするべきかはわかってるだろ? じゃあ後は適当に」

「……もう少しまともな指示を出してもらえない?」


 苛立った様子で魔女が言う。シャークは面倒くさそうに頭を掻いた。

 シャークはアーサーの許しを得、三神村に部隊を率いてやってきた。正直なところ一人の方が良かったのだが、戦闘になって犠牲が出てくれなければ困る、というお達しがあり、しぶしぶ何名かを適当に見繕って連れてきたところだ。

 だが、目の前の女は自分に任務を与えられた、と誤解している。とても面倒くさかった。


「いや、あんたみたいな天才なら大丈夫さ、ほらいけって」


 シャークとしては手早く仕込みがしたい。殺したい男ナンバーワンであるウルフの嗅覚は鋭く、ここに転移した時点で嗅ぎつけられているだろうと予想している。それに、問題は彼だけではなかった。これから罠に掛けるつもりの部隊も、それなりの強さを持っている。

 殺しがいがある敵、というのは大歓迎だ。シャークは昔様々な内戦や紛争に傭兵として雇われた時、わざと追い詰められるように指揮を執ったことがある。その方が楽しいからだ。死の恐れもない安全な作戦などつまらない。生きている実感が湧かない。戦士が生を実感する時は、死と直面している時だ。


「ふざけるな。仮にも指揮官なはずだろ。私にも指示を――」

「指示は出さないがこれをくれてやるよ」


 あまりにも面倒くさかったので、拳銃を抜いて頭を撃った。流石、死んでも問題ない人材とあって、とても弱い。暇つぶしにもならない。

 既に別チームが周辺の警護に向かっている。ここにいる者たちはVIPの護衛に指定するつもりのメンバーだ。つまり、ただの時間稼ぎ要員である。いてもいなくても、やることは変わらない。


「連中はたぶん甘い考えで、人を殺さない戦いとかするだろうしなぁ。ここで何人か殺しとかないと、帳尻が合わんだろ?」


 おどけた口調で言いながら、仲間という名の他人を殺し始める。

 弱い。が、やはり殺人は愉しい。これが強者ならもっと心が躍る。


「早く来てくれよ、俺を殺せるような奴! 魔術師程度じゃ物足りねえ」


 魔術なんてトンデモ手品はシャークには通じない。元々、魔術強化を施されてなかった武器でも、余裕で狩れた相手だ。以前戦った相手、アレックはとても良かったが、雇い主の同志であるヴィンセントに殺されてしまった。実に残念である。


「バカな! 人間風情が!」

「おいおい、魔術なんて甘え使ってる分際でよく言うよ。しかも、俺は今手加減してるんだぞ? これ、魔術使ってない拳銃だし。何なら、パワードスーツの電源も切ろうかい?」

「きさ――がッ!」


 シャークは拳銃を投げ捨てて、拳一貫で突撃。怒れる魔術師の男の首を掴んだ。


「おいおい、お前、その程度の強さなのか? もうちょっと愉しませろよ。俺を殺してみろ、ほら」


 首を絞めながら煽るが、男の戦意は喪失していた。戦意喪失した相手ほど、つまらない者はいない。

 シャークは躊躇なく首をへし折り、投げ捨てた。辺りには死屍累々が積み上げられている。ただでさえ、スペシャルゲスト以外の人間を全て虐殺したのだ。シャークが大好きな、そして一般人が吐き気を催す死の臭いが周囲に満たされている。


「ちょっと汚いかな」


 血の絨毯を眺め見て、シャークは嘆息する。これから迎える相手は、こういうものに耐性がない。それに、数年も眠っていたのだ。混乱してしまうかもしれない。


「まぁ、コイツを使えば大丈夫か。楽しみだなぁ」


 そう呟いて、か細い少女でも撃てる小型ピストルを取り出し、笑みをみせる。銃杷には魔術による刻印が施されていた。



 ※※※



 ヤイトはマリと無事に到着し、静かすぎる山村を探索していた。一度だけ、ヤイトはこの村に訪れたことがあるが、過疎地域であることを除いても静寂過ぎた。その中に、蠢く気配をいくつか感じる。村人のような穏やかな波紋ではなく、武装している連中であることは明らかだ。


「僕がハルを救い出す。マリは敵の対処をしてくれ」

「……いいわよ。ちょっと離れてて」


 マリが珍しく恥じらいをみせて、ヤイトと距離を取ろうとする。どうしたの? と彼が訊くと、マリがそっぽを向きながら応えた。


「ヴァルキリーシステムは……一瞬、全裸になる致命的欠陥を抱えているのよ」

「僕は気にしないけど」


 ヤイトは素でそう言う。同世代の裸を見ようと、ヤイトは歳不相応に落ち着いていられる。本来の思春期男子とは違う反応で、ヤイトは冷静さを保つことができる。彼がハーレムを作ろうと画策していたのは、全てハルのためであり、彼自身の欲望は彼女を守ることそれ一点に尽きる。それ以外の事柄は、あまり興味がないのだ。


「私が気にするのよ。全く……」


 マリが有無を言わせずヤイトから離れた。ソラたちはどうして平気なのかしら、と嘆息して、オーロラの輝きが広がる。

 瞬間、敵に動きがあった。素人ではなくプロだ。死んでもいい、使い捨て兵士なのは間違いないが。


『ヴァルキリーフリョーズ、装着完了。……敵対象の接近を確認』


 マリは紫色のヴァルキリー、フリョーズを身に纏い戻ってきた。右手にはナイフを持っている。フリョーズは隠密仕様のヴァルキリーでマリとの相性は最高だった。


「さて、スカウトの真似事でも始めましょうか」

「どちらかというとニンジャだね」


 羽付き兜を装着するヴァルキリーは和風の隠密達人である忍者とは容姿がかけ離れているが、フリョーズの戦闘方針は忍者やアサシンのそれと同じである。不意を衝いての、一撃不殺。必殺ではない。彼女なら問題なく不殺を貫けるとヤイトは信頼していた。


「試運転と行く。あなたはハルを」

「了解」


 ヤイトは光学迷彩を発動させた上で、斥候特有の自然調和を開始する。幸いなことに周囲には自然が広がっているので、気配を同調させ、視覚的にも感覚的にも周囲と同化することができた。

 敵を避けるのは容易い。マリに注意を惹かれている状況でならなおさらだ。


「――待ってて、ハル」


 ヤイトは小さく呟いて、血濡れた村を進んでいく。



 ハルはちょっとした屋敷風の家に隠匿されている。広い敷地の中には見張りが誰もおらず、罠の空気を醸し出していた。


(もしくは、攫われたか)


 ヤイトは動じることなく慎重に、敷地内へ侵入を果たした。広い庭園には犬がいたようだが、殺されている。犬だけではなく、どうやら敵らしき人物も死んでいた。仲間割れが起きたようだ。


「……」


 黙したまま割れた窓から家へ入り、血で濡れた床を通る。血が凝固し始めているため、足元を残さずに済んだ。音を立てないように廊下を進み、目当ての部屋へ辿りついた。

 ゆっくりとふすまを開ける。畳の上に敷かれた布団に、ハルは寝かされていた。


「ハル」


 呼びかけて、違和感に気付く。ハルが反応したのだ。植物状態で、身動きを取ることもできないはずなのに。


「なぜ……」


 瞬時に、おかしいと悟る。だが、理性ではそう判断できても、心情はそう上手くいかなかった。心の底では、ずっと眠り続けていたハルが目覚めたことに驚き、歓喜している。

 思わず迷彩を切り、うっすらと目を開けたハルの前に姿をさらす。ハルは眼を見開くと、ヤイトに抱き着いた。


「ヤイト君!」

「ハル……どうして……」


 いくらいつ目覚めても問題ないように医学的運動処置を行っていたとはいえ、ここまで自然な動作で動けるはずはない。

 これは、罠だ。ヤイトの頭は改めて、そう自身を戒める。しかし、身体はハルを離さなかった。


「会いに来てくれたのね! 遊ぼうよ、ヤイト君!」

「ダメだ。君はわからないだろうけど、既に何年もの月日が流れている。僕は君を救いに来たんだ。遊ぶのは、その後だ」


 ハルは幼い精神のままだ。身体だけが成長している。

 急いで離れなければならない。うかうかしていたら、ハルとマリの身に危険が迫る。

 ヤイトは普段から自分の命は勘定に入れていない。ゆえに、ヤイトはハルの周りに気を配り、ハル自身に警戒をしていなかった。

 そのため、自然と握られた拳銃に気付けなかった。自分が撃たれたと知ってから、誰に撃たれたのかを認識する。


「……ッ、ぐ」

「え? え?」


 撃った張本人であるハルが驚愕している。何らかの魔術的洗脳を受けていたのだ。敵の常套手段。――大切な人間に、大事な人を殺させる。


「君は、悪くない……ぅ」


 左胸を撃たれながらも、ヤイトはハルと、外で戦闘をしているマリのことを考えていた。ヤイトの身に何が起きたのかを悟り、涙を流しているハルの身体を抱える。


「ヤイト君! ヤイト君!!」

「行こう……。君は、こんな場所に、いては……ダメだ」


 ヤイトは重傷を負いながらも、ハルを抱きかかえながら歩き出す。

 彼女がいるべき場所は、平和な世界だ。こんな血濡れた場所ではない。そう強く想いながら。

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