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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第八章 選定
58/85

勝利のルーン

 ゴディアックを辛くも撃退したソラたちだが、手綱基地は元より日本にさえいられなくなっていた。敵の攻撃が今まで以上に激しくなり、日本にあった防衛軍基地は接収されたか壊滅させられたかのいずれかだ。

 現在はケラフィスを案内役として、民間人や軍人たちを保護しながら中国へと逃げ果せたところである。

 世界で一番人口が多い国である中華人民共和国だが、数日に渡る猛攻の被害を受けており、人口が急激に減少している。

 そのため、今いる中国最大の都市上海もかつての原型を留めていない。人々は避難し、高層ビルは破壊され、殺風景な廃墟が広がっていた。


「近くの支部はぶっ壊されてるみたい。防衛軍の支援は受けられなさそうね」


 マリが周囲のガレキを見ながらため息を吐く。少し離れたところでは、大勢の人たちがごった返している。ケラフィスの当てを頼りにここまで逃げてきたが、そろそろ疲労がピークに達しようとしていた。これ以上の進軍は難しそうだ。


「休む? ここで?」

「……正直、目的地がはっきりしないのって辛いのよ。このまま先に進んでも意味があるかわからないし。下手に魔力場に入ったら目も当てられない」

「魔力場……ブロッケン山みたいな?」


 ソラが問うとマリが首肯する。世界には魔術と関連が深い土地が至る所にあるとお勉強によって学んでいる。


「このまま真っ直ぐ進んでもエルサレムにぶち当たるし。というかヨーロッパみたいな魔術の本場になんか行ってられないし。そもそも中国にだって東洋魔術の拠点が……あーもう、わけわかんない! どうして世界にはこんなに魔術が溢れてるのよ!」

「い、いや私に言われても……」


 マリがヒステリックに叫んで、ソラが困惑する。どうやらマリも相当ストレスが溜まっているようだ。仲間たちにはまだ大きなトラブルは発生していないものの、避難民たちの間では諍いも起きている。主に軍人と民間人の対立だ。無知な民間人は軍人に対応策を導き出せと無茶を言い、軍人は自分たちの力量不足を説明せずに言い合いをしている。その場面に何度か出くわし、ソラは懇切丁寧に説明して場を治めた。しかし、それももう限界である。そろそろ彼らは理性的な判断を喪失する段階にまで来ている。


(ミュラの島は避難するには小さいし……メローラさんたちなら何か打開策が浮かんでないかな?)


 黙考し、ソラは八つ当たりする気満々のマリから離れる。と、またトラブルを予感させる叫び声が聞こえてきた。ジャンヌの声だ。ガレキを除けながら近づくと、ジャンヌが顔を真っ赤にしてモルドレットを非難してきた。


「あ、有り得ない! 何でこの状況でセクハラできるの!?」

「むしろこの状況だからこそだろう? いつ死ぬかわからないのだ。今こそ、愛を育むべき時だ」


 モルドレットは堂々と臆面なく告げる。またジャンヌに手を出そうとして、ジャンヌは咄嗟にリボルバーを抜き出していた。これ以上近づくと撃つわよ! と殺気立っている。

 しかし、モルドレットは気にしない。対処できるからだ。ソラは慌てて駆け寄った。


「ちょ、ちょっと二人とも、喧嘩は――」

「これが喧嘩に見えるの!? 貞操を賭けた戦いよ!」

「そうとも、ジャンヌの言う通りだぞ。これはただのじゃれあいだ。ジャンヌは初心なのでな。何せ、処女だ」

「それは関係ない!」


 怒れるネコのようにいきり立つジャンヌ。心なしか金髪が逆立っているようにも見える。どうしたものかとソラが考えあぐねていると、どうやら本気でキレているらしいメローラがホノカと共に現れて、モルドレットが目を見開いて焦った。


「兄貴」

「……おかしなことではあるまい? 人間は年中発情する生物だ。特に生命の危機を感じる時はその傾向が強い。吊り橋効果を知っているだろう? 人は恐怖の高鳴りを恋心と錯覚する。オレも魔術師ではあるが、人間の範疇に身を置く存在だ。いくら性転換したとは言え、オレの中には狼が棲まう。ゆえに、これは致し方――」

「うるさい! 吹っ飛べ!」


 メローラは魔動波を使い兄を吹き飛ばした。傾いている高層ビルの中間あたりに激突し、衝撃で窓ガラスが割れ落ちていく。


「だ、大丈夫なの……?」

「大丈夫よ、ソラ。あれで死んだらそれはそれでどうでもいいし。その程度で死ぬようじゃ使えないから」


 実の兄にさらっと酷いことを言うメローラにたじろぐソラだが、反面、ホノカはにこにこと楽しそうにしている。仲がいいんだねー、と感心すらしている。ホノカとは長い付き合いになるが、彼女の本質というものを自分はずっと誤解していたのではないか、とソラは思わざるを得ない。


「で、何の用なの?」

「これからどうしようかっていう話。ロメ……メローラさんなら何かわかるんじゃないかと思って」


 ロメラへとずっと偽装していたメローラが、本当は自分と同年代の青き衣の騎士であることを、ソラは最近知ったばかりだ。それだけでなく、今吹き飛ばされたモルドレットが男であることも。女体の方が生命力が高いらしく、瀕死の兄を姉へと変えたのがメローラであり、ロメラとして幼い少女を演じていたのもまた彼女だ。

 マリのロメラが魔術師だという見立ては当たっていた。もしメグミが生きていたら、マリはメグミのことを散々罵倒しつくしたことだろう。

 彼女は博識だろうと予測を立てていたソラだが、メローラはソラの問いを一蹴。不満げな視線を覗かせた。


「残念でした。あたしは親父に出し抜かれ、策が出つくしたところなの。アテナたちと合流できれば状況を変えることができるんだけど」

「アテナさんとも知り合いなんだ。……金髪」

「そう。金髪はだいたいあたしの知り合い」


 メローラが嘆息しながら言う。メローラもモルドレットも、ジャンヌやアテナ、ブリトマートまでもが金髪だ。再現した神話が、全て金の髪を持つ英雄だったせいだ。もし全員が揃えば眩しくてしょうがなさそうだ、とソラはどうでもいいことを思う。


「どいつもこいつも金が大好きなんだから。セレネと同じ銀の髪でもいいでしょうに」

「銀髪……」


 銀の髪、と訊いてソラが一番最初に思い浮かべるのはやはりクリスタルだ。ソラが若干暗くなったのを見て取り、慌ててジャンヌがフォローを入れる。


「まぁでもわかりやすくていいでしょ? いざって時は金髪同盟を頼りなさい」

「一番頼りがいのないジャンヌちゃんには言われたくないと思うなー」


 ホノカがさらりとジャンヌを侮辱し、ジャンヌが反射的に言い返す。ソラはまたそれを仲裁しようとして、死者への想いを押しやることができた。


「とにかく、ケラフィスに訊きなさい。……いろいろ知った風なウルフとかいう男はどこ行ったの?」

「ウルフさんは……」

「ウルフは今、世界中の軍人たちの保護に向かってる。彼は単独でも魔術師に引けを取らないからね」


 ヤイトがビル街を捜索し見つけ出した食料品の箱を運びながらやってきた。中国語で書かれた食品が箱詰めされている。主に缶詰などの保存食品が多い。


「それに、ケラフィスさんは今、いないみたいだ。ブリトマートさんとどこかに行ってたよ」

「……まさかあの部下、デートしてるんじゃないでしょうね」

「うむ、やはり吊り橋効果だな。ブリトマートはケラフィスに救われたのだろう? その時の鼓動を恋愛感情ゆえのものと――ぐわッ!」


 戻ってきたモルドレットが訳知り顔でうんちくを垂れるのを、メローラがまた魔動波を発動して中断させた。



 ※※※



「いやはや参ったな。マスターリーンは何をしてる」


 ケラフィスが通信術式を遮断して、うなだれた。ブリトマートは彼が不意を受けないよう警護任務を請け負っている。

 いくら隠密に優れたケラフィスと言えども、下手な通信魔術の使用は敵に逆探知される恐れがある。だが、かといって連絡を取らなければ行動不能に陥る。ゆえに、危険を承知でリーンへと連絡を取る必要があった。


「事前に打ち合わせていなかったのか」

「生憎色々やることがあってね。大雑把な方針は話し合ったが、細部にまでは至っていない。そして、あの方は自由奔放だ。またどこかに子どもたちでも救いへ行っているんだろ」


 ケラフィスがため息を吐く。リーンもケラフィスも子どもを救うべく戦っている珍しい魔術師だ。ほとんどの魔術師は子どもを必要としない。高位魔術師は不老の術を己に掛ける。子どもが入用になるのは実験体にするか雑用係にする時ぐらいだ。子どもを成さずとも死なぬのだ。わざわざ性欲や保護欲求に奔る必要もない。


「なぜ、子どもを助ける?」


 気になったブリトマートは訊ねてみた。ケラフィスはこちらを向いて即答する。


「理由がいるか?」

「……ふむ」


 物事には理由が必要な事柄も多く存在するが、また明確な理由が存在しないものも多い。何となく、やそうしたかったから、という曖昧な事項。遺伝子レベルで刻まれたシステムなのか、はたまた神の気まぐれか。単純に、そうしたい、という欲求で動く場合が人には絶対存在する。あるいはそれが個性というべきものなのか。


「まぁ、子どもは好きだしな。それに子どもを救ってドヤるのも悪くない」

「正義の味方か」

「やってみるとなかなか楽しいぞ。偽善行為だ、なんて言ってくる奴もいるが、楽しいんだからやめられん」

「その偽善という言葉は、自分がしたくないだけの言い訳に過ぎん。気にする必要はないぞ」


 例え善行を行っていても、偽善と言って糾弾する者がいる。お前の好意は偽物だ。そう他者を罵倒する者がいる。

 もちろん、悪事を働くための下準備である行為は偽善と罵られて当然だが、大抵の偽善と呼ばれ罵られる行為は大勢の人間が面倒くさがってやらないか、実行に困難を伴う行動である。偽善と罵らなければ、自らが責められる気がして、彼らは偽善者を創り上げるのだ。それは善行ではない。だから自分はやらなくてもいい。そうやって自分を保つ一要素とする。


「別に気にしたことなんざないさ。だが、気遣ってくれて感謝する」


 ケラフィスは携帯端末と睨めっこしながら、ブリトマートの気遣いに応える。そうか、と相槌を打ち、ブリトマートは自然と顔を綻ばせた。

 このような男はいい。少々性格に問題がありそうだが、間違いなくメローラを守護してくれるだろう。そう考えていた。

 男と二人きりになろうとも、ブリトマートの思考を占めるのは徹頭徹尾メローラのことだけである。例え主に妙な疑惑を向けられていようとも、彼女はメローラに揺るぎない忠誠心を誓っている。


「しばらくここいらで待つか。下手に動くよりは守りを固めた方がいい」

「わかった。皆にそう伝えよう」


 ブリトマートは部隊の情報伝達役であるコルネットの元へ足を運ばせた。



 ※※※



 コルネットは持ってきた小型コンピューターを使いあらゆる情報を収拾、分析していた。一応防衛軍の情報網は生きている。敵は情報を分断せずに、意図的に残しているとコルネットは推測していた。ネットワークを監視すれば敵の位置を把握できる。そう考えて、網を張っているはずだ。


「ま、頼れるお姉さんであるウチはそう簡単に捕まったりはしないけどね!」


 情報分析のプロであるコルネットは敵の罠に引っ掛かることなく潜り抜け、情報を手に入れている。しかし、どれもこれもあまりいい情報ではない。今しがた入手した情報では、欧州支部が壊滅寸前の被害を受け救援要請を発していた。それも三日も前である。もう手遅れのはずだ。

 ヨーロッパには魔術の重要拠点が多い。魔術師連中はすみやかに欧州を取りに行っているはずだと予想済みだった。

 コルネットは検索を続けていく。そして、急に手を止めて画面へ身を乗り出した。


「……あれ、これ」


 ふとおかしな情報を見つけ、気になる情報を見つけ画面を凝視していると、背後からブリトマートが声を掛けてくる。


「少しいいか?」

「あ、ああうんいいよ。ウチはいつでもオールオッケー!」

「……その喋り方どうにかならんのか?」

「それを言うなら私もブリトーちゃんにもっと女性らしい話し方してもらいたけどねー。で、何?」


 ブリトーなどと呼ばれてブリトマートは戸惑うが、咳払いをして本題を告げていく。


「しばらくこの付近で連絡を待つ、とケラフィスからの伝言だ。全員に伝達してくれ」

「はいはーい」


 コルネットは軽さを感じる返事を発しながらも、手は既に言われた内容を入力し終え、一斉送信を行っている。ブリトマートは彼女の仕事の速さに満足し、周囲の哨戒へと向かった。

 ブリトマートが去ったのを確認し、再びコルネットは画面を見つめる。その情報はとても奇妙だった。第七独立遊撃隊しか知り得ないはずのものが勝手に動かされている。


「フリョーズ……どうして? あれは天音ちゃんの……」


 しかも、チェックして見たところ、ハッキングされた記録がない。遊撃隊が秘匿していた隠し場所に何者かが正規アクセスで進入したのだ。魔術的痕跡も見られない。魔術によるハッキングは、コルネットに言わせれば綺麗過ぎる。しかし、今回はその兆候が見られない。


「ウルフ? でも理由がない……。何でだろう」


 コルネットは悩みながらも、再び情報収集を始めた。気にしていても仕方ない。そう割り切ってキーボードを叩き出した。



 ※※※



 ガウェインは野営テントの中で、椅子の上にふんぞり返っていた。鏡を使って赤ひげの具合を確かめる。


「ガウェインおじちゃん、来たよー? 虐殺機械のお出ましだよー」

「おお、来たな。これから敵をあぶり出すとこだ」


 髭いじりを中断し、ガウェインは増援を出迎える。アーサー王の秘蔵っ子たち。世界を破壊する破壊者デストロイヤー。シンプルなネーミングの彼らはただの破壊兵器である。ゆえに、複雑なネーミングは必要ない。


「よしノルン……ええっと、お前がスクルドか?」

「違う違う、ヴェルだよ。こっちがスクルド」


 三つ子のひとりが隣のノルンに指をさす。おお、そっちか、とガウェインが話し出そうとしたところ、漆黒の髪を持つゴスロリ服の少女に服の裾を摘ままれた。


「何だ? ん?」

「その子、ウルズ。今ヴェルって言った子がスクルド」


 ネタばらしをされてノルンたちがつまらなそうに声を出した。ガウェインは面倒くさそうに後ろ頭をかきむしる。


「おいおい混乱させるなって。パッと見ただけじゃわかんねーんだしよ」

「おじちゃんの鍛錬不足だよー」「だよー」「だよよー」

「いいから、こっちに来い。今から敵をあぶり出す」


 と言って増援の五人を先導し、大量のミサイルが搭載された砲台の元へガウェインは歩む。下級騎士の一人が司令官であるガウェインを見て敬礼した。


「準備は整っております」

「よし、撃て」


 ガウェインの指示でミサイルが発射され、あちこちに散らばっていく。ノルンが不思議そうに訊ねた。


「このミサイル意味あるのー?」

「こいつはミサイルじゃねえ、ロケットだ」


 ミサイルとロケットは同じ理論を用いる兄弟のようなものだ。だが、その回答を聞いてもますますノルンの疑問は強まる。


「なおさら意味ないじゃん? おじちゃん!」

「意味あるって。こいつには例え地面に激突しても爆発しないように細工がしてある。もし爆発すれば、それは誰かが故意に撃ち落としたってことだ。そこには敵が隠れてるって寸法よ」

「でも、優れた魔術師なら見抜くでしょー? 防衛軍人もまた然りー」


 当然の疑問をぶつけられて、ガウェインは笑みを浮かべた。


「ところがよ、有能な奴ってのは大概無能な奴のお守りをしてんのさ。そういう無能者は足を引っ張り罠にはまって、有能な奴を無駄死にさせるって相場が決まってんだよ」



 ※※※



 日が暮れ星が見え始めた頃、ソラは急設した野営テントの中でケラフィスたちと今後の方針について話し合っていた。

 彼が言うには、とりあえずリーンという導師と合流し、避難民の多くを保護してもらうことが最優先。民間人を避難させた後は、志願者を募って敵と戦い勝利する。言うには容易いが困難であることは明らかで、マリが鼻を鳴らして呆れた。


「そう簡単に行くのかしらね」

「簡単だろうが困難だろうがやることは変わらない。それともここで一生を過ごすか?」

「それはダメよ! だってシャワー浴びれないし……」


 ジャンヌが威勢よく反論する。自分本位の甘い考えだが、頭ごなしに怒り出す者はいなかった。

 女性陣は本気でシャワーを浴びたいと考えている。いや、男性陣も例外ではない。精神的休息が必要だった。敵にこそまだ捉えられていないものの、何度も敵の探知網を魔術的、科学的方法で潜り抜けたせいで、神経が張りつめっぱなしなのである。


「僕たちは平気だけど、やっぱり何か手を打たないといけないみたいだ。集団ヒステリーが起きたら対処しきれない」


 こちらも魔術で拵えた避難民キャンプの様子を見てきたヤイトが意見を言う。寝床の確保はできるものの、下手に本格的な施設を構築すれば敵の監視網に引っ掛かってしまう。隠密魔術に長けているケラフィスでさえも全てをカバーしきるのは難しい。

 幸か不幸か、この場にいる魔術はほとんど戦闘に特化した者たちである。生活魔術のほとんどをまともに扱ったことがなかった。


「あまり大がかりなことはできないし、マスターリーンの救援を待つしかダメみたいね。……ビル街をざっと見てみたけど、汚染が酷いし」

「奴らは文明を破壊する勢いのようだな。実に嘆かわしい」


 モルドレットが敵の愚行を嘆く。ソラがパイプ椅子に座って話を聞いていると、隣に座るホノカが心配そうに顔を覗かせた。


「ソラちゃんは大丈夫……?」

「私は大丈夫だよ。本音を言うと、シャワーは浴びたいけどさ」


 実のところ、ソラたちだけに限れば清潔感を保つことはできる。しかし、あえて誰も自らの身を清めなかった。これも避難民の反発を避けるためだ。不公平は暴動に繋がる。このような異常事態ならなおさらだ。

 ただでさえ魔術に関するものは誤解を生みやすい。今までの経験を踏まえて、主にソラを中心にストレスケアを行っていた。

 高校の教師や医者たちも手を貸してくれている。彼らは自分たちの正体を知りながらも、動揺したり慄いたりせずに二つ返事で人々のケアに力を貸してくれた。かつてソラたちの担任だった教師がリーダーとなり人々の面倒を見てくれている。


「確かにねー。メグミちゃんだったらたぶん発狂してたよねー」

「あのバカは妙なところが女子っぽいのよね。粗暴な物言いのくせに」


 メグミの話になるとマリが会話に加わってきた。まだきちんと弔えていないソラたちの親友。彼女の遺体はゴディアックに回収され、浮き島へと送られてしまったらしい。


「取り戻して、両親のお墓に入れてあげないと」

「そうね」


 ソラが決意を口にすると、マリが同調し、ホノカも首肯した。

 やらなければいけないことがたくさんある。そのため、一刻も早いリーンの連絡が待たれるが、


「――熱源探知! ミサイルがこっちに接近してる!」


 というコルネットの叫びで全員の目つきが変わる。


「敵襲!? ばれた?」


 椅子から立ち上がり、テントの外へと駆ける仲間たち。外に出て星空を見上げたソラは、星明りに混じりミサイルが自分目掛けて飛んでくるのを見て取った。


「迎撃しないと!」

「いや、待て」


 ソラが指輪に思念を送ろうとして、ケラフィスに制される。ケラフィスは迎撃行動を取ろうとした仲間たちに呼び掛けた。


「あれはロケットだ。こっちに向かって来てもいない」

「え? でも……」

「来ているように見えるだけだ。幻術だな。それも高度な。俺のような専門職でもない限り気付けない」


 ケラフィスに言われて、よく自分に落ちてくるミサイルを見つめる。確かに、ところどころ奇妙な点が見える……気がした。もしケラフィスに忠告されなければ、間違いなく撃ち落としていた自信がある。

 それは皆も同じだったようで、特にマリとメローラは不機嫌になっている。罠だと気付けなかった自分たちの不甲斐なさを呪っているのだ。


「そんな顔するなよ。こういうのは俺の得意分野だ。俺の役目を奪わないでくれ」

「私だって工作員だし」

「あたしは最強の魔術剣士なんだけど」

「まぁまぁ二人とも……私だって気付けなかったし」

「あなたみたいな鈍感は気付けないのが当たり前でしょ!」

「へぼに励まされても情けなさに磨きがかかるだけ」


 ソラは二人を励まそうとしたのになぜか怒られてしまう。そんなぁ、と困った声を漏らしたが、心の中では安堵していた。皆、警戒を解いている。コルネットは誰に言われるでもなくてきぱきと迎撃不許可の伝達を軍人たちに出していた。

 特に問題もなく今夜も眠れそうだ。誰もが油断したその時、轟音と共に対空ランチャーが発射された。


「――おい、誰が撃った!」


 ケラフィスがコルネットに叫ぶ。コルネットはすぐに原因を特定。


「まずったね。……ずっと文句言ってた軍の高官たちみたい」

「……くそ、撃たれちまったもんは仕方ないか」


 ケラフィスはすぐに思考を切り替える。今はうだうだ責任を追及している場合ではない。

 彼と同じくすぐに戦闘態勢を整えたソラたちは、突然聞こえ出したヘリのローター音の音源へ目を送る。

 友軍機ではなく、敵機。兵員輸送用のヘリコプターが近場に転移魔術を使って出現したのだ。


「ヘリがテレポートなんてどんなトンデモSFよ」

「これからはこれが日常になってくるぞ。この程度で驚いてちゃやってやれない」


 ケラフィスは拳銃を構え、マリとヤイトはライフルの狙いをつける。

 メローラとモルドレット、ブリトマートはそれぞれの武器を取り出し、ジャンヌは旗を手にして距離を取った。

 ソラとホノカはヴァルキリーシステムを起動させ、攻撃準備を整える。そして、急に聞こえてきた音楽に眉を潜ませた。


「この曲……どこかで」

「ワルキューレの騎行……? 悪趣味な奴ら」


 マリが嫌悪感をむき出しにする。言われてソラは思い出した。ヴァルキリー勉強会の内容を。

 ワルキューレはヴァルキリーのドイツ語読みだ。リヒャルト・ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指環』におけるヴァルキリーのテーマ曲の一つである。映画などではよくヘリの登場曲で使われることも多いが、元々ヴァルキリーのための楽曲なのだ。

 その曲を鳴らしながら、ヘリはこちらに近づいてくる。ハッチが開かれ、三機のヴァルキリーが空へと身を投げた。

 初めて見る機体。黒い三機のヴァルキリーを一目見ただけで敵だとソラは認識した。


「本来のヴァルキリー……。破壊のための兵器」


 ディースが語った言葉を思い出しながらソラは銃槍ガンスピアを召喚し、飛翔する。敵の様子を窺い説得可能か見極めていると、そっくりの顔をした三人のヴァルキリーが一斉に笑い出した。


「い、一体何……?」


 隣に浮かんだホノカが困惑。ソラも戸惑っていた。嘲笑とはまた違う笑み。心の底から愉快でしょうがない、といった顔だ。


「いや……きっときっと驚くよ」「そうそう、ノルンたちも驚いたし」「あなたの驚く顔がみたくて、まだ先を視てないの。楽しみはとっておかなくちゃ!」


 三つ子らしきヴァルキリーはそれぞれ言いたいことを言い、敵の眼前だというのに輸送ヘリへと視線を戻す。そして、大きな声で叫んだ。おいで! と息ぴったりのタイミングで。

 遅れて一機のヴァルキリーがやってくる。赤い髪を持ち、両手には鉤爪が装備された真っ赤なヴァルキリー。


「……え」


 ソラは驚愕し、固まった。横のホノカも瞠目し沈黙している。


『どういうこと……何であいつが』


 マリが動揺を含んだ声を無線に乗せる。ソラも理解が及ばなかった。


「ようやく殺せるな、ブリュンヒルデ」


 そう意気込み、殺意の視線をソラへと送る赤いヴァルキリーは――。


「な、何であなたがそこにいるの……! メグミ!!」


 ――クリスタルに殺されてしまったはずの、メグミだった。

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