ディースの暴走
血が迸り、重力に惹かれて雫が落ちる。
その場にいた全員が黙したまま見つめていた。コックピットの中に座るゴディアックは元より、ライフルのスコープ越しに眺めていたヤイトや、メローラとモルドレットに治癒を施していたホノカ、ケラフィスも固唾を呑んで見守っていた。
「――ッ」
ディースとなったソラは漆黒の剣を振り落ろしていたが、ゴディアックに刺さる直前に、彼女の右手が刀身を掴んで止めていた。
『――エラー検知。非推奨行動中』
システムだけが言葉を発する。ソラは自分が傷つくことも厭わずに、自分の親友を殺した男を守る。
ここで自分が呑み込まれれば、本当に世界は救われない。他者の争いを諫めるならば、まずは自分が踏み留まらなければ。意識が飛んでも、意志だけはその身に沁みついている。システムが破滅を呼び込もうと、ソラ自身はそれを拒絶できた。否、破滅を身に受け止め、受け入れる。底なしの包容力をみせ、ディースの暴走すら止めている。
「く、くそ!!」
ゴディアックは状況が停止している内に、コックピットから脱出した。第七独立遊撃隊とその協力者たちが追いかけようとしたが、躊躇する。ディースシステムを危険視していたためだ。
「ソラちゃん……!」
しばらく経ってようやくホノカが声を掛けた。しかし、ディースは停止している。いや、葛藤している。
まだ完全にソラはディースを抑え込めていない。
機械的動作でホノカの方へ顔を向けると、虚ろな眼差しで音声を唱える。
「第二優先抹殺対象。同型機エイルノ破壊ヲ優先スル」
「――ソラちゃんッ!」
「ホノカ!」
凄まじい速度で肉薄したディースに、回復したメローラがロンギヌスを手に割り込んだ。槍でソラの一撃を防いだが、衝撃で身体の内にダメージが入り、血を吐き出す。
「ったく、冗談でしょ? 今さっき治してもらったばかりなのに」
「いけない、メローラちゃん!」
「兄貴! 何とかしなさい!」
「全く、兄使いの荒い妹だ!」
モルドレットも剣を抜き、二人がかりでソラの剣を抑える。巨人相手には不覚を取ったが、人型の相手ならば魔術剣士としての本領を発揮できた。勝てはしないが、負けもしない。それに、勝機はある。ソラの意識が自分を喰らおうとしている闇と戦っている。二人の役目はソラのサポートだ。ソラが戦う間は、誰も殺されてはならない。
「攻撃対象変更。魔術師二名」
今までとは比べ物にならない威力で、ソラは二人を弾き飛ばした。そこへ追い打ちとして二連撃を見舞う。メローラとモルドレットは二人で協力し合い、ソラの連撃を防ぎきった。
「チッ!」
メローラが舌打ちしながら、魔動波を使ってソラを吹き飛ばそうとする。が、ソラは無駄のない足さばきで回避すると、剣を投擲した。それをモルドレットが受け止めるが、あまりにもパワーが強く妹とホノカを巻き込みながら後方へ転がされてしまう。
「大丈夫!?」
「いいからあなたは下がってなさい!」
助けに来たジャンヌを下がらせ、メローラは体勢を立て直す。
『ピストルヲ使用』
ディースは大型拳銃を右腰のホルスターから引き抜き、引き金を引く。三人は回避するべくもなく防御態勢を取ったが、無駄に終わった。
ケラフィスが支援射撃で弾丸を撃ち落としたのだ。冷や汗を掻きながら彼が叫ぶ。
「そいつは誘導弾だ。避けれんぞ!」
回避不能ならまだしも、最悪なことに防ぐことすら難しい。弾丸は敵の防御や迎撃を見切って、対象の急所に当たるよう設定されている。魔術師殺しの銃弾だ。剣や魔術で防いでも、銃弾の方がそれを避け、対応策を講じてくる。賢い銃弾がディースのピストルには装填されていた。
「だったらどうすりゃいいっての!」
『こうすればいいんだ』
ヤイトが狙撃をして、ソラが銃を撃つ瞬間に拳銃を穿つ。撃ち抜けはしないが狙いが逸れて、そこにケラフィスが射撃を加え弾丸を撃ち落とした。
「全く、困った子ね」
『避難は完了。後はソラちゃんをどうにかするだけ!』
マリが呆れ口調ながらも真剣な表情で現れ、コルネットが全員に避難完了の通信を送る。
ソラはまだ正気に戻っていない。が、徐々にディースの勢いが落ちており、判断能力も低下していた。
もしディースが完全稼働を果たしていれば、この場にいた全員はとっくの昔に駆逐されていただろう。
「私も支援を!」
ブリトマートが魔法の槍を片手にメローラの傍に駆け寄った。
「よし……行くわよ! ジャンヌとホノカは支援魔術を! 銃使いはカバーして!」
メローラが皆に呼び掛ける。周囲に集う仲間たちは、ソラを救うべく武器を構えた。
※※※
「くそ! アーサーめ! 私は八年前からずっと手を貸してやったのだぞ!」
ゴディアックは恨み言を述べながら、手綱基地の格納庫を物色していた。カバラ魔術を使えば、貧弱な防衛軍の装備でもそれなりのグレードは保てる。仲間を喪い、同志にも裏切られた。ここは一度身を潜み、部隊を再編せねばならない。
「後悔させてやるぞ、アーサー……」
自分をあっさりと使い捨てた男に憎悪を滾らせ、ゴディアックは手近にあった戦闘機に文字を書いていく。
外ではディースが暴れていた。ゆえに、誰も追撃はしないだろうと油断していた。
そのため、突如放たれた銃声に瞠目し、自分の迂闊さを悟る。
「ぐお、お……」
「……」
ローンウルフがひとりでこの場に訪れていた。右手には拳銃。それだけだ。それだけでゴディアックを倒せると彼は予測を立てていた。
「お、お前! 人間風情が魔術師に勝てると本……ぐあッ!」
ウルフは一言も言葉を発さない。足を撃ち抜いて、ゴディアックは体勢を崩す。膝をついた彼の前に来て、頭に拳銃を突きつけた。
「ま、待て! 殺すには早いだろう! 私には情報がある! それに、八年に及ぶ工作の記録も持っている。これを発表すれば状況が打開できるだろう! 違うか?」
「過去の記録などどうでもいい。未来の情報をお前は持っていない。生かしておくだけ無駄だ」
「ふ、ふざけるな! あの少女……ブリュンヒルデの意志はどうする! あの少女は私を殺さず見逃して――」
「あの子は別にお前を救いたかったわけじゃない。世界を救いたかっただけだ」
「く、くそ! わかってるだろう! 連中の目的は死者を増やすことだ! 私を殺せば、その分世界は破滅に向か――」
ウルフは躊躇いなく引き金を引く。ゴディアックは復讐の機会も与えられないまま死んだ。
「……お前が起こすであろう大量殺人に比べればマシだ」
ウルフは粘着爆弾を取り出して、遺体に付ける。下手な細工を施されていた場合への保険である。
「祖国の仇は討ったぞ」
もはや慰めにもならないが。
それでも、世界は少しずつまともな方向に向かっている。例え歩みが遅くとも。
ウルフは拳銃を仕舞い、次の任務へ移動する。既に裏切り者の洗い出しは終わっている。連中を始末し、こちら側に付くであろう兵力の確保をしなければ。
ソラに関しても、彼らの実力なら対処できるだろう。そう判断し、ウルフは自分の役目へと戻っていった。
※※※
闇の中で問答は続いていた。ソラとソラの、心の中での対話が。
「どうして、赦しちゃうのかな」
「誰かが赦さなきゃ、ずっと同じことが繰り返されるからだよ」
「だから、私が貧乏くじを引くの? それで、本当にいいと思ってるかな?」
黒い自分は自分に訊ねる。そこまでして苦しむ必要があるのかと。
ソラは苦笑しながら答える。苦しみたいわけではない、と。
「いい悪いじゃないんだよ。やらなくちゃ、いけないことだから」
「だったら悪意である私を殺そう」
ディースはソラに拳銃を放り投げた。ソラが拳銃を掴んで、躊躇うことなく投げ捨てる。
「あなたを殺せばいいってわけじゃない。あなたとも私は共存しなくちゃならない」
「悪は断罪するべきもの。みんなはそう思ってるよ。殺して、おしまい。それでハッピーエンド」
「殺して終わることなんてそうそうないよ。終わったようにみえるだけで、しばらく経つとまた同じことが起きる」
もし殺して全てが解決されるなら、もうとっくに世界は平和になっているはずだった。しかし、どれだけ屍を積み上げても世界は平和にならない。つまり解決方法が間違っている。ソラはそう確信していた。
自分のやり方が絶対的に正しいとは言えないが、かといって虐殺も正解だとは思えない。
「人は遺伝子だけではなく意志も遺せる。歴史や記録、思想によって。悪人を成敗しても、その残留思念は世界を巡り、新しい悪者を創り上げる。様々な媒体によって悪行は記録される。それに感化されて悪人が創生される」
ディースは世界の理を告げる。死してなお、人は存在し続ける。人は無意識化で死者の影響を受けている。善人の意志が継がれるように、悪人もまたその意志が世界に拡散し、第二第三の悪を生み出す。
それを聞いて、ソラは自分が想いつく最良の方法を口にした。それが理想論であることを知りながら。
「……本当はね、悪いことした人も生かして、どうして悪いことを起こしたのか徹底的に調べ上げ、再発防止に努めるべきなんだ。ううん、語弊があるね。真の意味での悪人はほんの一握りしかいないって、私は考えてる。基本的に人間は白でも黒でもない。灰色。誰しもが正義の味方になりえ、誰もが極悪人へとなる素質を持っている。だから、どうして悪人が現われる原因を解明しなくちゃならない」
ソラの話を聞いて、ディースが口を開く。それはアレックとヴィンセントが交わしていた話と類似していた。
「理由は簡単。破滅装置。無自覚で人は自分たちを破滅させるよう誘導している。明確な対処法がそこにあっても、それを忌避し滅びるための準備を進める。全ては原初の本へと至るため」
「おとぎ話の本。……死んだ人間でさえも生き返らせる……」
「それだけじゃないよ。世界の法則さえも書き換えられる。世界は既に数百回は滅びを迎え、その都度改変されている。この世界は結構持った方。だから、そろそろ楽になってもいいんだよ?」
「楽も楽でいいけど、たまには苦難を乗り越えないと。だからさ、そろそろやめよう?」
「あなたは苦難しか享受してない気がするけどね。……私の中の悪意が終息を迎えてる。再び眠りにつかなきゃいけない」
どこか寂しそうにディースを呟いた。ソラとしては微妙な気持ちになる。
ディースシステム、いや、自分の中にある悪意は対処しなければならない由々しき問題だ。だが、否定してはならない。そこを否定してしまえば、自分の感情をコントロールできなくなる。
感情を制御するためには無知ではなく既知でなければならない。自分の中の怒りや悲しみ、憎しみを知り、どうして怒ったのか悲しんだのか、憎しみを抱いてしまったのか知らなければならない。
だから、己の中の憎悪と生きていく。共存し共生し、外部に漏れ出て他者を傷付けることがないように、生きていく。
「私はあなたを見捨てたりしない」
「そうね。だからこそ私は眠れる。消えることなくここにいれる」
ディースが闇の中で眠りについた。世界が白く包まれる。
『――ディースシステムを終了。ヴァルキリーシステムを再起動します』
※※※
「……ん」
目を開けて、少し驚く。大勢の仲間たちに見下ろされていたからだ。
滑走路に寝そべるソラの元に魔術師と軍人たちが集っている。人間と魔術師の共闘。共に同じ目標へ向けて進む仲間たち。
「ありがとう、助かりました」
お礼を言いながら立ち上がる。怪我をしている者が数名いるが、既にホノカによる治癒は発動されていた。
誰も死んでいない。自分は誰も殺していない。その事実に安堵する。
深く息を吐いて、黄昏に染まりつつある空を見上げる。すると、安心したせいか涙がこぼれてきた。
「ソラ……」
マリが気遣う。他のみんなも声こそ出さないが、ソラに心配の眼を向けている。
泣きたいのは自分だけじゃないはずなのに。心配を掛けてしまうから、泣いてはいけないはずなのに。
ソラの涙は止まらず、溢れ出る。
「クリスタル……」
その名を呼んで膝をつく。自分が救うはずだった親友。再会を約束していた友達。
しかし、その手は掴めずに、堕ちてしまった。もう約束を果たせない。その事実がソラの心を抉って、悲しみが溢れて止まらない。
「く……うっ……。クリスタル……」
呼んでも無駄だと知りながら、もう一度名前を呼ぶ。しばらくの間、ソラは泣き続けた。
もう話すことのできない親友の名前を、何度も何度も呼びながら。
※※※
「ゴディアックは始末した」
「恐ろしいなアーサー。自分に尽くした者を容赦なく切り捨てるとは」
そうヴィンセントは言いながら、しかし笑みをこぼしている。あの程度の人材、生きようが死のうが大した影響は与えない。
アーサーも酷薄の笑みを浮かべながら、ゴディアックが残した遺産を見上げた。
浮き島に急設された格納庫には、大量の巨兵が並べられている。量産型ゴーレムだ。オリジナルに比べれば多少性能は落ちるものの、敵を殲滅する武装としては申し分ない。
「これを人間共に使わせるのか」
「いや、実力の低い魔術師にも乗らせる。他には戦闘機、戦車、戦闘ヘリ……」
「ほう? 魔術師が忌み嫌う兵器ばかりではないか」
ヴィンセントが感心した声を漏らす。アーサーは続々と搬入され、魔術を施されていく人間の兵器群へと目を移した。
「元々魔術師が現代兵器を嫌うのは、それらが優れていたからだ。魔術のように不安定ではなく、一定の戦果を達成でき、使い方さえ学べば誰でも歴戦の勇士になれる。最も優れた兵器というものは、簡単に扱え、大量に敵を殺せる兵器だ。科学兵器の量に魔術の質を加えれば、弱者でも強者に対抗できる」
「我々の目的に合致しているというわけか。それに、仮に負けたとしても……」
ヴィンセントは笑みをみせる。アーサーもほくそ笑んだ。一応勝てるように準備は進めているが、負けたところで問題はない。人が死ねばそれでいいのだ。敵か味方かはどうでもいい。
二人で作業経過を見守っていると、並べられたゴーレムの一機に不審な動きがあった。その機体にはがウェインたちが捕まえた防衛軍人が搭乗している。
「ふむ、演習か?」
「いや……。だが、デモンストレーションには丁度いい。この戦闘模様を捕獲した者たちへ中継しろ」
アーサーは部下に指示を出しながら、起動し動き出したゴーレムの元へ歩いて行く。案の定、外部スピーカーから威勢のいい声が聞こえ出した。
『バカめ! 俺たちにこのような兵器を使わせるとは! しかもご丁寧に安全装置は外れている!』
「意図的に外していた。そんなものをつけていたら煩わしいだろう?」
アーサーはゴーレムに乗り込んだ数名の軍人たちに応えながら、剣すら抜かずに機体の前で立ち止まる。
機体から数名分の嘲笑が響いた。どうやら下級魔術師も混ざっているようだ。
『自分の利用しようとした相手に、自分で創った武器で殺される気持ちはどうだ? 死ね!』
ゴーレムが右手をアーサーに向けて叩きつける。が、アーサーは涼しい顔のまま右手を掲げてその拳を空中で停止させた。
『な、何だ!? 動作不良か?』
「いや、それはない。こちらが機体を停止させたわけでもない。敵にハッキングされても厄介なのでな。安全策として外部から遠隔操作をできなくしている」
ゴディアックは見事反面教師として散ってくれた。彼はゴーレムの弱点を露呈させてくれたのだ。
死者の冥福を祈らなければ、などとアーサーは考えながら敵による次のアクションを待っている。
『く、くそ、どうして……!』
「武装を使え」
『な、何!?』
「どうした? 私を殺すのだろう? 早くしろ」
殺すはずの敵に諭されている。ゴーレムの搭乗者たちは困惑しながらも後には引けず、機体各部に搭載されているガトリング砲やミサイル、ランチャーを撃ち放った。
それをアーサーは避けることなく魔動波で弾き飛ばす。装甲に全弾命中し、ゴーレムがよろめいた。
「ふむ、ここは改善点だな」
量産型はオリジナルに比べ、火力と防御力が低下している。それでも十分な性能を発揮するのだが、自身の攻撃に対しては防御効果を期待できなさそうだ。
『何が起きてる!?』『いいから殺せ! 早くしろ!』『それしか俺たちが生きる道はない!』
「そうだ。抗う者には死を与える。……よく見ておけ」
アーサーはエクスカリバーを引き抜き、魔動波で捕まえていた右腕部を叩き切った。次に左腕。両腕を斬り落とされたゴーレムが蹴りを見舞うが、アーサーも同じように蹴りを放ち、自分の脚力の方が巨体よりも勝っていることを証明する。
「私を殺したいのなら、いつでも受けて立つ。だが、忘れるな。勝たねば私が殺すぞ」
体勢を崩し立ち上がろうと奮闘するゴーレムへ、アーサーは歩み寄る。そして、エクスカリバーを振り上げて、コックピットへと振り下ろした。一刀両断された機体が二つに別れ爆散。その爆発エネルギーすら抑え込んでみせる。
が、後方に潜んでいた伏兵には反応できなかった。ピストルを持った兵士がアーサーの頭を撃ち抜く。
血が迸り、アーサーは即死した。
「――残念だが、殺すだけでは足りんぞ」
アーサーは死んだ瞬間に復活を果たし、自分へ射撃した兵士へ目を送る。反応できなかったのではない。わざと反応しなかったのだ。自分の強さを誇示するために。
これがエクスカリバーの鞘が持つ治癒効果だった。即死級の攻撃すらも無意味とする。一騎当千と評されるアーサー王の強さの所以だ。
「この鞘を持つと、鞘のおかげで強いと勘違いするものが現われる。……それはそれで敵の油断を誘えるのだが、やはりあまり心地よいものではない。しかし、これで少しは理解してもらえたと思うが、どうだ?」
アーサーは脅え、銃を手放した兵士にゆっくりと近づく。顔は青ざめ失禁し、もはや立つのも困難な兵士は腰を落とし、命乞いを始めた。
「お、お願いします! 殺さないでください! あなた様に忠誠を誓います! ですから!」
「ふむ、従順なのはよい。……しかし」
アーサーは剣を軽く横に凪ぐ。命乞いをしていた兵士の首が飛んだ。
「それでは他者に示しがつかん」
「利用価値があったのではないか? アーサー」
遠目で見ていたヴィンセントが訊くが、アーサーはにべもなく答える。
「代わりはいくらでもいる。特別な者など誰一人いない。……お前も含めてだ。用心しなければ足を掬われることになるぞ」
「やはり恐ろしいな、アーサー。だからこそ仲間としてふさわしい。絶大の信頼をおけるというものだ」
ヴィンセントが再び笑う。アーサーもまた笑みをこぼす。
これで反抗的な態度を持つ者たちも、こちらに従ってくれるはず。彼らは理解したはずだ。反乱を起こしたところでこちらに支障はないと。
単純に聖杯への生贄が増えるだけだ。今死ぬか後で死ぬか、敵を殺して生き残るか。どれを選ぶかは考えるまでもない。
「ガウェインに伝令を出せ。ゴーレムと破壊者を送ると伝えろ」
「例の秘蔵っ子たちか。お前もなかなかの人材を隠してきたものだ」
「下手に殺されては困る連中だったからな。……もうヴァルキリーは用済みだ。ここで消えてくれた方がいい」
下見を終えたアーサーとヴィンセントは、薄暗い格納庫の中を進んで行く。計画は次の段階に移行しつつあった。
※※※
「やったー! やっと出撃命令が下ったー!」
ノルンははしゃいで、別のノルンが言い返す。
「でもわかってたことでしょー?」
「そりゃそうだけど、ごくまれに違うこと起きちゃうし」
「ブリュンヒルデの時もよくわからなかったしねぇ」
三つ子たちがそれぞれ会話を進める中で、あちこちから歓声が上がる。真ん中に炎の台座が置かれるこの部屋では多くの復讐者や破滅者、破壊者が一堂に会している。
全員、人を殺したくてたまらない連中だ。家族を殺されたり、友人を殺されたり、人生を奪われたり。ずっとこの瞬間を待ち望んでいた。人を血祭りにあげられる時を。
「やっと殺せるー」
「競争しよっか。誰が一番殺せるか」
「もちろん、ヴェルだよ!」
「――いや、私だ」
ノルンたちが殺戮競争に名乗りを上げると、脇から声が掛かった。
三人はその少女を見て眉を顰める。
「ちょっと、まだぺーぺーの新米じゃん」
「そーそー。殺されちゃったくせにさー」
「殺されたからこそだ。あの感覚を私に味わわせた報いを受けてもらう。この拳でな」
赤い髪を持つポニーテールの少女は左手の掌に右拳をぶつける。殺意満々、といった様子だ。
その決意を耳にして、ノルン三姉妹たちは笑わずにはいられない。何と皮肉なことだろう。しかも、彼女は己の滑稽さに気付いていない。それだけじゃなく、この少女は利用できる。そこそこ面倒な相手の引きつけ役に彼女ほどの逸材はいないだろう。彼女が強敵を引きつけている間に、少しでもポイントを稼ぐ算段でいた。ノルンの競争相手は同じ姉妹であるノルンだ。
「ふふ、いいねいいね頑張っちゃえ! スクルド、応援してるよ! ねぇあなたもそうでしょー?」
ノルン三姉妹の末っ子スクルドは隅で漆黒のロッドを手入れしている少女に問うた。黒いツインテールのゴスロリ少女は昏い瞳をこちらに向けるだけでうんともすんとも言わない。
「んー、嫌われちゃったかなー」
「嫌われたのはスクルド。私は無関係ー」
「えーウルズだってノルンでしょー?」
運命の女神ノルンでありヴァルキリースクルドである三つ子はきゃはきゃはと笑い合う。そして、三人で目配せすると、移動し始めた。
「行くよ、シグルーン。そっちのあなたも」
「……何でだ?」
「……?」
シグルーンと少女が疑念を送る。ノルンたちは全く同じタイミングで答えた。
「あなたたち、私たちと同じ班に配属になるもの。ノルンには未来が見えるからね」
「そうか」
「……了解」
シグルーンと呼ばれたポニーテールと、ロッドをいじるゴスロリ服の少女は動く。
敵を殺し、血祭りに上げるために、歩いて行く。
※※※
「ディースが起動したようですが、何とか持ち直したみたいです」
「賭けに勝った、というわけか」
フードの女にそう言われ、モノクルの少女は苦言を呈す。
「どうでしょう……。しかし、保険を掛けておいて正解でした。彼女の容態は安定しています」
「……話せるのか?」
「ええ、もう大丈夫かと。真実を伝えるのですか?」
「そうだ。彼女にはあの男と共に手を貸してもらわねば。それに、余っている機体もある。彼女の精神状態なら使えるだろう」
「例の新型、宝の持ち腐れでしたものね。ボクの技術の粋を継ぎ込んだ傑作機です。プロトタイプはもとより、現行機すら上回る高性能ですよ」
「それでも最終形態には及ばない。……一刻も早く覚醒してもらいたいものだ」
「そうですね。ボクは船の点検に戻ります。もっと容量を増やさないと。きっとたくさんの人が来るんでしょう?」
「それは選定次第だ。しかし、準備しておくに越したことはないだろう」
モノクルの少女は頷いて、部屋を出ていく。フードの女も追従しながら、部屋を出る直前に歩みを止める。
水晶玉を一瞥し、独り言をつぶやいた。
「ヴァルハラの準備は整っている。後はお前次第だぞ」
そして再び歩を進める。新たなる希望を増やすために。