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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第七章 破滅
54/85

巨兵進撃

 心配事はもちろん、急ぐ用事などもないというのに、ソラは妙にそわそわしていた。


「急がなきゃ、急がないと……急がないと?」

「そうだね、早く見つけよう」


 ミュラとソラは島の中を歩き回り、綺麗なものを探して遊んでいた。


「違う、もっと何か、大事な――」

「私のこと、嫌いなったの? ソラ」

「ち、違うよ。そんなことないよ。あは、ははは。私何言ってるんだろ」


 さっきから似たようなやり取りを繰り返している。ソラが意味の解らない焦燥感に駆られるたびに、ミュラがそうやって落ち着かせてくれた。

 この気持ちはなんなのだのと、ソラは自問する。何度も忘れようとしているのに、心のしこりとなって消える気配をみせない。


「……頑固な子」

「え?」

「何でもないわ。お散歩を続けましょう」


 うふふ、とミュラは笑みをみせる。その笑みの中には昏い情念が混ざっていた。


「でも、もう何周もしてるよ?」


 島はお世辞にも大きいとは言えない。確かに二人ともう一体で住むには十分すぎる広さだが、周囲を散策してもすぐに探しつくしてしまう。既に島を五周はしていた。

 ソラがそう言うと、ミュラは寂しそうな表情となり、


「飽きちゃった?」


 と訊くので慌ててソラは、


「う、ううん。空も綺麗だし」


 と青い空を見上げて答える。青空はとても綺麗で眩しい。普段見ていた空とは全く別物で、ここだけ別の世界なのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「そう、なら良かった。空好きのソラ、ってことね」

「……そのあだ名は止めてよ」


 ソラはぎこちない笑みを浮かべた。――またちくりと、身体のどこかが疼いている。



 ※※※



「ふうむ、ばれたかな」

「ばれた……んですか?」


 ケラフィスが唐突にそう呟き、装備の点検をしていたクリスタルが訊き返した。他のメンバーは場慣れしているようで、特に聞くこともなく作業を続けている。


「まぁ、こうやって準備できただけでも僥倖……。本当は気付かれずにトンズラできればよかったんだがね」

「なぜ、しないのです?」

「基地の同僚たちが捕まってるのよ。見捨てていけないわ」


 マリがパワードスーツを装着しながら言う。クリスタルは心情的には賛同しながらも、現実的には賛成できなかった。確実性を重視するなら、ここは少人数で脱出するべきだ。

 そう考えて、ソラなら違ったのだろうな、という想いが心を巡る。


「彼らはなるべくこっちの戦力に引き込みたいわね」


 メローラがロンギヌスの槍の術式を確認しながら口を挟む。横のモルドレットも、剣を手入れしながら同意した。


「妹の言う通り……。こちらの数は少ないからな」

「でも、彼らの戦力では……」

「ふむ、今のところはな。力がないなら力を与えればいい。……親父殿も似たようなことを考えているはずだ。戦争は次の段階に移る」

「魔術対魔術の戦いに?」


 思い当たった考えを口に出し、クリスタルは訊く。


「科学と魔術の混成軍対混成軍の戦いに」


 モルドレットは作業を続けながら淡々と応えた。



 準備を整えると、ケラフィスは十人いる部隊を二チームに分けた。

 人質を救出、誘導する救出チームと、敵を引き受ける陽動チーム。

 救出チームにはケラフィス、コルネット、マリ、ホノカ、ブリトマートが。陽動チームにはクリスタル、ヤイト、モルドレット、メローラ、ジャンヌが担当することになった。


「現状ではこんなもんだろ」

「個人的要望を言わせてもらえば、お兄様といっしょのチームは嫌なんだけど」

「私もこの人選には不満があるわ。モルドレットといっしょは不安よ」

「それならば私も、メローラ殿と同じチームに……」

「金髪共め、一斉に不満を爆発させるなって」


 メローラ、ジャンヌ、ブリトマートの三人に文句を言われ、ケラフィスが苦笑する。二人に毛嫌いされたモルドレットは嫌がるどころか、むしろ楽しそうに眺めていた。

 これから死線に身を投じるというのに、緊張感のやり取りが行われている。そのことに不満を抱く者はひとりもいない。軽口の一つも叩けない精神状態の者は、この場にいるべきではないからだ。確実に足手まといとなる。


「ふむ、皆、オレの取り合いで忙しいようだな」

「ホノカ、あのアホの頭を治療してくれない?」

「えー、無理じゃないかなー」


 メローラに問われて、ホノカは苦笑交じりに返す。二人は人間と魔術師という関係だというのに、とても仲がいい。まるで自分とソラを見ているようだ、とクリスタルは思う。これらも全て、ソラのおかげだろう。

 もしソラがいなければ、まともに共闘もできなかったに違いない。先程、ケラフィスはマリに丸くなったものだ、と感心していた。以前の二人の関係は、協力者と工作員というものだけであり、真なる意味での仲間ではなかったという。ソラたちがマリに影響を与えて彼女は変わったのだ。


「そう言えば、クリスタル。いや、クリスタル殿」

「ブリトマートさん?」


 何やらブリトマートが話しかけてきたため、クリスタルは彼女に向き直った。


「いつぞやに言った通りとなったな。いずれ共闘する、と」

「そうですね。そこまで見据えて……」

「うむ、全ては我が主の采配だ」

「……あなたたちを連れてきたのはケラフィスよ? もしかしてあたし今、すごいバカにされてる?」


 じとーっとした視線でメローラがブリトマートを睨む。メローラは恐らく、こんな事態になるとまでは予想できていなかったのだろう。

 自分の主を讃えようとしたブリトマートが慌てて言葉を返した。


「な、何をおっしゃるのですか! 単純に私はメローラ殿が如何に知性的かをクリスタル殿に言おうとしただけで……」

「うえーん、ホノカー。部下にいじめられるー」


 ウソ泣きをして、メローラがホノカに抱き着く。たじたじとなるブリトマート。ホノカへの抱擁を羨ましそうに見つめるモルドレット。金髪の魔術師たちは有能だが、性格に難がありそうだ、とクリスタルは独自に分析した。

 戦前の他愛ない会話を皆が繰り広げていると、セットアップ完了! と言ってコルネットがキーボードを叩いた。陽動の陽動。手綱基地に仕掛けられている無人機を使って、始めに敵を急襲するのだ。

 陽動作戦の中で、あわよくば指揮官であるマスターゴディアックを討ち取る、とメローラは意気込んでいたが、ケラフィスは消極的だ。今は人員の確保に努めたいという。彼の見立てでは、今後、質対質から量対量の戦場に様変わりするらしい。


「ここで負けても次に勝てばいい。死んだら、勝つことができなくなるしな」

「死なないわよ、あたしは」

「無鉄砲は結構だけど、足を引っ張らないでよ?」

「だってあたしは槍使いだもの。銃なんて持たないわ。あなたたちと違ってね」


 槍を掲げて、忠告するケラフィスとマリに笑顔をみせるメローラ。ソラだったら、そういう意味じゃない、と純心に説明するのだろうか。無鉄砲の意味を懇切丁寧に教えて、バカにされるソラの顔が目に浮かぶ。

 ソラはいないが、確かにここにいる。クリスタルはピストルの銃杷を握りしめ、心の中で決意表面をした。


(見ていて、ソラ。私のせいであなたができないことを、私が代わりに全うする)


 彼女の代わりにはなれないが、彼女が行うべきことはできる。


「そろそろ始めるか」


 ケラフィスが拳銃を構えて、全員を見回す。一同がそれぞれにリアクションを起こす中、クリスタルは力強く頷いた。



 ※※※



「何してるの?」


 部屋の中で書物を読み漁るミュラに、ソラは問いかけた。ミュラは本を閉じて、微笑む。


「お勉強。不老の魔術を習得しようと思って」

「不老……?」

「そう、不老。老いなくなるの。高位の魔術師ならば、よほど充実した人生を送っていない限り、みんな自身を不老にするのよ」


 魔術師にとって充実した人生とは、自身が求める魔道の探究が済んだ、ということ。そして、ほとんどの魔術師は寿命という短すぎる期間でそれを成しえない。ゆえに、不老の魔術師はそれなりにいる。

 ミュラの説明を受けて、ソラはそうなんだ、と相槌を打った。が、すぐに疑問が頭をもたげる。


「不老なんだ。不死じゃないんだね」

「不老不死は死霊使い(ネクロマンサー)が追及する魔術の一つよ。まだ完成はしていない」


 ミュラの瞳が熱を帯びる。本気で不老不死の秘術に興味があるのだ。


「不老不死。これさえあれば、世界の人間が無駄な争いをしなくなるわ。不死になれば、生存競争をする必要がなくなる。なんていったって、死なないんだもの。セックスするために戦争しなくて済むのよ?」

「……え? せ、せ……」


 唐突に放たれた大人の単語にソラはたじろぐ。ミュラはにこ、と笑って夢中で話を続けた。


「人間が戦い争うのって、大抵が生存本能に基づくものなのよ。あの国が欲しい。なぜなら、あそこにはたくさんの資源があって、生活が豊かになるから。あの民族は邪魔だ。なぜなら、自分たちが手に入れられる利益を奪っていくから。まだこれらならいいけど、自分のメンツを保つために、戦争しちゃうバカもいるからね。そういう奴は異性にモテたいだけなのよ。極論を言えば。自分が強いリーダーであると誇示できれば、異性にもてるし、同性には信頼してもらえるようになる。動物が縄張り争いしたり、力を振るって実力を誇示するのは、異性にアピールするため。人間も大差ないわ」

「そ、それだけじゃないと思うけど……」


 苦りきった顔で言葉を返すが、ミュラは特に気にした様子も見せない。自分の理論に酔っている学者の顔だ。


「フロイトって心理学者が似たようなことを言っていたけど、私の場合は少し違う。人は人をどこか崇高な存在だと考えているけど、そこらにいる動物と本質的には変わらない。知的に見せている分、余計に滑稽だわ。かっこよく言葉で飾って、道具を用いれば、自分たちがすごいことをしている気分になる。でも、実際にやっているのは動物の縄張り争いと、異性への求愛行動。自分が愚かだと気付かない限り、人は愚かなまま。まぁ、かくいう私も愚かだろうね。でも、不老不死を獲得すれば、そうじゃなくなる。人は自分が愚者だと気付けるようになり、真の意味で偉人となる!」


 ミュラが大声を上げて、天を仰いだ。狂気に近いものを感じて、ソラはまじまじとミュラを見つめる。

 執着心も見て取れた。ミュラは不老不死に執着している。両親がいないことも関係しているのかもしれなかった。不老不死の魔術が完成していれば、ミュラの両親はまだここにいるはずだったのだ。

 確かに、不老不死が完成すれば世界から争いがなくなるだろう。仮に争いが起きても、誰も死ななくなる。

 もしかすると戦争がゲームのように変化するかもしれない。人が争いを好むのは闘争本能を持つためだ。競争本能とも言っていい。誰かと戦い、勝利して快楽を得る。

 誰も死なない、幸せな世界。不幸という概念が消え去った理想郷ユートピア


「……本当にそうかな」

「ソラ?」


 自分の理想の成就を夢見て至福の笑顔を浮かべていたミュラが眉を顰める。ソラは野暮なことを言っているなと自覚しながらも反論せずにはいられなかった。


「死ななくなるってことと、生きることを止めるってことは、同じ意味なんじゃないかな……?」


 ミュラの言葉通りならば、人間は生きるために生きていた、ということになる。自分の生きた証を後世に遺すために子どもを作り、歴史を作り、文化を作った。

 だが、不老不死を獲得すれば、全てが無に帰す。子どもはいらないし、歴史から学ぶ必要もない。文化だって続ける理由がなくなってしまうのだ。

 食事をする必要がなければ、睡眠を摂る必要もない。働かなくていいし、何なら、一歩も動く必要がない。何せ、死なないのだから。

 社会システムは早々に破たんする。加えて、時間を潰すためには、多くの人間の仕事が必要不可欠だ。全員が真面目に働いていればそういった暇つぶしを行うこともできるようになるが、多くの人間は怠惰に過ごすだろう。そうなれば、永劫に続く時間を潰す暇つぶしもできなくなってしまう。

 誰かが命令すればいい? いいや、誰も言うことを聞かなくなる。なにせ、死なないのだから。

 元々、人間とは意識的無意識的問わずに、自己中心的な生き物だ。横暴な態度を取る者はもちろん、他者を支援するのが好きという人間も自分の快楽のために他者を助けている。真の意味で他者のために動く者は世界にひとりもいない。

 それは特筆して悪いことではない。だが、あくまで今の社会では、という前置きがつく。

 これがもし、ミュラの言う通りの理想郷に当てはめると、悲惨なことになってしまう。

 あくまでも机上の空論。仮定に仮定を重ねた妄想。しかし、いい面だけではなく、悪い面についても考えた方がいい、とソラは思う。例え荒唐無稽な話でも、時として真実になり得るのだ。

 事実は小説より奇なり。小説内ですらおかしいと想える出来事も、現実では起こってしまう。


「……友達なのに、否定するんだ。私の考えを」

「嫌われたくはないんだけど……友達だからこそ、言うべきこともあると思うんだ」


 他人に遠慮して流されるよりは、きちんと自分の意見をぶつけて話し合った方が、お互いのためになるとソラは知っている。

 反対意見は必ず出る。重要なのは反対意見を封殺することではなく、反対意見を受け入れた上で、双方が妥協する答えを導き出すこと。

 そうすれば、人間と魔術師だって――。


「あ、あれ……。頭が――」


 また頭痛がひどくなる。ないはずのものをあると心が訴えてくる。

 頭を押さえて蹲るが、ミュラはおまじないを掛けてくれない。腹が立っているのだ。自分の意見を素直に肯定しなかったソラに。


「おかしい。おかしいよ、ソラ。不老不死になれば、みんなが幸せになれるのに」

「う、うぅ……!」

「ダメよ、ソラ。お友達なんだから、私の意見には同意してくれないと」


 気分を害したミュラは、憮然とした顔つきのまま、部屋を出ていく。

 その後ろ姿に、ソラは声を掛けた。無視されると知りながらも。


「し、幸せになれるのは……みんなじゃなくて、ミュラだけ、なん、じゃ……ぁ」


 継続する鈍痛に耐え切れず、ソラは意識を手放した。そこへ現れたセバスが、ソラの華奢な体躯を抱え、ベッドまで運んで行った。



 ※※※



『……やはり、通信が改変されています。どうやら、敵に偽装されていたようです』

「そうか。アーサー殿の言う通りか」


 人型兵器ゴーレムのコックピットに座るゴディアックは忌々しそうに顔を歪めた。


「ケラフィス。ノーマークだった。一流のスパイは、自らの活動痕跡を残さない。なるほど、私をコケにしてくれた」


 アーサーの報告にも、ケラフィスが危険人物だという知らせはなかった。ゆえに、油断していたのだ。ただ自分たちの思想に共鳴した同志だと。

 しかし、どうやら違うようだ。実力は定かではないが、自ら直接潰しておかねば今後の憂いとなるだろう。さらには。


「私の株も上がるというもの。ボーナスタイムだな」


 アーサーは世界を支配しようとしている。協力してくれた者には、働きに応じて相応の報酬を与えると。ここら辺でポイントを稼げば、支配後の世界での自分の立場も上がる。なるべく、自らの手で始末したいところである。


「連中を倒せ。殺すなよ? トドメは私が刺す」

『了解しました』


 部下は忠実に応答を返す。彼らはゴディアックの地位が上がれば、自分たちも恩恵を受けられると理解しているのだ。

 最終的には殺すが、できれば情報を奪ってからにしたい。ケラフィスには、たくさんの秘密が集積されているはずだ。


「ハハハハ。私を騙した報い、受けてもらおう」


 ゴディアックがボタンを操作する。ゴーレムが起動し、手綱基地が俯瞰される。


「……む?」


 突如小さな無数の物体が飛来して、ゴーレムと周辺に集う同志たちに射撃を始めた。防衛軍の戦闘ドローンだが、防衛軍の総司令部に紛れ込んでいたゴディアックにとって、それはあまりにも無力なオモチャだった。


「そんなものでは私は倒せん。……見つけたぞ」


 総勢五人の少年少女たちが滑走路へと進入していた。だが、ケラフィスはいない。恐らく、人質の確保に向かったのだろう。舐められたものだ。彼女たち程度で、自分を足止めできると本気で思っていたのか。


「後悔させてやるぞ、ケラフィス」

 

 ゴディアックはゴーレムの操縦桿を握り絞める。滑走路に立つ機械の巨人が、進撃を開始した。



 ※※※



「やられる前にやっちゃおう。クリスタル」

「わかった」


 クリスタルはフリントロックランチャーを取り出して、先制攻撃を試みた。あれほどの巨体なら、躱しようがないはずだ。どれくらいの攻撃ならばダメージを与えられるかという様子見の意図もある。

 さらには、かく乱。クリスタルがランチャーの引き金を引いたと同時に、チームの全員が散開した。

 ゴーレムは擲弾が命中し、煙のせいでクリスタルたちの位置を把握できない。その隙に、それぞれの魔術を発動し、有利な場所へと移動をする。


「サポートを始めるわよ!」


 ジャンヌが叫んで、自慢の旗を取り出す。英雄鼓舞という支援魔術を。

 クリスタルはジャンヌをあまり強くない魔術師だと思っていた。だが、支援魔術を受けてすぐにその認識を改めることとなる。身体が驚くほど軽くなり、身体能力が一瞬で向上したのだ。


「いいわ、これ! 侮ってた! ごめんなさい!」

「能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ! 私がまさにそれよ!」


 ドヤ顔をみせながら、ジャンヌが旗を振るう。

 その間に狙撃ポジションについたヤイトが、冷静に状況を報告した。


『大して効果がないみたいだ。破壊は無理そうだね』

「……そうね」


 クリスタルはマスケット銃を構えながら、彼の考えに同意する。巨人は多少焦げてはいたが、その程度だった。明確な損傷すら与えられていない。あれは倒さず、引きつけながら、周囲に散らばる敵を倒した方が良さそうだ。


「でも、ロンギヌスならどうかしら?」


 クリスタルの隣に着いたメローラが好戦的な笑みをみせる。それを、彼女の兄なのか姉なのか説明が難しいモルドレットが窘めた。


「愚かな、我が妹よ。あれが聖人に見えるのか?」

「だったらこっちを使いましょう」


 と、メローラは懐から別の槍を取り出す。なぜか、ジャンヌが驚いた声を出した。


「え、だってそれクー・フーリンの――」

「レンタル品。どうせ吟遊詩人に文句言われて手放しちゃう槍でしょ」


 メローラが新しく構えた槍は、以前ジャンヌと共に戦ったクー・フーリンの槍ゲイ・ボルグだった。

 涼しい顔でゲイ・ボルグを巧みに操ってみせたメローラは、ウォーミングアップと称して、突撃してきた魔術師たちと戦闘を開始した。

 クリスタルはマスケット銃で敵を撃ちながら様子を見る。クリスタルと同じようにメローラも不殺だった。剣を片手に参じたモルドレットも殺さないように心がけている。


(敵の狙いがよくわからないうちは殺さない方が賢明、か)


 ケラフィスや第七独立遊撃隊、そしてメローラの証言を踏まえて考えると、戦争では意図的に多くの血が流れるよう細工されていたという。そのため、例え敵だとしても、敵の狙いがわかるまでは無闇に殺さない方がいいと言われていた。

 ゆえに、クリスタルは急所を外して銃を撃つ。接近してきた敵にはマスケット銃に装着された銃剣を用いて対応した。

 クリスタルの前で、メローラとモルドレットが槍と剣を片手に格闘戦を行っている。不思議な戦い方、アテナと同じ魔術剣士の戦い方だ。アテナとの連携を訓練していたため、クリスタルは味方を誤射することなく的確な援護ができた。


「アテナとの訓練、役立ってたみたいね」

「やっぱり知り合いなの?」


 メローラが槍で一人を昏倒させ、別の敵の攻撃を柄で防ぐ。彼女が対応する前に、クリスタルは敵の足を撃ち抜いた。


「そうよ。同門」


 メローラはこちらを振りかえり、答えた。後ろから敵が斬りかかろうとしたが、彼女は手から魔動波を放って吹き飛ばす。吹き飛んだ敵を、モルドレットが剣の腹で思いっきり叩いた。腹を殴られて敵が気絶する。


「妹から見て姉弟子だな。最初の頃、妹はアテナに怯えていてな。あの頃のメローラはとても……」

「お兄様!」


 メローラが憤慨し、その怒りを手近な敵にぶつけた。クリスタルも負けていられないとして、フリントロックピストルを右手で抜き取る。

 ペッパーボックスでは殺傷力が高すぎた。精密な射撃を行うためには、単発式のピストルの方がやりやすい。

 二人ほど足を撃ち抜いて、三人目を撃とうとするとヤイトが麻酔銃で狙撃をして、獲物を奪われてしまった。

 敵の魔術師たちは今、クリスタルたちを意識している。銃弾を弾く防護を解いて、対魔術師用に術式を調整しているのだ。そのため、殺傷武器ならばともかく、非殺傷兵器への防御は疎かになっていた。


『僕もいる。少しは当てにしてもらえないかな』

「十分助かってるわ。気絶し損ねた敵を、眠らせてくれてるし」


 敵の処理は順調である。敵部隊と至近距離で交戦しているため、ゴーレムはこちらに攻撃することができない。ゴーレム以外の敵を全て倒しきることができそうだった。後は、救出チームが無事に人質を解放してくれればいいのだが。


『ふん。やるな。だが、あくまで小手調べ。本番はここからだぞ』


 機体の外部スピーカーからゴディアックが音声を出力する。そして、巨大な右腕を振り上げると、仲間が近くにいるというのに、思いっきり振り下ろしてくる。


「ッ!?」

「任せろ! メローラ!」

「わかってるわ!」


 モルドレットとメローラが腕に向かって手を伸ばした。命中する直前に、腕が停止する。二人が魔術剣士特有の業を使って、ゴーレムの動きを制限している。今のうちに、クリスタルはペッパーボックスを取り出して連続射撃をした。


「き、効かない」


 しかし、先程と同じようにゴーレムは防御する素振りすら見せない。仕方ないが、場に倒れる敵兵たちは諦めるしかなかった。


「二人とも、逃げて!」

『いや、その必要はない』


 何の前触れもなく耳元のイヤーモニターから通信が放たれる。聞いたことのない男性の声だ。

 遠方からロケット弾が飛来して、ゴーレムのセンサー類がたくさん詰まった頭部パーツに命中。急に機体の挙動がおかしくなり、振り下ろしていた腕を戻していた。


『何だ!? どこから!』

『ウルフだ。僕たちの味方だよ』


 訝しむクリスタルたちにヤイトが説明する。どうやらウルフという男は一瞬でゴーレムの弱点を見破っていたようだ。


『あの機体は魔術で補強されているとはいえ、基本は機械だ。意図せず放たれたチャフ弾には即座に対応できない。……しかし二度目は通用しないだろう。魔術師なりのやり方で弱点を探せ。俺たちは人間のやり方で弱点を叩く。脱出するにはあれを機能不全に追い込まなければ』


 ウルフはケラフィスの作戦に異を唱えていた。クリスタルもその考えに同意する。これほど堅牢な機体から逃げるのは至難の技だ。加えて、まだゴーレムは搭載されている武装を使用していない。


『なるほど、やるな。侮っていたのは私の方か』


 ゴディアックが感心したような声音を出した。部下を心配するようなそぶりは一切見せない。使えない者は叩き潰す。そんな恐ろしい考えで行動している。


『では本気を出そう。死ね』

「――何ッ!?」


 ゴーレムが動いた。先程とは比べ物にならないほど早く、軽快に。あれほどの巨体が高速移動している。間一発で避けたが、ワンテンポ遅ければ挽肉となって潰されていた。

 今のは攻撃ですらない。ただ、移動しただけである。後部ジェットを使ってスライド移動を行い、倒れていた部下たちの血で滑走路が染め上げられていた。


『こいつは素早いぞ。お前たち以上にな』

「……ッ」


 激戦を予想し、クリスタルは歯噛みする。卑怯だ、反則だ、と叫び出したかった。

 こんなことは聞いていない。三十メートルにも及ぶ巨体に瞬発的な移動力が備わっているなどとは。


「生かす必要があるのはケラフィスだけ。残念だったな、メローラ。……お前は父親から見捨てられた」

「別に。あの人が見捨てる前に、あたしが見切りをつけたからね」


 そう嘯くメローラだが、苦心の表情を浮かべている。ここまでの性能だとは予想していなかったのだ。

 だが、こちら側の事情などお構いなしに、灰の巨人は蹂躙を再開する。

 先程よりも苛烈に、素早く、鮮やかに。機体後部に設置されている後部ジェットが轟音を立てながら火を噴いた。



 ※※※



「ォォ……ォォォゥ」

「――ッ! わっ!?」


 目が覚めて、ソラは驚く。眼前にセバスがいたからだ。

 セバスが無害だということはわかっているが、やはりゾンビが突然現れると心臓が飛び跳ねる。もう少し容姿を改善してくれないかな、と思うのだが、ミュラ曰く、セバスの外見は可愛いらしい。どこが可愛いのかソラの美的センスでは判断つきかねる。


「ォォ、ォォォ!」

「え? ついて来いって、こと?」


 セバスはソラを誘うように手招きしている。ソラは戸惑いながらもセバスについて行った。

 ミュラはいない。島の周りを散歩中のようだ。謝らなければと思う気持ちに後ろ髪を引かれながらセバスについて行くと、セバスはミュラの部屋の前で止まった。

 そして、素知らぬ顔……らしき何かを浮かべて、当然のようにドアを開ける。


「え? 勝手に入っていいの?」


 と問いかけるものの、セバスは答えず手招きするだけ。どうやら入っていいらしい。こそこそと廊下を見渡して、入室を果たす。

 ミュラの部屋には、絵とこじんまりとした置物、無数の書物が置いてある。中でも壁に飾ってある両親らしき絵とオルゴールが印象的だった。

 セバスは主に内緒で堂々と室内を物色し始め、如何にもなダイヤル付金庫をいじくり始める。流石にそれはダメ! と注意しようとした瞬間には、セバスはロックを解除していた。


「あ、怒られる。怒られちゃうよ」


 あれほど部屋には入るなと注意されていたのに。不安に駆られるソラを後目に、セバスは目当てのものを二つ取り出して、ソラに手渡した。

 青いペンダントと金の指輪。見たことないはずなのに、見覚えがある不思議な品だった。


「あ、あれ……これ……」


 指輪を左手に持ち、青いペンダントの紐を摘まんで観察する。

 すると、忘れていたものが急速に浮かび上がってきた。島に来る前のことが走馬灯となって流れ出す。

 自分がヴァルキリーブリュンヒルデとして戦っていたこと。大事な友達であるメグミが死んでしまったこと。

 そして、自分の戦う理由だったクリスタルと死闘を繰り広げ、相討ちとなったことも。


「あ、私……わたし、は――」


 ペンダントを強く握りしめる。ソラは、全てを思い出していた。

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