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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第七章 破滅
51/85

約束の地で

 親友の亡骸を抱きながら、殺した犯人を見上げている。

 八年前、再会を約束した親友を。


「クリスタル……」


 サークレットの影響で偽りの復讐心に憑りつかれているクリスタルは、冷酷な眼差しでソラを見下ろした。


「どうしたの? ソラ。早く、そんなものは投げ捨てて私と殺し合いをしましょう」

「く……」


 ソラはメグミの死に顔を見つめ、唇を強く噛み締める。メグミはこれが敵の策略だと理解していた。だから、今際の際に戦争を止めろとメグミはクリスタルに告げたのだ。

 メグミは、自身の両親が殺した敵ではなく、両親が死んだ原因と戦うことに決めていた。

 ゆえに、此度も自分を殺したクリスタルではなく、自分を殺した原因を最期まで見据えていたのだ。


「ホノカ、お願い」

「ソラちゃん……」


 ホノカがくしゃくしゃになった顔でこちらに近づいてくる。泣きはしないがいつ泣いてもおかしくない。メグミの遺体を受け取ったことで、一層悲壮感が強まった。鏡はないが、自分も似たような顔をしているのだろうな、とソラは思う。


「戦う気になった? 私と」

「……戦う気になったよ。メグミを殺して、クリスタルをこんな風にした人と」


 ヴァルキリーシステムは先程からいくつかエラーを吐き出しているが、稼働している。ソラの中に含まれる、憎しみや恨み、復讐心をシステムが感知していた。ソラとて聖人君子ではない。悲しみや憎しみとは無縁でいられない。

 だが、ソラはその憎悪や復讐心を心の奥にしまい込む。恨みでもなく、憎しみでもない。ましてや、復讐なんてものじゃない。

 純粋に、クリスタルを止める戦いに勇むことを決意する。


「甘いわね、あなたは。昔からそう! でも、あなたがいくら優しくても世界は残酷なまま!」

「世界が残酷だから! 少しでも優しく生きるって決めたんだ!」


 ソラはグラーネを走らせる。クリスタルはマスケット銃を構えて、ソラに狙いをつけていたが、ソラがあまりにも早すぎて引き金を引けども当たらない。


「チッ……!」


 クリスタルはマスケット銃を捨て、代わりにヴォレーピストルを二丁取り出した。扇形に五つの銃身が並ぶゲテモノ銃が火を噴く。横に拡散した十発の弾丸を、ソラはグラーネを巧みに操り回避。再び騎兵槍ショットランスによる接近戦を試みる。


「このッ! やぁ!!」

「なんてね!!」


 しかし、不利と思われた近接戦をクリスタルは酷薄な笑顔で受け入れる。ソラのアドバンテージを一瞬でクリスタルは覆して見せた。ラッパ銃をグラーネに向けて穿ち、ソラがグラーネから叩き落とされる。そこにクリスタルは手を伸ばし、ソラの首を掴んだ。――自身が槍で貫かれても意に介さないまま。


「な、な……!」

「あなたの攻撃は基本的に非殺傷。喰らっても、痛いだけ。死には、しない!」

「くッ、サークレットを!」


 ソラは左手で腰に差してあるハンドガンを抜き取り、魔弾でサークレットを破壊しようとする。だが、額周りにクリスタルは障壁を展開。魔弾は障壁に阻まれ自壊した。


「こんな殺風景なところで戦ってもしょうがないでしょ? それに、邪魔も入るし」


 とクリスタルが呟いたまさにその時、下方から狙撃が飛来してきた。マリとヤイトの援護射撃だが、これもクリスタルの障壁に防がれる。


『よくもメグミを……!』

『興奮しちゃダメだ、マリ。精神を集中させるんだ』


 マリは口調こそ怒っていたが、それでも幾分冷静なようだ。相賀の時のような失敗を繰り返したりはしない。

 ソラはクリスタルの拘束を逃れるため、散弾を撃った。クリスタルに刺さった状態の騎兵槍ショットランスから放たれた弾丸は胴体に直撃し、彼女の体力と悪意を削ぎ落しているはずだが、消費量よりも供給量が上回っている。クリスタルはせいぜい苦悶に顔をゆがめるだけで、腕の力を緩めたりはしなかった。


「ソラちゃん、今――!」

「い、いいよホノカ! 下がってて! これは私が決着をつけなきゃいけないんだ!」


 援護しようと杖を構えたホノカにソラは警告する。これはソラとクリスタルが行わなければならない戦いだった。自身の力で撃ち破らなければならない運命だった。


「いい、覚悟ね。ソラ。じゃあ、ふさわしい場所に移動しましょう」

「……ッ!!」


 クリスタルが転移術式を起動した。二人が光に包まれる。


「ソラちゃん!」

「みんなを頼むよ、ホノカ!」


 ソラはホノカに皆を頼み、どこか別の場所へと転移させられた。



 ※※※



 丁度その頃、浮き島にあるドルイドたちの本拠地、樫の森の中ではハルフィスがランスロットとヘルヴァルド、その部下たちと交戦している最中だった。


「むぅ、これほど露骨な手段に講じてくるとはの!」

「我々の邪魔をする者は死んでもらわなくてはならない。“樫の木の賢者”、お覚悟を」

「どの口が言うか、不届き者め」


 ハルフィスは天候操作を用いて、下級騎士たちを次々に打ち倒していた。だが、ランスロットとヘルヴァルドは捉えられない。自らがしんがりとなり、多くの弟子たちを脱出させていたが多勢に無勢である。他勢力の魔術師が気になるが援護する余裕はない。今頃、多くの魔術師が殺され捕らえられているのだろう。自然との融和を目指すドルイドなら彼らの嘆きがよくわかる。


「雷や嵐では私を止めることはできませんぞ」

「ぬぅ……元より儂は戦闘が得意ではないからの」


 ハルフィスが弱音を口にする……が、口元には笑みが浮かんでいた。今、ランスロットを自分が引きつけておけば、少なくとも時間が稼げる。その間に実力がある魔術師なら浮き島から逃げ果せているはずだった。

 敵の狙いは定かではないが、今のうちに一人でも多くの魔術師が逃げてくれれば、今敗走していても次は勝てる。そう確信していた。老いぼれはそろそろ朽ちても仕方ない。むしろ世代交代が遅すぎたとすら感じている。


「老いとは無縁になったがの。そろそろ儂の出番は終いじゃろうて。人には散るべき時と言うものがある」

「ふむ、潔いな、賢者殿。ヘルヴァルド殿、そろそろトドメを」


 ランスロットは、自分でハルフィスの始末をできるというのにあえてヘルヴァルドに戦果を譲った。ヘルヴァルドの忠誠心を確かめようという意図が透けて見える。


「……あからさまな。こんなことをしなくても、私の忠誠は揺るがんぞ?」

「どうかな。強者と言うものはいつ如何なる理由で裏切るかはわからん」

「ふん、裏切りの騎士を再現したお前が言うか」


 ランスロットはアーサー王の妃、グヴィネヴィアと不貞を働き、結果としてアーサー王を死なすはめになってしまった裏切りの騎士である。“湖の騎士”の二つ名で呼ばれ、アーサー王から多くの信頼と名誉を授かった男の哀れな末路だった。


「神話再現など英雄の力を得るための手段に過ぎん。やれ」

「……了承した」


 ヘルヴァルドが剣を片手に、集団の前に出る。明確な殺意の色を瞳から読み取った。

 同時に悲哀の念も。ハルフィスはこのような女に殺されるのも悪くないとして、最期の時を待った。


「ハルフィス殿!」

「ハボック!?」


 だが、突然“創作魔術の探究者”ハボックが割り込み、ヘルヴァルドに空間爆発を行った。何もない空間に、魔力だけで爆発を起こさせるオリジナルの魔術だ。ヘルヴァルドは剣で爆発を切り裂きながら後退する。


「お引きを、大賢者! 我々にあなたは必要だ!」

「しかし、ハボック」

「案ずることはありませんぞ。ミルドリア殿を連れて参った!」


 言葉通り、ハボックに遅れてミルドリアが現われた。しかし、若いハボックとは違い、ミルドリアと数千年来の付き合いとなるハルフィスはミルドリアの本性を知っている。事実、ミルドリアからはランスロットと戦う気力が全く見られなかった。

 他の騎士も仕方なく最低限の力で打ち倒すだけだ。ハルフィスは警句を発しようとした。


「いかんぞハボック! ミルドリアは――」

「そうとも。なぜわれが若造のために戦わなければならんのだ?」

「何を――おぁ!!」

「ハボック!!」


 ハボックは後ろからミルドリアに闇属性の魔弾を撃ちこまれていた。創作魔術は通常の魔術よりも魔力の消費が大きい。そのため、背後をミルドリアに任せきりだったハボックは、まともに魔弾を食らい地面に倒れてしまう。


「な、なぜミルドリア殿……我々は意見が違くとも、仲間ではなかったのか……?」

「仲間? ふん、お前は自分の魔道具を仲間と呼んで慈しむのか?」

「く……ハルフィス殿! 構わずお逃げに!」

「ハボック……すまぬ!」


 ハルフィスは嵐を起こして場を乱した。混乱に乗じて撤退する。


「逃したが……まぁ、良いだろう。心強い味方も増えたことだしな」

「くそ……裏切り者め」

「ヘルヴァルド、殺せ」


 ランスロットはヘルヴァルドに指示を出した後、ミルドリアにアーサーへの忠誠を誓わせている。


「ああ、わかった」

「く……後悔……するぞ」

「私の人生に、後悔の二文字はない」


 ヘルヴァルドはその横で、躊躇いなくハボックの首を斬り落とした。



 ※※※



「――ッ!?」


 別地点へと転移させられたソラは一人で道路の真ん中に寝転がっていた。

 途中で別れたのか、そもそも気を失っていたのかすらおぼつかない。だが、周囲の光景には心当たりがあった。


「高見市!? 何で……」


 そこはかつてソラが住んでいた場所。両親と喧嘩し、住民から拒絶され幼いソラが逃げ出した故郷。

 クリスタルと出会い、遊び、魔術師について正しい知識を得た場所だった。

 ソラはグラーネフォームからブリュンヒルデへと戻り、住民たちの好奇な視線に晒されながらもクリスタルの姿を探す。

 だが、見つからない。困ったソラの脳裏に突然声が響いた。


 ――私とあなたの決戦場に、ここほどふさわしい場所はないでしょ。


「クリスタル!」


 いい記憶と悪い記憶が混ざり合う故郷ふるさと。偶然見知った顔がその場にいて、ひそひそ話を交わしている。同級生の女の子。ソラのことを裏切り者と罵ったひとりだ。


「ッ、危ない!」


 どこからか狙撃が放たれたため、ソラは反射的に彼女を庇った。背中を撃たれたが致命傷ではない。痛みに耐えながら平気かどうかを訊ねる。


「大丈夫?」

「……あなた、ソラね?」


 どうやらソラのことを思い出したらしいその子は、驚きながらブリュンヒルデの鎧を見回し、


「ま、魔術師……!」

「違う、私は……あ」

「魔術師! 魔術師だ!!」


 ソラを突き飛ばして叫び出す。その悲鳴に呼応して興味本位の人だかりが一斉に散らばった。巣を突かれたアリのようにがむしゃらに逃げていく。


 ――ふふ、あなたは嫌われ者。人間なのに。魔術師じゃないのに。でも、自業自得。人間のくせに魔術師の真似事をして、私の家族を殺したんだから。


「クリスタル……」


 誤解を解くためにはサークレットを壊すしかない。今、クリスタルが放つ言葉はクリスタルの本心じゃない。

 そうわかっていても、クリスタルの言葉は胸に突き刺さる。ヴァルキリーシステムの出力が低下しつつあった。ヴァルキリーシステムは術者の精神状態に依存する。いくら適合率が高いソラと言えども、精神不安は術式の威力低下に繋がってしまう。

 これがクリスタルの狙いだ、思惑にハマっちゃいけない。ソラはそう自分に言い聞かせ、市内の中を捜索し始めた。


「……っ」


 波の音、潮風の匂い。高見市には海が隣接している。ソラの家からは、僅か十分足らずで海水浴場に足を運ぶことができる。いい思い出の一つだった。クリスタルとの海水浴は。まだ、クリスタルの秘密を知らなかった時の話だ。

 クリスタルが魔術師だとわかってからは、海に遊びに行ったことがない。人が多くてクリスタルは近づけなかった。両親との仲が悪くなったのも一因である。


「一体どこに……?」


 ソラはしばらく地上からクリスタルを捜索していたが、一か八か空に浮かぶことに決めた。地上にいれば、さっきのように民間人に危害が加わる可能性がある。例え自分を拒絶した街だとしても、住民に被害が出ることは許容できなかった。

 誤解なのだ。全ては。誰かが悪いということでもない。

 アレックを殺し、よからぬ企みを企てるヴィンセントも、一概に巨悪と決めつけるのは早計だろう。人は単純な構図を求めるが、現実は複雑だ。一人の悪人が世界を悪意で染めるわけではない。そこに至る要素や原因は必ず世界に含まれてるのだ。


(でも、止められるなら止めたい……。メグミの願いでもある)


 殺すこと、倒すことなら、他の誰でもできるだろう。しかし、止めることはそう簡単にはいかない。

 だが、どれだけ困難でもやるしかなかった。その第一歩がクリスタルを止めること。彼女を殺すわけにはいかない。償いでも義務でも責任感ですらない。ソラがクリスタルを救いたいから救う。それだけだった。


「出てきて、クリスタル!」


 上空に浮かび大声で叫ぶ。空から見下ろす俯瞰視点からはかつてあった自分の家とクリスタルの家の場所が見えた。どちらとも更地だ。取り壊されている。呪いを防ぐため、というありきたりな理由でだ。魔術師に対する偏見は根強い。手綱市は奇跡と言ってもいいほどのいい街だった。ソラはたまたま理解のある優しい友達と仲間に巡り合えたが、きっと日本ではもっと過酷な運命に呑み込まれた魔術師とその理解者が山ほどいるだろう。


 ――私の家と、あなたの家はもうない。ふふ、どれだけ人間が醜いかわかる?


「本当のあなたならこんなことは――ッ!?」


 銃弾が飛んできて、ソラは空中転換で躱す。反射的に銃槍ガンスピアを取り出して愕然とした。撃ったのはクリスタルではない。人間だった。高見市に勤務する警察官と防衛軍人だ。


「止めて! 私は!」


 手綱基地の軍人たちなら認識する友軍識別コードも、高見市の軍人たちは認識してくれない。ヴァルキリーが他地域で作戦展開する場合は、前以てコルネットがその地域の基地に通告していた。そうしなければ、どれだけ友軍コードを発してようと敵と誤認されてしまうのだ。魔術は機械を難なく騙し通す。いくら機械が正常に動作してようとも疑ってかからなければならない。対魔術師戦闘の基本だった。


「く……ッ」


 悪意と敵意に晒される。クリスタルは一向に姿を現さない。

 偽りの復讐心に囚われたクリスタルは、ソラを本気で憎み、恨んでいる。そのためが処置だった。

 命を取るのは、憎悪する相手を徹底的に痛めつけた後だ。多くの復讐者がそうするように、クリスタルも復讐の心得を弁えていた。


「やめ、止めて……! あッ」


 銃弾がブリュンヒルデの装甲に命中した。血は出ない。装甲も貫通していない。一般に普及される拳銃やアサルトライフルでは、ヴァルキリーを傷付けることは不可能だった。

 それでも、ソラの心は傷付いていく。恐れを知らない者でも、否、恐れを知らないからこそ、ソラは深く傷つく。


「く、う、止めて……」


 人々の殺意が透けて見えるようだった。明確に人が人を……自分を殺そうとしている。反対の立場ではなく、同じ立場の人間たちが。ソラは無理にわかり合う必要はない、という考えの持ち主だ。わかり合い、相互理解には時間が掛かる。だから、まずはとにかく殺し合わないようにすること。ゆっくりと段階を経て、人と魔術師とが、争いを止めればいい。そう考えていた。

 だが、その考えすらも甘いと世界に糾弾されているように思えてくる。敵は殺せ。反対意見の存在はぶっ潰せ。必要なのは肯定する人間だけ。自分に利益のある人間だけ。不利益だったり、邪魔をする奴は死んでしまえ。


 ――こんな奴ら、庇う必要ないでしょ? これでもあなたは、彼らは誤解しているだけだと言い張るの?


 頭に響くクリスタルの声はとても楽しんでいた。ソラの信念をへし折り、絶望させようとしている。メグミを殺すだけでは足りないのだ。完全に、完璧に。指一本動かす気力すら奪い取って、ソラを精神的に殺す。そして、最後に、自分が思い付く最高の殺し方で、ソラの肉体を殺すのだ。


「そ、それでも私は……」


 下方から放たれる銃撃は、射程外のソラを完全には捉えきれない。しかし、だとしても身体に数発命中している。痛くないが、痛い。罵倒や殺気立った怒号も聞こえる。


「自分の気持ちを、貫くよ」


 だが、それでもソラは微笑を浮かべた。儚げで、強がっている笑顔を。

 ソラの答えを聞いても、クリスタルは何の反応もしなかった。その無言こそが回答だ。クリスタルは心底苛立っている、とソラは直観する。昔から、本気で怒ると無視することがあるのだ。

 だからまず、ソラはするべきことを行う。銃槍ガンスピアを構えて、下から銃撃を加える兵士たちに狙いを定める。そして――兵士の武器だけを器用に撃ち抜いた。


「な、何!?」「恐ろしい魔術師め!!」

「そう、私は魔術師! ここにいたら殺す! 近づいたら殺す! 死にたくなかったらさっさと出てけ!!」


 ソラが叫ぶと、武装を破壊された兵士たちは慄いて、一目散に逃げ出した。入れ替わりにVTOL機ペガサスの編隊が現われたが、それらも武装だけを破壊して撤退させる。

 クリスタルは高見市を戦場にするつもりだ。ここに人間がいたら巻き込まれる。

 ソラの攻撃に人々の殺意や敵意は増大した。しかし、ソラは恐れない。自分が嫌われても、無関係な人間が死ぬよりはずっといい。


「偽善者ね。ソラ」

「そもそも私がやってることは善行じゃないよ。だから、偽善ですらない」


 姿を現したクリスタルの問いに、ソラは答える。三度目の再会。今度こそ、話し合いで決着させようとしていたのに、今回も武器を手にしている。そのことを悲しく思う。


「あなたはいつもそうね、ソラ」

「そうかも。でも、今の私は昔とは違うよ。あなたを庇い切れなかった私じゃない」

「庇う? 冗談を言わないで。力のない、日和見主義者のあなたに何ができたの? 情けなく逃げ出しただけじゃない。泣き虫で弱虫な、青木ソラ。いつも空を見上げて、現実逃避していただけの愚か者」

「昔の私は、そうだったかもね」


 ソラは過去に想いを馳せながら呟く。クリスタルの言動は奇妙だった。さっきまでアレックを殺した犯人を自分だと断定し憎んでいたと思えば、今は昔の弱かった自分を責めている。これもクリスタルの身に降りかかった災いの影響なのだろう。矛盾してようが、支離滅裂だろうがどうでもいい。クリスタルに呪いを掛けた敵は、クリスタルがソラを殺すか、ソラがクリスタルを殺しさえすればそれでいいのだ。

 だから、もうソラは躊躇しない。本気でクリスタルを止めに行く。


「でも、今の私は違う。今の私ならあなたを救える。再会を待つ必要なんてない。自分の力で会いに行ける!」

「そう? なら、どう足掻いても人間風情が魔術師に勝てないってことを証明してあげる」


 クリスタルもそろそろ最後の仕上げに入ることに決めたようだ。トラップで精神を殺せないのなら、傍観していても意味がない。直接手を下すことで、ソラに引導を渡す。

 ソラは剣を抜き、クリスタルもピストルを執り出す。

 開始の合図すらなく見事に息を合わせた動きで、二人の戦いの幕が上がる。


「約束の場所で死に果てろ! ソラ!」

「約束の場所で再会してみせる、クリスタル!」


 クリスタルは銃を撃ち、ソラは剣を振るう。盾も銃槍ガンスピアも使わない。クリスタルの障壁対策だ。クリスタルの障壁は退魔剣に通用しない。退魔剣は文字通り、全ての魔術を退かせる。そして、それをクリスタルはわかっているからこそ、ソラから距離を取ろうとした。

 追いかけ、追われる。故郷の空中で繰り広げられる熾烈な戦闘。

 今まで二度戦ってきた通り、勝敗の行く末は距離で決まる。クリスタルは近づかれれば不利となり、ソラは逃げられれば追いつめられる。

 以前までは魔力切れというアドバンテージがあった。強力な仲間もいた。しかし、今はいない。自分の持てる力を全て出しきってクリスタルを止めるしかない。


「やぁ!」

「――チッ!」


 ソラが追い付き、退魔剣を振るう。が、クリスタルは舌打ちして転移した。

 予想できていたので、宙返りで後方から放たれた狙撃を避ける。回避しながら、ソラはグラーネを再び呼び出した。


「……そんなもの!」


 クリスタルはペッパーボックスを二丁持ち、グラーネフォームへと変化したソラに連続射撃を行う。グラーネに跨ったソラはバイザー越しに射撃間隔と弾道予測を行い、銃撃の合間を縫ってクリスタルへと接近した。


「障壁!」

「貫く!」


 ソラは猛スピードでクリスタルへと肉薄し、展開された障壁に思いっきり騎兵槍ショットランスを突き刺す。すぐには破壊できなかったが、障壁にひびが入り、じわじわと綻びが見え始める。そこに多量の散弾を躊躇なく撃ちこむ。散弾の猛撃に晒された障壁は数秒後には木端微塵に砕け散っていた。


「くッ!」

「グラーネ、お願い!」


 ソラから離れ、狼形態に変化したグラーネが、クリスタルへと噛み付きを行った。クリスタルは左手を噛まれて、苦悶の表情を浮かべる。が、自分の左手に向けてピストルの狙いをつけ、構わずに引き金を引いた。

 グラーネが悲鳴を上げて消失する。同時に、ソラのグラーネフォームも解除された。


「この程度なら!」

「まだ終わってない!」


 ソラは魔剣グラムを右手に召喚し、シグルドリーヴァへと形態変化を果たす。左腕に装着されたパイルランサーを、左目の観測眼帯スポッターパッチで狙いを定め間髪入れずに撃ち放った。

 クリスタルは避けようとする……が、ソラは完全にクリスタルの行動を見切っていた。避けたはずの先でクリスタルの腹部に杭槍が突き刺さる。瞬時に起爆と音声認識させ、クリスタルは爆発に包み込まれた。


「くぅう! このッ! 人を殺す覚悟もないくせに!」

「人を殺さない覚悟はできてるよ! クリスタルだってそうでしょ!!」


 グラムを構えながら突撃しながら、裏層に閉じこめられているクリスタルの思念に呼び掛ける。ソラは一人だと勘違いしていたが、そうではない。味方はひとりだけいる。サークレットに封じ込められているクリスタルの意識だ。


「う、私……」


 クリスタルが傷付いた左手で頭を押さえながら、右手に銃剣を召喚。マスケット銃でグラムと斬り合いを行うが、徐々に勢いが弱まってくる。


「そ、そうか。ソラ、思い出したよ。私は……」

「クリスタル……」


 急に動きを止めたクリスタルに、ソラは淡い期待を注ぐ。だが、案の定というべきか、即座にその期待は裏切られる。


「なぁんちゃって!」

「ッ!!」


 予期していたことだが、その動作までは完全に読み切れなかった。クリスタルは素手でソラに殴りかかってきたのだ。グラムで昏倒させようとしたソラだが、クリスタルの次の一手に瞠目する。


「白羽取り!?」

「あなたの攻撃パターンは、簡単に読み取れるのよ!」


 強烈な蹴りを、左わき腹に受ける。かはッ、と息を漏らし、吹き飛ばされたソラの前でクリスタルはグラムを握りしめた。


「ヘルヴァルドに、剣術は教わっている!」

「くッ!」


 ソラは咄嗟に携行ナイフを取り出し、グラムと応戦。しかし、不慣れなナイフでの魔剣グラムへと対応とあっては、さしものソラと言えども劣勢である。ゆえに、ソラはシグルドリーヴァフォームを解除してブリュンヒルデへと戻った。連動して、クリスタルの手にあるグラムが消滅する。


「ハハッ、変身直後は武装がない!」

「しまッ――ああッ!!」


 クリスタルはヴァルキリーシステムの弱点を見抜いていた。ヴァルキリーは変身直後に武装を装備していない。いちいち頭の中で認識して武装を呼び出さなければならなかった。兵器ではない兵器ゆえの欠点である。

 無防備のところにクリスタルはラッパ銃による散弾を撃ち放つ。ソラは咄嗟にシールドを精製したが、完全には防げない。よろめいたところを、クリスタルは銃床を使って打撃を喰らわせる。シールドが地上に落下した。

 何度も殴打され、ソラは悲鳴を漏らす。どこかの骨がやられたかもしれないが、気にしている場合ではない。先程のクリスタルと同じように拳で応戦する。拳術はメグミに鍛えられていた。

 一撃を喰らわせ、クリスタルの銃を叩き落すと、クリスタルもまた拳で応じてきた。殴り、殴って、殴り続ける。しかし、二人ともメインの武装は拳ではないため埒が明かない。

 その状況に先手を打ったのは、クリスタルの方が先だった。フリントロックランチャー用のグレネード弾の一つである煙幕弾を取り出し、爆発させる。視界が煙に包まれ、クリスタルの姿を見失ったソラは、退魔剣で風を起こして煙を晴れさせた。


「クリスタル!? どこに!!」

「こっちこっち! ハハハハッ!」


 クリスタルは少し離れた先に浮かんでいた。近くの林の中に降りていく。


「待って!!」


 ソラはクリスタルを止めるべく、その背中を追尾する。

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