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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
59/85

神々の残された者

「メグミ? 何だそりゃ。私はシグルーンだ」


 メグミは、メグミの身体を持つ者はシグルーンを自称して、戦闘態勢を取っている。意味がわからず慄いて、ソラは死んだはずの親友の顔をまじまじと凝視するだけだ。

 そこにヤイトが通信を送ってくる。


『転生システムだ』

「え……何……」

『スヴァーヴァは死んでも蘇る。スヴァーヴァはどちらかというとシグルーンの名前で知られているヴァルキリーだ。スヴァーヴァはヘルギという人間の英雄と恋に落ちたが、ヘルギはそのすぐ後に戦死してしまう。それからしばらく経ってスヴァーヴァはシグルーンへと転生し、同じく転生したヘルギと再会を果たすんだ』


 ヤイトに言われ、ソラはヴァルキリー講座の内容を思い出した。一見無茶苦茶に聞こえるが、実際にメグミがそこにいるのだから疑っても仕方ない。それに、メグミが生き返ったことは理解できたが、なぜ敵側についているのかという疑問が残る。

 そもそも記憶が残っているのかも定かではない。アテナやクリスタルの前例を顧みて、ソラは息を呑んだ。


「覚えてないの!? このバカ!!」


 マリが大声で叫んだ。メグミは顔をしかめて地上のマリへと視線を送る。


「意味がわかんねぇ。私が何を覚えてないって言うんだよ」

「私たちの親友ってことだよ!」


 ソラはマリの言葉を引き継ぎ、叫ぶ。記憶が操作されたか消去されたか。ソラは緊張の面持ちでメグミの返答を待った。

 メグミは目を閉じて黙考し、開ける。ゆっくりと語りかけてきた。


「いいや、覚えてる。ちゃんと覚えてるぜ」

「だったら!」

「テメエらのせいで私は一度死んだ。あの時の恐怖を、苦痛を、片時も忘れたことはねぇ!!」


 メグミが怒り、憤怒の表情となる。親友から殺意を受けたのは二度目だが、一度経験したからといって慣れるものでもない。

 驚愕し動揺し悲しみを抱いてソラが固まっていると、メグミは鉤爪を両腕に展開した。


「私はやられたらやり返す主義だ。倍返し……百倍返しでな。そう簡単には殺さねえ。私がどれだけ痛かったのか、お前らに思い知らせてやる」

「……メグミちゃん!」


 ホノカが名前を呼んだが、メグミは凄まじい形相で睨みつけるだけ。鬼の顔だった。人を傷付けたくてうずうずしている顔だった。

 ノルンたちがきゃきゃっと嬉し声を放つ。これ、これが見たかったの! と嬉々とした表情で。


「最高、最高だよ! あなたたち痛くて臭くてしょうがなかったんだ! 戦争中だってのに人を殺さないとか、気持ち悪くて吐き気がするし!」

「しかももっと面白いことがこれから起きるの! あなたたちは負ける! 大事な人間を傷付けられずに殺される!」

「素晴らしい、素晴らしいよブリュンヒルデ!!」


 興奮した様子で捲し立てるノルン。その間にヘリから最後の一人が現われて、その相手にもソラたちは驚きを隠せなかった。最初に声を上げたのは、会話を交わしたこともあるホノカだ。


「きらりちゃん……?」

「きらり? 違う。私はダークきらり」

「ダークきらり……」


 魔法少女きらりを観賞済みのソラは知っている。きらりは暗黒騎士の陰謀で家族を奪われダークサイドに堕ちてしまうのだ。きらりは、まさにその時のきらりの格好をしていた。漆黒の髪に、黒いゴスロリ服。暗黒の力が宿ったロッドを振りかざし、口調も元気はつらつとしたものから一転、物静かなものへと変化していた。


「ふふ、この子もなかなか痛いけど、戦闘力は申し分ないの」

「ってかこっちの方が強いよー。あの痛さ全快よりももっともっとね!」


 ノルンたちがダークきらりを紹介し終えると、いきなり集団の雄叫びが聞こえた。下方からメローラが警告を放つ。


「気を付けて! ガウェインの部隊よ!」

「ガウェイン……」


 大勢の敵がソラたちの陣地前方に広がっていた。邪魔なガレキを吹き飛ばしながら行軍してくる。

 ほとんどが剣を持った騎士だが、戦車隊や砲兵隊、先日多大な犠牲を払って打ち倒したゴーレムも三機ほど確認できた。魔術で強化してあるアサルトライフルを持った軍人も混ざっている。


「く――」

「アーサーはね、あなたたちはもう用済みだって。必要なのはあなたじゃなくオーロラドライブ。変な風にいじられちゃったそれを元の仕様に戻さなきゃ。だからね、ノルンたちはね、本気であなたを殺しちゃう!」


 三つ子が動き出し、ソラたちも戦闘を開始する。眼下ではマリ、ヤイト、ケラフィスが後方支援を担当し、メローラ、モルドレット、ブリトマートが近接戦闘で応対する。ジャンヌは旗を振りかざしてエンチャントを掛けていた。

 こちら側の防衛軍人たちも銃器を持って援護を始めるが、こちらの武装は魔術強化を施していない。いくら頭数が増えようと、戦力として数えられるかは微妙だった。

 自分たちでどうにかするしかない。そう覚悟を決めて、まずはノルンたちを迎撃する。


「――ふは、アハハハッ。やーい、へたくそ、ドへたくそー!」

「当たらないッ!?」


 ソラは銃槍ガンスピアを連射したが、ノルンは紙一重で避ける。最低限の動作。まるで前以て攻撃を予期しているかのように――。


「ソラちゃん! スクルドは運命の!」

「そうか、運命の女神……!」


 ヴァルキリースクルドは運命の女神ノルンを兼任している。ゆえに、未来が見えるのだ。それはつまり、ソラの攻撃を全て予測できるということになる。

 闇雲に撃っても当たるはずがなかった。しかし、ソラは怖じない。なぜならば――。


「ブリュンヒルデは!」

「恐れを知らない者、運命に抗うヴァルキリーだから! あは、何それバカみたいー!」


 ソラはグラーネフォームへと形態変化し、バイザー越しにノルンの一機を捕捉する。そして、馬に跨り猛スピードで突撃した。例え未来が視えようとこちらの攻撃が素早ければ命中すると考えての行動だ。

 しかし、ノルンは簡単に対応してみせた。こちらの突きを避けることすらせずに受け止める。騎兵槍ショットランスの先端を片手で掴み取っていた。


「……ッ!」

「お、次はシグルドリーヴァに部分変化して、火力で押し切ろう! って考えてるでしょ。無駄だよ? 無駄。というか、周りを見てごらんよ」

「く――!」


 言われるままに周囲を見渡し、ソラは歯ぎしりした。二体のノルンは交戦していないのだ。面白おかしく笑いながら、スクルドとブリュンヒルデの戦闘模様を窺っている。三機も相手にしなければならないのに、たった一機に翻弄されていた。


「で? グラーネを狼に変化されて挟撃するの? それも効かない。ノルンは無敵だよ? 最強のヴァルキリーだよ? あなたがどんな方法をどんなタイミングでどんな考えをもってぶつけても、ノルンには全て視えている。ノルン……スクルドはね、ヴァルキリーがどの勇者エインヘルヤルをヴァルハラへと連れていくか選定する役割を担っているの。スクルドがどの勇者エインヘルヤルを回収するか決めて、他のヴァルキリーは戦場に駆けていく。抗おうとするのは大間違いだよ!」


 ノルンは蹴りを見舞い、ソラは小盾で防御しようとして、その防御が無意味だと悟る。ノルンの蹴りはソラの盾を避けながら放たれた。うッ、と身体をくの字に曲げてそこにノルンは拳を放つ。グラーネから叩き落とされた。


「ぐぁ!」

「ほらほら反撃しないと。だってノルン、まだ武器も使ってないよ? 絶賛舐めプ中だよ?」

「このッ!」


 ソラは退魔剣を引き抜いて、剣を何度も振るう。しかし、縦切り横切り斜め切り、その全てをノルンは最低限の動作で躱す。そして、


「はーい、白羽取り~」

「ッ!」

「で、横から狼グラーネが来るわけでしょ? それもこうやって喉元を掴まえる。きゃー、可愛い」


 スクルドは左手の人差し指と中指で退魔剣の刃先を止めて、狼形態へと変化していたグラーネの噛み付きすら防ぐ。

 それだけではなく、攻撃が効かないと焦るソラにさらなる焦燥感を追加させた。


「はい、後ろをご覧ください」

「……ホノカッ! メグミ!」


 後ろではホノカがメグミの首を掴まれていた。メグミは今にも心臓に鉤爪を刺せる状況ながらもトドメを刺さずにホノカの身体をいたぶっている。


「お次は下!」

「だ、ダメ!」


 下では多勢に無勢で仲間たちが押し込まれていた。乱戦状態に陥り、メローラとモルドレットはガウェイン相手に苦戦を強いられている。ヤイトとマリはきらりに強襲されて援護ができず、ジャンヌはブリトマートに守られてかろうじで支援魔術を続けていた。

 ケラフィスは戦場を駆けまわり敵を撃ち倒しているが、防衛軍人たちが魔術師になす術もなくやられている。

 このままでは民間人にまで被害が及ぶ。状況を打開しなければ全滅してしまう。


「止めて! どうして殺すの!」

「あ、それ逆に私が訊きたい。どうしてあなたは殺さないの? だって、このままじゃみんな死んじゃうよ? あなたの自己満足のせいで」

「わ、私は」

「だってあなた、この状況を挽回できるすごい力を持ってるじゃん。ディースシステムを。大量虐殺の力をさ。あなたがディースになれば、みんな殺されずに済むよ? たぶん、その後であなた自身が皆殺しにしちゃうけどさ」


 くすくす笑いながら、反撃できないソラを見つめる。ディースシステムの戦闘力ならばここにいる敵を撃退することができるかもしれないが、味方すら虐殺してしまう。諸刃の剣なのだ。使うなど論外である。


「……ディースは使わない!」

「んー、だったらこうする? あなたがもしディースシステムを使えば私たちは撤退してあげるよ。前回発動した時は味方を殺さないで済んだじゃん? だから、今回もどうにかなるかもしれないよ?」

「な、何を」

「だって、このままじゃどう頑張ったって、負けるよ? 可能性に賭けたら? あなたは恐れを知らない者でしょ? だったらさ、ちょっとばかし人が死んでも大勢を生かす選択をした方がいいんじゃないかなぁ」

「……ッ」


 息を呑んで、スクルドの顔を見る。スクルドは愉快な笑みを顔に張り付けている。

 ソラが暗黒に堕ちる様を見たいのだ。一度防げたものを二度防げるとは限らない。以前はクリスタルが殺されたという受動的発動だったが、今回は能動的だ。確実に呑み込まれてしまう、とソラはわかっていた。


「それでも、私は!」

「あ、あれきっとソラちゃんのお仲間でしょ?」

「コルネットさん!」


 ゴーレムの一機が急設キャンプ内に侵入し、避難せずに端末を操作してドローンに指示を出していたコルネットを掴まえていた。右手にすっぽりと収まっている。ちょうど、力を籠めれば軽く潰せる持ち方だ。


「このままじゃきっと、潰れたトマトコースだね! でも、あなたは綺麗なままでいたいから、人殺しなんてしないしない! あーカワイソウカワイソウ。あなたのせいで、あの人は無残な死に方をするんだ」

『チッ、俺がなんとかする!』


 ケラフィスが無線を飛ばし、拳銃を乱射しながらゴーレムに近づく。が、そこに観戦していたノルンが割り込んだ。

 くそッ、と毒づいてケラフィスがノルンと交戦する。

 次にヤイトが名乗りを上げたが、きらりに背中から魔弾を受けて空中機動を可能としていた背部ジェットパックが破壊されてしまった。


『く、これでは……!』

『コル姉!』


 コルネットと旧知の仲であるマリが悲痛の叫びを上げる。だが、コルネットは気にしないで! と無線で応えた。


『私も軍人! 死ぬ覚悟はできてるよ!』

「でも、苦しむ覚悟はできてないでしょ? 軍人さんてー拷問やら苦痛やらに耐える訓練してるよねー? でも、魔術でそれを無効化することができちゃうのです! いいでしょ? 最高でしょ!」


 戦場を俯瞰していたノルンの一人がコルネットに近づき、苦痛倍加の魔術を掛けた。さらに、ゴーレムもすぐに殺さずゆっくりと彼女を締め上げる。コルネットの絶叫が響き、仲間たちの注意を逸らす。メローラがコルネットの方に注意を向けてしまい、ガウェインの斬撃で斬りつけられた。


『メローラ! このッ!』

『王子様とお姫様。残念だなぁ、俺はお前たちのこと嫌いじゃなかったぜ』

『ならばオレの配下となってもらいたいんだがな、ガウェイン!』

『そいつは無理な相談だ。俺はアーサー殿に忠誠を誓ってる』


 そのすぐ側では、ブリトマートが槍を振るい、ジャンヌもお手製のリボルバーを使って射撃していた。しかし、戦闘が得意ではないジャンヌは腹部に銃撃を食らってしまう。彼女が被弾したことに気を取られ、ブリトマートはメイスで右肩を砕かれた。


『くぅ、ジャンヌ殿!』

『くそ……まだやりたいことたくさんあるのに』

「さて、もうすぐ全滅かな? 誰が一番最初に死ぬかな? かなかな?」

「く……おおおッ!!」


 ソラはシグルドリーヴァにフォームチェンジ。グラムによる斬撃を放ちながら、左腕のパイルランサーで追撃する。グラーネを握り潰し、そのどちらも躱したノルンが斧を取り出してソラの右腕を斬り落とした。

 グラムを喪い、ブリュンヒルデへとソラは戻ってしまう。しかし、そのことを気にする余裕はソラにはなかった。斬られた右腕は肘から先がなくなり、大量の血をこぼしている。絶叫が口を衝いた。


「――!!」

「あ、ごめん。ミスっちゃった。痛いよねーごめんねー。斬るつもりはなかったんだけどさ、ついね。んー、ちょっちアンバランス。せっかくだから、全部切っちゃう?」

「その方がすっきりしそうだね」「うんうん」


 三体のヴァルキリーがソラの周囲に集っていた。ホノカに苦痛を与えていたメグミも戻ってきている。


「私左腕ー」「じゃ、私右足」「じゃあ私は左足かな」

「……だったら私はこいつの首だ」


 メグミが右腕を振るった。ソラを殺す。そのことを愉しみにする表情で。

 ソラは痛くて悲しくて、絶望していた。ホノカなら治癒が可能だが、今彼女は重傷を負っている。

 ヴァルキリーシステムの出力も落ちていた。ソラの戦意が薄れているのだ。


「がっかりする必要はないよ。だって、私たちチョー強いし」

「うんうん、死んじゃうの当然当然」

「だからさ、悔しがらなくても大丈夫」

「お前にとっての痛みは、自分が死ぬことよりも他者が傷付き死んでしまうことだ。……首に延命措置を行ってやる。全員が死ぬその時まで、首だけで生き続けやがれ」

「わーシグルーンステキー! じゃあ、さっそくやっちゃおう!」


 ノルンが斧を構えて、振り上げる。ソラは防御をしない。――しても意味がない。

 ゆえに、か細く謝罪を声に出す。悔恨の念を心に充満させながら。


「みんな……ごめん……」

「まず左腕から!」


 ノルンが威勢よく斧を振り上げる。


「クリスタル……ごめん」


 ソラが懺悔を口にしたと同時に、斧が左腕目掛けて振り下ろされる。

 ソラはもはや周囲の感覚が遠のいて、どこか別の世界のように感じていた。

 ゆえに、痛みを感じないものだと錯覚していた。

 しかし、周囲の様子がおかしい。ノルンが自分から距離を取っている。


「何?」「何々?」「狙撃?」

「……どこからだ?」


 ノルン及びメグミがソラから離れて、ソラの後方へ目を凝らしている。

 ソラは左腕に目を落とし、まだ斬り落とされていないことを知った。五体満足ではないが、四体満足だ。


『――謝罪は必要ないわ、ソラ』


 直接脳内に声が響く。その声が聞こえたと同時に、ソラは後ろへと振り返った。

 遠くに、白銀の何かが見える。狙撃銃を構えたそれは徐々にこちらへと近づいてくる。

 その姿が近づくたびに、ソラの鼓動が高まった。ありもしない期待をその機体へと向ける。

 見間違うことのない、しかし生きているはずのない少女がそこに浮かんでいる。どれだけ有り得ない状況だとしても、ソラが彼女の顔を間違うはずはなかった。八年も待っていたのだから。

 ゆえに驚愕を隠せない。敵地のど真ん中だというのに、そのヴァルキリーに視線が釘づけだった。


「ま、まさか……嘘……本当に?」


 先程とは別の意味で、腕の痛みは吹き飛んでいた。絶望ではなく希望によって、苦痛が和らげられている。


「本当よ、ソラ。助けに来たわ」

「クリスタル!!」


 ソラがその名前を呼ぶ。彼女がこちらへと近づいてくる。

 新しいヴァルキリーシステムに身を包んだクリスタルが、ソラの視線の先に浮かんでいた。



 ※※※



『ヴァルキリーレギンレイヴ、出力良好。敵対象の特性分析。一斉射撃による制圧を推奨』

「ごめんね、ソラ。ちょっと待ってて」


 クリスタルはソラの脇に来ながら、驚く彼女を待たせて一斉射撃を開始した。レギンレイヴに搭載された肩部レーザーキャノンと腰部小型レールガン、脚部拡散ミサイルが一斉に火を噴く。ヴァルキリー四機が独自に回避行動をとったが、クリスタルはそのうちの三機に火線を集中。


「ッ、避けられない!?」


 ノルンたちが斧で防御態勢を取り、クリスタルはよし、と声を漏らした。重力改変弾を受けて浮遊能力を喪失し、ノルンたちが地上へと落下していく。


「クリスタル、どうし――」

「もうちょっと待ってて」


 クリスタルはバックパックに搭載されたレーザードローンを射出し、遠隔操作を実行。ピンチに陥っている仲間たちに支援を行う。メローラとモルドレットはガウェインがドローンに気を取られている内に距離を取り、ブリトマートとジャンヌの周囲に集う敵はドローンに圧倒された。ヤイトとマリにも援護を行い、きらりを二人から引き離す。

 最後に、コルネットを拘束するゴーレムの腕部をレーザーカッターで切り裂いた。ケラフィスが落下する彼女を回収。


「よし、これで」

「私を忘れてんじゃねえ!」


 メグミが片腕を失ったソラに鉤爪を振るって突撃。クリスタルは腰に差してあるパルスマシンピストルを抜き取り、片手撃ちを行った。


『パルス充填率九十七パーセント。連続射撃はオーバーヒートのリスクが高まります』

「私の腕前を舐めないで。マスターアレック直伝の射撃術よ」


 クリスタルは余裕の表情でそう応えると、メグミを迎撃し始めた。一定の感覚を開けながら放たれるマシンピストルの連射に、メグミは接近することができない。舌打ちして、下方に落下したノルンたちの回収に向かう。


「さて、ようやく――おっと」


 ソラへと話しかけようとしたクリスタルだが、三機のゴーレムがこちらに砲撃を行い、ソラを守りながら迎撃を行う。右腕部レーザーガトリングと、左腕部の実体弾によるガトリングで放たれるミサイルを撃ち落とし、両肩のレーザーキャノンで砲撃弾と合わせるが、流石に対応しきれない。

 そのため、無線を使って協力者に援護を要請した。


「お願いします」

『了解。さあ、試運転と行くか』


 一機の戦闘機が戦場に侵入を果たした。防衛軍が開発したVTOL機ペガサスに魔術カスタムを加えた新型機。ペガサスⅡと開発者は名づけていた。ペガサスⅡがゴーレムへと多目的ミサイルを発射。頭部と脚部を破壊され、なす術もなく轟沈する。


『大丈夫か? マリ、ヤイト、コルネット! 死んじゃいないだろうな?』

『相賀大尉……!?』


 音声通信を送ってきたのはゴディアックの策略により殺害されたはずの相賀だった。全員の驚愕を感じながらも相賀は以前と同様に部隊へ指示を出す。


『とにかくこいつらを撃退するのが先決だ。話はその後だな』

「……相賀さんの言う通りよ、ソラ。援護するから、ホノカさんに腕をくっつけてもらって」

「クリスタル……!」

「ソ、ソラ! 言うことを聞いて! 腕が斬れてるのよあなたは!」


 しかしソラは涙ぐみ、クリスタルの指示を聞こうとしない。片腕から血を溢すソラを見て、クリスタルは卒倒しそうになっているのを堪えて冷静な判断を出しているのに、いつも通りの困った子だった。


「早く腕を、まず腕をね……」

「クリスタル!!」


 片腕がないのに抱き着いて来ようとしたソラを、クリスタルは寸前で止める。胃がきりきりしていたい。ソラが傷つくのはクリスタルにも精神ダメージを与えるので、クリスタルはソラの左腕を引っ張って、ホノカの元へと移動させた。

 ガレキの中に投げ飛ばされていたホノカだが、既に自分に治癒を施し、ソラを治す余裕もあった。

 クリスタルは自分に抱き着こうとするソラの右手を青くなりながらも回収し、治癒のスピードを早める。


「クリスタル、クリスタル! 私、わたしぃ!」

「泣くのは後! 成長したんじゃなかったの?」


 一喝しながら満更でもない表情をみせるクリスタル。しかし、ホノカの言葉で表情が陰った。


「きらりちゃんが……」

「そうね、きらり。一体何があったのかわからないけど――」


 たぶん自分のせいだ、とクリスタルは思う。きらりは優しい性格の持ち主。きっと、自分がアーサーに狂わされたのを救おうとして、逆にアーサーに捕らえられてしまったのだ。

 ならば、自分が救い出せばいい。いや、ひとりではない。ソラもいる。仲間もいる。


「ソラ、治った?」

「うん、平気だよ!」


 ホノカの治癒によって腕がくっついたソラが右腕をぶんぶん振り回す。その元気な姿を見てクリスタルは心の底から安堵した。

 そして、勇気すら貰う。敵を追い払いましょう。そう彼女に提案すると、ソラは二つ返事で承諾する。


「私たちなら不可能すら可能にできる!」

「そうね、私たちに敵う敵なんていやしない」


 クリスタルは高濃度魔力チャージライフルを構えて、次に狙う敵を探す。と、ソラに声を掛けられて彼女の方へ振り返った。


「ねぇ、クリスタル」

「何?」

「おかえり!」

「……ただいま!」


 クリスタルとソラはあいさつを交わして、飛翔する。恐れるものは何一つなく、敵う敵もいはしない。



 ※※※


 

 上空ではブリュンヒルデとレギンレイヴが力を合わせ、制空権を確保しようと出撃した戦闘機部隊を斬り撃ちをし、落としていく。それに、増援として登場した戦闘機のパイロットもかなりの腕前のようだ。

 ガウェインがさっきまで交戦していたメローラとモルドレット兄妹にも逃げられてしまった。あちこちから聞こえてくるのは、自軍の兵士の悲鳴ばかりだ。


「あーダメだなこりゃ。負けだ負け。撤退するぞ」


 ガウェインは一気に覆った戦況を見て、撤退の指示を全軍に出した。すると、士官の一人が異を唱えてくる。


「なぜですか! ゴーレムは破壊されましたが、我が軍の方が優勢です!」

「だってよ、あれを見ろって」


 ガウェインが親指で後方を示す。士官は視線を変えて、驚きの声を出した。


「レギンレイヴに続き、マスターリーンのご登場ってわけだ。最悪のタイミングで出てきやがった」


 ガウェインの遥か後方では、砲撃準備を整えた魔術戦車隊がひとりの少女、もとい幼女に無双されていた。戦車を片手で持ち上げる白い髪と瞳を持つ幼女はご機嫌に兵士たちを打ち倒していく。


「ふむ、わらわが目を離した隙に、随分好き勝手暴れてくれたようじゃの。案ずるな、皆生かす。全員わらわのもとで矯正してやろう」

「せっかくいい感じだったのになぁ、くっそう」


 と言いながらもガウェインからはあまり悔しさが滲み出ていない。余裕すら感じられた。新しい敵の発見。それだけでも十分な戦果だ。アレは明らかにヴィンセントが敵視していた者による差し金であり、その存在の発覚は、此度の敗戦を補って余りある。

 それに、下手に破壊者デストロイヤーを壊させるわけにはいけなかった。あの兵器群はまだ有用だ。


「アーサー王に報告しなきゃな。……裏切り者フレイヤが尻尾を出した」



 ※※※



「クリスタル! 良かった、本当に良かったよ!」

「ちょ、ちょっとソラ!」


 ソラはもう何度交わしたかわからない抱擁をクリスタルとまた交わす。流石のクリスタルも困っていたが、拒みはしなかった。

 クリスタルと相賀大尉、そしてケラフィスの“留守電”を聞いたマスターリーンのおかげで敵軍を無事撃退することができた。怪我人は出たが死者は出ていない。避難民にも大した被害は出ていなかった。そのことに皆安堵し喜んでいた。


「ちょっと、いちゃつくのは勝手だけど、そのヴァルキリーについて訊きたいんだけど」

「いいよー。でもクリスタルはあげない!」


 クリスタルに迷惑を掛けないようちゃんとする、と心構えをしていたソラはどこかへ行ってしまったようで、ソラはべったりクリスタルにくっついて離さない。マリはその様子を呆れながらも、引き剥がそうとまではしなかった。

 死んだはずの人間にまた出会えた喜びを彼女も噛み締めている。


「俺が説明するよ」

「……相賀大尉」


 しかし、その当人に出会っても、マリは不満そうな表情をみせる。当然だ、とソラは思う。相賀を死なせてしまったと思い込んで、マリはずっと後悔していたのだ。それがひょっこり生きて帰ってきてああそうですか、と手放しに喜べないのだろう。


「まずはあの人に会わないとな。直接聞いた方が早い」

「私が悲しんでる間にあなたは誰かと密会ですか? いいご身分ですね」

「おいおい……悪かったよ」


 相賀がすねるマリにたじたじとなっている。


「あの人?」


 ソラが疑問符を浮かべると、クリスタルが笑みを浮かべて答えた。


「私たちを救ってくれた人。……レミュ!?」

「え、クリスタル――!?」


 急に突き放されて、ソラが絶叫する。クリスタルはリーンと元に現れた魔術師の中に親友を見つけ、彼女に向かって走っていってしまった。

 クリスタルが取られた、と涙目になるソラの顔を灰の髪を持つ少女が覗き込んでくる。


「ソラさん、お久しぶりです!」

「あ、あ! ユーリットさん!?」

「マスターリーンに私も助けられてたんです! また会えましたね!」


 次にソラはユーリットと抱擁を交わす。すると、なぜかレミュと再会の喜びを分かち合っているはずのクリスタルから嫉妬交じりの視線を感じた。


「誰とでも抱き着くの……?」

「え? どうしましたか? クリスタル。なぜ不機嫌になっているのですか?」


 その横ではメローラたちがアテナと合流を果たし、話し合いをしていた。


「生きてたみたいね、メローラ」

「そっちこそ。どうする? あたしたちも感動の抱擁する?」

「ほう? そいつは――おっと」

「変なことしたら私のM29が火を噴くわよ」


 ジャンヌがモルドレットの側頭部にリボルバーの銃口を突きつける。

 前に思った通り、金髪軍団はとても眩しい。そこから少し離れた場所で、四人の導師が一同に会し、挨拶を交わしている。


「お久しぶりですね、マスターリーン」

「そうじゃの、エデルカ。若返ったようじゃのう」

「あなたほどでは。ハルフィス、レオナルドも無事だったようですね」


 少女と幼女、老人と男性の集まりだが、見た目では年齢を推し量ることができない。

 一番若く見える幼女が老人と同年代であることを知らないソラはすごい組み合わせだななどと他人事に思い、ユーリットが紹介してくれたユリシアに自己紹介をした。そこにツウリとミシュエルが混ざってくる。

 ドルイドのリュースやカリカ、ケランもいた。クリスタルの仲間たちや、昔戦った魔術師たちが集っている。


(これからみんなで力を合わせて戦うんだ)


 ソラはめいめい話をする仲間たちを見回した。もはやいちいち話を聞くまでもない。ここにいるメンバーは全員仲間だと確信している。立場や思想、やり方は違えど、目指す場所はいっしょだ。

 みんなの存在が自分に力を与えてくれる。何より、クリスタルが生きて帰ってきてくれたこと。それが一番うれしい。

 そこにメグミときらりも迎えるのだ。絶対に見捨てたりはしない。必ず連れて帰り仲間とする。


「……あ、ミュラも連れて来なくちゃ……わっ」

「やーソラちゃん! 会いたかったよ!」

「こ、こらミシュエル! ソラに抱き着くな!」

「そうだぞこいつはクリスタルの親友だ!」


 突然ミシュエルに飛びつかれ、驚くソラ。それを引き剥がそうとするツウリとリュース。カリカは女の子同士なんてどこがいいのかしら! とはきはきした口調で感想を漏らし、ケランに紅茶を淹れてきてと頼みごとをする。ユーリットがほへーと傍観し、彼女の妹であるユリシアが仲がいいんだね! と無邪気さを振りまく。

 と不意に、妙な視線を感じてソラが視線を奔らせると、クリスタルが怒った様子でソラを見ていた。隣のレミュは戸惑ってクリスタルに何度も問いかけているが彼女はしかとしている。さらには、後ろからも目線を感じて振り返ると、そこには寂しそうな表情になっているホノカがいた。


「私も一応ソラちゃんの親友なんだけどー」

「なんかソラ、人気者すぎない? 私、八年間ずっとあなたとの再会を夢見てたのに」

「え、いや、ちょっと……うわあ!」


 ソラの元にクリスタルとホノカが駆け寄って飛びついた。気付くとソラと戦い救われた少女たちも周りに集まっている。

 ソラは人の輪の中に埋もれて、SOSを発した。


「ちょ、息苦しい、誰か助けて!!」


 しかし、その顔は幸福そのもので。

 妙な満足感にソラは浸っていた。若干の生命の危機を感じながら。

 夜は終わりを告げ、世界が光に満たされる。天が彼女たちを祝福していた。

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