二人のドルイド
剣戟と銃撃の音がトレーニングルームの中に響き渡っている。
戦うのは剣士と黒色の銃撃士。ブリュンヒルデを身に纏うソラと、パワードスーツを装備するマリだ。
使っているのは模造刀とペイントガン。剣と銃では剣の方が不利だが、ヴァルキリーシステムを用いるソラの方が何倍も有利である。
……はずなのだが。
「たぁッ!」
「……それはホログラム」
思いっきり模造刀を振り下ろしたソラは、マリとごつごつとした黒色の強化服が消え去ったことを知る。光学迷彩をオフにしたマリはソラの真後ろに立っており、兜の後ろに赤いペイント弾を悠々とぶち当てられた。
「戦場だったらとっくに死んでるわよ」
「うぅ、わかってるよう」
ソラはもう二十回ほど死んでいる。マリが執る戦法はより実戦に近づけるため、パワードスーツやドローン、光学迷彩、デコイやワイヤートラップなど様々なギミックを使用して行われていた。
魔術師はこれ以上に複雑で非常識的な戦術を執ってくるので、むしろまだ易しい方らしいのだが、ソラは未だ一度もマリに勝ててはいない。心技体の内、心しか持ってないソラの現在の実力である。
「手加減はしない……。これは私なりの優しさよ。ありがたく受け取りなさい」
その結果が青白の鎧から、血みどろへのカラーチェンジだった。ソラの青い髪にすら赤色は付着している。そろそろ本気でシャワーを浴びたい。
物は試しと眼で訴えてみる。だが、マリはそれを次の訓練を所望する無言の要請だと誤解して、また新たに訓練をスタートさせた。
「今度は直接対決。性能ではブリュンヒルデの方が上よ。さぁ、剣を執りなさい」
「中身が下じゃ意味ない……うぎゃ!」
ソラの顔面が真っ赤に染まった。
※※※
「…………」
静かに、だが熱意だけを胸に秘め、ポニーテールの少女はソレを見上げている。
そこには第七独立遊撃隊が独自に運んだ兵器の数々が保管されていた。筒状の大人ひとりが収まりそうなカプセルの中に浮かぶ白銀の鎧。
持ち主がまだ決まっていない、ヴァルキリーの一機。
「何してるんだ?」
「あ、相賀さん……」
急に声を掛けられてメグミが驚く。メグミはまだ正式に軍に所属したわけではないのだ。しかし、相賀は気にも留めないようで、むしろ機密であるはずのヴァルキリーシステムについて言及していく。
「着たいのか?」
「着れるなら。あの子だけを危険に晒すわけにはいきません」
「でも着れないことは自分でわかっている」
相賀はメグミの心情を読んで口にする。図星だったので頷くしかない。メグミにはヴァルキリーが装着できない。実力がないわけでも知能が劣るからでもない。心理適性がないからだ。
「起動装置である指輪を渡すことはできる。ニーベルングの指環はヴァルキリーシステムの起動因子であり認証装置でもあるからな。あのくそ長いオペラを見たことはあるか?」
「いいえ……」
メグミが首を横に振ると、相賀も俺もだと笑いかけた。
「大雑把には概要を調べた。魔術師から見ればヴァルキリーは科学の産物ではなく魔術の一種らしいからな。恐らくヴァルキリーに纏わる神話の影響を受けている。みんなには内緒だぞ」
その“みんな”が遊撃隊以外の人間を指すことはメグミにもわかった。相賀は今なお人気を博すドイツのオペラの指環部分をとても簡潔に説明し出す。
「最初この指環は愛を否定した者しか装備できないものだったらしいがな、色々あって死の呪いが掛けられるんだ。それはなんやかんやあってブリュンヒルデの手に渡るんだが……」
「待ってください。ちょっと待って。全然意味がわかりません……」
「大丈夫だ。俺もよくわかってない。オペラに興味はないんだ……だから、重要そうな部分だけを話す」
メグミは後で自分で調べる必要性を感じたが、とりあえず相賀の話に耳を傾けた。
「ブリュンヒルデは夫ジークフリートは記憶を喪い、ブリュンヒルデのことを忘れてしまう。しかし、ブリュンヒルデは夫のことを覚えており、指環のことも覚えていた。誤解と策略のせいでブリュンヒルデはジークフリートを謀殺してしまい、最期はその後を追うんだが……その死が神々の黄昏の引き金となった。まぁ、ここら辺は人によって解釈が違うらしいが」
「……指環の所在は?」
「最初の持ち主であるライン川の乙女だったか? の手に戻ったよ。ここで大事なのは、ニーべルングの指環が神々の破滅を引き起こした、ということだ」
「北欧神話におけるラグナロクのような……」
「そうだな。ラグナロク自体はアース神族と巨人による終末戦争だ。破滅はブリュンヒルデのせいじゃない。けどな、ブリュンヒルデだったりヴァルキリーシステムだったりは、様々な神話や逸話、寓話を再現しているんじゃないかと俺は考えている。無関係だと楽観視はできないな」
「その口ぶり、まるで、ソラの身に危険が迫っているような……」
メグミが咎める口調で声を出す。ブリュンヒルデについて、メグミも多少なりとは調べた。だが、どの話でも大抵彼女は愛する者を手違いで殺し、その後を追っている。そのような話を再現した鎧を着込むソラも、ブリュンヒルデと同じような末路を辿る可能性があるのではないか。
「鎧の安全性だけは確認している。ソラが鎧に殺される可能性だけはゼロだ。それに、魔術とは曖昧なシステムで動いている……。理論の塊である科学とは違ってな。その曖昧さは強みとなりうる。科学はどんな奇跡を願ったって方程式通りの結果しか出せないが、魔術は祈ればその分結末は変わる。ソラなら、大丈夫さ」
既に実証データがあるような言い方で相賀は断言する。メグミは頷き同意した。
「もちろんです。ソラが死なないのは当たり前ですから」
そう応えながらもメグミは心配で致し方ない。本来ならソラは深紅の魔剣などという異名を持った魔術師に殺されていた。あのバカは訓練の成果もあって、徐々にだが強くなっている。だが、ソラの成長速度に敵が合わせてくれる保証はない。
(でも、復讐心だけは……殺すことができない。何であのバカは魔術師を赦せるんだ……?)
思いながらも、メグミは答えを知っている。ソラはバカだから赦せるのだ。愚鈍な愚者だから、敵を敵と認めない。
しかし、愚者と賢者は傍から見れば同じように見えるという。ソラが愚者なのか賢者なのか。その答えもまた、メグミは熟知している……。
※※※
クリスタルはマスターアレックと老齢の魔術師の会話を聞かされながら、少しうんざりした様子で椅子に座っていた。
対面席にはドルイドであるハルフィスが大事のように捲し立てている。彼はマスターアレックの来客であり、現代流派にも寛容的な人物の一人だ。
「大変だぞ、これは! ラグナロクの兆しかもしれん!」
なぜケルト神話に縁が深いドルイドが北欧神話の出来事の心配をするのかと呆れ果てるが、それこそが今の魔術世界の自由さだ。地域、ルーツ、出生関係なしに、どの国の魔術師や魔道を司る者も、魔を操るという基礎の元、同一的存在である。
「落ち着けハルフィス。確認されたヴァルキリーは一体だけだ」
「まだ一体だけであるぞ。しかも現れたのがブリュンヒルデと来た。これは破滅の兆候じゃ。ブリュンヒルデは神々に背いた裏切りの戦乙女だぞ?」
「それを言うなら、ブリュンヒルデは最後自殺する。愛する者を殺してな。そんな心配をするぐらいなら、今すぐ彼女の愛する者を探し出し対決させればいい。さすれば、同士討ちの果てに滅されることだろう。もっとも、そこまで再現するつもりがあれば、だが」
「それほど貫徹な再現などしないだろう。魔術師における神話再現は己に都合の良い部分だけを再現するものだ。もっとも“深紅の魔剣”ヘルヴァルドのテュルフィングなら別であるが」
「ヘルヴァルド……」
クリスタルはその名を呟きながら、なぜ彼女が手綱基地に現れたのかという疑問に頭を回す。
戦場を俯瞰していた彼女たちは、突然現れたヘルヴァルドに動揺を禁じえなかった。マスターアレックでさえ驚いたほどだ。彼女ほどの実力者が戦場に現れることは滅多にない。わざわざ彼女が出撃せずとも、使い勝手のいい下級魔術師は山ほどいる。
なのに、彼女は裏切り者を試し、笑った。自分をヴァルキリーが回収するべき勇者になぞらえて、気に入らなければ殺しに来いと言ったのだ。
かの戦士が見逃すほどの、取るに足らない剣士だったのか? いや、そうではない。何か光る物を持っている不思議な少女に違いない。
(マスターの許可を得て、出撃しよう。ますます正体が気に掛かる)
そもリュースは魔女の罠だと知りながらも、人々を無意味に傷付けることを憂いたクリスタルの代わりに出撃したのだ。自分ならば敵を無力化し、多くの人間を傷付けることなく敵だけを倒せると。しかし、間違いだった。例え範囲攻撃が得意でなくとも、クリスタル自身が戦場に赴くべきだったのだ。
(集団には弱いけど、単一の敵ならば、私でも十分対処できる。それに、あれを打ち倒せば、防衛軍も無駄な足掻きを止めるかもしれない)
防衛軍と魔術教会では、魔術教会の方が圧倒的に強い。既に降伏してもおかしくない状況下で、防衛軍はまだ抵抗を続けている。魔女狩りが起きた前後に広まった、魔術師は人間を取って食うなどという根も葉もないデマを未だ信じている愚か者たちのせいだ。
史実の魔女狩りと何ら変わりない。時代が進んでも、人間はよくわからないものを忌み嫌い、殺してしまうという短絡的な思考に支配されている。
そんな状況下の中で現れた戦乙女、ヴァルキリー。戦死者を選定する者の意味を持つ彼女たちは、戦の命運を決め、優れた勇者をヴァルハラへと誘い世話をするという。言わば、この戦争の行く末はあのヴァルキリーにかかっている。
彼女さえ倒せば、戦争は終わる。また友達に会うことができる。
ならなぜ、ここで足踏みをしていられようか。
「…………」
「待て、クリスタル。まだ時ではない」
無言で立ち上がったクリスタルを、アレックは押し留めた。それに賛同するようにハルフィス。
「そうだぞ、クリスタル。無闇に武器を執るでない」
「あれを倒せば戦争は終わる。お二人も、そうお考えでは?」
「そうさな。だが、まずは身内のごたごたを解決する方が先だ。このままでは、愚かにも復讐に駆られ、人間を虐殺しようなどと提案する輩が現われかねん。彼らを諫め、押さえつけることこそ、知恵ある者の役目であろう」
ハルフィスの言い分は一理あるが、困難であることも確かだ。どうして自分の親を殺した連中と手を繋いで仲良くできようか。それは相手も同じだ。手を差し伸べられたところで、その手を叩かれ、短剣を突き刺されるに決まっている。
復讐の連鎖に、どちらも嵌っている。恐らくは、会ったこともない人間たちの憎しみのせいで。
大人の都合で引き裂かれるのはもうたくさんだった。せめてソラにだけでも会えれば。そう思わざるにはいられない。
「そも、この戦は自然を疎かにした神々からの天罰じゃ。自然を敬う心を忘れた人間は――」
「よせ、ハルフィス。その話はもう何回も……待て」
アレックは何かに気付いたように、ノートパソコンを立ち上げた。機械は好まんのう、と難色を示したハルフィスも、次の瞬間には画面に釘づけとなっている。
クリスタルもテーブルを回って、画面を覗き込んだ。知り合いが初めて見る魔術師と箒に跨って飛行している。
「何と、カリカ! あのバカ弟子め、儂の許可なく先走りおった!」
緑髪の魔術少女、カリカはハルフィスの弟子であるドルイドだ。何度かクリスタルも会ったことがある。
「リュースと親しくしていた……」
「ええい、あの間抜けめ! 宿り木の回収をほっぽりだしおって!!」
ハルフィスはご立腹だが、クリスタルにも気持ちはわかる。カリカはリュースが心配でたまらないのだ。拷問されてやいないか、牢屋の中で涙を流していないか……。
「私も援護に!」
と意気揚々と戸口へ向かったクリスタルの腕をアレックが掴む。
「待て。今は耐えろ」
「しかし」
「下手に出れば、魔女の妨害を受けかねない。今は耐えるべき準備期間だ、クリスタル」
「はい……」
理性ではアレックの言葉が正しいとわかっている。それでも感情はなかなか言うことを聞いてくれるとは言い難い。
クリスタルは歯噛みしながら、リュースの救出に向かった男女を見つめ、握りこぶしを作った。
※※※
高速で移動する魔法箒とそれに跨る二人の男女。カリカが前に座り、しがみ付く様に少年が後部に座っている。
「コラッ、ケラン! おさわり禁止! 私はあんたを護衛に雇っただけの赤の他人よ」
さばさばとした口調で話す緑髪の、それと同じ色合いのローブを着込むカリカは黒髪の少年に怒鳴る。少年はおどおどした調子で、ほら、僕たちはパートナーだろう? なら親睦を深めるべきだ、などと言ってくる。
「しまったわ、こんな変態だったなんて! これならバラの騎士様でも雇うべきだったわ。高潔な騎士様、不可能を可能にする無敵の騎士……。さっさとリュースのバカを連れ帰って、宿り木の回収をあの子に任せるのよ。じゃないと、恋にうつつを抜かせることもできない……コラッ!」
またケランがおさわりしたため、カリカは怒鳴った。なぜこうも自分の周りには男運がないのだろう。カリカは深い溜息を吐く。師であるハルフィスはまさに昔ながらの魔法使いという感じで、長い白髭を生やしたサンタクロースもどき。そして、後ろに乗るケランは、自分に色目を使う変態である。
ああ、最悪……とカリカは自分の不運を呪う。自分のパートナーであるべきは、無敵の強さを誇る、最強でお金持ちで、その上ため息を吐く美貌を持つ美しいバラの騎士であるべきだというのに!
「大丈夫だよ……カリカ。僕は無敵だ。史上最強の男だよ。君の眼鏡にかなってみせるさ」
「無敵ねぇ、そこんところが引っかかるのよ……まぁ、安く雇えたからそれでいいんだけど」
ケランとの契約金が安かったのは彼がカリカに一目惚れしたからなのだが、カリカは知る由もない。知ったら、間違いなく箒から叩き落したであろう。ケランの想いも虚しく、彼はカリカの眼中にはないのだ。
だが、ケランはケランで独自の秘策がある。奴を倒せばカリカが自分に惚れるだろうと確信している。
「君もきっと驚くよ。僕は無敵だ。最高の騎士さ」
「ふぅん……まぁ、あなたは正面で、私がリュースを連れ出す時間を稼いでくれればいいの。コラッ!」
海面に、カリカがケランを殴る姿が写った。
※※※
敵襲のアラートが鳴り響くや否や、ソラは寮の部屋でブリュンヒルデの鎧を纏い変身を果たした。傍で本を読んでいたホノカが目が眩むようと眼を押さえるのを後目にし、寮の外へと駆けていく。
「あっ、ソラ!」
「メグミ! ホノカといっしょに避難しててね!」
メグミと鉢合わせて擦れ違い、何か言いかけるメグミを置き去りにする。何を言いたかったのだろうか。しかし、今のソラに考える時間はない。
『すまんソラ。俺は出撃できない。くそ、機体が余ってないはずないだろ……!』
耳元に響く通信で、相賀が出れないことを知る。エースである相賀の助力がないのは痛いが、自分だって訓練を重ねているのだ、何とかできるはず。ソラはそう自分に言い聞かせ、手綱基地の殺風景な地面を踏み鳴らす。
「出てきたね、僕の敵」
空飛ぶ箒から声がして、一人の少年が舞い降りる。ずしん、と地響きを立てて着地し何の装備も魔道具もない状態で、勝気な笑みをみせている。
その横を一羽のウグイスが飛んで行った。緑色が鮮やかな小鳥。ソラは一瞬目を奪われたが、すぐに気を取り直す。
「あなたは何のために戦いを……うわッ!」
ソラが悲鳴を上げたのは、敵に攻撃されたからではない。味方の爆撃のせいだった。ソラのことなどお構いなしに、戦車と砲台が彼女たちに向けて砲撃を行う。大丈夫か、ソラ! との相賀の通信。
「大丈夫です。けど……」
魔術師らしき少年は何の防御態勢もとっていなかった。ソラは自分ではなく敵の心配をし、武器を抜くことなく不安げな視線を煙へと向けている。すぐさま煙が晴れたが、ソラは瞠目した。
少年の姿がそこにはない。
「あれ!?」
焦って周囲を見回す。と、後方から銃撃音。アサルトライフルとサブマシンガンによる継続的な銃声が響く。だが、少年に傷一つ与えられず、軍人たちは少年に素手で殴られた。ナイフによる格闘戦に何名かが移行したが、届かない。ただの子どもに大の大人が無双される――。
「何らかの防御魔術を使っているようね」
「マリ!」
パワードスーツを装備したマリがライフルを構えて立っていた。敵を屠るための自動小銃が目に入り、ソラが顔をしかめていると、マリは銃をかちゃと鳴らしながら言った。
「人殺しを見たくないんなら、自分で無力化させなさい。チャンスぐらいは与えてあげるわ」
「ありがとう!」
ソラはマリに感謝して、オーロラドライブの出力を向上。飛翔し、少年へと一直線に突撃する。
手に持つ剣は一応非殺傷モードとし、威力を極限まで抑えた。一気に肉薄。余裕の笑みをみせる少年の右腕へと思いっきり剣を叩く。
少年はと言うと、防御しようともしなかった。肉と鋼がぶつかる音がし――少年が痛い!? と悲鳴を上げた。
「あれっ?」
拍子抜けしたソラは、右手を押さえて蹲る少年の前で急停止。どうしようか悩み、ちらり、とこちらに接近中のマリへと視線を送る。
「そんな目でこっちみないでよ。退魔剣の術式が、この子の術式より高精度だったってこと?」
「わ、私に訊かれてもわかんないよ……」
だが、蹲る少年に対する銃撃は確かに効果がなかった。今こうしている合間にも、銃を持った軍人が引き金を引くが、無効化される。
「バカな、僕の無敵術式が……!」
「無敵……そうか」
「マリ?」
マリは唐突に銃を投げ捨て、拳で少年の顔を思いっきり殴った。ぶっ、という悲鳴と共に出た鼻血がコンクリート製の滑走路を汚す。
「何でだ!? 魔術師でない女の子に!?」
術者ですら理解が及ばない現象らしい。魔術師ではない人間であるはずのマリが、少年をふるぼっこにしながら述べていく。
「大方、概念的に、ふっ! 無敵になれとでも、ッ! 魔術を使ったのでしょう? でも、そんな偽者の無敵は、あなたをそもそも敵として認識してないバカ者か、敵とすら思ってない私に対しては通用しない貧弱なものよ」
「ぶぅ……バカなぁ……」
「もうそろそろ、止めてあげて……」
居た堪れない気持ちとなり、マリの殴打を止めてあげる。少年の顔は青紫色に染まり、目の上にたんこぶができてしまっている。自分が魔術師になっても、無敵魔術だけは使わないとソラは心に決めて、剣を納めた。
「今度からそんなチートくさいものは使わないようにすることね。偽物の力は本物には勝てない」
マリが忠告を口に出すと、ふふ……と苦しげな声で少年は笑い出す。ソラとマリは顔を見合わせて、少年を問い詰めた。
「どうして笑うの? 魔術師君」
「君たちは魅力的で……強い乙女のようだが、彼女の知的さには及ばないようだ。僕が囮であると……一向に気付く様子がない!」
「今のセリフで気付いたわ……相賀大尉!」
『了解、今リュースの確保に向かう!』
マリは相賀に通信を送り終え、笑い声を出す魔術師を八つ当たりで蹴飛ばす。止めてあげて、と彼の身を案じるソラ。何か変化があれば、いつでも行動できるように身構える。
※※※
(我ながら完璧な作戦……やはり、私に必要なのは面倒くさい儀式や年老いた師匠の説教などではなく、麗しい騎士様よ!)
完全な作戦で防衛軍を出し抜いたと思っているカリカ改めウグイスは基地内をばさばさ羽ばたきながら、リュースの捜索を行っていた。
カリカは防衛軍を倒しに来たのではない。リュースを救出しに来たのだ。忌々しい宿り木の採集をあの子に任せるために。
元より、ドルイドはあまり戦闘向きではない。天候操作や変身、呪歌やパナケアなどの魔術は戦闘用というにはあまりにも控えめで、どちらかというと自衛方法だったり味方にエンチャントするための支援術式であると言った方が正しい。
(変身術を見破る術は防衛軍にはない。ふふ、おバカさんたち! そんな人たちに捕まったリュースはもっとおまぬけさん! 彼女を助けた暁には、私の宿り木回収を全てあの子に押し付けるわよ!)
カリカの変身するウグイスはあっという間に独房へと辿りついた。鳴き声に呪歌を織り交ぜて警備兵を眠らせると、何やら考え込むようにベッドに座っているリュースの前で変身を解く。
「うわッ!? ……カリカか?」
「そうよ、宿り木担当! 麗しの令嬢カリカがあなたを救いに来たわよ!」
「お前が麗しいとは初耳だ」
皮肉を口走るリュースに肩を竦めながらも、カリカは魔術で施錠を解く。最新鋭のセキュリティで守られた独房も魔術師相手には過去の産物でしかなかった。
銀の手錠さえ外せれば、リュースにも問題はない。さぁ、早く出るわよとリュースの手を取ったカリカを、彼女は待ってくれと制止した。
「あのガキを連れていかなきゃならない」
「あなたいつから子どもなんて育ててたの? 養子? それとも実の子ども!? 出産祝いがまだだったわね!」
「冗談を言ってる場合じゃない。あいつはもしかしたら……」
と話しこむカリカとリュースは新たな増援が銃を担いで現れたことを知る。独房入り口からたくさんの鉛玉が穿たれるが、二人は壁に隠れて避けた。まだ魔力が回復していないリュースは魔術が行使できず歯噛みして、戦闘要員ではないカリカを不安そうに見つめる。
「ちょっと、何よその目は!」
「お前は天候操作できないだろ? 大丈夫か?」
「私には変身術があるのよ! これは実は戦闘にも使えるの!」
はきはきと声を張り上げて、カリカは樫の木でできた杖を兵士に向ける。ボディアーマーを装備した陸戦兵はドルイドに杖を向けられ動揺し、終いにはコケコッコーなどというバカらしい断末魔を上げた。
「あなたはニワトリ、お次は羊、そこのあなたはお犬さん!」
ドルイドの変身術の対象は自分だけではない。任意の相手の姿も変化させることができる。動物へと変えられた兵士たちは何の抵抗も行えず、それぞれの種類にあった鳴き声を哀愁漂わせながら出すだけだ。
「どう? 男のくせに雌鶏に変えられた気分は。将来の奥さんと痛みを分かち合うために、今のうちに産みの苦しみを味わっておくのね!」
「バカなこと言ってないで、行くぞ……うわッ!」
「待ってくれよ、お嬢さん方……聞きたいことは山ほどある!」
通路に出た二人を銃撃したのは相賀だった。使用銃器が敵に配慮した麻酔銃であることが彼らしい。
だが、いくら非殺傷武装を使用しているとはいえ、二人に捕まる気はさらさらなかった。ドルイドの変身術も彼は見事に回避して、二人は徐々に追い詰められながらも逃走していく。
「イケメンではあるけど、何やら女の香りがするわ! 彼は論外ね」
「だからバカなことを言って――うおっと!」
カリカの前で、リュースはこけかけた。横道から突然誰かが飛び出してきたからだ。その誰かはリュースに石ころをぶつけた張本人であるメグミだった。ひっ、と小さな悲鳴を漏らすメグミの口を塞ぎ、リュースは耳元で謝罪を口にした。
「あの時はすまなかった。頭に血が昇ってたんだ」
「……ふぐ」
「ちょっと、退きなさい! その子も変身させるわ!」
「おいなんでだ……おい聞け!」
リュースの言葉をカリカは聞かない。いい足止めになるわよ、と自信満々のカリカはひぐッ!? と怯えるメグミに杖の先端を向け、
「さーて、あなたは可愛らしい――」
「ふぎゃみああああ!!」
メグミの悲鳴が通路の中をこだました。
※※※
「くそっ、逃がすか!」
と通路に躍り出た相賀は、一瞬のうちに通路に立つ少女へと狙いを付けて――逸らした。撃つべき対象ではないと、困惑しながらもわかったからだ。
「これは……一体?」
戸惑いつつも、それを眺め見る。大した異常はなさそうだが、とても放っておけない存在だ。
「みゃ、みゃああ……」
尻尾と耳を生やすそれは、相賀の前で、物悲しそうに一声した。
相賀はそれに困り果て適切な処置を行い、再び敵の追跡を再開する。