激戦の果て
クリスタルを追いかけて降り立った場所で、ソラは息を呑んだ。一面の花畑だ。幼い二人が近くの林の中で見つけた秘密基地。もうすぐ秋だというのに、不思議とそこの花々は煌びやかに輝いていた。
「懐かしいでしょ? ここ。ここで約束したよね」
「また会うって、約束したよ」
「会えたわね、ソラ。良かったじゃない。私の言った通りに……」
クリスタルは笑みを見せて、一輪の花を手に取った。ソラは首を振って否定する。
「違うよ。こんな形での再会じゃない。気づいてるでしょ? あなたは今、別の誰かに操られて」
「かもね。少し、色んな箇所が増幅されている。でも、私が人間を心の奥底で憎んでいたのは本当。あなただって、本当は憎んでいる。必死になって、誤魔化しているだけでしょ」
「でも、それだとヴァルキリーは」
「起動しない? ふふ、だから自分は聖人君子だと? 嘘おっしゃい。あなたは自分で気づいてる。キレイゴトやアマゴトをたくさん口にして、敵すらも赦しているあなたは、今を生きる誰よりも、この世界を憎んでる。自分をこんな目に遭わせた運命に、殺意を抱いている。そう、まさにブリュンヒルデと同じように」
クリスタルは花占いの要領で花びらを千切り始めた。好きか嫌いか、ではなく、殺すか死ぬかか、の二択で。
「殺す、死ぬ、殺す、死ぬ……」
「私は世界を恨んでなんか……憎んでなんかいないよ!」
「うそうそ。精一杯の反抗として世界を壊そうと目論んでる。だって、人を救うのって、多くの人間を殺すための下ごしらえでしかないもの。世界は一定のバランスで成り立っている。悪役が必要なのは正義の味方と良い人間。世界には悪い奴が必要なのよ。だって、悪い奴がいないとストレス発散できないじゃない。だから、それっぽい理由を並び立てて戦争をする。たくさん理由はあるけれど、どれもが戦争をするために頑張って努力して考え出した理由づけでしかない」
「……ッ!」
これ以上クリスタルの話を聞いても仕方ないとして、ソラは剣を構える。その動作を見て、クリスタルは笑った。
「あら、話し合うんじゃなかったの? 酷いわね、ソラ」
「今のあなたと話してもしょうがないよ!」
「ふふふ。そうやって逃げるんだ。目を逸らしちゃうの? 人は誰だって殺意を持っているものよ? 私だって殺人欲はあるし、性欲もあるし、自殺願望だってある。実際に殺して、セックスして、自殺しちゃう奴よりも程度が低いってだけ。全てはバランス。なのに、あなたは狂ってる」
花びらがどんどん落ちていく。後三枚だけというところで、クリスタルは手を止めた。
「変なことを言わないで!」
「他のみんなはもしかすると、あなたのことをすごいって言って褒めたのかしら? でも、あなたは全然すごくないわ。頭のおかしい狂人なだけ。人を殺さなくてすごい? 敵に理解を示してカッコいい? あなたたちって本当にバカね。そして、私もバカ」
「クリスタルはッ!」
「バカじゃない? そんなことはないわ。この世界の人間はバカしかいない。私も、あなたも、そして、世界に生きるすべての人間はもれなくバカ。バカじゃないことを隠して、頭良くみせているだけ。こうすればバカじゃないって指標を作って、知的であるかのように振る舞っている。でも、本質的に人間は馬鹿者で愚者。だから滅ぶ」
「滅びなんかしない! 滅ぼさせないよ! だから、まずはあなたを救う!」
何を言われようとも、ソラの決意は揺るがない。自分が世界と運命を恨んでいる? そんなことはない。
これもクリスタルが仕掛けた精神攻撃だ。今の彼女の言葉を信用してはならない。鵜呑みにしてはいけない。
「さて、花占いを続けましょう。死ぬ、殺す……あら? 残念、死ぬって出ちゃった。名残惜しいけど、こうなってしまった以上、私が死ぬしかないわね」
「ッ!?」
予想できなかった展開だった。ソラに襲いかかるのではなく、自害しようとするとは。
だが、ソラとクリスタルの実力が拮抗している以上、これがソラを精神的に殺す最大の攻撃に違いない。
ソラはクリスタルと再会を夢見てヴァルキリーになったのだ。クリスタルが死ねば、ソラが戦う理由がなくなる。ブリュンヒルデを機能不全に陥らせることができる。エイルだけとなったヴァルキリーは、これから起こるであろう戦いに立ち向かうことが不可能になる。
クリスタルはピストルを側頭部に突きつけた。慌ててソラが飛び込む。
「クリスタル、ダメ!」
「ムリムリ、さよなら――なんてねっ!」
「ッ!?」
またフェイントを掛けてきた。今度こそ確実にソラを騙すために。クリスタル最大の武器が、自分自身だった。自分を人質にとれば、ソラはリズムを乱される。急に狙いを変えたピストルに撃たれて、ソラは咄嗟にグングニールを執り出してしまった。敵を絶対に殺す、必殺の槍を。
「ハハハッ。出したわね? ソラ! ブリュンヒルデが持つ唯一の殺傷武器を!」
ピストルがグングニールで破壊されたというのに、クリスタルは笑い声を漏らすばかり。ソラは焦っていた。グングニールはあくまでもブリュンヒルデが持つ最大の武装だ。確実にクリスタルを救うためには、これを呼び出すしかなかっただけだ。
そう言い訳ができるのに、否、そう言い訳をしたからこそ、自身に別の意図があったように思えてくる。
「今あなたは、こう思ったでしょ? 面倒くさい、と。もう殺してしまえばいい、と。こんな奴、自分の親友なんかじゃないって。ごめんねぇ、クリスタル、とっても重い女なの。八年前に別れた友達に固執しちゃう、イカれた女の子なの!」
「違う、私は!」
『――心理状態が不安定です』
クリスタルが銃を続けざまに撃ち、グングニールで弾丸を叩き落としている合間にも、ヴァルキリーシステムはエラーを吐き出していた。ここでヴァルキリーシステムが解除されれば、ソラはなす術もなく射殺されるしかない。クリスタルと戦いながら、自分自身との戦いを強いられていた。
「心ってのは、不明確よ。感情ってのはどうしようもないものなの。わかるでしょ? ソラ。この世界にどれだけ自分を制御できていない人間がいるか、あなたはよく知ってるじゃない」
グングニールを手にした以上、実力ではソラが押している。だが、心理戦ではソラが劣勢に立たされていた。急いで決着をつけなければ。そう焦るたびに、クリスタルはソラの裏を掻いてくる。
槍をクリスタルは避けずにそのまま受けようとする。ソラはクリスタルを傷付けないように手を止め、そこをピストルで撃たれた。ぎりぎりで避けたつもりだったが、左わき腹に弾丸が掠り血が迸った。
迎撃すら上手く行えない。クリスタルは自分の身体を盾に使っている。ソラが確実に反撃に出る機会を創り、そこに身をあえて差し出すことでソラの攻撃を制している。クリスタルと戦うことで最強の槍は、最弱の槍に成り下がる。
「く――退魔剣!」
「そんなの出すなら、こうする」
ソラが左逆手に退魔剣を掴み斬ると、斬撃が当たる瞬間にクリスタルは転移した。花畑の遥か上空に。フリントロックランチャーを市街地に向けて。
「街を人質に……!」
「あなたが逃がした住民の避難は果たして完了したかしら。それとも、まだ街に人は残っている?」
「く――ならグングニールで!」
ソラは槍投げのフォームで精神を集中する。狙ったものに確実に命中する槍は、放たれた擲弾を撃ち落とすことが可能。これは例え世界の運命を改変したとしても揺らぐことはない。
だが、必中の槍を構えても、クリスタルは余裕の表情を浮かべている。
「へぇ、それで? たった一つの擲弾を貫いたとして、二発目はどうするの? グングニールは投げたら絶対に戻ってくる槍だろうけど、あなたがもう一度槍を投げる前に私は街を破壊する」
「なら、ランチャーを破壊して!」
「私は新しいランチャーを取り出す。ふふ、もうどうすればいいかわかったでしょ? ほら、こっちにおいで。ソラ」
万事休す。いつの間にか、絶体絶命の状態に追い詰められていた。ソラは歯噛みしながら、クリスタルの指示に従うしかない。槍を右手に持ちながら空に飛んだソラを見て、クリスタルは満足げに笑みをこぼす。
ソラの背後には海。クリスタルの後方には街が広がる。この位置ならば、ソラに放たれた流れ弾が街に落ちることはない。
「察しがいいわね、ソラ。この後の展開はわかるでしょ? 私がフリントロックランチャーを構えて、撃つ。でも、あなたは私を攻撃できない。いや、別にしてもいいのよ? だって、あなたのその槍は確実に私を殺せるでしょう? でも、変な動きをみせたら、私は後ろに振り向いてランチャーを街に撃ち放つ。槍があなたの手に戻る間にね。あなたが人も私も救うつもりなら、あなたは何もせず、黙ってランチャーを受けるしかない。まぁ、仮に抵抗なくやられたとしても私は死ぬだろうけど」
「……っ」
ソラが歯噛みする。それは容易に予想できていた。クリスタルに心理強化を仕掛けた何者かは、ソラが死んだ後もクリスタルを利用するだろう。もしくは、ソラが死んだ瞬間に術式が解かれるのかもしれない。マリの時と同じように。
それは避けねばならない。何としても、クリスタルは生かさなければ。
「さて、何か言うことは? 私はあなたの親友だもの。遺言ぐらい、聞いてあげるわ」
「わ、私は」
ソラは必死に頭を回す。どうすればクリスタルを救えるか。みんなが幸せになる結末を導き出せるか。
逡巡の後――そう難しくないことに気付いた。手には必中の槍がある。最高神オーディンの神槍が。
やることは簡単だ。後はタイミングを計るだけ。
「私に何があっても、私はクリスタルの友達だよ」
「ああ、泣いてしまいそう、ソラ。なんて感動的な言葉なのかしら。ふふ、その言葉を最高に輝かせるために、私も全力で応えないとね!」
クリスタルはランチャーを構える。ソラはグングニールを構えた。クリスタルの口元に笑みが浮かぶ。ああ、あなたは私を殺すことにしたのね。そう嬉しそうに言う。
「じゃあ、さようなら、ソラ!」
「いっけぇ!」
ソラがグングニールを投擲。クリスタルもランチャーの引き金を引く。擲弾が発射。グングニールと交差する。隣を擦れ違った擲弾と槍。槍はクリスタルへ、擲弾はソラへと飛来。クリスタルは躱せない。ソラも回避できない。
「ああああッ!」「きゃあッ!!」
ソラとクリスタルが同時に悲鳴を上げる。ソラは大きく、クリスタルは小さく。
擲弾が命中し、爆発に呑み込まれたソラは、次の瞬間に吹き飛ばされていた。
反対に、クリスタルは存命である。放心の表情で、ソラがいた位置へ視線を送っている。
「な、何……これ」
壊れたサークレットが外れ、地上へと落ちていく。ソラはクリスタルのサークレットだけに狙いをつけていた。サークレットだけを破壊したグングニールは消失。場に残ったのは、状況が理解できないクリスタルだけだ。
「どうして、ここに……ソラは?」
クリスタルが視線を奔らせる。思い出の地に。再会を夢見た場所に。
どこにもいない。死体すら見つからない。
「ソラ……わ、私は、ソラを。あ、あ……」
ダメージが身体に蓄積していたクリスタルは気を喪う。二人で仲良く遊んだ花畑の中へ、ゆっくりと落ちていった。
※※※
「はぁ、はぁ……」
息荒く、敵の軍勢と交戦している。魔法の槍で、一体何人の敵を転ばせたことか。三十人あたりまで数えていたが、増援に継ぐ増援の前に、数えるのを止めていた。
「く、メローラ殿……」
ブリトマートの主であるメローラの読みは外れていた。メローラは敵がここまで大がかりな反乱に興じるとは考えていなかった。しかし、それでもブリトマートの忠誠心は揺らがない。敵が強大なだけである。わかっていたことだ。敵の強さと恐ろしさは。
それを知りながらも、ブリトマートは主に尽くすことを決めたのだ。
しかし、その忠義もここまでのようだ。これ以上、敵と交戦するのは難しい。死ぬな、と言われていたが、命令を反故してでも主を守り通さねばならない。
「ここまでか……」
「そうだな、ここまでだ」
「お前――ぐぅ!」
スーツの男が敵の一団の中に紛れ込んでいた。以前、ユリシアを救った謎の男だ。その男はブリトマートに肉薄すると、彼女の腹部に拳をめり込ませた。
「く、お、お前――敵だったのか」
「さあてな、それは取り方次第だ。……死ぬにはまだ早いだろ? 今は素直に捕まっとけ。案ずるな、確かにあんたは美人だが、別に犯そうなんて考えちゃいない」
「な、何を言って……」
「利用価値があるうちは、奴らもあんたに危害は加えないさ。だから、ちょっとばかし俺に付き合ってもらう。少し、寄り道もしなきゃいけないしな」
「寄り道……ぐ」
ブリトマートは意識を失った。男が彼女を抱きかかえ、仲間たちに呼びかける。
「俺はこの女を手土産に、巨兵の使い手の元に行く! 付いて来るやつはいるか!?」
何名かが賛同する。その様子を満足げに見つめながら、男は独りごちた。
「そろそろメル友にも会いたいしな。哀れな御仁の元へ参りますか」
※※※
「離せ! 離しなさい!」
連行されるマリが魔術師に叫ぶ。だが、魔術師は家畜を見るような視線を注ぐだけで、声を荒げることもなくマリを独房の中に放り込んだ。
「くそっ!」
「大丈夫? マリ」
「この状況が大丈夫なわけないでしょ。ったく……」
マリは苛立っているものの、怒鳴り散らしたりはしなかった。冷静さを維持している。大切な友達の死を目にして、否、だからこそマリは冷静さを保てている。あの子が死んでしまった以上、自分が彼女の分まで働かなければならない。
「せめてソラがこっちに残ってれば……」
「仕方ないよ。ホノカさんだけじゃ魔術師の軍勢に太刀打ちできない」
あくまで淡々とヤイトは分析を述べる。手綱基地は突如現れた魔術師の部隊に制圧されていた。戦闘力よりも回復に重きをおくエイルだけでは撃退できなかったのだ。
第七独立遊撃隊がどれだけヴァルキリー頼りだったのかを改めて認識させられる。いや、敵の動きがあまりにも戦術的すぎた。魔術的な、どこか中世や近世を思わせる古典的な決闘形式ではなく、純粋な軍事行動によって、ものの数分で手綱基地は機能不全に陥った。
魔術師を入れるための檻にマリたちは閉じ込められている。コルネットは部隊の責任者として尋問を受け、ホノカも同様。他の防衛軍人たちはどこか別の場所に監禁されているようだ。
「ロメラさんたちは……」
「そろそろ助けてくれてもいいと思うんだけど、何もしない気なのかしら。私たちは正体に気付いてるっての」
マリが不満げに言う。ロメラとモル、などと名乗った姉妹が魔術師であることを、マリたちはとうの昔に気付いている。後々利用できるとして共生していただけだ。そろそろ、今まで追求しなかった恩を返してくれてもよさそうなものだが。
「僕たちよりもホノカさんの方が危険だ。まず、彼女を救出してくれた方がいい。それに……」
ヤイトが独房の格子窓から目をやる。遠方からライトがちかちかと点滅していた。
「急場は凌げそう……っと」
扉が開いたため、マリとヤイトは無気力な体を装う。三人の魔術師が入室してきた。全員杖を持っている。真ん中の男が独房の鍵を開けさせ、マリをじっくり観察した。
「なかなか活きのいい女だな」
下種めいた発言に、マリは反吐が出た。男はご満悦な表情を浮かべ、マリを外に連れ出す。
「どこへ連れていく気ですか……」
「楽しいところだ。男と女が揃ったら――やることは一つだろ?」
ぎらついた視線で男はマリを射抜く。そして、マリに手を振れようとする。
そして、次の瞬間にマリは男――の右手に立つ魔術師に拳を喰らわせていた。それに呼応して、男の右隣に立つ慄く魔術師を他ならぬ男自身が杖で弾き飛ばす。
「な、なぜ……ぐぁ」
「なぜってそりゃ、俺がスパイだからだよ」
得意げに気絶する魔術師に声を掛けるスーツの男。マリは嘆息しながら、男の名前を呼んだ。
「ちょっと遅かったんじゃない? ケラフィス」
「遅れまして申し訳ない、メル友ちゃん? 途中で拾い物もしてたしな」
おどけながらケラフィスが言う。協力者ではあるが、こういう性格はあまり好ましくない。
憮然とした顔つきとなるマリを気にせずに、ケラフィスは杖を投げ捨て拳銃を懐から取り出した。
「やっぱこっちじゃなきゃなあ。ブリトマートって仲間も連れてきた。基地に隠れてる少女のお友達だ」
「やっぱりあなた、子ども好きなんじゃなくてただのロリコンなんじゃないの? さっきのセリフといい」
マリが疑いの眼を向ける。ケラフィスは聖人という異名を持つ魔術師の仲間であり、戦場の真ん中で子どもの保護活動に勤しんでいた。だが、途中、不慮の事故で重傷を負ってしまいそこを偶然通り掛かったマリと協力関係になった間柄である。
「ああいう三流悪役のセリフ、一度は言ってみたいものだろ。とりあえず作戦室に行くぞ。武器はここだ。全て消音器を装着したオートマチック――」
「そういうのいいから魔術で音を消しなさい。消音器じゃ完全に銃声を消せないんだから」
魔術師のくせに銃の類が好きな変わり者のケラフィスはええ、と不満げに声を漏らした。
「ロマンがないだろ。いつばれるかどうかわからないスリル感を味わわないと」
「そんなロマンはくそ喰らえ。さっさと行くわよ」
マリとヤイトはケラフィスから銃を受けとり、独房の外に出る。そして、なるべく敵に発見されないよう慎重に行動。思いのほか、敵の数は少なかった。ほとんどの敵が滑走路に集結している。マリのところからでも、手綱基地を急襲した巨人の佇む姿が見えた。奇妙なのは、あれがどう見ても防衛軍製なところだ。
「あれは何? あなたは知ってる?」
「知らないと答えたいところだが、残念ながら知っている。科学と魔術の融合品……とでも言えば察しのいい君たちなら気づくだろ?」
「今までの戦争はただの茶番だった……。そういうことですね」
「そういうことだよ、ヤイト君。もう少しゆっくり動くと思ってたんだがな。奴らが邪魔だったのはあくまでアレックだけだったらしい」
ケラフィスが本棟のドアを開き、中に敵がいないか確認する。敵が気絶させられていることを認めると、二人に追従の手招きをした。
「たったひとりを殺すための戦争だったと?」
「そんなわけはないさ。だが、重きをおいてたのは事実だろうな。他の相手なら下手をすれば無傷で殺せる。しかし、アレックの場合はそうはいかない。いくら嫌われ者の平和主義者と言えども実力は折り紙つきだし、もし最初から教会を簒奪する算段だったって教会にばれたら裏を掻けない。連中でも、流石に無策で魔術師の大軍と戦ったら勝てないだろうしな」
「ふん、人間はそもそも敵としてカウントされてないってことね」
「残念だが、そういうこと。しかし、見くびってた連中はこれから大目玉を食らうことになる」
ケラフィスが作戦室のドアを開く。中では数人、それぞれのやるべきことを行っていた。
「マリちゃんとヤイト君、おっそーい! コルネットさんはちゃんとお仕事してるよー」
コルネットが端末を操作しながら手を上げた。思わずだったら助けに来てよ、と言いそうになったのをぐっと堪える。これはこの場にいる全員にぶつけたい文句だった。
端っこでは、恐らく元の姿に戻ったのであろう幼女から少女へと巨大化したロメラが、金髪の女性に説教をしている。
「あれほど自殺はしちゃいけないって言ったよね? しようとも思っちゃいけないって言ったよねぇ!!」
「も、申し訳ないメローラ殿。しかし、あの状況では――」
「言い訳無用! 次やったらお兄様の慰み者にしてやる!!」
「ほほぅ、それはいい提案だ、我が妹よ。ところで、オレの武器はどこにある?」
「これがあんたらの本性ってわけね。まぁろくでもない奴だとは思ってたけど」
もはや隠す理由がなく、素で応対しているロメラもといメローラと、なぜかお兄様呼ばわりされている少女のモルを見比べて、マリは大きく嘆息を吐いた。天国にいるはずのメグミを罵倒したい気持ちに駆られる。――見ていて? これがあなたの庇った少女たちの本性よ。
「ソラにも言ってやらなきゃ。ソラはどこ? まだ戻ってきてないの?」
この状況を挽回するためにはソラの力が不可欠。マリは当然の如く呼びかけた。
しかし、不自然なほど場の空気が一変してしまう。マリは怪訝な表情をみせた。
「どういうこと? まさか、ソラが――」
「よくわからないのよ、ソラがどうなったのか」
部屋に入ってきたジャンヌが一同の気持ちを代弁する。どういうこと? とマリは同じ質問を繰り返した。
「それは彼女に聞いてみないと。ホノカが看てるわ。来て……。あ、間違っても殺さないように」
その一言でマリは全てを理解する。力強く拳を握りしめて、そうね、と同意。心配するコルネットとヤイトの視線を背中に受けながら、ジャンヌを追って行った。
※※※
かくれんぼはたった一回しかやったことがない。
なぜなら、隠れたあの子が泣きながら出てきてしまうから。自分が隠れても、あの子は泣いて探し回ってしまうから。
曰く、二度と出会うことができない、という恐怖に駆られてしまうかららしい。信じられないほどの怖がりで、泣き虫だ。そんなことは絶対にないというのに。
「だいじょうぶよ。もしいなくなっても、わたしがあなたをぜったいに見つけてあげるから」
「ほんと?」
幼いその子は泣きながら訊く。幼い自分はあやしながら答える。
「本当よ。じゃあ、やくそくしましょう」
思えば、それが初めてだったかもしれない。ソラと自分が指切りを交わしたのは――。
「――ソラッ!?」
クリスタルは夢から目覚め、飛び起きた。
すぐにベッドの前に立つ少女の顔が目に入る。それは大切な友人ではなく、見知っているが他人の、殺気立った表情だった。
「あなたは……っ」
少女は拳銃を抜いていた。後ろではジャンヌ・ダルクを再現した金髪の少女と、エイルを身に纏っていた黄色い髪の少女が緊張の面持ちで見守っている。
「ソラは、どこ?」
少女は詰問する。問われて、クリスタルは記憶を探る。自分に呪いを掛けたアーサーは記憶を消去していなかった。例えどちらかが無事でも精神的に抹殺しようとしていたためだろう。
だから、クリスタルはとてもよく覚えていた。自分が犯した愚行を。
親友の最期の瞬間を――。
「……死んだ」
「そう。だったら、こうするしかないわね」
少女が撃鉄を下ろす。引き金に指が掛かる。
クリスタルは眼を瞑ってその瞬間を待った。部屋に銃声が響き渡る。
※※※
波の音が響いている。潮風の臭いが充満している。
海に面した砂浜をひとりの人間が歩いていた。ふらりとした足取りで。
いや、ソレは果たして人と形容していいものだろうか? 人型ではあるが、あらゆる肉は腐り果て、ところどころ内臓や骨が露出している。
生きているのかも怪しいソレはふらりふらりと死人のような足取りで、しかし何か意志を感じさせる歩みを続け、
「ォォ、ォ……」
とうとう目当てのものを見つけた。
ひとりの少女が砂浜に打ち上げられている。海の色と同じ、青い髪の少女だ。
ソレは少女に近づくと、おもむろに左足を掴んで陸側に引っ張り出した。
「ォォォォ」
「う……く、ぁ……」
少女は苦しげな声を出す。身体中がボロボロだった。海水を飲んでしまってもいるだろう。
一刻も早い治療が必要だった。
ゆえに、ソレは一生懸命引っ張っていく。引きずられるごとに少女は寝言を漏らす。
「クリ……スタル……」
そのまま少女は引きずられ、小さな森の中に消えていった。