女神の帰還
しばらく経つとミュラが家に帰ってきた。どうやら機嫌が直ったようで、先程の件を謝罪してくる。
「ごめんなさい、ソラ。さっきはちょっとどうかしていたわ」
「……ミュラ」
ソラは悲しそうな顔でミュラを見る。その様子を訝しみ、彼女の左手にはめられた金の指輪と、首元に掛けられた青いペンダントを見て取ったミュラは驚きの眼となった。
「まさか……どうやって」
「……どうしてこんなことを」
ソラは静かに問いただす。怒りよりも悲しみの方が比重を占めていた。
ソラはミュラの事情をそれとなく理解している。だからこそ、無闇に怒りをぶつけたりはしなかった。怒る気は全くない。だが、とても悲しい。こんな方法を取らなくても、ソラはミュラの友達になったというのに。
「……セバス! 来なさい!」
ミュラは答えず、セバスにソラを拘束させようとする。だが、セバスが来なかった。当然である。
セバスがソラに記憶を取り戻させたのだ。ヴァルキリーと再びリンクしたことで、ソラはセバスの想いを聞いていた。
「セバスさんは来ないよ。だって、セバスさんが教えてくれたんだもの。思い出させてくれたんだ。本当の私のこと」
「な、何でセバスが……。セバスも私を裏切って……」
「違うよ。セバスさんはずっとミュラのことを考えてたんだよ」
ソラは思い出す。記憶を全て取り戻し、セバスの思念と会話した時のことを。
セバスはミュラの世話役で執事。ミュラの一族に代々仕えていた老人。それがセバスだった。
「ミュラ様のご両親がお亡くなりになってから、私はミュラ様をお守りしてきました。しかし、病にかかってしまいましてな。……それでこのザマです。ミュラ様の身体は守り通せましたが、精神の方は守れなかった。砂浜に打ち上げられたあなたを見つけた時、私はとても喜んだのです。あなたはきっとミュラ様をここから救い出してくれる救世主になってくれると。しかし、ミュラ様はあなたがここから逃げ出すと思いこんだ」
死者の声を出力するヴァルキリーを通して、セバスはそう語りかけてきた。
外は危険で、戦争中だ。だが、かといってここにずっと縛り付けられるのは彼の本望ではない。セバスはミュラに世界を知って欲しかったのだ。この閉塞的な閉じられた島の中ではなく、本当の世界を。
「ミュラ様ご自身は忘れたと言っていましたが、潜在的に覚えているのでしょう。両親が悪意を持った者に殺されたことを。イレウス様とミレン様は、娘を守るための避難所としてこの島を創生し、時が来れば同胞に娘を救ってもらえるよう、手配をしていました。ですが、同胞たちのほとんどが戦死されてしまい、迎えが来れなくなってしまった。そこにあなたが現われた。一目で優しい方だと見抜きました。しかし、同時に勇敢であるとも。ミュラ様にとって、その勇敢さは不要なものだった。そのため、記憶を忘却させたのです。……現に、今あなたは仲間の元に行かねばという焦燥感に駆られているでしょう?」
セバスの言うとおりである。ソラは、クリスタルや仲間のみんなを助けなければ、と焦っていた。
ソラの中の第六感が仲間の危機を伝えている。本当はミュラと話している今も、仲間の元へ飛んでいきたい。
しかし、かといってミュラに誤解させたままでも、絶対に悪いことが起きてしまう。ゆえに、焦らず着実に、ミュラと言葉を交わしていく。
「た、大切に想ってるなら、こんな酷いことをするはずない……」
ミュラは動揺している。ミュラにとっての家族がセバスだ。その大切な家族に裏切られたと思っている。
まずはその誤解を解こう。ソラはそう考えて、首を横に振ってミュラの言葉を否定する。
「違うよ。大切に想ってるからこそ、酷いことを言う場合もあるんだよ」
ソラは眼を瞑る。両親の顔が思い浮かんだ。喧嘩を、口論を交わしていたあの時から、ソラは如何に両親が自分を大切に想っているかを知っていた。大切に想っていなければ、あんなにソラを怒るはずがない。心が壊れるほど、追いつめられるはずがなかった。
「ミュラは私の記憶を読み取ったんでしょ? なら、私が両親と仲違いしたことも知ってるよね」
「あなたの両親はあなたに酷いことをしていた……」
「ううん、違う。確かに言い合いにはなったけど、私は親を恨んでないよ。結果的にあんな形になっちゃったけど、私は両親の愛を感じてた。愛があるからこそ、怒ったり、反対の意見をぶつけたりするんだよ」
「……よくわからない」
ミュラは困惑する。愛するがゆえの激突を彼女はまだ知らないのだ。
愛は一歩間違えば憎しみに変化する。だが、愛と憎しみを間違えてはいけない。一見不快に感じる言動や行為も、その人のためを想って行われているものかもしれないのだ。
もちろん、行き過ぎる場合もある。愛の鞭と称した暴行や精神的暴力、教育と称したいじめや虐待なども起こる。
だから、知らなければならない。何が良くて、何が悪いのか。無知のままでは、すれ違ったままでは救われないのだから。
「わからないなら、知ればいいんだよ」
「知ってどうなるの。ただ傷付くだけじゃない」
「傷付いたからこそ、見えるものもあるよ。それに、傷ついてもしなくちゃならないこともあるんだ」
「意味わかんない。ソラ、あなたもどうせ私を裏切って、ここから出ていくんでしょ?」
ミュラはまともに話を聞かない。聞きたくないのだ。理解したくないのだ。
ソラもソラで、嘘を吐いてもしょうがないと思っている。だから、本当のことを口に出す。
「そうだね、出ていくよ。やらなきゃいけないことがあるから」
「ほら、やっぱり……」
「でも、必ずミュラを迎えに戻ってくる」
決意を呟く。嘘偽りない本当の気持ちを。ミュラの瞳孔が揺れる。
「嘘!」
「嘘じゃないよ。……約束の品を渡しておくよ」
このまま口論を続けても仕方ない。そのため、ソラは自分の大切な物を手渡す。
首に掛けられた、大切なペンダントを。
「こ、これ……」
「これが私にとって、どれだけ大切なものか知っているよね」
当惑するミュラにソラはにこりと微笑んだ。ミュラは知っている。このペンダントがソラとクリスタルを繋ぐ大切な物であることを。これを置いて、ソラは去ったりしない。このペンダントはソラが必ず戻ってくるという証だった。
「ほ、本当に……あなたは、帰ってくるの?」
「もちろん。確かに記憶は消されてたけど、ミュラと遊んで楽しかったし。もう友達でしょ? 私とミュラは」
マリ辺りには馴れ馴れしいと言われたかもしれないが、ミュラは違った。しばしの間惑い、頭で理解して涙を流し出したのだ。
やっと、本当の友達というものに巡り合えた、と。
「友達を救って、戻ってくるからさ。その時に、私の友達を紹介するよ。みんな優しい子ばかり……ん、マリは優しい子、なのかな。他にもちょっと怪しい人が何人か……」
果たして自分の間に広がる人脈は、本当にいい人ばかり揃っているのか、という疑問を真面目に考え出していると、ミュラが涙を拭いながら声を掛けてきた。
「あなたは本当に、シグルズなんだね」
「……え?」
「もう行っていいよ。あなたが帰ってくるまで、このペンダントは大事にする。だから、死なないでね」
「死なないよ、私は」
ソラは改めて決意表明する。死んだはずの命は、ミュラに救われた。少々トラブルもあったが、ミュラは命の恩人に違いない。
ソラはたくさんの人に支えられている。死者の想いも受け継いでいる。死んでいる暇などない。
自信を漲らせるソラに、ミュラは一つだけ、忠告を発した。
「その覚悟はいい。でも、忘れないでね。シグルズは……恐れを知らない者は、ブリュンヒルデに殺される。神話では、シグルズは忘却のルーンでブリュンヒルデのことを忘れてしまうの。そのせいで誤解が積み重なり、シグルズは最愛の人に殺されちゃうんだ」
「……でも、私に忘却のルーンを掛けたのはミュラでしょ? 私はミュラのことを恨んだりしないよ」
「そういう意味じゃなくて……。でも、確かにそうだね。ソラなら大丈夫だね。だって、私の友達だもの」
ミュラはそれ以上は言わず、安心した笑顔を向ける。そして、家の外へ歩き出した。
ソラとミュラは二人家の外に出て、向き合う。ミュラがお別れの挨拶を口にする。
「じゃあ、さようなら」
「ううん、ミュラ。違う、違うよ」
チッチッチッ、とソラは人差し指をリズムよく三回左右に振り、ミュラの挨拶を訂正する。彼女の意図に気付いたミュラは、改めて言い直した。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
ソラはヴァルキリーシステムを起動。オーロラに包まれ、身体に鎧が装着されていく。
『――装着完了。ヴァルキリーブリュンヒルデ』
「すぐに帰ってくるから!」
そう叫んで、ソラは大空へと飛翔する。自分を待っている仲間たちの元へ。
その背中をミュラが見送っていると、いつの間にかセバスが隣に立っていた。ミュラはセバスに一言謝った後、不安の眼差しを覗かせる。
「そのシステムは、死者で生者を塗り潰す。―-運命に抗って、ソラ。私の元に、帰ってきてね」
※※※
「……後どんくらいだ?」
ケラフィスが端末を操作するコルネットに訊ねた。軍人とは言え所詮ただの人間である、とゴディアック配下の魔術師たちが舐めていたのもあり、警備は手薄だったためあっさりと避難誘導に取り掛かることができていた。
敵の増援も現れたが、対処が難しいほど強くはない。こちらにはケラフィス自身も含め、ブリトマートやパワードスーツを装着したマリもいる。エイルを纏うホノカは、怪我人の治療に専念する余裕もあった。
「後二十人ってとこかな」
「ふむ……。少し欲張りたいところだな」
ケラフィスが顎に手を当てて熟考する。頭に浮かんでいたのは手綱市に住む住民たちだ。彼らもできる限り保護しておきたかった。もし自分の見立て通り、敵の狙いは死で世界を覆い尽くすことならば、住民たちも安全な場所に避難させなければならない。
幸いなことに避難シェルターへ住民の避難は完了しているため、シェルター自体に大がかりな転移術式を施せばそれで済む。問題は、術式構築までの時間が稼げるかどうかだが……。
そこまでケラフィスが思考を回したその時、外から轟音が響いた。続けて、爆発音のようなものが連続して聞こえ出す。
「厳しいかもな……」
ケラフィスは歯噛みすると、拳銃を片手に部屋を飛び出した。
※※※
「くそッ!」
ボロボロになった青いマントを投げ捨てて、メローラが毒づく。クリスタルも彼女と同じく悪態をつきたい衝動に駆られていた。
ゴーレムは本気を出している。機体全体に装備させた武装を余すところなく使用し、クリスタルたちを殺しにかかっていた。
先程、対地用グレネードキャノンの一斉射を食らい、危うく死にかけたところだ。クリスタルは咄嗟に衝撃波を構築して、全て明後日の方向に吹き飛ばし、難を逃れた。爆発で周囲の地面が抉れている。
『攻撃は? どうした? こちらは無傷だがお前たちはボロボロだ』
ゴディアックは余裕をわざわざ音声で語りかけてくれる。彼は性格があまりよろしくないらしい。
「うるさいわね!」
苛立ったメローラが、ゲイ・ボルグによる刺突を試みる。が、敵の機動力が高すぎて捉えられない。蹴り飛ばされそうになったところを、モルドレットに救われた。
「落ち着け、妹よ。闇雲な攻撃では捉えられん」
「ならどうすればいいのかご教授願える? お兄様」
嫌味を兄にぶつける妹。モルドレットはばつが悪そうに黙りこくる。対応策をまだ思いついていないのだ。
『……トリモチを使ってみるのはどうだろう?』
ヤイトが通信を送ってきて、全員がゴーレムの動向に注意しながら耳を傾ける。ヤイトが説明する間にも、ゴーレムは脚部バルカン砲を連射してきて、クリスタルたちは浮遊しながらぎりぎり避けていく。
「とりもち?」
『そう、トリモチ。魔術師用の罠にあるんだ。……機体全体を覆うことは無理でも、関節部に付着させることができれば、奴の動きを制限できる』
「どうやってぶつけるの?」
クリスタルは問いかける。ゴーレムの拳を回避しながら。ゴディアックは遊んでいる節があった。先程の高速移動から一転、攻撃モーションが見てから避けられるものになっている。他の協力者がいないかどうか確かめているのだろう。クリスタルたちが生きていれば、救援に駆け付けるだろうと踏んでいるのだ。
だが、その油断が命取りとなる。傲慢な男の、愚かな失策だ。
『罠をそのまま使うわけにはいかない。君たちの誰かが魔術を使ってとりもちを弾丸状に変化させるんだ。僕は、広範囲ショットミサイルを使用して、ゴーレムの動きを一瞬だけ止める。その間に、関節部分にトリモチ弾を当ててくれ。脚部の関節、膝がいい。上手くいけば、敵を転倒させられる』
『俺も援護しよう。ワイヤーネットランチャーを使う』
ウルフも支援を申し出てくれた。このメンバーの中で一番射撃が得意な魔術師はクリスタルだ。私がやる、と応えると全員異論なくクリスタルを信頼してくれた。その信頼もソラのおかげ。自分にはソラと彼女の仲間たちが付いている。そう考えると、自分の内から無限のパワーが溢れ出てくる気がした。
クリスタルは座標マーキング弾をヤイトの位置に穿つと、着弾と共に簡易テレポートした。魔力の消費が激しいが、ジャンヌの英雄鼓舞のおかげで問題はない。
まだジャンヌが支援魔術を続けられているのも、ゴディアックの盲目さの証明だった。最も、ジャンヌのサポートよりもゴーレムの性能が上回っているのだが。
『ちゃっちゃとしてよ? ジャンヌはポンコツだし!』
『ちょっとメローラ!』
ジャンヌが憤慨している。これはメローラたちなりの気遣いでもある。まだ彼女たちも余裕なのだ。クリスタルが欠けても囮を引き受けられるという決意表明だった。
その間に、ソラはヤイトが空中機動を行い取ってきたトリモチトラップに細工を施す。トリモチを魔術を使って圧縮。ここからは昔ながらの手順だ。ピストルの鶏頭をハーフコック状態にして薬室を開き、球状となったトリモチを流し入れる。当たり金を戻して、フルコック状態に。これで発射態勢は確立された。魔術によって、火薬を入れる作業は省略されている。
「よし!」
『僕たちとタイミングを合わせて。連携しなければ効果がない』
「わかってるわ。行く!」
クリスタルは再びゴーレムのところへ戻った。至近距離で撃たないと避けられてしまう。
メローラとモルドレットは、怪我を負いながらもゴーレムを相手取っていた。こちらの攻撃が当たらないという絶対的不利の状況の中で。モルドレットは左腕を負傷し、メローラは息が乱れている。
そこへ颯爽と空を駆け、クリスタルはヤイトとウルフの合図を待った。ゴーレムの狙いがクリスタルへと絞られる。何かしら策を講じると警戒しているのだ。
『これ以上失策を演じるわけにもいくまい?』
ゴディアックは悠然とした声で、腕部に装着された対空ガトリング砲をクリスタルに向ける。これの連射力と弾速は凄まじく、この距離からではクリスタルは躱せない。しかし、クリスタルは怖じなかった。
――自分にはソラがついている。そう想い、ヤイトたちの合図を待つ。
『いざ華麗に散りたまえ!』
『発射する!』
ゴディアックが叫ぶ。同時にヤイトからも通信が入った。
ミサイルが放たれ、ゴーレムの直撃コースに入ったが、ゴディアックは気にしない。その程度の攻撃では装甲が傷つかないという判断からだ。だが、その判断は間違っていた。ヤイトは最初からゴーレムの装甲を傷付けるつもりがない。一瞬だけ動かないようにするための砲撃だからだ。
ミサイルが命中直前に爆発し、大量の散弾がゴーレムに降り注ぐ。一瞬だけ機体が鈍化し、ゴディアックが焦った声を漏らした。そこにウルフの追い撃ち。センサー類が詰まった頭部にネットが絡まり、ゴーレムの視界が遮られ、クリスタルに照準を向けていた右腕はワイヤーを外すのに狙いを逸らした。
(――今!)
クリスタルは焦らず慎重に、ゴーレムの左脚部関節に狙いをつける。ピストルを構え、引き金を引いた。動けない的に当てるのはいとも簡単だった。何の妨害もなくトリモチは脚部関節に命中し、ゴディアックは自身の搭乗機の動きが制限されたことを悟った。
『何だと、しまった!!』
ゴディアックが苦心の叫びを上げる。マニピュレーターを使ってトリモチを外そうとするが、そんなもので外れるほどトリモチの粘着力は弱くない。その一瞬の隙を突いて、メローラがゲイ・ボルグを構えて突撃した。関節部分は他の部分よりも装甲が薄い。強固な装甲を装備すると動きが雑になってしまうからだ。
唯一の弱点である関節部分であれば、刺されば三十もの槍が飛び出すゲイ・ボルグの破壊力なら破壊できるはず。
そうメローラは想い、彼女は槍を突き刺す。
が――。
『……なんてな』
「えッ!?」「いかん!!」
突然トリモチが弾け飛び、ゴーレムは自由を取り戻した。トリモチの効果を疑ってなかったメローラは槍の突撃フォームを維持したまま。そこへゴディアックは強力なキックを見舞う。まともに直撃すれば肉片が残るかも怪しい猛撃を。
妹を救うべく飛び出したモルドレットとメローラは二人で同時に防護壁を張る。が、蹴りは強烈過ぎた。二人は蹴り飛ばされ、なす術もないまま建物に吹き飛ばされる。壁が壊れ、崩れ落ち、倒れた二人に覆いかぶさった。
「二人とも! メローラ! モルドレット!!」
ジャンヌが旗振りを中断し駆け寄るが、二人は声を返さない。ジャンヌが必死になってガレキを除ける。
と、血だらけの二人が露わとなった。息はあるようだが、意識はない。骨折はもちろん、内臓のいくつかも破裂しているかもしれない。今すぐにでも、魔術による治療が必須だった。
「く……!」
『よそ見している暇はあるか?』
ゴディアックは愉しそうに、クリスタルへと狙いを定める。ジャンヌのエンチャントを失ったため、クリスタルの移動力や攻撃力、防御力は低下している。
目を見開いたクリスタルだが、突如拡散した眩い光に目をくらませた。何事かと薄目で確認すると、ケラフィスが拳銃から閃光弾を撃ち放っていた。
「こっちだくそ野郎。狙いは俺だろ?」
『如何にも。では、まずお前を倒すとしよう』
ケラフィスにゴーレムは狙いを変えた――と思った刹那、クリスタルは突然身体が重くなり、地面へ落とされた。かろうじで踏ん張って、コンクリートに身体を打つことだけは避ける。何が起きたのか、理解が及ばない。
「何だ、一体!!」
ケラフィスも驚き、地面に這いつくばっていた。彼だけではない。二人を助けようとしたジャンヌも、体勢を崩している。イヤーモニターから響く苦しそうな声から、ヤイトも影響を受けていることが聞き取れた。
『私としたことが、うっかり忘れていた。――科学の武装を披露したが、魔術の武装の使用を忘れていたな』
「――ッ!!」
ゴーレムは科学と魔術の融合兵器。ゆえに、両者のいいとこどりをしている。武装を使っていた時でさえも、ゴディアックは本気ではなかったのだ。恐らく、この重力魔術でさえもまだ序の口だ。
『では、少し愉しむとしよう。仲間が死ぬ様を、そこでしかと見るがいい』
そう言って、ゴディアックはわざわざ弾速の遅いミサイルをメローラたちに撃ち込んだ。ジャンヌは雄叫びを上げながらリボルバーを引き抜き、魔術で強化された銃弾でミサイルを撃つ。が、大量に穿たれたミサイルを全部撃ち落とすことはできない。
ケラフィスも気合で体勢を立て直し、拳銃で銃撃を加える。クリスタルも身体中が潰れるような感覚を味わいながらも重力に抗い、ピストルで狙いをつけた。
全力でミサイルを撃つ。だが、それでも全ては撃ち落とせない。
「ダメ!!」
「くそッ!!」
悔しさのあまりクリスタルは叫んだ。結局、自分はソラの代わりに誰かを守ることもできないのか。
銃の弾幕を抜け一発のミサイルがメローラたちの元へ落ちる。誰もが死を覚悟した……その時。
「諦めるのはまだ早いよ!」
突然、声が響いた。空から。青くて綺麗な大空から。
同時に魔弾が放たれ、撃ち漏らしたミサイルが次々と撃墜されていく。誰もが空を見上げて、それを見つけた。
青と白の鎧。右手には槍を持ち、左手には盾を持つ。頭の兜には特徴的な羽を持ち、青い髪と瞳を持つ少女が空中に浮かんでいる。
「お待たせ!」
「う、嘘……何で……」
現実で救われたというのに、その存在を信じられない。死に際の幻を見ているのではないかと本気で思った。
しかし、どう見ても、この光景は現実で。
空に浮かぶのはヴァルキリーブリュンヒルデであり、自分の親友である青木ソラだと、クリスタルは認識する。
「みんな平気!? 大丈夫!?」
「ソ、ソラ!?」
クリスタルが叫ぶと、イヤーモニターに次々と驚きの叫びが流れた。皆、彼女の生存を驚いていたのだ。
だが、ソラは当然のような顔をみせて、敵であるゴーレムを睨み付ける。
「お話はあと! 行くよ、クリスタル!」
「……ええ!」
何も言うまい。彼女が戻ってきたのだから。
悔恨し謝罪するのはまた後だ。まずは共闘せねばならない。
クリスタルはエデルカの技術を用いて、自分にかかる重力魔術を解析し破壊する。そして、ソラの真横に浮かんだ。
たった一言、伝えたい言葉があったので、それだけを口に出す。
「……ソラ、おかえり」
「ただいま!」
ソラとクリスタルは武器を構え、敵であるゴーレムへと飛翔する。
※※※
小さな部屋の中で、黒いフードを被った女性が佇んでいる。その女は台座の上に置いてある水晶から戦場を俯瞰していた。
「……順調ですか」
そこへひとりの少女が声を掛ける。白い髪の少女は右眼にモノクルを装着していた。
モノクル越しに、水晶の中の戦場を覗き見る。ヴァルキリーとゴーレムの戦いを。
「順調だろう」
女はそう返すだけ。モノクルの少女が改めて問いかける。
「そろそろこちらも動きましょうか」
「いや、まだ早い。……しかし、保険を掛けておいた方がいいだろう」
女性は水晶を凝視しながら応える。下手に動くのは計画に支障が出る恐れがある。この計画に失敗は許されない。自分たちが失敗をするということは、世界の終わりを意味するのだから。
「しかし、以前救った男が救援に向かうとうるさいのです。ボクとしては、彼だけでも出撃させるべきではと」
「あの男は優秀だ。冷静に物事を見据えられる。きちんと伝えればわかってくれる。それに保険さえあれば、あの男も黙るだろう。実際にその効果を体験したのだから」
「そうでしたね。では、そのように……。――もしディースシステムが起動したら、どうなるかわかりませんよ。ボクにも結果は予想できません」
「どのみち、この戦いは賭けなのだ。そこで躓くようなら勝ち目はない」
女性は少女の言葉を一蹴し、観察を続ける。その眼差しはゴーレムにではなく、ヴァルキリーに注がれていた。
ブリュンヒルデ……それを身に纏うソラだけに。