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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
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戦乙女の鎮魂歌

 ソラたちはクリスタルと相賀の案内で転移し、不思議な空間へと誘われた。巨大な宮殿が眼前にそびえ立ち、入り口付近には魔術で構築されたゲートがいくつも立っている。その中はアメリカやロシア、日本などの様々な国が戦前の状態で再現されていた。まるで世界のコピーだ。


「……どこなの、ここ」

「ミュラ、大丈夫だよ」


 大勢の人混みに囲まれて、不安の色を覗かせるミュラにソラは声を掛けた。孤島にミュラを迎えに行ったソラはセバスと共に彼女を仲間たちの輪に混ぜた。ゾンビであるセバスの存在は物議を醸したが、一応受け入れられている。


「気持ち悪い……」


 誰かが声を発して、セバスが悲しそうに声を出す。ムッとしたミュラが怒鳴りそうになったが、ソラは慌てて取り繕った。


「ワープ酔いだよワープ酔い。セバスさんのことじゃないって」

「本当? はぁ、何でこんなに可愛らしいセバスを拒絶するの。みんなの感覚は狂ってる」


 狂ってるのはミュラの方だよ、とは言わないで黙っておく。

 どこに行けばいいのかわからずにソラたちが迷っていると、二人の人影が入り口から姿を現した。すると、実は幼馴染という間柄であるハルフィスとリーンが同時に驚く。


「ミスルト!?」

「……今の私はフレイヤだ。二人ともそのように」


 一人のフードを被った女性は二人の導師に言われても怖じなく応じる。隣に立つモノクルを付けた少女がぺこりと会釈した。


「避難民の方々、それぞれ自分の住みやすい地域へ。しばらくの間はそこに避難してください。もし、ボクたちと共に戦う気概がある方がいれば、どうぞこちらに」


 民間人たちは当然のようにゲートをくぐり、勇敢な軍人たちも半数がゲートをくぐった。残ったのはソラたちと志願者だけである。


「よろしい。説明しよう。こちらに来い」


 フレイヤが皆を中へと招き、それぞれが困惑しながら先に進む。ソラも思わずクリスタルの顔を見たが、彼女は笑みをみせてソラを手招きした。

 宮殿の中はとても広く、真ん中には巨大な長テーブルが幾重にも並べられていた。ちょうど、全員分が座れる長さだ。

 ハッとしたマリが思いつく名前を上げる。


「ヴァルハラ宮殿……」

「ようこそ、ヴァルキリー。そして勇者エインヘルヤルたちよ」


 フレイヤは全員を椅子に座らせ呼びかけた。状況を理解できない何人かが戸惑う声を漏らす。訳知りのクリスタルと相賀、何となく状況を察している導師たちとケラフィス、マリ、ヤイト、メローラ、アテナは特に動揺することもなく彼女の話を聞いていた。


「どういうことですか?」


 理解ができないソラが問いを投げる。不思議とフレイヤとは初対面な気がしなかった。どうしてだろうと考えて思い出す。シグルドリーヴァの幻想世界で彼女を見たことがあった。


「ふむ、わからぬか? ブリュンヒルデ」

「仕方ありません。彼女はあまり賢い人間だとは思えませんし」

「いきなりディスられた!」


 突然の罵倒に大声を出して周囲の注目を買い、ソラは赤面して縮こまる。他のメンバーが特に反論しない中、ソラが侮辱されたのを見てクリスタルだけが憤慨する。


「ちょっとノア! 彼女は私の親友よ!」

「あ、すみません。ボクはただ事実を述べただけで。バカにする意図は全くありませんでした。大丈夫です。あなたの知能指数でも十分世の中を渡り歩けますよ」

「うぅ」


 どうやらノアという名前の少女は悪意なく、素でそう思っているらしい。彼女なりにフォローしたつもりだろうが、ソラの精神的ダメージは蓄積されていた。


「話を戻そう。まず最初に言っておく。この戦争は茶番だ。原初の本へと至るための儀式でしかない」

「ヴィンセント……さんの計画」


 即座に思考を切り替えたソラが、思い当たる考えを述べる。


「そうだ、ブリュンヒルデ。存外、お前が一番核心に近づいているのかもしれんな。ヴィンセントはアーサーと手を組み、人間側と魔術師側、両方に働きかけて戦争を引き起こした。原初の本への道を開くためには一定数の死者が必要だ。ヴィンセントは一度扉を開き、原初の本へと辿りついたが、その時は生贄の数が足りずに失敗したようだ。ゆえに、大変革を引き起こし、生贄となる魔術師を生み出した」

「じゃあ何? かつて浮き島にいた魔術師の七十パーセントは――」


 メローラの言葉に、フレイヤが頷く。


「そうとも。ヴィンセントが生み出した。原初の本に書き加えてな」


 その事実を聞いて、新しき魔術師イノベイターと呼ばれる魔術師たちが顔を見合わせる。クリスタルも微妙な表情をしていた。自分が魔術師になったのは神の采配でも、ましてや運命でもない。一人の男の野望のためだ。

 混乱が拡散しそうになったため、ソラはみんなに呼び掛ける。


「で、でもさ! 私たちがこうして出会えたのはみんなが魔術師だったおかげだよ!」


 ソラの呼びかけのおかげで、皆はとりあえず落ち着きを取り戻した。もしこれでヴィンセントに怒りを滾らせれば、それこそ彼の思うつぼなのだ。彼は争い、殺し合って欲しい。彼の野望を打ち砕くためには、怒らず恨まず、憎むこともせず、平静を保たなければならない。


「それでいい。もし我々が奴への復讐に動き出せば、奴は喜んで兵士を差し出す。正直なところ、奴は勝敗などどうでもいいのだ。大勢の人間が死に、魂が器に集いさえすれば、奴の目的は達成される。無論、勝った方がよいに越したことはないが、負けたところでどうでもいい。奴はそう考えているはずだ」

「だからヴァルキリーは人殺しの兵器じゃなかった。そういうことですか?」


 マリが問う。フレイヤではなく相賀が応えた。


「そのようだ。……だから天音も人を殺さなかった」

「そうだ、フリョーズ! 天音ちゃんのヴァルキリーが勝手に持ち出されたのって!」

「俺だ。彼女たちならフリョーズを修理できたからな」


 コルネットの疑問に相賀が応え、マリが複雑な表情をする。ソラも驚いていた。

 マリの姉である天音がヴァルキリーだったことは初耳だ。デリケートな問題であるため、自分たちには隠していたらしい。


「それで前例があるって言ってたのね。教えてくれればいいのに」

「大したデータが取れてなくてな。……天音はヴァルキリーになってしばらくして、ヘルヴァルドに殺されてしまったからな」


 ジャンヌに相賀が応えていると、ノアが口を挟んだ。ヴァルキリーフリョーズについて言及する。


「フリョーズはブリュンヒルデ、スヴァーヴァ、エイル、スクルド、レギンレイヴ……全てのヴァルキリーの原点です。プロトタイプと言うべきですね。ボクの父とミスフレイヤが共同開発し、上手く敵の手から奪取した機体の一つです」


 ノアはそれから掻い摘んでヴァルキリーシステムがなぜどちらの陣営にもあるのかと説明した。

 元々フレイヤとノアの父親はヴィンセントとアーサーに無理やり協力させられていた。オーロラドライブとそれを搭載する兵器であるヴァルキリーシステムを開発したが、このままでは大変な事態であると危惧した彼女らはヴァルキリーを数機奪い取り、システムに細工をした。それがソラたちの手元に存在するヴァルキリーである。

 しかし、その変更は不完全であり、ディースシステムがそれぞれのヴァルキリーの中に眠っている、とも教えられた。


「しかし、ディース発動の危険性はブリュンヒルデだけですね。ミスソラが注意すれば暴走の危険はないでしょう」

「……質問。どうしてこんな危険なものを使ってるの?」

「ネクロマンサーか。目ざといな」


 人見知りであるはずのミュラが憮然とした態度で手を上げて、フレイヤが感心する。

 わかっているのだな、と問い、ミュラが首肯。では、解説しようとフレイヤが口を開いた。


「ヴァルキリーシステムは死者の力を使い適合し、戦闘力を高める。他のヴァルキリー装着者には覚えがないだろうが、群を抜いて適合している君ならば、何を言っているか理解できているはずだ」

「……色んな人の声を聞きました。会話したりも。セレネさんとも話しましたし、ユーリットさんの両親にも会いました」

「であろう。死者の遺志は辺りに散らばっている。ヴァルキリーと適合すればするほど彼らの思念を読み取れるようになっていく。――ヴァルキリーとは死者の魂を鎮める者。戦乙女ヴァルキリーが奏でる旋律は、鎮魂歌レクイエムなのだ」

戦乙女ヴァルキリー鎮魂歌レクイエム……」


 固唾を呑んで、復唱する。自分に、ブリュンヒルデにそれほど大きな役目があったとは思いもよらなかった。

 しかし、ミュラの不満は収まらない。それだけじゃないでしょう? とフレイヤを詰問する。


「ヴァルキリーシステムは生者を死者で上書きする危険極まりないシステムよ。現に、ソラは半分ほど死者に侵食されてる。このまま続けたら彼女は――」

「問題ない。彼女に力を貸す死者は、敵を恨まず憎まずに死んでいった恐れを知らない者たちだ。彼らは無理に装着者を塗り潰そうとはしない。ソラが自我を保つ限りはな。しかし、ディースシステムは違う。シグルーンやスクルドはディースシステムを使い、悪意を持つ死者の力を利用している。特にシグルーン、滝中メグミは君たちの友人のはずだ。急いで救出せねばならない」

「メグミが……!」


 ソラが危機感を抱き、マリやホノカも焦燥感を持つ。フレイヤはマリを見て、ふむと、考え込んだ末に相賀へと問いかけた。


「彼女が私が誘った装着者……天音の妹か」

「そうだ。最初のヴァルキリー装着者の妹さ」

「何を言って……」


 惑うマリにフレイヤは簡潔に言う。君は精神鍛錬を積むべきだ、と。


「君こそ、ヴァルキリーフリョーズを使うにふさわしい。ヴァルキリーシステムには血縁因果は無関係だが、君には友を救いたいという意志が感じられる。以前は復讐に駆られたりもしたが、今は違うだろう。私の持論では、何もなかった者よりも、むしろ一度過ちを犯した者の方が、ヴァルキリーに適合できる可能性が高い。君には十分な資格がある。後は自分自身との戦いだ」

「大丈夫よ、マリさん。……私だってヴァルキリーになれたもの」


 クリスタルが左手の薬指に嵌まっている金の指輪をみせる。しかし、マリは難色を示していた。


「私に姉さんと同じことができるとは思えない……」

「弱気だな、マリ。天音は今のお前を情けなく思うぞ」

「……っ」


 発破をかける相賀にマリは言い返そうとして、言葉を詰まらせる。天音は確かにそんなことを想ったりはしないが、マリ自身の気持ちは自分を情けないと思っているのだ。

 ゆえに、彼女は眼を瞑り、考え事を始めた。その間に、フレイヤは説明を続けていく。


「我々はヴァルハラ軍を結成し、終末戦争ラグナロクに備える。無論、我らが勇むのはなるべく敵を殺さない戦いだ。そして、味方にも死者は出してはならない。敵味方一人も死なせない戦場。そこへ我らは進む。そうしなければ、世界は滅ぶ。単純だが困難だ。……そこで、まずヴァルキリーには選定を始めてもらう」

「選定……ですか?」


 初めて耳にしたらしいクリスタルが訊ねる。そうだ、と相槌を打ってフレイヤは言葉を紡ぐ。


「ヴァルキリーは勇者エインヘルヤルを集める魂の選定者。世界中で救援を待つ人々を回収し、我らに同調する勇者エインヘルヤルを選定する必要がある。現戦力では到底勝ち目はない。ゆえに、君たちが仲間を増やすのだ。我々がここにいる者たちを鍛える間に」

「神話の通りに……味方を増やす」


 北欧神話でオーディンは終末戦争に備えて、ヴァルキリーたちに人間の勇者エインヘルヤルを集めさせた。時には自ら英雄を創り上げたこともある。ブリュンヒルデが恋焦がれたシグルズの父シグムンドもそのひとりだ。

 フレイヤはヴァルキリーのリーダー的存在で、オーディンとは別口で戦死者を集めている。さらには彼女自身がヴァルキリーであるという説もあった。今回、ヴァルハラ軍の指揮官として彼女ほどふさわしい女神はいないだろう。


「難しく聞こえるかもしれないが、すべきことはシンプルだ。人を探し連れてくる。それだけでいい。人間も魔術師も、軍人も民間人も関係ない。全ての人間を平等に。何なら敵を回収してきてもいい。彼らが生きるべきか死ぬべきか、その選択権は我々にある。敵対する者はヴィンセントに操られているか、その思想に賛同した者たちだ。騙されてると知らずにな」

「騙されてる……んですか?」


 フレイヤは気になる話ばかりを紡ぎ、ソラが気になって訊く。フレイヤはソラを見据えて答えた。


「そうとも。ヴィンセントは世界を破壊する気でいる。復讐だ。……私の妹のな」

「復讐……」

「そう。アーサーも恐らく気付いているだろう。ヴィンセントは同志に世界をよりよくする、などと謳って支持を得ているが、彼は世界を改変する気などない。終わらせるために原初の本を使おうとしているのだ。理由は、私の妹……奴の婚約者だったが――彼女が死んだせいだ」

「そんな」

「真実だ。奴は世界が赦せない。実際に彼女に手を掛けた魔女狩りの騎士……人間だけでなく、彼女を救わなかった魔術師たちも恨んでいる」

「そんなありきたりの理由で世界を壊そうと?」

「ありきたりかどうかは関係ない。もはや奴にとっての命題だ。奴は世界を壊すために生きる屍。アレックに邪魔をされ、勝てぬとわかると復讐のために死すら選択した男だ。昔はあのようなことをしでかす男ではなかったが」


 フレイヤの凛とした顔が一瞬陰ったのを、ソラは見逃さなかった。察するに、家族ぐるみの付き合いだったはずだ。フレイヤにとって、ヴィンセントは家族なのだ。どれほど凶悪な男でも。さらに、彼が暴走する理由も家族のため。

 どれだけ冷徹さを醸し出しても、やはり胸中は複雑だろうと推測できる。加えて、今の話を聞いたソラの脳裏にセレネの記憶がよみがえった。


 ――あなたは、救われるべきだ。


 セレネの最期の言葉はヴィンセントに向けて放たれたものだったのだ。彼女はヴィンセントの復讐心を読み取り、自分を無残に殺そうとした男さえ赦していた。

 だったら、とソラは自分のすべきことを理解する。


「ヴィンセントさんも救わないとね」

「……。その必要はない。殺してしまえばいいのだ」

「でも、彼を殺すだけじゃ世界は救われません。ヴィンセントさんの復讐心が世界に居座って、また別の誰かが世界を破壊しようとします。復讐の連鎖を止めるためには彼を救わなければ」


 簡単なことではない。しかし、それでもやらなければならないことだとソラは覚悟する。

 戦争を起こし、たくさんの人々を殺した男を救うなど、愚の骨頂かもしれない。世界中の人々に愚か者だと糾弾されるかもしれない。

 しかし、それが世界のためになるのなら、ソラは人々に恨まれることを恐れない。


「誰に何と言われようと、私、決めました。それにセレネの意志でもあるんです」

「セレネの?」


 アテナが反応する。メローラも渋った表情を見せている。アテナはともかく、メローラはセレネの復讐をするつもりだった。それなのに、セレネの希望とは違うと言われ彼女の心境は穏やかではない。


「セレネは復讐を望んでないよ。……あなたたちにとっては不本意かもしれないけど」


 復讐に奔る気持ちはソラもわかる。が、死者が、殺された当人が望んでいないのに、復讐に奔るのは果たして本当にいいことなのか。

 死者の気持ちと通じる自分ならその答えを知れるとソラは信じていた。例え、他者の同意が得られなくとも。


「私は自分の信じる道を進みます。ごめんなさい」


 申し訳ない気持ちが先に立ち、ソラは全員に謝った。自分の考えが異質だと理解できている。しかし、それが正しいと信じたのだ。例え誰に諭されようと、ソラは自分の想いを貫くつもりだ。


「復讐なんてものは、自己満足であり個人の欲求に過ぎない。あなたはあなたの信念を貫いて」


 マリがソラだけでなく自分を戒めるように呟く。ヴァルキリーを身に着けるには復讐心を捨てなければならない。

 その復讐心は、ヴィンセントが野望を成就させるために作ったものだ。本当に死者のことを想うなら、抱いてはならないとマリは達観していた。

 しかし、ソラの覚悟を聞いても、メローラは押し黙っていた。メローラは自分の父親を殺す気でいるらしい。なのに、ここにきてそんな話を聞かされても困ってしまう。ソラは何となくメローラの葛藤が理解できた。


「君はヴァルキリーを身に着けるに値する恐れを知らない者だ。好きにしろ」


 フレイヤはソラの信念を認めた。集会は一旦終いにしよう。そう言って広間から出ていく。

 横にいたノアが声を張り上げた。


「今日のところはみなさん、休んで下さい。戦士には休息も必要です。無茶をして足を引っ張られたら困りますし」


 ノアは全員に言い聞かせ、フレイヤの後を追って行く。ソラはふはぁ、と疲れ交じりの息を吐いた。


「なんかどっと疲れちゃった……」

「部屋に行きましょう。積もる話もあるし……」


 クリスタルがソラを誘う。なら私も! とミシュエルが立候補したがツウリに抑えられた。

 せっかく再会できたと言うのに、まだきちんとお話ができていない。ソラは笑みを浮かべて、クリスタルと共に空いている部屋へと足を運んだ。



 ※※※



「フレイヤが馬脚を現したか」

「そのようだ。ガウェインから報告を受けた。……攻勢に出るか?」


 アーサーはキャメロット城の執務室で、ヴィンセントに問う。ヴィンセントは笑みを浮かべたままにべもなく答えた。


「そちらの采配に任せよう。察するに、異空間に引きこもっているはずだが」

「連中は慢性的な戦力不足に悩まされている。もうしばらく経てば、味方を増やすために姿を現すはずだ。そこを追跡すればいい」


 アーサーが方針をまとめると、唐突にノック音が響いた。入れ、と声を掛けるとパワードスーツを装着した傭兵が入室を果たす。かつて防衛軍に雇われ、ゴディアックを陰から支えていた傭兵シャークだ。


「シャークか」

「旦那様方、そろそろ殺させてくれませんかね」

「いい手駒だな、アーサー」

「ああ、この男は戦闘ができさえすればどの陣営にも付く」


 シャークにとって戦闘とは、生きる理由そのものだった。戦うために生きる。それ以外はただの余分。文字通りの戦闘狂だ。

 闘争本能のままに生きるこの男は、下手な人間よりも信頼できる。アーサーのお気に入りの兵士のひとりだ。


「では、指示を出す。お前は――」

「ああー、失礼。ちょっとリクエストいいですか?」


 男がおどけた口調で訊く。構わん、話せ。アーサーは彼の意向を聞いた。


「どうせなら因縁がある奴らと戦いたい……そこら辺の雑魚じゃなくね。で、思い出したんですが、連中の知り合いにガキがいるんですよ。ちょっと調べたら、植物状態で隠されてましてね。あなたのやり方を見聞きして、私も一度似たようなことをしたいと思ってまして……よろしいですかね?」

「いいだろう。好きにしろ。敵を殺せば文句は言わん」

「流石、王様だけはある。そういう性格だから、俺は喜んで従うんだ」


 シャークは嬉々とした表情で出て行った。

 無礼な態度ではあるが、そんな小事を気にする者はこの場にいない。仕事を果たしてくれれば特に異論はない。誰がどんなことをしようとも、二人の関心は原初の本それだけに尽きる。


「パーシヴァル、聖杯の様子は?」

『順調です。ですが、敵に魂を回収される前に殺さねば……』

「それについては私に考えがある。……これを使え」


 ヴィンセントはおもむろにペンダントを取り出した。高濃度の魔力が圧縮されたジェムである。


「魔力増幅装置か」

「その通り。人間側の戦力増強は果たしたが、魔術師側はまだだろう。どちらの火力も底上げし、より確実に敵を殺さねば」

「よろしい、これを部下に配らせよう」

「……お前は付けないのか?」

「このような物に頼る必要はない。……それに」


 アーサーがヴィンセントを見つめる。それはどこか昏さを感じる視線であり、ヴィンセントもまた似たような瞳を覗かせていた。

 アーサーはヴィンセントに気を許しておらず、彼もまた然りだ。二人は同じ目的のため進んでいるが、無条件での仲間という訳ではない。一時的な協定を結んでいる間柄に過ぎない。ゆえに、自分の配下にはこのジェムを与えず、死んでもいい者だけに配布させる。


「では、私は網を張るよう部下に徹底する」

「私も私ですることがある。またな」


 ヴィンセントが部屋を立ち去る。アーサーは疑心の視線でジェムを見回した後、下級騎士に手渡した。



 ※※※



「まだ着けてるんだね、それ」


 クリスタルがソラのペンダントを指して問う。もちろんだよ、とソラは胸を張った。


「これはクリスタルとの絆だからね!」

「にしてはこの前外してたみたいだけど」

「うっ、それは……」


 ミュラを信用させるため、一時的にペンダントを彼女に預けていた。そのことを指摘されソラが言葉を詰まらせていると、クリスタルは小さく笑う。


「ふふ、わかってるわ。理由があったんでしょ」

「からかわないでよ、もうー」


 ソラは頬を膨らませる。ごめんごめん、とクリスタルが謝る。

 とても懐かしい気持ちに浸っていた。八年前とは全てが変わってしまったけれど、クリスタルとまた出会えた。


「これではりせんぼん呑まなくて――」

「まだよ、ソラ。まだ」

「どういうこと?」


 てっきりこれで約束は果たせたと思っていたソラにクリスタルは言う。まだ約束は終わっていないと。


「あの花畑に行くまで有効。遠足は家に帰るまでが遠足でしょ? 約束も同じ場所に辿りつくまで約束だよ」

「……そうだね」


 ソラは同意する。確かにまだ完全に約束を果たせた、とは言い難い。世界は戦争中で、復讐心に蝕まれていて、これでは遊ぶこともままならない。約束が叶う時は、世界が平和になる時だ。


「だから、早く世界を平和にして、本当の意味での再会を果たしましょう。……またたくさん遊ぼう」

「うん。でも、まずトークタイムだよ! 色んなことがあったんだから!」


 そわそわして口火を切る。が、何から話せばいいかわからずソラは混乱してしまう。クリスタルと共有したい出来事が多すぎて、どこから話せばいいのやら。そんな彼女を、クリスタルはかつてのように落ち着かせる。


「順序通り話しましょう。全てを話して。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことを。私も全て曝け出すから」

「うん! まずね、クリスタルと別れた後、私は――」


 手狭な部屋で、二人っきりで。ソラはクリスタルと言葉を交わす。

 八年もの歳月は二人の立場を変化させた。状況が移り変わり、剣と銃を執って殺し合ったこともあった。

 でも、もう過ちは犯さない。二人の進路は交差し、一本の道となり、歩を合わせて進んでいくのだ。

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